元勇者の先生日誌   作:Ruve

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Ev-3

「あ〜、夜風が気持ちいいなあ」

 

 リーリァは1()()で道を歩く。つい先程の決定を無視して出てきてしまったことは申し訳ないなあと思いつつ、目的の人物を探す。

 

 何故こうなったかと言うと。

 

 

ーーーーー

 

 

 百夜堂に全員集合する頃には日が落ち始めていた。朝方に来たはずなのに、時間の経過はあっという間だ。

 

「これからどうしますか?」

「一番確実な方法があるわ」

 

 ミモリの質問にシズコが答える。当然ながら、今一番やる気なのはシズコである。

 

「まず街に出て、どこかで悪さをしてる魑魅一座を見かけたら、一気に包囲するの。お祭り運営委員会では成し得なかった大がかりな作戦だけど、修行部がいるなら可能なはず!」

 

 実際に可能かどうかは微妙なラインな気がするが、2人だけなら間違いなく不可能だったし人数を集めたことは正解だったのだろう。

 

「包囲して〜、その後はどうする……?」

「もちろん全員で一気に撃退!拘束!それで、そいつらから元凶を吐かせれば終わり!必要なら多少過激な方法もやむなし!」

 

 ……うーん、まあ確実ではあるだろうか。

 

「サスガ委員長!悪党たちは小指ザクリの刑デスね!」

「うわっ」

「あら……」

「ふあぁ……」

「それはねえ……」

「えっと……よく考えると、フィーナもそれはやり過ぎだと思いマスよ、委員長……」

 

 全員の視線が、シズコへと集中する。

 

「なんで私の発案みたいな言い方してるの!?」

 

 思わぬ冤罪をかけられたシズコが叫ぶ。まあ実際にフィーナが勝手に言っただけなのだが。

 

「とにかく、魑魅一座を捕まえて元凶について吐かせる!……もう時間が無いの。百夜ノ春ノ桜花祭のクライマックスは明日……」

 

 血相を変えて叫んでいた先ほどとは打って変わって、しゅんとなる。……保身のためではなく、純粋にこの祭りを成功させたいと願う気持ち。お祭り運営委員会の委員長が彼女で良かったと心から思う。

 それに比べてあの猫人間め……

 

「あっ、聞いたことがある!花火でしょ、ホログラムの!パンパンパーンって!」

「ええ、盛り上がりも最高潮。桜花祭のラストを飾るのに相応しい新たな花火を用意したわ」

 

 正直な所、ホログラムとやらを使う利点に関してはイマイチよく分かっていない。いないのだが、まあシズコがこれだけ自信満々に言うのだから余程いい花火になるのだろう。

 

「もしその時に魑魅一座が暴れたら、『騒ぎ』じゃ済まなそうだね〜……」

「そんなことになったら、黒幕の思うツボね……」

 

 黒幕の目的が桜花祭の失敗、そしてお祭り運営委員会の失脚であるとすれば、間違いなくクライマックスの妨害はするだろう。もちろんその前に止められればそれはそれでいいかもしれないが、そこまで都合よく進むとは考えてはいないだろう。

 

「シズコちゃん……」

 

 ミモリが心配そうに声をかけようとする。……彼女たちはまだ会ったばかりなのに、だいぶ仲良くなったのではないかと端から見て思う。

 変人の集まりだと嫌煙されていたとは思えないなあ。

 

「でも、そうはさせないんだから!まずは早いところ元凶を探す!それで私がこれまで受けてきたストレスをそっくりそのまま叩き込んでやらないと、腹の虫が収まんない!絶対ぼこぼこにしてやるんだからっ!!」

 

 シズコの下がっていたテンションは再び急上昇。桜花祭の成功はもちろんのことだが、元凶に対する怒りも相当なものだろうというのは見ての通り。

 幸いもう他の客はいないので見られてることはないのだが、外には漏れてるのではないだろうか。彼女の魂の叫びが。

 

 そんな調子でシズコ一行は元凶と魑魅一座退治の為に外へ踏み出した訳なのだが。

 

ーー静かだな。

 

 夜になってもまだ夜中ではない。日中のような騒がしさはないにしろ、祭り特有の賑やかさは残っている。

 そうじゃない。

 なんというか、それしかないのだ。魑魅一座が何処かで暴れているとか、これから暴れる準備をしてるとか、そういう気配が全くない。

 昼間の様子からして、人員も装備も相当数あるはずなので、雇い主が諦めたとかでなければ再び攻撃を仕掛ける準備をしていてもおかしくないのだが。

 或いは、私たちが出てきた所を包囲している……という感じでもない。ならば、考えられることはそんなに多くない。

 

