北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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灰色の記憶(7)

 初めてトラック泊地に来てから二年が経った。それまでに俺も瑞鶴も、青葉も他の艦娘達も成長と呼べる経験をたくさん積んでいた。水上も青年というより大人の風格を帯びたような気がした。俺は防人になった時の姿から変わらない宿命を背負っているから見かけの年と実際の年齢が釣り合っていないのだが。そのため、何も知らない者は彼が俺に追いついたようなイメージを周りは持っていた。でも、最初から差なんてものはない。

 

「来週は瑞鶴の晴れ舞台だっけか。」

「そうそう!!」

 

 俺が来てからの一年で瑞鶴は恐るべき戦果を上げていた。実戦での沈めた深海棲艦の数はもちろん言うまでもないのだが、俺が呉にいたときにできた大規模演習でも、彼女はどうやら爪痕を残していたようだった。新聞を持って見せにきたことが一度だけあったが、そこには確かに瑞鶴の笑顔が載せられていた。今年も同じように頑張るのだと意気込んでいて、俺も応援ぐらい行ければよかったのだが、生憎その期間に俺は陸軍主体の作戦に参加することが決まっていた。すでに伝えてあるから問題はないが、それでもがっかりした様子を見たときは申し訳なかった。

 

「椃木さんも頑張ってね。」

 

 俺自身も泊地に住む大抵の艦娘から名前と顔を覚えられるほどにはなっていた。普通の人間と違って身体能力が高いため、時々肉体的な手伝いなどもしていたし、遊びにも付き合っていたから幅広い艦種で面識が通っていた。それら一つ一つの出来事は孤独の中で追い詰められたあの時とは違って、本当に充実した日々だった。

 その年のある日、瑞鶴達が呉へ発つ前日に俺は執務室に呼びつけられていた。彼女も俺もイベントが近くて浮き足立っていた時期だった。

 

「少し大事な話をしようと思ってね。」

 

 神妙な顔つきの水上と秘書艦の赤城が俺を出迎えた。何が始まるのかわからなかったが、とりあえずソファに腰掛ける。まず頭に浮かんだのは近況の深海棲艦の情勢についてだ。だから探りを入れてみることにした。

 

「何か、敵の動きに大きなものが?」

「そういうわけじゃない。今回は戦闘は関係無いんだ。」

 

 それではなんなのか。俺はその答えを早く知りたかった。

 

「じゃあ——」

「まぁまぁ、そんなに急がないでくれないかな。」

「すいません。」

 

 軽くなだめられて俺は浮かせた腰をまた元に戻す。横にいた赤城が俺の落ち着きのない様子に苦笑いしている。この頃は練度の開放をするためにケッコンカッコカリというものが行われていて、彼女はこのトラック泊地でそれを最初に経験した艦娘だった。俺は正直何か誤解を招きそうな表現で苦手だったのだがそこに水上が突っ込むこともなかった。強いて彼が文句を言うべきところがあるとするならば、その際に使う指輪で一悶着があったことだろう。

 しかしそんなことは今はどうでも良かった。俺には関係のない話だ。

 

「率直に言って君は瑞鶴とは相当仲を深めていると僕は考えているんだ。」

 

 彼が言い出したのは俺の想定していなかったものだった。

 

「そんな大層な関係じゃないです。」

「本当に?」

 

 素直にはい、とうなずく事ができればよかったのだが、俺も俺でいろいろ彼女には喋ってしまっている以上、一定の親密関係を築いているという指摘を否定することができなかった。けれど水上の思っているほどの関係ではないと俺は断定していた。

 

「多少は他の子よりは深いかもしれませんけどね。」

 

 苦し紛れに逃げるような表現を使ってうまく俺はごまかす。

 

「でも、瑞鶴が夜這いをしたなんて噂も——」

「その件は口にしないって言いましたよね。」

「……そうだったね。ごめん。」

 

