北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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灰色の記憶 〜喪失〜

 俺は赤城を探すために表口の桟橋に向かった。道中は物の破片でまみれていたが、俺の見たくないものは一つもなかった。だがそれが逆に俺の心を不安定にした。

 

「…………」

 

 赤城は桟橋から見える場所にはいなかった。誰もいない閑散とした木製の橋の先には海の上を駆けている第六駆逐隊の影らしきものが見える。まだ戦況が悪いわけではないようだ。一抹の希望がそこに見えた気がした。

 手持ち無沙汰で水上のところに戻るわけにもいかない俺は海岸沿いを当たった。彼女が負けて沈んでいるとは思えなかった。でも水上を見捨てるような人柄でもないのは分かっている。どこからか戻ってこようとするのではないかという仮説が俺にはあった。

 だから俺は一人でに静かな浜辺に向かっていた。そこに少なくとも誰かはいるような気がしたからだ。

 

「はぁ……はぁ……。」

 

 葉や枝が服に刺さりながらも俺は最短でその場所に向かった。痛みなんて水上のものと比べれば雲泥の差だ。そう思えば思うほど駆ける足はせわしなくなっていった。

 開けた場所に出た時、そこに二人はいた。重巡であろう敵に弄ばれている一航戦の姿がはっきりと俺の目には映っていた。加賀を守って傷つく赤城を嘲笑う奴らの顔は俺の血を沸騰させた。

 

「この野郎!!」

 

 俺はすぐに武器を抜いて殺しにかかった。思いの外最初の一歩の蹴り出しが強かったのかすぐに距離が詰められて、一体目の首を一閃で飛ばすことができた。敵は三体。二体目を力任せに胸の辺りから袈裟斬りで切り裂く。最後の奴は頭に一発突き刺して処理してやった。赤くなっている刀身からはなんとも言えない液体がこびりついていた。

 赤城の傷は酷かった。焦げた服と出血の見た目は、本体が艤装に生かされているというのが正しい表現なのだろう。確実なトドメをさされていないのが余計に痛々しく見せた。それでもなお意識は保っていたようで、俺のことをしっかりと認識していた。

 

「加賀さんを」

 

 自分のことを顧みず、相棒を案ずる彼女は水上と重なって見えた。その傍ら、加賀は明らかに取り乱した様子だった。息は早く、だが過呼吸には至らない。彼女はまだ傷は浅いようで、実際片膝をついているだけだ。倒れていた赤城とは異なって自らの足で動けるだろう。

 そう判断した俺はすぐに赤城を抱き上げた。正直言ってこれは助からないのではないか、と感じていた。何より軽かった。抵抗する力もない彼女は何も言わない。

 

「ちょっと、赤城さんに何をして––––」

 

 加賀は俺の行動の意味を理解できてはいないようだった。しかし説明する時間がない俺はついてこいとしか答えることはできない。足早に俺は水上の待っている木の元へと足を進めた。心のない自然物が赤城の体に傷を増やさないように、俺は細心の注意を払いながら駆け抜ける。そうやって戻ってきた時の彼の胸はまだ膨らんだり縮んだりを繰り返していた。

 俺は優しく彼女を水上の横に座らせた。どちらも息は長くないだろう。最期くらいは会わせてあげなければ。その想い一心でここまで動いていた。実際水上もそれを望んでいたはずだ。俺自身、色恋沙汰に疎いわけではない。

 

「……ぅ……ぁ。」

 

 一人の青年の喉から声にならない音が出てくる。それに反応した赤城は目を開ける余裕はないのか、手探りで彼の温もりを探し当てる。

 

「ふふ、貴方も粋なことをするんですね。」

 

 さすが艦娘と言うべきなのか赤城は俺にまだ話す余力を残していた。淡々と俺は二人の最後の時間を見つめることしかできない。彼女は水上の体にしっかりとその身をつけてこう言った。

 

「ありがとうございます。こんな風にしてくれて。」

 

 心なしかその口は笑みに近いものとなっていた。水上も最後の力を振り絞るかのように赤城の腰に手を回す。爆発で耳も目もやられているかもしれないが、それでも愛した者の存在は確実に感じていた。

