元勇者の先生日誌   作:Ruve

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vol.1 第2章 失ったものと、手放さかったもの
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 その日は結局、激しい戦闘の疲れもあって解散ということになった。

 リーリァとしてはホシノに聞きたいことがあったものの、あまりそういう雰囲気ではなさそうだったのでその日はやめておいた。……ホシノから来てくれるかな、とか少しだけ考えたけれどそんなことはなく。

 あとはそのうちユウカから心配のモモトークが来そうな気はするけど、流石にそんなすぐには来ていなかった。

 ……ということで、久々に仕事の処理をしながら残りの時間を適当に過ごした。

 

 それから、翌日。朝からとある場所に向かっていた。

 

「う、うるさい!分かってるわよ!」

 

 陸八魔アルの、悲痛な叫び声が建物から漏れていた。揉めている……ということではないのだろう。見栄を張ったことを言って、そこから正論を刺されたとかそんな感じだろう。

 まあ、彼女達にとっていつものことなんだろうなと容易に想像が出来る。

 

「やっほ〜」

 

 引っ越しの準備をしていた都合か、鍵が開きっぱなしになっていたドアを開けて顔を覗かせる。

 

「!!」

「えっ!?」

「先生……?」

「えっ、あっ、先生だ!来てくれたんだね!」

 

 突然の来訪に、全員わたわたとしながら対応しようとする。それを手で止めて、私は懐から4つの茶封筒を取り出した。

 

「それは……?」

「依頼の報酬」

「えっ、依頼なんて受けたっけ?」

「……ああ、大将の件?正式な依頼じゃないし、別に払わなくても」

 

 大将の避難を頼んだ時に、依頼として頼んだことをすっかり忘れられていたのか、はたまた報酬なんて用意してると思ってなかったのか。全員困惑してる様子だった。

 

「依頼は依頼だからね。ま、受け取ってよ」

「い、いただきます!ありがとうございますありがとうございます!」

「おー、予想外の収入!」

「……ま、嫌と言っても渡すつもりでしょ?」

「そ、そうね……これは依頼の報酬……!」

 

 全員が素直に?それを受け取り、中身を早速確認し始めた。そして、ピタリと止まった。

 

「……先生?これ、流石に多すぎないかしら?」

「いくら依頼でも、避難させただけでこれは」

 

 アルとカヨコが疑問の声をあげる。まあ、それもそうだろう、わざと多めの額を入れてきたのだから。

 もちろん、それを黙って受け取るタイプの人でもないことは承知の上なので、理由も一緒に持ってきた。

 

「柴大将の避難及び、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の依頼の報酬としては十分でしょ?本当は弾薬類の補充もしてあげたかったんだけど、皆が何が欲しいかまでは知らなかったしね……」

「……あ〜、なるほど。先生も悪い人だね!」

 

 意味を理解したムツキが笑う。……そんなに悪いことのつもりはないんだけどね?

 要は、便利屋が風紀委員会と戦ってくれたことも依頼ということにして、本来よりも高い金額を渡そうとしている、ということである。一応は理屈として成り立っているし、ラーメン代に困るような生活をしているのをほっとくのもいただけない。

 

「い、いや、それは受け取れないわ!だって……」

 

 アルが反論しながら返そうとするのを、手で止める。本当に真面目だなあと思いながら、真面目じゃないことを仕掛ける。

 

「ハードボイルドな便利屋ならね、黙って受け取るのよ。『ああ、依頼人が多く入れたみたいだけど、ラッキーだわ』くらいでいいのよ」

「……ハードボイルドとかいう問題?」

 

 カヨコにジト目で見られるが、まあ無理くりもいい所な話なので仕方ない。アルは悩んで固まっているが、それだけで十分である。

 

「まあ、先生がここまで言うんだしもらってあげたら?」

「これを貸しにされるかもしれないよ」

「そんなことする人には見えないけどね〜」

「……まあ、最終的な判断は社長に任せるよ。私も悪い人とは思ってないし」

「ぐぬぬ……」

 

 3人が話していると、会話に参加していなかったハルカが怯えた声を上げた。何事?と視線が一度そっちを向いて、今度はハルカの視線の先、先生を見る。

 ……いや、正しくは先生がいたはずの場所を見る。

 

「……あれ?」

「無理矢理押し付けられたね、社長」

「う、そこまでされたら受け取らないって訳にも……ところでハルカ、どうしたの?」

 

 あわ、あわわわ……と顔を青くしてショットガンを握りしめている、異様な……ある意味よく見る光景ではあるが、状況的に異様といった方がいいだろう光景に首を傾げる。

 

「せ、せせ先生が、消えました!じ、実は幽霊だったり……?」

「消えたってそんな……別に出てっただけでしょ?」

「ハルカちゃん、疲れてるのかな〜?」

「別に、幽霊ではないでしょ……ないよね?」

 

 3人が話している間も、ハルカだけは先生のことを見ていたのである。そして、確かに見たのだ。空気に溶けるように消えていく、奇妙な光景を。

 ……実は単なる隠形術の1つではあるものの、元正規勇者(リーガル・ブレイブ)ほどにもなる人物が使うとそういう風に見えてしまうのだが、そんな事情を全く知らないハルカにしたらある意味恐ろしい光景だったのには違いない。

 

 

ーーーーー

 

 

 荷物を積んだトラックが出ていく所までしっかりと見送り、次の用事のためにアヤネとセリカと合流した。

 向かった先は病院である。柴大将のお見舞いだ。

 

