先ほどの戦闘からしばらくして、艦隊は接敵があった海域の周囲に索敵網を展開し、新たな敵がいないか警戒にあたっていた。だが予想とは裏腹にどこにも当たりはない現状が続く。
「これで終わりかな?」
時雨は退屈そうにあくびをしながらそう言った。
「はぁ……夜戦できてないなぁ〜。」
それに便乗する形で川内が愚痴る。少し前に起きた戦闘を感じさせないほど、海原は静かだった。瑞鳳は何度目か分からない偵察機とのコンタクトを行う。
「う〜ん……。やっぱりどの子からも『見当たらない』って帰ってきます。」
第二遊撃部隊に微妙な空気が流れる。瑞鶴だけは安堵していたのだが、他の者は皆退屈さを感じていたのだった。
すると一機の彩雲が近づいてくる。機体の胴体に一本の赤い線が入っていることから赤城のものだと分かった。
「何でショウ。」
旗艦である金剛が電文を受け取る。
「Hmm……。」
「何だったの?」
川内が金剛に対して確認した。金剛が答える。
「『戦闘がもし完了していれば合流せよ』だそうデース。恐らく赤城たちも辺りに敵の勢力が見当たらないのでショウ。」
「ここら辺が潮時なんですよ、きっと。」
村雨が金剛の言う内容を受けて口を開いた。瑞鶴も共感の意味で首を細かく縦に振る。だが周りの空気は少しだけ納得は行っていないと言った感じだった。冷たい空気がその場に流れる。最初に口を開いたのは川内だ。
「ま、それでいいんじゃない。夜戦できてないけど。」
「それは演習の時にでもやっていて下サーイ!!」
夜戦に執着する川内を金剛が耐えられないのか根をあげる。その光景が瑞鶴には微笑ましく映った。自然と口角が上がる。
「それなら偵察機を回収してしまいますか〜。」
瑞鳳が金剛らの会話を聞き、早々に切り上げる準備を始める。朝早く出発したのもあってか、日はいまだに高かった。
その後、一群は赤城たちのいる海域へと向かっていた。合流し、帰投するためだ。念の為と渡されていた昼用の軽食を食べながら移動する。激しく動き回ったのもあってか少しだけ塩辛くなっていた。
「それにしても北方海域の攻略、遅いよね。」
時雨がとある話題を提示する。川内がそれに食いついた。
「まぁ遅いね〜。この泊地が発足してからどれぐらい経つっけ。」
「五年くらいデース。」
金剛が答える。その声はリラックスそのものだった。
「結構前から戦略的に確保してたけど、上が興味がなくて発展してこなかったんだっけ?『ここは大して変わってない』って提督が言ってた気がする。」
単冠湾泊地の過去。それは瑞鶴には知る由もないものだった。今でこそ効率化された施設配置と提督の見事な采配で見違えた姿に進化しているのかもしれないが、提督が入る前は閑散とした土地だったのだろうかと瑞鶴は予想してみる。
「興味がなかったというよりは価値がないように見えたの方が正しいと思いマース。海も凍らず、明確に資源が埋もれていることがわかっている南方海域の方がこっちよりも幾分もマシに見えたのでショウ。それに因縁もありマス。」
金剛が少しぶっきらぼうな声で説明する。すると、川内が情報を付け足した。
「でも、最近南方海域も色々問題が出てるらしいよ〜? 民間の提督を取りすぎて飽和状態だとかなんとか言ってた気がする。」
「一時期南方海域からの支援艦隊の要請が多すぎて『人員強化の一環で増やしすぎだ』って提督文句言ってたよね〜。」
頷きながら村雨が共感する。自身の見たことのないこの世界の現実に、瑞鶴は少し現実味が湧かなかった。
「まぁ、普通は行かない場所のことを考えても仕方ないんじゃないんですか?」
瑞鳳が偵察機の格納を済ませ、会話に参加し始める。皆「それもそうか」と言った感じで話はまとまった。瑞鶴はいつの間にかに増えていた雲の隙間から日の光が差し込んでいることに気づいた。手で影を作りながら見上げる。
その時だった。真上から低い唸り声が聞こえてくる。日の逆光で音は聞こえるが瑞鶴の視界に捉えることができない。
「敵機直上!?」
村雨が声を張り上げる。その瞬間皆が回避動作を行って輪形陣になるためにその場から離れる。
「雲に隠れてたのか……!!」
川内が少々怒りが滲んだ声で呟く。対水上戦闘を想定して装備を選んできたために、対空電探で敵機の察知ができなかったのだ。瑞鶴だけが判断が遅く、取り残された。空を見上げると決して多くはないが、少なくもない雲の純白な色と正反対の歪な艦載機がすぐそこまで降下してきているのが見える。
—動け……ない!!