 思い出したくもない。俺が恐らく一番赤っ恥をかかされた出来事だった。誤解に誤解を重ねた結果取り返しがつかなくなりかけた事件だ。絶対に口を割らないと決めている。水上はある程度わかってくれているから別にいい。問題は横にいる赤城だ。まず、目の奥があまり笑っていない。今まで口を開かなかった彼女は不意に喋りだす。

 

「でも瑞鶴さんを問いただしたら、『一緒にベッドで寝た』とかなんとか……。」

 

 案の定、赤城は情報を握っていた。水上が「へぇ……」とさぞ興味深そうな顔をして俺の顔をなじるように見てくる。俺の背筋には形容し難い冷や汗が流れていた。墓まで持っていくレベルのことを暴露された現状を恨むとともに、どこからともなく始まるであろう尋問に備えなければならなかった。

 

「まぁ、それは追々きっちり聞くとして……。」

 

 その水上の言葉によって俺はまだ命がつながっていた。赤城もその気でいるのか深くは掘ってこなかった。心の中は荒れ模様だが、今はほっと息をつく。

 

「もう結論から話そう、椃木君に提督になってもらおうと思っているんだ。君はずっとこの泊地を支えて来てくれたし、何より真摯だからね。」

 

 突如として撃ち込まれた言葉に、俺はまだ受け入れる準備をできていなかった。何を言われたのかがわからず脳の思考が停止するというのを初めて経験した瞬間だった。

 

「今回呉に行くときに直に話そうと僕は思ってる。上司である、鶴峰大将にね。」

 

 この二年間、俺は鶴峰に一度も連絡をしていなかった。正確には一時期連絡船が出れない状況になったり、敵の攻撃で途中で沈んだりで大変なことがあったからなのだが、流石に時間が経ちすぎていた。

 

「最初の秘書艦って……。」

「もちろんつけるつもりさ。」

 

 俺も水上からある程度のことは教えてもらっているし自分である程度調べている。鶴峰からは見て学び、彼からは聞いて学んだ。なら後は実践で学ぶのみだと言いたいのだろう。そう考えて俺は俺自身が納得のいくようにしていた。

 

「規則上、駆逐艦が最初の艦娘になるけどね。」

「分かっています。」

 

 全て頭に入っている。でも、本音で言えば——

 

「その顔、やっぱり瑞鶴が気になるのかな?」

「…………」

 

 身勝手な事を考えているのは理解している。提督になるのであれば、そういう考え方はやめた方がいいと言われればそれも辞さないつもりだった。

 でも、その覚悟を決め切るにはまだ時期が早すぎる。

 

「他の泊地に貸すことはできるんだけど、譲ることはできないから僕も困ってるんだよ。」

 

 水上は一応気遣ってくれてはいるようで、もしかしたら特例で出来ることもあるかもしれないし最善のことはしてみるよとは言ってくれた。

 しかし、ある考えもあった。瑞鶴が俺が提督になったからといってついてくるとは限らないというものだ。それが不安でもあり、同時に俺の身勝手さを抑える役割を果たしていた。あくまでも瑞鶴は水上の泊地で生まれ生活してきたのであり、俺と最初からいたわけではない。

 話が終わって、俺は一度頭の中や気持ちの整理をするために外へ出た。夏の暑い時期に来たあの日の日差しは今も変わることはない。一人取り残されている影はきっとこの先、限られた人間にしか認識されないままなのだろう。俺に憑いて離れない過去の負の遺産は一方向の光では弱まりはしない。

 

「貴方、そこで何をしているの。熱中症になるわよ。」

 

 俺がただ陽光を浴びていると、背後から声が聞こえてきた。振り返るとそこにいたのは加賀だった。日陰のベンチに座って団扇を仰いでいる彼女のことを、未だ俺は詳しくは知らない。

 

「いいんだ。たまには日光を浴びないと元気がなくなる。」

「浴びすぎても体に悪いというけれど……。」

 