「何処から探しましょうか」

「もう、端から端まで探してやるんだから!」

「ん〜……先生は?」

「ン?先生なら一緒に……」

 

 修行部とお祭り運営委員会の5人が辺りを見渡すと、既にそこにリーリァの姿はなかった。

 

 

ーーーーー

 

 

 ということで、抜け出してきてしまった。

 声をかけてからだと、先生を一人にするのは危険だ〜となって、誰か付いてきていただろう。

 まあ、それでも悪くはないのだけれども。()()()()()()()ことを確かめるには一人の方が確実だ。

 

「おっ」

 

 もう一つ用事があった。こちらも一人じゃないと出来ない用事。

 

「サササッ……!」

 

 だから自分で効果音付けるのはどーなのよ。

 と、内心思いながらもこそこそ移動している彼女の背後へと回り込む。

 

「イズナは今、闇に紛れて暗躍せんとする熟練の忍……!」

 

 自分の状況を説明する熟練の忍者とかいないでしょ、と思わずツッコミそうになったがぐっと堪える。

 ……まあ、自己暗示の類かもしれない。案外そういうのって効果あるし。

 

「……先生は、きっとこの辺に」

「わっ!」

 

 辺りを見回していたイズナに、近くでわっと驚かせてみる。……特にやる理由は無いんだけれど、イズナの反応いいから脅かしたくなっちゃった。

 

「きゃんっ!?」

 

 そして案の定驚きながらつんのめった。そして振り向きながらも尻もちを着いてしまう。

 

「……って、先生!?」

「う〜ん……驚かせすぎた?」

「え、えっと……驚いてなんかいません!前回の宣言通り、先生を倒すためにここに来たのです!」

 

 一応手を差し伸べるが、しゅばっと立ち上がり一歩距離を取る。まあイズナにとっては敵だししょうがないかな?

 ……周囲を警戒するが、誰も動きを見せない。いや、1人抜け出したか?とにかく、イズナと一緒に攻撃してくる……という様子ではない。まあ、それならそれでありがたい。ようやく2人の時間を作れそうだ。

 

「イズナ、あの後考えました!前回イズナが負けたのは何故なのか……それは先生を騙しているあの、他の人たちまでわちゃわちゃと出てきてしまったせいなのでは、と」

 

 まあ、忍者なんだし正面から戦うよりもターゲットを襲うほうがそれっぽいよね。

 と、真面目に考えてる場合ではなくって。

 

「つまり2人きりの方がいいと」

「そうです!なので……」

「よし、じゃあ行こう!」

「!?」

 

 このまま話していたらまた戦う流れになりそうなので、問答無用で腕を引っ張り走り出す。もちろん他の人の邪魔にならないように軽くではあるけれど。

 そして適当な屋台に寄って、買ってみる。カルメ焼きと言うらしいが……まあ、そこはそんなに問題ではない。

 

「あ、あの……?」

「ほら、2人で勝負だよ。どっちが桜花祭をより楽しめるか、ってね」

「いえ、私は先生を倒すために……」

「何?あたしに勝つ自信がないのかなあ?」

「……」

 

 困った顔で、私が差し出したカルメ焼きを見て固まる。しかし、その時間は決して長くはなかった。

 パッと受け取り、一口。

 

「桜花祭の楽しみ方は、イズナの方が知ってます!」

「そうこなくっちゃ!」

 

 色々な屋台で食べ物を買ったり、射的に挑戦してみたり、金魚すくいしてみたり。時間をかけすぎないように注意しながらも勝負という名の遊戯をしていると、イズナはもう本来の目的をすっかり忘れてそうな様子。

 

「……ねえ、イズナ」

「何ですか?」

「桜花祭、楽しい?」

「もちろんです!……でも、先生と一緒に周れて、もっと楽しいです!」

 

 純粋に、心から楽しんでいる者だからこその笑み。もう勝負だったことすら忘れてそうなくらい、ただ楽しんでいる。

 提灯の光が、そんな彼女を照らしている。

 

「うん、あたしも楽しい。久々だよ、こんなに肩の力抜いて楽しめてるのはさ」

「先生にも気に入ってもらえて嬉しいです!」

「……なのに、中止にしちゃうんだ?」

 

