北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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本編1話目です


第1章
単冠湾のある艦隊


 単冠湾泊地の長たる人物、提督は日々の膨大な量の事務作業に襲われていた。

 

「どうしてこんなに支援艦隊の仕事が回ってくるんだ…!」

 

 いつものように不満を呟く。単冠湾泊地の艦隊はそれなりの練度を持ちながら暇であるという、ある意味支援艦隊にうってつけな艦隊であった。だから沢山の支援艦隊の依頼が寄せられる。

 

「いつも文句を言っている割には引き受けているでしょう。お人好しなのはいいですが出撃を行うこちらの身にもなってください。」

 

 彼を支える秘書艦、加賀は本棚の書類を整理しながらそう返した。艦娘の意見と指揮官の食い違い。時々起こるものの一つだった。

 

「内地の面倒事には巻き込まれたくはないからな。仕事はやった上でこっちは自由にやってたいんだ。」

 

 提督は束縛を嫌った。マイペースに、自由に行動できることを好んでいた。

 

「それはそうとして、提督。」

「どうした?」

 

 加賀からの改まった声に徐に振り返る。後ろにはたんまりと溜まった書類が机の上に置いてあった。本来なら見る必要のない書類に加えて、新たな悩みの種を加賀は投下した。

 

「部隊運用の件、どうするんですか。」

「あー……。」

 

 提督は返答に詰まる。赤城から日々の戦果報告ついでに伝えられていたことだった。

 

「特に駆逐艦の皆さん、『出撃がいつも哨戒と同じだ』と言って飽きているみたいですが。」

 

 加賀が手元の資料を綴じながら追い打ちをかける。提督はペンを弄ぶ手が止まった。

 

「……いや、まぁ忘れてたわけでは無いんだがな。」

 

 しどろもどろになりながら答える。考えていなかったわけではない。他の事と一緒にできないだけだった。

 

「今はこっちは攻略自体全然していないだろ。だからと言って支援艦隊に出せるかといえば遠くて出撃スパンが長すぎるし……な?」

 

 提督が若干上目遣いで反論する。実際、激しい戦いが主流な地域までは遠い。様々な危険に曝すのは良くないと考えていた。

 

「別に新しく見つければいいでしょう。まだ手付かずの地域、ありますよね?」

 

 加賀の鋭い返しに提督は狼狽える。

 

「でも、攻略だってそう簡単には行えないだろう? 今はここが最前線じゃないんだからな。」

「なるほど。」

 

 これには加賀も共感を得たようだった。本を棚にしまい、少し考える。だが、すぐにため息をついて提督に言った。

 

「普通に打電すればいいのでは。」

「それもそうだな……。」

 

 振りかざされる正論に頷くしかない。

 

「まぁ分かった。とりあえず新しい海域の攻略はする方向にするとしよう。メンバーは具体的にどうする? 俺は現場で戦う身では無いからイマイチ分からん。」

「駆逐艦の皆さんについて知っている人に聞けばいいでしょう。例えば軽巡の方々とか。少しは頭を使ってください。」

 

 加賀にきつい即答をされ、提督は気だるげな顔で机についている放送用マイクを手に取る。当たり前と言えば当たり前だが、加賀は航空母艦。事の発端である駆逐艦達について詳しく擦り合わせを行うならそちらの方が効率的だった。

 

『あーー。川内、阿武隈、由良。以下三名は執務室に来てくれ。話したい事がある。』

 

 伝達内容が終わるとすぐに提督はマイクのスイッチを切った。無駄な労力は使わない。それが彼の流儀だ。

 

「あんな適当な文言で…?」

 

 加賀は呆れた様子で提督に問う。古株である加賀も何度も聞いた声であり承知はしているのだが、馴染めないものではあった。やはり放送するのであれば厳格な声で、かしこまった文言を使うべきだと加賀は思っていた。

 

「別に気にしないだろ。俺の部下だし。」

 

 提督は笑いながら返答する。提督は、手元の資料をざっと紙の山と一緒に置いて、浅く腰掛けていた椅子に深く座ってリラックスする体勢に入る。加賀は何を言っても無駄だと悟り、そのまま机の横にあるソファへと座った。

 しばらくして、鎮守府のドアがノックされる。提督は即座に反応した。

 

「入っていいぞ。」

「失礼します。」

 

 三人の艦娘が入ってくる。川内、阿武隈、由良。鎮守府に着任した順だ。開口一番は川内だった。

 

「用件は何? 演習してたもんでさ〜、さっさと切り上げたいんだよね。」

 

 川内は持っている連装砲を振りながらそう言った。加賀が少し顔をしかめる。提督は大して気にする様子もなく淡々と用件を言った。

 

「実は近々攻略を再開しようと思ってだな。ちょっと聞きたいことがあったんだが––––」

「また戦えるんですか!?」

 

 声を上げたのは阿武隈だった。思いの外大きい声だったので少し恥ずかしそうに一歩下がる。川内はその様子に呆れながら問いかけた。

 

