「もうっ、一体何なのよ!」
セリカの声が、対策委員会の部室に木霊する。帰ってきて最初に言った言葉がそれだった。結局何もできずに煽られるだけ煽られて、しかもとんでもない利子まで付けられて。
「カイザーコーポレーションは、あそこで一体何を企んで……?」
「『宝物を探している』、と言っていましたが……」
リーリァはそれが正解だと考えたが、普通に考えて大人が真面目に『宝探し』をしているとは思わないだろう。それに……
「あの砂漠には何もないはずです。でたらめを言ってるんだと思います。石油など、お金になりそうな地下資源は何一つ残っていません……はるか昔に、すでにそういう調査結果が出ています」
そんな宝があるのならば、アビドスが既に目を付けている。ということだ。
「だとすると、どうして……」
「いやいや、今はそれよりも借金の方でしょ!何よ9000万って!」
ノノミの思案を、セリカが妨害する。考えた所でどうしよもないカイザーの目的なんかよりも、目の前こと。のんきに探偵ごっこなどしている場合ではない。
「保証金も要求してきましたし……あと一週間で、3億だなんて……」
元々明るい状況ではなかったが、更に空気が重くなる。当然だ、その非現実的な支払いをしなければ廃校になってしまうかもしれない……いや、なるのだ。
「……行ってくる。あそこで何をしているか、調べないと」
シロコが銃を片手に口を開く。
「し、シロコ先輩!?行くって、一体どこへ……!?」
「PMCの施設。徹底的に準備すれば、何とか潜入できると思う。行って、何をしているのか確認する」
「ま、待ってシロコ先輩!それより今は、借金の方が先でしょ!」
「……借金はもう、まともな手段では返せない。何か、別の方法を……」
何故シロコがここで、カイザーの基地の方を話し始めたのか。それは、既に借金については諦めていたからだ。
「だ、ダメですよ!それではまた……」
「私はシロコ先輩に賛成!学校がなくなったら全部終わりなんだから、もうなりふり構ってられない!!」
「そんな、セリカちゃん……!?」
「セリカちゃん待って!そんなことをしたら、あの時と同じだよ!」
意見が割れ始めていた。シロコとセリカ、ノノミとアヤネ。非合法な手段を用いても返すという2人と、それはダメだと止めようとする2人。
「そ、そういう意味じゃない!そうじゃなくて、でも……!」
「あの時先生は言ってたよね?そうやって返して、胸を張れるのかって!……そうですよね、先生!」
そこで初めて話を振られたリーリァは、壁にもたれながらシッテムの箱をぼんやりと見つめたまま動かなかった。
ーーーーー
青い空。青い海。そして青い髪がゆらゆらと揺れる。
そこは教室、シッテムの箱の中。アロナとリーリァは対面していた。
「……はい、先生の予想通りです!
情報を確認し終えたアロナは、結果をリーリァに伝えた。
いやあ、あの理事がホシノちゃんを"副会長"って呼んでたの、気になったんだよねえ……と、口には出さずに考える。
今まで何か引っかかっていた部分はあったのだが、理事のあの呼び方が最後の鍵になったのだ。なんか納得いかないけど、まあしょうがない。
「じゃあさ、ホシノちゃんがいなくなったら生徒会不在ってことになるよね?生徒会のいない学校でどうなるの?」
「代わりになる部活があればそれで大丈夫ですが、そもそも部活が一切ない状態になると学校として認められなくなる可能性があります」
「……はあ」
つまるところ、カイザー側からホシノへ
『……せい!』
退学するように脅しか何かして……
『先生!』
ん?