 しばらくする間も無く俺は二人の墓標ができる瞬間に耐えきれず、その場を立ち去っていた。吹き飛んで何かが飛びながら即死していく人間は見たことがあっても、ゆっくりと息を引き取っていく者は見た事がなかった俺には、他人ならまだしも親密な二年を共に過ごした間柄の者がまさに死ぬ所を直視することはできなかった。その判断が良いのか悪いのかはわからないまま俺は瓦礫のこの地を歩き回っていた。

 背後にいた加賀は一度も言葉を発しない。惰性でついてきてしまった彼女の顔には一筋の線が入っていた。とりあえず俺は彼女の傷を治せないかを模索することにした。

 

「入渠施設ってどこら辺か分かるか。」

 

 色々なものが散乱しているために俺は施設の見分けがつかなかった。特に入渠施設は地下に立地しているため俺は目印がないと場所が分からなかった。

 

「……よく平気でいられるわね。」

 

 加賀の声は無機質だった。何ともとれる感情の見えない声だ。

 

「まだ耐えられているだけだ。まだ……な。」

 

 脳裏に浮かぶ青葉と瑞鶴の影を俺は未だ探していた。何か一つでもいいから手がかり的なものを見つけたかった。

 加賀は黙りながらも俺のことを先導してくれた。着いた先は一部が崩落しているのが見える、ドアの吹き飛んだ入り口だった。

 俺は足が進まなかった。

 

「……どうしたの。」

 

 加賀は怪訝な顔を俺に向ける。だが俺の目に入っていたのは彼女の姿ではなかった。

 一瞬ただの棒にしか見えない()()は明らかに彼女の持っていた大切なものだった。艤装としての役割を持ちながら、自らの鍛錬には欠かさず持っていった存在。俺の凍りついた目線を加賀が追う。そこに浮かんだ表情もまた、時が止まったように強張ったものとなっていた。

 

「っ……。」

 

 この先に向かう覚悟はまだ出来ていない。だが加賀がその最後の一歩を決めてくれた。

 

「どれだけあの子が待っていたと思っているのよ。これで行かないのだったら、貴方は屑よ。」

 

 そうだ。俺はどれだけ待たせたと思っている。一度も彼女たちの言葉を聞かずに別れるのか。自分自身に対する憤りは俺の足をまた動かさせた。

 割れた蛍光灯が灯る階段を降りていくとそこは別の惨状が広がっていた。崩れた天井から落ちる日の光と、濁った色の水が入った浴槽がそこにはあった。

 

「瑞鶴……。」

 

 そして一人孤独に寄りかかっている彼女がいた。傷は少ないように見えるのにどこか生気の感じられない姿は、陽光が差して埃の舞っている空間も相まってここが終焉の地になると錯覚させるほどに美しかった。しかし、それは一瞬のことでありすぐに俺は彼女のもとに駆け寄った。

 

「大丈夫か……!!」

 

 近くで見る瑞鶴はまだ元気そうだった。赤城や水上と比べれば随分とマシなように思えた。そして何よりここが入渠施設だというのならば、傷ついた体を治せるわけなのだから本当に運が良く思えた。

 

「すぐに良くしてやるからな。」

 

 周囲を見渡して高速修復剤(ばけつ)と呼ばれるものを俺は探した。加賀もその意図を汲んでくれたのか一度外に出ていく。

 

「待ちくたびれたわよ……。」

 

 力無く笑いかけてくる瑞鶴の体は思いの外、赤城と同様で軽かった。

 すぐに、加賀が一杯の高速修復材を持ってやってくる。

 

「これしか残っていなかったわ……後は空かもうダメね。」

「それで十分だ。浴槽は使えそうか?」

 

 加賀は中を確認する。その顔は以前険しいが、それでもほっとした様子だった。

 

「正確には分からないけれど……。まだ使えそうな雰囲気はあるわ。」

「よし。」

 

 俺は瑞鶴を抱えて立ち上がろうとした。しかし腕を体の下に潜り込ませた時、彼女は手を突き出してそれを拒絶した。俺はどこか具合の悪いところがあったのかと手を引っ込める。

 

「痛いところでもあるのか?」

「……違う。」

「なら——」

 

 再度同じ動作をしようとすると、瑞鶴は口をまた開く。

 

「その高速修復材は……加賀さんに使って。」

「どうして。」

 