「でも、どうして今になってその気になったの?」

 

 提督自身が何か行動を起こそうとする事はあまりなかった。ことさら海域の攻略に関しては他に任せっきりであり、受身的な対応をとってきていたのである。

 

「今まであまり気にしていなかったんだがな。」

 

 提督は椅子を一定周期で軋ませながら答える。

 

「単純に需要があるのと……、最近剣城がどうやらキス島に手を出そうとしているらしくてな。いい機会だし乗っかろうと思った。」

 

 加賀が突然の情報に驚きの表情を見せる。提督は今日得た情報であるのと、その信憑性への疑念から問答を加賀と行っていたときには話題には上げていなかったのだ。

 川内はそれで納得したように引き下がる。今度は由良が口を開く。

 

「でも……それって出番はあるんですか?」

 

 提督の返答に少しだけ間があく。指摘の通り主力が出る機会が多い現状では以前と変わらない可能性はある。

 

「作ろうと思えばいくらでも作れるとは思うが……。少し答えにくいな。」

「だろうね。」

 

 川内のやや後方からの予想通りといった態度は、時間があまりないことの不満なのかどこかむすっとした印象があった。さっさと事を済ませて帰りたい意志が見える。

 

「まぁ、出撃が増えれば自ずと出番も増えるだろうしいいんじゃないか。海域の維持だって大事な仕事だ。」

 

 その言葉に全員が共感する。そんな中、提督は何を話そうとしていたのかを完全に忘れてしまっていた。思い出すのも面倒だった。

 

––いいか、別に。

 

 結局、根本的解決には至っていないのではないかという思いはあったが提督は仕事をとりあえずこなしたという欺瞞に満ちた達成感で心を埋めていた。生憎、加賀もあまり意欲的ではないために指摘は飛んでこない。

 

「用件は済んだ。もう自由にしていいぞ。」

 

 提督はさっさと切り上げた。川内がまず最初に外に出る。力強く開けられたドアを阿武隈と由良の二人がゆったりと抜けていった。

 数分後、提督が鎮守府内に貼り出す書類を書き終えると、隙を見て本を読んでいた加賀が話しかけてきた。

 

「……なにもやってないですよね。」

「ぐっ、バレたか。」

 

 提督に罪悪感はなかった。静かな空間でいつ来るかと逆に待ち構えていたほどだった。

 

「今回はあれで勘弁してくれないか。俺も正直どうすればいいのかわからん。」

「私じゃなくて駆逐艦の皆さんに弁明してください。」

 

 その返しに提督の答える余地はない。提督が苦笑していると加賀は黙り込んだ。そうして不意に静かな声で彼女は話しかける。

 

「そういえば……最近、新造艦を建造しているわね。」

「ああ。」

 

 加賀の雰囲気の変化で提督自身は何を言わんとしているのかを理解していた。低い声色と鋭い視線に提督は慣れている。

 

「また、“あの子”を狙ってるの?」

「……当たり前だ。約束してるからな。」

 

 提督の返答する際の表情は明るくなかった。加賀ぐらいにしか見せることのできない一面。それを彼は持っている。

 

「もう数年経つけれど……。」

 

 失ってから早五年以上。提督自身が研鑽を積んだ時期があるとはいえ遅すぎる。加賀はそう感じていた。

 

「事情があるんだろう。時間が諦める理由にはならない。」

 

 待ち続けていることは加賀も知っている。その相手が想い人に近しかったことも。長い関係だからこそ加賀も提督に強くは言えなかった。否定できなかった。

 

「瑞鶴……。」

 

 ため息に混じってポツンと漏れでる。彼女の言葉を信じて今は待ち続けるしかない。加賀は既に諦めがどこかついていたが、提督には未だ全くその念を感じられなかった。それだけに残酷な結末にならないかという加賀の重い疑念は晴れない。

 そうして二人の間でしばしの沈黙が続いた時だった。執務室のドアが突然強く開けられる。

 

「金剛……静かに開けろと何回言ったと思ってんだ。」

 

 金剛型戦艦一番艦 金剛。とても明るく姉妹思いであると同時に鎮守府のエースでもあった勇敢な艦娘であった。今は妹である榛名にその座を譲っている。彼自身が何度も精神的に救われた大切な部下でもあった。

 

「どうしたんですカ? いつもより暗いヨォ〜?」

 

 金剛は執務室に漂う重い空気に勘づいたようだった。提督はそれまでの空気を切り替えるかのように窓を軽く開けてから振り返って答える。

 

「別になんでもない。」

 

 金剛は訝しげな表情だった。提督は苦し紛れに話題を逸らす。

 

「それよりも何の用事だ? もう執務は終わらせようと思ってたんだが。」

「露骨に話題を逸らしに来るネー……。」

 

 若干呆れた様子だが、金剛も提督に聞かれてしまった以上、先に用件を伝える。

 

「ニューフェイスデース!」

「新造艦か…。」

 