「こんにちは、大将。お見舞いに来ました」

「大将、大丈夫?」

 

 病室で、大将の姿を確認してから声を掛ける。頭にぐるぐる包帯を巻いているが、あの規模の攻撃の割に怪我は軽いように見える。

 やはり不思議だ、キヴォトス。

 

「やあ、セリカちゃん。それにアヤネちゃんにリーリァちゃんか。こんな朝早い時間からありがとう」

 

 大将のそんな挨拶に、セリカが小さく吹き出す。

 

「リーリァちゃんって……こう見えても先生なんだからね!」

「ああ、ちゃんと先生って呼んだ方がよかったかい?」

「いやあ、私は別に気にしませんよ。……でも、示しが付かないし先生で」

「……そうか」

 

 少し間を空けてからの返事。きっと大将には、私の考えていることが伝わってしまっているのだろう。

 でも別に悪巧みとかではないし、見逃してほしいものだ。

 

「それで、身体の方は大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫、ちょっと擦りむいただけだ。それよりも先生が無事でよかったよ」

「はは……」

 

 なんで無事だったのかを特に説明はしていない。なんなら攻撃に巻き込まれたことすらも特に話していない。

 アヤネの"どういうことですか?"と聞きたげな視線が向く。

 

「まあ、それは後でね……」

 

 なははと笑って誤魔化す。別に誤魔化さないといけないような事実ではないのだが、なんというかこれを説明すると少々面倒になりそうな気がするのだ。特にホシノ辺りから。

 

「でも、大将は無事でもお店が……」

「ああ、バイトできなくなっちゃってごめんな、セリカちゃん」

「そういう問題じゃないわよ……」

 

 昨日、帰る前にもう一度確認したが、柴関ラーメンが完全に潰れていた。あれでは店は続けられないだろう。

 

「そもそも、もうすぐお店を畳む予定だったからな。……あんな約束しておいて先生には悪いかもだけどな」

「約束?」

「別に大したことじゃないよ。困った時は美味いラーメンを食べに来い、なんて話しただけだよ。……なのに、畳む予定だったとはね?」

「もしかして、カイザーから退去の依頼を?」

「うーん、そんな名前だった気がするが……悪いな、はっきり覚えてねえや」

 

 ちらりとセリカとアヤネの顔を見る。アヤネは納得した様子で、セリカはまだ若干理解が追いついてない様子。

 まあ、土地がカイザーのものになっているのならそれは自然なことなのだろう。書類上は退去済になっていたのは気になるが……だからこその風紀委員会の攻撃だったわけだし。

 

「……大将、まだお店を続けてくれませんか?ほら、私もまだ食べたいし」

「気持ちは嬉しいけどな。でも、そこまでの金もないしな……」

「それなら、シャーレから一部だけでも出せますよ」

「それは駄目だ。俺みたいな大人じゃなくって、生徒達のために使ってあげなよ。先生、なんだろ?」

 

 ……やはり、というのも何だが大将は優しい人だ。ここまで素直に善意をぶつけられると、少し泣きそうになってしまう。

 けれど、それは我慢して。

 

「ねえ、セリカもアヤネも、まだ大将のラーメン食べたいでしょ?」

「もちろんよ!」

「……はい!」

「ということで、これは生徒のための活動ということで1つ」

「ははっ、そう言われたら断れないな。でも無理はしないでくれよ」

「そこは大丈夫だから、任せて」

 

 どの口が言うんだかと思わなくはないが、少なくとも金銭面では無理をするつもりはない。というか出来る立場でもない。

 それからも少し雑談をしてから、病院を出る。……そこで、1つ思いついたことがあり端末を手に取る。シッテムの箱じゃなくて連絡用の予備の方。

 

「ん?どうしたの、リーリァ先生?」

「いや、もしかしたらお金の問題解決するかも、って思ってね」

 

 それから、とある人物に電話をかける。繋がるかは分からないし、駄目ならまた別の機会にしようかなと考えているとちょうど繋がった。

 

「もしもしチナツ、今大丈夫?」

『大丈夫ですが……昨日の件ですか?』

「まあそんな所なんだけど。昨日の攻撃で一般人を巻き込んだってことは散々言ったと思うんだけれど、その人が経営していた店舗も潰れちゃっててさ。……賠償金とか出ない?」

『えっと……すみません、私では判斷しかねます。一応、委員長には話すだけ話してみますが、あまり期待はしないでもらったほうがよいかと』

「まあ、無理ならそれでもいいよ。謝罪もらえるだけでも十分だし。急にこんな話してごめんね?」

『いえ、私達も悪かったのは事実ですので。それでは、失礼します』

 

 電話はそれで終わる。応じてはくれたけど、やはり忙しいのだろうか早めに切られてしまった。それとも嫌われちゃったかなあ、なんて思っているとアヤネからの困った視線。

 

「あまり政治的な問題になると困りますので、ほどほどにお願いします……」

「まあ、何かあったらシャーレが悪いってことで」

「……」

 

 セリカからのなんとも言えない視線に気づかないフリをして、アビドス高校への帰路につくのだった。

 

 

ーーーーー

 

 

 アビドス高校、校門前。そこではノノミが1人、周りを掃除していた。……まあ、身体を動かしていた方が気を紛らわせるというのはよく知っている。

 

「あれ?思ったよりも早かったですね☆」

「そう言うノノミ先輩も、何してるの?」

「じっとしてられなくて、掃除してました。……その様子だと、大将は無事だったみたいですね」

「はい。あの様子なら、退院もそんなに遠くはないかと思います」

 

