アビドス市街地、深夜にて。
リーリァはとある道で夜風に当たっていた。もちろん、夜風に当たることそのものが目的ということではなく。
30分程待っていると、予想通りの時間に予想通りの人物が現れる。
「うへ、リーリァちゃん?何してるの?」
「ここにいたらホシノちゃんに会える気がして」
「あれ?リーリァちゃんって意外とロマンチスト?」
お互い冗談めかしながら話しているが、目は全く笑っていない。
「それで、まさか普段からアビドス全体をパトロールしてるなんて言わないよね?」
「今日はたまたまだよ」
「ふーん?」
「……って、リーリァちゃんも分かってるからここにいるんでしょ?意地悪!」
ぷんぷん、とホシノは怒る。わざわざここで待っていたのは偶然なんかではなく、普段のパトロールのルートを把握した上で待っていた、そう考える方が自然だ。特にこのリーリァという人物なら。
「もう、おじさんがパトロールしてるのそんなに駄目?」
「駄目とは言わないけど、身体壊したら元も子もないでしょ」
「むぅ……」
深夜にパトロールして、昼間は昼寝ばかり。昼夜逆転しかけているその生活だと身体を壊すぞ、という話である。
「そういうリーリァちゃんも起きてるじゃん」
「そりゃー私は元勇者ですから」
「それを理由にするのズルくなーい?」
話しながらも2人で歩き始める。リーリァも本気で怒っている訳でもないし、ホシノも本気で抗議している訳じゃない。
「それで、どうしたの?連絡ならモモトークでもいいのに」
「ふふん。土曜日は暇であろうホシノの為にサプライズを用意したんだよね」
「うへー、サプライズ?おじさんひっくり返っちゃうかも」
端から見ればただ談笑しながら歩いている2人組だが、身体はいつ襲われても対応できるように構えており、視線も周囲へと気を配らせている。その上で、普通に談笑している。
「前ホシノが行きたがってたアクアリウム、予約確保しておいたよ」
「へ?……え、本当!?」
「ふふん、ほんとのほんとよ」
うへ〜、リーリァちゃんやる〜、と笑いながらも極自然とホシノは銃を構えようとし、リーリァが肩を叩いて止めさせる。
「おい、そこの!そっちのはアビドス高校の生徒だろ?」
不良グループと思われる4人組が2人に話しかける。
ところで今リーリァは、スーツを着ていない。なら制服かと聞かれればそうでもなく、ただの私服。なので顔を知らなければ先生だとは分からないだろう。逆にホシノは制服なので、ホシノ目当てで話しかけて来たといった所だろうか。
「財布置いてけよ」
「しなかったら?」
「見て分かんねーのか?」
ケラケラと不良は笑う。その間にも残りの3人は2人を取り囲むように展開し銃を構える。
「ほら、痛い目に会いた……」
不良の言葉は続かなかった。ただホシノに見えたのは、リーリァが動き始めたことと、動き終わったこと。同時に囲んでいたはずの4人がパタリと倒れたこと。
「まったく、困るね」
雑談の延長、そんなノリでリーリァは吐き捨てる。
アビドスが衰退している、その事実は変わらない。そんな場所となると、昼間はどうであれ夜間はこういった不良が出没するのはそんな珍しいことではない。
まあ、だからこそホシノはパトロールなんてしてるんだろうなーと思うし、そういう理由があるからこそ無理して止めさせるつもりはない。
ただまあ、ホシノの体調が崩れないようにほどほどにしてね、というだけの話である。
「いやーリーリァちゃん、流石だねえ」
「まあ伊達に勇者やってなかったってことよ」
「そんなリーリァちゃんに1つお願いがあるんだけど」
ーーーーー
シャーレの中には、先生が使うための生活空間が存在している。自宅を持ってないリーリァにとって、シャーレこそが自宅のようなものである。
元々定住する場所のなかった彼女にとっては十分すぎる待遇だったし、しかも想像よりも居心地の良い空間だった。