 そう返す彼女の横に俺は座ることにした。

 

「なら、日陰に。」

「隣に座れとは一言も発していないのだけれど。」

 

 明らかに嫌そうにする加賀に対して、俺はこの機会をやや好意的に捉えていた。瑞鶴から散々愚痴を聞かされた彼女について知ってみたかったからだ。加賀を語る瑞鶴の表情は時々いじけていることもあったが、それでもどこか嬉しそうにしていた。

 

「今日は非番か?」

「えぇ。」

 

 加賀は対話はしてくれるようだった。ベンチが比較的長いおかげで間にスペースは確保できており、誤解も生まない適度な距離感で話すことが可能なのは俺にとって嬉しい誤算だった。

 

「……赤城とは仲がいいのか? 時々話しをするんだが、会話の中に出てくるから。」

 

 水上と接する回数が多くなると、自然と彼女との接点も増える。それにこれなら話を広げられる。

 

「同じ一航戦ですから。それに……いや、なんでもありません。」

 

 言葉を濁す加賀には何か裏がありそうだった。一瞬目の表面に映った感情は俺と似ていた。続けて俺は質問する。

 

「あんまり見ることはないが、瑞鶴たちとの訓練みたいなものはどんな感じでやるんだ? この機会だから聞いてみようと思ってな。」

「今は基本模擬戦ね。あの子も成長しましたから。」

「そうか……。」

 

 瑞鶴の心境に変化が見られたのは俺の過去を伝えたあの日からのようだった。それまではさぼりが時々あって加賀にしぼられていたらしいのだが、途端にピタリと止んだらしい。集中することが増えて身を粉にして鍛錬に勤しんだと聞いて、当時は感心したものだ。しかし勤勉な者が好きだった俺も、今じゃこの長閑な島の雰囲気に呑まれてしまっているのかもしれない。何かを成し遂げるといってどれくらいの月日が経ったと思っている。

 

「強いのか、瑞鶴は。」

 

 その問いかけに対し、加賀は詳細に答えてくれた。

 

「制空権を取ることにだけなら、どの鎮守府や泊地の空母よりも上手。代わりに攻撃機の扱い方はそこまで得意じゃないけれどね。まぁ、変わった戦い方をしているからあまりデメリットには感じてないように私は感じるわ。」

「その、変わった戦い方っていうのは?」

「体の中枢といえばいいのかしら。艤装に宿る浮力を無くすのではなくて本体に対する攻撃に主軸を置いているのよ。本来装甲があるから簡単には生体まで貫通しないはずなのだけど、あの子は戦闘機で脳幹の辺りをいつも撃ち抜いているわ。そうやって殺された深海棲艦は例外なくそのまま沈んでいるの。もちろん、演習では危険だからやらせてないわ。」

 

 イマイチぴんとこない。それが顔に出ていたのか、加賀がため息をついて説明してくれた。

 

「……船でいう、司令部を吹き飛ばしているのと同じことよ。あっちはその後でも一応浮力を持ってはいるのだけれど。少なくとも今の私たちは艤装が意識に関係なく動くわけではないから、本体が死ねば勝手に沈む——。私はそう解釈しているわ。」

 

 それで俺はなんとなく理解することができたと同時に、瑞鶴の殺意の高い行動に驚かされた。

 

「結構大胆なことをするんだな。」

「どこで身につけたかは知らないわ。」

 

 陸軍の戦い方にある意味では似ていると俺は感じた。深征弾も深海棲艦に対して有効な攻撃手段だったが、あれも根本の原理はそこにあるのかもしれない。奴らも砲弾や爆弾、魚雷に対しては恐らく本能的に防御するようになっているのだろう。だが、銃弾はどうだ。ただの弾丸では弾かれるが、貫通する能力を持ったものならしっかりと攻撃が成功していた。同じことを瑞鶴もしているのではないのだろうか。

