それではどうぞ
作戦開始日の前日、まだ日も低く肌寒い中、瑞鶴はいつも通り朝の特訓を行っていた。対空射撃の精度も上がり、キス島の作戦もあることから、昨日より航行訓練の代わりについに艦載機の訓練が入るようになった。瑞鶴は、自身が成長していることを実感でき自信がついていた。
「本当は全ての訓練を終えてから渡すつもりでしたが…。」
赤城が一束の矢を手渡してくる。それが何なのか、瑞鶴にはすぐにわかった。その束を両腕で受け止めた瞬間、確かなる重みが感じられる。瑞鶴は息を飲んだ。
「烈風、彗星、天山です。本当は攻撃の方も、良い機体を取り揃えるつもりだったんですが提督がケチってしまったので……。これで一度我慢してください。」
瑞鶴は赤城には珍しい冗談に思わずクスッと笑ってしまった。先ほどまで感じていた気分が吹き飛ぶ。赤城は「笑い事ではないですよ、瑞鶴さん」と柔らかい口調で注意する。瑞鶴は微笑みを浮かべながら相槌をうった。
そんな時、一人の艦娘が演習海域にやってきた。瑞鳳だ。艤装を装着している。
「本当にやってたんですね!!朝の訓練。」
予想外の来客だったのか、赤城が少し驚いた顔をする。それに瑞鳳は構わず続けた。
「加賀さんはいないんですか?」
「えぇ、最近は対空射撃訓練が終わったらすぐに泊地に戻っていますから。どうやら忙しいみたいです。瑞鶴に指導している私の代わりに秘書艦の仕事を多めに引き受けてもらってますし、仕方ないと思いますよ。」
瑞鳳の疑問に赤城が丁寧に答える。それを受けた瑞鳳は納得した顔で頷いた。そうして、連続して質問を赤城へ投げかける。
「今は何をやってるんですか?」
「艦載機の訓練です。瑞鶴さんだけでなく装備妖精の方々も鍛えないといけませんからね。それに、明日は作戦実行日でしょう?」
赤城の回答に瑞鳳は深く頷く。そうして、瑞鳳はとある質問をした。
「私も特訓に参加ってできます?」
予期もしていなかった問いかけに、赤城は一度返答につまった。瑞鶴や時雨達も目を丸くする。
「どうしてまた…。瑞鳳さんも十分お強いでしょう?」
赤城は懐疑の念を前面に出しながら、瑞鳳に問いかけた。熟練の軽空母とも言える瑞鳳だ。瑞鶴に教えるはずの基礎の基礎を今更教える必要はあるのかと感じていたのであった。
「そんなの、瑞鶴がやってるからに決まってるじゃないですか♪一緒にやる人がいれば楽しいでしょう?」
瑞鳳の曇りなき返答に、赤城はあっさりと承諾した。そうして瑞鶴の元に瑞鳳はやってきた。
「これからよろしくね。」
「う……うん。」
瑞鶴は戸惑いながらも返事をした。どうして瑞鶴の練習にわざわざ付き合ってくれるのか、その意図を瑞鶴は測りかねたが、それを問い詰めることはできない。
「さて、気を取り直して……始めましょうか。」
赤城が声を整えて、話し始める。時雨と村雨は対空戦闘の仕事ではないため暇になると思ったのか「ちょっと遊んでくるね」とだけ言ってどこかへ消えていった。
「昨日は瑞鶴さんが加賀さんから教わったことを詳しく掘り下げましたので、今日は一転して戦術と航続距離の関係性についての話をしましょう。」
瑞鶴は赤城の話を一つも逃すまいと集中する。瑞鳳もそれに倣って耳を傾けた。
「艦載機の航続距離は、私たちの作戦に直結します。射程や防衛の時にどれだけ飛べるかが勝負ですから。」
赤城は一度息を吸って、今度はやや本格的な知識を瑞鶴へ伝える。
「往復することを考えると基本的に瑞鶴さんの航空機であれば半径七百五十キロメーターくらいが理論上の射程です。実際は途中の空戦などを想定してもう少し減るとは思いますので、六百キロメーターが大体正しいでしょう。」
そう言い終えると赤城は胸の前で手を合わせた。
「ここまではいわゆる事前の基礎知識です。過去の資料や文献を調べれば出てくる情報ですから。」
実際赤城の言う通りで、瑞鶴にとって基礎の知識として刻まれていることだった。艤装の性能を感覚で把握し自由自在に操れる部分があるというのはどの艦娘にも言えた。
「そこで、私たち艦娘が操る艦載機についての話が入ってきます。もちろんご存知だと思いますが、私たちの艦載機は実寸大のものではなく縮小サイズです。とはいえ小さいからといって軽んじてはいけません。その小さな機体に戦局を左右する制空権が握られています。」
赤城はそう言いながら、三種類の機体を発艦する。美しい構えから放たれた三本の矢はそれぞれ別の機体として現れた。低いエンジン音を轟かせながら辺りを飛行する。
「まず燃料、弾薬の消費は大きさの関係で減っていますし、機動力という部分では逆に能力向上が見られます。今話している航続距離も例外はなく影響を受けています。」