「ちょっと、リーリァ先生?」
「……大丈夫?」
顔を上げると、5人の視線が集中していた。なるほど、アロナと話している間動かなかったから、様子がおかしいと心配されたのだろう。うーむ、"教室"へ意識を移している間も現実の身体へ意識を残せたらいいんだけど。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してて」
嘘は吐いていない。実際この状況をどうしようかは考えていた。
……今、ここに全員が揃っている。少し、やることはやっておこう。
「それでね、とりあえず連邦生徒会に現状を伝えてみようと思う」
「……連邦生徒会は、今まで何もしてくれませんでした」
「連邦捜査部シャーレとして嘆願したら、無視は出来ないよね?」
言いながら、予備の端末を取り出す。アビドス廃校対策委員会からの正式な要請であると分かるようにするために、全員のサインをもらいたい……
「……顧問、かあ」
「ん?」
「まあ、リーリァちゃんも出来ることをやってくれるみたいだし、今日は解散。一回頭を冷やして、また明日集まることにしようよ。これは委員長命令ってことで」
「……ま、ホシノちゃんもこう言ってるし、今日の所は帰ろっか」
それに反対する人はいなかった。……一応シロコには視線で合図を行う。私から聞いておく、と。
それから当のホシノに視線を移すと、うへ……と誤魔化すような笑い。しかし逃げる様子もない。どうやらこうなることは分かっていたみたいだ。
ホシノと私以外が帰り支度をして帰路につく頃には、日が傾き始めていた。夕日の差す教室で、2人きりになる。
「……屋上、行かない?」
「話してくれるなら」
「大丈夫、おじさんは逃げたりしないから」
アビドス高校の屋上。立ち入るのは初めてだ。……ここ数日、アビドスに来てから毎日が忙しなく、もう長い間アビドスにいるような錯覚さえ覚えていたが、決してそんなことはない。
フェンス越しに、
「それで、これについて説明してもらおうかな」
「……うへえ、先生なのに泥棒なんてしちゃったの?」
ホシノの『退部・退会届』を見せる。これを誰かに取られていた、というのはもう気がついていたのだろうか、そこまで驚いている様子はない。
「違うよ、これはシロコが見つけた」
「えっ、シロコちゃん?もう、いくらなんでも先輩の鞄漁るのはダメでしょ〜」
「……でも、それだけ愛されてるってことじゃない?」
「……うへ」
夕日に照らされた横顔は、いつもよりも赤くなっていた。それはきっと気の所為なんかじゃない。
「ホシノはさ、ここも、ここにいる皆も好きなんでしょ?」
「……う〜ん、そう、だね。もちろん皆のことは好きだし、そんな皆といたここも好き、なのかも」
「……」
「……」
風が、ホシノの長い髪をはためかせる。砂の混じった、あまり心地よい風とは言えないものだけれど、夕暮れ時の程よい気温の風は、やっぱり心地よい……気がする。
「ね、リーリァちゃん。そのことを話す前に、1つだけ話したいことがあるんだ」
「何?」
「……さっき、ユメ先輩のこと庇ってくれたよね。もしリーリァちゃんが言ってくれなければ、私も我慢出来たか分かんなかったかも」
「別に、その人だからって訳じゃないよ。誰にだって、死者を踏みにじる権利なんてないって、私は思ってる」
「それでも、ありがと」
目を閉じて、深い呼吸をする。
「私ね、ユメ先輩と最後に別れる前に酷いことをしたんだ」
「……?」
「ユメ先輩が頑張って見つけた、昔の砂祭りのポスター。きっと昔みたいな活気を取り戻せるって、そんな奇跡が起こるかもって、言っててね」
「明るい人だったんだね」
「うん。私なんかと違って、前を見てたよ。まあ、あまり現実的なことは言ってなかったけど……それでも、どうせ無理だって諦めるよりかはきっと、良いことだったと思う」
日が沈む。夕暮れ時はあっという間に過ぎていき、一番星が見え始める。……少し、寒いかも。
「そんなポスターを、私は破ったんだ。……それがユメ先輩との、最後。私はね、リーリァちゃんが思ってくれてるほど良い人じゃないし、できた人でもないんだよ」
「……誰だって、間違えることはあるよ」
「取り返しのつかないことでも?」
「……うん」
どんな人だって、完璧じゃない。間違えることはあるし、それが取り返しのつかないことに繋がることだってある。でも、それで終わりじゃない。
……それで終わっていいのなら、私は今、ここにいたりしないだろう。
「強いんだね、リーリァちゃんは」
「別に強くなんかはないよ。まあ実力には自信あるけど、人としては……別に、偉くなんかないさ」
「……そっか」
ホシノは、微笑んだ。それは、何かを決意したかのような、或いは何かを諦めたかのような。……いや、どっちだとしても、それは本質的に違いなんてないんだ。
「……うん、話を戻そうか。退部の件、だよね。全部話すよ」
夜風が肌を撫でる。少し遠くまで見れば、人工の明かりが街を照らしている。けれど、人の少ないこの周囲にはほとんど存在しない。数えられる程度、ぽつぽつとあるくらいか。
「私はね、2年前から変なやつらに提案を受けてたんだ」
「提案?」
「カイザコーポレーション。……提案というかスカウトというか、とにかくアビドスに入学した直後からずっと、何回もね」
……2年前、アビドスに入学した直後?