 柴大将にはみんなお世話になっているので行きたがっていたが、皆で押しかけても大人数になるということで1年組の2人と私だけで行ってきていたのだ。

 

「じゃ、話さないといけないこともあるし1回教室に……」

 

 口を開いた所で、キィーと自転車がブレーキをかける音。ちらりと見てみれば、案の定シロコである。アビドスで自転車を使っているのは、今のところシロコしか見たことがない。

 

「ん、皆戻ってた?」

「ちょうどだよ。……どうしたの?」

 

 しかし、シロコの顔には焦燥感が浮かんでいた。なんとなく平然を装うとしている感じもあるけど、感情の方が強く顔に出ている。

 

「ホシノ先輩は?」

「ホシノ先輩は多分、まだ学校の何処かでお昼寝中かと……」

「……そっか」

 

 この場で唯一学校で待機していたノノミが答えると、納得したような納得してないような、何ともいえない間を明けて答えた。

 まさか、昨日の今日でホシノに何かあった……ということでもあるまい。

 

「……大将の様子は?」

「大将は無事よ!それよりもシロコ先輩の方が、なんか変じゃない?」

「そう?別に私はいつも通り。じゃあ、先入ってるね」

 

 自転車を引きながら早足で入っていくのを見送る。しかし、なんとなく様子が変だなあというのは全員気がついている様子。

 

「やっぱり、セリカちゃんもそう思います?」

「やはりそうですよね……先生はどう見えましたか?」

「うーん、明らかに焦ってる感じはあったね」

 

 うーんと全員で少し考えてから、別にここで話し続けている理由もないので校舎へと歩みを進める。

 結果的にシロコを追う感じで部室へと向かっていると、その途中で派手な音が聞こえてきた。何かが勢いよくぶつかったような音。

 

「うぇっ!?何!?」

「今の音は……!?」

 

 驚いている3人を置いて私は走り始めた。先程の感じからして、間違いなくシロコだろう。ドアを開けて音のした教室に入ってみると、シロコがホシノのことを押し倒していた。

 

「いたた……痛いじゃ〜ん、どしたのシロコちゃん」

「……いつまでシラを切るつもり?」

 

 今日まで一度も見たことなかった形相で、ホシノのことを問い詰めようとしていた。

 まあ、なんかあったのは言わずもがなとして。シロコの襟元を掴んで引っ張り立たせる。

 

「……先生?」

「……うへ、リーリァちゃん?」

「こんな時に何喧嘩してんの。ほら部室に行くよ」

 

 視線だけでホシノに後で説明してもらうように伝え、シロコを引いて教室から連れ出す。待ってと抗議されるが、今2人に話させた所でいいように話が転がるとは思えない。

 

「ど、どうしたんですか、先生?」

「喧嘩しようとしてたから止めただけだよ、ね?」

「け、喧嘩じゃ……」

 

 まだ抗議しようとしていたが、結局抵抗するのを諦めて自分の足で部室に向かった。遅れてホシノも出てきて、全員が部室に揃う。

 しかし空気が重い。先程の"喧嘩"の後なので仕方ないことなのだが。

 とりあえず、今日集まった目的の1つとして、昨日のヒナの話の共有がある。なので私が口を開くべきだろうと考え話し始める。

 

「まず1つ、大将のお見舞いに行った際に立ち退きの要求を受けていたって話を聞いた。まあ、今更だけどやっぱり土地を狙ってるみたいだね」

「でも、その先の目的が見えない」

「そう、そこだったんだけど。ヒナちゃんが面白い情報を持っててね」

 

 捨てられたアビドス砂漠で、カイザーコーポレーションが何か企んでいる。

 たったそれだけの情報と思うか、それほどの情報だと考えるか。私は今回、後者だと考えた。

 

「そ、そんなことをどうして、ゲヘナの風紀委員長が?」

「それに、どうして先生に?」

「さあ?でも、トリニティも警戒しているような相手。ゲヘナが情報を持っていること、それ自体はそんなに不自然じゃないとは思うね」

 

 そう、だからこそ、この情報はそれなりに信用が出来る。例えばの話、ゲヘナが悪意を持って騙してきたり……というのも考えづらいし、信用できる。

 

「じゃあ、アビドス砂漠に行ってみればいいじゃん!目的とか難しいこと分かんないけど、この目で直接確かめた方が早いって!」

 

 セリカが立ち上がりながら言う。突然の主張に少し固まり、それから。

 

「……ん、そうだね」

「……いや〜、セリカちゃんいいこと言うねえ」

「な、何よこの雰囲気!私がまともなこと言ったらおかしいわけ!?」

「あ、あはは、そんなことは……ですが、セリカちゃんの言う通りです」

 

 セリカのお陰か、先程の雰囲気は何処へやらいつもの対策委員会に戻っていた。

 

「……よし、準備でき次第調査しに行こっか!」

「おー!」

 

 そんなノリで、各々が準備をし始めた。まあ私は大した準備ないしなあと待とうとしていたら、シロコから声を掛けてきた。

 

「先生」

「ん?」

「その、さっきのこと。相談したくって」

 

 正直意外だった。帰ってきた後にこっちから聞こうと思っていたので、わざわざこのタイミングで声をかけてくるとは思わなかった。

 ……よほど切羽詰まっている状況なのか?

