それではどうぞ。
演習の結果はすぐに泊地内を駆け巡った。情報というものは出回るのは早いものだ。だが、そうは言っても身内の演習というのもあって、誰もが公式戦の方を気にしていた。
「全く……。悔しいよ。」
演習を終えた次の日の明朝。山には冠雪が見える中、例の如く訓練を行っていた。大湊や幌筵の面々が来るその日もあと五日になっていた。メンバーはもちろん一航戦の二人、そして瑞鶴、瑞鳳。時雨と村雨の計六名である。
「ハンデ有りとはいえ頑張った方よ。川内さんとのコンビネーションはいいアイデアね。」
加賀の言葉に時雨は少しふてくされながらも素直にその厚意を受け取った。
「でも加賀さん、どうして夜戦装備を持っていたんですか?」
村雨が純粋な疑問を投げかける。
「提督が支援艦隊を出してくれたお礼にってどこかの泊地の人が送ってくれたのよ。使い方があの人はわからないから私と赤城さんに丸投げしたの。偶々私は知っていたから使っただけ。」
加賀の答えに村雨は納得する。
三人は話を終えると瑞鶴たちの特訓へと目を向けた。瑞鶴と瑞鳳の二人の艦載機はあの演習でいい動きはしていたのだが、いかんせん瑞鶴の雷撃隊や爆撃隊の練度不足でフィニッシャーとはなりえなかったのだ。その反省をもとに赤城直々の指導が行われていた。対象は瑞鶴ではない、搭乗員の妖精である。
「もっと海面スレスレを飛行してください。臆して飛んでいても投下速度は上がりませんよ!!」
標的艦は瑞鶴と瑞鳳である。二人の回避練度の向上を行いながら艦載機の熟練度を上げるという効率的な練習メニューだ。雷撃隊の訓練から始まっており、瑞鶴の天山を赤城の流星改の搭乗員がマンツーマンで見てもらいながら赤城の指示で攻撃を行う。
「魚雷の進路をもっと絞ってください!!死を恐れて誰も殺れなければそれは無駄死にと同じです。補給で何度でも戻って来れるのですから攻め続けてください。」
赤城のスパルタ度合いには瑞鶴、瑞鳳のみならず時雨たちも困惑していた。唯一加賀が動じていない。
「赤城さんって厳しいんだね。」
風が靡く中、時雨の言葉に加賀はいう。
「あの人は本当に強い人ですから。努力を怠らないすごい人です。」
その目は誇りとともに親愛に満ちている。
「ふーん。」
時雨はその姿を横目で見ながら視線を瑞鶴たちへ戻した。艦載機の猛攻を受けながら対空射撃を行う二人は処理能力がパンクするかパンクしないかの寸前まで来ていた。
「ちょっとこれ本当に新人の妖精!?なんか成長スピード早くない!!」
「知らないって!!私の艦載機だけどなんでこんな強くなってるのかわからないの!!」
足元には紛いなりにも正確な魚雷がやってくる。意識を足に割きながら艦載機に向けるのは至難のわざだ。瑞鳳は文句を垂らしながらも対応しきれているが瑞鶴は少し追いつけなくなりつつあった。そうなれば赤城の叱責が飛んでくる。
「自衛できなければ艦隊は全滅しますよ!!もっと撹乱して処理してください。」
「はっ、はい!!」
息を荒げながらも瑞鶴は食らいつく。感覚を信じて動き続ける。だが、前に進んでいるだけでは限界が来ると瑞鶴は感じていた。航空魚雷は前方における回避筋を全て潰している。より自由に動ければという思いが脳内を駆け巡る。
—なんとかなれ……!!