てっきり今の状況を利用して脅しをかけられているとか、そんなことかと思っていたけれど。
「そういえば、ついこの間もあったな〜……」
『あなたに、決して拒めない提案をひとつ。アビドス高校を退学し、私共の企業に所属する……その条件を呑んでいただければ、今アビドスが背負っている借金の半分近くをこちらで負担しましょう。ククッ、ククククッ……さあ、答えを聞きましょう。もしイエスなら、こちらにサインを』
「……って、感じでね」
「……うん?」
借金の半分近く。なるほど、確かにその条件を飲めば3億の支払いも出来る。しかもそれだけ返せれば、利子の額もかなり減るだろう。多分、昨日まではその提案に乗るつもりはなかったけれど、今のホシノはそれに揺れ動いているのだろう。
……
いや、まさか。ホシノを抜けさせることそのものが目的?対策委員会が正式な部活でないのならば、現在の生徒会メンバーはホシノだけ。ホシノがいなくなったアビドスは、生徒会が存在しない、名前だけの学校になる。
「待って、それは誰からの提案なの?あの理事?」
「ううん、違う。私もあいつの正体は知らない……ただ、私は黒服って呼んでる」
「なにそれ」
「何となくぞくっとするやつで……キヴォトス広しといえども、ああいうタイプのやつは見たこと無かったし……」
ーー確か、例のゲマトリアが狙っていた生徒会長……いや、副会長だったか?
理事の言葉を思い出す。ゲマトリアが、ホシノを狙っている。
……そうか、そういうことか。
「ホシノちゃん、それ……罠だよ」
「……あいつらは、PMCで使える人材を探しているって言ってた。もしかしたら、雇った直後に皆と戦わさせられる、ってこともあるのかもね」
「違う、そうじゃない」
「?」
最悪だ。きっとこれは、ずっと前から狙ってきていたこと。
ゲマトリア、それが個人か団体かは分からないが、カイザーに協力している第三者の可能性が高い。そして、ホシノへの提案はカイザーからではなくその人物からの提案。
しかしそのゲマトリアとカイザーとの繋がりは当然ある。この提案は、双方に得があり、そしてホシノやアビドスへの得は一切ない、完全な罠。
そして、理事は最後に仕掛けてきたのだ。ホシノが乗らなければ借金を返せず終わる。乗れば、そもそもアビドスという学校の消滅。勝ちを前提とした勝負。
……まあ、後者は私がなんとかするとしても、だ。
「多分、それも嘘。カイザーからの提案ならともかく、その……黒服?からの提案なのが余りにも怪しすぎる」
「……う〜ん、もしかしなくても、私が提案に乗るつもりなのバレてる?」
「そのつもりなんじゃないかとは、思ってる」
「だから止めようとしてくれてるんだよね。……さっきも言ったけど、私はそこまで心配されるような人じゃないよ」
「……はあ」
心配されるような人じゃない、かあ。
「それにさ、リーリァちゃんが"顧問"になってくれるんでしょ?もう、おじさんなんかいなくたって大丈夫だよ」
「私は悪い大人だよ?」
「そんなことないよ。それは、見てきたから分かってるつもり」
「……」
自分のことはそう言っておいて、私のことを認めようとしている。それはなんというか、ズルいんじゃないか。
「それに、これはおじさんの勝手な予想なんだけどね。リーリァちゃんはあるんじゃない?