 適当な空き教室に移動して、それからシロコはとある物を見せてきた。

 

「……これ、ホシノ先輩のバッグから見つけたの」

「へえ?」

 

『退会・退部届 対策委員会小鳥遊ホシノ』

 

 それを見た時にどんな顔をしていたのだろうか。なるほど、シロコが焦る気持ちも分からなくはない。

 

「書かれてる通りの意味だと思う。先生以外には誰にも見せてないし、言ってもないけど……そもそもバッグを漁ったこと自体、ホシノ先輩にバレてる気がする」

 

 頭を回転させる。

 まず1つ、これは自主的な退部とは考えにくい。このタイミングでやっぱ借金から逃げ出そうというのは彼女が考えることとは思えない。となると、誰かに脅されているか、逆に交換条件を提示されている可能性がある。……昨日、まさかカイザーコーポレーションに行っていたのか?それならやけに連絡取れなかったのも納得が行く。

 なら、何故やめさせようとする?

 

「……生」

 

 まずカイザーの目的は何?アビドスの土地だ。そことホシノがやめることが繋がらない。ホシノがいようがいまいが別に借金は返せないだろうーー一般的に考えてーーし、何か重大な事実を見落としてる?……そういえば、

 

「先生!」

「っ!?……ああ、ごめん」

 

 シロコの声で、思考が一旦止められる。考えることに没頭しすぎていたようだ。

 

「とりあえず、私からホシノちゃんに聞いてみるよ。みんなには一回黙っておこうか」

「うん。……ありがとう、先生」

 

 

ーーーーー

 

 

 ホシノの件は帰ってきてから問い質すとして、まずは砂漠へ向かっていた。

 線路があったので電車で来たが、それも途中まで。整備がされてないのか砂漠に飲み込まれたのか、線路が壊れてしまっている。

 

「ここからは歩くしかないね〜」

『普段から壊れた警備ドローンやオートマタが徘徊している危険地帯ですので、特に先生は気を付けてください』

「ま、そこは任せてよ」

 

 アヤネは念の為アビドスで待機、私も待っていた方がいいと止められたがそういう訳にもいかないので無理言ってついてきた。

 まあ、正規勇者(リーガル・ブレイブ)としては西に東に様々な地帯を一人旅してきたので、砂漠もそれなりには慣れている。もちろん、だからこそ油断できないというのもよく知っているが。

 慎重かつ大胆に進軍していく。その中で軽い戦闘もあったが流石はアビドスの皆で、特に指示も必要なくあっさりと撃破していた。

 

「ここから先が、捨てられた砂漠……」

「砂だらけの市街地なら行ったことありますが、ここから先は私も初めてです」

「いや〜久しぶりだねえこの景色も」

「先輩はここに来たことがあるの?」

 

 だいぶ余裕があるのか、雑談をし始める。興味はあるし、多分大丈夫なので特に止めずに聞いてみる。

 

「うん、前に生徒会の仕事で何度かね〜。もう少し進めばなんと、かつてアビドスの砂祭りが開かれていたオアシスが!」

「え、オアシス?こんな所に?」

「うん。まあ今は全部干上がっちゃったんだけどね〜。元々はそんじょそこらの湖より広くって、船を浮かべられるくらいだったとか」

 

 なるほど、それはまた凄いな。と思いながら、よく目を凝らしてみるとそれらしき場所がある。もう単なるクレーターのようになってしまっているが、あれがオアシスだったというなら確かに凄い規模になる。

 

「砂祭り……私も聞いたことがある。アビドスでは有名な祭りで、すごい数の人が集まるって」

「そうそう、別の学校からもその祭りを見たさに人が来るくらいだったからね。ま、砂漠化が進み始める何十年も前のことだけど」

「へえ、今となってはこんな光景になっちゃってるけど、ここでこんな凄いお祭りが……?」

「前までは、この辺りも結構住みやすい場所だったらしいよ〜?……ほら、あそこはまさしく砂祭りが開かれたオアシスだった場所だよ」

 

 ホシノが、先程見つけたオアシスの跡地を指差す。3人は大なり小なり驚いている様子。

 ……なるほど、昔のアビドスが巨大な学校だったんだなあと、なんとなく歴史を感じさせてくれる光景である。あまりそういうのに詳しくなければ、興味津々ということもないんだけれど、こういう光景というのは自然と考えさせてくれるものである。

 

「……リーリァちゃん?」

「ん?」

「黙ってるからどうしたのかな〜って」

「いや、面白い話だなーと思って聞いてただけだよ」

「それならいいんだけど、静かすぎると心配しちゃうよ?」

 

 心配されてるのはどっちなんだか。とは言わずに我慢。

 それよりも、肝心の目的の方が問題である。

 

「アヤネ、まだ何も無い?」

『……待ってください、遠方に……町?いえ、工場でしょうか。とにかく巨大な施設のようなものが……』

 

 随伴していたアヤネのドローンカメラが動いている。普通に見るだけでは何も見えないが、なるほどカメラは優秀なようだ。

 

「!?……こんな所に施設?何かの見間違いじゃなくて?」

『恐らく見間違いではないと思うのですが……とりあえず、肉眼で確認できる所まで進んでください』

 

 会話を聞き流しながら、目を凝らしてみる。普通の意味合いではなく、いわゆる千里眼の類。どの辺りなのかはドローンの見てる方角のお陰で分かったし、それなら見るのは簡単である。

 ……軍事施設だろうか?警備が巡回している。ふむふむ、なるほど。

 

