北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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部隊結成(2)

 九時ちょうど、瑞鶴は執務室にいた。やや広々とした静かな空間は重々しい雰囲気を持っていて思わず息を呑む。

 

「今日呼んだのは新しい部隊を作るためだ。それとその初陣の作戦内容についても決めるつもりだ。いきなりではあるが、勘弁してもらいたい。」

 

 提督は集まったのを見ると早速本題から入った。瑞鶴はまわりをこっそり見渡し、他に召集されている他のメンバーを確認した。瑞鶴以外に集められたのは時雨、川内、金剛。経験のある強者揃いだった。そして、来客用のソファーには食堂以来の剣城が座っている。

 

「うちの主力の第一艦隊が遊撃を得意とする艦隊なのは知っているな?」

 

 その言葉に誰も反応はしない。当然の事実は皆まで言わなくても既に泊地に浸透している。新参者の瑞鶴も流石に理解していた。

 

「最近多方面で深海棲艦への攻撃が行われていて、これの支援にうちの主力が引っ張りだこなんだ。ただ、艦隊は一つしかない。需要と供給に大きな差がある。」

 

 提督はわざとらしく、仰々しく振る舞う。瑞鶴にはそれが若干滑稽に見えた。横を見ると時雨が笑いを堪えている。川内が静かに彼女の腕をつねるとすぐに素に戻った。

 

「そこで、その後継にあたる第二艦隊を作ろうとしているわけだ。主力と同じ遊撃を目的とする部隊をな。」

 

 立ち止まって提督は振り向く。

 

「それで君たち四人が選ばれた。まぁあんまりかしこまらなくていい。とりあえず、第二艦隊を新しく作るということが伝わればいいからな。近々作戦が行われるんだ。本当に話し合うべきものはそっちだ。」

 

 時雨を除いた三人の緊張の糸が少しだけゆるむ。提督は新しく説明を始めた。

 

「今現在、キス島の攻略に幌筵の方が苦戦しているらしい。該当海域の南東に敵主力らしき艦隊が鎮座しているようで、それが危険極まりないとのことだ。今回うちが頼まれたのはそれの掃除となる。囮になるだけでもいいとは言われているが、正直な話、危険な芽は予め摘んでおくほうがいい。」

 

 提督は海域の地図を持ってきて指さす。キス島周辺の海域を確保すれば北方海域深部への足がかりを掴めるのは瑞鶴でも地図を見ればわかった。そして南東にいる敵主力部隊がその足枷となりうるということも。すると、時雨が一つ問う。

 

「第二艦隊を作るっていうのはわかったけど、私たちを支援艦隊に当てて第一艦隊に任せるっていう手はないの? フラグシップ級とかゴロゴロいる場所だよねここ。」

「手段として全然ありだろうな。ただそうすると育成ができん。実戦経験を積むことができるのはあくまで支援艦隊としての部分だ。いくら少数精鋭とはいえ後継がいないのはどうかと思うし今回がいい機会だと思った。」

 

 提督は瑞鶴の方をチラリと見る。少し身が強張るのを感じた。時雨は理解したようで静かになる。すると、今度は川内が質問をした。

 

「欠員がいるのは何か理由があるの?二人足りないけど。」

「後々入れるつもりの艦がいるからな。だから欠員になっている。今回はそこに瑞鳳と村雨を入れるから安心してくれ。」

 

 提督が同じように答える。川内は納得した様子で頷いた。

 そうして、様々な問答を交えながら、作戦は綿密に組まれていった。日時、場所をはじめとして幌筵島の編成に至るまで事細かく擦り合わせと事前の情報共有を行っていく。

 

「椃木。今回は大湊の方で何かする必要はないか?」

 

 話し合いが一区切りついた時、剣城が提督に対して確認をとった。

 

「そもそもここに来た目的はこれじゃないだろ。頼るつもりはない。」

「分かった。」

 

 提督の返しに剣城は一言だけ放ってまた黙り込む。短い会話ではあったが、瑞鶴は剣城がきた目的が少し気になった。キス島の支援についての話をしに来たのでなければ何をしに来たのか。情報がない以上、瑞鶴にそれを予想することはできなかった。

