北の艦隊興隆記   作:あおみかん

25 / 84
前話の続きです。


新たな兆し(2)

 瑞鶴たちが至福の時を過ごしている間、提督は一人執務室で考え事をしていた。

 

—どうして大湊の艦隊が動いていたんだ?

 

 提督は懐疑心を抱いていた。キス島の作戦には関わらないと公言していた剣城がなぜあの場所に艦隊を送っていたのか。わからない。

 

—ヲ級の改良型やタ級との遭遇の件に関係があるのか?

 

 キス島周辺の主力艦隊ではないのは事前の偵察情報からも明白だ。赤城の言っていた艦隊はこの付近の海域にはいない。少なくとも今言えるのはもし、深海棲艦たちが支援艦隊として金剛たちの遭遇した艦隊を寄越したのだとしたらこの先の攻略は少し難しいものとなるということだ。幌筵島近辺の海域は大湊でもカバーできる範囲だが、キス島以北東の島々には剣城たちはアクセスがしづらくなる。敵の規模によっては大掛かりな準備を行なった上での作戦を組まなければならないだろう。

 

—ひとまず真意を先に聞くべきだな。

 

 提督は執務室を出て、一階に降りて通信室へと向かった。

 

「あら? 提督、どうしたんですか。」

 

 任務娘としての役をしてもらっている大淀がきょとんとした顔を覗かせる。泊地所属ではあるがほぼ出撃のない彼女は、日々任務関連でのサポートしているのであった。ついでに通信機器の管理も行ってもらっている。

 

「大湊の奴に聞きたいことがあってだな。」

 

 提督の返答に頷いた大淀は「そうしたら繋ぎますね」と言って電話を手渡した。仕事が早い。

 

『どうした。』

 

 大湊の通信室へ繋がり、執務室の受話器へと回された時の第一声はこうだった。

 

「どうしたもなにもない、キス島周辺の作戦に参加しないんじゃなかったのか?」

 

 提督の言葉に剣城は『なんで知ってるんだ…?』と言うと少し声のトーンを落とした。

 

『外に漏らすなよ。』

 

 提督は何か秘匿の作戦でも行っていたのかと思ったが、実際はそうではなかった。

 

『アルフォンシーノの偵察を行なっていたんだ。それで安全性が見込めるキス島ルートを経由した。』

 

 提督は完全に気が抜けてしまった。金剛たちに伝えないあたり何か重大なことをしているのかと思っていたのだが拍子抜けだ。

 

「あーそうですか。ならもういいわ。」

 

 自然とぶっきらぼうな口調になってしまう。

 

『おいおい、なんで怒ってるんだ。』

 

 剣城は提督が不機嫌になった理由を理解できていないらしかった。

 

「剣城の艦隊とうちの艦隊が偶々遭遇してだな。何をしているのか教えてくれなかったから気になっただけだ。」

 

 提督が答えると、剣城は『え、本当か? 言われなかったんだが…』と驚いた様子だった。だが、もうどうでもいいことだ。さっさと切ってしまおうと提督は思った。

 

「用件は済んだ。切るぞ。」

 

 提督の催促に剣城は『ちょっと待て、一つだけ伝えたいことがある』と焦った口調で言って引き留めた。

 

「なんだ。」

『今度演習しないか。幌筵とお前のところと俺で。』

 

 提督には少しだけ魅力的に見えた。新しい戦力も拡充されたことだし泊地内で演習でもしようかと考えていた提督にとっては願ってもみない話であった。だが今は、その返答を保留にすることにした。他にやりたいことがあるのだ。

 

「どっかでな。」

 

 そう言って電話を切った。少々強引だったが、友人の仲だ。許されるだろうと提督は思った。

 

「いいんですか? まだ話がありそうな雰囲気でしたけど。」

 

 その様子を見ていた大淀の言葉に、提督はドアを開けながら答えた。

 

「いいんだよ、そうじゃないとあいつは長話が始まるからな。」

 

 

 

 

 

「ん〜ちょっと時間がかかり過ぎかな。」

 