「確かにあるね……」

「えっ、リーリァ先生は見えたの!?何処!?」

「私にも全然見えない」

「うーん、近くまで行ってみようか」

 

 全員、先程までの弛緩した空気は何処へやらといった様子で武器を構え臨戦体勢に入りつつ、歩みを進めていく。

 幸い近くまでは特に何事もなく行くことができた。そして、その施設の姿が全員の目に映る。

 

「……昔はこんなのなかったよ」

 

 真剣な顔でホシノが見つめる。その視線の先にはとあるマークが描いてあった。そしてその下には、『KAISER PMC』の文字。

 

「カイザーPMC……」

「カイザー……?こいつらもカイザーコーポレーションってんぐっ!?」

「まあそれは分かりきってたことじゃない?」

 

 驚きで大声を上げようとしたセリカの口を塞ぎながらツッコむ。そもそもカイザーが何かしているという情報を基に探しに来たのだから、当たりだったというだけの話。

 しかし、PMCか。聞いたことがない。まあ様子からしてなんとなく想像は出来るけど。

 

「PMCって何?」

民間軍事会社(Private Military Company)のことです」

『ヘルメット団のようなチンピラとはレベルが違います。本当に組織化されたようなプロの……文字通り、軍隊のようなものです!』

「……!?」

「軍隊ぃ!?」

 

 シロコとセリカが露骨に驚いている。まあ会社の名前ともなれば学生が詳しくないのはそんなにおかしなことではないだろう。むしろ教えてくれたノノミはどうして知っているか、だ。……意外と創作の関係という線も、彼女なら無いと言い切れないが。

 

「……なるほどねえ」

 

 ところでここは砂漠である。多少の凹凸はあっても遮蔽らしい遮蔽はない。もちろん施設に入ればまた別だろうが、当然今は外にいる。そして、施設はかなり大きいし、その外壁も結構なサイズ感。そうなると視界を防いでいた砂嵐の影響も小さくなる。

 

「退学した生徒や不良の生徒を集めて、企業が私設兵として雇っているという噂がありましたが、まさか……」

 

 そんなノノミの呟きは、直後に鳴り響いたサイレンにかき消された。

 軍隊級の相手に、こんな所で様子を見てたらそりゃ見つかるよね……という心のつぶやき。

 

「警報!?」

「これ、何だか大事になりそうな予感……」

「言ってる場合?走るよ!」

 

 シロコとセリカ、ノノミ、リーリァ、ホシノ。すぐにこの順番で移動を開始した。気になるのは戦車が来ているという点だ。耳を澄ます必要もないくらい、音と振動がそれを伝えてきている。

 しかし巨大なガトリング銃であるミニガンを持っているノノミはどうしても移動速度が遅くなってしまう。そのためホシノに殿を務めてもらうのだが、それはそれで前方の守りは薄くなってしまう。

 

「あれは、ヘリ!?」

「セリカ!」

「流石に走りながらあの距離は難しいわよ!」

 

 先回りするためだろう、ヘリまで動員されている。撃ち落とすのは流石に厳しいとなるとどうしたものか。シロコのドローンも一応傾向しているようだが、ミサイルは迎撃される恐れがあるし素直に対処するしかないか?

 

「リーリァちゃん!もう来てる!」

「分かってる!」

 

 後方から迫っている部隊もそろそろ交戦距離に入りそうだ。前方の部隊とかち合う前に一旦足を止めて戦うべきか?……駄目だ、その間に援軍に到着される。ならこのまま進み続ける?いや、この速度で移動し続けるには体力の限界があるし、そもそも最小限の戦闘で切り抜けられなければ援軍に到着されるのも同じだ。

 ……私も戦うべきか?あまり介入はしない方がいいとはいえ、それを理由に生徒を見捨てるのは根本的に間違っているだろう。

 

「それは駄目!」

「ホシノ!?何言ってるのこんな時に!」

「……最悪、私がなんとかするから」

 

 あくまでも真剣な表情。変なプライドとか、余計な心配とか、そういった雰囲気ではない。あまり彼女1人に任せたいとは思わないが、ここは1つ信頼しよう。

 

「リーリァ先生!もう撃てる!」

「ん、行ける!」

「……よし、このまま突っ走るよ!」

 

 相手を有効射程距離に収めたセリカが、迷わず一発ぶちかました。上手いこと銃に当てて、その手から落とさせた。

 それが戦闘の開始の合図になった。前方からの銃弾の嵐が降り注ぐ。シロコがスイと躱しながら走り続け頭へと容赦なく鉛玉のお返しをすると同時に、シロコの死角から狙う相手をセリカの狙撃でカバーしていく。

 同時に後方からの銃弾も飛び始めた。ホシノは私とノノミを守るように盾を構えながらも後退するが、後ろを向きながらだと当然移動速度は落ちてしまう。更に威嚇射撃をするがそれだけで止まる相手ではない。

 

「先生、私は……」

「まだ駄目。完全に追いつかれるまでは……!」

 

 ノノミは一度攻撃し始めれば嫌でも足を止めるしかなくなる。なのでまだ走れている間は我慢してもらうしかない。

 

「セリカ!こっちのカバーもお願い!」

「ああもう!どうしろって言うのよ!」

 

 シロコに余裕が出来てきた頃を見計らって、セリカが後方への狙撃へと切り替える。ショットガンよりは当然射程が長いので、ホシノの射撃より先に攻撃をし始める。

 

「先生、こっちも厳しいかも」

「……これは」

 