そもそも仕事場と生活空間は結構遠いフロアに分かれているので、職場で暮らしているという感覚は少ない。しかも豪華すぎず質素すぎず、これだ!という感じの平凡な部屋である。縦だけでなく横にも広いシャーレなだけあって、部屋も多い。
その中でもリビング代わりにしている1室で、リーリァはのんびりと座っていた。
ーーああ、平和っていいなあ。
余りにも中身のない思考、静かな部屋。もうずっとこんな平和が続けば最高なんだけどな。
もちろんそんな訳がない、これから予定があるんだから。
「おまたせ、リーリァちゃん」
「んー?」
荷物を持ってきたホシノがドサッとその辺に置く。泊まり用の着替え諸々だろう。
そしてそんなホシノ本人は、制服ではなく可愛らしいワンピースを着ている。見慣れない姿にふむふむと少し大袈裟な態度でいると、もー!とホシノは変な声を上げる。
「服とかどうしようかなーって思ってたら、ノノミちゃんが『そんなこともあろうかと!』みたいな感じで用意してたんだよ?絶対知ってたでしょ!」
「なるほど、ノノミのセンスか」
「そこじゃない!」
ぷんぷん!と可愛らしく怒りながらも、その表情は笑っている。何だかんだ、今日行くアクアリウムが楽しみなのだろう。
「さて、行きますか」
もちろん準備済みのリーリァは立ち上がり、ホシノの手を引く。
ーーリーリァちゃんも楽しそうじゃん。
ホシノはあえて口にはせず、手を引かれていく。
ーーーーー
「わー、見て見てリーリァちゃん!」
「いやー……ドラゴンくらいあるでしょあれ」
「何それ、変な感想」
「そりゃあたしの中でデカい生物って言ったらね」
「でも、
「鯨ねえ?」
アクアリウムの中でも、一番メインの水槽となるのだろう巨大な水槽の前で、子供2人がはしゃいでいる。
ジンベエザメが悠々と泳ぎ、それでもなお窮屈さを感じない広さの水槽には様々な魚が泳いでいる。リーリァにとって魚はほとんど調理済みの物であり、こうして行きている魚を、それもこの数見るのは初めての経験である。
……こんな
「どう?リーリァちゃん」
「何が?」
「アクアリウム、凄いでしょ!」
「それはまだまだこれからでしょ」
熱帯魚館、深海魚館、エサやり体験館、イルカショー、ペンギン館、海のトンネル……パンフレットを見ただけでも、このアクアリウムがとても広くて楽しめる場所なのが自然と想像できる。外から建物を見た時はそれも納得したくらいの大きな建物だったのだが。
「そうだね、次は何処へ行く?」
「あたしが決めていいの?それじゃ……」
『え、これほんとに魚なの?
『いやー深海魚って変わってるんだね〜』
特有の見た目をしていることが多い深海魚を前に首を傾げたり、
『わー!凄い、海の中を歩いてるみたい!』
『考えたね、これは』
海のトンネルを潜ってみたり、
『おー、深海魚と違ってこっちは"綺麗な魚"って感じだね』
『図鑑で見たことあったけど、実物は凄いね〜』
熱帯魚の美しさに見惚れたり、
『それ〜!』
『餌ってこんな感じなんだ……』
楽しく餌やりをしてみたり、
『わあ、すごーい!……リーリァちゃん?』
『い、いや……うん、襲われないって分かってるけども』
『いや〜それは警戒しすぎじゃない?』
迫力満点のイルカショーに、つい身構えてしまったリーリァにホシノが少し呆れたり、
『あれが鳥?』
『そうだよ、ペンギンさんだよ〜』
よちよち歩くペンギンに、そういう鳥もいるんだなと知見を深めたり、
『うへ〜、神秘的だねえ』
『あんなでも毒持ってるって怖いね、まったく』
『ちょっと〜?雰囲気台無しだよ〜』
くらげ館の神秘的な光景を楽しんだり、
『かめー!』
『かめー!……って何、このノリ!』
『だって亀さんだよ!泳いでる時ってあんなにスイスイ泳ぐんだ〜!』
ウミガメ館で、何かとノロいイメージのある亀がスイスイ泳いでる光景にギャップを感じたり、
そうやって、時間も忘れてアクアリウムを楽しんだ。入る前は1日で見て回れるかなー、どうやって回ろうかなーとあれこれ話していたがいざ楽しみ始めるとそうも行かず。あっち行きたいこっち行きたいと、閉館ギリギリまであれやこれやと歩き周り楽しみきった。
