戻ってきてからは基本待機で暇だった。どうやら俺のいた場所よりももっと奥に進んだ、本部の反対側にあたる半島のようなあたりまで行った部隊と連絡が取れないとのことで、明石たちはそちらに気を揉んでいるようであった。
—眠い。
夜襲だったこともあって寝不足気味だった俺は、いつの間にか独り眠りについていた。目を開いたのは空が青々として太陽の照りつけはじめる朝ごろだ。
俺はすぐに日向を探すことにした。腰ポケットに突っ込んだこの借り物を返すためだ。しかし半時間ほど周辺を練り歩いたが、中々見つからない。
「お前、昨日前を歩いていたやつか。」
困惑して、また同時に疲れ果てて、廃墟となった家屋の塀に寄りかかるように座っていると眼前に男が現れた。俺の真後ろで色々言っていた彼の顔に浮かぶ険しい表情は、話していた時のものとは異なり悲壮感を彷彿とさせる。
「えっと……。」
「衣笠だ。そういえば名乗っていなかったな。」
俺が反応する間も無く彼はぶっきらぼうに話しだす。
「確かお前、武具を貰っただろう。もうお前のものでいいそうだ。」
「……へ?」
「日向が譲ると言っていたぞ。」
あまりにも急すぎて理解が追いつかなかった。疲れて座り込んでいた所に突然、俺の知りたかった情報が降りかかってきたわけだから色々と戸惑いを隠せなかったのも当然だった。
「またどうしてそんな大事なことを……」
この時点で俺は気づくべきだった。元来、ここは戦場だ。死というのは当たり前に平等で、唐突にやってくる。
「分からんのか。」
静かな怒りがそこには感じられた。俺はそこで初めて意味を理解した。
「いや、もういい。しっかりと
その言葉に衣笠は表情を和らげ、満足した様子でいなくなった。それが彼との最後の会話であった。
何をすればいいのか分からなくなった俺は、その刀身をもう一度見つめ直すことにした。武器を取り出してその刃を引き出す。戦闘の時に青く輝いて神秘的だったあの色は暗くなっていた。
「戦闘時でもないのに何をやっているんだ。」
ぼんやりと切先の方を眺めていると、誰かがまた話しかけてくる。思い頭を上げるとそこには見慣れた面影を持った顔があった。
「ん?」
俺の顔をじっと見ることもなく目を見開いて宮本は声を上げる。
「隊長!?」
流石に静かな空間だと響くのか、宮本はすぐに音量を下げて喋りかけてきた。
「どうしてここに……?」
「久々に前線に戻りたくなっただけだ。」
嬉々とした様子の彼の顔は火傷の痕が残っていた。
「お前こそどうして」
「火力支援です。あの後、別のところに異動になって。大変でしたよ。それにしてもやっぱり生きていたんですね……。明石から手紙で送られた時には手が震えました。」
「そりゃどうも。」
三年という月日は短いのか長いのかはっきりしない。俺は呉とトラック泊地を経験して変容しているように思っていたが、宮本と話すとまた昔の活気のようなものが戻ってくるような気がした。
「そういえば……防人になったんですよね?」
「あぁ、そうじゃなきゃ今ここにはいないしな。」
我ながらブラックジョークだなと思ったが、宮本の反応を見る限り受けは悪かった。
「……なんか変わりましたね。」
「そうか?」
俺の問いかけに対して彼は深く頷いた。
「どうにも覇気がないというか……。凄みがないというか。」
そこに言い返す気は湧かなかった。俺自身が深海棲艦に対して抱いている殺意が薄まっていたのは確かだからだ。的確な指摘だなと思いつつ一応にも答えることにした。
「確かに昔と比べたら熱はなくなっただろうな。」
その返答に宮本が口を開く。発せられる言葉はもう分かっていた。
「……日比谷の件ですか。」
俺が生きる道は数多の死屍が積もって成り立っている。それを自覚しないほどに俺は無情な人間ではない。だからこそ宮本が何を言わんとしているのかは理解していた。
「無関係じゃないな……。」
だが時に、大切な人間が失われた時の負の感情は上書きされる。実際俺は防人として生き返ることで、トラック泊地で過ごすことで、その過去と決別しかけていた。
そんな中、明石の部下なのであろう人間が宮本の元へとやってくる。
「明石隊長がお呼びです。」
「了解。」
凛々しい顔つきになったなと思いつつ、俺はその背姿を見送った。そこに俺が入る余地はない。宮本は思い出したかのように一通の手紙を寄越してきたのでとりあえず読むことにした。