「……」
「当たり?」
「当たりだよ、そりゃもう大正解。……だから、ホシノちゃんがそうすることも認めろって?」
「……そうだと言ったら怒る?」
「うーん、凄い怒るかな」
それは、私だから良かったのだ。偉い人から世界で一番不幸な人認定されて、そう生きることを受け入れてしまった私だからこそ良かったのだ。
けれど、ホシノは違う。ホシノにはホシノの幸せがあって、しかもホシノを愛してくれてる人たちもいる。そして、未来がある。
「ごめんね、"先生"。私、悪い生徒だから。……大丈夫、例え私がどうなっても、借金の返済はさせるようにするから」
「そうじゃない」
「先生。皆のこと、お願いね」
「待って」
「さようなら、先生」
ホシノは背を向けて、歩く。
今のホシノにどんな言葉を投げても、きっと止まらない。無理やり縛ることはできるかもしれないけれど、それは問題の解決にはならない。
……なら、私も行動で示そう。
止められないことを理由に行かせてしまう、自分の弱さに悶えながらその場に座る。
「……もしもし、リンちゃん?今大丈夫?」
『何ですか、こんな時間に。全然大丈夫ではありませんし、リンちゃん呼びはやめてくださいと言いましたよね?』
ーーーーー
翌朝。部室にいる
「……とりあえず、読ませてもらうね」
誰の了承を得るでもなく、リーリァはそれを読み始めた。
『まずは、こうやって手紙でお別れの挨拶をすることになったこと、許してほしい。おじさんにはこういう古いやり方が似合っててさ。みんなには、ずっと話してなかったことがあって。実は私、昔からスカウトを受けていたんだ。カイザーPMCの傭兵として働く、その代わりにアビドスが背負っている借金の大半を肩代わりする……そういう話でね』
『……うへ、中々いい条件だと思わない?おじさんこう見えて、実は結構能力を買われててさ〜。借金のことは、私がどうにかする。すぐに全部を解決はできないけど、まずはこれでそれなりに負担が減るとは思う。これで、対策委員会も、少しは楽になるはず。アビドス高校からも、キヴォトスからも離れることになったけど、私は気にしないで。勝手なことをしてごめんね。でもこれは全部、私が責任を取るべきこと。私は、アビドス最後の生徒会だから。だから、ここでお別れ。じゃあね』
1枚目の手紙はここまで。もう1通入っていたものを取り出す。
『リーリァちゃんへ。実は私、大人が嫌いだった。あんまり信じてなかった。結構あくどいことやろうとするし、最初はこの人も悪い大人の人だな〜としか思ってなかった。でも、リーリァちゃんと色々話してみて、それで……いや、もう照れくさい言葉は十分だよね』
『リーリァちゃん、最後に我がままを言って悪いんだけど、お願い。シロコちゃんは良い子だけど、横で誰かが支えていないと、どうなっちゃうか分からない子で。悪い道に逸れちゃったりしないように、支えてあげてほしい。リーリァちゃんなら、きっと大丈夫だから』
『シロコちゃん、ノノミちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん。お願い、私達の学校を守ってほしい。砂だらけのこんな場所だけど……私に残された、唯一意味のある場所だから。困ったら担任のリーリァちゃんにも頼ってさ。あ、頼りすぎも駄目だよ?リーリァちゃんだって大変なんだから。……もう、二度と会えることはないと思う。みんな、さようなら』
2通の手紙を閉じる。それが、読み終わったという合図。それと、同時に。
「ホシノ先輩っっっ!!!!」
セリカの叫び声が木霊した。怒りとか悲しみとかなんだとか、色んな感情をぐちゃぐちゃに混ぜ込んだような、声。
「何なの!?あれだけ偉そうに話しておいて!!切羽詰まったら何でもしちゃうって、自分でもわかってたくせに!!こんなの、受け入れられる訳ないじゃない!!」
「……先生」
激情に駆られているセリカと違い、シロコは少しだけ冷静にリーリァのことを観察していた。
目元が少し腫れているし、目も赤い。……多分、泣いていたのだ。
「あの、先生は……ホシノ先輩が行ったことを、知っていたのですか?」