その時だけは、先生と生徒ではなく、互いに心配し合う奇妙な関係でもなく、ただ子供2人、友達同士が楽しんでいた。
そして、閉館の時間が近づいていることを知った2人が向かった先は、グッズショップである。ここまで楽しんだのだ、記念に土産でも買って帰ろうということである。
「うーん、お菓子とか?」
「うへ、あれくじらさんじゃない?」
そこにはのほほんとした顔の、可愛らしいぬいぐるみが並んでいた。その中から桃色のものを1つホシノが手に取り、リーリァに見せた。
「どう?可愛いでしょ!」
「なんか、ホシノみたいだね?」
「え〜、おじさんはこんな可愛らしくないよ〜!そんなこと言うなら……!」
近くにあった赤色のぬいぐるみを取り、
「これがリーリァちゃん!」
そう言った。
……全く同じ顔の、のほほんとしたくじらさんが笑っている。
「ないない、それはない」
「そんなことないよ?リーリァちゃんはすっごく可愛いんだから」
「やー……ない!やっぱない!」
ないと否定してるのに、ホシノはくじらさんを2つ持ってレジに並んでいく。
まあ、そのくじら達がホシノやリーリァに似ているかはともかく、記念にするには大アリだ。
「私が払うよ」
「だーめ、リーリァちゃんが予約してくれたしこれくらいは払わせてよ」
「いや、でも……」
「というかリーリァちゃん今金欠でしょ。ノノミちゃんから聞いたんだからね!」
う、と小さくうめき声。言わなくていいことを……と内心思ったが、ホシノのデート服を選んだ代わりということでもしておこう。いやデートじゃないけど。
……しかも今日、昼飯も普通に食べて割り勘で払ってるので、余裕がないというのは間違いない事実である。
近くで待っていると、支払いを終えたホシノがくじらを渡してくる。……桃色の方を。
「……こっち?」
「これを私みたいって言ったのリーリァちゃんだよ。ふふん、責任取ってもらわないと」
何の責任だ、何の。
……と口に出すのは我慢して、素直に受け取る。まあ、"2人で行った記念"としてはありかもしれない。
すっかり日が傾いている。他に行くところもないので素直にシャーレへと帰宅。ホシノは泊まりなので当然着いてくる。
ぽふ、とくじらを2つ置いて、夕飯にしようかな〜とか考えているとホシノが手を握ってくる。
「一緒に風呂入ろ?」
「え"」
「?」
「………」
突然のお誘いに、見事に固まる。
どしたの?と口にしてから、あーなるほど〜とホシノは勝手に納得する。
「恥ずかしがらなくていいんだよ?おじさんとリーリァちゃんの仲なんだから」
「いや、恥ずかしいとか……」
そういう問題じゃないと否定しようとして、でもよく考えたらそれ以外理由はないか?と少し納得しかけて、そもそも一緒に入る必要性はないと目が覚める。
「え〜、折角の泊りだよ?」
「………あ」
「ん?」
今2人の想像していた風呂というのは、所謂一般家庭にあるような風呂のことである。
しかし、あるではないか。シャーレには。
ーーーーー
「あ"〜……」
今だけはおじさんと自称するのが100点満点になるであろう様子に、リーリァはぷっと吹き出す。
「こんな所まであるなんて知らなかったよ」
「私も使わないからすっかり忘れてたし」
居住エリアにある一般的な風呂とは別に、浴場エリアがあるのだ。流石に温泉ではないが、雰囲気としてはそちらの方が近いだろう。
そして、そういう場所では一緒に入ってようがこれといって違和感はないのである。
「あ"ー……でも、ほんとシャーレって凄いわ」
浴場ともなれば広く、当然湯を入れるのにも時間はかかる。なのでそもそも寝るまでに入れるのかとも思っていたが、意外と間に合ってしまった。……その分、飯と風呂の順番は入れ替わったが。
「先生特権じゃない?」
「どっちかというと連邦生徒会長でしょ。用意したのあの人らしいし」
「……へー」
その話題には、あまり乗り気という雰囲気ではなかった。
