北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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続きです。
少し話が単調になるかもしれませんがご了承ください。


新たな兆し(3)

 瑞鶴たちが出撃を終えた三日後、朝食を食べ終えた一同は泊地内の広場に集合していた。他の艦娘も来ており、きちんと整列はしていないが大体で固まっている。静けさには緊張の空気が詰まっていた。

 

「さて、今回呼んだ件は皆もすでに知っているであろう北方海域三泊地における合同演習についてだ。」

 

 台に立っている提督がマイクを持って徐に話す。その顔には朝日が当たっており、少し眩しそうに見える。

 

「参加するのは幌筵、大湊警備府本部がある大湊湾、そしてここ単冠湾だ。」

 

 広場内にざわめきが伝播していく。提督が「静かに」と手とともに静止するとすぐに収まった。

 

「日程は一週間後の今日から三日間。この泊地の演習海域を利用して行なわれることとなっている。ちょうど大湊と幌筵の中間点だからな。広いし二つあるしで都合がいい。」

 

 提督は一息ついて続ける。十二月が近いということもあり、吐息の色は白に染まった。

 

「そこで––––演習をする者の選定をどこかで行いたい。というのも泊地同士で公式に演習する場合は記録が必要でな。その公式戦を行う部隊を決めたいんだ。まぁ、これは本題じゃないから後日に回すことになるがな。」

 

 提督の言葉に、駆逐艦の一部が少し挙動不審になり始める。誰もが自身が選ばれるか選ばれないかを気にしているのだ。

 

「戦力の予定としては水雷戦隊と主力部隊のそれぞれで一つずつ出すつもりでいる。幌筵が諸事情で水雷戦隊を一つだけしか寄越せないからそれに合わせるためだ。水雷戦隊のメンバーはさっき言った通り別日に決める。主力は今のところ第一艦隊が第二遊撃部隊のどちらかが候補なんだが……それも後で決めることとしよう。」

 

 反応は十人十色だった。張り切る者や落胆する者、困惑する者など様々だ。

 

「さて、具体的なスケジュールに入ろう。まず三日間の予定の内訳だが、初日がさっき言った公式戦。二日目からは交流戦となっている。後者は自由に相手が組める。とは言ったものの恐らく単艦同士でやることはできないだろうからある程度メンバーを集めて艦隊形式で行うことになるだろう。」

 

 若干の不平が漏れる。戦闘意欲が多い艦娘にとっては少し満足いかない形式だった。単艦同士の決闘形式の方が人気があり、観る側も白熱する。技と技のぶつかり合いを求めるものが多いのであった。

 

「不満が出るのは分かる。だが今は我慢してくれ。大湊と幌筵それぞれの艦隊がくるんだ。限られた三日間内で演習の回数を増やそうとするとどう足掻いてもこうなる。」

 

 提督は疲労の見えるため息をついた。ここ数日、普段の仕事に加えて多くの調整を行なっていた。これ以上仕事を増やしたくはなかった。

 

「あと、分かっていると思うが他所を招く以上変なことをするんじゃないぞ。夕立、話聞いてるか?」

 

 その発言で夕立の元に視線が集まる。自由その物とも言える彼女は何度か問題を引き起こしていた。と言っても大体が偶然による産物だが。

 

「分かってるっぽい!!最悪決闘で勝負を付ければいいってことっぽい!!」

 

 夕立の返事に提督は呆れた声で「聞いた俺が間違ってたな」と返すと、周囲には笑いが広がる。その光景を見ながら、提督は会を終わらせた。

 

「これで話は以上だ。第一艦隊と第二遊撃部隊の者はこの場に残ってくれ。さっきの公式戦についての話をしたい。」

 

 そうして各々が散会していく。各自の胸にははっきりと闘志が漲っていた。たとえ公式戦に出れなくても、交流戦で勝つ。そんな思いを抱いている者も少なからずいるだろう。とにもかくにも新しい刺激に大半の艦娘が胸躍らせていた。

