北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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過去編の+α要素です
なお本編の補助的役割なので更新は少ないと思います


再起の道

 波がうねり、縦の揺れを何度も作る。燦々とした朝日が東から顔を現し、窓から陽光を流してくる。木造ベッドからまだ重い体を起こして甲板へ。蒼天に茜雲が照り輝く中、見据えた先にあるのは広大な海に浮かぶ唯一の方舟、日本だ。

 

「帰ってきたのか。」

 

 トラック泊地の惨憺たる光景から数日経ち、俺は遭難者を複数のせた船に乗っていた。終着点は鹿児島。『熾烈ココニ極マレリ』とも称された血塗られた過去を持つ戦場だ。無論、俺のいた場所はそれ以上の鬼哭啾啾たる有様だったが。嗚咽を漏らさまいと誓ってからは冷静に時を過ごしていたのもあって淡々とした立ち振る舞いだった。

 

「…………」

 

 甲板の柵にもたれかかり、大海原と同調する。隣には誰もいない。失った人間はどこまでも孤独である。当然、顔見知りのものなど誰も同伴していない。ぽっかりと穴が空いたような気分だけが襲ってくる。深い深い穴。俺が人の心を捨てきれない弱い意志である何よりの証拠だった。

 

─結局、何もできなかった。

 

 復讐のために軍に入り、力をそこで教わった。横須賀で死に際を経験し己の無力さを痛感した。人間でありながら慢心した自らを戒めた──はずだった。無性に浮かぶ熱が抑えられない。穴も塞がらない。ただただ流れて漏れていく。

 

「くそっ!!」

 

 海鳥が飛んだ。歯からギチギチと音が鳴る。考えなしに叩きつけた拳は赤くなる。反吐が出る。どれだけ俺自身を痛みつけても何も罰にはならない。瑞鶴の感じた辛さに比べれば、そんなものは取るに足らない価値のないゴミ。頭では分かっていても心は揺らいでいた。

 勝利をこの手に。俺の中ではこんな理由で戦場に出るお人よしはいない。切迫された状況でなきゃ人間は動かないからだ。でも俺は余裕を知ったがゆえに過ちを犯した。元部下の顔を立てようとした。戦争は遊びじゃない。有用さを示すためのアピール場所でもない。ましてリハビリと称して軽く志願していいものではないのだ。命のやり取りを行う(いくさ)場なのに。理解できない。分からない。何もかもがどうでもいい。

 

「鶴峰さんに合わせる顔がないな……。」

 

 いっそのこと身投げした方が気が楽になるのではないか。一瞬起こる不吉な案を理性が却下する。約束したではないか。俺は提督にならなければいけない。瑞鶴の帰る場所を作ってあげなければならない。消えかかった火はまだ燃えていた。

 

─こんな場所で落ち込んでいる場合じゃない。

 

 心を落ち着けて、腰に携帯している武具を指でなぞる。日向の遺品だ。然るべき人間に返すべき物でもある。使命は多い。俺自身の身勝手な言い訳で果たさなくていいわけがない。加賀にだって命令してある。

 粗末な朝食を済ませ、数時間も待っていれば港についた。錦江湾内は船が多く、いわば海上渋滞。こんなところを襲われたらたまったものではないが、流石に本州に近いこともあって艦娘が動いていた。周りの人間は安心していたが、俺は気が気でない。目を逸らして大空に視線を移した。夏の入道雲が遠くに立っている。

 

「ん? あんた軍人か。」

 

 船から降りて久々の地上に足を踏み入れた時のことだった。明らかに民間人らしき風貌の男が気さくにこちらへ話しかけてきた。

 

「あぁ。」

「大変だったろう。その様子だと南方帰りか。」

 

 陸の軍服は呉に置いてきたわけだから無事なのだが、それでも戦闘の傷痕のようなものが残っていたのだろう。服も傷がついていたし何より行きと比べて俺は非常に身軽だった。だがそんな物はどうでもいい。みてくれなど率直にいって所詮は他人に自分をよく見せるための仮装にすぎない。

 

「想像に任せる。」

「いや、俺も戦ったからな。気持ちは痛いほどわかるんだ。」

 