 ピタリと、止まる。

 

「……中止、ですか?」

「イズナ達があちこちで迷惑かけてるせいで、中止になりかけてるんだよ?知ってた?」

 

 表情が、これまた分かりやすいくらいに困惑へと変わっていく。

 

「え、イズナは……雇い主からは『事業の邪魔をするやつらがいるから、その者たちを倒せ』と……」

「はあ……」

 

 やはりだ。分かっていたことではあるが、これでハッキリした。イズナは騙されて、魑魅一座と共に暴れていたと。

 ……本当に、嫌になる。

 

「はっきり言うよ、イズナは騙されてる。……雇い主が誰か教えてくれない?」

 

 ……返事はない。まあ、これではいそうですかと素直に教えてくれる性格でもないだろう。私の話にはなんの証拠もないというのもあるけれど、それだけではない。

 

「……言えません!誰に雇われているかを口にするなんて、忍びとしてはやってはいけないこと!」

 

 まあ、そんな所だと思った。

 

「じゃあ、他の人に聞こうかな」

「えっ……?」

 

 こっそり握りしめていたコインを弾き飛ばす。それと同時にぐえっという声が聞こえた。……さっきの射的は外したけど、これなら間違いなく外さない。

 

「いい加減出てきたらどう?」

 

 適当な物陰から、魑魅一座が2名ほど現れる。片方の面には先ほどコインが当たったと思われる傷が入っている。

 

「よ、よくもコインをぶつけてくれたっすね!」

「それよりどうするよ、イズナにはバレるなって話じゃ……」

「あ〜……まあバラしたのうちらじゃないし、いいんじゃないっすかね」

 

 銃口をこちらに向けながらも、絶妙に覇気のない会話をしている。まあこれまた予想通りだけど、イズナは"今回の作戦"からは外されていた様子。

 

「で、なんすか?護衛もないのに抵抗出来るとでも思って……」

「じゃあ連れてってもらおうかな」

「……」

「……」

「……へ?」

「いやだから、あんたのボスが会いたがってるんでしょ?早く連れていってよ」

 

 魑魅一座の2人は棒立ちになり、それから顔を見合わせる。

 

「……なんか計画バレてないっすか?」

「でも、お互い会いたいなら都合はいいんじゃないのか?」

 

 どうしようかと相談を始めるが、全部丸聞こえである。こそこそ話でさえないので当たり前なのだが……

 まあ相談で手が止まってるのは都合がいい。イズナと改めて話したいからだ。

 

「どうする?あたしに着いてくる?」

「それは……」

 

 う〜〜〜んと唸り声を上げて、それから答えをごにょごにょと教えてくれた。

 ……まあ、一番ありがたい選択だ。

 

「それでは私は一旦退散します!ニンニン!」

「あ?」

 

 わざとなのか素なのかはちょっと分からないが、宣言と共にイズナはシュタッと跳んで離れていく。

 その宣言で気がついた魑魅一座の2人が、改めて相談する。

 

「あの馬鹿もいなくなったし丁度いいのでは?」

「よし」

 

 こほん、と咳払いしてから話しかけてくる。

 

「お前もボスに会いたいんだな?それならお望み通り連れてってやるよ」

「今さらやっぱり嫌だとは言わせないっすからね」

 

 逃げられないように2人で囲みながらーーまあ逃げられるけどーー歩き始める。歩調を合わせながら、もう1人の気配も確認する。まあ、向かう先が何処かはイズナも知ってる筈だし、迷子になることはないだろう。

 

 

ーーーーー

 

 

 道中は特に何の問題もなく、とある廃墟へとたどり着いた。更にその奥の広場になっている空間で、2人は足を止める。

 

「命令通り連れてきたよ!」

「連れてきたっす!」

 

 暗闇の中へ声をかけると、返事が返ってくる。

 

「よくやった、魑魅一座。やれば出来るじゃないか」

 

 そして、暗闇から遂に黒幕が姿を現す。

 

「また会えて嬉しいよ、シャーレの先生。……いやまさか、おぬしのような小娘が先生とは思わなかったがな」

「やっほ、会長」

 

 逆に驚きそうなくらい予想通りの人物が出てきたので、軽く挨拶をする。……なんか黒い眼帯着けてるけども。

 まあ、ここで急に知らない人が出てきてもそれはそれで対応に困るし悪い話ではないんだけども。

 