 しばらくして、十二人の艦娘が集まる。提督は一瞥すると語り始めた。

 

「どうしたい? 主力部隊として出るのはどっちかしかないんだ。」

 

 しばしの言葉の空白が訪れる。重い空気に瑞鶴は飲み込まれていた。

 

「どうしたいも何も、提督が勝ちたいか勝ちたくないかで選べばいいんじゃないの。」

 

 川内が沈黙を破って話す。

 

「俺が?」

 

 提督は目を少し開いた。

 

「だってそうでしょ? 幌筵は水雷戦隊しか用意できない。必然的に相手することになるのは大湊の主力部隊。いくら私たちが精鋭部隊だったとしても戦力的な部分で互角になるかもしれない。第一艦隊は編成のバランスはいいから勝てる見込みは高いけどこっちは不安なところがあるし。」

 

 川内が懸念していたのは提督のキャリアだった。「演習の勝率」というものは提督というものをやっている以上は切っても切り離せない評価形態の一つだ。勝率が低ければ艦隊運営が下手というレッテルを貼られかねない。そうなることを避けたかった。

 

「あ〜、伝え忘れてたな。こっちの編成に相手は合わせてくれるから大丈夫だぞ。剣城のところは大所帯だからな、いくらでも代えが効くんだ。」

 

 後出しの情報に大半の面々から冷ややかな目が飛んでくる。「先に言えよ」というツッコミが入ってもおかしくなかった。しかし、その情報で赤城が口を開いた。

 

「それなら、第二遊撃部隊の皆さんでもよろしいと思いますよ。絶好の練習機会ですし。」

 

 彼女の言葉に瑞鶴はギョッとした。腐っても相手は大規模な艦隊の主力だ。それを練習の相手などと言えるほど、まだ自信はなかった。泊地の顔に泥を塗るような真似はしたくない。恥をかきたくなかった。

 

「なら、そうするか?」

 

 提督の確認に待ったをかける人物がいた。瑞鶴は胸を撫で下ろす。

 

「夕立抜きで話を進めないでほしいっぽい!!」

 

 瑞鶴を除く一同は話がややこしくなることを覚悟した。照っていた朝日も今は雲に隠れてしまっている。

 

「夕立は参加したいっぽい!!素敵なパーティー開きたいぃ〜。」

「お前の『パーティー』はどうせ戦闘のパーティーだろう……。」

 

 提督はため息をついて言った。手っ取り早いのは第二遊撃部隊内の誰かと交代することだ。それは全員が理解していた。自然と時雨と村雨に視線が集まる。

 

「代われれば苦労しないんだけどねぇ。出ろと言われるんだったら僕も村雨も出たいから。」

 

 その空気を察した時雨は言った。双方の決意は固いようだった。夕立は頬を膨らませるが文句は口に出さない。本来のメンバーで出るべきなのは夕立も理解していたからだ。すると、今度は榛名が口を開く。

 

「もう、一度私たちとお姉さまの艦隊で演習して決めればいいんじゃないんでしょうか。」

 

 ある意味では合理的かつ的確な提案だった。金剛はどちらでもいいと言った様子で肩をすくませる。

 

「勝敗でどっちが出るのか決めるのか?」

 

 榛名は頷く。それを見た夕立が「さんせ〜い」と話を強引に進めようとした。見かねた加賀が話をまとめる。

 

「正直なところ、高々一戦でここまで揉める必要はないかと。夕立さんは別に演習ができればいいのでしょう?」

 

 加賀の問いかけに夕立は僅かに萎縮した様子でうなずく。本音としては公式戦に出たいが、時雨と村雨に出る気があると言うのであれば致し方ない。だけどその対価に見合う何かをして欲しい、というのが夕立の主張だと加賀は読んでいた。

 

「それならば二日目以降の交流戦でたくさんできるでしょうから、その思いはそちらで消化してください。提督もそれに文句を言わないでくださいね。」

 

