それではどうぞ
瑞鶴たち第二遊撃部隊は激しい攻撃の中に晒されていた。隊長機とその小隊の迎撃も虚しく、多数の雷撃機が深く入り込み進路を狙った正確な魚雷を投下する中で被害はうまれる。あらかじめ速度を上げて逃げる用意をしていたとしても、練度の高い雷撃隊の前ではただの時間稼ぎと同義だった。意味はない。
「くっ……。」
時雨が遠爆風を受けて小破判定となる。カスあたりとも呼ばれる現象は運がいいとしか言いようがなかった。しかし、それ以上に致命的な被弾を被った者がいた。
「やられた……!!」
瑞鳳の中破判定。事実上、航空戦力は瑞鶴のものだけとなった。それは彼女の今まで感じていなかったプレッシャーを大いに増幅させた。
—嘘……私だけ……!?
そう考えれば焦燥感が募り始める。冷たい汗が額から頬へ海水の飛沫に混じって流れ落ちる。
「先手は打たれるとは不覚ね。」
村雨は対空戦闘を行いながら冷静に敵艦隊の位置を見極めようと尽力する。それは金剛も同様だった。
「反撃をすぐにでもしたい……、ところデスガ一度体制を立て直すべきデース。さもないと……。」
金剛が言葉を言い切る前に一度音が鳴り、砲撃が一発艦隊へと大きく外れて飛んでくる。誰を狙ったものなのか定かではないが、敵艦隊の見えない距離からの射撃に瑞鶴は身に少し震えを感じた。
「長門からの超ロングレンジの砲撃が飛んできマース。ここならまだ精度は低いデスガ今の状態では突っ込むだけ無駄でショウ。」
予想通りだったのか肩をすくめている彼女はさほど焦っていないようだった。未だ魚雷が流れてくる中、落ち着いた様子で艦隊の進行方向を決めていく。友永隊の攻撃をものともしないその肝に瑞鶴は感心した。
「加えて、阿武隈みたいに矢矧には甲標的がついてる。ちゃんと始末しないとね。」
危険な魚雷を処理しながら、死角を狙って撃たれた魚雷を破壊する川内は笑顔で語った。時雨も余裕がなさげではありながらもそれに食らいつく。時雨と瑞鳳以外の被害はそれ以上でなかった。
友永隊のやってきた太陽の方角、そして長門が行なった艦砲射撃の着弾点から金剛は敵の位置に目星をつけ、一度退却した。その頃には分針は九の位置を指していた。
「うぅ……どうしよう。」
瑞鳳は肩を落とす。航空戦力が減ってしまうことは今回の演習においては致命的になりかねない。
「離発着ができないんだよね?」
川内が瑞鳳に対して確認をとる。あまり他の艦種の事情を気にしてこなかった川内は、このとき初めて空母の中破について知ることとなった。
「着艦からの再補給、そして発艦ができないの。機体を矢に戻して矢筒に入れること自体はできるんだけど……。」
「ふ〜ん。」
瑞鶴は攻撃が止んだことで落ち着きを取り戻していた。そして瑞鳳の返答を聞いてとある案を思いついた。それは朝の特訓の時に加賀が言っていた言葉からインスピレーションを得たものだ。
「それなら、私が瑞鳳の艦載機を放てばいいんじゃないの?」
「えぇ!?」
ギョッとした表情で瑞鳳は大きな声を上げる。川内も「いくらなんでもそれは流石に……」と困惑した様子で瑞鶴のことを見つめた。
「でも、一理あるな……。」
時雨は含みを持った言葉で話す。
「航行機能を弄れるように、もしかしたら同じ要領でできるかもしれない。」
「艦娘能力維持機能だっけ? あれがあるせいで結構反動大きそうだけど。」
川内は自身が行ったことがあるものだからこそ、そのデメリットを理解していた。艤装の負荷だけではすまない何かが起きるのではないかと危惧していたのだ。
「やってみないことには始まらないじゃない?」
勝つためだ。背に腹はかえられない。そんな意図を匂わせる言葉に川内は折れる。瑞鶴の勝負への熱というものを感じ取っていた。
「まぁ……まずは艦載機が戻らないと、よ。」
村雨の的確な指摘に瑞鶴は再度、自身に降りかかっていた問題に直面する。連絡が取れない現状を打開せねばならないのだ。
「それのことなんだけど……。」
瑞鶴は一度全員に艦載機と連絡が取れないことを伝える。情報共有は重要だ。
「全機撃墜されたか、まだ戦闘中かのどちらかだよね。」
瑞鳳は最悪の想定を勘定に入れて動こうとしていた。だが、川内が冷静にそれらを仕分けする。
「全機撃墜ならほぼ詰みかな〜。相手の攻撃機を落とせる機体がいないんだし。」
「それは同感ネ。逃げながら攻撃というのも無理がありマース。被弾覚悟で肉薄するしかないデース。」
金剛は頷きながら意見を述べる。万事休すとも取れる状態になったそんな時、瑞鶴の元へ一つの返事が届いた。無論、送り主は天山を駆る攻撃隊の隊長機だ。
ー複数の敵迎撃部隊と遭遇。戦闘によって殲滅。敵艦隊は見当たらず。
