「時間の制限は日の入りまで。範囲は第二演習海域全体ね。自分以外が全て敵の一回大破したら終わりっていう形式。瑞鶴にだけ特別に加賀さんの指導がついてて、加賀さん自身も標的として含んでいい。オーケー?」
五人全員が海に出て、海域に向かう間に川内が具体的な小手調べの方法を確認する。瑞鶴にとって、複数の艦娘で行うものは新鮮な体験だった。
「第二艦隊を作った主な目的は『遊撃部隊を増やすためだ』って提督は言ってたでしょ。私も遊撃についてある程度は知見があるとは言っても正直なところ自信はないんだよね。だからその確認っていう意味でもこの形式がちょうどいいと思ってるんだけど。」
金剛や時雨もその意図を十分に理解している様子で、追加注文はしてこない。瑞鶴はイマイチピンときていなかったが、何も言わなかった。
「全く提督も遊撃の意味を履き違えて使ってそうだから紛らわしいよね。周りがそうだからしょうがないんだろうけどさ。」
そもそも各鎮守府、泊地ではいろいろな言葉の定義が曖昧になることが多かった。気にしていても、最終的には崩れてしまう。提督もそのうちの一人だった。
「そろそろ中心を示すブイが見えるはずだから着いたらそれぞれ四方に散らばって。」
川内の言う通り、海の上を進んでいると一際大きい物体が浮かんでいる。それはだんだんと大きくなっていきその手前にたどり着いた。海域の中央部に設置されている赤いブイだ。演習海域の識別によく用いられる。川内は皆が準備できたのを確認すると息を吸った。
「物は試しってことで、散開!」
川内の合図と共に時雨、金剛、瑞鶴が四方にそれぞれ素早く展開する。演習海域の大まかな限界を示すブイについたらスタートだ。中心のブイにその方向は刻まれているので直線で動けば到達できるようになっている。瑞鶴のもとにはもちろん、加賀がついてきていた。
「加賀さん、艦載機ってどういう風に使えばいいんですか?」
早速瑞鶴はブイに向かっている中、加賀に教えを乞う。先手を打ちたかったのだ。
「まずは貴女の装備を把握しないことには始まらないわ。何を持ってきたの?」
加賀の質問に、瑞鶴は自身の矢筒を確認する。
「戦闘機、艦攻、艦爆が入ってます。」
「偵察機以外を持ってきたのね。」
加賀は自身の矢筒の方をチラッと見る。入っているのは点検済みの少数の流星改のみだ。艦攻以外の機体を深く指導できるかは少し怪しかった。
「まだ赤城さんからは渡されてないはずだから恐らく二一型と九七艦攻、九九式艦爆のはずよ。あってるかしら?」
瑞鶴は再度見直した上で頷く。一航戦である加賀と赤城の機体は非常に強力な物であるのは周知の事実だが、新しく来た瑞鶴に対する機体はまだ配布されていなかった。赤城が「艦載機の訓練が終わってから」とストップしているのと、強力な艦載機が十分な量開発できていないのが原因だ。
「とりあえず艦攻、艦爆だけ説明するわね。」
加賀は海の上を移動しながら一つの矢を弓にかけ、空へ放つ。そこに現れるのは紅の二本線を胴体に持つ艦攻、一航戦専用の流星改だ。発艦してから少し速度を上げ、旋回してくる。
「見ればわかると思うのだけれど、機体の下に一つ魚雷を抱えているでしょう?今は持っていないけれど艦爆も同じように爆弾を持っているわ。」
瑞鶴は進む身体の向きはそのままで目を凝らす。加賀のいう通り魚雷が一本ついていた。加賀の機体は低空飛行を開始すると、明後日の方向へ魚雷を投下し戻ってくる。