……連邦生徒会長、というか連邦生徒会そのものへの不信感が大きいというのはあるだろうし。
「それに、広いと管理も大変よ?もちろん全フロア管理してる訳じゃないけど、居住区や部室……事務室って言った方がいいかな?あそことかも基本は私の管理だし」
無理にならない程度に、話題を変える。
「確かにそれは嫌だねえ。……掃除だけでも大変じゃない?」
「うん、大変。まあ事務室は私以外も割と入るし、勝手に掃除する人もいるからいいんだけど」
そのついでにゴミ箱から領収書を見られたりとかもするけど。
「でもその割には綺麗じゃない?」
「……んー」
別に特別綺麗好きということはないしーー汚い部屋がいいということでもないーー掃除が得意とかでもない。ただ、新しいものを用意するということが少ないというだけだ。
あまりそういうこと言うと、また余計な心配されそうな気がするし言うつもりはないが。
「ま、端から端まで使ってる訳じゃないし」
「それもそうだね〜」
うへ〜、とのんびり脱力する。ホシノのやたら長い髪が広がっていき、水面にぷかぷかと浮かぶ。
リーリァも髪が長いか短いかで言えば長い方だが、ホシノのそれは別次元である。具体的に言うと膝くらいまである。……邪魔にならないかとは前から少し気になっていたが、案外平気なのはこれまでの戦闘の様子からでも分かるし、まあ本人が良ければそれでいいのだろう。
できればもっとこうしていたいが、そうはいかない。2人とも風呂から上がり寝巻きに着替える。
そして他にすることもないのでベッドへ直行。……ホシノも一緒に。
「ホシノさんホシノさん」
「なにー?」
「何故一緒に寝ようとしているの」
「1人で寝ると寂しいでしょー?」
「……」
まあいいけど。少し大きめだから寝れないことはないだろうし。
……拒めない辺り、ホシノに対して甘くなっている気がする。
「じゃあ、おやすみ。リーリァちゃん」
「うん、おやすみ」
電気を消し、さっさと眠る。……フリをして、ホシノを観察する。ぎゅっと抱き着いてきて、離れない。それから数分して、
今日まで観察してきて気がついていたことだが、意識のない生徒からはヘイローが消えるようだ。つまり、抱き着いてきたのは意識がある内だったということなのだが。
……まあ、たまにはいいかと諦めて寝ることにする。どうせ明日は大変だし。
ーーーーー
翌日、シャーレ内。一般開放されていない、かつそれなりの広さがある場所でリーリァとホシノは対峙していた。お互いジャージ姿でだ。
「まあ軽く準備運動はしておきましょ」
「ラジオ体操でもする?」
便利なことに、ラジオ体操という準備運動のテンプレートがあるようで、とりあえずそれをやっておけばいいという雰囲気はある様子。事前に用意はしてなかったので、ラジオ体操ラジオ抜きで。
「じゃ、よろしくね。リーリァちゃん」
「んー……」
ホシノからの頼みごと。それは何かというと、師事をして欲しいという話だった。あまり乗り気ではなかったが、強くなることが悪いことということではないし、何よりホシノの実力を測るいい機会だと思ったのだ。
キヴォトスにおいて言えることかは知らないが、少なくともリーリァは才能があるということにあまりいい印象は持っていない。それだけ不幸な人生を歩み、これからも歩まされるということになり得るからだ。
「じゃあとりあえず格闘で手合わせしてみるか。銃の扱いはホシノちゃんの方が詳しいでしょ」
「うーん、おじさんはあまり得意じゃないんだけど」
「得意じゃないなら、いい練習だと思いなさいよ」
「そうだね〜」
軽口の応報。その間にも2人は構えている。ホシノは得意じゃないと主張しているが、元々接近戦をしているのだから、全くできないということはないはず。
数秒お見合いしてから、リーリァから動く気はないと悟ったかホシノが駆け出す。低い姿勢からの、腹を狙ったストレートな拳。
「……ぅえ?」
そのはずだった。気がつけばホシノは天井を仰いでいた。