内容を聞いて瑞鶴は胸をほっと撫で下ろす。続けて連絡がやってくる。
ー爆撃機、雷撃機共に損害有り。戦闘機は無し。
瑞鶴はそれらの報告をすべて皆へ伝えた。すぐに一同で作戦の再構築が行われる。時間には制限がある。すぐに行動しなければ負けとなる。
「再補給の後に行動しまショウ。相手も航空戦力を失っているのは確かデース。二度も同じ戦術を実施する余力は残されていないはずネ。」
「だったら一つ提案があるんだけど。」
瑞鳳が軽く手をあげて呼びかける。その目は戦意に満ちていた。
いち早く広範囲に高高度の索敵網を敷き、情報戦で有利に立ち回りながら奇襲の計画を成功させた大湊の艦隊の旗艦、飛龍は友永隊の補給と囮部隊の被害状況の確認を行なっていた。普段見慣れている湾とは違う水面に少し気を取られながらも、順調に勝利への道を進む現状を飛龍は順調に受け止めていた。しかし、影も同時に存在していた。
「相手は一旦退却、こっちの被害は数機だけど……。囮部隊の方の食われ方が尋常じゃないわね?」
「あたしの艦載機なんて折角爆戦まで積んだのに残ったのは二機さ〜。相当手練れの部隊がいると見たね。」
帰還してきた飛龍と隼鷹の迎撃部隊は壊滅的打撃を被っていた。接敵した小隊はほぼ全滅、残っているのは遭遇しなかった者たちだけだ。攻撃自体は成功したが、制空権においては敗北と言えた。
「同じ戦術はもう繰り返せないな。」
長門の言葉に飛龍は同意する。
「うん、次の戦闘では少なくとも正面衝突は避けたいね〜。戦果を聞いた感じもあんまり落とせてないっぽいし、物量で攻められると危ないから。」
ここが正念場。飛龍はそう感じていた。たとえ戦闘機が落ちても攻撃機がいる限りは撃沈の可能性を持っている。さじを投げるにはまだはやい。
—考えるのよ私。
現状、飛龍たちが攻撃隊を独立して動かすということにはリスクが伴っている。随伴させることができる護衛機が少ないからだ。ロングレンジでの運用は避けた方が良い。かといって、先手を仕掛け続けなければジリ貧になるのは明確だ。
ー先手必勝、防御を捨てて攻撃一点振りしかないか……。
飛龍は即興でプランを練る。思慮に入った彼女の邪魔をしないように隼鷹と長門は沈黙していた。
「甲標的のあたりが悪いわね……。」
そんな中、矢矧は的中のての字もない甲標的の命中率に疑念を抱いていた。
「珍しいですね。いつもは百発百中なのに。」
矢矧の右腕、不知火が物珍しそうな顔をする。
「敵に到達する前にロストしちゃうみたいなのよ。どうしてかしら。」
秋季の大規模演習で驚異的な命中率でもって個人戦優勝を獲得するにまで至った彼女の技術に偽りはない。しかし今回に至っては不自然と言えるほどに当たりが悪かった。
「魚雷が過剰に反応してしまうとか?」
「ありきたりではあるけど……。全ての魚雷でそうなってるってことは考えずらいわね。」
熱心に話し合う二人の間に周囲警戒にあたっていた浜風がやってくる。
「矢矧さん、どうしたのですか?」
敵の攻撃もない状況で少し暇になった浜風はリラックスした様子で話しかける。深海棲艦との戦闘中なら叱責が飛んでくる行動だが、演習でかつ戦術的優勢に立っている今、誰も咎める者はいなかった。
「甲標的の的中率が悪くて、どうしてなのか考えているところです。」
矢矧が口を開く前に不知火が先に答える。
「えっと……、それはつまり「相手の回避が上手い」ということですか?」
「そういうわけではないのよ……。」
矢矧が正確に事の顛末を浜風へと伝える。すべて聞き終わると、浜風は納得した様子で頷きながら興味深い事を言った。
「もしかしたら魚雷を撃ち抜いているのかもしれませんね。」
三人の中で流れている空気が一層冷え込む。真冬の北の海に流れ込む冷気とは違う雰囲気だった。一瞬の沈黙の後に不知火が口を開く。
「そんな、まさか。」
手をひらひらさせる仕草をしたかと思えば自身の予測である魚雷の整備不良を再度主張する。ただ、矢矧は心当たりがないことはなかった。
「一応、できる人は単冠湾の泊地にもいるのよ。今回の相手にはいないけれど。」
その言葉にますます浜風の予想の確実性は薄れていく。「それなら別の理由なのでしょうか……」と浜風も新しい観点を探し始める。だが、革新的な発想が生まれることは飛龍が声を上げるその時まで浮かぶことはなかった。
「ちょっといいかな。」
支給の時計の分針が二つほど進んだ時、飛龍は考えるのをやめて艦隊の一同へ呼びかけていた。
「今後の戦闘なんだけど、部隊を二つに分けようと思うの。」
「正気か?」
長門が飛龍へと問い返す。
「うん。」
「具体的にはどう分けるのさ。」