 

「とりあえず、キス島攻略のための殲滅任務についての最終確認を行うぞ。目標は該当海域の南東敵主力艦隊。作戦開始日時は十一月二十五日の午前九時ちょうど、幌筵泊地の艦隊より先行して接敵し、敵部隊を撃滅する。いいな?」

 

 提督の言葉に皆が承知の意を示す。

 

「それでは解散だ。当日の健闘を祈る。」

 

 かくして、単冠湾泊地に正式に第二艦隊、正確に呼称するならば『第二遊撃部隊』が編成された。重要な役割をこなすこととなった瑞鶴は緊張と同時に心が躍る気分だった。

 

「ね、僕の言った通りになったでしょ?」

 

 退室し廊下を歩いていると、時雨が自慢げに瑞鶴に話しかけてくる。それをうまくいなしながら、瑞鶴は作戦内容を頭のなかで何度も復唱、暗記をしていた。単冠湾に来てからの初仕事を失敗させるわけにはいかないという責任感が大半を占めていたからだ。

 

「まさか新しい部隊を作るとはねぇ。」

 

 川内が頭の後ろに手を組みながら呟く。心当たりはあったのか驚きはそこまでない様子だった。瑞鶴も含め、その場にいた第二艦隊のメンバーは時雨の言葉にはノータッチだ。時雨は頬を少し膨らませたが、文句はこぼさない。

 

「最近はここも変わりつつありますネー。」

 

 金剛が川内の独り言に共感を示す。普段の明るい言動の反面、ここに至るまでの口数は少なかった。

 

「とりあえず『作戦開始日まであと三日あるからその間に艦隊内で親睦を深めておけ』って提督言ってたし、改めて自己紹介でもしておく? まぁ主に瑞鶴が把握できるようにするためではあるけど。」

 

 瑞鶴の方をチラ見しながら川内は言った。実際、瑞鶴は泊地内の艦娘に関してはあまり詳しくはなかった。朝の訓練で一緒になったことのある駆逐艦ぐらいしか面識がない。それも途絶え途絶えの関係だ。瑞鶴はいい機会だと思った。

 

「お願いしたいです。まだここに来て一ヶ月も経ってないので。」

「オッケー。」

 

 川内はその応答にそう返すと、少しかしこまって瑞鶴に向き直った。自然と瑞鶴の背筋がピンとはる感覚になる。

 

「私は川内型軽巡洋艦一番艦の川内。姉妹艦はここにはいないかな。夜戦の腕っぷしには自信があるから任せておいて。」

 

 そう言って川内は瑞鶴に親睦の証拠としての握手を求める。瑞鶴も条件反射的に手を差し出した。   

 今度は金剛が話始める。

 

「金剛型一番艦、金剛デース。特に言うべきことはありまセンがこれからよろしくお願いしマース。」

 

 川内と打って変わって金剛のは非常にシンプルな自己紹介だった。だが、そこに金剛の強かさがあるように瑞鶴は感じられた。金剛も川内に倣って握手を瑞鶴とかわす。最後に残すは時雨だった。

 

「僕は白露型駆逐艦二番艦の時雨。運と雷撃には自信があるんだ。あと夜戦もね。まぁ瑞鶴とは結構話したとは思うけど、これからもよろしくね。」

 

 夜戦という言葉を時雨が口にする際、川内の方向を少し気にする。瑞鶴にはその行為が気に止まったが、大したことでもないと理由は深く考えなかった。また、川内と金剛とは違い時雨は握手は求めなかった。すでに親しいという認識が通っているのだろう。そうして三人の自己紹介が終わると次は瑞鶴の番だ。瑞鶴は深呼吸して話し始めた。

 

「翔鶴型航空母艦二番艦、瑞鶴です。まだまだひよっこかもしれないけど空母としての仕事だけは全うさせてもらいます。これからよろしくお願いします。」

 

 話し終えると同時に瑞鶴は深くお辞儀をした。丁寧な所作に吊られて他の三人も再度「よろしく」と返してくる。

 