 どこか共通点を見出せた俺は少し嬉しかった。そんな中、次は加賀が逆に問いかけてくる。その目には懐疑心に満ちていた。

 

「そういえば……貴方。三、四年前に……横須賀に……いたわよね。」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の体は凍りついた。なぜ知っている。瑞鶴は一度も漏らしていないと言っていた。それに嘘偽りはないことは俺自身が一番わかっている。

 

「…………」

 

 声が続かない。口を開いては閉じるのを繰り返す。蝉の鳴き声が大きく周囲に響き渡るようになる。

 

「何で……という顔ね。」

 

 冷静なのか、加賀はかなり静かな喋りだった。対する俺は突然崖から突き落とされた気分で取り乱しっぱなしだ。夏の空気の暑さが感じられなくなるほどに俺の背筋には冷たいものが流れていた。長い沈黙の後に深く息を吐いて、彼女は話してくる。

 

「ここに来る前は、私も横須賀にいたのよ。でも、そこにいた提督から嫌われて飛ばされたのだけれど。」

「そうなのか……。」

 

 これは俺も言うべきなのか。しかし直感は言っている。今、目の前にいる相手はお前と同じ存在だと。孤独を経験し、このトラック泊地で“人間(かんむす)”の温かみに触れた一人として話してくれているんじゃないか。その一抹の思いが心の葛藤を作り出していた。

 それでも俺は話し出すことはできなかった。艦娘では瑞鶴だけに共有した情報だ。俺は誰にもその領域には踏み込まれたくはなかった。心の奥底にあった人間くさい感情はもう体の隅から隅まで十分行き渡っていた。

 

「あの時は大変だったわね。色々と……。」

 

 どう答えていいのかわからなかった。横にいる彼女は平生こそ装ってはいるが、その表情はどこかぎこちない。

 

「加賀は……どれぐらい戦場にいるんだ。」

 

 俺は心の整理がついていないながらも、興味本位から加賀に試しに聴いてみることにした。

 

「多分、貴方と同じくらいよ。」

「同じ……か。」

 

 つまりあの反抗作戦の時に建造されたということなのだろうか。俺が呉にいた頃はどうしていたかの疑問は少々残るが、それで納得させた。

 

「少し長話が過ぎたみたいね。」

 

 加賀はそう言って不意に立ち上がる。まだ話は佳境にも入っていないだろうと俺は思ったが、ふと顔を前に向けた時に映った人影で意図を理解する。

 

「お互い死なないように頑張りましょう?」

「ああ。」

 

 軽く言葉を交わして俺と加賀は別れた。そこに生まれた繋がりのようなものを俺はまだ何か知ることはできなかった。少なくともこの瞬間にやるべきことは、目の前にいる瑞鶴と青葉との最後の買い物に付き合うことだったからだ。手を振っている彼女たちの方へと俺は足を踏み出した。

 

 

 

 

 その三日後、俺は鬱蒼とした森林の中に身を投じていた。

 

「本当にここから補給基地まで行って爆破するのか……?」

 

 眼前にいる大井川と呼ばれていた一人の兵が独り言をぼやく。草が茂るのに、高温多湿の環境はまさに地獄だ。これなら廃墟の空間を歩く方がマシだったと思えるほどに緑が嫌いになっていた。刃物を使って雑に切り開かれた道が、かれこれ半日以上は続いている。

 

「よくそんな根性でやってこれたな。これが三年前とかならお前は死んでただろうに。」

 

 後ろの人間は後ろの人間で経験豊富そうな兵士だった。名前はわからない。どれもここまで人として扱ってはいるが、このどちらも俺と同じ防人である。故に非常に肩身が狭い思いだった。

 俺がショートランドという地域に合流したときの第一印象は最悪だった。別に性格や部隊の見た目に対する印象でも、部隊からの俺の印象でもない。問題なのはその構成人員の経歴にあった。