開いて読んでみて分かったのはまず、俺がお役御免になったことだった。というのもそこにはトラック泊地までの船の切符と帰っていいという旨の紙が入っていたからだ。歯痒い思いは湧かなかった。
ただ、問題なのは戻るために相当歩かないといけないということだった。二日近く歩いていたわけだから面倒な行為なのは明白だ。
「そこ、港に帰るのか?」
しかし運が良いのか腹を括って道を歩き始めてから十数分、俺は運良く少数の車列に遭遇して乗らせてもらえることになった。これで船の中で寝ることは無くなるだろう。助かった。
どうやら輸送部隊のようだった。今から戻ってまた物資を取りに行くのだという。
「今回の攻撃のおかげで海軍もここ周辺の島嶼部が制圧できたようでな。」
リアルタイムで進退を繰り返すサーモン海の制海権はこの陸上攻撃とも連動していた。そもそも敵の空襲がここまで見られなかったのは、あそこに至るまでの間に艦娘たちが獅子奮迅の戦いを見せた結果である。同時に彼女たちが今、動きやすくなっているのはこちらが奇襲作戦を行ったからなのだ。
「このままじわじわと戦線を上げていけば南方海域も解放が可能になるはずなんだそうだ。」
名もなき運転手はそうやって色々と教えてくれた。彼自身はどうやら人の身であるようで、よくここまで最前線で生きながらえているなと俺は感じた。
「君たち防人と艦娘には本当に頭が上がらんよ。命を張って私たちを守ってくれてるわけだからな。」
その言葉は嬉しいようで嬉しくなかった。俺自身はその仕事を全くしていない。命も張っていないし、誰も守れていない。それどころか提督というある意味では安全圏にあたる役職に就こうとしている。防人であるのに後ろで艦娘に対して指示しか出さないなど、言語道断だろう。俺は肩身が狭い思いで砂利道の揺れに身を任せていた。
目的地に着くと、そこには簡素ながらも港らしきものが確かに建設されていた。裾礁のおかげで波は案外穏やかなのか存外大きな船が寄港しており、また艦娘の姿もちらほらと見られた。どうやら休憩場所としての利用をしているらしい。艤装を着けている彼女たちが俺は誇らしく思えた。トラック泊地からは遠い地なので彼女たちがいるわけではないが、それでも元気をもらうことはできた。
「話は聞いているぞ。」
手紙に書いてあった見た目通りの比較的小柄な船舶の近くにいくと、そう言って男が話しかけてきた。中に入れてもらうと、どうやら同じような境遇の軍の人間がちらほらといるようで、寝ていたり景色を見たりしていた。
「明日の朝に出航、後ショートランドに寄港したらラバウルまで行く。」
前線から確実に離れるルートだ。名残惜しさのようなものもありながら、同時にほっとしたような気分もあった。緊張の糸は適度に張る分にはいいが、ずっとはやはり体の毒になる。それを耐え抜ける奴が戦場に残り続けるのだろうかと俺は思った。
半日ほどの暇を貰ったことで俺は一気に退屈になった。だからと言ってあそこに戻るかと言われれば戻る気はない。周囲には無気力の“人間”が複数人いたがそこに話しかける勇気も湧かなかった。
二日目の日もまだ浅い頃、船はラバウルに向かっていた。ショートランドでの停泊がどうやら無くなったらしく、そのまま直接向かうこととなったため、軽く洋上での補給を行った上で進路を北西にとり、かれこれ数時間、朝に起きてからも揺られている。泊地に直接寄らずに少し離れた場所から行う補給は、一応にもトラック泊地に行く時もあったために経験していたが、地に足をつける感覚がしばしなくなるのはやはり慣れなかった。この船の揺れも同様だ。
ここにいる者はどれも後方に回された存在のようで、うなだれているものよりはどちらかと言えば明るい顔をしていた。いくら防人といえども死ぬ事はあるわけだから戦闘を忌避する層が現れてくるのも理解できないわけではない。ただ唯一の疑問としては志望制であったはずの施術がどうしてこうも簡単に広く伝播しているのかだった。消化できない思いが船に当たって砕ける波のように現れては消え、現れては消えを繰り返して波間の中へと放り込まれる。
そうやって考えにふけっていると、突然肩を叩かれた。ここには知り合いはいないはずだから絶対に知らない人間だ。恐る恐る振り返るとやや背の小さい、黒い髪が肩にかかるかかからないぐらいの若い女性がそこに立っていた。