床にはマットを敷いてあるので、叩きつけられてもそんなに痛くはないのだが……そうではなく、いつ、どうやって寝かされたのか。それがほとんど知覚できなかった。
「どした?」
挑発するような笑みを浮かべながら、数歩分離れた距離からリーリァが覗いている。
よっと跳ね上がり、再び攻撃を仕掛ける。顔面を狙って跳躍し、蹴りを入れようとする。しかし、
「……まあ、筋は悪くないんじゃない?」
「……むう」
端から見れば、素人がプロ相手に手玉に取られているだけにしか見えないだろう。いや、その表現が半分くらいは正しい。格闘技とかそういう技術においては2人の差はそれくらいある。
しかしもう半分は間違っている。ホシノも決して素人ではないのだ。むしろ得意じゃないと言っていた割には、いい動きをしているとリーリァは感じていた。
「ほらほら、この程度で諦めてたら駄目だよ?」
「……ふぅ」
ホシノの視線が一段と鋭くなる。意識が研ぎ澄まされていく。
素早く走り出し、再び腹部を狙った拳……に見せかけて、足払いを仕掛ける。ひょいっと跳躍し避けられるが、着地される前に今度こそ拳を入れようとする。しかし着地してないのにも関わらず、そんなこと関係ないと言わんばかりに躱されて、伸ばした腕を掴まれる。そのまま2人の距離はなくなり、リーリァの膝が腹へとめり込む。
「ぐっ……!」
身体が宙を舞い、同時にリーリァの脚が腹を捉える。吹っ飛んでいく筈だった身体はマットへと叩き付けられる。
「……いったた」
「ほら、敷いといて正解だったでしょ」
「そうだね〜……」
2度も攻撃を食らった腹を擦りながらも、ホシノは起き上がる。
いや、今ので起き上がれるのも大概だぞ……と、リーリァは呆れ気味だが顔や声には出さない。
「……それで、終わり?」
「う〜ん」
リーリァは腕を組んで考える。いっそ、実力の差が埋められるものではないと見せつけて終わらせようかと思っていた。だから、多少の怪我は承知で起き上がれないくらいの攻撃を入れたつもりだったのだが。
しかし、あの一瞬で受け身を取れる辺りやはりホシノの実力はかなり高いのであろう。
……もしかすれば、絶技の類も覚えられるのかもしれない。
「よし、ホシノちゃんの実力は分かった。1つ技を教えてしんぜよう」
「うへ〜、勇者だけが使えるちょー凄い技とか教えてくれるの?」
「残念ながらそのレベルはまだだね」
くるりと後ろを向いて、少し歩いて、またくるりとホシノの方を向く。
「何度か見せたと思うけど、改めてちゃんと見せるね」
そう言ってから、リーリァは走り出す。そして、止まった。その間に起きたことと言えば、走り出す瞬間というのがおよそ見えなかったということ。
「これも技の1つなのよ」
「……う〜ん」
リーリァがその技を選んだ理由は主に2つ。1つは攻撃的な戦い方には向いている技であるというのが1つ。もう1つは、才能が人並みにしかない癖に努力だけでなんとかしようとした大馬鹿者でも取得自体は出来た技、ということ。
とどのつまり、人並み以上の腕と相応の努力があれば取得できる筈ということ。……問題点を挙げるとすれば、才能の塊であるリーリァは、他人に教えるということに向いてないことくらいか。
「全然分かんない」
「それもそうか」
走り出す瞬間の隙を無くす技なので、当然普通にやれば見えないものである。そして見えない技を見て学べというのは無茶な話である。
「はい、ピンと立って」
言われた通りホシノは立ち、
「力を抜いて」
力を抜いて、
「後は落ちる」
トン、と背中を押された。
ぽすっ。
文字通り、マットの上に落ちた。
「うん、難しいか」
「説明下手〜!」
ごろんと転がりながら、抗議する。
「この技……
「……?」
「ただ、落ちる方向が違うのよ。下じゃなくて……前に」
「う〜ん」
分かるような、分からないような。首を傾げながら立ち上がり、ホシノはもう一度その身体を落としてみた。そして……
ぽすっ。
再び、マットの上に倒れた。
「……」
「……」
沈黙。なんて言えばいいのか分からない、微妙な空気。