疑問を口にしたのはアヤネだ。そう思った理由は単純で、対策委員会の部室に、自分よりも早く来ていたからだ。いや、来ていたという表現が正しいのかも分からない。微妙に整えきれてない髪や、昨日と同じと思われる服。学校に泊まっていた、としか思えない。
「……いや、昨日ホシノとは話したけど。泊まってたのは別件だよ」
「別件、ですか?」
リーリァが、笑った。それとほぼ同時に、激しい爆発音が近くで響いた。
「うわぁっ!?」
「爆発音……!?」
待ってましたと言わんばかりに、リーリァが立ち上がる。
「じゃあ、反撃開始と行きますか」
「は、反撃……?先生、これはどういう……!?」
「手負いの獣に油断すると大怪我するってこと、あの理事に教えに行ってやろうってこと。……アロナ?バッチリ撮れてる?」
『はい!完璧です!』
説明もせずに、リーリァは全員に支度を急がせる。目的地は、アビドス市街地。
ーーーーー
リーリァは、朝の時点で大規模な兵力が動いていることを察知していた。多分、その頃に黒服の元へホシノが向かったのだろう。
そして、契約書にサインをし終えた時点で攻撃開始。そういうことだろうなとは思った。だから、リーリァは罠を仕掛けておいたのだ。
道中、市民の避難誘導を進め、ついでに応戦しながらも目標地点へと到達する。すると、これまた予想通りカイザー理事が中心にて待ち受けていた。
さしずめ、アビドスの最期を鑑賞しに出てきたのだろう。
「ふむ。学校まで出向こうと思ったのだが、お出迎えとは感心だ」
「感心してるのは私の方だよ、理事さん。勝つための手段は選ばないみたいだ」
「……ほう?なるほど、先生は既に状況を理解しているようだ。そちらはどうかな、お嬢さん方」
リーリァより一歩後ろで待機している4人は、お互いの顔を見合わせてから、ノノミが代表して話し始める。
「企業による市街への攻撃、それにアビドス自治区への不法な侵略。いずれも立派な不法行為です!」
「おやおや、先生も意地が悪い。説明していないのか?……最後のアビドス生徒会の小鳥遊ホシノが退学した今、君たちは何者でもないのだよ。公的な部活も、委員会も、生徒会も、自治区すらもないアビドスは、学園都市の学校として自立存続が不可能と判断……」
「……と、昨日までならできたかもね?」
「……何?」
ふう、と溜息を吐く。それから先に振り返り、みんなに勝手なことしてごめんね〜、と軽いテンションで言う。
よし、これで大丈夫だ。……正直頭に来すぎて手が出そうになってるから、我慢我慢。
「ちゃんと確認した?……連邦生徒会から正式に、アビドス廃校対策委員会は生徒会として認められてるよ?」
「……な、な、馬鹿な!」
カイザーが大慌てで端末を操作し始めると同時に、後ろからも疑問の声。
「え、どういうこと?昨日まで非公認だったの!?」
「そうです、対策委員会は非公認の部活でした。でも、申請書なんて出して……」
「なるほど、先生が勝手に出した。昨日のサインもそのためのもの」
「これが大人のやり方……先生が怖くなってきちゃいました☆」
まあ、アビドスの"5人"には後でしっかり謝っておくとして。ついでにリンにもう1回謝っておこう。正直昨日の今日で申請を受理してもらうの、相当強引なことだったし。リンが連邦生徒会長代理で助かった……
「今朝の承認だと!?まさか……!」
「あんたは、アビドスが連邦生徒会にこれまで相手にされていなかったし、動ける状態でないということをよく知っていた。ましてやゲマトリア側と連携を取り、最速での襲撃を出来るように図っていた。だから……確認を怠った、違う?」
「貴様……!」
「シャーレを侮るから、こうなった」
ーーーーー
「……うへ、やっぱりリーリァちゃんはやり方が汚いなあ」
とある1室。自由を奪われたホシノは、監視員と、そして黒服と共にその光景を映像で見ていた。
「おや?驚かないのですね?」
「リーリァちゃんが言ってたんだ、これは罠だって。だから覚悟して来たつもりだったけど……」
「なるほど、ではこちらも理解していただけますでしょうか。私たちの目的は、キヴォトス最高の
「それはどうでもいいけど、ちゃんと契約は守ってよね」
「くっくっく、その程度のことは造作もありません。ええ、返しましょう」