瑞鶴の頭と体がリンクしない。その場から動けばいいとわかっているはずなのに何故か主機に動力を入らなかった。恐怖、焦燥が頭の中を埋め尽くす。感情が不安定だと艦娘の装備にも少なからず影響がいくのだと瑞鶴は感じた。どれだけ装備点検しても最後のは心の強さなのだ。だが、今はそれがとても憎たらしく思えた。正確に動く機械であればいいのにと瑞鶴は恨み言を心の中で呟いてみる。
「瑞鶴!」
瑞鳳と時雨が叫ぶ。しかし、その場から離れるように動いてしまったために急にはUターンはできない。瑞鶴は被弾を覚悟して目を閉じた。
その瞬間、瑞鶴の身体は思いっきり前方に突き飛ばされた。
「っ…。」
何が起きたのか分からないまますぐに瑞鶴は起き上がった。吹き飛ばされたおかげと言うべきか、今度は脳が冴えているようで体が思うように自由自在に動かせた。自分自身が今さっきまでいた場所を見ると、艤装から少し煙が上がり膝をついている川内の姿が見える。瑞鶴が動けないのだと悟って庇ったのだとすぐにわかった。
「川内さん、大丈」
「こっちのことはいいから!! 早く艦載機を出して!!」
瑞鶴の心配の声をかき消す大きさで川内が指示を出す。そこで瑞鶴はどうして川内が瑞鶴のことを守ったのか理解できた。この艦隊内で最大の航空戦力を保有している瑞鶴をここで戦闘不能してしまっては今後の戦闘に響くのだと考えたのだ。瑞鶴はその意図を汲み取ってすぐに艦載機を発艦する。チラッと瑞鳳の方を確認すると、瑞鶴と同様艦載機を出している最中だった。その顔には一抹の怒りが窺える。奇襲から始まった戦闘に、艦隊の全員の感覚が研ぎ澄まされた。
「川内、大丈夫ですカ?」
少しして復帰してきた川内に対空砲火を行いながら金剛が聞いた。川内は服についたすすを払いながら答える。
「これぐらい平気平気。うまく外したから。」
「それなら良かったデース。」
焦りがない川内の様子を見て、金剛は安心しながら次の指示を出す。
「全員傾注!! 各自索敵をしながら対空戦闘を行なってくだサーイ!!このまま耐えて奇襲を仕掛けてきた艦隊を撃破しマース!」
「了解!!」
金剛以外の全員が力強く返事をする。
「こっちは使い物にならないかぁ……。」
川内が装備の被害を確認する。左手で庇った際に受けた衝撃で連装砲が二基ひしゃげてしまっていた。左半身に痛みが残っている中、体に鞭打って周囲に敵影がないか確認する。だが、どの方位を見渡しても、青い海に異変はなかった。
「少なくとも付近にはいないみたいね。」
「敵の空襲の規模的にも機動部隊である確率は低そうデース。」
金剛が川内の言葉に反応する。
一方瑞鶴や時雨、村雨は対空戦闘を継続していた。訓練の成果が顕著に反映されたというべきか、確実に一機ずつ敵の機体を火達磨へ変えていく。
—今ならいける……!!
