元勇者の先生日誌   作:Ruve

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戦士の休息

 シャーレの部室。そこには珍しい来客が来ていたので、リーリァはーー面倒臭そうな顔でーー対応していた。

 

「何ですかその顔、呼んだの貴方ですよね!?」

「………」

 

 それはそうである。確かにこの来客を呼んだのはリーリァであり、彼女がこの場にいることに何ら問題はない。……ただ、目の前に不機嫌になるものがあるというだけの話である。

 

「何とか言ってください!」

 

 バシッ!と持っていた書類で机を叩く。それと同時に、"揺れる"。

 ペチッ、とリーリァは()()()()()

 

「いっ!?何するんですか!?」

「……わざわざそんな格好でシャーレに来るなんて、いい度胸じゃない?」

「何がです!?」

 

 リーリァご乱心の理由はただ1つ、その人物……甘雨アコの格好である。

 学校の制服、まあそれは何も問題はない。問題は……胸がさらけ出しているように改造されている、という点である。所謂横乳である。

 リーリァは年齢に相応しい、貧相でも豊満でもない一般的な子供体型である。それがコンプレックス……とまではいかないが、多少は気にしていた点である。それが、まるで豊満なのを自慢するかのような格好で来られたらたまらないものである。

 

「だからさ、何で胸出してるのよ。まともな下着も着けれないでしょその格好」

「はああ?これは制服ですけど?制服着て問題ですか!?」

「は?ゲヘナの制服であんたみたいな風になってるやつ、他にいないでしょ!?」

 

 ぐぬぬぬと、お互いの目に火花が散る。

 まあ、グラマラスな体型の生徒なら他にもいる。トリニティのハスミ、アビドスのノノミ、彼女らの方がサイズだけなら間違いなく上だろう。あそこまであると動きづらいのではないかと考えてしまうくらいだ。

 しかし、問題はそこではない。露出している、という点である。

 

「……というか、私がこの格好なのは初めて会った時からですよね」

「まあ、そうだね」

 

 アビドス襲撃でホログラムを投影した時から、この改造制服である。

 

「なのにどうして今になって……」

「いや、1対1で見てると苛ついて来たというか」

「……帰りますよ」

「どーぞ?」

 

 まだリーリァはアコに用件を話していない。だからこそアコは帰ると脅しをかけたが、呼んだ本人が止めようとしない。

 

「まさか本当にこのことを言うためだけに呼んだんじゃありませんよね」

「いやー?ヒナちゃんのことで、ちょっと相談」

 

 ……はあ、とアコは小さく溜息を吐く。どうやらこの無礼が服を着て歩いているような人物でも、多少の配慮はできる様子。いや、大人なんだしそれくらい出来て当然だろうとは思うのだが。

 

「……はあ。まあ、でも、少し安心しました」

「はい?」

「先生は、なんというか……少し浮世離れした、とでも言うのでしょうか。他の人とは違う雰囲気を持っているなとは少しだけ思っていました。でも、気の所為だったみたいです」

「……」

 

 それは、また。ご慧眼なことで。

 もちろんグッと飲み込む。勇者だったことは、そこまでひた隠しにしないといけないことではないが、言いふらすことでもない。あくまで今のリーリァは先生なのだから。

 

「それで、相談って何です?」

 

 話を戻して。

 

「……うん、ヒナちゃんってさ、明らかに仕事し過ぎだよね」

「そうですね」

 

 かくいうアコも十分仕事しすぎな人物ではあるのだが、ヒナは更にその上に行く。

 それだけゲヘナという場所は問題が山積みなのである。

 

「何とか休み作れないのかな」

「無理ですね」

 

 即答である。

 

「いや、もうちょっとこう……無いの?」

「確かに時間を作ることなら可能かもしれません。でも、精々5分くらいの小休憩だけ挟んで『もう休憩ならしたわ』って仕事に戻る姿しか想像出来ませんね」

「わぁお」

 

 彼女の働き方の悪さは、想像以上のようである。

 