 まず、部隊長は明石だ。これに関しては言うまでもないのだが、出迎えに形式ばかりでも来たときの気まずさは言葉では形容し難かった。明石も明石で立場上下手なことが言えないのだろう。ぎこちない笑顔で再会は軽い握手だけで終わった。

 そして周りの戦友にあたるのであろう面々に俺は目を向けた。そこには老兵にあたる人間はほぼいなかった。しかし若い見た目をしているのにどこか達観している雰囲気がある。何が違うのかと苦悶したが、集合をかけられてからの全体に対する話で合点が行った。どうやらこの部隊は碧の延長線上にあるものだったようだった。そして、その司令官であるのが明石であるということもわかった。その時点で周囲の皆が防人であり、その誰もが本土南部か南部諸島地域での激しい地上戦を抜けてきた猛者であることが確定したのである。

 

「どれだけ先輩風を吹かせたって無駄ですよ。死というのは全員に平等に振ってくるんですから。」

 

 俺の背後の背後の人間。日向と誰かから呼ばれていた二年前の水上のような青年が会話に割り込んでくる。彼も彼で実のところ何歳なのかは見当がつかない。その時に俺は防人にも短所はあるのだなと感じた。年齢で素性が探れないというのは意外と致命的のようだ。

 

「こちとら前線に上がらせてもらえなかったんでね。」

 

 無駄口を叩くぐらいなら位置を交代しろと思った。だがそれを口に出せるわけではないから黙々と足を動かしていた。実際のところ、明石が上手く俺の身分を偽ってここに居させてもらっているわけだから文句は言えない。そもそも瑞鶴たちについていけばよかったのではという後悔もあったのだが、それでもこの二年間、ただトラック泊地のあの場所で死の恐怖から遠のいていたこの鈍った体で何かできるとも考えにくかったのだ。

 

「あんたは、どの戦いに出たんだい?」

 

 大井川は俺に話を振ってきた。面倒なことをしてくれると思いながら明石から伝えられた素性の一部を開示する。

 

「南西諸島の奪還作戦です。とはいっても投入されたのは遅い時期ですが。」

 

 全く俺はその戦闘の内容を知らない。俺が唯一知り得るのは彼らの参加した戦いが発生するすべての発端となった横須賀奪還作戦だけだからだ。俺の周りは経験豊富でありながら、あの惨状を経験したわけではなかった。

 

「また微妙な時に防人になったんだな。若そうに見えるが、やはり志望したのか?」

 

 今度は背後から質問される。デリケートな話題ではないのかと甚だ疑問を呈したが俺は仕方なしと答えた。変に疑われても困る。

 

「えぇ、まぁ。戦闘で少し傷を負ってしまって。まだ戦いたかったので。」

 

 事実と虚構を入り混じらせた言葉は人を欺くのには最良の道具となる。

 

「殊勝な心がけじゃあないか。見習いたいもんだ。」

 

 申し訳ない気持ちもありながら、しかし同時に嬉しい気持ちでもあった。そんな中、隊列が止まる。先には既に数十人は展開しているはずだから、目的地についたのかという印象を受けた。すでに前日中ずっと歩いていた身としては待ち遠しかった瞬間だった。

 

「島の反対側に着いたのか?」

「多分な。」

 

 この島には深海勢力の前線泊地があった。今回はその破壊が目的なのだが、残念ながらそこまで艦娘が到達することはできない。よって陸軍の戦力のみで対応しなければならなかった。実際、島に上陸する前にも沖合では数々の苛烈な戦闘が繰り広げられたと聞いている。奮戦している彼女たちには俺は頭が上がらなかった。

 

「やっと仕事に取り掛かれるんだな。」

 

 拳の指をポキポキと鳴らして大井川は不敵な笑みを浮かべる。しばらくして隊列はまた進み始めた。道なき道を抜けた先は土で均された粗末な道路だった。土民というものが一定数存在はするようで、細々と生活を続けているのだと伝えられていた。しかしその数も深海棲艦による虐殺が行われて半分以下らしい。この道は彼らが使う生活路みたいなものだ。