無意識に適当に動かした艤装は直角に方向転換しながら瑞鶴の向いている向きとは逆の力積をもって移動する。
「えっ……え!?」
よくわからないまま瑞鶴はまた前へと進む。先ほどまでいた地点の周囲には魚雷が沢山流れていた。
「瑞鶴!?」
瑞鳳が驚きの声を上げる。赤城は一度やめの号令をかけるとやってきて言った。
「大丈夫ですか?」
感情の読み取れない言葉に瑞鶴は萎縮しながら答える。
「自由に動けたらもっと回避しやすいかなって思って咄嗟にやってみたら……。」
「そうですか……。」
赤城が思考している中、時雨や村雨、加賀がやってくる。
「瑞鶴、まさか艤装をいじれるようになるとはね。」
時雨の言葉の意味がわからず瑞鶴は問い返す。
「何、それ?」
時雨の代わりに加賀は答えた。
「艦娘の装備には基本的に機能ロック、正確には《艦船能力維持機能》がついているの。艦娘の根源は艦船であるという常識をなるべく逸脱しないように無意識に私たちが制限している自己型と装備側からの要求でそうなっている装備型があるわ。」
よくわからない語彙に瑞鶴は戸惑った。赤城が補足説明を行う。
「つまり、元は
なら、意味がないじゃないですかと言う言葉を瑞鶴は飲み込みながらうなずいた。
「今、瑞鶴さんが行ったのは直角ターンからの後方移動と言って難度としては比較的高い技術です。私たちよりは川内さんや夕立さんが行うことが多いでしょう。」
「僕や村雨は五回に一回くらいにしかできないかな。少なくとも咄嗟に出るものではないよ。」
苦笑しながら話す時雨に、赤城からの指摘も相まって瑞鶴は自分がしたことの重大さを理解した。だが、再現できるかと言えば時雨達と同じ事になりそうだなとも感じていた。
「ただ、まさかこの段階で機能を弄れるようになるとは驚きです。本来なら改二になれる練度まで上がらなければなりませんから。」
「実際、春雨とか如月ちゃんはまだ改二になれてないからできないのよ。」
赤城の言葉と村雨のご丁寧な合いの手にますます瑞鶴は困惑の一途を辿っていた。
「とりあえず……難しいことっていう認識でいいんですか?」
少し臆しながらも瑞鶴は赤城に問いかける。
「えぇ。」
その返答に一息ついて特訓は再開した。雷撃機が終われば今度は爆撃機の訓練が始まる。低空飛行から高高度からの急降下爆撃へと戦術は切り替わる。
「はぁ……。これって僕たち必要ある?」
一方、時雨達は暇であった。対空射撃訓練自体は行っているのだが、その比率も航空機の訓練と比べれば雀の涙ほどとなっている。
「あんまり無さそうだけど……。」
「だよねぇ〜。」
村雨と時雨の会話を耳に通しながら、加賀は瑞鶴の技術の呑み込みの早さに違和感を感じていた。加賀は仕事がありそうなものだったが指導役というよりは見守る役としての意味合いが強く結局何もできていなかった。だからこそ、ある違和感にあたっていた。
ーどうしてかしら……。本来二、三ヶ月はかかるはずなのだけれど。
訓練を始めてから期間も経っていない現状において彼女の練度は瑞鳳に迫るものとなっている。同型艦の祥鳳とはすでに同等かそれ以上だろう。まだ赤城や加賀には満たないとはいえ、成長曲線的には赤城と同等かそれ以上となっている。
ー赤城さんもこれぐらいだったけれど同じような素質には思えない。
赤城は建造時からすでに頭角を現していた。だからこそ成長スピードが早いのは納得できる。加賀自身が指導したからこそ腑に落ちた。だが、瑞鶴にはどちらかと言えば直向きな努力において才があると感じていた。既に伸ばすべき才能があるというよりは創り出すところから始まるイメージだ。
ーまるで二人分の練度を受け取っているような……。
体と頭でそれぞれ独立して理解し実行しているように加賀には感じられた。言葉に言い表せないモヤっとした感じが加賀にとって少々不気味だった。
ー……気にするだけ無駄ね。
加賀が物思いにふけっている中、時雨と村雨から呆れ交じりの声が上がる。
「またやってるじゃん。」
「ほんとだ。」
加賀が目を向けると、バック航行をしている瑞鶴の姿がそこにはあった。演習用爆弾の大半がそれによって命中していないのが分かる。味を占めているのか、度々その行動が見受けられた。
「あれ、少し機関に負担がいくんだよね。頻度を下げないと点検してる妖精さんに怒られるのに。」
「後で言うべきね。」
二人の指摘は当たった。連続して特異軌道をしたために、瑞鶴の右足の加速が遅れ始める。
「あ……あれ?」