「それに、私たちに出来なくて、委員長に出来ることはありますからね……」

「鎮圧とか?」

「そうですね。他にも書類仕事だって早く的確にやってのけますから」

 

 もちろん私が特別遅いということではありませんよ、と付け加える。

 つまり、ヒナが働き過ぎになっている原因は2つ考えられる。1つは本人の気質だ。そもそもあまり休もうとしないし、そうでなくとも仕事をその高い実力で掻っ攫っていく。もう1つは環境で、その蛮行を止める人物も、止められる人物もいないということ。

 もっと根本的な点を辿ればゲヘナの治安の悪さが原因な気がするが、それは風紀委員会の忙しさの原因であってヒナ個人のワーカーホリックっぷりの原因ではないのだ。

 

「それに、あの狸共も妨害してきますからね」

 

 吐き捨てるようにアコが言う。

 

「狸?」

万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)……うちの生徒会ってことはご存知ですよね」

「まあ知ってるけど。え、何?妨害してくるの?」

「そうですよ。いつもいつも嫌がらせばかり……!」

 

 なるほど、敵は不良や一部の部活だけだと思っていたが、まさかの生徒会まで敵とは。

 

「だから、無理ですよ。出来ればとっくにやってます」

 

 そもそも論として、ヒナ委員長大好きなアコがそれを考えない訳がないのだ。

 

「うーん……アコなら力になれそうだと思ったんだけど」

「はあ……まあ、何か機会があれば頼りますよ」

「ま、そうだね」

 

 ペチン。

 

「いたっ!?また叩きましたね!?何でです!?」

「なんか腹たった」

「はあ!?」

 

 そして、キレたアコからリーリァは逃げ回る。スイスイと部室中を逃げ回り……

 

「……楽しそう」

 

 その日の当番だったシロコが部室に入り、そのまま乱入した。

 

 

ーーーーー

 

 

「無理だな」

「無理ですね」

「だから言ったじゃないですか」

 

 後日、今度はリーリァがゲヘナへ向かい改めて相談してみた。そして、結果は同じである。

 

「でも、時間を作りたいだけなら先生が代わりに仕事すればいいんじゃないか?」

 

 と、イオリが付け加える。シンプルな解決策だ。

 

「まあ、先生は戦えないんだし無理だろうけどな」

 

 無理であるという点に目を瞑れば、である。書類仕事に関しては手伝えるものの、企業秘密ならぬ学園秘密の内容もあるので手伝える範囲には限界がある。いや、シャーレの権限があるのでそういった内容も見れないことはないが、ゲヘナ側が見せたくないものを無理して見ることもないだろう。

 

「なら、事前にそういう日を作ってみては如何ですか?」

 

 今度はチナツの案。

 

「そういう日?」

「シャーレの仕事の手伝いと称して呼んで、休ませるんです」

「……空いた穴は私たちが埋める、ってことですね」

 

 なるほど、これもまた案としてはありかもしれないと思える。

 

「問題は、仕事じゃないと気がついた委員長がどう出るか、ですが」

 

 不確定要素があるという点に目を瞑れば、だが。

 

「確かに委員長なら戻ってくるかもな」

「簡単に想像出来ますね」

 

 そこで、リーリァはこほんとわざとらしく咳払いする。

 

「仮想敵をヒナちゃんにするとしてさ、どう戦うのが正解だと思ってる?」

 

 突然の、全く違う話題。会話が成立していないとかそういう次元を超えた方向転換だったが、3人は意図を理解する。

 チラッとリーリァの背後を覗けば、ヒナの姿がそこに。

 

「何の話をしてるのかしら」

 

 感情を読み取りづらい、抑揚の少ない声がその場の4人を射抜く。

 

「先生から、戦術について参考になる話でもないかと思い聞いていました」

 

 アコが視線でイオリとチナツに同意を求め、当然同意する。

 もしもヒナを休ませようという計画を立てていることを知られたらーーそれも仕事と騙してーーまず彼女は休まないだろう。そういう共通認識からの、唐突な話題転換だったのだ。