 全ての準備を終え、待ち合わせ場所へ向かった瑞鶴と瑞鳳は落ち合って早々文句を言われた。

 

「しょうがないでしょ〜? 髪が長いんだから。」

 

 瑞鳳の弁解を時雨は「分かってはいるけど遅いものは遅いのさ」とさらっと流すと、徐に歩き始めた。

 

「それにしてもやっぱり装備がないと少し肌寒いなぁ。上着持ってくればよかった…。」

 

 時雨が歩きながら手をこすって暖をとる。身体に耐性がある艦娘だからまだ甘く済んでいるがここは十分北の地、冬は酷寒なのだ。熱気の塊の艤装を背負っているのなら別だが、時雨は今は何も羽織っていない。寒くて当然だった。

 

「いいよね、二人とも。袖長いから。」

「私、そんな長くないよ。瑞鳳なら長いけど。」

 

 瑞鶴が時雨の言葉を訂正する。腕をまくっていると思われがちだが、実際の長さは肘を少し過ぎたあたりだ。

 

「いや十分あるでしょ。僕なんか肘すらないんだから。」

 

 これでもかと見せつけてくる姿が少し滑稽に写ったのか、瑞鳳が軽く吹く。

 

「ちょっと、人の不幸を笑わないほうがいいよ?」

 

 時雨の返しに瑞鶴はすぐさま「不運艦が……」と繋ごうとしたが、流石によくないなと思い止まった。そういう部分をコンプレックスに思っている艦娘も中にはいるのだ。

 

「でも、私の服だって風通しはいいから寒いんだからね? どっちもどっちよ。」

 

 時雨は「だといいけど」と無愛想に返すと元の向きへ体の姿勢を戻した。

 食堂内の一角に甘味処、間宮は存在する。提督の計らいで酒保にもおやつ関係は売られているが、この甘味処のものは別格だった。

 

「そういえば券が必要なんだっけ。持ってきてなかったな……。」

 

 瑞鶴もしまったと思った。肝心なものを忘れているのだ。

 

「そんなこともあろうかと思って〜……。」

 

 瑞鳳の言葉に時雨が「もしかして〜?」と合いの手を差し込む。

 

「三枚!!持ってま〜す。」

 

 瑞鳳が三枚の間宮券を手に持ちひらひらさせる。瑞鶴は思わず拍手をした。

 

「いいのかい?」

「勿論!!私の奢りよ。」

 

 時雨はガッツポーズをして一枚貰うと、そのまま中へ進む。瑞鶴も受けとって時雨に続いた。

 徹底的に和の雰囲気を醸し出す内装は二度目の利用の瑞鶴を緊張させた。前回赤城たちの案内で来た時も同じような感覚を味わっている。奇しくも、どちらも奢られていた。

 

「いらっしゃいませ!!」

 

 同じ食堂内の一角ということもあり対応は早い。やはり三時のおやつどきというべきなのか、まばらに席は埋まっていた。

 

「間宮さん、いつものやつをお願いします!!」

「わかりました、お作りしますね!!」

 

 時雨が『間宮券』を間宮に手渡す。瑞鳳と瑞鶴も同じように渡した。

 

「あら? 貴女はこの前一航戦の方々と一緒にいた……。」

「瑞鶴です。」

 

 顔を覚えてくれていたことに瑞鶴は少し驚いたが、同時に嬉しかった。自分自身がこの艦隊の一員なのだということを実感できる瞬間だ。

 

「瑞鶴、すごいんですよ!!初めての戦闘なのに敵空母の改型を倒したんですから!!」

 

 瑞鳳が誇張して伝える。瑞鶴は「でも、みんなのおかげだから……」としか言えなかった。自慢げに語る瑞鳳に悪気がないのはわかっている。だが、だからと言って同じ部隊で戦ってくれた仲間の存在を無下にしたくはなかった。

 

「瑞鶴の言う通りだよ。僕が小物を倒さなかったらスムーズに行ってないんだから。」

 