すると今度は隼鷹が頭の後ろで手を組み、軽く伸びをしながら聞く。飛龍は答えた。
「私と隼鷹の二人と長門を旗艦にした対水上戦闘用の小規模な部隊で分けようと思ってる。」
「そりゃぁ、大胆な決断だねぇ〜。」
その返答を受けて矢矧が異を唱える。
「対空戦闘はどうするのよ。護衛も無しで特攻なんてごめんよ。」
長門や浜風、不知火もそれに共感する。敵の航空戦力は残っているという情報がある以上、空への警戒心は皆強かった。
「もちろん、つけるつもり。友永隊と残りの戦闘機全部をね。」
「それじゃあ自衛ができないじゃない。」
矢矧の正論に飛龍は狼狽えもせず淡々と答える。
「私と隼鷹を囮にするのよ。索敵機と爆戦が生憎まだ残ってるし釣り餌にはちょうどいいわ。」
「だが、それが成功したとしてその後こっちはどうする。敵の位置も分からないし連絡も取れんぞ。」
「矢矧、甲標的はまだ回収してないよね?」
飛龍からの質問に矢矧は意図がわからず困惑しながらも返答する。
「えぇ……。敵艦隊の近くにまだいると思うけど。」
「甲標的の位置は分かる?」
その言葉に矢矧の表情がパッと明るくなる。
「そうか、報告してもらえれば敵艦隊の居場所はある程度予想できるから索敵機要らずってことね。」
「正解!!」
艦娘とその装備妖精は会話をすることができる。どんな位置にいても、だ。これは空母艦娘と搭乗員の専売特許ではない。飛龍はそれを利用し、空からではなく海中からの情報網で敵の位置を探ろうと考えたのである。
「考えたねぇ。だったらあたしも乗ろうかな、その話。」
「私も計画としてしっかりと考えられているのではあれば実行しよう。」
矢矧も頷いている。賛同が得られたのを飛龍は確認するとすぐに実践する。
「それじゃあ決まりだね。お互い頑張ろう。」
「了解。」
そうして、二つの部隊が行動へと移った。
「まさか、ここで旗艦になるとはな。」
矢矧の先導のもと湾内を軽く横断する中、長門は微笑みながら口走った。聞こえるのは近くにいる矢矧、不知火、浜風だけだ。
「大舞台で何度も経験したのでしょう。何を今更しみじみと物思いにふける必要があるのですか?」
不知火の角の立つ言葉に流石の長門も少し眉を潜める。主力部隊の一員として共に戦ったことがある時点で彼女自体も歴とした猛者であるのは長門自身分かっていたが、とはいえ毒舌な面は駆逐艦といえど高い火力を有していた。
「こうして静かな海だとそうしたくなるものなんだ。」
「貨物船はいますけどね。」
庁舎や入渠施設など泊地の主機能が集まっているのは主に東西に伸びている単冠湾の中でも南西の方にあたる。一番東の位置にあたる一角は少ないながらも存在する一般市民のための港として利用されているのである。
「そんな喧嘩腰じゃこのあと苦労するわよ? 交流戦も控えてるんだから大人しくしておきなさい。」
「はい。」
矢矧の言葉は従順に聞く不知火の姿に思わず長門は失笑した。とはいえそんな姿を不知火に見られば何かしらお小言が帰ってくるのは承知していたため、本人に見えないように、である。
「そろそろポイントか。」
「えぇ。」
長門は観測機を上空へ忍ばせる準備を行う。長射程を活かした牽制の砲撃とは違い、正確性重視の弾着観測射撃を行うためだ。
「それにしても飛龍さんと隼鷹さんの艦載機、結構低く飛行するんですね。あまり見たことないので新鮮です。」
浜風が見据えるその先には艦隊に随伴する攻撃隊の姿があった。水上艦と飛行機ではそもそもの速度に大きさがあるため、長門たちはほぼほぼ最大戦速で、艦載機は速度を絞って飛行していた。
「空の結果次第で勝敗が決まるからな。あの二人の艦載機には頑張って欲しいものだ。」
長門は横目でその光景を見つめながら、再度視線を前方へ戻す。すると、不知火が落ち着いた口調で言葉を発した。
「水上電探に感あり。おそらく敵艦隊です。こちらに気づいているようですね。」
「織り込み済みだ。駆逐艦に電探を載せているのはどの艦隊でも同じだからな。」
矢矧が先頭から長門の後ろへと隊列を入れ替える。同時に、攻撃隊が加速し始める。戦闘準備は整った。
ー初撃で決める。
限界まで敵に近づいて効果的な攻撃を当てに行く。長門は主砲の砲塔の向きを進行方向に揃えて最短で切り込みにかかる。
「減速しない!? 何考えて」
「それもデスが、攻撃機にも気をつけてくだサーイ!!」
近づけば近づくほどかすかに相手の声も聞こえるようになる。狙うは旗艦か空母。到達する時の位置で決める。
「全砲門、一斉射!!」
長門のかけ声と共に矢矧や不知火、浜風も砲撃を行う。大湊の先制攻撃でもって、激しい戦闘の火蓋は切られた。