元勇者の先生日誌   作:Ruve

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「おっ邪魔しま〜す……って、おじさんが管理してる家だけどね〜」

 

 冗談半分に、ホシノが家に上がる。きょろきょろと見回しながら部屋に入ると、少し固まった。

 

「……」

 

 沈黙。それはまあ、驚くべき光景というほどではないけど。予想していた光景ともまた違うものであった。

 布団に使われている形跡があることと、荷物が多少置いてある。それはいい。しかしそれしかないのだ。確かにアビドスに来てからそれほど経ってないし、元々リーリァの自宅のようになっている……とは思わなかったけれど。

 

「ん?」

「リーリァちゃん、趣味とかないの?」

「ないけど」

 

 あっさりと断言する。リーリァはなんかユウカにもそんなこと言われたなと思いながら服に手をかけ、チラッとホシノを見る。

 ホシノも部屋を出てから、自宅から持ってきた部屋着へと着替える。

 

「それで……どうしよっかな」

「んー、聞きたいこと考えてたんじゃないの?」

 

 2人仲良くベッドに座りながら、早速本題に入った。無駄に駆け引きする必要もなければ、誤魔化しながら話す必要もない。

 ホシノは何か聞きたいなとは思っていたけれど、何を聞こうかまではしっかりと考えていなかった。もう少し言うと、気になることが多すぎて何から聞けばいいのか分からない、ということだが。

 う〜ん、と少し考えてから、いざ質問をする。

 

「リーリァちゃんってさ、昔になんかあったの?」

 

 だいぶ大雑把な質問である。しかしリーリァの素性を知らない以上、変に凝った質問の仕方はできないのも仕方ない。

 その上でどうしてその質問になったのかといえば、何かあったのだろうなと感じたから。多分これは、お互い様なのだろうなとも思う。リーリァからは、そういう陰り方を感じる。

 

「まあ、あったよ。色々と」

 

 色々とあったのだ。正規勇者(リーガル・ブレイブ)の人生とはそういうものである。これは強いぞと納得できるだけの悲運を背負い、まるで物語の勇者のような華々しい活躍と成果を上げる。それが正規勇者(リーガル・ブレイブ)の役割であり、それを受け入れた上で生きてきた。

 幸い"先生"という役割に、そこまで重いものはないので少しだけ気楽ではある。ただそれは同時に今までの生き方と違う生き方をしているということでもあるため、少しだけ大変でもある。

 そこはまあ、さておき。つまりリーリァには"なんかあったか"と聞かれたら凄く色々あったのだ。

 そして、考えた末に"始まり"について話すべきだと考えた。正規勇者(リーガル・ブレイブ)としての始まりに繋がる、リーリァの人生の大きな起点。

 

「あれはまだ9つの頃だったね」

「……うへ、9歳のリーリァちゃんは可愛かったのかな?」

「まあ、そうじゃない?」

 

 ぶっきらぼうに、冗談か本気なのか分かりにくい言葉に応える。

 

「私、こう見えても昔は姫様だったんだよ」

「……そうは見えないけどね?」

「言ってくれるな〜。ま、実際昔のことだからね」

 

 別にリーリァが、礼儀作法諸々を綺麗に忘れ去ったとかそういうことではないのだけれど。それ以降の生き方も相まって、そういった畏まった態度よりはかる〜くしていた方が楽なだけである。

 しかし、今の軽口だけでもホシノは疑問を覚えるのに十分だった。姫様には見えない……のはいいとして、過去形である、ということ。

 

「ディオネって小国の生まれでね。まあ放牧的で平和〜って感じの国でさ」

 

 正しくはディオネ騎士国。そこは重要ではないし、説明しても仕方ないので省略したけれども。

 

「9つの時までは、なんてことなく暮らしてたんだけど。まあ、昏古霊族(グルームエルフ)って怪物(モンストラス)……う〜ん、まあ朽木みたいな見た目の化け物の群れに襲われてね」

「そんな化け物がいるんだね」

「まあ、いたんだよ」

 

 ホシノからはいまいち想像のしづらいことである。キヴォトスにそういう如何にもモンスターみたいなやつはいない。いてもアニメとかゲームとか、あくまで作品の中である。

 