 俺がそう聞くよりも先に加賀は声を上げていた。今までとは異なって語気の荒さが目立つ。赤城の時よりも動揺していた。俺も俺で何も言葉を発することはできない。

 

「もう私は助からないからよ。修復材を使ったとしても……ね。」

 

 乾いた笑いを浮かべる彼女の目は諦めの色が映っていた。俺にはその意味が分からなかった。傷も浅いのにどうして助からないのか。確かに火傷の後のようなものはあるが、そんなものが死に直結はしない。

 しかし加賀はその言葉の意図に気付いたようだった。

 

「まさか……。」

 

 彼女は絶句する。

 

「もったいぶらずに言ってくれないか。時間はないんだ。」

 

 今も戦闘は継続している。すぐにでも復帰して犠牲者を減らしたかった。仇を討ちたかった。

 

「……艤装が完全に破壊されたのね。」

 

 加賀の問いかけに瑞鶴はこくりと頷いた。

 

「本当……だったら海で沈む……はずだったんだけどね。」

 

 全くどのような状況なのか把握できていない俺の様子を見て瑞鶴は優しく微笑みながら告白してくれた。

 

「私たちは別に椃木さんと……同じ人間から作られてないの。生身も……艤装も同じ……身体(いのち)だから。」

 

 心なしか、か弱くなっていく瑞鶴の呼吸音は俺に無慈悲な現実を突きつける。諦めの悪い俺はそれを到底受け入れることはできなかった。

 

「だめだ……まだどうにかできる……!!」

 

 それは静かな叫びだった。無常の世を捨ててまで得たこの防人という能力を俺はまだ何にも活かせていない。守りたいと思った存在を誰も守れていない。そんな(ごみ)のような人間だったとしても目の前にいる瑞鶴を死なせたくないという思いはある。

 でも、彼女は俺なんかよりもよっぽど大人だった。

 

「……ごめんね。独りにしちゃって。」

「何言って」

「今までず……っと頑張ってきたのに。戦ってきたのに。」

 

 瑞鶴はこの時になっていても他者の心配をしていた。自分の身を案ずるべき、死という理不尽な存在に対して抗うべき時のはずなのに……だ。

 

「そんなの……。瑞鶴が受けた攻撃と比べれば泥みたいなものだろ。」

 

 心の底から失いたくないと思っていた。だが俺が初めて全てを吐き出した相手は今、最後の任務を全うしようとしていた。

 

「ねぇ、椃木さん。」

「なんだ。」

「そこの……まだ()()()()()浴槽に……寄りかからせてくれない?」

 

 その理由を俺は聞くことはできなかった。何をしようとしているのかは分かるのに止めることはできなかった。

 

「馬鹿な真似はやめて頂戴。」

 

 加賀も俺も瑞鶴のしようとしていることをはっきりと明確に理解して拒絶していたようだった。しかし瑞鶴もその強い意志を見せつける。

 

「加賀さんの方が……この人を支えられるもん……。私がいなかったとしても……ずっと。」

 

 何のことかピンときていない加賀は瑞鶴の意思と知っていてもなお、否定する。

 

「それでも……私は生かされるようなことはもうしたくないの。」

 

 それはどうやら、俺と同じ生き残ってきたものとしての言葉らしかった。思いを託され、生きることに縛られるどころかそれらを呪いのように感じてしまう自分自身に嫌悪感を抱く気持ちは俺自身だって経験している。瑞鶴はそれを前から薄々分かっていたようで、だからこそ俺との相性がいいと踏んだのだろう。

 

「だけど……私の今の力を無駄にしたくない……。それが私の……最後にやるべきことなの。」

 

 瑞鶴は何かに憑かれたかのように浴槽に寄りかからせろと俺に頼み込んだ。加賀はそれを静止するという、俺にとっては無駄な時間が繰り広げられる。

 

「もし浴槽に寄りかかったらどうなるんだ。」

 

 ほぼほぼ根負けした形で俺は瑞鶴に聞いた。深呼吸をしてゆっくりと彼女は語る。

 

「加賀さんの……修復が早くなるわ。」

 

 そうして黙り込む瑞鶴に、俺は思わず声が出る。

 

「……それだけ?」

「……うん。」

 