 収集がつかなくなるかもと察したのか、間宮は「お話もほどほどにして、今お持ちしますね♪」と言って奥へ行ってしまった。瑞鶴たちもそこで気持ちを切り替えて、畳の座敷に座る。話のメインとなるのはやはり出撃時の話だった。風呂場ではほどほどで済んだが、ここでは違う。

 

「それでさ〜川内さんが僕の背後にいた軽巡をばば〜って」

 

 数分後、瑞鶴はよく話のネタが尽きないなと思いながら特製のアイスクリームを口にしていた。砂糖と牛乳の滑らかな甘さがバニラの香りと共に舞い込んでくる。キンキンに冷たいが、季節に関係なく食べたくなる代物だった。時雨と瑞鳳の出撃中の自慢話が続いている中で一人食べているのは少し恥ずかしくも思えたが。

 

「それを言ったら私たちの艦載機だってすごかったんだから!!ねっ?瑞鶴!!」

「えっ……、うん。」

 

 突然の飛び火に思わず淡白な返しとなってしまう。今まで特訓以外のことをしてこなかったことが今になって響いていた。戦闘のことについての話が沢山あるあの環境が瑞鶴は少しだけ恋しくなった。

 そんな何か新しい話題が欲しくなる時だった。戸が静かに、だが明確な音をもって開かれる。

 

「あっ、提督。」

 

 時雨の言葉を放った瞬間、視線が入り口に集まる。提督は気にせず間宮に券を渡し、カウンター席へと座った。

 

「珍しいよね。」

 

 瑞鳳が声を潜めて話す。

 

「うん、滅多に来ないもん。」

 

 時雨が相槌を打つ。間宮が「今日はどうかされたんですか?」と言いながらお茶を差し出した。提督は答える。

 

「デスク仕事に疲れてな、甘いものが食べたくなった。」

 

 案外平凡な理由に瑞鶴は意外だなと感じた。見かける時は決まって艦娘にやや作り笑いで話しているか、眼光が鋭かった。そのためあまり実態がよくわからないという印象を瑞鶴は持っていた。

 

「何頼むのかな?」

 

 提督はカウンター席に一人座る。三人で静かに観ていると、その目線に耐えかねたのかくるりと振り返り、肘を椅子の背もたれに乗せて言った。

 

「何か用件でもあるのか?」

 

 沈黙がその場に流れる。気怠げな、だが刺すような目で見つめながら背後で伊良湖券を間宮に手渡した。瑞鶴は一瞬目があったが、提督側が先に視線を泳がせる。

 

「いや、別に。」

 

 時雨が答えた。

 

「だったらいいんだが。」

 

 そう言って提督はまた元の向きに戻った。どこからともなく本を取り出して読み始める。戦術についてのものだった。

 

「少し無愛想だね、今日は。」

 

 時雨は話す。やっとアイスを食べ始めたのだが、若干すでに溶けてしまっていた。スプーンが簡単に差し込まれ、ミルクの溜まりを作り出す。

 

「う〜ん……そうね。」

 

 そう話す瑞鳳は退屈そうに足を伸ばす。時雨が共感した。

 

「なんかこう、新しい刺激が欲しいよね。出撃もいいんだけど新しい作戦が行われることってそんなないし。哨戒任務の方が多いからちょっと味気ないんだよねぇ〜。」

 

 意図的に声量を上げているのだろう、時雨が横目でチラチラと提督のいる方向を見ながら話す。だが当の本人は気にしていなかった。

 

「確かに何か欲しいとは思うよね。」

 

 瑞鳳は再度口を開いた。そんな中、二人の艦娘が横を通って提督に話しかける。

 

「チーっす、提督。」

「ん? 鈴谷か。」

 

 提督は本を閉じる。その表紙を一瞥した鈴谷の顔が一瞬苦いものとなった。

 

「ここに来て仕事の本なんて読んでんの?」

「悪いか?」

 

 悪気のない顔に反論はない。

 

「プライベートにまで仕事を持ち込んだらモテないぞ〜?」

 