「……随分軽い挨拶だな」

 

 まるで友人にでもあったかのような気楽な挨拶に、会長は眉をひそめる。……が、それも少しのこと。

 

「まあいい。儂の真の姿を教えてやろう。儂の名はマサムニェ……路地裏の」

「どうでもいいから本題に移らない?」

「………貴様!人の話を遮るとは本当に先生か!?」

 

 猫が()()()を遮るという表現を使うのもまあまあ面白い話だが、この猫は何も面白くない。マサムニェね……まあ、奇をてらおうとしただけのつまらない名前かな。

 正直、この男が元カイザー理事のような強い野心と計画を立てるような男なら、或いは黒服のような得体の知れない存在なら、話くらいは聞いても良かったのだが。残念ながらこの猫男は、つまらない欲望と杜撰な計画しか立てられないその程度の男だ。

 

「まあこんなでも先生だよ。で、その先生に何?」

「随分余裕そうだな?何か奥の手でもあるつもりかな?だが、儂はコミックの悪役なんかとは違う。その手に気が付かないとでも思うか?……悪いが、その手段は封じさせてもらうよ」

 

 そして、猫の手が懐へと伸びスマホを取られてしまう。……連絡用のスマホを、である。どうやらシッテムの箱については何も知らないようだ。

 まあ、私の顔も把握してなかったような男だし、そこまで知ってるわけもないだろうが。

 

「そんなことはどうでもいいよ。それで、あんたの目的は金?権力?それとも両方?」

「ほぉう……?」

 

 猫の目は私の目をじっくりと見つめる。……今すぐ殴り倒してもいいのだが、まだ駄目だ。それだと1つ、目的が果たせなくなる。

 

「中々鋭いな。しかしそこまで分かってるなら、おぬしにも分かるだろう?『お祭り運営委員会』などという小娘達に、この『百夜ノ春ノ桜花祭』を動かす資金を握らせることが、どれほど無駄なことかを」

「まあ、確かに子供に握らせる額ではないかもね」

「だろう?『お祭りを素敵なものにするため』などと言って、ミレニアムにあんな高価な機械を作らせたのを知った時は転げ落ちる所だったわい」

 

 やはり、今年動いた理由はそこだろう。前々から狙ってはいたものの、あの機械が出たからこそ動いたのだ。

 単純にあれが凄い高価なものであるというのが1つと、彼が百夜堂で話していた"犯人の目的は伝統を守ること"というカバーストーリーが作れること。

 特に後者があれば、突然魑魅一座が暴れ出したこともまあ"そういうこと"で片付けられるだろう。……まあ、それは作戦として間違ってはないかもしれないけれども。

 

「……で、魑魅一座を雇ったんだよね。そして、イズナを騙して働かせもした」

 

 本題は、ここからだ。……天井裏にいる人物に、一瞬だけ目線を送る。

 

「イズナ……ああ、あの自称忍者のちびっ子か。そうだな、あいつは実に役立ってくれた。大したお金も掛けてないのによく働いてくれたよ。ちょっと忍者ごっこ(お遊び)に付き合っただけで、こんなにも活躍してくれるとは思ってもみなかった。戦力だけなら魑魅一座十数人分はあったからの」

「遊び、ねえ?」

「ああ、幼稚な子供のごっこ遊びだろう?あいつの言う、魔法のような『忍者』なんて、ファンタジーの世界だ」

 

 ……そうかもしれない。私だって忍者とは会ったことないし聞いたこともない。

 でもさ、いるんだよ。"物語の中の人物を描いたような人生送ってきた"やつが、目の前にさ。

 

「……ははっ」

「何がおかしい?……まさか、おぬしまで『忍者はいる』なんて言い出さないだろうな。そんなこと言われたら、いくら儂でも笑うのを我慢出来る自信がないわい」

 

 口元をニヤニヤさせながら喋るクソ猫に釣られたのか、一緒に来た魑魅一座の2人も口を開く。

 

「今なら言えるけど、あの歳で忍者とか笑わせるよな!」

「正直、隣で見てるだけでも笑いを堪えるのが大変だったっす」

 

 話しながらも思い出し笑いしそうになっているのか、2人とも顔をニヤけさせている。……それだけではない、場の空気が"そういう空気"になっている。

 

「ああ、本当に便利なやつだったよ。実に経済的で、バカで、こちとら大助かりだよ!ふはははっ!」

 