「あ〜……タメでいいよ。同じ艦隊になったのに敬語っておかしいでしょ? 気持ち悪かったら直さなくてもいいけど。強制はしない。」

 

 川内は軽く笑いながら瑞鶴に促す。まだ緊張の色は抜けていなかったため瑞鶴はまだそこまで踏み込むことはできなかったが「いつか……」と遠慮しながらも承諾した。そしてそのまま川内が続けて話を仕切る。

 

「それじゃあ、自己紹介も終わったし親睦を深めるためにやることと言ったら……。」

「夜戦とはいわせまセンよ。瑞鶴が戦えまセン。」

 

 言葉を予想して金剛が楔を打つ。しかしそれは杞憂に終わることとなった。

 

「分かってるってば。まずは小手調べついでの演習でしょ?」

 

 川内の顔に笑みが浮かぶ。

 

「最近駆逐艦の相手しかしてこなかったから身体がなまってないかな〜って思ってたところなんだよねぇ。」

 

 瑞鶴の背筋に悪寒が走る。何か恐ろしい予感がした。対して、金剛と時雨は夜戦でない演習という川内の提案には乗る気満々だった。どちらも臨戦態勢に移行する準備は万端と見える。

 

「瑞鶴もそれでいいよね?」

 

 川内からの質問に瑞鶴は首を下に向けることしかできなかった。そうして、川内は「先に艤装取りに行ってて」と言って演習の予約を取りに泊地の公用掲示板の方へと急いで向かっていった。時雨が瑞鶴の表情から心中を察したのか慰めの言葉をかける。

 

「まぁ…演習弾だから。沈みはしないよ。」

 

 逆効果と言えるこの言葉は瑞鶴の気分をさらに下げた。これからボコボコにされることが決まったような物だからだ。だが、同時に瑞鶴は冷静に生き残るためにどうやって立ち回るか考えた。新米なりに足掻こうと瑞鶴は決意を固め、一度艤装をとりに時雨達と自室へと歩み始めた。

 

 

 

 

 

 突然の大湊の提督の訪問で、加賀は秘書艦の仕事がなくなり工廠に出向いていた。瑞鶴の朝の訓練後に明石に装備の点検を依頼していたためだ。装備妖精とともに預けていたため、実戦的な練習もできず暇であったも理由の一つに含まれていた。

 

「あれ、加賀さんじゃないですか。秘書艦のお仕事はどうしたんですか?」

 

 案の定、明石が驚いた顔で反応する。

 

「剣城さんが突然訪問してきたから無くなったわ。」

 

 加賀の言葉に明石は納得した様子で頷いた。そして既に点検し終わった機体と妖精だけ先に返してきた。

 

「これ、まだ全て終わってはいませんが渡しておきますね。」

 

 手乗りサイズほどの装備妖精たちが細かく手入れされた機体を自慢気に見せる。どちらも小さいながらもそこに制空権の確保というものの全てが詰まっていた。加賀は微笑みながらその機体を指でなぞる。

 加賀は今まで何度も機体を変えてきたがそれら全てを乗りこなしてきた妖精たちのことを、敬意の眼差しを持っていつも見送っていた。母艦として帰れる場所を作るため、自身の鍛錬を欠かさず続けてきた。搭乗員がいるからこそ空母として活躍できる。航空母艦である者が忘れてはならない、軽視してはならない事実だった。

 

「どうかしましたか?」

 

 静かに妖精と機体を見つめ、触っている加賀を、明石は不思議そうに見ていた。

 

「いえ、なんでもありません。」

 

 返答に対し、明石は「大丈夫そうでよかったです」と言ってまた点検作業の続きに戻っていく。加賀は明石の邪魔をしては悪いと思い、工廠をひとまず後にした。

 

—瑞鶴はどうしているかしら。

 

 加賀はキス島の作戦に瑞鶴が起用されるのは情報として把握していた。秘書艦をやっている以上、提督からそのような話が入ってくる。まだ戦闘経験がない彼女を赤城や加賀の手が届かないところで作戦に使うのは気が引けたが、成長するためには必要な物だと自分自身に言い聞かせて納得していた。赤城とはその部分で意見が一致していたのは幸いだったと言えるだろう。問題はそれまでに仕込みが間に合うか、だったが。