 鈴谷はそう言うが、提督の行動を否定はしない。いじる素材に使うだけだ。

 

「冗談は程々にしておくべきでしてよ。用件を先に伝えるべきですわ。」

 

 飄々と熊野が会話に入る。鈴谷は「そうね〜」と軽く流しながら本題に入った。

 

「大湊と演習するって本当?」

 

 その言葉を聞いた提督は目を少し見開いていた。どうしてその情報を知っているのか理解できていない様子だ。

 

「なんで知ってるんだ。」

 

 お茶を一度飲み、呼吸を整えた上で聞く。

 

「いや〜、この前に来た大湊のやっこさんがちょっと漏らしてくれたんだよねぇ。ほら、あの人おしゃべりだから。」

 

 鈴谷の種明かしに提督は片手で頭を抱えてため息をついた。そうして彼女の先ほどに質問に対して正確な答えを提示する。

 

「まだ承認はしていないがその話自体は持ちかけられてる。十中八九、幌筵も加えた三泊地合同演習になるだろうな。元々参加するつもりではあったが、広まっているのだとしたらもう事を進めた方が良さそうだな。」

 

 苦笑しながらそう語る提督を眼前にしながら鈴谷は「ふ〜ん」と反応する。逆に少し興奮気味なのは熊野だった。

 

「幌筵も参加するんですの!? 是非ともこの熊野、参加したいですわ!!」

 

 食い気味の熊野を提督は「待て待て」と静止する。

 

「やるとしてもまだどんな戦力になるのかも決めていないし、まだ計画段階だ。そんなすぐに実施できるわけじゃない。」

「なら、すぐにでも取りかかってくださいまし。」

 

 とんでもない要求に提督も引き気味だったが、その場しのぎの返事を済ませて切り抜けた。鈴谷も若干同情しているのか「ガンバッてね?提督」とだけ言い放つと、そのまま甘味処を後にした。

 そして、その話を聞き漏らす三人ではなかった。すぐさま声を潜めて話し合う。

 

「今の聴いたよね。」

「うん、聞いた。」

 

 瑞鳳と時雨のやりとりに瑞鶴も頷いて応える。

 

「絶対面白そうだよね。」

 

 瑞鶴の言葉に二人は共感した。そうして机上にあるスイーツを三人は綺麗に、しかし迅速に食べ終えるとゆっくりと時雨が提督に近づく。

 

「提督。」

 

 時雨の呼びかけにすでに察しをつけていたのか、提督はすぐに対応した。

 

「合同演習の件か。第二遊撃部隊の枠も作れたら作ってやるさ。」

 

 提督がそう言うと、瑞鳳は「ありがと!!提督」とお礼を返した。参加できる前提で言った返事、だと受け取ったのか、目を少し細めて「先に言っておくが可能ならだからな。」とだけ釘を刺す。

 

「とにかく参加できることを切に願ってるから頼んだよ。」

 

 時雨の若干上から目線の態度に提督は「お前は俺の上司か」とおでこを指で小突くと、瑞鶴の方へと向き直った。瑞鶴の体の筋肉が少し強張る。

 

「初の出撃だったようだが、よく頑張ってくれたな。」

 

 見たことのない、柔らかい笑顔だった。時雨と瑞鳳も突然の出来事に硬直する。奥から出てきた間宮も「あら……」とその光景を眺めていた。

 流石に提督も周囲の異変を感じたのか、きょとんとした顔で「なんでみんなだんまりしているんだ」と疑問を呈する。

 

「いや、そんなこと言う人だっけ。」

 

 時雨は狐につままれたような様子で話す。

 

「たまにはいいだろ。」

 

 そう言って提督は時計を確認すると、思いの外想定していた時間を過ぎてしまっていたのか慌てて最中を食べきり、そのまま外へと出て行ってしまった。瑞鳳がその場に残った沈黙を破る。

 

「本当に今日はイレギュラーの連続だったね……。」

「うん……。」

 

 共感する瑞鶴の脳裏には提督のあの笑顔が焼き付いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。