それではどうぞ
まだ金剛と瑞鶴の勝負が始まる前、時雨は少し大きなブイの前にいた。
「これで始めていいんだっけ。」
時雨は振り向いてどちらの方向に行くか考える。射程的な部分で言えば瑞鶴に劣るため、比較的射程が近い川内の方に行くべきだ。だが、実力的なところではまだ実戦歴がない瑞鶴の方へいくのが安全策なのは言うまでも無い。
「駆逐艦である以上肉薄しないといけないから…。先に動く方が有利ではあるか。」
ここで時雨自身が行動をおこさなかったとしても相手側から来てくれる可能性はあった。しかしその場合は射程が有利な方が先行して攻撃を仕掛けることができるためその後の展開で時雨側が不利になるリスクがある。
「……」
時雨は決断をしかねていた。艦隊内で最短射程であることが重く響いている。そんな時、時雨の右前方で一瞬マズルフラッシュが見えた。
—川内さんが仕掛けてきたか……!!
時雨はすぐにその場から離れる。先ほどまでいた場所には大きな水柱が上がっていた。時雨は続けて魚雷がやってくるかと思ったが、どこにもその影は見当たらない。
—簡単には切り札は使ってこないわけだ。早期に潰すつもりではないんだろうな。
時雨は光が見えた方向へと舵をむけて、出力を全開にする。はっきりと識別できなかった姿は、だんだんと川内の形を成していく。時雨はすぐに主砲を展開し射撃した。川内はその動作を見る前にその場から動いており、弾は当たらない。装填中の間、時雨は予想される反撃に対し回避行動に備える。対して、川内は無理に距離を詰めずある一定の距離を保った状態で砲撃を行なってくる。
—射程差で勝つつもりかな。
思っていた以上に慎重な立ち回りをする川内に、時雨は違和感を感じていた。いつもの訓練ならばもっとアグレッシブに動いてくるはずだ。
「僕が怖いのかい? 川内さん!」
距離を少し詰めた状態で時雨は挑発するように声を張り上げて話しかけた。だが、川内は表情を一切変えずに撃ってくる。距離的には聞こえているはずなのに無視をした彼女に、時雨は余計に不審の念を募らせる。
—何か仕込んだ……!?
頭を回して周囲をより警戒する。しかし、時雨の思考の全ては無駄なものとなった。川内が砲撃をやめ、距離を取り始めたのだ。砲撃も雷撃も飛んでこない疑問が時雨に襲う。その直後、背後で航空機の微かな駆動音が聞こえてきた。一瞬思考が止まったが、時雨の中で全ての合点がいく。
—瑞鶴の艦載機が来ていることに気づいてたのか!!
川内も軽巡だ。水上偵察機を扱える。普段使うところを時雨は見た事はないが、金剛や瑞鶴が偵察機を運用できることから状況を見通すために念の為に搭載してきたのだと今なら容易に予想できた。一度時雨が振り向くとそこには数十機程度の雷撃機や爆撃機が編隊を組んでやってきているのが見えた。すぐさま背後で川内が砲撃する音が聞こえる。挟み撃ちになることを避けるため、時雨は一度川内から距離を取る形で後方に移動した。艦載機との距離が縮まることにはなるが、すぐに旋回できない関係上避けやすいのはこちらの方だ。川内は巻き込まれることは避けたいのか深追いはしてこない。
—数的に瑞鶴は僕に全て攻撃機を割いている。金剛さんの砲撃が怖くないのか……?
時雨は危機に瀕していたが頭は冷静だった。艦載機の位置を把握しながら、川内の追撃に合わないように常に位置を確認し続ける。また、朝の訓練時とは違い対空電探や高射砲は装備してきていないため、時雨は代わりに備え付けの機銃で応戦していた。次々とやってくる雷撃機と爆撃機の猛攻を丁寧に捌いていく。魚雷と爆弾が絶え間なく襲いかかってくる現状は、一種の地獄だった。
「はぁ……はぁ…、っ……。」
全ての攻撃を回避して一息つく間も無く、今度は川内が立ちはだかる。
「こうなるのを…、待っていたんだろう…? 川内さん。」
時雨は息切れしながらも川内に問いかける。今度は返答が帰ってきた。
「偵察機で知ってたからね〜。十分利用させてもらったよ。」
時雨が言い終えると同時に川内が砲撃の構えを取る。荒い息で動きに支障が出ているうちにトドメを刺すためだ。瞬時に時雨は主機の出力を全開にして足掻き始めた。懐あたりに突っ込みながら、魚雷を発射し、回避せざる負えない状態を作り出す。川内もすぐに発砲するが、時雨の発射した魚雷への意識によって致命傷とはできず、中破判定止まりとなってしまう。
「全く往生際が悪いんだから。」
川内は余裕を持った表情で確実に追い詰めにかかる。時雨との距離を縮め、魚雷を撃ち込もうと砲撃を行いながら側面へと回り込む。だがしかし、時雨は魚雷の半分を意識を逸らすために使ってしまったために、先手として対抗策を取ることは難しかった。唯一の頼みの綱ともいえる小口径の主砲も軽巡をやれるかと言われると不安が残る。持久戦になってしまえば負けるのは今、中波判定を受けている時雨だ。足回りに制約が課されている状態ではいつ致命傷をもらってもおかしくない。ここから逆転するならば、残りの魚雷のみで仕留めなければならない。