 遂に堪えることもしなくなり、堂々と笑い出す。

 

「……あの子の夢と努力をさ、あんたは馬鹿にした」

「夢?努力?……あんな夢想とすら言えないバカの妄想を、夢だと?それにごっこ遊びを努力か。いくら先生とはいえ、お人好しにも程があるな」

 

 ……例え馬鹿みたいな夢でも、それを叶えようと努力するあの子の気持ちを、金に目をくらませただけの男に侮辱する権利なんかありはしない。いや、例えあってもそんなもんあたしがぶっ潰してやる。

 

「ねえ」

「む?」

 

 手刀を作り、腕を振るった。

 

「……なん」

「ぐえっ」

「ぐあっ」

 

 猫野郎が疑問の言葉を口にするよりも早く、先ほどの魑魅一座の2人がぶっ倒れた。

 

「あたしが忍者だって言ったら、どうする?」

「………は?」

 

 目の前で起きたことと、あたしの言葉。どちらも理解出来ぬまま、猫野郎は固まる。

 まあ、ほんとは忍者じゃなくて勇者だけど。この状況なら忍者だと名乗った方がインパクトは大きい筈だ。

 

「先生が、忍者……?」

「見ててよ、イズナ!」

 

 もう隠す必要もない。驚きで目を丸くしてるーーと思われるーーイズナがいる天井に向かって、声をかける。

 

「……や、やれ!魑魅一座!たかが先生1人に何が出来る!忍者など妄言だ!」

 

 周囲に待機していた魑魅一座達が次々と現れては銃を構える。ガタリと天井の方から音が聞こえたので、手で静止しながら"1歩"を踏み出した。

 

「がっ!?」

 

 ……この時確かにリーリァは"1歩"進んだだけだ。しかしまだ10歩分くらいはあっただろう魑魅一座の1人との距離はなくなり、その手刀が腹に食い込んでいた。

 

「う」

 

 目の前で何が起きたのか理解できない。ただ"理解出来ないこと"への恐怖心から、近くにいた1人が叫ぼうとして、同時に7人意識が刈り取られた。

 

「あり得ッ」

 

 叫ぼうとする者は続くが、叫び声は続かない。リーリァはその場から動いてないのに、また同時に10人倒れる。……その隣に、同じ枚数のコインがカランと音を立てて落ちたことに気がついたのは、俯瞰しているイズナだけだ。

 

「……まだやる?」

 

 3秒も経ってない。しかしその、一瞬と言っても許されるだろう短い時間に、手も足も出ずに18人が倒れている。

 汗1つかかずに余裕の笑みを浮かべ、リーリァはぐるりと周囲を見る。

 

「み、見えたか……?」

「いや、全然……」

 

 驚きではない、恐怖ではない。ただ、何が起きたのかが分からない。攻撃しようとしていた残りの魑魅一座は、首を傾げて固まるばかりだ。

 

「あ……あ……あり得ん!忍者などいるわけが……いや、まさか、貴様ら裏切ったな!?あいつに合わせて気絶したフリを!」

「ち、違うっすよ……こんなの聞いてないっす」

 

 錯乱しかけているマサムニェが、1番近くにいた魑魅一座に掴みかかっているがブンブンと頭を振りながら否定するだけ。

 当たり前だろう、実際に雇われたなんて事実は無いのだから。

 それから少し遅れて、天井の一部と共にイズナが落ちてくる。混乱する彼らとは真逆、その目を輝かせていた。

 

「す、凄いです、先生!……イズナには分かりました、先生こそが……師匠だと!」

「えっ」

 

 威圧するために笑っていたリーリァの顔が、真顔に戻る。

 ………えっ、師匠?あたしが?

 

「あ、いや……」

 

 実は忍術ではなくって……と否定しようとするが、まだマサムニェは立っている。聞かれたらここまでの"パフォーマンス"は無意味になってしまう。

 

「先生!これからは師匠と呼ばせてください!」

「………んー、まずは残りを片付けてからかな〜」

 

 コホンとわざとらしく咳払いし、改めて周囲を見渡す。それから拳を握る。……見えやすいように、手を少し上げてからである。

 

「じゃあ、イズナ。もう1回見せるから……」

 

 大声で、これからまた攻撃すると宣言するように言う。すると、効果は十分だったようで。

 

「に、逃げろー!」

「こんなん割に合わないっす!これなら桜花祭楽しめばよかったっす!」

「あ、あれが本物の忍者……?カッコいい……」

 