 部隊の最後の1人を蹴り倒し銃弾をお見舞いしながらも、視線は更に先を見据えていた。更にヘリから降りてくる大部隊。……抜けられないように前方の守りを固めることを優先してきたか。

 

「セリカはシロコのサポートに戻って!ノノミも攻撃!」

「分かりました!」

「ちょ、ちょっとこれピンチじゃないの!?」

「ちょっと、厳しいかもね〜」

 

 激しい弾丸の応報が始まるが、その間にも取り囲むように陣形が組まれ、更に複数台の戦車も合流してしまう。

 

『……せい、聞こえますか?包囲網を抜け……また……』

 

 通信が切れていたアヤネが再び連絡を繋ごうとしているが、電波妨害なのか声が途切れている。

 

「……これは、もう」

 

 自然と弾丸の雨は止んでいっていた。

 

『……が不安定……早く……退却……』

 

 もう、アヤネの通信は意味を成していない。

 

「はぁ、はぁ……」

「くっ……」

 

 私を含めた5人は完全に集合していた。私を中心に背を向けあい4方向へ銃口を向けているが、今下手に撃てば飛んでくるのは複数の砲弾だろう。

 

『……が……接近……』

 

 それを最後にプツリと通信は再び途絶えた。

 

「……絶対絶命?」

「包囲されちゃったね〜……」

「……接近?」

 

 アヤネが何を伝えようとしていたのか。戦車が接近……なら、もう最初から分かっていた。同じ理由でヘリも違うだろう。ならば、なんだ?

 その答えは、すぐに訪れた。後方側の部隊が道を空けたと思えば、場違いな黒い高級車が走ってきた。私達の前で停車し、誰かが姿を見せた。

 

「侵入者とは聞いていたが……アビドスだったとは」

 

 そう呟く大男ーー機械にしか見えないが、キヴォトスでそのことを気にしだしたらキリがないーーは、これまた高そうなスーツを身にまとっていた。

 さしずめ、カイザーの中でも偉い立場の人間だろう。

 

「勝手に人の私有地に入り、暴れたことによる被害額。君たちの学校の借金に加えても良いのだが、大して額は変わらないな……」

 

 その男の言葉は、推測が正解であることを裏付けていた。ならここは私が話すべきだろうと一歩前に出ようとして、ホシノが明確に敵意を剥き出しにしていることに気がつく。

 

「あんたは、あの時の……」

「……確か、例のゲマトリアが狙っていた生徒会長……いや、副会長だったか?」

 

 ホシノを一瞥してから、そう呟く。会話をしているのか独り言をしているのか、完全に自分のペースで喋っている。

 ……しかし、ゲマトリア?これまた聞いたことがない言葉だ。しかも、狙っていたとは?

 

「あんたは誰?」

「おや?そちらは……なるほど。他人に尋ねる前に、自分から名乗るのが礼儀ではないかな?」

「もう知ってると思ってたけど、知らない?シャーレのリーリァ・アスプレイ。この子らの先生だよ」

「……ふむ、噂には聞いていたが確かに先生らしくはないな。似合っていないぞ、そのスーツ」

 

 セリカが一歩踏み出し、ホシノが睨みつけたが2人を手で制する。この程度の嫌味に構う必要はないし、何より事実だ。

 

「さて、アビドスの諸君には必要ないかもしれないが、改めて自己紹介をしよう。私はカイザーコーポレーションの理事をしている者だ」

「カイザーの……?」

「理事!?」

「おや?まさか君たちも知らなかったのかな。君たちが借金をしている相手だというのに」

 

 おどけるように、嘲るように、見下すように。くっくっくと笑いながら理事は語る。

 

「では、その古くからの借金について語ろうではないか」

「何が目的?」

「保護者面するのは構わないが、私が話したいのはアビドスの諸君らだ。"先生"ではない」

 

 なるほど、完全に舐められている。確かに実績らしい実績もそこまで上げてないし、それは仕方のないことかもしれないが。

 

「さて、正確に紹介すると、カイザーコーポレーション、カイザーローン、そしてカイザーインストラクションの理事だ。今はカイザーPMCの代表取締役も務めている」

 

 なるほど、カイザーローンの方も理事をしているのか。だから借金の相手、なのだろう。

 しかし自己紹介というよりは、ひけらかしをしているようにも聞こえる。

 

「それはどうでもいいけど、要はあなたがアビドス高校を騙して、搾取した張本人ってことでいい?」

 

 噛みついたのはシロコである。言い方にトゲはあるが、認識に間違いはないだろう。

 

「……ほう?」

 

 不満そうな、しかし面白がってるような、何とも微妙な言い方。

 

「そうよ!ヘルメット団と便利屋を仕向けて、ここまで私達をずっと苦しませて来て……」

「ちょっと待ってセリカ」

「な、何よ!私間違ってること言った!?」

「……この状況で、挑発するようなことは言わないほうがいい」

 

 くくくと笑ってから、理事は口を開く。

 

「なるほど、先生というだけあって子供よりかは頭が回るようだ。そう、君たちは勝手に私有地に侵入し、善良なるPMC職員たちを攻撃し、施設を散々した。そういう立場だと分かっているのかな?ここはカイザーPMCが合法的に事業を営んでいる場所だ。その場に不法侵入しているということを理解するべきだ」

 

 それは、警告だろう。本当ならもう捕らえられていても文句は言えないのだ。他はどうであれ、"今"この場において悪いのはアビドスの側なのだ。

 