「艦攻は敵に魚雷を放つ関係上、低空で飛行して敵艦に接近するわ。進路を極力絞って確実に当てるためよ。艦爆は逆に急降下して近づくの。これも艦攻と同じような理由。だからどちらもその過程で撃墜される可能性が高い。」
帰還した機体を着艦させながら加賀は続けて説明する。
「加えて、敵に空母がいた場合大体戦闘機が発艦されるわ。そうなると敵に先に捕捉された時に艦攻隊や艦爆隊に甚大な被害を受けることになってしまう。それを避けるためには予め護衛機をつけたり、制空権を奪取しておく必要が出てくるの。あとは偵察機を送って艦隊の状態を把握しておくことも重要ね。少し話が外れたような気がするけれど、どちらにせよ戦闘機や偵察機の使い方に繋がることよ。覚えておきなさい。」
加賀の丁寧な解説のおかげで、知識がすんなりと瑞鶴の頭の中へと入ってくる。空母がどのような役目を担っているのかが瑞鶴には徐々に見えてきていた。
すると、やや遠くに海域の限界を示すブイが姿を現す。瑞鶴はそこは一気にたどり着くために主機の出力を上げた。着いたということは開始の合図だ。先手必勝、その言葉が瑞鶴の脳裏によぎる。
「一度貴女の好きなように艦載機を使ってみなさい。実際にやってみて慣れた方が上達は早くなるはずよ。」
加賀は瑞鶴に判断を委ねる。瑞鶴はうなずいて、ぎこちないながらも発艦動作を行った。瑞鶴が放った矢から、明灰白色の機体が出現する。そして続けて艦攻と艦爆をそれぞれ発艦した。少しだけ戦闘機を残しておく。
—私から見て右側に時雨が、左側に金剛さんがいたはずだから…。
瑞鶴は艦載機を操る妖精に電文を通して指示を送る。そうして時雨の方角へ瑞鶴の艦載機は一斉に向かっていった。ここで、加賀が一つアドバイスをする。
「まだ瑞鶴の艦載機の妖精は熟練度が高く無いわ。だから今は未帰還機が出ないように発艦した場所からはあまり動かないようにしなさい。」
「分かりました。」
瑞鶴は少し明るいトーンで返した。
「それにしても……金剛さんの方へは出さないのね。」
加賀は意外そうな声で言う。瑞鶴は搭載数という部分では決して加賀や赤城に劣っているわけではない。二つの方向に分ける手もあったはずだという考え方だった。しかし瑞鶴は時雨に対して数と射程の暴力で潰しに行くのが正解と勘が言っていた。なるべく敵は早く削ったほうがいい。
「川内さんもいるんですし、すぐに動くとは思えません。射程が長いですし待ちで動いているはずです。」
瑞鶴の返事に加賀は「そう…」とだけ言って瑞鶴の航空隊が向かった先の方角を静かに見つめた。加賀には金剛の行動はそんな短絡的なものだとは思えなかったが、素直に後輩の言うことに乗っかってブイに腰掛けた。
「うーん…。時雨、全部避けたの? 川内さんと戦っている最中だったのに?」
瑞鶴は着艦作業を終わらせた後、艦載機の妖精と会話していた。妖精は喋りはしないが代わりに思念で伝えてくれる。あくまでその装備を使っている艦娘にしかできないことではあるが。とにもかくにも、艦娘を支えてくれる大切な存在だった。
「ちょっと待って。時雨が川内さんと戦っているって事は……。」
瑞鶴が言い切るよりも前に、周りに着弾した際の水飛沫が上がる。飛行甲板を完璧に狙ったのであろう演習弾があとわずかなところで瑞鶴の足元へ逸れていった。一瞬何が起きたのか理解できなかったが、はっとしてすぐに加賀の方向を向く。加賀はすでにその場から動いていたようで金剛がいるのであろう点を見つめていた。