 ヒナは少々訝しげな顔をするが、疑うほどの根拠もないのか特にそれ以上は聞いてこなかった。新たな仕事が出来たからわざわざ呼びに来たということで、3人共行ってしまう。

 ……さて、これは思ったより難儀だな。

 

 

ーーーーー

 

 

「ほい、おつかれ」

「……何でいるんですか?」

 

 夜。普通の生徒ならばもう帰宅しているであろう時間に、風紀委員会の執務室でまだ仕事を続けている人物がいた。

 缶コーヒーを置き、リーリァは椅子を引っ張ってきて隣に座る。

 

「金欠な人に奢られるほど貧しくはありませんが」

「もう給料入ったって。……待って、誰から聞いたのそれ」

 

 アコは小さく笑い、ゲヘナの情報部は優秀ですから、と言う。いやだとしてもそんな情報何処から引っ張ってくるんだとツッコもうとすると、少し真剣な表情になる。

 それに気がついて、リーリァはツッコむのを諦める。

 

「1つ……いや、2つ聞きたいのですが」

「どうぞ?」

「1つ目の質問です。どうして先生は、委員長のことを気に掛けるのですか?」

 

 数秒の沈黙。それから、ありきたりな答えを用意する。

 

「私は先生だからね」

「……はあ。ならこの話は終わりです。出ていってください」

「酷いなあ」

 

 けらけらと笑って見せて、それで誤魔化せないことを悟る。アコは明らかに、リーリァが個人的にヒナを気にかけているということに気がついている。

 

「安心して、別に孤児っぽいからとかそういう理由じゃない」

「なら、どうしてです?」

「んー……なんて言うのかな。責任を抱えすぎるのは良くないんだよ。ああいう責任感が強くて、ついでに実力もある人は抱えに抱えて、勝手に潰れる」

「……小鳥遊ホシノのように、ですか?」

 

 リーリァが頭の中で連想している人物はリーリァ自身であったが、アコの言う通りホシノにも近い部分はあるだろう。

 そして、ホシノが例えとして出てくる辺り、彼女が基地に囚われることになった理由も調査済みではあるのだろう。

 

「心配だから、助けると?」

「ほら、そこは先生だからってのもあるのよ。子供でも持つべき責任ってのはあるけど、抱えるべきなのは大人で先生な私であって、ヒナちゃん個人ではない……って勝手に思ってる」

「……」

 

 そこでアコは初めて、リーリァが用意した缶コーヒーに手を付ける。

 

「甘いですね」

「嫌だった?」

「いえ、誰かさんみたいだと思っただけです」

 

 半分ほど一気に飲んで、アコは2つ目の質問をする。

 

「委員長へのことは、何となくは分かりました。でも、私たちと仲良くしようと思った理由は何です?」

「……ん?」

「そもそも私達は敵として会いました。しかも相当怒ってましたよね、あの時」

 

 あー、あの時のことねえ。頭の中で咀嚼して、まあ変に取り繕う必要もないかと考えて。

 

「そりゃねえ、いきなり大将の店ふっ飛ばされたワケだし」

「ですが……もう、今はそんなことないですよね」

「そりゃ謝罪はしたし。店は屋台にはなったけど、大将も元気だし」

「確かに解決はしましたけど、それって仲良くする理由になります?」

 

 またなんというか、遠回りな聞き方するなあと考えながら、遠回りな答えを返す。

 

「まー、間違いが許されないんだったら、私ほど罪深い人間はいないでしょ」

「……」

 

 ここまでの間、一度も止めていなかった手が止まる。ジト目で顔を観察してくる。

 

「やっぱり、変な人ですね」

「それアコが言う?」

「私が言って悪いです?」

「格好を見直してから言いなよ」

「またその話ですか!?」

 

 ガタッ!と立ち上がり、それから溜息を吐きながら座る。

 

「まあ安心してよ、私はこんなでも先生なんだから」

 

 何処か自分に言い聞かせるように言う姿に、アコは頭を抱える。情報部を経由して得ていた1つの情報があったのだ。リーリァという人物は、見ていて少し心配になるという話。

 この人、先生には向いてないんじゃないですか。よくこんな人を選びましたね連邦生徒会長も。と、心のなかで毒づく。

 