「……なら、好きにして」
全てを諦めた笑み。自分を犠牲にみんなが幸せを得られるのなら、後はどうだっていいという諦め。
ただ、1つ後悔があるとするなら。
ーーユメ先輩、私は良い先輩にはなれませんでした。
ーーーーー
怒りに身を震わせる理事。それは、自分の慢心にだろうか。はたまた、現れてから全ての計算を狂わせた、"先生"へのものか。或いは、もはや理屈のない怒りなのか。
「ええい!このままアビドス高校を占領する!!」
「は?正気?……あーあ、弁償額が増えるんじゃない?」
「アビドスがなくなってしまえばこちらのモノだ!校舎のない学校など認められるものか!!」
「……じゃ、よろしく」
2箇所で、耳をつんざくような巨大な爆発音が鳴り響いた。
「なっ、今度は何!?」
『理事!合流予定のブラボー小隊とマイク小隊が、大量のC4での爆発に巻き込まれて……!』
「……先生、まだ何か仕掛けて?」
「な、何が起きている!?アビドスの連中は、ここにいるので全員のはず……!」
リーリァ以外が混乱する中、この場の全員にとって見覚えのある4人の集団が、アビドスの背後から歩み寄った。
「……情け容赦ないね、先生」
「ど、どうでしたか!?き、きっと大損害のはずです!」
「いや〜、でも私も分かっちゃうな〜その気持ち」
「ふふ、この土壇場で私達に頼るなんて、お目が高いわね。……先生?」
便利屋68。今日の襲撃へ対抗するために、あらかじめリーリァが雇っていたのだ。状況を理解してなお、理事が撤退しない可能性も……まあ、予測できていたのだ。
「分かるって?」
「いや〜、だってさ。私の可愛い眼鏡っ子ちゃんを泣かしたんだ。だからもうこれは、ブッ殺すしかないよねッ!!!」
軽口?を叩きながらも、便利屋はしっかりと臨戦態勢に入っていく。
「まさか、リーリァ先生が雇ったの!?」
「そう。だから今日は頼もしい味方ってこと!」
「……正直状況は飲み込みきれてませんが、これならやれます!」
混乱を振り払い、アビドスの4人も臨戦態勢へ。一度共闘したこともあり、自然と8人は並び立つ。
「せ、先生。……仕込んだ爆弾は、まだまだ沢山ありますよ。準備はバッチリです」
「だ、そうだけどどうする?理事のおっさん」
「おっさ……!?貴様ァ……!」
「やっちゃって〜」
にまりと笑みを浮かべたハルカがスイッチを押すと同時に。
ドカーーン!!ドカァァァン!!!ドッカァァァァァァァン!!!!
巻き込まれるんじゃないかというくらいの勢いで、激しい大爆発が幾度も起きる。
「こ、この……飼い犬の分際でよくも……!」
「あんたなんかより、先生との方が仕事をしやすいってだけよ!」
「悪党なんだから飼い主を裏切ることくらい当然でしょ?」
先程まで圧倒的までに不利だったはずの形勢は、一瞬で逆転する。獰猛な笑みを浮かべた数名を最初に、全員が一歩前に出る。
「……まだ、降参しない?」
「くっ、こうなったらアレを使う!」
「しっ、しかしまだあれは調整中で……今使用するには危険すぎます!」
なんだ、まだやる気があるのか。……でも、その方が、徹底的に痛めつけられる。
勇者には相応しくない考えだけど、先生として、1人の大人として。悪い大人を痛めつけるくらい、いいだろう。
「構わん!こうなったら徹底的に思い知らせてやろう!」
自動操縦で跳躍してきた"それ"へと、カイザー理事は自ら乗り込む。
「見るがよい!我々の技術の粋を集めた超強化外骨格!最高純度の素材で組成した装甲とアクチュエーターを搭載した……最新兵器だっ!」
ざっと10mは超えてるんじゃないかという黒い装甲の二足型の巨大ロボットが、稼働した。頭部にはその機体サイズに相応しいこれまた巨大な砲台が、両手に当たる部分にはこれまた巨大なガトリング砲。
……気になるのは、搭乗者である理事の頭が丸出し、ということだろうか。しかもこんな時まで自慢するようなこと言っているの、頭がいいのだか悪いのだか。
「わ〜、おっきい」
「いや、流石にマズいんじゃないの?あれ」
「ん、そんなことない。私達ならやれる」
「やれるとかやれないとかじゃない、やるに決まってるでしょ!」
「じゃあ……」