 その提案に夕立は何か言いたそうな顔で訴えかける。だが、加賀の話はまだ終わってはいない。

 

「私個人としての意見ですが、今回は第二遊撃部隊の方々にやってもらいたいと思っています。こんな良い機会は中々ないですしね。」

 

 しかし、夕立がそれでは満足していないのは一目瞭然だった。顔でわかる。我慢する対価が足りていないのだ。それを見越している加賀は続けて話す。

 

「なので、対価の件は第一艦隊と第二遊撃部隊で演習をするのでいいのではないでしょうか。十分良いものになると思うのですが。」

 

 その言葉に夕立が目を輝かせる。提督は念のため確認した。

 

「夕立、それでいいか?」

 

 首を縦にブンブンと振って頷く夕立はやる気に満ち溢れていた。対照的に、公式戦に出ないといけないどころかだんだんと第一艦隊と第二遊撃部隊で演習を行うというムードになっていることに瑞鶴は微妙な感情を抱いていた。

 そんな中、瑞鳳が声を上げる。

 

「でも、もし演習をやるとなると戦力差があるんじゃない?私軽空母だもん。」

 

 その瑞鳳の懸念は赤城が取り除いた。

 

「私が抜けた五人でやってもらえればいいと思いますよ。流石に戦力差を無くす事は必要だとは思いますから。」

 

 この五人対六人という形式はどちらにもメリットがあるということでほぼ満場一致で取り入れられた。無論、第二遊撃部隊は戦力差の軽減のため、第一艦隊側は人数不利というデメリットを逆境というメリットとして捉えたからだ。

 話はまとまりの雰囲気を見せていた。提督が締めにかかる。

 

「なら、とりあえず演習をするのは第二遊撃部隊ってことでいいんだな?」

 

 それに対し一同皆うなずいた。瑞鶴だけ渋々首を縦に振る。あくまでその真意は探られないようにしていた。

 

「で、別件で第一艦隊と第二遊撃部隊で演習をやるっていうのも把握した。ただし今日は困るから明日にしてくれ。」

 

 その言葉に少し夕立は異論を唱えようとする。だが提督は構わず解散を命じた。広場の隅に立つ柱にかけられている時計の針は瑞鶴達の午前の哨戒が始まる十五分前を指し示していた。

 

 

 

 

 

 十二月の海は少し荒れている。第二遊撃部隊が海へ出た時も、その片鱗が既に現れ始めていた。

 

「参ったな〜。」

 

 キス島海域の制海権を確実なものとするために第二遊撃部隊は掃海任務に当たっていた。波は少し高いが、体勢を崩されるほど激しくはない。冷たい西風が吹いていて、一同の体温を維持するために、燃料が少し多めに入っている。単冠湾の資源管理において悩ましい時期が近づいていた。

 

「まさか第一艦隊とやることになるとは。」

 

 背伸びして川内は軽くほっぺを叩く。夜戦をするために夜もどんぱちやっている関係で朝は苦手なのだ。そう言う意味で、冬の朝の空気はいい眠気覚ましだった。この無茶な生活も艦娘の強靭な体力がなければできない。人間ならばとっくに倒れているだろう。

 

「その場の雰囲気に合わせちゃったけど、流石の僕も勝てる気しないなぁ。」

 

 時雨も珍しく乗る気ではなかった。瑞鶴は案外皆萎縮するものなんだなとほっとした。

 

「でも五人って言われると勝てそうな気もするよね。そう思うでしょ? 瑞鶴。」

 

 瑞鳳が偵察機を飛ばしながら話の輪に加わる。話を振られた瑞鶴は答えた。

 

「赤城さんがいないって言われれば勝てそうな気はするけど、加賀さんが艦隊のエースっていうのを聞かされちゃうとちょっと……。」

 

 その言葉に瑞鳳も「まぁ、そうなるよね〜」と共感する。村雨もうなずいた。

 

「あの人本当に強いからね。夜戦がやりたくてもできなかったことが何度あったことか……。」

 

