「さっきのお返しデース!!」
第一艦隊に雷撃、砲撃、航空の飽和攻撃を仕掛けている中、金剛は榛名へ接近戦を仕掛けていた。もしもまた被弾してしまえば撃沈判定になるリスクはあるが、それを負わなければ勝てない。次弾装填を済ませた金剛は懐へと切り込んで砲撃を行う。
「榛名でいいなら、お相手します……!!」
第一艦隊と第二遊撃部隊の隊列は崩れ、それぞれが入り混じり散乱していく。大混戦、そんな言葉が適するこの海上は決闘場のような風貌を帯びつつあった。
最初にマッチアップした金剛と榛名は連続した砲撃の応酬を繰り返す。
「食らいついたら離さないって、言ったデース!」
中距離と近距離での格闘戦を行う金剛に対し、その攻撃を避け続ける榛名は反撃の機会を探っていた。確実なチャンスを虎視淡々と狙う。榛名にとっては小破判定までは許容範囲だ。だが、やられっぱなしでは押し負けてしまう可能性がある。機会を縫っては金剛にとって行動の阻害となるタイミングで主砲を放っていた。
「目的がバレバレデース!!そんな攻撃じゃ当たらないヨ!!」
榛名は彼女自身が予測する範疇では、確実に当ててくる。そのため金剛はその想定を読み切り、回避行動をしなければいけなかった。
ー榛名は必中だと思って放った弾丸が外れた時に調子を大きく乱しマース。
上手く追い詰めていくふりをしながら妹の心理を金剛は正確に予想する。そして深く切り込み、砲弾をあえていなさせれば相手は迷わず正確な砲撃をしてくるだろう。いちかばちかの賭けに出なければ隙は生み出せない。
「一度これでギャフンと言わせてあげるネ。」
速度を限界まであげて榛名へと急接近する。金剛は右舷側にある主砲を撃ち、榛名に敢えて避けさせた。反航戦となって金剛が背を向ける瞬間、榛名は主砲を解き放つ。
「隙だらけです!」
「それはこっちのセリフデース!!」
両足の浮力を残して航行機能を一時的に遮断する。慣性力を消すために半ば強引に左足を軸にして時計回りに回転。一挙に方向転換を済ませる。本来船は急に転舵できない。だが、艦娘であれば無理やり行うことができる。実際にできるかどうかは本人次第だ。
榛名の放った演習弾は間一髪というところで金剛の真横を通って水面へと吸い込まれた。目測が外れて、榛名の行動に一瞬迷いが生じる。
「This is final barrage!!」
金剛の残りの主砲が火を吹く。榛名は反応できずにまともに損傷を受ける。
「くっ……。榛名だって負けません!!」
中破判定を貰いながらも反撃を行う。だが、正確性のない射撃は金剛には当たらない。取り乱した心中は命中率を下げる。
ー金剛お姉様は接近戦の駆け引きがとてもお上手です……、ですが
榛名は速度を急激に落とし全身を使って照準を無理やり瞬時に合わせる。無理な動きをした反動で速度を落としていた金剛は容易に捉えられた。旗艦である金剛を沈めれば勝利に大きく貢献できる。一回で戦闘不能にすれば生き残れる。
「これで決めます!!全砲門、斉射!!」
しかし射撃するほんの前の瞬間。榛名はプロペラの駆動音を耳にした。すぐに空を確認する。爆撃機が一機、高度を下げている。今撃ってしまえば反動で動作が鈍り、当たる。
ーまだ、負けたくありません!!