 提督は執務室の椅子から立ち上がった。伸びをしながら時間を確認すると時計の針がすでに十四時を回っている。普段は昼前には終わり、そのまま食堂へ向かうのだが、提督が思っていた以上には時間が経っていたようだった。しかし執務中に間食を入れすぎたせいか、お腹が鳴ることはない。

 

「艦種は」

 

 提督が聞く。

 

「航空母艦、提督の希望通りデース。」

 

 金剛が答えた。加賀がかすかに反応する。そうして金剛と提督に軽く挨拶してからそそくさと退室していった。それを見送りながら提督は反応する。

 

「オーケーオーケー。それは良い知らせだな。」

 

 この鎮守府には航空戦力として有力な艦娘が一航戦の赤城、加賀しかいない。一応、鳳翔がいるが、すでに現役ではなく予備役の方に扱いとしては入っていた。そのため、いくら少数精鋭を主たるものとしているといえど、新戦力の確保の一環として建造をしなければいけなかったのだ、と自分の中では言い訳をつけていた。その本当の意味は基本的に漏らすつもりはない。

 

「建造時間何時間だったっけな…」

 

 提督は頭を掻きながらぼやく。あまり工廠に出向かないため、建造時間や改修などの業務に関わることが少なく忘れてしまっていたのだった。今回は金剛が明石から聞いており、しっかり覚えてきていた。

 

「六時間デース。」

「なら……五航戦か。」

 

 即答だった。金剛も提督があまりに早く答えるため少し驚く。

 

「それならちょうどいい、出迎えに行くか。」

 

 提督は別人のように素早く立ち上がって身だしなみを整え、外に出る準備を終えた。機敏な行動に金剛も一瞬気取られるが、取り乱しはしない。

 

「分かりまシタ。それでは行きま」

「その必要はありませんよ。」

 

 出発の時。そうなった中で金剛の声は遮られた。提督と金剛は声の聞こえた方向に目を向ける。

 立っていたのは赤城だった。横にはさっき退室していった加賀もいる。

 

「航空母艦の新造艦と聞いていましたから、私がお連れしました。」

 

 微笑みながら赤城が言う。流石週の半分以上秘書艦を務めている艦娘というべきか、仕事が早い。持つべきものは優秀な部下だと提督は感じた。そして赤城と加賀の後ろにいる艦娘に目を向ける。紅白の着物、綺麗な髪とツインテール。提督が一時も忘れたことのない顔がそこにあった。

 

「翔鶴型二番艦、妹の瑞鶴です。これからよろしくお願いします。」

 

 瑞鶴は深くお辞儀をする。初々しいというべきか、少しまだ緊張が解れてはいない様子だった。行自身の先輩である一航戦の二人が立っており、それに加えて泊地の主人たる提督が目の前にいるのだ。少し瑞鶴には重いものとなっているのだろうと予想がつく。

 

「よろしく。」

 

 提督の返答は簡素だった。押し殺された感情は誰にも悟られない。

 

「それでは提督への挨拶も済ませたことですし、そのまま鎮守府の案内に移りましょうか。」

「はい!!」

 

 赤城はやる事は済んだと言わんばかりに翻して、瑞鶴を連れて行こうとする。提督は無意識の内に「俺も行こう」と言ってしまっていた。普段と異なる彼に赤城は物珍しそうに話す。

 

「珍しいですね、提督はそういうの面倒に感じるタイプだと思っていたのですが。今までそんなこと一切やってこなかったのに。」

「私も思いマース。いつもの提督じゃない気がして少し気持ちが悪いデース。」

 

 金剛が赤城の言葉に共感する。

 

「ただの気まぐれだ。」

 

 提督の弁解に赤城も金剛もそれ以上は深掘りはしなかった。加賀だけが沈黙を貫き通しており、どちらかと言えば提督は赤城や金剛の言動よりも加賀の静けさの方が気になっていた。

 

「あの〜……。」

 

 少しの静寂が続くと、瑞鶴が気まずい顔をしながら会話に参加した。いつの間にか瑞鶴を置き去りにしてしまったことに気づいた三人はすぐに本題に戻る。

 

「少し話が逸れてしまいましたね。それでは一緒にいきましょうか。今回は普段は案内に参加しない提督も来るようですがそんな気を引きしめなくていいですからね。」

 

 赤城は瑞鶴に向き直ってそう言った。瑞鶴の身体にあった緊張の糸も少し緩む。提督はさっさと執務室の外へ出た。金剛は自身があまり必要とされていないことを察し、提督が出たあとに続いて颯爽とドアをくぐり抜け、先に下の階へ向かう。午後のティータイムというやつだろう。加賀はそのままついてくる様子で廊下にたたずんでいた。

 

「どこから行くんだ。」

 

 提督は執務室に鍵をかけながら赤城に聞く。

 

「工廠は見たのでとりあえず遠い演習場からですね。」

 

 そう言って赤城が歩き始める。他の三人もそれに続いた。




これから何卒よろしくお願いします
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