「偵察機で全体を把握していたようね…。雲に隠れているからわかりづらいけれど水上観測機を忍ばせてあるのが見えるわ。あえて言わないでおいたけれど敵の偵察機を落とすためには頭上に戦闘機を飛ばしておきなさい。周囲を警戒させておけば偵察機を見つけて落としてくれるはずよ。」
「言うのが遅いです……。」
瑞鶴の返事の直後、すぐに次弾が飛んでくる。二人はすぐさま回避行動をとって躱したが、弾の精度はさっきよりも格段に上がっていた。確実に狙った一射に次の行動を読んだ弾が混ぜられている。瑞鶴に多く弾が割かれており、加賀には一発だけ飛ばしているようだった。だが、瑞鶴は運に守られているのか、避けた方向に弾が来ない。加賀も加賀で、軽々と避けている。
「教習艦隊の仕事ばかりして長距離射撃の腕が落ちたかしら? 榛名さんの方が当ててくるけれど。」
「余計なお世話デース。榛名は努力しているのだから当たり前ネ。」
一気に加速してやってきたのか、金剛は自身の声が聞こえる距離に立っていた。瑞鶴は身構える。
「長距離射撃は腕が鈍っていても至近距離の格闘戦じゃ負けませんヨ、加賀。でも、その前に瑞鶴をやらせて貰いマース!」
金剛はそう宣言すると、全ての砲塔をを瑞鶴へ向け始める。その照準が合う前に瑞鶴は後方に下がりつつ、横に移動して照準を外しながら航空隊の発艦準備を済ませた。体の軸がブレないように意識しながら一つの矢を解き放つ。
「攻撃隊、発艦!」
補給を済ませた九七式艦攻がうねりを上げて出現する。だが、瑞鶴の反撃の合図を金剛は気にもせず、確実に一撃で仕留めるための準備を続けていた。
—何で微動だにしないのよ…!!
直後、焦燥感が瑞鶴に湧いてくる。こちらは雷撃機を放っていて、いつでも攻撃できる状態のはずだ。それにも関わらず、仁王立ちでたたずんでいる金剛の姿には強烈な威圧感が瑞鶴に感じられた。砲塔が瑞鶴自身を狙おうとして動いている故に、余計に焦る。
—焦っちゃいけない…。焦ってミスしたら相手の思う壺よ。
瑞鶴は絶えず照準をずらす為に全力で回避行動にとりながらも一度深呼吸をした。整理できていなかった頭の回路がつながっていく。とにもかくにも、まずは先制攻撃を放つことにした。気を逸らして危険な主砲の視界から離れておきたかったのだ。瑞鶴が電文を送ると艦攻の一群は発艦された時の高度そのまま、雷撃を実施するために金剛に近づく。それに対して、金剛は不意に不敵な笑みを浮かべた。その刹那、彼女の砲塔が火を吹く。
「この時を待っていまシタ。三式弾、一斉射!fire〜〜!!」
瑞鶴の攻撃隊は未熟故に瑞鶴が矢を放った方向からそのまま攻撃を仕掛けてしまっていた。金剛は最初から瑞鶴など狙っていなかった。瑞鶴を空母たらしめる艦載機を見ていたのである。三式弾の猛攻に機体の制御ができず、大半の艦載機が撃墜判定をもらってしまう。果敢に雷撃を試みる機体もいるが、バランスが取れないまま投下してしまうのでいとも容易く金剛に避けられていた。
「まだ……!!」
瑞鶴は艦爆隊の発艦を行おうとする。残った艦攻と補給の後波状攻撃を行うためだ。だが、危険な二撃目を金剛がみすみす見逃すわけがない。
「させないネ!」
「くっ……。」
金剛は主砲が装填中で使えないため、副砲で狙う。威力が下がったと言えど砲は砲、瑞鶴の手元を狂わすのには十分だった。瑞鶴は仕切り直すために一度距離を取る。
「次はあてマース!!」