大きく息を吸って、それから。
「全員避難!」
「えっ!?」
「無策はマズいでしょ!」
「逃がすものかァ!」
その巨体からは考えられないほど機敏な動きで走り出し、あっという間に距離を詰める。
全員とりあえずバラバラの方向に解散し、そして先程までいた地点にガトリング砲が突き刺さっていた。撃つのではなく、殴ってきたのだ。
見事にコンクリートを抉り、逆に砲芯には傷一つ見えない。なるほど、下手な銃弾では全く意味をなさないだろう。
適当な建物へと入る。そして同じくハルカが転がり込んでくる。
「ど、どうするんですか……!?」
「爆弾は!?」
「ありますよ、まだ沢山……ふふっ」
倒すには2つ手段を考えられる。大火力をぶつけて破壊するか、理事を無力化するか。しかしあれほど機敏に動くとなると、後者は難しいかもしれない。
そうなると、爆弾とミサイル類しかまともなダメージにはならないだろう。
「ムツキは!?」
『私も持ってるけど、ハルカちゃん程はないかな〜』
「シロコ、ミサイルは?」
『撃てるよ。補給すればもっといける』
「なら……」
ズドン!と、侵入してきた兵士にハルカのショットガンが炸裂する。
残った兵士もゼロではない。全員であのロボットの対処するという訳にもいかないし、さてどうしたものか。
「私に作戦がある」
『ま、先生の作戦なら間違いないんじゃないの?』
『何だっていいわよ!あいつぶちのめせるなら!』
ーーーーー
巨大ロボット兵器、ゴリアテの前にシロコが躍り出る。同時に援護するようにアルの狙撃銃の頭が、遮蔽から飛び出る。
「ようやく出てきたか、鼠共が!」
ガトリング砲がシロコへ向けられると同時に、理事へ向かっての狙撃。しかしそれを分かっていたかのようにスイと直撃を避け、反撃の銃弾の嵐が2人を襲う。
「相手はこっちだ!」
「いいや、こっちよ!」
「私を見なさい!」
ゴリアテから見て4時の方向からカヨコが、8時の方向からセリカが顔を出し狙撃をする。3方向からの同時攻撃に、更にドローンがミサイルが理事目掛けて発射される。
「囲めば狙えないと思ったか?効かぬわ!」
物凄い速さで振り向きながらカヨコ目掛けて走り出す。ミサイルを振り切りながら左腕のガトリング砲で殴りかかり、右腕のガトリング砲でセリカを狙い乱射する。即座に避けたセリカには当たらなかったが、銃痕とは思えない穴が次々と空いていく。
同時にミサイルが全弾ゴリアテへと命中する。しかし多少の衝撃を与えるだけで、びくともしない。
「くっくっく、ちょこまかと逃げた所で意味などない。大人しく降参したらどうだ?」
ゆっくりと姿勢を整え直し、まだ攻撃の手を止めないアルへと振り向く。そして、大きく跳躍。機体自身の全高よりも高い、とんでもない跳躍。
その跳躍だけでアルの元へ飛んでいき、両腕を叩きつけた。
……しかし、叩きつけた相手はアルではなかった。ムツキの、鞄である。
「なっ、まさか……!」
カッと光り、直後に炸裂。爆炎から晴れるとそこには、トリモチによって真っ白になったガトリング砲の銃身。
「ほう、ガトリングを封じたか……?」
意外な結果に驚いていると同時に、
屈んだ姿勢のまま、背中へとそれが直撃する。それと同時に、両足からも爆発が。
「ぐおおおっ!?」
先程のミサイル攻撃の際、その衝撃に紛れてシロコが両脚の関節部に爆弾を仕掛けていたのである。
その後のまさかの跳躍で外れてしまわないか心配だったが、問題なかったようだ。
『やった!?』
しかし、再び爆炎が晴れて尚、それはそこに立っていた。先程までに比べると明らかに駆動は遅く、更に装甲へ目に見える程度の傷は出来ていたが、完全な破壊は出来ていなかった。
……それは、いい。問題ない。
「どうしたの、その程度?」
「先生……いや、リーリァ・アスプレイ!!」
わざと目の前へと顔を出し挑発をする。もちろん、殴りかかるには少し遠い距離でだ。
そして、リーリァはその場に留まる。狙えと言わんばかりに。
「貴様だ、貴様が出てきてからだ!これで、終わりにしてやる……!!」
頭部の巨大な砲台が、赤い光を帯びる。そして同時に、コクピットの両脇にあるミサイルが展開する。
……ミサイル!?