「……!」

「……っ!」

 

 意味を嫌でも理解させたられたのだろう。噛みつこうとしていた2人も一旦口を閉じた。

 

「さて話を戻そうか……アビドス自治区の土地だったか。確かに買ったとも。だからどうした?全ては合法的な取引、記録も全てしっかりと存在している。まるで、私たちが不法な行為でもしているかのような言い方はやめてもらおうか。わざわざ挑発しに来たわけではないのだろう?」

 

 どの口が言うのだか。それ自体は合法だろうと、学校への襲撃の依頼やブラックマーケットの闇銀行を使っていることは合法と言えるのだろうか。

 

「ここに来たのは、私たちがここで何をしているか気になったからか?どうしてアビドスの土地を買ったのか、その理由が知りたいからか?それならば教えてやろう、私たちはアビドスの何処かに埋められているという、宝物を探しているのだ」

「……そんなでまかせ、信じられる訳ないでしょ!」

「それはそう。もしそうだとするのなら、このPMCの兵力について説明が付かない。この兵力は、私たちの自治区を武力で占拠するため。違う?」

「いや、違うと思うな」

 

 私の口から否定されるとは思わなかったのか、シロコが面食らっていた。

 

「……どうして?」

「それならば、そもそもヘルメット団や便利屋に攻撃させる必要がない。わざわざブラックマーケットを経由してまで金を回していたし。それに、残りのアビドス自治区、つまり高校周辺を制圧するには戦力が過剰。……そうでしょ、理事さん?」

「ああ、そうだとも。君たち程度に数百両の戦車がいると?」

 

 ……その上で、宝探しとやらも本当なのだろうと考える。この状況、あえて語る必要はないが嘘を吐く必要もない。そもそも今話し合いの場を作る必要さえもない。

 これは、勝利への確信。或いはもう既に勝ったつもりでいるのだろう。

 

「君たち程度、いつでも、どうとでも出来るのだよ……例えばそう、こういう風にな」

 

 するとおもむろに端末を取り出し、誰かと連絡を取り始めた。

 

「……私だ……そうだ、進めろ」

 

 最低限の連絡。あらかじめ用意していたシナリオ。そんなところか。……さて、これは"シャーレ"にはどうしようもできないかもなあ。試すだけ試してみるけど。

 

「な、何……?急に電話……それに『進めろ』って、何のこと?」

「残念なお知らせだ。どうやら、君たちの学校の信用が落ちてしまったそうだよ」

 

 少ししてから、突然アヤネからの通信。もう戦闘は中断しているし、妨害もされてないのだろう。

 

『た、大変です!急に信用が最低ランクに落ちて、それで……来月からの利子が9130万になったと連絡が……!』

「きゅ、9000万円!?」

 

 くっくっくと、また笑う。勝ち誇った、勝利者の笑い。

 

「……理事、1つ提案があると言ったら聞きます?」

「おや?急に改まってどうした?……くくく」

「シャーレが正式にカイザーコーポレーションと連携し、宝探しに協力する。もちろん成果は全てカイザー側へ譲ります。……アビドスの5人もシャーレに所属しているので、彼女達も働かせます。なので」

「借金を減らせと?……いやはや、なるほど。少々見くびっていたが、面白いことを考えるな。だから……」

 

 もしその男が機械でなければ、口角が上がっていただろうなと自然と想像できる。

 

「断る」

「……まあ、でしょうね?」

 

 1つ、分かっていることがある。この男はアビドスに対して、個人的に気に入らない点があるのだ。

 アビドスの自治区の残りは高校周辺だけ。余計なちょっかいをかけなければそのままそれ以外を捜索できただろう。かつての分校の地下に埋まっている可能性も低いし、急いで落とす必要がないどころかそもそも落とす必要がないのだ。

 なのにわざわざ回りくどいことをしてまで落とそうとしているのは、そういうことなのだろうなと想像が付く。だからこそ、シャーレという超法規的機関を味方にできるというそこそこのメリットよりも、アビドスへ慈悲を与えるというデメリットの方が強いのだ。

 だからこそ、彼は絶対に頷かない。思った通りだった。

 

「それだけではない。9億円の借金に対する保証金をもらっておくとしよう。1週間以内に、我がカイザーローンに3億円を預託してもらうとしよう。この利率でも借金返済ができるということを、証明してもらわねばな」

『そんな……!』

「……っ!」

『そんなお金、用意できるはずが……今、利子だけでも精一杯なのに……』

「ならば、学校を諦めて去ったらどうだ?」

『!!』

 

 冷たく、しかし一番まともな解決策を理事は提示する。

 

「自主退学して、転校でもすればいい。それで全てが解決するだろう、そもそも君たち個人の借金ではない。学校が責任を取るべきお金だ。何も進んで君たちが進んで背負う必要は無いのではないか?」

 

 ある意味最適解であり、そして絶対に選択しないだろう択。このタイミングでその事実の指摘。

 ……うーん、そういうことねえ。つまり、元々学校への攻撃なんて面倒をしなくても、自然と学校を諦めて去って手放される計画だった。なのに、わざわざ9億という返せるわけのない借金を背負い真面目に返そうとする馬鹿達のせいで、こういう面倒をしないといけなくなった。そういう、私怨。

 

「するわけないでしょ、彼女達が。分かってるからこんな回りくどいことまでして虐めるんでしょ?」

「そうよ!リーリァ先生の言う通りよ!見捨てるわけないじゃん!!」

「はい、アビドスは私達の居場所です!」

「学校も街も、捨てて逃げたりなんかしない……!」

「ならばどうする?他に何か、良い手でも?」

 