その独り言が瑞鶴から漏れると同時に動きが鈍る。その隙を見逃さず、襲いかかる爆撃機に瑞鶴が焦りを募らせる様子が三人の目に入った。
「ちょっ……ま」
三人の見ている中で瑞鶴は無様にも演習爆弾を受けて、戦闘不能判定を受けた。
「伝え忘れていましたが、艤装を意図的に操作すると負荷がかかりますから、気をつけてくださいね。」
「言うのが遅いです……。」
しばしの休憩の後、赤城の言葉へ瑞鶴はタオルで顔についた海水を拭きながら返答した。そこへ村雨が補足の情報を付け加える。
「基本的に大型艦より小型艦の方が負荷は少ないの。改二になればより減るから、今はあんまりおすすめしないわ。」
「助言ありがとう。」
瑞鶴がそう言って休息を終えると、赤城は最後に戦闘機の訓練へと移った。演習とは違ってペイント弾だが、ドッグファイトなのは変わらないためほぼ実戦に近い形式で効力は絶大だ。そして、そこでは加賀の出番となった。
「まずは隊長機同士で一対一、次に編隊を組んでの戦闘です。」
赤城の言葉に瑞鶴が声を上げる。
「隊長機の一対一って意味があるんですか?」
「えぇ、隊長機の実力は編隊の動きにも反映されますから、今の実力を見る必要があります。」
その返事に納得して瑞鶴は息を飲み込みながら加賀と相対した。基本矢から放たれる機数は小隊単位なのだが、意識すれば細かい機数に調整することができる。しかし、疲労度は溜まりやすかった。
「……お願いします。」
「よろしく。」
赤城の合図で二機の烈風が空へ解き放たれる。それぞれが紅白の二本線を胴体に携え最高速で空中を駆け巡っていた。
「あんまり空の戦いって見ないから新鮮だなぁ。」
時雨の見える範囲で行われる空戦は最初は地味だった。距離を取り、様子を見るような形がしばらく続く。雲や太陽を利用して視界から消えるように努めていた。
「一対一のドッグファイトってもっと派手なんだと思っていたけど、そんなに目立たないわね。」
村雨の言葉に赤城は反応する。
「どちらも格闘戦なんて狙ってないんですよ。基本的に実戦においては確実に後ろについて射撃、撃墜というのが多く見られます。それを双方徹底しているのを見る限りどちらも練度は十分あるのでしょうね。」
それを言い終わらないうちに加賀の機体が仕掛けた。二機は雲に入ったと思えば下へ突き抜けていく。後ろに食いつかれた瑞鶴の機体は引き離すために軌道を曲げる。だが、加賀の機体は離れない。
「勝負あり?」
「まだです。瑞鶴さんの機体は何か狙ってます。」
時雨の早計に赤城がストップをかける。赤城の指摘の通り、瑞鶴の機体は突然急降下したと思えば機種を上げた。加賀の機体もそれを行うがその刹那、瑞鶴の機体が失速したかと思えば加賀の烈風の後ろについた。
「すごい。」
村雨が驚嘆の声を上げる。
「オーバーシュートを誘発したんですね。逃げの技術といい、すごい練度です。」
加賀の機体も直前で気づいて建て直そうとするがそれを瑞鶴の烈風は許さない。射撃を入れることで減速させなかった。見事に攻守が入れ替わる。瑞鶴の機体は無理に追わずに引き離されないようにだけして追随していた。確実に狩れるタイミングを狙っているのである。
「鬼ごっこみたいだね。」
「うん。実際はそうじゃないんだろうけど。もっと機数多いし。」
本来の制空戦ならばこんなことはない。複数の機体が入り混じる。機体の性能と情報の優劣が勝敗を分ける。個人の技量はあまり関係はない。
「とはいえ、部隊全体での力量は隊長機の能力が大部分を占めますから。蔑ろにはできませんよ。ただ、瑞鶴さんの機体がここまで強いとは思いませんでしたが。」
紅二本の烈風へ迫る牙は後一歩のところまで至っていた。瑞鶴の機体は着実に距離を埋めながら直線になるタイミングを伺う。偏差撃ちという高度な射撃能力もあるが、あえてそれは行わなっていないように誰しもが思った。操縦技術で勝つという明確な意志がこもっているように、皆が感じていた。
「す……すごい。」
瑞鳳も瑞鶴も見惚れてしまっていた。美しい空戦軌道は瑞鶴自身が最初に見た一航戦の二人の機体の軌道よりも鮮明に目を惹いた。天翔る二つの機体は乱高下を繰り返しながら飛び続ける。
「こんなに瑞鶴の隊長機って強いんだね!」
「うん。」
ほめる瑞鳳の言葉が耳に入らない。瑞鶴は艦載機の虜になっていた。しかし、そんな時間もどちらかの勝敗によって幕を閉じる。けれども勝者はすでに決まっている。
「……落ちる。」