「しかも、群れは群れでも100近い群れでさ。それに……ええっと、奴らは"濁り森"ってテリトリーに住んでるんだけど、周りを"濁り森"に書き換える力を持っていてね」

「書き換える?」

「そ。例えば木を植えるとか、逆に周りを破壊するとかそんなんじゃなくて。()()()()()()()()()()()()()()作り替えてしまう力を持っていて。まあそれ抜きにしたって強い怪物(モンストラス)でさ」

「……」

 

 ホシノにもなんとなく、話が見えてしまった。昔に何かあったか?という話で、故郷が大量の強いモンスターに襲われたという話。そして姫様だったという過去形である理由。

 少し、身震いがした。もし、アビドスに今までと比べ物にならないほどの砂嵐が起きたら?そして……

 

「そんな感じだったからさ、国ごと滅ぼされてね。私は逃されたお陰でなんとか生き残ったんだけどね」

 

 流石にそこまでしっかり覚えてるわけじゃないんだけど、と軽く笑いながら付け足した。

 ……もし、アビドスが完全に住めないくらい破壊されたら?私だけ生き残ったとしたら?あまりにも、考えることすら恐ろしいこと、なのに。

 なのに、リーリァはそこまで深刻にならず、思い出話をするかのようなノリで話したのだ。しかも、それが"色々とあったこと"の1つでしかない。

 

「まあそこからも大変でさ。なんか正規勇者(リーガル・ブレイブ)に選ばれちゃうし、セニオリスにも……ホシノちゃん?」

「うへっ?……えっと、凄いこと聞いちゃったかな〜って……」

 

 呆然としていた。

 ホシノは、多分、勝手に共感を覚えていたのだ。だから家に押しかけてまで聞こうとしたのだ。けれど、違う。ホシノ自身の抱えてるものとは、重さも形も全く違うのだ。

 その上で、前を向いている。気になる所こそあれど、それでも前は向けている。私なんかとは違う、大人なんだ。

 ……と、勝手に思っていた。

 

 ところでこの話には、リーリァがまだホシノに話すつもりはない重要な点が1つある。

 今、リーリァは15である。国をなくしたのが9であり、勇者として見初められたのが10である。たったの5年で、正規勇者(リーガル・ブレイブ)として背負うものを背負い、常人なら人生に一度経験できるかどうかといった大きな経験を何度もして、果てに命を落としたのである。

 ホシノは大人だからこそ立てているのだと思っているけれど、実際は違う。

 

「……おじさんも話した方がいいよね?」

「いいよ、別に」

「そう言われると、話したくなるなあ」

 

 リーリァに、とんでもない話をさせてしまった。それが、今感じていることである。その癖自分のことは黙っているのは、少しばかり卑怯ではないかと思う。

 けれど、彼女はそんなことを気にしない。その卑怯を大人として、先生として、或いはリーリァとして。どんな形であれあっさりと受け入れる。それに甘えてしまうのは、ズルいのではないのだろうか。

 そんなズルを重ねて、ただでさえ重たすぎる何かを背負っている彼女に、乗せてはいけないだろう。

 

「……うん、話すよ。全部はちょっとあれだけど。うへへ」

 

 それでも、勇気は出なかった。自分と向かい合う勇気が。

 

「私がまだ1年だった時に、先輩がいたんだ。最後のアビドス生徒会の生徒会長でね」

「うん」

「私みたいな、冷たくて口が悪くて、怒ってばかりの駄目な後輩をね、優しく笑って許してくれて」

「……うん」

「凄く無鉄砲で、しかも抜けていて、それでね、えっと……えっと……」

 

 何を言えばいいんだろう。

 何を語ればいいんだろう。

 分からない。分からない。分からない。でも、でも1つだけ分かる。

 思い出せば思い出すほど、楽しかったあの日々と、()()()()の困り顔とか笑顔とか思い出すほど。会いたいって気持ちが膨らんで、苦しくて。

 

 ぽんと、手が頭に置かれる。優しく、撫でる。

 

「ユメせんぱ……っ!」

 

 あの人の緑の髪とは似ても似つかない真っ赤な髪と、少しだけ似てる優しい微笑み。

 

「ありがとね。それだけで十分だよ」

「リーリァ……ちゃん……」

 

 手を、払い除ける。ユメ先輩に同じことをされていたら、きっと同じことをしていたのだろう。

 やめてください、私は子供じゃありません。って。

 

