北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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単冠湾のある艦隊(2)

「ひさびさに戦闘を見るかもな……。と言っても演習だが。」

 

 演習場、果ては限りある民間居住地に繋がる道を一同は歩いていた。草だけが周りに広がるその道は車両は通れるようにある程度、舗装されているが粗い。

 

「提督は指揮官なんですから見ないのは当たり前です。前に出て無茶されて死んだら困ります。」

 

 赤城が目も見ず答える。本心ではあるのだろうと思いながら提督は苦笑いをするしかなかった。

 

「でも俺が前に出る価値だって多少なりともあると思うぞ。戦況がダイレクトに見渡されるわけだし。船あるし。」

 

 提督がそういうと赤城は振り返って言った。

 

「どんなに言ったって無理なものは無理です。提督は人間なのですから一発貰ったらアウトですよ? それを理解していて言ってるんでしょうね?」

 

 若干赤城は怒っているようだった。

 

「そんな簡単にくたばらんよ。これでも身体は強いからな。」

 

 提督はそのなんとも言えない腕を曲げてアピールする。赤城は怒りを通り越して少し呆れてしまっているようで、口を開けるが言葉は出てこない。すると後ろから声をかけられる。

 

「提督さんはそんなに無理をする方なのですか?」

 

 声の主は瑞鶴だ。加賀との話も少し区切りがついて、赤城達の方を見てみたら気になる会話だったのだろう。興味津々だ。加賀はいつもの無感情の表情であった。赤城はため息混じりの声で愚痴る。

 

「えぇ。私たちのいる海域に来てみたり、五日間徹夜したり……。しかも『深海棲艦と戦ってみようかな〜。』とか言い出すんですよ。人間だからそんなことできるわけないのに。指揮能力が優秀なのは認めますが正直言って身の程を弁えていないです……。」

 

 提督は少し酷く言われたような気がしてムッとしたが、言ってることは改めて鑑みてみれば至極当然なので何も言い返せなかった。

 しばらく歩いていると演習場手前の浜に着いた。赤城が瑞鶴に対して説明を始める。加賀も過不足ない情報の提供を手伝うようだ。提督の仕事がないので暇をつぶす羽目になった。とはいったものの、やることもないため海を見るだけだ。

 

「ここが第一演習場です。といっても海域はもう少しあちらのほうなので本当の意味での演習場ではない言えるんですが…。」

 

 演習場では文字通り演習が行われる。規模が大きい所では他の泊地や鎮守府との合同演習も行われているようである。単冠湾泊地がそれをできる鎮守府や泊地は近場には少ないがいつかはやろうと提督は考えていた。また、同時に訓練も実施される。訓練といっても物によっては演習でやるものと大差はない。名目上のみでの違いなだけもある。陸から海の標的を狙う射撃訓練、実際に海に出て航行技術の向上を図る海上訓練、模擬弾やペイント弾を利用したより実践的な戦闘訓練など実際の海上戦を想定した有用で多種多様な訓練や演習を行うのだ。

 そして、海域は鎮守府の建物がある湾南西部側より、二キロほど離れた北西部の方に定められており、出撃任務の艦娘と鉢合わせることがないように配慮されている。数は二つでより鎮守府から離れる真北の第二演習海域は実弾許可が降りやすいことから好んで使う者が多い。今日は、少し前まで執務室に来ていた川内と数名の駆逐艦が第一演習海域で訓練を実施していた。

 

「明日から瑞鶴さんはここで訓練ですからね。覚えておいてください。」

「分かりました…って、え?」

 

 瑞鶴が素っ頓狂な声を出す。ぼーっとしていた提督は現実に引き戻された。

 

「朝早く起きて航行訓練と対空射撃訓練です。対空射撃訓練の時は随伴艦として二人駆逐艦はつけますから上手く捌きなさい。」

 

 加賀が赤城の情報に付け足す。提督はとりあえず瑞鶴の反応を見た。不満ではないのだろうが心なしか顔は青い。

 

「少しやりすぎじゃないのか?」

 

 提督は状況的に仕方なく瑞鶴側につくことにした。瑞鶴も頷いてアピールしている。赤城はため息を、加賀は呆れた目を提督に向ける。提督は対応が心底面倒に感じたが、練習内容、訓練内容での責任だけは背負っているのだ。そういう意味では口を出す権利はあるといえた。

 

「新造艦で新人なんですよ?実戦で沈められることが一番高いのは提督自身が知っているはずです。」

 

 赤城は先ほどまでの笑顔と変わって真顔で言う。提督もその意味は十分理解していた。新人が自分の判断ミスで死ぬ苦しみ、後悔を知っているし、立場上厳しい指導をしないといけないことすらも分かっている。

 