「それじゃ、仕事手伝うよ」

「……はい?」

「ヒナちゃんを休ませたいとは思ってるけど、その分アコに苦労して欲しいってわけではないからさ」

 

 はああと溜息を吐いてから。

 

「生徒の胸叩いておいて今更先生みたいなこと言いますね?」

「え?駄目?」

 

 さっと先生の前に、書類の束を用意する。

 

「これらなら先生が処理しても問題無いので、やりたければ勝手にやってください」

 

 ふーん?とニヤケ顔で言ってから、手を付け始めた。

 

 その後は会話らしい会話もほとんどなく、黙々と各々の作業を進めた。

 そして2人の残業が終わる頃には、日が昇っていた。

 

 

ーーーーー

 

 

 後日。シャーレにて。

 

「おはよう、先生」

「はやっ」

 

 シャーレの部室にて、適当な仕事をしていたリーリァの前にヒナが現れる。

 ……のだが、呼んだ時間より2時間も早い。

 

「あまりの人の多い時間に来ると、目立つから」

「……」

 

 なるほど、まあそれはそうかもしれない。ゲヘナの生徒の中でも、特徴的な角と大きな羽根、身長ほどの機関銃に刺々しいヘイロー、何よりゲヘナ最強と目される風紀委員長という肩書。

 リーリァも有名人ではあったものの、その素性を知っている人は少なかったのでーー新聞(ペーパー)等では色々盛られていたせいでーー自由時間に個人として活動する制限は、そこまでガチガチに厳しかったわけではない。街に出るくらいなら気軽に出れたものだ。

 しかし、ヒナという人物は当然その素性が割れているし、学園内でも立場上敵が多く、トリニティとは学園単位で対立している。無闇な行動を取りづらい……というのは分かる。

 ただ、シャーレには全ての生徒が利用する自由があるし、同じく部員になる権利もある。

 

「シャーレの用事の際は、そんなこと気にしなくて大丈夫。もし何か言うやつがいたら、私がぶっとばしてやる」

「それは」

「あはは、冗談だよ。ぶっとばしたら大変なことになるからね」

 

 軽口を交わしながらも、椅子に座るように促すと素直に座る。

 

「まず1つ、お礼をさせて」

「何?」

「ここ最近、風紀委員の仕事を手伝ってくれていたでしょ。その礼よ」

「あー、そんなことの礼はいいよ、別に。私は先生なんだし、生徒を手伝うのは当たり前でしょ」

「それでも、ありがとう」

 

 いやまあ、本当にその件に関して礼を言われる必要はないんだけれど。ヒナが今日ここに来れるように仕事を減らしただけなのだから。

 

「それで……仕事って、何?」

 

 そしてそもそもの話、今日ここにヒナを呼んだのはいつだかのチナツの意見を実行してみようということになったからである。

 あの後も何回か相談してみたのだが、いくら話した所で机上の空論、まずはやってみようということになった。もちろんその分他の皆の迷惑にならないように、仕事も手伝ったという話。

 

「あー……まだ早いし、少し休んでいてよ。コーヒーいる?」

「えっと……そうね、いただくわ」

 

 2人分のコーヒーを入れて、片方をヒナに渡す。ふーと一息吐いてから、それを口にする。

 

「……甘い」

「あれ?甘いの駄目だった?」

 

 リーリァは普段から甘めにして飲んでいるし、ヒナもーー見た目からの偏見でーー甘いのが好きそうだなと思ったのでそのまま甘めにしてしまったのだが。案外ブラックの方が好きだったのかな。

 

「いえ、別に。先生も甘いのを飲むの、意外だと思っただけ」

「あ、そう?なら良かったけど」

 

 無理をして飲んでいるという雰囲気でもない、良かったとほっとする。……ただ、ブラックの方が好き、というのは正解な気がする。

 

「……先生、仕事がまだなら、先に聞きたいことがある」

「何?」

「えっと……」

 