「……そっか」

 

 ホシノの姿が、いつよりも一段と幼く見えた。それこそアルちゃん……養育院にいるヴィレムの"娘"のような、実は自分よりも年上の相手とは思えないくらい。

 正規勇者(リーガル・ブレイブ)というのは、最強の人類である。古今東西に伝わる様々な技を習得し、勇者にしか覚えられないという秘術さえも幾つも習得し、そして真に守りたい親しい人に限って、1人とて守れなかったただの人。

 やれ故郷が滅ぼされただの、世界が滅びそうだのといったおよそ物語に出てきそうな規模の大きな話ではなく。等身大の人間として、喪失を知っている。

 今のホシノの姿は、そんな自分の姿に似ている気がした。だから、手を伸ばしてしまったのだろう。

 

「駄目、だよね。今度は私が先輩として、できることをしないといけないのに。こんな情けない姿、見せられない」

「私はそれでもいいと思うけれど。でも、それでも難しいなら、私にだけ見せてよ。先生の前でくらい、子供でいたって誰も怒らないよ」

「……」

 

 そしたら、リーリァちゃんが背負うだけじゃないか。そう言っても、きっとそれを否定しない。そして、受け入れてしまう。

 

「気持ちは受け取っておくね。ありがとう、リーリァちゃん」

「気持ち以外も受け取ってくれていいんだぞ〜?」

「……じゃあ、一緒に寝てもいいかな?」

 

 気恥ずかしい、お願いではある。でも、この人は……なんか悪いこと考えてそうだし、ちょっと汚いんじゃないかと思うような手口も使うけど。それでも、間違いなく信頼できる人だ。

 

「ふーん?人の上で寝ておいて今更なこと言うね」

「あ、あれは……うへへ……」

 

 何だかんだ夜通し起きていたのもあって、冗談のつもりでしていたのに寝てしまっていたというだけのことであるが。寝れてしまえるくらいには、もう十分信頼はしていたとも言えるかもしれない。

 

「……さて、ちょっと便利屋について調べてみるから少し休んでて」

「そうだね、少し休んでるよ」

 

 リーリァが布団から降りシッテムの箱を取り出す。彼女達の話を聞く限り全くの無名とは思えないので、調べれば何かしら情報が出てくるだろうと踏んでいる。

 ……ちらりとホシノの様子を見ると、ぐったりと横たわっている。起きてはいるみたいだが。

 とりあえず、これくらいの情報ならアロナに頼らなくても出てくるだろうと普通の端末で調べてみる。動かずに調べ物が出来てしまうのは、便利だなあと改めて思う。例えば図書館に行ったり、話を聞いて回ったりする必要はないし。

 

「……やっぱりゲヘナだよね」

 

 とりあえず、違う学校の制服を来て所属を偽っている、ということはなさそうだ。いやまあ、そんなことやって違う学校の地区で好き勝手やっていたら外交問題真っしぐらな気もするけれど。

 ゲヘナというなら、チナツに聞いてみるのもいいかもしれないと思い、やっぱやめる。以前モモトークで連絡取ってみた時、よほど忙しかったのか返信がかなり遅かった。

 更に調べてみると、ゲヘナでは指名手配されているとのこと。そこまでのことをするようには見えなかったが……ハルカは怪しかった。なんかしたのかもしれない。

 ゲヘナ外で仕事をしているのはいつものこと、むしろ締め出されているようなので、アビドスに来たのも特に変なことではなさそう。

 しかし、大方予想していた通り広く仕事をやっているようなので、背後の人物を探るのは難しそうだ。

 

「………うん?」

 

 連絡先を見つけてしまった。どうやら電話で仕事の依頼を受けているようなので、見つけるのはそこまで苦労しなかった。

 特に仲介人とかもいなさそうだし、コンタクトを取るのはそんなに難しくはなさそうだ。

 

「なんか分かった〜?」

「大したことは出てこなさそうだね。アヤネに期待するかあ」

 

 カタカタヘルメット団が使用していた違法な装備の出どころ。便利屋を探るよりかは、こちらの方がまだ解決に近づくかもしれない。

 それと、もう一つ。解決しておきたい疑問があったが、こちらに関しては聞いていいものか悩む。しかし避けては通れない道とも思う。

 