金剛が半ば勝利宣言を行うかのように高らかな声でいう。実際、瑞鶴が全速力で離脱したとしても今から射程外に逃げることは不可能であり、加えて横移動を入れても距離感的に旋回速度が追いついてしまうのが予想できた。だからといって懐に飛び込もうとしても威力の高い主砲の装填が間に合ってしまえば死だ。すでに砲身は瑞鶴を捕捉している。だからと言って意識を逸らすために、攻撃をしようとしても艦攻は大半が撃墜判定か魚雷切れ。ある意味、瑞鶴の現状は詰んでいた。思わず助けはないかと今まで加賀のいた方向を瑞鶴は見てしまう。だが加賀は少し離れた位置に移動して観戦に専念してしまっており、意思疎通はできない。
—もはやここまで……か。
瑞鶴が諦めかけたその時、あることに気づいた。集中砲火の三式弾に蹂躙されてしまった艦攻隊から少し外れて、一機だけ無傷の機体が高い位置で飛んでいるのだ。魚雷もきっちり残っている。どうしてその位置にいるのかはわからない。瑞鶴は一切れの希望にかけて金剛への背後からの奇襲をその妖精に向かって指示した。それを受けて、機体は静かに金剛の頭上を通り過ぎる。動力を一時的に絞って百八十度のロールを入れ、機首をその際に上げる。そうして自由落下によって加速しながら一気に降下し、ターンを入れて鮮やかに金剛の背後に回った。エンジンを切っているから音は金剛には聞こえていない。彼女が瑞鶴に気を取られている絶好の機会を、その機体は物にしていた。
「What……魚雷!?」
金剛は大きな音を立てて頭上を通過した雷撃機から初めて魚雷の存在に気づく。すぐそこまで迫っている黒い魚影は金剛の主機を正確に捉えていた。これには思わず回避行動を金剛も取らざるをえない。魚雷の位置を把握するために一時的に瑞鶴から視線を逸らす。そして、その一瞬の間隙をついて瑞鶴は追撃を行うための爆撃隊を発艦、同時に残存している雷撃機の補給を行なった。
「中々やるじゃないですカ…。」
間一髪のところでダメージコントロールを行って、小破止まりとなった金剛は感嘆と一抹の不快感を持った声で呟く。
「ここからは油断しまセン。」
瑞鶴でも分かるほどに周りの空気が変わる。ゆったりとした主砲の旋回はなくなり、金剛自身も動いて位置を調整することで最小限の照準時間で合わせにきていた。加えて距離も詰めにきており、瑞鶴は迂闊には補給した艦攻の発艦動作に入ることができなかった。何もできないのならば逃げるしかないと思った瑞鶴は必死に照準をずらしにかかる。そのため、金剛が主砲を撃ってもギリギリ直撃弾が出てこず、かすって小破止まりで決め手に欠けていた。
「逃げていては何も変わらないデース!」
主砲を二発ずつ撃ち、瑞鶴に発艦させないよう圧をかけながら金剛は言う。瑞鶴は声は出さないが、代わりに負けじと瑞鶴の艦爆が急降下しながら爆弾を投下していく。演習弾とはいえ砲弾と爆弾の飛び交うこの状況は実戦さながらの迫力があった。そんな時、静かに魚雷が二人の戦場へと侵入してくる。金剛も瑞鶴も戦闘に没頭していたため直前まで気づいていなかった。
「何これ!?」
瑞鶴は突如として現れた魚雷に急旋回できず体勢を崩される。だが、それは金剛も同じだった。的確に進路を絞ってある魚雷が二段構えで二人を襲う。
「酸素魚雷……!!」
金剛は忌々しい声を上げた。しかし、一度狙った獲物はきっちりと仕留めきるという硬い意思は変わらず、金剛の大口径の主砲から放たれた演習弾は体勢を崩した瑞鶴を正確に捉えていた。同時に一つの爆撃機が金剛の頭上に爆弾を投下する。魚雷によって装甲を削られたところにそれぞれの攻撃を受け、二人は大きな水飛沫に包まれた。