赤城が合図を送ったのか一機、急旋回してこちらにやってくる。瑞鶴にも渡された艦載機、烈風だ。素早いスピードで駆け抜けて、機首を上げて空高くのぼる。それはまるで空に羽ばたく鳥のような開放感さがあった。
「ただ今通った烈風をはじめとする一部の実戦経験に乏しい機体、未完の機体などは私たちでもどのような風に性能が決められているのかはわかりません。なにせ図面上のだけのものもありますからね。」
今度は紅の識別胴体帯を一本入れた流星改が飛んでくる。加賀も愛用している一航戦印の流星改だ。練度、性能ともに一級品、瑞鶴の憧れの機体でもあった。少しの間見惚れていると、赤城が再び話始める。瑞鶴は慌てて聞く姿勢に入った。
「妖精さん達だからこそ実在させられている代物なのでしょうが、こっちは本来実在しない装備です。ちなみに、提督いわく瑞鶴さんにも専用の機体はあるそうですよ。ただ、『手に入れるのには当分時間がかかりそうだな』とこぼしていましたが。」
その言葉に瑞鶴は驚くと同時に、これからが楽しみになった。いつか会える瑞鶴だけの艦載機に、気が早い気もするが思いを募らせる。
「少し話が逸れましたね……。それでこれらの艦娘で使用する艦載機はどれも航続距離は最大数百キロほどです。正確に計測してはいませんが正規で運用するのであれば大体百キロ前後が実質的な行動半径となるでしょう。」
そうすると、瑞鳳がある点を指摘した。
「でも、それは私たちが発艦した位置からほぼ動かなかったらの話ですよね?」
赤城にとって話すつもりの内容だったのか、ややため息をこぼしながら答える。
「……その通りです。私たちの動き方によっては当然行動できる範囲は大いに変わります。戦術も広がります。ですが、それはまた条件が変わるので別の話です。今の瑞鶴さんには時期尚早なものなので気にしなくていいと思います。」
瑞鶴には瑞鳳の言葉の意味がイマイチピンと来なかった。だが、質問はせず黙って聞くことにする。赤城が今は必要ないというのであれば覚える必然性はない。
「そして、今出ましたが艦載機の航続距離を伸ばすためには搭乗員である妖精さんの方々の練度が欠かせません。何度も長距離を飛ぶ訓練を行なって練習しましょう。瑞鶴さん、一度発艦してみてください。」
赤城の誘導にしたがって瑞鶴は弓を構える。弓道場での姿勢鍛錬のおかげで構えは綺麗になってきていた。瑞鳳も同じく発艦動作に入ろうとするが赤城が「貴女の艦載機がいたら訓練になりません」といって止める。瑞鶴の発艦した全機は、十分に加速して直線運動を描いていった。
「演習海域の周囲を回るように指示してください。そしたら中心に戻ってくるようにと。」
赤城は先ほどまで自由に飛んでいた二つの艦載機を格納しながら指示を出す。瑞鶴は頷いて搭乗員たちに合図を送った。すると瑞鳳がやんわりとした口調で文句をこぼす。
「どうして私は発艦しちゃいけないんですか〜?」
それに赤城はすかさず答えた。
「瑞鳳さんは長距離の艦載機運用は得意でしょう。今更やる必要もないですし、逆にいたらそれについて行ってしまって訓練にならない可能性があるんですから。」
瑞鶴の艦載機である以上流石にそれはないだろうと思ったが、ないとは言い切れなかったため、何も口出しは出来なかった。瑞鳳は少し不服そうな顔でも、それ以上掘り下げることはしなかった。
そんな時だった。赤城の無線に一本の連絡が入る。
「はい、赤城です。何の用事で、え……?」
赤城の声色が、明らかに変わる。今まであったまったりとした雰囲気は全て塗り替えられた。無線で会話して行くうちに、赤城の顔はだんだんと険しい顔になっていく。瑞鶴はその空気に息を飲み込んだ。
「……分かりました。」
赤城が静かに無線を切る。波は穏やかに揺れているが、それは逆に瑞鶴には不気味に感じさせる要因だった。沈黙の中に重い何かが漂っている。
「何かあったんですか。」
瑞鳳が赤城に問う。
「幌筵島から『キス島周辺の敵主力がこちらに向かってきている』という連絡が来たそうです。一応水雷戦隊を出してはいますが戦力不足だと。それで提督が即座に戻ってこいとのことです。」
瑞鶴はそれを受けて、全速力で戻ってくるように隊長機に送る。緊急を要する事態なのは誰が見ても明らかだった。
「時雨さんたちと合流できればいいのですが…。」
赤城は少し焦った顔つきで言った。再び周囲は静寂に包まれる。すると、背後から時雨の声がした。
「ここにいるよ。」