その一種のわがままから榛名はそれまでの動作をキャンセルし、回避行動へ移る。その光景を見ていた金剛は少し不満げに言い放つ。
「全く野暮なことをしてくれマース。助かりまシタガ。」
戦いに集中していた金剛は自分が指示していたことすら忘れて没頭していた。
「まだ……やれます!!」
榛名との戦闘は、艦載機を交え更なる高みへと昇華しつつあった。
時雨は張り詰める緊張の糸を抱えながら海上を駆けていた。
ー夕立の相手とか……、本当に過労で訴えたいぐらいさ。
頬を演習弾が掠める。時雨の背筋にゾクリと冷たいものが一瞬流れた。
「逃げてばっかっぽい!!」
今この場においては、時雨にとって背後から聞こえる夕立の声は猟犬を連想させていた。迫る砲弾を交わしながら逃げ続ける。
「全く……しつこいなぁ。」
時雨は主砲を広げて進行方向とは反対の方向へ、左足を軸にして瞬時に振り返った。正面にいるのは夕立だ。
「やっと、こっちに向いてくれたっぽい。」
右腕が目線の少し下まで上がる。真紅の瞳と白群の瞳が相対する。夕立の主砲は次弾装填を済ませている。視線が交差する刹那、二人の間で演習弾がすれ違う。だが片側の弾は当たらない。どちらも同じ行動をしているようでしていなかった。
「っ……。」
夕立の的確な砲撃は時雨にダメージを蓄積させていた。どれだけ逃げても彼女は確実に捉えてくる。分かっていても避けきれない。小破判定だとわかる、装備達の挙動。時雨はこの無慈悲な現実に苛立っていた。
ー才能があるっていうのは本当に憎らしいよ。
夕立は改二になるまでは同じように時雨と道を歩んでいたはずだった。五分五分のライバルだと思い込んでいた。だが、大規模改造を得て差が生まれた。自分を落ちこぼれだと思ってはいない。しかし、同じ時期に此処に来たのにどうしてここまで違うのか。劣等感を気にしたくなくても、意識せざるをえなかった。
ー夜だ、夜さえくれば。
今の自分自身で夕立に確実に勝てるとは思っていない。最終的には勝ちたいがそれは今じゃない。
ーこっちにだっているんだ、“最強”が。
「まだ!!」
時雨は覚悟を決める。速度を限界まで引き上げる。最大戦速で行う高速下の戦闘では一般論として命中率が下がる傾向にある。運は時雨の領域だ。
「熱くなったっぽい?」
夕立は不敵な笑みと共に同じスピードへと入り込む。二人のうち片方は駆逐艦のエースとして泊地内外共に名を馳せているのに対し、もう片方はエースの二番手どころか上位互換がいる始末だ。そんな不条理を時雨は変えたかった。努力を重ねに重ねてきたという苦労が報われて欲しかった。
「僕だってやれるところを見せてあげるさ。」
時雨は一度距離を取り、大きく弧を描くようにして魚雷を同じ方向に進むように投下した。なるべく等間隔に、そして一人分入れるように並べる。それが終わればすぐに速度を上げて主砲でもって夕立を狙う。ただし一発だけだ。夕立は悠々と演習弾を避けて言い放つ。
「魚雷を使いすぎっぽい、これじゃあ夜戦まで持たないっぽい。」
「十分承知さ。」
軽々と間を縫って夕立は時雨から放たれた魚雷を回避しようとする。時雨はそれを狙っていた。川内が阿武隈の甲標的から放たれた魚雷を撃ち抜いたように、時雨は自身の魚雷へ演習弾を撃ち込んだ。一度見た技術を我がものにする。
連鎖して魚雷な爆発は起こる。一発の演習魚雷が爆発すれば、その水圧の変化で他の魚雷も爆発する。
「ふわぁぁ!!」
瞬く間に夕立は巻き込まれる。だが、すぐに水柱の中を突破して主砲を構えて時雨へと発砲する。
ーあの攻撃でも足りないか……!!