「あの、これ落としていましたよ。」
手に握られている物を見てみると、そこにはお守りがあった。こんなものを持っていた覚えがない。困惑している表情が出ていたのか彼女は少し踏み込んで質問してくる。
「その武器についていたものです。大事……なものですよね?」
取手を思わず確認する。確かにくくりつけられそうな場所が一か所あった。それを見た俺の心にはヒビが入っていた。紐が切れたそれは本来俺に対して効果を発揮するべきものではなかったはずだからだ。守るべき相手は俺ではなく日向なのに。そんな思いが浮かんでくる。俺は形式上の礼を言って受け取り、仕方なしにポケットの中に無造作に突っ込んだ。
「あの……内地とかに戻るんですか?」
船のデッキで風を浴びようとまた海原に目を戻した時、彼女は続けて話しかけてきた。彼女も話し相手が欲しいのだろう。俺は答えることにした。
「いや、ラバウルからは多分……別便だ。」
憶測の域を出ないその航路は、俺の言葉を言いよどませた。実際問題、手紙には具体的なことはあまり書かれていなかった。
「パラオとか?」
「トラックだな。」
そう俺が答えた時、好奇心の眼差しを彼女は俺に向けていた。
「あそこに防人がいるって話は初めて聞きました。」
「本当か?」
防衛上不利なのではないかと俺はその言葉を聞いて感じていた。いくら艦娘を多く保有しているからと言って防衛ができるのかといえばそうではない。
「私が二、三ヶ月前に行った時に聞きましたがいませんね。サンゴ礁が水路を形成してくれているおかげで守る箇所はわかりやすいから防衛はしやすいって言っていたので、てっきり海軍だけで事足らせているのかと思っていました。」
今考えてみれば俺も別に陸軍ではない。少ししくったなと思いつつも上手く取り繕うことにした。
「一応駐在する形は取っているんだと俺は人づてに聞いたんだが、どこかで情報が混同しているのかもしれないな。」
その返しに彼女は納得した様子で頷いていた。
「可能性は大いにありますね。何せどこも遠いですし。」
そうだ、それでいい。俺も満足げに共感するふりをして話題を逸らすために名前を知ることにした。本来は最初に聞くべきなのだろうが、初めての会話が
「そういえば君の名前は? 俺は椃木鷹牙って言うんだが。」
「剣城楓です。ラバウル所属の。」
「それじゃあ、帰るのが楽で良さそうだな。」
俺の軽い言葉に彼女も微笑む。
「そうですね。それに今日は、ちょうど従兄弟が会いにくるらしくて……。待ち遠しいです。」
目を細めて見つめる先には多分彼女の帰る場所があるのだろう。是非とも長々と生きて欲しいものだ。親戚と言うものに恵まれなかった俺には遠い話であった。
彼女の襟の方を盗み見ると碧に臨時に所属する際の徽章である
しばし波と船の音だけが辺りを支配する。どこを見渡しても遠くにある島以外何も見えない大海原は壮大で、こことは違う同じ場所で熾烈な戦闘が繰り広げられているとは思えないほどに平和だった。
「この戦いもいつか終わるんでしょうか。」
そんな自然に感化されたのか、剣城は俺に不意にそう問いかけてきた。
「さあ。」
俺自身の知ることではない。実際、俺が投じられてから未だ終結の目処は経っていない。そもそも、人間と違う相手を敵にしている現状、どちらかが絶滅しなければ終わらない。途方もない数がいるとも言われている奴らを本当にそこまでできるのかは甚だ疑問だった。
それに何よりも、もう俺らが奪取するべき土地は既に手に入れたのだ。これ以上の戦いに意味があるとも思えなかった。
「終わると思って戦ってる人間の数によるんじゃないか。この戦いが終わる光景を俺は頭に浮かべられないが。」
「そうですよね……。」
そう答える剣城の顔には曇りがあった。
「何か悩み事でもあるのか?」
外見を見るに若くして防人になりここまで生きた歴戦の猛者か、まだ経験が浅いかの二択だと俺には感じられた。とはいいつつも後方に回されていることや雰囲気に凄みがないからほぼ答えは一つだ。
「……まぁ。」
それを話すのか話さないのかは彼女の権利であり俺が強制的に選択させることはできない。そう考えていたからこそ、そこから先は何も言わなかった。
しかしそれが意図していない効果を発したのか、剣城は徐に口を開いた。