「……まあ、こんなでも絶技って呼ばれる技の1つだし、一朝一夕でできるもんじゃないからさ」
「……うん」
その後、時間が許す限り鶯賛崩疾の練習に使った。何度もマットの上に倒れては、今度は普通に走り出してしまったりと全然出来る気配はなく。
リーリァが手本を見せても当然見えるものではなくーーそのリーリァでさえも初見は見切れなかったくらいであるーー参考にはならない。
まあ、才能がないならそれはそれでいいんだけどね……とは、口に出さないでおいた。
そして、朝の7時。スマホのアラームがタイムアップを報せる。
「……朝食だけ食べてく?」
「うん」
金欠と借金持ちの2人が選んだ朝食は質素なものだったが、それでも食べないよりは全然マシである。
それからホシノはさっさと支度する。早めに帰るという話を事前にしていたので、こればかりはどうしよもない。
荷物をリュックに詰めて背負い、ショットガンと盾を装備。それから赤いくじらのぬいぐるみを片腕で抱く。
「……ね、リーリァちゃん」
「うん?」
シャーレの出入り口近く。別れる前に1つ言っておこうと思い、ホシノは振り返る。
「いつか、リーリァちゃんと同じくらい強くなるよ。……ううん、リーリァちゃんよりも強くなっちゃうかも」
「……」
ーーそれはまた、誰かさんみたいなことを言うな……
ぐっと、その言葉と、同時に溢れてきた感情を飲み込んだ。
「無理でしょ」
「どうかな〜?意外とおじさんも
「ん〜、無いね。まあ超頑張れば
「なにそれ」
「あたしには敵わないってこと」
「そんなこと言われたら、おじさんも燃えちゃうな〜?」
そして、リーリァは最後まで笑って送り出した。なんとか、笑って。
ホシノの姿が見えなくなってから、一言呟いた。
「ありがとう、ホシノ」
その日からリーリァのベッドの上にピンクのくじらが居座ることになったことをホシノが知るのは、先の話である。
またそれとは別に、体育館でホシノが何度もマットに倒れては立ち上がり、またマットに倒れるという奇行をしているのを後輩達に見られて、本気で心配されたのもまた別の話である。
あとがき
ホシノ回でした。そろそろ何の話をして何の話をしてなかったかこんがらがってきた今日この頃です。
前半のほほんとしてから、後半シリアスもちょっと生やしてと行きました。間章が全て日常回になるかといえばそうでもなく、たまにシリアス回が入るかもですし、逆にギャグ全振りの回もあるかもです。
ところでここから完全な隙あらば自分語りの時間になるので、興味ない方はいつも通り飛ばしてもらって構わないので勝手に語っていきます。
私、崩壊3rd好きなんですよね。他のミホヨゲーは学園しかやってないんですけど、学園は新生編の途中で止まってるのでちゃんとストーリー読んだの3rdだけだったりなんですけど。まあそれは良くってですね(良くない)
終末なにしてますか?シリーズとブルアカ、それ崩壊3rd。全く違うジャンルながらもそれぞれに共通点があるんですよね。勝手に思ってるだけですが……
終末なにしてますか?シリーズと崩壊3rdは、物語の美しさですよね。決して全て都合よくハッピーエンドに行くようなものではないいしむしろ残酷な世界ですけど、それでも世界へ足掻く姿は美しいと思うんです。
そしてブルアカと崩壊3rdはと言えば、「オタク君ってこういうの好きでしょ」を全力で遂行してくれることですよ。オタクのオタクによるオタクの為の物語。落として上げることを頻繁にやる辺りもそういうの感じちゃう。
つまりまあ、そういう話や作品が好きなんですよね。なので趣味で書いてるこの作品もそういう話の作りや展開にする可能性も非常に高いです。まあ断言はしないでおきますが(おい)
ただ、リーリァとホシノの関係、ただてぇてぇというだけではなくそういう展開のための伏線的なアレの為に書いてる部分もあるんです。つまりそういうことです。
はい自分語りはここまでして、また次回!まだ小話は続くんじゃ。