「分かってるさ……事情は。」

 

 提督は深く息を吐いた。十一月の始めとはいえ息は白い。秋も終わり、すでに本格的な冬へと近づいている証拠だ。またそれはつまり、出撃回数や演習回数が減ることも意味する。冬に資源回収をする危険性と燃料や火薬の消費量が増加するだろうという観点から資源類を節約するためだ。故に、航空母艦を始めとする大型艦の演習回数は無論、制限される。既に練度がある艦娘は良いが、新造艦、新人である艦娘にとっては良くない時期が近づきつつあると言えるだろう。

 

「だったらどうして……。」

 

 赤城の言葉が続かない。提督が庇う理由がわからないのだ。しかし、提督はその理由を知る必要も話す必要もないと感じているために何も言わなかった。そうして、加賀が言った。

 

「ひいきでもするつもりですか?」

 

 空気が完全に凍りついた。提督を知っている人ならば、そんなことをしないと断言する。当然の事実を今更否定する発言を鎮守府でも着任期間の長さで一、二を争う加賀が言うのは予想外であった。すると、本人よりも先に瑞鶴が反応する。

 

「ひいきをするために庇った訳じゃないのは分かります。それに、私はそんなことを望んでません。」

 

 はっきりと、強く瑞鶴は言った。加賀も元々そのようなことをはなから思っていなかったようで何も言わずに下がった。提督はどうしてあのような言動を加賀がしたのか、少し引っ掛かりを覚えたが、気にしないことにした。

 

「……とにかく、明日は五時半に第一演習場、今軽巡と駆逐艦の方達が演習している海域に集合です。艤装はもちろん持ってきてください。」

 

 赤城が瑞鶴に再確認する。今度は覚悟を決めた顔で瑞鶴は頷く。覚悟を決めるほどのことではないのではと提督は思ったが、これ以上は首を突っ込まないことにした。

 

「それでは次の場所にいきましょうか。」

 

 それまでの空気が和み、赤城は歩き始める。瑞鶴と加賀もそれに続いたが、提督は一人立ち止まっていた。

 

「俺はここで演習を見てるから勝手に回ってくれ。」

 

 たまにはじっくり艦娘の海で駆ける姿を提督は見てみたかった。赤城は「全く自由すぎて困ります」と文句を言いながら歩いて行く。なんだかんだ認めてしまうあたりは優しいやつだと提督は思った。そして、赤城達の姿が見えなくなるのを確認した上で、演習場の近くの桟橋まで下って行った。

 海上に的を立てて、その間をジグザグ航行をしながら射撃をしていく。その射撃精度と航行の滑らかさの両立が戦闘において多大な恩恵をもたらすのだ。すでに川内による見本の披露は終わっているようで、駆逐艦娘達が実際に行っている最中だった。

 提督が演習の様子をやや老朽化している桟橋の先で、立ちながら事細かに観察していると、すべての行程をいち早く終わらせた夕立が演習の一群を外れてやってきた。

 

「提督さん、何してるっぽい〜?」

 

 夕立が浜のほうに向かったことで、他のメンバーも気付いてしまった。川内が第一戦速あたりに切り替えたのか、そこそこな速さで不満げな顔をしてやって来る。

 

「何やってんの?」

 

 いかにも立ち去って欲しそうな雰囲気を持っている。実際、提督がこの場に来なければ演習は円滑に行われていったからもっともだと提督は感じた。普段演習場にやってこない提督がいることが気になってしまうのは、駆逐艦たちを見ればわかる。

 

「仕事を妨害して悪かったな。たまにはこうして見ているのもいいと思っていたんだが。」

 

 そう言って提督が立ち去ろうとすると先ほど訓練内容を終わらせたのであろうが時雨がやってきて引き留めた。

 

「まぁまぁ提督。夕立がまたすごい事をし始めたから見て欲しいんだ。」

 

 時雨が最初に言うと今度は夕立が語りかける。

 

「そうっぽい!! 新しい撃ち方を身に付けたっぽい!!」

 

 すぐにでも披露したいのであろう。ただ、ジャンプしているので提督に水飛沫がもろにかかる。少し提督は離れた。

 

「はしゃぐなって……海水が飛んできちゃうだろ。」

 

 顔にかかった水滴をポケットから引っ張り出したハンカチで拭き取りながら提督は言った。夕立は少しハッとした表情で動き回るのを控える。執務室に続き、またもや話の腰を折られた川内は、ため息をつきながら話を主題に戻した。

 

「それで見ているのはもういいんだけどさ。邪魔はしないでよね?」

「もちろんだ。」

 