「防人になったのはいいんですけど、余程の外傷を受けない限りは死なない、寿命がないっていうのをなってから知って……、そうしたら私は殺されるまで戦わないといけないのかなって。それに、もし終わったとしても私はどうすればいいんだろうって。」
一度も考えたことがなかった。だが、それは俺にとっても対岸の火事としていいものではない。大切な人間をことごとく失ったことによって盲点となっていた、ある意味では防人になることの弊害とも言えた。
けれども今ここで、俺はその答えを持ち合わせてはいない。
「今考えるっていうのは野暮ってもんだ。答えの出ない問いなんて沢山あるからな。」
先延ばし。根本的解決にはならなくても、悩む苦しみからは逃れることができる。俺はその彼女の命題が底の見えない絶望へ続く道にしか思えなかった。
「…………」
強い日差しが徐々にその効力を増してくる。俺も剣城もそこで一度中に入ることにした。
まばらにしか人が座っていない、閑散とした船内はゆっくりと話すには適度な温度と明るさであった。
「椃木さんは何年防人をやっているんですか。」
おそらく先の話の続きなのであろう質問が飛んでくる。俺だけが隠す必要もないからさっさと答えた。
「三、四年だな。」
「それって……九州とかの戦闘から参加してるっていうことじゃないですか!!」
実情は彼女の期待通りではないのだが、それでも剣城は活気を取り戻してくれたようだった。少し誇らしい気分でありながら同時に罪悪感が襲ってくる。
「なら、尚更考えたことはないんですか。いつ終わるのか。」
「ないな。あの時はそんなことを考える暇もなかった。」
それはおそらくあの時期に生きている防人全員に言えるはずだ。俺だって戦闘に参加していないとは言っても色々まだ引きずっていた。
「やっぱり考えるだけ無駄なのかな……。」
ぼそっと呟かれた一言にはどこか哀愁が漂っていた。だから俺は俺なりに伝えるべきことを伝えたかった。その道だって間違ってはいないと。
「無駄ではないな。でも少なくともそれをしたら多分……俺は戦えなくなる。だが––––」
俺を構成してきた全てがなくなることを俺は心の奥底で恐れていた。戦うことで、敵を殺すことで生きる意味を見出してきた人間がそれを取り上げられたらどうなるのか。おぞましくて考えたくもない。しかし彼女はまだ染まっていない。だからこそ普通を取り戻すことができるはずだ。
「君はそれを出来るだけの余裕がある。時間も心も、家族も残ってる。」
俺の言葉を聞いた彼女は何かを得て、また察した様子で黙っていた。何もわからない時に親を失い、復讐心にかられて部下を失う。今まで積み上げたものを捨てて生まれ変わろうとして、まだ過去に引っ張られ続けている。そんなどうしようもない人間の言葉がどこまで通用するのかはわからない。
「いくらでも悩むといい。
軽く笑って俺はその場を後に自室に戻ることにした。まだ船は着かない。だが答えへと辿り着く筋道は出ただろう。
そして彼女との会話はある意味では自らの身の振り方を決める覚悟の材料となってくれていた。誰かが終わらせなければならないこの戦いを俺は終わらせる。ただし一人ではなく"彼女たち"と、だ。俺はこの瞬間から提督になることに決めた。
一週間後、未だ俺はラバウルに滞在していた。トラック行きの民間船に乗ろうとしたのだがどうやら深海勢力の活発化の傾向があるとかなんとかで出れないと言われてしまった。新聞にサーモン沖海戦の勝利が掲げられた三日後のことだった。
その日、やっと船が出た。俺以外使っているようには見えないほどに人のいない船内は広々としていた。瑞鶴たちには大体二週間あれば帰れると伝えていたが、既に数日過ぎており何か文句は言われるだろうなと思いながら椅子に座ってぼんやりとしていた。約二日から三日の船旅であった。
だが次の日の朝、問題は起きた。敵が現れたのである。護衛をつけていたから撃退することはできた。しかしその次の日、もっと不審な出来事が発生した。それは一向にトラック泊地からの引き継ぎをする艦娘がやってこないのだ。ラバウルから遥々ついてきた
「何が起きているんだ……?」
遠くに島の影が見えつつあった頃、俺は双眼鏡を片手に何か変わったことは起きていないのか確認していた。南側の水路から侵入するから中心部が見えるわけではないが、何か得られるとは思った。