 言葉を聞いた瞬間、不思議な嫌悪感が突如として襲いかかってきた。悪気がないのは俺だってわかっている。殴りかかりそうになる思いを抑えながら静かに、はっきりと別れを告げた。すぐにでもこの場から離れたかった。

 

「急ぎの用事があるんだ。申し訳ないが立ち去らせてもらう。」

「おう、頑張れよ。」

 

 二度と気安く話しかけてくるな。最後まで文句を口に閉じ込めて、港から逃げるようにして歩いた。惨めだなとは自分でもわかっていた。人に当たるような真似はしなくとも、寸前のところまで行ったのだ。落ちぶれたも同然。自然と顔も俯いていた。暗い影はいつまでも心の奥底に居座り続け、俺を苦しめる。

 呉への路賃は南方帰り用の兵士に用意されていたもので対応した。途中『南方地域における奇襲』と書かれた新聞を目にしたが、無駄に金は浪費できない。余すことなく移動に回した。どれだけ体が辛く感じようとも、死を間近にして強くあり続けた瑞鶴を想って踏ん張った。本当に厄介な人間だ。さっさと死んでしまえば良かったのに。何度も頭によぎった自殺という言葉を退けて、俺はついに数年前に毎日歩き回っていた場所の正門へとやってきていた。懐かしいと思う気力も湧かない。ただ疲れによる目眩が意識を朦朧とさせる。

 

「ん……? 貴方は!!」

 

 守衛だ。顔を知っている。ひとまずは助かった。そんな安堵の念が湧いてくると不意に力が抜ける。俺は地面に倒れ込んでいた。顔面から。結果、衝撃で気絶。意識は飛んだ。暗転した世界。まただった。

 目を開けたのは約二十分ほど立った頃のことだ。あの日の病院と同じように鶴峰の方から俺に出向いてくれていた。起き上がって早々、目が合った。ついて出たのは謝罪だ。

 

「すいません。守れませんでした……。」

「まぁそう落ち込むな──とはいかんか。」

 

 咎める気はさらさらないのであろう。口調は正直あまり厳しくなかった。しかし甘くもなかった。事実を再確認させて、逃げられないように情報を伝えてくる。

 

「リンガ、トラック、ショートランド近辺で深海勢力が大規模な侵攻作戦を実行しおっての。トラックはお前も知る通り、壊滅。リンガも半分は全壊。ショートランドだけが粘り強く反抗して今も健在、という状況だ。」

 

 ショートランド。知り合いがすぐに浮かぶ。休息が取れたのもあってわずかに俺の気力は回復していた。

 

「あそこには陸軍の明石がいますからね。当然でしょう。」

「そうか通りで。艦娘もまだそこまで送られていないのに強いわけじゃな。」

 

 久しぶりに出会った鶴峰は、少し老齢になったような顔つきだった。当たり前と言えば当たり前だが、皺が増えてても険しい天狗のような印象のある彫りの深い人相は変わらない。

 

「……それで一つ聞きたいことがあるのだが。」

 

 声音が一段階低い。何かくる。身構えて待っていると、内容は明かされた。

 

「お主、トラック泊地で何をしでかした。」

「どういうことですか。」

 

 悪事を働いた覚えはなかった。強いて言うなら殺意に任せて敵を八つ裂きにしたことぐらいだろう。だが深海棲艦の討伐は防人なら誰しもが義務とされる仕事だ。見当もつかなかった。

 

「いや、救助活動のために向かった艦娘から『誰かが暴れた跡がある』と報告を受けていてな。遭遇していないのか?」

「はい。残った人々たちの船に乗って帰ってきたものですから。」

「船だと? 護衛は。」

「タウイタウイまで加賀にやらせました。」

 

 俺の答えに怪訝な顔を鶴峰は向けてきた。

 

「加賀? あの場に艦娘はいないと言われたが。」

「俺が助けたんです。」

 

 納得はいっていないが理解はした。そんな表情で鶴峰は質問を俺に続ける。

 

「まぁいい。そっちは棚に上げておく。問題はトラック泊地での行動だ。お主、余程防人の力を酷使しおったろ。森林が切り株だけの更地になっていたと言われたぞ。」

「酷使? 別にそんな大層なことをしていませんよ。俺の得物は対深海用汎用刀ってやつで威力なんかありません。」

「おかしいな……。資料には『山が一つ消えていた』と書かれていたのだが。」

 