—チャンスは一度きり…か。
中破判定によって一部機能にロックがかかっている主機に鞭打って出力を限界まで上げる。魚雷を撃たせないように狙いを外すためにジグザグに航行しながら川内へ近づく。すれ違いざまに一撃お見舞いできるその瞬間を狙う。
だが、その望みが叶うことはなかった。川内は魚雷を既に使っていた。側面に回る前の間に静かに等間隔で並べている。時雨がそれに気づいた時にはもう遅かった。最後の最後で読み間違いをしたことを悔いる。減速を入れたが避けきれず、時雨は大破判定を受けた。
「うぅ……。」
時雨は一連の戦闘後、演習魚雷の爆発で濡れながら嘆いた。
「まぁまぁ、頑張った方だから。運が悪かっただけ。」
川内が時雨の肩を叩きながら慰める。そうして次の行動を起こそうと一度、金剛につけていた偵察機の方へと意識を集中させた。
「偵察機からの情報だと金剛と瑞鶴がバチバチにやりあってるらしいんだよね〜。これは大チャ〜ンス。」
「僕はもう大破した扱いだから動かないよ?」
川内の思わせぶりなつぶやきに対して、時雨はそう反応する。
「魚雷が半分余ってるでしょ。駆逐艦なんだからきっちり使い切りなさい。夜戦でもそう教えたよね?」
「出た、謎理論……。」
時雨は川内の言葉に呆れていると、一つの偵察機が帰ってきて着水する。川内はそれをクレーンを使って引き上げ、カタパルトへと再度格納した。そして、半ば強引に時雨を引っ張って瑞鶴と金剛の戦っている方角へと舵を取る。
「僕はやらないってば。」
「瑞鶴の艦載機で負けたようなもんなんだからきっちりお返しはしておきなさい。」
拒否しようとするが川内は手を離さない。時雨は抵抗できずにズルズルと引きずられて行った。
少しの間進んでいると比較的大きな水柱が立っているのが目視できた。その中で瑞鶴と金剛が機敏に動き回っている。川内は迷わず時雨に指示を下す。
「先に撃って。」
時雨にとって予想通りの言葉だったが、断ることはできない。魚雷を発射しなかったとしても強制的に実行させるのは目に見えていた。大破状態のロックを解除し、そのまま狙いをつけて魚雷を投下する。一点集中では当たる確率は低いため、少しだけ発射間隔を開けて魚雷がまばらになるようにした。川内はそれを見て、時間差でどのように動くのか予測しながら同じく魚雷を投下した。二人の酸素魚雷はその航跡を見せないまま、静かに瑞鶴と金剛が戦う場へと進んでいく。
「後で金剛さんに怒られないかな……。」
時雨の呟きに対し、川内が返す。
「この演習自体の目的は元々小手調べと遊撃の感覚を確認っていう二点があるでしょ。『小手調べという観点では少し邪道かもしれないけど誰かの戦っている最中に助太刀するみたいな感覚を確認するって言う点では間違ったことはしていない』って言えばいいの。」
時雨はその言葉を聞いてもなお、心のわだかまりが晴れることはなかった。そうして、遠目で見てもわかるぐらい、一際大きな水飛沫が瑞鶴と金剛の二人それぞれの場所で発生する。川内はそれを確認すると「終わりかな?」と言って向かい始めた。時雨もそのままついていく。近くに着くと、どちらの艤装からも大破判定の信号が出ていた。
「………」
最終的に演習は瑞鶴と金剛の相討ち、川内の一人勝ちにて終わった。タイマンに横槍を刺されたことを知って、金剛は不満の顔を表に出したが、当初の目的であった遊撃の感覚を確認するという点においては特に問題はないと川内に言われたために文句はこぼさなかった。また、加賀は遠目でいたことで結局演習には巻き込まれず、金剛と瑞鶴があいことなったことも相まって総じて影が薄かった。
「まさか瑞鶴が金剛との相討ちに持っていくとはねぇ……。」
川内がそう口にすると金剛がすぐに訂正を入れる。
「あなたの魚雷のせいで負けたんデス。それまでは私が優勢」
「はいはい、そうかっかしないでもらって。」
言葉を川内は静止する。金剛もはしたない真似はできないのか黙ってしまう。瑞鶴はその問答を戸惑いながら見ていた。
「金剛さん、少し負けず嫌いだからさ。気にしないで。」
時雨が瑞鶴の反応を鑑みて、フォローを入れる。しかし、瑞鶴の申し訳なさが晴れることはなかった。
「そういえば、まだ迎え入れてない人たちがいたよね。」
時雨が若干険悪な雰囲気の川内と金剛に呼びかける。
「瑞鳳と村雨だっけ?見つけるのに苦労しそうだなぁ…。」
川内は少しため息をついた。