一度夜が来て、日が登って視界が良くなってきた時、やっと煙が見えた。真っ黒な煙が立っていた。その時点で俺は気が気でなかったのだが、問題は次々と発生した。まずは明らかにこの近海では見ることのない深海棲艦との接敵が増えたのである。駆逐艦と軽巡しかつけていない護衛では不十分なほどに敵は厄介だった。その結果、船長は引き返すという決断を下した。燃料が少なくなってきた今、早めに切り返すためだ。別の島にはまだ寄航できるほどには残っていた。人命を優先する判断は懸命だった。
だが、俺自身がそれで納得したわけではない。仕方なしに俺は備え付けの小さいボートを借りることにした。自殺行為だと何度も言われて引き留められたが、今はそんなことを言っている場合ではない。俺が死んだって悲しむ奴はあの場所にしかいない。大切なものを守るには死だって捧げてもいい。そこまでに追い詰められた精神は理性をはじき出した。
助かったことに、推進力を得る装置があって速度は十分に確保できた。背中から遠ざかっていく船とは対照的に、確実に近づいてくる環礁内への入り口に俺は近づいて行った。なぜかその時は誰とも出会わなかった。不気味なほどに波の音と駆動音しか聞こえない道中は俺の焦燥感を増幅させていった。
環礁の内側では戦闘がそこらで勃発していた。と言っても俺が使っている南側の海域は主戦場ではないようで遠目で水柱が見えたくらいだ。空は空で夥しい航空機がしのぎを削らせていた。その中に瑞鶴の機体が混ざっているのではと思うと今すぐにでも本部に戻って状況を知りたかった。
「くそっ……。」
本部のある島よりはだいぶ手前の金曜島に俺は一度接岸した。ここから先は徒歩になるかと思ったが、まだこの小さい船なら入れるスペースがあったはずだと、うろ覚えの周辺の地図を頼りにして俺は入江の奥へと進んだ。予想通り横幅が大型船が入ることのできない、狭いながらも水深のある水路があった。そこから抜けると黒い煙の立つ島はもう目の前に迫ってくる。演習用桟橋のある側に出たのだとすぐに悟った。
一時間もかからないうちに桟橋についた。俺は船を乗り捨てて森の中へと駆け込んだ。やはり恵まれた身体能力では裏口に至るまでの時間は早い。だが全てがそもそも遅かった。
「なんだよ……これ。」
倉庫は吹き飛び煙と共に燻って、道は荒れてカケラが散乱している。艦娘の影一つない泊地は
「っ…………。」
迷わず俺はあの建物へ向かった。崩れているかはわからないが水上がいつもいるはずのあそこへと。
着いた場所にあった建物ははまだ不落の城のように立っていた。そして、それが唯一の救いと希望––––。であったはずだった。真後ろからやってきたそれは目の前に爆弾を叩きつける。俺なんかに目もくれずに、だ。一階の窓から打ち込まれた爆弾は炎を伴って美しかった建築を瓦礫の山に書き換えた。
何も声が出なかった。崩れかかっていた建物はすでに原型を留めなくなっていた。はっとして水上の影を俺は探し始めた。瓦礫の上は不安定だから迂回して執務室辺りのあったであろう箇所を見つけることに執心していた。
––頼むっ…………!!
生きていて欲しかった。この場所にいないでほしかった。しかし現実はそう甘くはない。
「………………っぁぁ。」
そこに彼はいた。おそらく下の階から崩落したおかげでまだ軽く済んだのであろう。どのようにして今までの瓦礫を退かせたのかは不明だが、彼は半身が出る形で挟まっていた。すぐに俺は瓦礫を思いっきり蹴り飛ばした。頑丈で屈強なこの体が今はありがたかった。
「大丈夫ですか!!」
体を持ち上げて安定した足場の上に移動する。横たわらせて何かできないか考えてみたが、意識が朦朧としているし体から複数の出血があって、直接の爆発を受けたわけではなさそうではあったとはいえこれは俺では助けられないと感じられた。まだ体が原型をとどめていることの方が奇跡なのだろう。
一瞬、何も音が聞こえなくなる。崩れていくこの場所は静寂ではないはずなのに。そんな中、目の前にいる息絶えそうな青年は咳き込んで何かが逆流しかかっている声で俺に話しかけてきた。そこに誰がいるのかをわかっている。そんな声だった。
「赤城に……。」
俺の中の緊張の糸はまたピンと張り始めた。彼が何度も血反吐を吐くので俺は木に寄りかからせて安静にするように言った。何を望んでいるのかはその言葉で十分だ。時間は限られている。俺は地面を蹴り出した。
それがたとえ絶望の始まりだったとしても。