 悔しそうに川内は声をにじませる。さらっと言っているが昼戦で仕留め切るというのは十分な実力と装備がなければ実現不可能な業だ。強敵であればあるほどその難度は跳ね上がる。

 

「視野も広いし回避運動も完璧。艦載機の練度も高いからもう付け入る隙がないんだよね。実際、例外なく深海棲艦は水底に叩き落とされているわけだし。別格というか。」

 

 川内はため息をこぼす。だが、問題はそれだけではなかった。

 

「確かに加賀も強力ですガ、他のメンバーも凶悪な実力をしていマース。」

 

 先頭で進んでいる金剛が口を開く。古参である彼女が、第一艦隊のメンバーの強さを知らないわけがなかった。

 

「妹の榛名は長距離砲撃の名人デース。観測機をフリーな状態で放置していればたとえ初弾でもあててきマース。」

「夕立もいるわね。駆逐艦とは思えない怪物も。」

 

 続けて繋がれる村雨の言葉の後、沈黙が流れる。戦う前から皆気後れしていた。頰に流れる冷風がその身も心も寒くさせていく。

 

「まぁでもこっちには私がいるんだから。夜戦だったら五分五分よ。」

 

 川内が自信ありげな顔で言い放つ。時雨は少し速度を上げて瑞鶴の横に来ると「川内さん、夜戦の腕に関しては本当に鎮守府で一番なんだ」と教えてくれた。心強い情報だ。金剛は続けて話す。

 

「実際、勝つ見込みが一番高いのは夜戦デース。今回ばかりは川内の力が必要不可欠になりマース。」

 

 やるからには勝ちたい。そんな思いが一同にはあった。

 

「まぁでも、別にこの勝敗で何かが決まるっていうわけじゃないからさ。気楽に行こうよ。」

 

 時雨は笑みを浮かべてそう言った。皆がそれに同意する。あくまで泊地内での演習なのだ。神経質になる必要もない。しばし艦隊内には柔らかい空気感が流れ込む。

 

「いや〜それにしてもさ。」

 

 話題は切り替わった。キス島周辺まではもう少し時間がかかる。

 

「提督ってどこの出身なんだろうね。出生地って意味じゃなくて、どの組織に属していたのかなって。」

 

 時雨を除く全員がギョッとした顔になる。少なくとも瑞鶴自身は気にしたこともなかった。

 

「それっていわゆるタブーになるんじゃないの?」

 

 瑞鳳が怖々とした口調で時雨に問い返す。だが、一度溢れた好奇心というものは止まらない。

 

「でも、あの人は一度も僕たちに言ったことはないよね? それって信用していないことの裏返しって取れるかもしれないじゃん。」

 

 瑞鶴は一理あるなと感じた。しかし、そう考えてしまうことへの心の痛みというものがある。あの笑顔の裏にそんな影があるとは思えなかった。

 

「それに」

 

 時雨は続ける。

 

「提督はやっぱりどうも用語の意味を間違えることがあるんだよね。今だって『掃海』任務って言ってるけど、機雷の除去作業なんてやってない。海軍にずっと勤めている人だとしたら間違えるってことはないはずだし。民間出身じゃないのは知ってるし。」

 

 その論理的な視点は皆が納得できるものだった。すると金剛が興味を惹く発言をした。

 

「まだ発足間もない時、私が一度だけ呉の上の方に敬礼をしている姿を見た時がありマース。一瞬、掌が少し見えるような形のものを行なってすぐに焦って直していまシタ。」

 

 全員、あまりピンと来てはいなかった。だがもしも、それが提督の出身母体である組織の形式なのではあれば重要な判断材料となるだろう。

 

「ま、色々あの人も隠し事を持ってるんだよ。それを無闇に詮索するのも失礼だろうし、これ以上考えるのはやめよう。」

 

 川内が気を遣って話を切る。時雨はいまだ悶々とした顔で思考を巡らせているようだった。

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