加賀は言う。五人が空を見つめている中で距離を詰めた瑞鶴の機体は正確に射撃を主翼へ当てた。胴体への命中弾ならばまだ辛うじて飛べるだろう。だが、烈風の主翼の両翼がもぎ取られてしまった時点で撃墜判定は必至だった。
「まさかあの人の言う通りになるとは……。」
赤城は一人ボソッと言葉を紡ぐ。観戦時、提督の言っていたことは正しかったと赤城は認めざるを得なかった。
「勝っちゃった……。」
時雨も村雨も絶句した。無論、瑞鳳も瑞鶴もである。それどころか、艤装にいる妖精たちまでもが目を開き、信じられないという表情をしていた。あの加賀の艦載機が敗れるところを見た者はしばしの間、狐につままれたような感触を受けていた。これはもしや錯覚なのではないかというあらぬ疑いが取り巻く。誰もが加賀の顔を見た。
「すごいじゃない。貴女の隊長機。」
負けた身である加賀の顔は悔しさではなく笑顔に満ちていた。その微笑みは瑞鶴にとっては少し不気味であったが、純粋に褒めてくれているのだろうと受け取った。
「あ……ありがとうございます……!!」
瑞鶴がお礼を言うと、二機はそれぞれの母艦に帰投した。瑞鶴のもとへ帰ってきた搭乗員妖精はその他の装備妖精に祝われながら帰還した。加賀の方では本人以外はお通夜ムードである。勝敗というのは艦娘だけが気にするものではない。艦娘の装備に付随する妖精たちも気にしているのである。
「これなら大湊との公式戦も問題なさそうね。」
加賀の言葉に瑞鶴は自身の責務を思い出した。この泊地の代表として演習を行うという責務を。
「うっ……そうですね。」
瑞鳳や時雨、村雨にとっても他人事ではなかった。第二遊撃部隊であるからには責任をもって戦わなければならない。
「はぁ……。頭が痛いよ本当。」
「同感。」
「私も。」
白い息を吹かせながら、瑞鶴たちは静かになる。その沈黙を破って赤城は言う。
「弱気になっていたら勝てる試合も落とすことになりますよ。強い心を持って取り組むのが一番です。」
すでに泊地の顔として何度の公式戦に出たことのある者の言葉は重かった。度々演習を行い、勝利してきた彼女に緊張の二文字は感じられない。
「そのスタンスになれれば苦労はしないんだけどねぇ。」
肩をすくめて時雨は話す。他の三人も首を振る。公式戦でなければ全く問題はないのだ。結果が評価と直結し、しかもその相手が大湊だという点に皆臆していたのである。
「やっぱり相手が相手だし、提督の評価にも繋がるって言われちゃうとさ。」
「それなら、いいことをお教えしましょう。」
微笑む赤城は話す。
「提督の評価ポイントは演習ではそこまで変動しませんし、あの人のポイントはすでに“優”というものへ達しているので負けても問題はありませんよ。それに、剣城さんと提督は仲が悪いわけでもないのでもっと肩の力を抜いた方がよろしいと思います。」
第二遊撃部隊の面々には聞きなれない単語だった。当然、質問が投げかけられる。
「評価ポイント?」
村雨の声に赤城は頷く。答えるのは加賀だ。
「艦隊を指揮する提督としてどの程度の能力を持っているのかを可視化するポイントよ。大規模な作戦や公式戦のたびに付けられることが多いの。優秀な提督ならば作戦成功や演習の勝利が常態化するからその値は高くなるという仮説に基づいて設定されているわ。ただ欠点としては……。」
そこまで続けたところで加賀は話を切った。情報量が多く、明らかに複雑な内容であるために四人は完全に情報を消化できていなかった。
「とにかく、提督自身の評価はすでに高いものだからあまり気にしなくていいということよ。」
その言葉で場の空気は切り替わる。時雨が軽く手を上げる。
「一ついいかな?」
赤城が許可する。とはいっても別に階級差があるわけでもないため、雰囲気的にそうなっただけだった。それを受けて時雨は話す。
「加賀さん、古株だからとは思ってるんだけどやけに色々知ってるなって思って。どうしてそんなに詳しいの?」
少し顎に手を当て、加賀は考えてから答える。
「第一に、秘書艦だからということね。提督経由で色々知れるわ。あとは単純に長く艦娘をしていれば他の泊地とかから流れてくるものよ。情報交換は活発だから。」
その答えに時雨は納得した様子で頷いた。知識の蓄積というものは生きた時間に比例して増大する。それを体現したような言葉だった。
いつも投稿前に色々確認を行うようにしているんですが、今回体調を大きく崩してしまって少し文章の点検が疎かになっているかもしれません。ご了承ください。
次話はまた新しい人物が登場します。お楽しみに