絶対的な自信が瑞鶴の中で芽生えはじめていた。今まで緊張や戦闘への恐怖で抑えられていた力が瑞鶴を強くする。全ての機体の位置が鮮明に見える。瑞鶴は凄まじいスピードで成長していたのだった。
「いい感じじゃん、瑞鶴。」
時雨が笑顔で話しかけてくる。敵の機体を落とす片手間だ。
「うん!! 今すっごく楽しいよ。」
先ほどまでの感情が嘘のように消え去って、突如として戦闘を行うことへの熱や高揚感が瑞鶴を包み込んでいた。
「やるじゃない♪」
村雨も感化されたのか奇襲されたのにも関わらず上機嫌だった。三人で緻密な情報交換を行い、連携をとりながら空を掃除する。その時だけは天空を自由に駆け巡り、鷹のように敵を狩り続ける瑞鶴の烈風が誰の機体よりも美しく見えた。百機ほど見えた敵機がみるみると数を減らしていく。その様子を見て金剛が驚きの声を見せた。
「まさかここまで成長してましタカ……。これなら百人力デース!」
艦隊の勢いは止まることを知らなかった。単純に防空戦闘に集中できたことも相まって、第一波として襲来してきた編隊をほぼ全て撃墜していた。そんな中、今まで索敵に焦点を当てて黙り込んでいた瑞鳳が敵艦隊を捕捉する。
「見つけた!ここから十キロほどの北西の海に空母を含んだ艦隊がいます!」
「でかしマシた瑞鳳!!こっちはまだまだ弾薬と燃料は残ってマース!!このまま一泡吹かしてやるデース!!」
金剛が敵の残りに見切りをつけて目標に向かい始める。全員が輪形陣から複縦陣に陣形を整えて、反撃に出るべく第四戦速にしてはぐれるものが出ないようにしながら進んでいった。
速度をできる限り最大にしたのもあってか、敵に追いつくのは他愛もなかった。空母が二隻、戦艦一隻の敵部隊が見えてくる。
「さてと……私に爆弾を当てた分、きっちり倍返ししてあげる!」
川内が一気に速度を二段階上げる。瑞鶴は戦隊から外れていることを指摘しようとしたがそれを金剛が静止する。
「やらせてあげてくだサーイ。スイッチが入った川内なら大丈夫デース。」
「砲雷撃戦なら川内さんが鎮守府一だからね。心配しなくてもいいと思うよ。」
時雨が追加で情報を付け加えた。瑞鶴も、それを聞いてそれならばと承認する。そうしていると、瑞鳳が発艦準備の動作を行い始めた。
「もしかしたら敵艦載機が反撃をしにくるかもしれないから。」
その言葉を受けて、瑞鶴も艦載機を解き放つ。二人の放った機体は編隊を組んで敵の方向へと飛んでいった。
「二人はあまり近づかないでくだサーイ。敵の戦艦に万が一でも中破させられた場合戦況が苦しくなりマース。」
敵艦隊へと進んでいく金剛の指示に瑞鶴と瑞鳳は速度を原速に落とす。だんだんと距離に差は開いていったが、今度は瑞鶴に心細さは感じられなかった。
先行した金剛たちはどのように敵を調理するか考えていた。
「どこから崩す?」
時雨が金剛に指示を乞う。
「できれば空母が好ましいですガ……、それよりタ級を潰すべきデース。」
獲物を見極める。遠目で見える川内は重巡、駆逐艦の計三隻を相手取ろうとしていた。今のところ苦しそうには見えないが、念のために一人誰かつけておくべきだと金剛は感じた。そうして数秒もしないうちに判断を下す。
「時雨は川内の手伝いをしてくだサーイ。村雨は私と戦艦潰しネ!!」
それを受けて時雨と村雨は頷いた。
少しして戦場に到着する。
「いつ来てもこういうのが一番気分が高まるよ!!」
時雨が背中の主砲を広げて戦闘に入る。金剛は少し離れた位置に陣取る大型艦三隻に目を向けた。
「You達の相手は私たちネ!!Burning Looove!!」
先手必勝、金剛の徹甲弾は敵空母に吸い込まれていった。体が爆ぜて、燃えながら沈んでいく。そのまま距離を詰めるために金剛と村雨は速度を維持した状態で突っ込んだ。
「やっちゃうんだから!!」
距離が近くなれば駆逐艦も主砲が使える。村雨の主砲のその威力は大型艦相手には小さいながらも、確実にダメージを与えていた。
「上の艦載機は気にしないでくだサーイ!!瑞鶴達が守ってくれるはずデース!!」
実際、どの敵艦載機も金剛達に近づく前にことごとく撃ち落とされていった。瑞鶴たちの機体を引き離そうと乱高下しても後ろにつかれ、虚しく火を吹き落ちていく。また、金剛達の懐へ入る判断が功を奏したのか深海棲艦同士の誤爆を避けるため雷撃機がやってこなかった。