しかし、夕立の速度は低下しているのは時雨にとって明らかだった。中破判定までなんとか追い込んだと見える。時雨は今、形成有利なのを悟った。けれども、その顔は全く余裕はない。それどころか険しさが少し増していた。
「ここからが本番さ……。」
時雨は静かに独り言を口にする。自身が夕立の姉妹艦であり、誰よりもその強さを知っているからわかっていた。夕立はこと慢心している演習においては中破してから本気を出す。それは一種の傲慢だと言えるがしかしそれで夕立は何度も形成を覆してきたのである。それだけの実力を彼女は持っている。
「時雨もなかなかやるっぽい。次からは油断しない……っぽい。」
泊地では明るくマイペースな性格をしていても、戦闘においてはその人格は変わる。夕立にとって敗北をしていい相手は駆逐艦には誰一人としていない。その思いが夕立の戦闘における全ての根源だった。もちろん、それは駆逐艦相手の話であり、それ以上へは別の感情が火種となる。
「その中破判定の状態でどうやって戦うのさ?」
少しも怖気付いてはならない。時雨は軽く煽り文句を突きつける。
「だったら、見せてあげる。」
先ほどまでとはうって変わって、夕立が時雨へ真っ直ぐ向かってくる。最短距離で詰めてくるその様相は殺意が二割り増しだ。
「案外わかりやすい手を使うんだね。」
「そう思っているだけ幸せっぽい。」
時雨は迷わず主砲を放つ。しかしその発砲炎に一瞬夕立が隠れたと思った瞬間目の前から消えた。
「!?」
その直後、背中に痛烈な感触を覚える。思わず手で押さえる。
ー背後……!? でもどうやって。
バシャンという着水音。時雨はまさかと思った。
「やっぱりやればできるっぽい〜。」
嬉々とした夕立の声は、背中から聞こえてくる。だが、そこに至るまでの移動経路は海ではない。空中だ。
ー中破……。まずいな。
時雨は艤装の挙動が硬くなるのを感じ取った。しかしそれ以上に、時雨は夕立の狂気の行動に気を取られていた。
「まさか、その攻撃をしてくるとはね……。」
背中に残る痛みに顔を少し歪めながら振り返って時雨は話す。推測するに、夕立が恐らく行ったのは若干艦娘の禁忌に触れる技だった。それは艦娘の航行システムを意図的に切って挙動を変化させること。一部の艦娘はそれを“邪道”と呼ぶ。莫大なメリットがある反面、船としてのアイデンティティーを一時的に放棄する行為は、好まないとする艦娘が一定数いた。
ー金剛さんがよくやるのとは違う、“新しい使い方”
極論、艦隊戦は平面での運動だ。潜水艦は下に潜るという手があるから例外になるが、それを除けば皆海という平面を移動する。だが、夕立は上に飛んだ。航行機能の中でも沈没というトラウマを刺激する浮力を切って、沈んだ後にもう一度浮力を戻して上へ飛び上がった。
「よくもまぁ、そんなに躊躇いもなくいじれるね。」
皮肉った言い方で時雨は話す。
「勝つために手段は選ばない、それが夕立の信条っぽい。」
感情の探れない言い草に時雨は不気味な印象を抱く。そうして一瞬無意識に少し気が抜けた時だった。夕立が主砲を構え射撃する。時雨はある意味では虚を突かれ、反応が遅れた。
ーまずい!!
目を瞑る。だが、起こったのは背後での爆発音だった。
「へ?」
夕立が何を行なったのかがわからなかった。時雨はキョトンとした顔をさらけ出す。
「響も要らないことをするっぽい。水をさす真似はやめてほしい、ぽい。」
時雨は一抹の不安が頭の中によぎった。
ー村雨がやられた?
だが、響のものと思われる航行音はやってこない。もしかしたら流れ弾ならぬ流れ魚雷がやってきたのだろうか。
ーいや、違う。
時雨の目には映っていた。夕立の背後、彼方に飛ぶ艦載機の姿が。
「これで、また続きができるっぽい。」
夕立はまた動き出す。時雨もそれに合わせざるをえない。開始時に少し赤かった空は暁の色を帯びていた。日の入りは近い。希望の時は近い。
「とことん付き合ってあげるさ!!」
時雨と夕立の戦闘が佳境へ入る中、村雨と響の戦闘は苛烈なものを極めていた。
ー面倒ねぇ。
村雨は響の多彩な攻撃に苦戦していた。雷撃も砲撃も抜かりない彼女は、いわば村雨のよく知る時雨の上位互換。
「……」
感情の読み取れない無表情で響は砲撃を放つ。
「全く、厄介なんだから。」
村雨は回避行動をしながら反撃する。
「っとと。」
砲撃の合間に流し込まれる魚雷を村雨は目の端に捉えながら転舵で避ける。
「少しは喋ったらどうなのよ。」
感情の見えない響へ語りかける。意外にも響は答えた。