「じゃ、今日のところは……」

「その前に一ついい?」

「うへ?」

「さっきさ、ホシノちゃんの先輩が生徒会長だった、って言ってたよね?」

 

 ホシノの顔が、鳩が豆鉄砲を喰らったかのような素っ頓狂な顔になる。このタイミングでぶり返されるとは思わなかっただろう。

 

「まあ、そう……だけど?」

「アビドス生徒会が、どうやって借金を返済してたのかって聞いたことない?」

「昔の、ってこと?う〜ん……」

 

 困惑半分の顔のまま、少し考えた。

 

「……おじさんもね、一応生徒会には入ってたんだけど。昔の生徒会の人達はユメ先輩に押し付けて、しかも引き継ぎもちゃんとしてなかったから資料とかあんま残ってないんだよね」

「なるほど、ね」

 

 それはまたなんというか、酷い話だなと思う。それでも生徒会長をしていたということは、責任感が強かったか、アビドスへの思い入れが強かったかのどちらかなんだろう。そんな先輩を見てきたからこそ、今のホシノがいる。そういうことなんだろう。

 

「ごめんね、また聞いちゃって」

「……でも、確かに気にしたことなかったなあ。流石は先生って所かな?」

「いや、"部員"に相談してみたらそんな話になって」

「……!よその人に相談したんだ」

「悪い子じゃないから安心して。それに今更隠すことでもないでしょ?」

「まあ、それはそうだけど」

 

 少しだけむっとした顔になる。大なり小なり、アビドスの問題は自分たちで解決したいという気持ちはあったのだろう。

 そんな時、端末から通知音が鳴る。なんだろうと覗いてみたら、ちょうど"部員"からのメッセージが届いていた。

 

『今、忙しいですか?』

『大丈夫だよ』

『まだアビドスに出張してますよね』

『うん』

『1つ、見てもらいたいデータがあるのですが』

 

 すぐに、データが送られてきた。何だと確認してみると、地図だった。いや、単なる地図ではない。これは……

 

『ご存知でしたか?』

『知らなかった。ありがとう』

『いえ、大したことでありません。無理しないでくださいね、先生』

『ちゃんと食べてるからへーき』

 

 それでメッセージは終わった。しかし、ユウカにここまで心配されてるのはあの日のことが原因だと思う。……だからといって、心配されすぎな気もする。そんなに頼りないだろうか。

 

「なんだったの?」

 

 端末を覗き込むように、ぐいっとホシノが顔を近づける。

 

「うーん、これは会議の時に見せた方がいいかも」

「そんな大事な情報なの?」

「まあ、凄く大事」

 

 うむむむ、と少し唸ってからばったりとベッドに寝転がった。

 

「じゃあ今日はもう寝ちゃお?」

「……まあ、そうだね」

 

 これといった趣味が無い者同士、特にすることも思い浮かばず。電気を暗くして、並んでベッドに寝転がる。

 ホシノが、リーリァの手を握った。

 

「駄目?」

「子供みたいだね」

「おじさんはおじさんだよ〜」

 

 ホシノは先程覗いたメッセージの内容を思い出していた。誰かは知らないけれど、その人からも『無理しないでくださいね』と送られていた。

 なんというか、リーリァという人物は。心配しなくていいくらい強い筈なのに、心配したくなる気持ちは分かる。

 

「……おやすみ」

「おやすみ〜」

 

 その日は、自然と眠りに付いた。いつも、1人ではまともに寝れないのに。

 

 そして翌日。

 

「へ?」

 

 目を開いたのに、目の前が暗い。ついでに柔らかい感覚。

 ……リーリァが、まるで抱き枕に抱きつくようにホシノに抱き着いていた。

 

「うへ〜!」

 

 大変おかしな状況に、これまた変な声を上げることしかできなかった。

 

 

ーーーーー

 

 

「いやあ、あんな熱い抱擁をしてくれるなんてねえ」

「……」

 

 早朝、少々、いやかなり気まずい感じになりながら登校していた。ホシノは意外と気にしてなさそうだけど……

 

「リーリァちゃん、おじさんの抱き心地はどうだった?」

「………!」

 