 ヒナから切り出したのだが、少し考えながら黙ってしまう。まるで、本当に聞いていいのかと悩んでいるような感じで。

 

「遠慮しないで、かるーく聞いてくれていいよ」

「……うん。その、もし答えられないなら答えなくていいから」

 

 それでもそういう前置きをして、ようやく質問をした。

 

「先生って、何者なの?」

「……うん?」

「先生の普段の立ち振舞、普通に見えてかなり大変な動きをしている。例えば、いつ誰に襲われても反応出来るように警戒しているかのような、そういう動き」

「うむ」

「いつも隙だらけのように見えて、多分そんなことはない。私はあまり武道には詳しくないけれど、その手の動きなのかなって思うんだけど」

「うーん」

 

 ……なるほど、普段からそんなに気をつけてるつもりはなかったけど、やはり長年のーーと言いつつ数年だがーー生活で付いた習慣は、そう簡単には消えないらしい。

 正規勇者(リーガル・ブレイブ)は人類の味方、なんて御大層なことを言っていてもはやり邪魔に思う人はいる。それは武力的にも政治的にも、まあ理由は様々で。しかもそういう事情がなくても戦場に1人きりなんてのもザラ。なので、周囲への警戒は自然と身についたものである。

 そして、それは今でもヒナには分かる程度にはしてしまっているらしい。

 

「……まあ、それが分かってるなら素直に話してもいいかな?」

「?」

 

 自分がかつて勇者だったという話、積極的に話すことではないがひた隠しにすることではない。

 

「皆に秘密にしてくれるなら、話してもいいけど」

「……分かった、誰にも言わない」

「私はね……」

 

 そして、話せる範囲で話す。かつて自分が人類最強の勇者だったという話を。……まだ年齢的には大人ではない、という点は伏せておく。

 

「……えっと」

「ん?」

「その、いまいち良く分からない」

 

 まあ、それはそうである。ホシノに話した際には実力を見せてから話したから、強いという話を実感として得ることが出来ただろう。しかし、立ち回りが一般人と違う、程度の認識だったヒナにそれを話してもピンと来ないのはしょうがない。

 

「でも」

「でも?」

「……先生も、大変だったのね」

 

 絞り出すように出てきた言葉。……ヒナも、私に変な()()を得てしまうのか。その事実に、どう言えばいいのか分からない。

 ヒナは自分の能力故に、他の風紀委員では出来ない仕事を率先して行っているし、それ相応の責任を持っているという自覚がある。だからこそ、()()()()()()()()()()()()に対しても、僅かながらも理解を得てしまうのだろう。

 

「……その」

「大丈夫だいじょーぶ、もう昔の話だよ。ここにいる私はただの先生、それ以上でもそれ以下でもない。ヒナちゃんは私のことを素直に頼ってくれていいからね」

 

 まあ、本当にそのことは気にしなくても大丈夫だ。先生として働く以上は、リーリァ・アスプレイという人物はただの先生だ。人より鋭いかもしれないし、武術も人並み以上のものはあっても、結局は先生だ。

 

「………えっと」

 

 何故か、顔を赤くして。もふもふの髪で顔を少し隠しながら。

 

「……………リーリァって、呼んでいい?」

「………?」

 

 なんで?なんで今の話の流れでそうなった?

 

「いや、呼び方なんて好きにしてくれてもいいけどさ」

「分かった、うん。そうする、ね。………リーリァ」

 

 絶妙な空気。居心地の悪い沈黙。どうしてこうなったのだろうか。

 でも1つ言っていいだろうか。正直な所、ヒナが可愛い。本当に年上なのだろうか、この子。庇護欲を掻き立てられるとでもいえばいいのだろうか、そういう可愛らしさがある。

 そして、その欲求に我慢をすることを放り投げてぎゅっと抱きしめた。

 

「せ、先生!?」

 

 驚きのあまりか呼び方が戻っている。少し腕の中でジタバタして、抵抗を諦めて、それから何故か抱きしめ返してきた。心臓が面白いくらいバクバクしている。

 