 提督がそう返事をすると、川内は何も言わずに振り返って的のある沖の方へと戻っていく。そのまま演習の続きをするようだった。そこに夕立が「川内さ〜ん。新しいやつ見せてもいいですか〜?」と大声で呼びかける。その言葉に対し、川内は好きにしろと振り返って目で伝えてきた。時雨と夕立以外は川内が今までいた場所に未だ止まっていることから、まだ終わってない分はやるぞということだろう。

 

「それで、新しい射撃方法ってなんだ?」

 

 改めて聞くと時雨が一つ的を持ってきた。若干川内に小言を言われたようだが、そこはなんとか乗り切った様子。夕立が砲弾が連装砲に装填されている事を確認し砲を構える。そして、砲撃を行なった。鈍い音があたりに響く。命中を確認し、夕立が振り返った。最初提督は教習ビデオで見たものと何が違うのか分からなかった。だが、的の状態をじっと見ることで初めて理解することができた。

 

「これ……、別々に射撃したのか? 連撃した時みたいな傷だな。」

「冴えてるねぇ。」

 

 的にある弾丸の跡が一点しかないのである。主砲の片側を先に撃ち、着弾点へもう片方から撃っているといったからくりなのだろう。貫通力を高め、撃沈しやすくしているのだろうかと提督は感じた。それでいて砲撃音はほぼ一回にしか聞こえなかった。連装砲自体に改造が施されているわけではない。どのような体の使い方、反動の制御などをしているのかは分からないが並の艦娘にはできない技術であることは確かだと感心した。

 

「どぉ? すごいっぽい〜?」

 

 夕立は提督の反応を待っていた。犬さながらの待ち方に提督は心が安らいだ。

 

「化け物だってことはわかった。まさかこんな技術を持ってるとはな。」

 

 提督が化け物扱いすると、夕立は少し頬を膨らませた。ただ、褒められているのには変わりはないので文句は出ない。

 

「本当、夕立の砲撃の才能はすごいよ。」

 

 時雨が深い感心を持った声で言う。実際、彼女が『単冠の夕立は内外ともに駆逐艦で最高水準だ』という評価を受けているのは提督も熟知していた。

 

「だけど時雨だっていつも最後の締めを魚雷で決めて来るだろ?」

 

 しかしながら一人だけが優秀なわけではない。提督は時雨の才にも目を向けていた。

 

「そうは言っても響には負けるよ。僕よりも命中精度が段違いすぎる。艦の性能差と運の良さで追いつけているようなものさ。」

 

 時雨は少し嬉しそうにしながらも謙遜する。確かに比較に上がる響とは命中率という点で劣るかもしれない。だが、まだ未知の異なった本当の強みが別にあると提督は感じていた。だからこその歯痒さも少々あった。

 

「まぁでも駆逐艦の中じゃ天井に近いからな。卑下することもないと思うぞ。」

 

 そのフォローが功を奏したのか、時雨は自信をもらったような反応だった。

 そんな事を言っていたら提督は自身の方向に演習弾が飛んできていることがわかった。演習用とはいえ、艦娘が怪我をしないように調整しただけのある種の弾丸だ。人間に当たったら怪我どころでは済まないだろう。夕立と時雨も提督の視線の動きから気付いて動こうとしたが間に合わない。

 

「危ない!!」

 

 半ば悲鳴のような声で時雨が叫ぶ。しかし、彼女らが思っているほどの酷い状況にはならなかった。鈍い音はせずパシッという乾いた音が鳴り響く。

 

「全く…どの子だ外したの。」

 

 提督は左手で頭をかきながら右手で演習弾をその手に収めていた。これに思わず時雨と夕立が目を丸くする。人間である提督が、手袋ありとはいえ演習弾をキャッチしたのだ。しばらくして川内と砲を外した本人であろう敷波がやって来る。

 

「次からは気をつけな。」

 

 提督は極力優しい声音で言った。一応当たったら軽傷では済まなかった立場だ。本来すべて許すというわけにはいかないのであろうが今回は多めに見ることにした。

 

「本当にすいません!」

 

 何度も深く謝られたが、提督は「いいからいいから」と笑いながら言ってその場を流した。そうして、敷波が訓練へ戻っていくのを川内は確認すると、提督に質問を投げかける。

 

「あの弾、どうやって見切ったの?」

 

 どう考えても手で取れるような弾ではないと言いたいのだろう。

 

「演習してる方は放置していいのか?」

 

 提督が先に確認する。監督責任が出てくると困るのだ。

 

「いいよ別に。元々やるべきことは伝えてあるし。アドバイスないだけだからほぼ自主練と変わらない。」

「だったらいいんだが。」

 

 夕立と時雨同じような感情を持っている様子だったので提督は仕方なく答えた。

 

「動体視力が人より良くてな。」

 

 明らかに三人とも納得のいっていない顔だ。提督はため息をつきながら情報を付け加える。

 