 まさか、まさか起きたらホシノを抱きしめてるとは思わなかった。確かに肌は柔らかったし、ちょうど抱き枕って感じの程よい小ささだし。だとしてもないだろう、それは。

 

「おじさんなんかで気持ちよくなってくれるなら、喜んじゃうなー」

「な、何の話をしてるんですか!?」

「……あ、アヤネ。おはよ」

 

 明らかに聞いたら勘違いするであろうふざけた言い回しを聞いたアヤネが、真っ赤になりながらも声をかけてきていた。

 助かったかもしれない。今2人きりなのは、ちょっと。

 

「お、おはようございます……じゃなくて、本当に変なことしてないですよね!?」

「してないよ。…………ね?」

「う、うへ〜……うん、冗談だよ」

 

 ギロリと睨む。絶対ホシノは話をややこしくするので、先に釘は刺しておく。

 

「それで、アヤネも随分早いね。なんかあったっけ?」

「実は、今日は利息を返済する日でして……ですよね、ホシノ先輩」

「あれ?言ってなかったっけ?うん、今日返済日なんだよね」

 

 ……うん?返済日だとして、それが早朝から準備をする理由になるのだろうか。キヴォトスには便利なATMやクレジットカードといった手段がある。私たちのいた世界?ならまあ、準備の必要も分からなくはないんだけど。

 と、1人首を傾げてると第三者の声が。

 

「あっ、先生じゃん!おっはよー!」

 

 それは、アビドスの誰かの声ではなかった。

 

「な、ななっ!」

「へえ……」

 

 驚くアヤネと、少々好戦的な笑みを浮かべてるホシノを尻目にその人物を見る。ゲヘナの制服に小柄な体型。白い髪に、悪戯ばかり考えてそうな笑顔。

 

「おはよ、ムツキ」

「どもどもー!こんなところで会うなんて、偶然だね!」

 

 昨日戦ったばかりの相手しかいないはずだが、そんなことは気にせずといった様子。いや、実際気にしてないだろう。

 

「おっと、アビドスのメガネっ娘ちゃんに、ピンクちゃんもいるね?おっはよ、昨日のラーメン屋ぶりだね?」

「ぴ、ピンクちゃん!?」

 

 そんな呼び方一度もされたことないのだろう、若干ショックを受けているように見える。

 

「その後にも会いましたよね!どういうことですか、いきなり馴れ馴れしく……」

「どーどー、落ち着いてアヤネ。今はオフなんでしょ?」

「お?先生は流石だね。分かっちゃう?」

「いや、幾らオフでも"ピンクちゃん"はないと思うけどね〜?」

「う〜ん、じゃあアホ毛ちゃんとか?」

「!?」

 

 物怖じは全くせずに、ホシノへと新しいあだ名を次々と付けていく。

 

「へえ……?おじさん、久々に運動したくなってきたかも」

「おじさん?全然おじさんなんて歳じゃないでしょ?面白いこと言うね!」

「……!」

 

 ムツキは煽っているつもりはないーーいや多少は煽っているかもしれないが、冗談くらいのつもりだろうーーのだが、ホシノからしたら、学校を襲おうとしている敵である彼女にこんなこと言われたら、まあ思うこともあるのだろう。

 

「折角仲良くできる相手なんだし、喧嘩しない。ね?」

「う、うぐ……」

 

 実際、友人として気の合う相手なのはラーメン屋での話し込みっぷりからもそうなのだろう。完全に孤立しているアビドスにとって、悪い相手ではないのだ。

 ……でも、敵でもあるという事実は消えない。

 

「まあ、出来ればそっちも手を引いてもらえると助かるんだけどね?……と言っても引かないよね〜」

「こっちも仕事だからね。しかもアルちゃんのモチベ高くてさ、適当にやると怒られちゃつから。でも、今回の件が落ち着いたらうちの便利屋に遊びにおいでよ。アルちゃんもみんなも、きっと喜ぶからさ」

 

 便利屋に遊びに行くというのも変な話ではあるが……まあ、それくらい雰囲気としては軽いのだろう。その上でこれだけ公私を分けているのなら、プロと呼ばざるを得ないだろう。

 ところで、昨日調べた時に出た情報として、陸八魔アルは2年という情報があった。"アルちゃん"という軽い呼び方をするのは、社長以前に同学年の友人だからだろうか。

 