時雨は今までの会話を聞いていたのか、普段の雰囲気は纏っていない。村雨も事態を理解している様子だった。赤城はそれを確認すると瑞鶴の艦載機が進路を逸れないように送っていた烈風を回収して、「後は瑞鶴さんの艦載機だけです」とだけいって海原の方を心配げに見ていた。瑞鶴は戻ってくるまでのこの時間がとても焦ったく感じられた。そうして、まもなく瑞鶴の飛行隊が帰還すると、それら全てを段階に分けて着艦させ、格納した。
「急ぎましょうか。何事も事態が悪化する前に動くことが大切ですからね。」
赤城の言葉に皆頷いて、泊地の演習用桟橋の方へと主機の出力を最大にして発進した。
幌筵泊地からの報告を受けて、瑞鶴達は臨時作戦の会議を行っていた。庁舎の一階にある会議室に第一艦隊と第二遊撃部隊の面々が集められる。
「まずは現状のおさらいだ。本来、明日キス島周辺の制海権奪還のため、幌筵の水雷戦隊本隊の支援を第二遊撃部隊が行う予定があった。もちろん目標は今現在幌筵泊地に接近しつつある敵主力艦隊だ。」
提督が事前に組んでいた作戦資料を机に並べる。その書類たちは瑞鶴が見慣れた作戦資料だった。
「事前の偵察ではエリート級しか見られなかったようだが、どうもダミーだったらしい。近づいてきている艦隊はほぼ全てフラグシップ級の深海棲艦だそうだ。加えて敵支援艦隊の兆候まで見られると追加連絡が入った。」
提督は机の上にあった資料を手にとってゆっくりと引きちぎった。机の上にその残骸が散らばる。古い情報に価値はないと瑞鶴には感じ取れる行動だった。
「そのため、接近しつつある敵主力をこの場で撃滅、もし敵支援艦隊が出現した場合はその殲滅を行う作戦が発令された。これは上層部直々の伝達だ。」
提督は新しい一枚の紙を取り出す。海軍の本部がある呉からの電文の紙だった。同時に、情報に誤りはないことを証明する。
「だが、幌筵泊地はまだ発展段階で戦力に不安がある。そこで君たちの出番というわけだ。複数の敵艦隊が予想されるため、今回は二部隊の出撃とした。別個行動することにはなるが一応その点は把握しておいてくれ。」
提督の言葉に、皆背筋がピンと伸びる。そこに普段の明るい顔つきはない。瑞鶴は、初の出撃がこのような形であることに一抹の不安を抱えていた。予定通りではないというものはしばしば悪い方向へ傾きがちだからだ。次に、提督はスムーズにブリーフィングに移った。
「具体的な目標だが、第二遊撃部隊は敵主力、第一艦隊は敵支援艦隊だ。万が一のことがないように幌筵島の水雷戦隊が近海掃討、索敵に当たってくれることとなっている。」
空気が少しだけどよめく。敵主力が強力なのであれば第一艦隊の方が適任なのではないか、そんな雰囲気が瑞鶴には感じ取れた。だが、誰も言葉は発しない。
「まぁ一度落ち着いてくれ。今回の作戦では敵支援艦隊がどれぐらいの規模なのかわかっていない。そもそも来るのかすらも不明だ。第二遊撃部隊はまだ創設されたばかりだが、弱いわけじゃない。」
そう言いながら提督は海域の図面を広げた。自然とその海図に視線が集まる。
「敵主力は直線で幌筵泊地を目指している。だからそのルートに待ち伏せを仕掛けるつもりだ。だが、支援艦隊がいた場合は恐らくそれを見逃すということはしないだろう。」
敵の進行方向に対して丁字有利となるように第二遊撃部隊の駒が置かれる。加えて予想される敵支援艦隊の存在範囲を円で囲い、その中心に第一艦隊の駒が立てられた。
「敵が叩きにくるとすればこの辺りからだ。周囲を重点的に索敵を行って欲しい。偵察機をフル稼働で頼む。念入りに言っておくが相手は未知の戦力だ。もしものことがあったらすぐに撤退してくれ。」
提督は赤城や加賀、その他の第一艦隊のメンバーを見ながら言い放った。そうして今度は第二遊撃部隊の方向へと体を向けた。瑞鶴の背筋が再度ピシッと伸びる。
「それと君たち第二遊撃部隊は部隊としては今回の任務が初仕事となる。予定外の初陣に各々思う所はあるかもしれないが存分に暴れてきてくれ。帰る港はいつでもあるからな。」
提督がそう言い終えると、金剛から質問が一つ上がった。
「明日行われるはずの作戦はどうなりマース?」
その言葉に瑞鳳や川内などが頷く。瑞鶴もそれには共感できた。
「この作戦が成功すれば幌筵の方が予定通り明日行うだろうさ。敵主力はこの作戦で殲滅することになるからこっちが出撃する必要はなくなるだろうな。」
提督が答えると金剛は理解した様子で頷いた。それを見ると、提督は机に両手をつき出撃の命令を正式に下す。
「これで終わりだ。すぐに出撃準備に取り掛かってくれ。各員、健闘を祈る。」
これからは土曜の午後3時きっかりに投稿するように決断したので把握のほどをお願いします。