「させません!!」
ガトリングの弾がミサイルを撃ち落としていく。どうやらノノミは周囲の制圧を完了させ、援護に来てくれたようだ。
なら、本命と行こうじゃないか。
「消えろぉぉおお!!!」
「消えるのはそっちです!」
リーリァの前に飛び出たハルカが、
赤い光が巨大なビームとなり貫こうとするが、全て弾かれ霧散していく。
「ば、馬鹿な……!」
全力の一撃だったのだろう、防がれたことに動揺し固まっている。
……そして、"全力の一撃"を放ってくれたお陰で、砲身は赤熱し煙を吐いている。
そこへ、だ。シロコのドローンが、ゆっくりと降りてくる。装填済みのドローンが。敗北を告げるように。
「ば……」
巨大な砲身は、巨大すぎるからこそ内部にもミサイルが入るだろう。放たれた幾つものミサイルは、全てそこへと吸い込まれていき……
「馬鹿なぁぁぁあ!!!」
ゴリアテは、無情にも爆発四散した。
ーーーーー
「理事……!!傷が!すぐに治療を!」
「くっ、一度退却だ!兵力の再調整に入れ!」
「は、はいっ!」
ぼろぼろになった戦線を退こうと、一度退却の準備をし始める。
「覚えておけ、この代償は高く……」
「高くつくのは代償じゃなくて弁償でしょ?おっさん」
「貴様ァ!」
「落ち着いてください理事!落ち着いて!」
よろよろと、同じくぼろぼろのPMC兵士に支えられながらゆっくりと退却していく。
「本部から退却命令。繰り返す、本部から退却命令が下った」
「戦列を整え、HQに帰投せよ」
ぐずぐずながらも、何だかんだ足並み揃えながら撤退していった。あんなでも、一応は兵士なのだろう。
「敵兵力、退却していきます……」
「ふぅ……」
「……ん」
「……!」
初めてのカイザーへの反抗。上々の結果に、皆は笑顔を浮かべている。
「おっ、終わったんですね」
「いや〜、あれこそ正に三流悪党のセリフって感じだね。『覚えておけー』なんて初めて聞いたよ」
「さっきの、流石に身体張りすぎじゃないの?」
「まあ、私はこう見えても歴戦の兵士だからね……」
「くふふ〜、それはないでしょ〜。でも確かに、そう見えるくらいの堂々さだったよね」
軽口を言い合っていると、アルがこほんと1つ席払い。
「ねえ、カイザーの基地に攻め込む時も手伝わせてもらえないかしら」
「社長?……今よりももっと兵力が多いと思うけど、戦うつもりなの?」
「えっ」
「……」
「い、いや!もちろん戦うわよ!?ここまで一緒に戦った仲間を見捨てるなんて出来るわけないじゃない!」
どう見ても、ノリで言って引き返せなくなっただけだ。セリカが凄い微妙な顔をしている。
「……なーんか心配なんだけど」
「でも、実力は確かですから。ご協力、感謝します!」
……これはもう、立派な仲間で、友人だろう。最初、じゃなくてその次の邂逅で戦ってから、こういう形で収まるとは予想できただろうか。いや、ちょっとは出来たかも。
「じゃあ、報酬は……」
「待って、先生。前回の報酬分と合わせてちょうどいいくらいだわ。今日の分はいらないわよ」
「えっ、アルちゃん受け取らないの!?わるーい便利屋だ!」
「そうよ……一流のアウトローだからね!」
「ま、そんな感じだから」
「……ありがと!」
そして、それぞれの帰路につく。最後の決戦のための、準備をするために。