「それじゃ、バイバーイ。アヤネちゃんにホシノちゃんもまた今度ね〜」

「また今度なんてありません!次会ったら撃ちます!」

「うへ〜……おじさん、若い子にはついていけないや」

 

 "馴れ馴れしい敵"に怒るアヤネと、"通り過ぎた嵐"に辟易としているホシノ。前者はともかく後者は珍しいものを見れたなと思っておこう……

 

 そして。

 

「……お待たせしました。変動金利等諸々適用し、利息は788万3250円ですね。全て現金でお支払いいただきました、以上となります。カイザーローンとお取引いただき、毎度ありがとうございます。来月もよろしくお願いします」

 

 銀行員の男ーーどう見ても機械なのだが、これも人と呼んでいいのだろうか?ーーが、現金を載せたトラックに乗り、アビドスの正門前から出ていった。

 ……なるほどなあ、と思う。理由以外の所が、次々と埋められていく。

 

「はあ、今月も乗り切ったねー」

「……完済まであとどれくらい?」

「309年返済なので……今までの分を入れると……」

「言わなくていいわよ、正確な数字で言われると更にストレス溜まりそう……どうせ死ぬまで完済できないんだし!計算しても無駄でしょ!!」

 

 雰囲気は最悪だった。普段どれだけ気丈に振る舞っていても、返済が現実でない額を前に笑顔でいられる人などそういないだろう。

 少々重い足取りで、全員が部室に戻る。それから会議が行われる。……もちろん定例会議ではなく。

 

「それでは全員集まったようですので、2つの事案について話したいと思いますが……先生、調べは付きましたか?」

「うん、便利屋のことだね?」

 

 便利屋68。社長の陸八魔アル、室長の浅黄ムツキ、課長の鬼方カヨコ、平社員の伊草ハルカの4人で構成されている非認可の"部活"。いや、会社という体は取っているのだが、学生がやっているからなのか、キヴォトス特有のルールなのか部活である。

 とりあえず、調べた限りの情報は全員に共有する。特に隠さないといけないような情報はないが、大きな収穫もない。

 

「……まあ、そんな感じ」

「次こそはとっ捕まえてやるんだから!」

「んー、でも、悪い人たちじゃなさそうではなさそうでしたけど」

 

 ノノミの意見は正しいだろう。仕事人であることと、悪人であることはイコールではない。

 問題は、どうして便利屋という仕事を選んだのか、という点ではある。案外"カッコいいから"なのでは?と、アルを見ていると思ってしまう。まさかそんなことないとは思うけど。

 

「続きまして、セリカちゃんを襲ったヘルメット団の装備についてです」

「お、掴めた感じ?」

「それなんですが……」

 

 曰く、もう生産されていない型番のものが使われていたとか。なので調べるのに少しかかってしまったようだ。

 そして、そういったものを入手できるのは"ブラックマーケット"らしい。仕事をしている中で、そんな場所があるという話は聞いたけれど、まさかこんな形で関わるとは。

 中退、休学、退学。様々な理由で学校をやめた生徒達が集団を形成し、連邦生徒会の許可を得ていない部活も沢山活動しているとか。もちろん、そういう場にも大人はいるし、そういう場の大人というのはだいたい、なんというか、そういうものである。

 

「……じゃあ、悪徳金融様が繋がりを持っていてもおかしくないってことだね」

「どういうことですか?」

「これを見てほしいんだけど」

 

 それは、昨日ユウカから貰ったデータである。一見アビドスの地図に見えるそれには、重要な情報が載っている。

 

「待ってください、これは……!?」

「うへ、これは……とんでもない情報だね……」

 

 そこには、大まかに2つの情報がある。アビドス自治区において、アビドスが所有している土地と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()について、である。

 そして、その地図上にあるアビドスが所有している土地は、本当にここの周辺のごく僅かなエリアだけ。殆どが、カイザーのものになっている。

 

「アビドス生徒会は土地を売ることで借金の一部にしようとした。けれど、砂漠に飲み込まれていく土地なんて大した価値は付かなかったんだろうね。想定よりも低い額で売り、土地は減り借金も増えるばかり。そんで、安いと分かってても売らなきゃ増え続ける借金をどうしようもできないからと更に売って……ご覧の有り様、ってことかな」

「な、何よそれ!そんなの……!」

 