 ぴしゃりと、冷静に事実を叩き返す。

 

「先生に泣きついて捻出してもらうのかな?3億を?……いくらシャーレでも、そんな巨大な額を1週間で動かせるはずがない。ましてや借金の返済なんて理由ではな」

「……そうかもね」

「所詮、先生を気取っていた所でシャーレには何もできない。そして先生がいないアビドスには何もないんだよ。くっくっく……!」

 

 ……なるほど、私の干渉のせいでヘルメット団の襲撃があと一歩の所で失敗した、その事実にも苛立ちがあるのだろう。だから私個人への攻撃もする。

 

「……みんな、帰ろう」

「ホシノ?」

「……これ以上ここで言い争ってても意味がない。それにリーリァちゃんのことまで悪く言われる筋合いもない」

 

 途中からずっと黙っていたホシノが、言う。確かにここで話し続けていた所でこれ以上意味がないのも事実だ。

 ……私の心配は、別にしなくても平気なんだけど。こんな見え透いた挑発で傷つくほど弱くなったつもりはない。

 

「ほう……副生徒会長、流石に君は賢そうだな。……ああ、思い出したよ。賢そうな君と一緒にいた、あの全くもって馬鹿な生徒会長のこともな」

「ユメさんをバカにする資格、あんたにはないでしょ」

「先生も見れば分かるだろう。あれほど馬鹿な生徒会長、探しても何処にもいないかもな?まあ、二度と見ることなど出来ないがな」

「お前……!」

 

 今までのことはどれだけ煽られようとも、こちらが不法侵入しているという事実と、グレーだとしても合法的な借金を背負っているという事実、この2点がある以上何も言い返せなかった。

 しかし、しかしだ。言っていいことと悪いことはある。故人を弄ぶのは、それは許されることではない。ましてやユメという人物について、何も知らないであろうこの男が。

 殴り飛ばしたい。ほぼ無意識のうちに一歩前に踏み出していたが、同時に手を掴まれた。ぎゅっと、強く。

 

「ありがとう、リーリァちゃん。でも、私は大丈夫、だから」

「………」

 

 その強さが、ホシノがどれだけ怒っているのかを如実に伝えていた。……だからこそ、そのホシノが我慢しているからこそ私が手を出してはいけない。

 

「……ごめん」

「……帰ろう」

 

 本当なら、捕まえられるはずのこの状態で。しかし帰り道は丁寧に開いていた。

 背を向け歩きだすのと同時に、言葉の追い打ち。

 

「では、保証金と来月以降の返済についてはよろしく頼むよ、お客様。ふふっ、ふはははは……!」

 

 まさに物語の悪役と言わんばかりの笑い声を背に、帰路についた。

 

 

ーーーーー

 

 

 それは、いつかの記憶。

 

「じゃーん!」

 

 緩くて、ふわっとした雰囲気の少女があるものを掲げる。

 

「ホシノちゃん、見て見て〜!アビドス砂祭りの昔のポスター!やっと手に入れたよー!」

 

 同じ部屋にいるもう一人の少女に声をかけながら、熱く語る。それは昔のことだったらしい。

 

「この時はまだ、オアシスが湖みたいに広がってたんだよねー。あ、このポスターは記念にあげる!」

 

 語る少女の顔は、希望に満ちていた。莫大な借金を返す手段はなく、人も減っていく一方の中でも。

 

「えへへ、すっごく素敵でしょー?もし何か奇跡が起きたら、またこの頃みたいに人がたっくさん集まって……」

「奇跡なんて起きっこないですよ、先輩」

 

 聞いていた鋭い目をしたもう一人の少女は、吐き捨てるように呟いた。

 

「そんなもの、あるわけないじゃないですか。それよりも現実を見てください!」

「は、はう……」

 

 "後輩"の怒鳴り声に、少女は萎縮してしまう。

 何度も見た夢物語、何一つとして現実にならなかったし、これからもなりっこない。そういう、現実。

 

「こんな砂漠のド真ん中に、もう大勢の人なんて来るはずないでしょう!?夢物語もいい加減にしてください!」

「うえぇ……だってホシノちゃーん……ご、ごめんね?」

 

 少女からしたら、いつものことだったのだ。生徒会、唯一の後輩である彼女に提案をしては呆れられて、時には一緒に何かやって。

 こんな怒鳴られると思ってなかったから、少女は謝った。しかし、"後輩"の少女にとってそれは逆に火に油を注ぐことになった。

 ……いや、注がれなくとも既に火は灯っていたのかもしれない。全く解決策の見えない日々が、役に立たない先輩が。……そう思ってしまう、自分の弱さが。

 

「そうやってふわふわと、奇跡だの幸せだの何だの……もっとしっかりしてください、あなたはアビドスの生徒会長なんですよ!?もう少し、その肩に乗った責任を自覚したらどうなんですか!」

 

 そして、彼女はポスターを引き裂いた。

 

 ……それが、取り返しのつかないことになると気がついたのは翌日のことだった。いつも通り生徒会室に向かい、昨日のことを謝ろうと少し軽く考えながら入った。

 しかし、そこには誰もいなかった。代わりに、テープで補修したポスターが机に置いてあっただけ。

 ()()()()泣き崩れながら、それを抱いた。自分がしてしまったことの意味を、噛み締めながら。

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