「喋る必要がないからね。すまない。」
「初めて声を聞いたか、も、ね!」
その間にも高速で航行しながら砲撃と雷撃は入り乱れる。水柱の中、重心移動でジグザグに切り込みながら避ける村雨と最低限の動きで見切る響。どちらも技術は高い。
「案外夕立も苦戦してるようだね。全く音沙汰がない。」
戦闘中でも余裕を見せる響に村雨は軽く嫉妬する。凄まじい状況判断力と処理速度。それを彼女は持っている。
ー時雨が羨ましがるわけね。
この砲弾と魚雷の飛び交う高速戦闘という綿密な処理を要する場面でも頭がパンクしないのはやはり恐ろしい強みだ。それでいて彼女は自分自身のことを秀才だと言っていると村雨は聞いたことがある。
「これで“天才”って呼ばれないのも不思議、よねぇ。」
村雨がおぼろげにそう語った瞬間、頬を弾が掠める。響の顔は曇りを見せていた。
「…………」
しまったと思った。恐らく無意識で響の地雷を踏み抜いたに違いない。だが、ある意味ではチャンスだった。
ー感情的な状態が一番勝てる見込みはある……か。
申し訳ないとは思いつつ。村雨は挑発をしてみる。あの話を聞いた時に、思い当たった節が一つある。
「もしかしてコンプレックスなのかしら?ゆ、う、だ、ちとか。」
「………何が言いたい。」
憎しみのこもった刺すような視線が感じられる。村雨の背筋には冬の季節には似合わない汗が走る。しかし、走り始めた口車は止まらない。
「あなたは夕立に追いつこうとしてる。でも薄々わかっているんでしょう。あなたは天才なんかじゃな」
「だから………なにが言いたいって聞いてるんだ!!」
熱さは十分。ポーカーフェイスなのだと思っていたが、どうやら村雨が推測する限りではそうではないようだ。響の怒号は広い海原では村雨しか聞き得ない。それが唯一の救いだった。感情を揺さぶるなど本来二流どころか三流のやることだ。
「そうねぇ。まんまと策にはまってくれて結構って感じ。」
その村雨の返事の直後、これまでとは違う、ギアが何段階も上がった攻撃が、感情に任せたものとは思えない正確な砲撃に雷撃が、響が積み重ねてきた努力の結晶のその全てが村雨へ襲いかかってきた。
「これぐらいでいいのよ!!」
村雨は後悔が半分、高揚感が半分を占めていた。多数の水柱を突き抜けながら暁色に染まっていく空をバックに戦闘は継続する。
「わざと地雷を踏み抜くような真似をして………Не думай, что это будет бесплатно。」
村雨には聞き慣れない言語だった。金剛の使う英語ではない。それほど激昂しているのだと村雨は考えた。後で間宮巻を持って謝らないとなと自省する。
「本当にキレちゃってどうすんの……。」
呆れた声で返答する。だがそんなことを言える余裕があるかと言われればない。ほぼ連続して絶え間なく浴びせられる攻撃は、弾薬消費を度外視したものだ。もし感情的でなければすでに村雨は大破判定を受けて退場している。正確だが、僅かにブレているその砲撃は村雨を確実に追い込んでいった。
「冗談だとしても言っていいことと悪いことがある。そしてそれが意図的なら尚更!!」
「説教じみた言葉はやめて頂戴。」
売り文句に買い文句、埒が明かない。
ー“あの人”に任せるしかないかぁ。
そう思った瞬間、艦載機の駆動音が頭上で鳴り響く。すぐさま二人の視線は集まった。
「天山っ!!」
あの二人はまだ流星改を使っていない。早朝訓練に出ているから知っている。それに白が胴体に入っている。瑞鶴か瑞鳳の艦載機だ。村雨は考えた。これは夜まで待たなくていいかもしれないと。
「全く空気の読めない子だ。」
すぐに響は速度を落として狙いをつけて撃ち落とそうとする。主砲は容易に艦載機を捉えた。
「させない!」
村雨は主砲を撃って邪魔をした。響は速度を上げて航空演習魚雷と共々回避する。流石の響といえども高速で動きながら同じかそれ以上の速度で空を駆る艦載機は落とせないはずだと村雨は推測していた。もしもその壁を越したらそれはもう天才の領域に入るだろうと直感的に感じ取っていた。そして、天才ではないと自覚している響なら挑戦をしないだろうと村雨は予測した。
「……」
ただでさえ不機嫌な響の顔が少し歪む。村雨は言い放つ。
「私は別にタイマンであることには興味ないの。勝てるのなら使えるものは全部使わせてもらうわ!」
その言葉に響は目を少し開いた。そうして静かに深呼吸して応える。感情的な攻撃ではなく、理性的な戦闘へと切り替わる。
「受けてたとう。不死鳥は落とさせない。」
まだまだ昼戦は続きます。