「単純に視力がいいんだよ。眼球がピントを合わせる速度と精度が常人と違うだけ。」

 

 なるべく詳しく提督は言ったつもりではあったが、三人ともピンときていない様子だった。仕方がないので提督は実際にもう一度見せることにする。

 

「あんまりわかってなさそうだな。夕立、少し離れた場所から演習弾を撃ってみろ。それをキャッチすればとりあえず速い物体を捉えることができるってことは証明できるだろ?」

「そんなことしたくないっぽい。提督さんが大怪我でもしたらどうするっぽい。」

 

 夕立は一貫して拒否するつもりのようだ。時雨も同じようで全くやる気はない。提督を普段から慕っているからこそ、彼が傷つく原因になるようなことはしたくないのだ。そもそも、提督の話に未だ疑念があるのも一つの理由ではある。そんな中、川内がほんの少しだけ好奇心が勝った。

 

「だったら私がやるよ。言い出しっぺがもしもの責任は負わなくちゃね。」

「決まりだな。」 

 

 夕立と時雨は川内の予想外の行動に唖然としたが、信用できる人が撃つのならと渋々承諾した。そうして、提督は円滑に事を進めていく。川内を三百メートル程離れた位置へと移動させ、提督は彼女に対して正面を向くように立つ。少しでも目測を誤れば死に直結するという意識があるのかもしれないが、提督はそこまで重く考えてはいなかった。

 

「本当に大丈夫なんだよね?」

 

 横では夕立と時雨が相変わらず心配そうな顔つきで見ていた。提督は気にせず集中力を高めていく。駆逐艦の弾は取るのが楽だが、軽巡となれば話は別だ。弾速や威力を殺す際に気を払う必要があるし、ある程度集中が必要になる。

 

「心配するな。」

 

 提督は二人に一言だけ放って川内に合図を送った。手をあげてから五秒後に一発撃つ。提督は頭の中で川内からの言葉を復唱しながら意識を、飛んでくるはずの一発の演習弾へと向けた。遠目でかすかに光が見え、すぐに音がやってくる。提督の視界には鮮明に弾薬に似せたゴム玉が一発映し出されていた。普通に考えて、速い物体を目で捉えたとしてもそれを手でキャッチすることができるかは別問題だ。だが、提督にとってそんなことは一度も問題として認識されていない。迷わず右手を伸ばし、それを受け止める。反動は強いが、体で受け止めれば問題はない。

 

「っと。」

「すっご……。」

 

 提督が本当に捕えてしまったことに思わず時雨が言葉を漏らす。普段はうるさい夕立でも言葉が出てこないようで、黙ってしまっていた。提督はその手に収めたゴム弾を少しの間眺めた。キャッチできるのは弾頭がゴムだからだ。実戦ならばとっくに死んでいる。見えるだけじゃ誰も守れない。そう思っているからこそ提督はこの特技に有用性というものは感じれなかった。

 川内は演習弾を撃った後、すぐに提督の方へ舵を切っていたようで声が聞こえてきた。

 

「無事だよね〜?」

 

 心配する言葉が先に出てくる川内に優しさを感じながら提督はそのまま演習弾を投げ返す。

 

「何も問題ないぞ。少し手が痺れたぐらいだ。それより、これで俺が弾を見切れるってことの示しはついたよな?」

 

 川内は飛んできた演習弾をキャッチしながら言葉を返した。

 

「あんなもの見せられちゃったらね。それにしても本当すごいよ。どこで身につけたのあんな特技。」

 

 提督が答えようとすると、遠くで訓練をしていた白露たちがちょうど帰ってきた。彼女らの顔を見るに、提督の実演を見てしまったのだろうか。こころなしか目がキラキラしている。これには川内も「これは返答先延ばしだね」と言いながら笑っている。

 苦笑しながら提督も相槌を打っていると、夕立に服の裾を引っ張られた。

 

「後であれのコツを教えて欲しいっぽい。」

「どっかでな。」

 

 提督もとんでもないことを考えるなと思いながら二つ返事で対応した。それに夕立は満足そうな顔で海上を駆けて行き演習の後処理を始める。時雨や白露たちも便乗した。

 

「片付け始めちゃうし提督は戻っていいよ。暇になるだろうから。返事は後で聞かせて。」

 

 その様子を受けて川内は提督に一言、伝える。

 

「ならお言葉に甘えさせてもらうか。」 

 

 反転し、桟橋から離れ鎮守府のある方向へと歩む。案外演習場から鎮守府までの距離は陸路だと長い。話相手がいれば別だが、今はもういない。そうして提督はため息をつきながら肌寒い中、少し長い帰り道に足を踏み入れた。

 

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