「よしよし……ヒナちゃんは頑張りやさんだね」

「それは、り、リーリァも……そう」

 

 ヒナが使っているシャンプーの匂いだろうか、お日様のような香りがする。

 駄目だ、髪がふわっふわなのもあって抱き心地がいい。うちに1個貰えないだろうかこの抱き枕。もうちょっと感触を味わいたいという欲求には諦めてもらって、離れる。するとそこには、茹でダコになったヒナの姿があった。

 

「……」

「……」

 

 凄い、変な空気になった。

 

 

ーーーーー

 

 

「それで、仕事って……」

 

 場所はD.U.内のショッピングモールである。ヒナへ頼む、肝心の仕事。それは当然、休むことである。

 

「うん、デート……ってことにでもしようか?」

「……はあ」

 

 ヒナも理解した様子。

 

「その……ありがと」

 

 朝来た時とは全く違う意味合いの礼。

 

「どういたしまして」

 

 にししと笑いながら、それを受け取る。

 さて、他の風紀委員の想像とは違い、ヒナはゲヘナに戻るのではなくデートに付き合うことを素直に選んだ。事前に仕事を手伝って減らしておいたのが、しっかり意味を成しているようだ。

 しかし困ったことに、リーリァ自身もこういうことはしない。デートはおろかショッピング自体そんなにしない。なので事前に、ショッピングも趣味らしいノノミからそれとなく聞いておいた。

 誰かを誘おうとしているのはバレている様子だったが、まさかゲヘナの風紀委員長が相手だとは思うまい。

 

「……これとかどう?似合うんじゃない?」

「リーリァの方が似合いそう」

 

 アクセサリーショップで、2人揃って適当に物色。問題は、2人とも相手に似合いそうとは言いつつ、自分には似合わないとやんわりと断っている点である。

 残念ながら、リーリァもそこまでお洒落するタイプではないのだ。

 

「うむむ……次、行こうか」

「うん」

 

 このままでは並行線で終わるだろうと察したので、別の店へ行くことに。

 主に化粧品を取り扱っている店なのだが……リーリァもヒナもあまりしない。めぼしいものもなく、特に何も買わずに次へ。

 しかし次の場所こそ本命だ。そう、服である。ヒナが私服を着ている姿を一度も見たことないしーーまあ風紀委員の全員がそうなのだがーー似合う私服を買ってあげるのだ。

 

「ヒナちゃんが好きな服とかってある?」

「……いえ、特に好きなのはないわ」

「なら、普段は何着てるの?」

「普段は制服。……別に制服があるから、私服はそんなにいらない」

 

 なるほど、そう来たか。そもそも私服はあまり着ていないという様子。ほんとに家着が数着あるくらいだろう。

 しかし、それは想定内。アコからリサーチ済だ。……なんでアコが知っているのかは、まあ一旦置いといて。

 

「なら、私が選ぼう」

「え?……別に、私は大丈夫」

「私が大丈夫じゃない!可愛いヒナちゃんを見たい!」

「かわっ!?な、何言ってるの!?」

「いや、制服でももちろん可愛いよ。でもね、もっと可愛くなれるよ」

「か、からかわないで……私なんか」

「可愛い!」

「!?」

 

 ヒナが可愛くないとかそんなことありえるだろうか。ならなんだ、私は道端の雑草か?

 

「あ、ぅ……」

 

 真っ赤になったヒナの手を引き、店を回る。まああんまり派手なのは好きじゃないだろうなと想像出来るので、控えめなデザインのものを優先にあれよこれよと探して、良さげなのを幾つか試着もしてもらって。

 そして分かったことがある。素材が良ければ、よほど変な服でもなければだいたい似合ってしまうという事実に。ぐぬぬ……私ではこうもいかないだろうに。

 

「この中だとどれがいい?」

「えっと……」

 

 全部似合っていたので、最後はヒナ自身の意思で決めてもらう。

 いっそ全部買ってもいいのだが、あまり押し付けがましても駄目なのは分かる。

 