 ただ入渠時間を早くするためだけに命を削る必要があるのか。その疑念は晴れない。だが、瑞鶴の最期の願いという言葉に俺は引っ張られてしまっていた。

 

「だってその……生きている浴槽だって……いつ壊れるかわからない。だから……」

 

 瑞鶴は力の弱い咳をし始める。血もないそれは刻一刻と死期が迫っている証拠だった。俺は決断した。

 

「わかった。」

 

 加賀に対して入渠施設を使うように指示を出す。高速修復材をどういう風に使うのかは知らないが、多分自らでやるだろう。加賀は相当ごねる雰囲気があったが、俺の同意には案外素直に従った。そのとき唇を噛んで、拳を握り目を逸らす姿が印象深かった。

 瑞鶴との最後の時間。俺はかける言葉が見当たらず黙り込んでしまっていた。背後でその傷を癒す加賀がいるために二人きりというわけでもないため、下手なことも喋れない。瑞鶴の衰弱していく様子は見るに耐えなかった。

 

「…………ねぇ。」

 

 瑞鶴は声を絞って俺に話しかけてくる。

 

「一つ……約束……してもいい?」

「あぁ。」

 

 俺に手を温かいとは言えない細い指先が触れる。

 

「本当は……こんな時に……言いたくなかったんだけどね。」

 

 その笑顔は美しい。しかし目尻には滴が浮かんでいる。

 

「私……椃木さんが提督になったら……、あなたの艦娘になりたかったのよ。」

 

 いつ、どこで聞いていたのだろう。だがそれを聞くほど俺は今、現実に侵された冷たい人間ではない。

 

「別に……今からだってできるんじゃないのか。」

 

 俺の望みだった。その言葉を聞いた彼女は地面に視線を落として答えてくれる。

 

「そう……したかったんだけどね……。結局、勇気がなかった。」

 

 軽い体が俺の肩に寄りかかってくる。もう別れの時間はすぐそばなのだろう。瑞鶴は最後の力を振り絞るようにしてこう言った。

 

「だから––––私、もし椃木さんがどこかで提督になってくれたら、必ずに会いに行く。絶対にあなたの艦娘になって見せる……。いい?」

 

 それはどれだけの期間がかかるのかは分からない。だが俺は待ち続ける覚悟を決めていた。

 

「分かった。必ずだぞ。」

「……ありがと。」

 

 そう言って瑞鶴はその全身の体重を俺に預けてくる。軽いがしっかりと感じられるその力はしばらくの間は続いていた。でも、加賀が修復し終え上がった時にはもうそれは別の重みに変わってしまった。冷たくなって、力無きその身体を持ち上げたその時、喉にむせ上がってきた嗚咽が俺の体を突き動かす。

 

「…………」

 

 俺は叫びたい衝動をぐっと押し留めた結果、泣いていた。何が起きていたのか分からず、悲しみ感情が湧かなかった幼い自分も、無理やり涙する時間を奪われ、ただ喪失感と後悔に苛まれていた自分もそこにはいなかった。そこにいたのは守るべき存在も守れず、失ってから気づく哀しみに触れながら惨めにすすり泣く嘲笑すべき一人の男だ。

 立ち上がって彼女を俺は抱えて外に出ることにした。身だしなみを整えた加賀が感情の全く見えない顔で声をかけてくる。

 

「その子はどうするの。」

「水葬……にしたいが……。海に沈めば帰ってこれなくなるかもしれないから……。」

 

 どうすればいいのかは俺には分からなかった。野晒しにするのは俺の心が許さないし、海に流すのは良くない気がした。

 

「それなら……解体がいいのかしら。」

 

 加賀の発する物騒な言葉に俺は嫌悪感を示していた。すぐに気づいた彼女は弁解する。

 

「貴方の想像しているほど生々しいものじゃないわよ。妖精さんに頼んで艤装と本体になる前に戻してもらうだけ。そうすれば貴方が建造するときに戻ってくれるはずだから。」

 

 加賀も俺と瑞鶴の約束のために尽力しようとしてくれているのがそこで理解できた。まだ艦娘の根幹については知らなかった俺はそれに従うことにした。惜しんでいる暇なんてないのだ。

 

「分かった。それで手を打とう。」

 