 詰んでいる、と言えばいいのだろうか。実際、今はそんなことをしてないが、借金も返せているわけではない。

 この事実に、物凄い"悪意"を感じる。

 

「……そういえば、ホシノ先輩ってアビドス生徒会に所属されてましたよね」

 

 ふと、ノノミが思い出したように呟いた。

 ……ノノミも、それ自体は知っていたのかと正直驚きである。ホシノが1年の時となると、まだ高校に入っていないはずだけれど。いや、今の生徒会が対策委員会なら、アビドス生徒会という名義の生徒会はノノミが入学したあともしばらくは残っていただろうし、知っていてもおかしくはないのか。

 

「ホシノ先輩は知ってたの?」

「いや、全然だよ。まともに引き継ぎもしてくれなかったし、そもそもおじさんの代だと、ポンコツな生徒会長と、いや〜な後輩の2人きりだったしねえ」

 

 昨日とは違う、単なる思い出話をするかのようにホシノは言う。……きっと、ポンコツというのは間違いではなかったとしても、そこは本心ではないのだろう。

 

「何それ?」

「肩書きだけのおバカさん2人だけの生徒会だったからね。まともに機能してる訳ないよ」

 

 自嘲気味に、でも何処か懐かしそうに、楽しかった思い出に浸るように言う。

 昨日も今も、昔の自分のことを下げるような言い方をしている。それがどうしても引っかかる。それは、なんというか。まるでユメという人物がいなくなったことを、自分のせいにしているような。楽しかった時間を壊したのは、自分だと言い聞かせているような。

 

「ホシノちゃん」

「どしたの?リーリァちゃん」

「……まあ、昔話は置いておいてさ。この件でホシノを責める人は、ここにいないよ」

 

 もっと、言いたいことはあったけれど。それはまた2人きりの時でいいだろう。

 

「まあ、ホシノ先輩が売ったって訳でもないし」

「むしろ、ホシノ先輩は今日まで頑張ってきてくれた」

「そうですよ。私も余計なこと、聞いちゃいましたかね」

「あまり自分を卑下しないでください、ホシノ先輩」

「う、うへへ……」

 

 みんなからのド直球な好意と信頼に、顔を赤くしながら変な笑いを浮かべた。そして……目を、逸した。

 こほんと1つ、わざとらしく咳払いをする。

 

「……で、話を戻すけど。返せない額の借金、奪われた土地と建物。そして、ヘルメット団や便利屋を雇える資金力を持つ組織。今回の件、全てカイザーの仕業なんじゃないかなって思うんだ」

「土地を狙っている、ってことですか?でも、それだと……」

「そう、この話には2つ問題点があってね」

 

 1つ、何故この土地を欲しがっているのか、という点。ここがあまりにも不可解すぎる。まさかハイイロみたいな僻地でしか取れない資源があるということでもあるまい。仮にあったなら、そもそも売って借金返済の一部したのではないか?とまで思うくらいだ。

 2つ、この予想、あくまで予想でしかないという点である。いっそ不自然なくらい自然に繋がるし、間違いではないと思うのだが……証拠が1つもない。

 

「ってことなんだけど」

「……ハイイロ?」

「あっ、ごめん。それは一旦忘れてもらっていい?」

 

 ついハイイロを例えに出してしまったが、ほぼ確実にキヴォトスには存在しないものであるし、ハイイロが何かという点も全く重要でもない。

 

「だから、まずはブラックマーケットに行って調査してみるというのが私の提案なんだけど」

「うん、おじさんは賛成だね」

「そうですね。仮にカイザーが関わっていてもそうでなくても、考えているだけでは解決できませんし」

「襲撃の準備、する?」

「それはいらないでしょ!」

 

 話はまとまり、がやがやと話しながらも全員仕度をする。そして、部室にはリーリァとホシノだけが残された。

 

「ホシノちゃん」

「……」

「なんていうかさ。私はいつでも、ホシノちゃんの相談は聞くからね」

 

 

ーーーーー

 

 

 部室からリーリァが出ていく。その背中を見ながら、思う。

 

ーー私がしたことを知っても、同じ言葉をかけてくれるだろうか。

 

 だから、言わない。昔から、何も変わってない。今も昔も、甘えてばかりの大馬鹿者だ。

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