 何かと満足する結果にはなったので、良かったのではないだろうか。買った服の入った袋片手に、ショッピングモールから出る。

 思ったより服選びに熱中したのもあり、日が傾きかけている。

 

「……ありがとう、リーリァ」

「もう、何度目よそれ」

 

 本日3度目のお礼である。少々礼をしすぎではないだろうか。別にして悪いことはないけれどさ。

 

「今日は、楽しかった」

「何終わりみたいな雰囲気出してるの」

「え?」

「まだ行く所はあるの。今日最後の仕事が待ってるよ!」

 

 D.U.から出て、向かう先はアビドス自治区。

 

「えっと、アビドスは……」

「私が一緒だからいーの。気にしない」

 

 手を引き、目的地へ向かう。もう日は落ちてしまったが、時間としてはちょうどいいだろう。

 そして、目的地……屋台へと着く。

 

「大将、やってる〜?」

「いらっしゃいま……せ?」

 

 黒い獣耳がぴょこりと動く。元気のいい挨拶が、途中から小さくなる。

 

「……黒見セリカ」

 

 セリカは、リーリァを見て、もう一度ヒナを見る。どういう状況なのか飲み込めていない様子。

 どうやら、今日はセリカのバイトの日だったようだ。会って問題があるわけではないからいいけど、シフトの確認まではしてなかったな。

 

「おっ、お嬢ちゃん。来てくれたんだな」

 

 セリカに遅れて、柴大将がこちらに気がつく。

 

「えっと……」

 

 何故この屋台に来たのか理解したヒナが、抗議するようにリーリァの顔をチラッと見る。そこにあるのはニヤケ顔だけである。

 

「はい。食べてみたかったので」 

 

 まあ、話をスムーズに通すためだろうとはいえ『味に興味がある』とか言ったのだ。食べに来るのが道理だろう。

 

「たいしょー!私はいつもので!」

「……塩ラーメンで」

「ちょっと、私がいるんだから私に言ってよ!?」

 

 そして、柴関ラーメン大盛と、塩ラーメン並盛が出てくる。リーリァにとってはいつものなので、まあいつも通り食べるのだが。

 

「……美味しい」

 

 ぐっ、と大将に向けてサムズアップ。大将もウィンクしながらサムズアップ。え、何?と困惑顔のセリカ。

 それから程なく完食する。まだ湯気が残っている屋台の中で、ヒナが微笑む。

 

「その、本当に今日はありがとう……()()()()

「そんなに良かった?また時間が出来たら呼んじゃうよ?」

「ええ。楽しみにしてる」

 

 

 甘ったるい空気、呼び捨て、何か買ってきたと思われる袋。

 セリカが固まっていたのは、また別の話。




あとがき

ゲヘナ風紀委員会が関わると、先生の様子がおかしくなる。これはキヴォトスに存在する古則である。
ということでアコヒナ回でした。ちょっとリーリァのテンションがおかしいのはわざとです。だって風紀委員会の話ですから。


さてここからまた語っていきたいんですけれど、以前ホシノの話をした時にリーリァとホシノって共通点があるよねーみたいな話したと思うのですが、これリーリァとヒナに関しても同じことが言えると思いまして。ヒナとのデート回にしつつも、割とその点に関しては意識して書いてます。
ところでヒナアコ回なのにヒナアコの会話が少なかったですが、それはまあその機会はありますし今回はいいかなということで、アコとヒナそれぞれで前半後半に分けてみました。できればそれぞれ1話ずつに振りたい気もしますが、全員を1話で描いてたらこのシリーズが一生完結しなくなる未来しか見えないのでそこは適宜調節していきます。
ところでヒナにどんな服をプレゼントしたのかは想像に任せます。まあヒナにあんまり派手なのはなあとは思ったので、派手じゃないってことだけはやんわりと明記しましたが、それ以外は特に指定はしてません。もしかしたら男装かもしれません。いや無いな流石に。


と、言うことで!そろそろイベントの話もしようかなと思いつつまた次回。あと1話、話を挟もうかな、どうしようかな……
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