 そのほとんどが虫の子を散らすように逃げていき、惚けていた子も遅れて逃げ出した。

 残ったのは、リーリァと、イズナと、マサムニェだけである。随分広くなった空間に、冷たい夜風が吹き付ける。

 

「お、おい!まだ契約は終わってないぞ!残りの奴もいないのか!おい!!」

 

 必死になって仲間を呼ぼうとするが、所詮は金の関係。危険を冒してまで助けに来るものは1人もいない。

 

「……えっと」

 

 ガクガクガク、ぎこちない動きで2人の方を振り返る。それからは、まあ早かった。

 シュバッと眼帯を外し、(ひざまず)いた。

 

「その、だな。全部水に流すのは……どうだろうか。先生も、実は忍者だということを知られたくはないだろう?」

「……」

「……」

 

 なんというか、プライドとかないのだろうか。まあ、ないならないでどうでもいいんだけど。

 

「その、どうしますか?師匠」

「……」

 

 あ、もう師匠呼び確定なんだ。

 

「今回の件さ、もう1人怒っていい人がいるんだよね」

 

 ギクッ、とマサムニェが震える。

 そして、まるでこのタイミングを図ったかのように複数人の足音がこの場へとやってくる。

 

「大丈夫ですか?先生!」

「お頭!フィーナ達が来たからには……アレ?」

 

 お祭り運営委員会の2人と修行部の3人が、勢いよく突入する。……が、当然そこには倒れてる魑魅一座とマサムニェ、そしてリーリァとイズナしかいない。

 

「……なんかもう終わってる?」

「イズナが全員やっつけてくれたんだよ、ね?」

「えっ………あ、はい!イズナが頑張りました!」

 

 意図を汲んでくれたようで、否定することなく応えてくれた。

 カエデがおおー、と感嘆の声を漏らす。

 

「へえ、中々やるじゃん」

 

 シズコはそう言いながらも、未だ跪いたまま動かないマサムニェの前に立つ。

 

「結局、会長……いえ、ニャン天丸が犯人だったんですね」

「ニャン天丸ではない!マサムニェ」

 

 ぽきぽき。こっそり指を鳴らす。

 

「いや、なんでもないんだ。ははは……」

 

 マサムニェの変な態度にシズコが小さく首を傾げるが、すぐにどうでもよくなった。……今日まで散々苦しめてくれた犯人が、目の前にいるという事実の前には。

 

「それで、何かないんですか?」

「……その、だな。まだやり直せると思うんだ」

 

 まるで浮気した旦那のようなことを言い出したマサムニェ……いや、ニャン天丸の前にシズコが静かに息を吸い。

 

「んなわけあるかあぁぁぁ!!シズコ本気の(マジギレ)看板娘パーーンチ!!」

 

 リーリァの拳よりも重そうな、全力のフルスイングがニャン天丸を襲った。

 

 

ーーーーー

 

 

 その後、修行部の3人は逃げた魑魅一座の追撃に、お祭り運営委員会の2人はクライマックスの準備へ。

 ニャン天丸の処分は……まあ、どうなるかはこれから決まるが、会長をクビになるのはまず間違いないだろう。私欲のために商店街を攻撃したのだから。

 そして、問題は……忍者を自称してしまった少女と、忍者に憧れる少女の2人である。

 

「………!」

 

 2人きりになったからもう隠さなくてよいだろう、もう我慢しなくていいだろう。そんな勢いでイズナはグイッと顔を近づけてくる。

 

「えっとね、その。凄く言いづらいんだけど、さっきの忍者っていうのは嘘でね」

 

 別にイズナを騙すために言った訳ではないが、嘘は嘘である。

 

「いえ、先生は世を忍ぶ仮の姿……言えないですよね、忍者だって」

「いやいや、ほんとに違うんだって」

「大丈夫です、イズナは誰にも言いません!」

 

 ちがーう!

 駄目だ、そうだった。イズナは思い込みしやすいタイプだった!あの厨二病猫に仕返しをしてやることに頭いっぱいで、すっかり忘れてた!