「二人とも食堂にいると思うけれど。もうお昼よ。」
加賀の発言で全員が時間の存在に気づく。それを確認する術が太陽高度以外ないことを予感していた彼女は時計を持ってきていたのだった。見せた時計の針は十一時半をさしている。
「だったらちょうどいいか。みんなでご飯食べるついでに声をかけよう。」
川内の提案に概ね賛成する。金剛が少し渋ったが、「団結力ができるのは些細なことからだ」という加賀の言葉によって承諾した。そうして一同は食堂へ向かうために、桟橋の方角へ向かった。
「♪〜」
時雨が鼻歌まじりに昼食を運んでくる。今日の昼は竜田揚げだった。
「瑞鳳は今玉子焼き作ってるから話せないらしいよ。もう少ししたらこっちにくるって言ってた。あっあとこれが村雨ね。」
「ちょっと〜、真面目に紹介してくださいよ〜。」
厨房の方へ見に行った川内が戻ってくる。その報告ついでに行われた雑な紹介に村雨は文句を言った。配膳された直後で、まだお盆を持っている。金剛と時雨は元々顔見知りなのかあまり気にしていない様子で先に昼食を食べ始めた。聞いているのは瑞鶴だけだ。
「白露型の中であんただけ由良の方が扱ってるからあんまり知らないのよ……。」
「はぁ…もういいですから。」
ため息まじりの村雨の言葉に川内が「怒ってる?」と聞くと、首を横に振る。川内はその反応を見るなり、安心した様子で自身も昼食をもらうために配膳の列と行ってしまった。残されたのは黙々と昼飯を食べている金剛と時雨、どうすればいいのかわからない瑞鶴だ。加賀は別件で席を外してしまっていた。村雨はこの異様な空気に気圧されたのか、静かにお盆を机に置いて昼食を食べ始める。
—空気が重い……。
瑞鶴は少しだけご飯が喉につっかえていた。演習後の金剛の反応が未だ引っかかっていたのだ。それに加えて、誰も喋っていない現状に瑞鶴は心の中で悲鳴をあげていた。心なしか冷や汗をかいている感覚がある。恐る恐るご飯を胃に流し込んでいるとと、配膳をもらった川内が帰ってきた。
「なんか雰囲気暗くない?暗いのは夜戦だけで十分なんだけど。」
彼女なりのジョークを言ったつもりだろうが、誰も笑わない。今までどのようにしてこの泊地は成り立っていたのか瑞鶴は不思議になるほどだった。
「全く……折角新しい艦隊ができたのにこの調子じゃもたないっての。」
川内が愚痴をこぼしたその時、柔らかな声が聞こえてくる。
「えぇっと…。お取り込み中でした?」
そこに立っていたのは小柄な体格をした少女、瑞鳳だった。川内が呼んだために、やってきたのであった。食堂の当番であったためか割烹着姿だ。
「いや、別にそうではないんだけど…。まだできたばっかりだから馴染めてないだけ。瑞鳳、キス島の作戦で一緒になるでしょ?それで呼んだの。」
川内はそう返答する。それを受けて瑞鳳は艦隊のメンバーを一瞥すると、瑞鶴の存在に気がついた。すぐに瑞鶴のもとへと駆け寄ってくる。
「あなた、瑞鶴よね!!」
瑞鶴は一瞬驚いたが、すぐに小刻みに首を縦に振った。
「良かった〜。元気にしてる? 馴染めてる?」
瑞鳳の質問攻めに瑞鶴はたじろぎながらも一つ一つ答えていく。
「う…うん。赤城さん達にいろいろ教えてもらってるし……。ただ、馴染めてるかっていわれるとまだ慣れてないかな……。今までそんなに他の人たちと関わってこなかったし。」
「そうだよね。新しい環境は最初は緊張しちゃうよね。でも、大丈夫!少しずつ慣れていけばいいんだから、無理しなくていいよ。みんなも同じ気持ちだと思うから、ゆっくりで大丈夫だよ〜。」
瑞鳳の温かい言葉に、瑞鶴は少し救われたような気がした。するといち早く食事を終わらせた時雨が会話に参加してくる。
「そうそう、最初はみんな同じさ。あと、もしかしたら勘違いしているかもしれないけれど僕はお腹がすごい空いててね……。それで黙々と食事をしていたんだ。会話ができなくて悪かったね。」
時雨の突然の告白に川内がすぐに反応する。
「だったら先に言ってよ。今まで雰囲気最悪だったんだから。」
瑞鳳の言葉を皮切りにしてから、場のムードがだんだんと和んできているのが瑞鶴には感じられた。そうして金剛もまた、昼食を平らげて静かに一言いう。
「演習後の態度は確かに少し大人気なかったデース。瑞鶴、ひょっとして気にしてましたカ?」
金剛の質問に瑞鶴は怖々とだが答える。
「少しだけ…。その、新人なのに出しゃばっちゃった気がして。」
「そうでしたカ……。それは申し訳ないことをしてしまいまシタ。でも、あなたのガッツは見事でしたヨ。諦めないハートは大事ネ!」
思いがけない褒め言葉に瑞鶴は嬉しくなった。その様子を見てなのか村雨も話に参加し始める。先ほどまでの重い空気は嘘のようだった。