 背を伸ばすと先の方で何やら会話しているのが目に見える。現地住人の協力は今回は取らない予定だと言っていたから情報を聞いているのだろう。俺自身の知らない世界が垣間見えた気がした。

 

「そういえばあんた、武器らしい武器を持っていないじゃないか。」

 

 行軍がもう少しあると決まり進んでいた頃、大井川が横に来て俺の身なりを見ると、そういった。俺自身が渡された対深海棲艦兵装はあの黒い弾丸だけだ。

 

「一応この弾薬がありますから。」

 

 そう言って見せると背後から呆れた声で日向が言う。

 

「それは征深弾でしょう。一般兵士が使う型落ち品みたいなものじゃないですか。」

 

 俺は驚くしかなかった。これが型落ち品だと言うならば、今はどのような武器を使うのだと。明石が使っていたような強力なあれは俺が防人になってからも手渡されてはいなかった。

 

「じゃあ今は……?」

「おいおい、本当にそれでも南西諸島に駆り出されたやつなのか。今は近接武器か狙撃特化の二択だぞ。」

 

 全くわからない。俺のその感情が顔に出ていたのか、日向が呆れた顔で物を手渡してくる。

 

「しょうがないから僕のを貸してあげます。三つ持っていますから心配しないでください。これは刀型の攻撃ユニットです。一応、剣術くらいはできますよね?」

「ま……まぁ……。」

 

 随分と前の記憶ではあるが一応にも剣は習っていたし恐らく大丈夫だろう。どんな武器なのか、使い方なのかが見当もつかなくて少々不安だが、これで我慢するしかない。

 

「珍しいやつもいたもんだ。」

 

 小馬鹿にされているような気分ではあったが、甘んじて受け入れる他ない。無知なのは事実であったし、俺の戦い方が古いものなのは前々から予想はしていた。誤算の原因は技術の進歩を舐めていたことだ。

 

「ちなみに狙撃特化型の防人はここに?」

 

 俺の素朴な質問には大井川が答えてくれた。

 

「それは碧の管轄じゃないな。鷹の目の仕事だ。もう先に展開して索敵しているんだと。」

 

 なんだそれはと思ったが、これ以上聞くことを重ねてしまうと俺の面目が丸潰れな気がしたためにやめておいた。

 しばらく空の見える道を歩いていると、第二の野営場所に着いたようだった。先に設置された仮の指揮系統などが見て取れる。ここが作戦本部にあたるのだろう。

 俺らは休憩してからすぐにまた移動となった。夜襲を仕掛けるためだ。夜は暗いからやはり奇襲には最適だった。

 

「今回、補給基地だけじゃなくて主力も同時に攻撃するんだろ。」

「“隻眼”……でしたっけ。随分と有名ですよね。」

 

 大井川と日向の会話を俺は盗み聞きしていた。彼らは一応どこかで接点があったのか、仲は良好のようだった。

 

「“隻眼”は因縁の相手だ。軍のな。」

 

 さっきからやけに話に首を突っ込んでくる熟練兵らしき人間が話し始める。いい加減名前くらい知りたかったが、大井川と日向は別に気にしていない様子だった。

 

「横須賀戦で取り逃し、佐世保戦でも取り逃し。南方でも海陸ともに度々戦闘したが芳しい結果しかなかった。恐らくこの戦域で唯一誰も勝てたことのない奴だろうな。」

「そんな相手とやれるのか。ありがたいな。」

 

 俺はその情報を聞いて、一抹の推測が生じていた。もしや、日比谷を殺したのも奴なのでないかと。

 

「海軍は今も手こずっているらしい。噂ではどんな攻撃もできるって言われているな。」

「そんな化け物が存在していいとは到底思えませんね。」

 