 また会えると信じた俺は、すでに心を切り替えていた。設備は生きているかは分からないがかける価値はある。涙はもう引っ込んでいた。

 一歩一歩踏みしめながら俺は外界に至る階段を登った。光差し込むその先は最悪の光景に塗れていた。どこを見ても黒く、時々混じる赤と黄色は忌々しい深海棲艦どもだった。ちょうど占領している最中だったと言い換えてもいいのだろう。傍らに積まれた判別のできない艤装はどれもほぼ破壊されていた。

 その時初めて、俺は真に研ぎ澄まされた殺意というものを知覚した。同時に身体には溢れんばかりの力が湧き始め、視界の鮮明度合いは今までとは比にならないほどに正確に捉えることが可能になった。初めて俺が防人の潜在能力を引き出した瞬間だった。強い感情は力を増幅させ、己が敵と認識した対象を残らず殲滅させる。

 

「…………」

 

 『コワス。全て。』それが俺の力の源の言葉だった。

 そうして瑞鶴の体を優しく、しかし半ば強引に加賀へ預けると、俺はすぐに武器を引き抜いていた。刀身は深い深い漆黒と紅蓮が入り混じり、自分で持っていて嫌悪感があった。しかしその切れ味はどの時よりも一番鋭く、簡単に殺すことができたために悦んで俺は何度も、何度も切り捨てた。愉悦感に浸された俺のそこからの記憶はそれで塗り消されていた。

 次に意識がまともに戻ってきたのは泊地中の奴らの命を潰して、泊地を掃除にした後に海をぼんやりと見つめていた時だった。空しさに取り憑かれ、何も明るい感情が湧かなかった。足元に転がる砕けたフィルムを俺は見つけて、そのかけらを無心に集めていた。

 

「これ……。」

 

 そんな時、不意に加賀の声が背後から伸びてくる手と共に聞こえてくる。それに握られていたのは二つの細長い白い布だった。

 

「貴方が時間を作ってくれている間に済ませておいたわ。せめてもの形見ぐらいはあったほうがいいでしょう?」

「そう……だな。」

 

 勝手に瑞鶴の解体作業が行われた怒りは一切起こらなかった。手渡されたその白布は使い古されており、温もりが微かに感じられた。今はそれで十分だった。

 数時間後、夜も近かった時間にパラオから救援の部隊らしき船が到着した。もちろん間に合っていないわけだから俺は詰め寄ってもよかったのだが、どうやら他の南方地域でも同じように奇襲が行われたらしく、特にリンガ、ブルネイ、タウイタウイなど西寄りの海域にあった所が標的だったようで、軍は急な二方面作戦を強いられたとのことだった。結果、大損害を被ったというのは明らかである。

 

「…………」

 

 今までの夕暮れ時の海はいつも通りだったのに、その日だけは初めて来た日のように知らない、深い藍錆色でまるで鼻から他人のように振る舞っている、そんな感じだった。環礁内での戦闘で力尽きた英霊を引き上げる船が遠くに見える。もっと外側で奮戦していた艦娘たちのことを思うだけで俺の心は張り裂けそうだった。

 そうして、しばらくの間浜辺に座ってただ虚空を見つめ続けていると、加賀が横に座ってくる。

 

「この後どうするの。聞くまでもないのはわかっているけれど。」

「勿論……、なってみせるさ。提督に。」

「それなら……、少しの別れね。」

 

 加賀は申し訳なさそうな顔をしてそう言った。思わず俺は声が出る。

 

「どうしてだ。」

「貴方が提督になるまでの間に私は……多分前線に駆り出されるからよ。それも……確実に。」

 

 そう話している加賀の顔は儚げでありながら、その目には闘志のようなものが宿っていた。

 

「そうか……だったら––––」

 

 俺がかけられる言葉はたった一つしかない。

 

「それまで生き残ってくれ。俺の()()だ。」

「了解。」

 

 そして、それが非公式でありながらそれが初めて提督らしいことをした瞬間で、俺が最後にトラック泊地にいた時間だった。




これで話も一区切りです。

追記
活動報告でお伝えした通りですが、今後の話も不定期で更新するつもりです。どこで終わらせるかの目処は立っていますので時々気晴らし程度に見るといいかもしれません。
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