 

「すぐに根を上げないでね、瑞鶴。」

 

 外に出て、加賀が物思いにふけっていると時雨の声が聞こえてきた。声のする方向に加賀が目を向けると、瑞鶴や時雨、金剛が艤装を持って演習場に向かっている最中だった。金剛が加賀の存在に勘づく。

 

「ヘーイ、加賀。一緒に演習をしマスか〜?」

 

 金剛の呼びかけによって瑞鶴と時雨も加賀がいることに気づく。加賀は金剛に対して少し大きな声で言った。

 

「残念ながら今は艦載機の点検中なの。だから観ることしかできないわ。」

 

 加賀の返答に金剛は少し残念そうな顔をする。金剛と加賀は赤城並みに長い付き合いだ。それ故に何度も演習を行っては切磋琢磨してきた。どちらも古株になるにつれ、仕事が分かれてしまってその機会が少なくなってしまったのは、加賀も金剛もとても口惜しく思っていた。もし加賀の装備が手元にあれば、快諾していただろう。

 

「それだったら見ていくだけでもいいと思うよ。どうせ剣城さんが来たから秘書艦の仕事がなくなったんでしょ?」

 

 時雨がそう言った。瑞鶴が少しギョッとした顔になる。

 

「お言葉に甘えさせてもらおうかしら。単艦での演習を見るのは数年前の秋季大演習の時以来ですし。」

 

 加賀の言葉に時雨の顔が明るくなる。観客がいなければつまらないと思っていたのだった。同時に瑞鶴には緊張の色が見え始める。まだまだ先輩後輩という意識は抜けていないのだなと加賀には感じられた。

 

「そういえば瑞鶴、貴女艦載機の運用はまだ詳しくやっていないはずよ。大丈夫なの?」

 

 加賀はあることに気づいた。大事な部分を見逃していた。加賀の発言で金剛の表情が固くなる。流石に艦載機をまともに扱えないのに実戦に提督が出すとは考えていなかったからだ。

 

「それは本当デスか…?」

 

 信じたくないのか金剛が心配気な声で加賀に問い返す。

 

「えぇ…。航行訓練と対空射撃訓練ばっかりやっていましたから。『基礎の基礎から丁寧に』と赤城さんが。とはいっても流石に発着艦ぐらいはできますよ? 航空母艦である以上身体にノウハウ自体は刻まれているはずです。ただ……艦載機の練度はさっぱり。」

 

 金剛が天を仰ぐ。瑞鶴も薄々気づいてはいたのか、少し加賀に指導して欲しそうな目をしていた。加賀はあとで赤城に小言を言われるのを覚悟して期待に応えることにした。

 

「実戦で何もできなくなったら困るし、致し方ないわね……。基本部分だけは教えてあげます。艤装を取ってくるから先に行ってて頂戴。」

 

 瑞鶴の目が開く。信頼できる加賀が教導してくれるならばと、金剛も少し安堵した様子になった。そうして、加賀は自室へ向かうために来た道へ戻る。そんな中、時雨が加賀の瑞鶴への発言に対して一言いった。

 

「だったら加賀さんも標的艦にしちゃうからね? 強いんだから別にいいでしょ。」

「構いはしないけれど…。当てられるつもり?」

 

 それに対し、振り返って加賀は言った。加賀の挑発的な態度に時雨の目が一瞬細まる。

 

「言ってくれるじゃん。こっちも本気で落としに行くからね。」

 

 すると突如、加賀の背後から快活な声が聞こえてきた。加賀が振り返ると、川内が主砲を左手に持ちながら立っている。

 

「はぁ……。戦う相手は私ではなく瑞鶴ですから。根本的なところを履き違えないで。」

 

 川内は「わかってるわかってる」と流しながら演習場の使用許可が出たことを皆に伝える。第二艦隊の面々は演習場に向かうために広場の方へ歩き始める。加賀は深くため息をつき、この後の演習の安寧を祈りながら川内たちの行くその逆の道と違えた。

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