 

「……はあ」

 

 まあ、勇者も忍者も一緒だろう、多分。

 

「なので、これからよろしくお願いします!師匠!」

「……はあ」

 

 がっくし。もう、これは受け入れるしかないだろう。行動には責任が伴う、そういうものなのだ。恨むなら軽率な発言をした自分自身だ。

 

「分かったよ。でも、先生の仕事もあるしずっと修行とはいかないからね」

「はい!大丈夫です!……あの、師匠。明日、一緒に花火を見ませんか?」

「……うん、そうしよっか!」

 

 

ーーーーー

 

 

 ……おかしい、昼からイズナと回る予定だったのに。仕事のせいで結局遅い時間になってしまった。

 

「イズナ!」

「ししょ……先生!」

 

 昨日ぶりなのに、まるで久々の再会を喜ぶかのようにぴょんと跳んでくる。その勢いのまま、抱き着いてくるので受け止める。

 ……視線の先には、イズナの尻尾。昨日は色々あって気にしてなかったけど、改めて見るとふわふわで柔らかそう。いや、そうじゃなくて。

 

「それで、何処で見る?」

「展望台に行きましょう!あそこから見る花火が凄い綺麗なんです!」

 

 ……と、やって来たのはいいのだが。案の定人の山が出来上がっていた。最前列のいい席を取ってる人は、かなり早くから待機していたに違いない。

 

「うわぁ!?どうしましょう!さっきはこんなにいなかったのに!」

「うーん……」

 

 人混みの中を見渡して、それから少し離れた場所を見る。うむ、少し場所としては低いけれどこの波の中見るよりは良いのではないだろうか。

 

「あっち行こう!」

「わっ!」

 

 手を引っ張り、埋まってしまう前にとどんどん進む。……もちろんなるべく他の人の邪魔にはならないようにだけど。

 

「凄いです、師匠。ここからなら綺麗に見れそうです!」

「……はあ」

 

 師匠呼びは、慣れないな。どうしてもししょーのことが頭によぎる。

 

「……イズナ、昨日考えたんです」

「うん?」

「師匠が私の夢を応援してくれたのって、師匠も忍者だったから……ですよね」

「違うよ」

「えっ?」

 

 もちろん、リーリァ自身勇者とかいう馬鹿げた職業やってたからこそというのは、多少はある。だけど割合としては大した事ない。

 

「あたしの知り合いにさ、凄い努力家がいてさ。大した才能もない癖して、最強の勇者より強くなるんだ!って」

「勇者、ですか?」

「そ。まあでも、そこは勇者でも忍者でも一緒だよ。とにかく強くなりたいって凄い努力して、ほんとに凄いやつになってちゃってさ」

 

 ……あいつは、もちろんあたしにはこれっぽっちも敵わない強さにしかなれなかった。あたしが色々な絶技やらなんやらをししょーから受け継いでいる中でも、あいつは1つたりとも取得できなかった。その程度だった。

 でも、あたしに救えない人を何度も救った。……あたしに出来ないことをやって退けた。

 

「だからさ、夢に向かって努力する人のこと、素直に応援したいって思うの。……駄目?」

 

 最初の花火が上がった。赤い光が空で咲き、イズナの顔を照らす。

 

「……分かりました」

「……?」

「師匠は、師匠だけど……イズナが仕えるべき、真の主君でもあるんです!」

「……えっ」

 

 一度上がり始めた花火は止まらない。次々と空へと綺麗な花を咲かせていく。

 少し理解が追いつかず固まっているリーリァの手を、イズナが取る。両手でぎゅっと握り締めて、笑う。

 

「師匠、そして主殿!これからイズナは主殿に忠誠を誓います!」

「え、いや、忠誠って……」

 

 別にイズナを配下にしたいとかそんなことは考えていない。一歩離れようとして、先にイズナが一歩進む。

 

「ですので、これからもイズナを、末永くよろしくお願いいたします!」

 

 パラパラパラ、花火の白い光が、2人の姿を照らす。

 ……端から見たらこれ、告白なんだけどー!?

 

「イズナはこれからも修行を続けて、師匠に見合う強さになれるよう頑張りますので!ニンニン!……えへへっ!」

 

 一際大きな花が、空に咲いた。




 辺り一面にあるのは、砂だけである。

「……?」

 ここは、何処だろうか。遠目で見れば木にしか見えないであろうそれは、自分の身に何が起きたのかを整理しようとする。
 木のようなそれは、よく見ればただの木でないことが分かるだろう。強いて言うのなら、その姿を今見ている人は誰もいないということだけだろうか。
 ()は少し考えてから、焦ることはないという結論を出す。時間は幾らでもあるのだから。
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