 地形を壊すまで暴れていないのは事実だ。沿岸部で殺戮の限りを尽くしたが森林地帯までは踏み込んでいない。というよりも踏み込ませなかった。もしも他の者がやっているのだとしたら深海棲艦以外ありえない。

 

「確かに奴らをぶった切ったのは本当です。でも島を傷つけるような真似はしていませんよ。」

「ふむ。」

 

 鶴峰は目を細めて見つめてくる。何が言いたいのか、したいのか俺には全く理解できなかった。

 

「なんですか。」

「少し……だけか。」

「はい?」

「瞳の虹彩異常が起こっておる。」

「それがどうしたって言うんですか。」

 

 食い下がる。俺を解雇するつもりなのではないか。直接の上司は鶴峰だ。不信感が募っていた。考えたくもない。

 

「いや、まだ伝えるべきではない。こちらの事情だ。」

 

 イラっとはしたが、老将の口は固い。詮索はしなかった。

 

「話は変わるが、お主。トラック泊地で学んだことはあったんだろうな?」

「…………」

 

 もちろん。そう答えるはずの言葉は一向に出てこない。体は拒んでいた。

 

「まさか、()()()()()()()覚悟がないのか?」

 

 手厳しい。水上を俺自身が超えられるのか。そう問われているような気がした。自然と拳に力が入る。言わなければならない。俺が守れなかった者のために。これから出会うであろう者たちのために。

 

「あります。」

 

 返答してからの十数秒間は無音だった。その時だけは俺の言葉だけが場に響いていた。

 

「そうか。」

 

 鶴峰は俺のこくほんのわずかにニヤリとする。覚悟を決めた人間を前にして、今後の展望が気になっているのだろう。この人はそういう人だ。

 

「ならばいいところがある。今日は休め。明日案内しよう。」

 

 

 

 翌日、朝から俺は学舎によく似た施設に案内されていた。陸士のような趣があり懐かしいところはあったが、気は抜かなかった。遊びに来たわけではない。

 

「お主は元々は提督になりに来たのだろう。だからここに入れようと思ってな。」

 

 小綺麗な廊下を歩き、俺の前をゆく鶴峰の顔は見えない。だがその声には確かな期待が混じっていた。

 

「『提督養成コース』。儂の作った教育機関じゃ。」

 

 恐らく俺にとって人生における最大の転換点だった。脳裏に浮かぶ数々の経験はここのために活かされたといっても過言ではない。そう言えるほどに俺はここで多くのことを学び、吸収し、そして後のために蓄えた。

 

「提督になるための機関、ということですか。」

「ご名答。今日からここで()()()として過ごしてもらう。生憎、お主は防人だからな。見てくれはいくらでも誤魔化せるだろう。」

 

 一理ある。俺の能力は思わぬところで効力を発揮していた。

 

「分かりました。」

 

 俺の返答に満足したように頷くと、鶴峰は不意に立ち止まって扉へと向いた。“三期生”と記された名札が壁にかけられている。

 

「そこで待っていろ。用事がある。」

 

 律儀に俺は姿勢をピンと張ってたたずんでいた。思いの外、廊下に人の気配はない。というよりも校舎全体に人自体が数人しかいないように思えた。

 室内で何やら喋る声が聞こえる。しばらくして鶴峰が外に出てきた。

 

「入れ。」

 

 手招きされて部屋の中へ足を踏み入れる。新調された服はこのためかと俺は感じた。

 

「こやつが件の新入生じゃ。」

 

 右耳から紹介される文言が流れてくる。眼前に並ぶ生徒はわずか二人。明るそうなのと落ち着いていそうなのだ。

 

「二人しか取らないって言ってなかったっけ?」

 

 早速、二名の片割れのうち快活な喋り方をする青年が口を開く。生意気そうだなと俺は思ったが顔には出さないように尽力した。

 

「事情があるんじゃ。」

「五十嵐さんみたいな感じですか。」

 

 おっとりとした口調でもう一人も反応する。五十嵐。俺はその名字を聞いた時に妙な引っ掛かりを覚えたが、話を振られてもいないのに食いつくわけにもいかず黙り込むことしかできなかった。ただ少なくとも俺はこっちには馴染みやすさを感じていた。水上に似ている。傷心の最中にいた俺にはちょうど良さそうな人間であった。