 恐怖心を持っていないのか、それとも冗談半分だと思ってそもそも信じていないのか渇いた笑いがそこには広がっていた。思えば出会った当初から誰も負けることを想定していなかった。それほど今の部隊は優秀であるということなのだろう。置いていかれないように俺は頑張るしかない。

 一時間ほど歩いた後に、俺らはそれぞれの配置へとついた。無造作に振り分けられた待機場所に座り込んで俺は休憩を取る。茂った木々からは海は微かに映っており、それは到底敵に奪われた場所には思えなかった。だが、黒色の存在が目に入るとその思いは消されるのである。

 しばしの自由時間、と言っても仮眠を取るだけなのだが少し気を楽にすることのできる時間が与えられた。入江全体に人員を送るためと、夜が更けるまで待つための時間潰しだ。もちろん俺は前日の未だ取れていない疲労をなくすために持参した目隠しを使って睡眠に使った。何度か見張り番で起こされたが、一度も異変は起こらなかった。異常なほどに自然の音しかない空間はある意味不気味な存在で、俺は好きにはなれなかった。

 頭上の空が暗くなった頃、行動は開始された。事前段階で伝えられたのは俺ら碧が切り込んでそれを別部隊が援護するというものだった。おそらくその援護部隊が鷹の目ということなのだろうが、この際どうでもよかった。

 ほぼ真っ暗に見える空間も、奴らの明かりのおかげで認識することができた。体に刻まれた発光色はやはり目立つ。それが標的の印になるのだから皮肉なものだ。

 

「用意。」

 

 どこからともなくそんな言葉が飛んでくる。分隊は存在しないが伝達員はいる。合図は古風のものだった。

 

「鴨が発つ、川を越せ。」

 

 その合言葉と共に周囲にいた黒い影は動き出した。ガサガサという音が辺りに鳴り響く。全力の走力で抜けた先には獲物が沢山たむろしていた。想定よりも規模が大きく、横須賀で見た時の倍は軽く超えていた。日向から手渡された武具の持ち手に意識を送ると刀身が伸びてきて青い刃が姿を見せる。初めて扱う武器なのに、手によく馴染む。

 まずは一匹、異形の駆逐艦を一刀両断に切り裂いた。本来の鋼ならば弾かれるのだろうが、切れ味は抜群だった。爆発に巻き込まれないように後方に軽く引く。一匹殺したことに満足していると周囲で連鎖する爆発が発生する。周りの者の練度は俺からしてみれば狂っていた。あの時見た明石のような動きでみるみるうちに弱者を食っていく。

 

「一体も取り逃すなよ!!」

 

 明石の横に立っていた潮沢満雄という指揮官が怒鳴っているのが聞こえてくる。彼の周りにもさっきまで海に浮かんでいたのだろう奴らの残骸が浮かんでいた。

 海の水深はやや深い。ある程度俺も敵を駆逐したが、あまり浜辺から奥の方へと動くことはできなかった。しばらくすると奴らも反撃の体制を整えたのか砲撃が飛んでくる。

 

「退避!!」

 

 その掛け声が戦場に響き渡る。統率の取れた集団はすぐに森の中へと逃げ込んだ。俺の背後で爆発が発生する。

 

「さて、ここからは狙撃部隊の独壇場だな。」

 

 ひと段落した頃、横にいた人間が一人呟くと同時に、遠くの海の上にいた重巡らしき艦の頭が吹き飛んだ。

 

「始まったか。」

 

 無数の爆柱が舞い上がる。そのどれもが致命的箇所を撃ち抜かれた深海棲艦の最後の姿だった。

 

「一度引き上げるぞ。」

 

 背後にいた人間に先導されるがままに俺は一瞬で敵の屠られていく戦場を後にした。今の戦い方はこうなのかと、儚さを抱きながら手に握られた刀を俺はただ見つめるだけしかできなかった。腰に備えられた仕事のない黒い弾丸はただ闇に紛れて影を薄くするのみだった。

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