「もう一撃!!Fire~!!」
絶え間なく連撃を浴びせようとする。だが、先ほどと同じようにうまくはいかなかった。タ級の砲撃によってバランスをくずされ狙いを外される。
「小癪な真似ヲ……。」
恨めしい声で金剛は唸る。すると戦闘中の村雨があることに気づいた。
「ん? あれって……空母ヲ級の改良型!?」
よく見れば普通のヲ級には見られない目のオーラがあった。南方海域にしかいないはずの敵がいるイレギュラーに金剛は動揺する。だが、闘志が途絶えることはなかった。
「どんな種類でも関係ありまセン!!全部水底に叩き落とせばいい話デース!!」
しかし、事はそう甘くはなかった。今まで一程度の戦力温存を行なっていたのか、フル装備の戦闘機が発艦されたのだ。青いオーラを纏った機体は空を支配していたはずの烈風と同等の効力を発揮し始める。少し前まで一方的な蹂躙だったのが、天空の空間は激戦場へと変貌した。その均衡の変化を金剛はいち早く把握していた。
「村雨!!路線変更デース!!このままだとこっちの形成が不利になりマース!!」
川内たちの戦闘の決着がついてない今、制空権が危うくなってしまうと最悪全滅しかねない。今ここで空母を行動不能にまで落とさなければという思いが金剛を駆り立てる。ミスは許されない。
「これで止めマース!!」
全弾装填した段階で素早く渾身の一撃を放つ。その軌道は綺麗にヲ級に吸い込まれていった。だが期待通りの結果は得られなかった。あと一歩のところでタ級が庇ったのだ。そのせいでいまだに航空戦力は健在だった。ヲ級の代わりに沈んでいくタ級の仇討ちというべきか、金剛の周囲に多くの攻撃機がやってくる。
「金剛さん!!」
村雨ができる限り落としているが間に合わない。金剛は高速戦艦である特性を活かして全力の回避行動に移った。大量の魚雷や爆弾をを触発スレスレで避け続ける。だがただ一つの魚雷が避けたのにも関わらず爆発した。
「感度が高い魚雷……!!」
自身の引き起こす水流に巻き込まれ爆発したのだと金剛は判断した。装甲が自動的に展開されるが、衝撃が伝わる。右半身に少し痛みを感じながらも動き続けた。
「さっきの爆発、大丈夫!?」
金剛が攻撃を捌き切ったタイミングで村雨が心配そうな声で駆け寄ってくる。村雨の方にも艦載機が割かれていたのか少し息が上がっていた。
「たかが小破ネ。」
金剛は静かに吐き捨て、ヲ級改の方向を睨み付ける。空の様相は未だ拮抗状態だった。時々果敢にヲ級に肉薄する機体が出てくるが激しい機銃掃射に遭い、決め手を投じることができない。
「一隻なのに面倒な存在デース。」
瑞鶴や瑞鳳の航空支援があるからまともに戦えているが、単騎なら負けてもおかしくない相手だった。それほど空母とは凶悪な存在なのだ。
「ごめん遅れた!!」
川内と時雨が合流する。その後ろには重巡と駆逐艦の姿は跡形もなかった。
「ちょうどいいタイミングデース。」
金剛は不敵な笑みを浮かべた。ヲ級は形勢不利を悟ったのか後退していく。
「逃しまセーン!!」
追撃の一撃をお見舞いする。背中に入った一撃は沈めずとも重い損害を与えた。一気に航行速度が落ちる。
「艦載機の掃除を先にしちゃおっか。そうすれば瑞鶴たちにとどめを任せられるだろうし。」
川内が金剛たちに提案を行う。全員頷いて備え付けの機銃で対空砲火を行い始めた。
指揮する母艦が損害を被ると敵艦載機の駆除はあっさりと終わった。弾幕を張って上空に追いやりながら、母艦周りで護衛しようとする機体を背後から瑞鶴たちの烈風に襲撃させれば皆墜落していく。しばらくして、大方黒い機体が見当たらなくなると、一度補給を済ませた天山と流星が金剛たちの頭上を通ってヲ級に襲い掛かった。
「よしっ!」
ヲ級が大きく爆ぜたのを見ていつの間にか横に来ていた瑞鳳が軽いガッツポーズをとる。それについてきた瑞鶴は沈むゆくヲ級を遠目で眺めていた。一瞬目があったような気がしたが、気のせいだと一蹴する。ひと段落ついたという空気が艦隊の中で流れていた。
「ま、これで終わりでしょ。これ以上きたら弾薬が燃料が少し心配だけど。」
そう語る川内の背後には、新しい機影が迫ってきていた。