 

「大体はな。そもそもあやつは例外中の例外。この朴念仁とは比べていいもんでない。」

 

 鶴峰に頭を軽く叩かれる。少々トゲのある言い方と態度に苛つきはしたが、俺が犯した数々の失態を鑑みれば当然の言われようである。

 

「とはいえあの最高傑作(てんさい)に劣らぬ才能を持っておる。現時点ではお主らよりは経験も豊富じゃ。しっかりと参考にせい。」

 

 しかしやはり憎めない男だった。俺自身の扱い方を俺以上に理解している。一歩間違えれば地雷を踏みかねないわけだが、全く触りもしなかった。

 

「まだ名前をお互い明かしておらんかったな。ほれ、喋ってみろ。」

 

 またぞんざいな扱いをするものだと思いながらも俺は後ろで手を組んで挨拶をした。反抗する意味もない。

 

「椃木鷹牙だ……。よろしく頼む。」

 

 紹介文を口ずさもうと思ったのはいいが、俺は肝心の内容が全く思い浮かばなかった。年齢は詐称しているし、別に海軍士官学校上がりでもない。というか陸軍関係の経歴はほぼアウトである。結果、昔ならまだ話せた名乗りは簡素な文言へ早変わりした。

 

「剣城だ。剣城一誠、よろしくな。」

瀧灘煌輝(たきなだこうき)。これからよろしく。」

 

 ところが二人は大して気にしていないようだった。手を差し出されたため握手を返すと笑顔で迎えてくれた。案外すんなりと受けいれられたために俺は拍子抜けだ。そのまま椅子に座らされて授業は始まった。新鮮な体験だった。鶴峰が教壇に立つ。

 

「さて、余興はこれくらいだ。」

 

 そうして提督になるための講義は始まった。第一歩として俺に課せられたのは艦娘への理解であった。こと艦娘運用においては司令官の役割が非常に重要になる。海上での指揮や兵装の管理、メンタルケアから雑務での支援に至るまで様々なやることがあるからだ。その上で絆も育まなければならない。それが鶴峰の通説であった。俺としては十二分にも理解できた。実際にその目で見てきたからだ。水上と赤城。そして瑞鶴や加賀のことが脳裏に鮮明に焼き付いていた。

 対照的に剣城や瀧灘は正確にイメージが浮かんでいないようであった。頭で思い描けないことは実行に移すことはできない。鶴峰はビデオでそれを補助した。俺も助言はした。

 次に詳しく掘り下げられたのは戦術だ。この点、俺は相当苦戦した。何せ学んだ場所は陸士。地上戦はいくらでも指揮を取れるが海となると話は変わる。だから初めての図上演習では完膚なきまでに二人に叩き潰された。その後、数日血眼になって研鑽を積んだわけなのだが、学んでも勝てない。流石に年季が違いすぎると感じた俺が後々鶴峰から手ほどきを受けたときに、剣城と瀧灘がどちらも学年主席であったのを引っ張ってきたことを聞いて色々と納得した。提督養成コースはある意味では最上級のエリートを育てる場なのである。その一環に加われたことの幸せを噛み締めるほかなかった。

 その後の生活は比較的快適であった。寮住まいでひたすら技能向上に勤しむ。少々人付き合いの狭さに難があったが、逆にそれが剣城や瀧灘との友情を得るには功を奏した。互いに研鑽を積み上げていく時間は俺が防人になる前の期間よりもずっと有意義で、そして何より使命感を刺激した。腐りきっていた感情は今度は消えなかった。

 そうして俺は日々精進を重ねていく中で、瑞鶴との約束を胸にしまいながら提督になる道へ進んだ。三年。呉とトラックで見習いとして学んだかけがえのない時間もまた同じ長さだ。失った物を取り返すのには十分すぎる時間でもある。見違えた姿でまた会うために、恥じないために俺は学ぶのだ。

 絶望の淵から二度目の再起はここから始まった。




本編にかかりっきりで中々書く余裕がありませんでした。後半若干真っ黒ですがお許しください。
今後もぼちぼち追加していく予定です。ぜひ気長にお待ちを。
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