四人の放った正確な弾丸は第二遊撃部隊へ飛んできていた。外れた弾丸が水飛沫を上げて視覚を奪う。金剛は声を頼りに被害状況を確認する。
「大丈夫デース!?」
多数の水柱が上がる中、視界が開けその全容が明らかになる。撃沈判定のフラッグが無情にもあがったのは瑞鳳だった。
「ごめん……。」
少し暗い顔で謝る彼女に罵るものは一人もいない。
「大丈夫、ここからは私らに任せなさい!」
無傷でその場で切り抜けた川内が瑞鳳の背中をそっと押し出す。微笑みながら瑞鳳は頷いて艦隊の列から外れていった。後続の時雨、村雨、瑞鶴共に小破でそれぞれ凌ぎ、それを確認した金剛は反撃を用意する。川内は同時に時雨へ指示を飛ばす。
「時雨、甲標的任したよ。私切り込むから。」
「え……!?」
突如の指令に戸惑う時雨だが、すぐに切り替え持ち直す。たとえ一人仲間が減っても臆する事なく金剛達は大湊の艦隊と相対する。
「相手も混戦に持っていこうとしていマース!!瑞鶴、やることはわかっていマスネ?」
「はい!!」
応える瑞鶴は後ろへと下がる。本隊と切り離された彼女は独自の軌道で海を駆けるのだ。
「村雨、今回は敵の方頼んだよ!!」
時雨はそう言って瑞鶴の方へと寄り、二対三の形で艦隊は分割される。
「はいは〜い。」
村雨は返事をしながら速度を増幅させる。間も無く第二遊撃部隊の三人と大湊の四人は近距離の格闘戦へと移った。連鎖的な砲撃が海原に鳴り響く。
「数的不利を自ら作るとは、愚策だな。」
そう語る長門は次弾装填を済ませるまでの間に照準を金剛へと合わせようと砲塔を動かす。対する金剛は速度を活かす高速戦闘へ強制的に引き摺り込むために速度を上げ、外した初弾の次を準備するため時間を稼ぐ。
「元々先制攻撃で不利なんデスからこうなるのは当たり前ネ。」
「余裕そうだが、どこまで持つか……。」
長門は飛龍に携えられた天山を操る友永隊の事を脳裏に浮かべる。そうして一瞬空を見上げたが、その期待に反して空中は異常な様相を呈していた。
「戦闘機がなぜこんなに!?」
白二本の帯を胴体に携えた烈風はそれぞれが天山を執拗に追いかけ回していた。だが、瑞鶴のものと思しき攻撃機は一切存在しない。
「気を取られている場合じゃないネ!!私もいるデース。」
次弾装填を済ませた金剛の主砲が火を吹く。反応が遅れた長門はかろうじて避けるが半分を受けてしまう。小破だった。
「生憎そのようだな。お返しだ!!」
威力十分。大湊の大火力が金剛へ襲いかかる。金剛は急ブレーキをかけながら方向転換を行なった。大きな水柱が左背後に上がる。間一髪の回避だった。
「全く……艤装に負荷をかける軌道を平然と使うとは。それでも艦娘か?」
その様子を見た長門は呆れた声で金剛へ呼びかける。返事は早い。
「勝つためにはなんでも使うのがMy mottoデース!!それに」
言葉が途切れ、タメが作られる。金剛は速度を落としはっきりと長門の方を向いて言い放つ。
「“船”で出来なかったことをやるから艦娘になった意味があるのデース!!」
「理解できんな。」
長門は共感することはない。彼女自身は航行機能制限の範疇における技術で、戦術的に敵と戦う事を好んでいた。自由な戦闘スタイルを是とする者がいれば、その逆もいる。
「それにしても、空母の護衛をしなくていいのデスカ?」
金剛は長門へ問いかける。
「問題ない。」
「強気ネ〜。その選択をしてくれて助かりマース。」
金剛の言葉が長門には引っかかった。だが、そのことについて思考をする余裕はない。常に金剛がスピードを活かし攻撃してくる中で別のことを考えられるほど実力は乖離していない。
「空のことなんぞどうでもいいさ。今の主役は私なんだからな。」
雷撃機や爆撃機のいる環境では護衛機もない戦艦など赤子と同義だ。だが今の状況はそうではない。飛龍達がその囮を全うしていることは確かなのだ。たとえ彼女らが撃沈判定を受けても、長門達が勝てば戦術的勝利が可能。長門は自らの責務をこなすことだけを考えていた。
「殴り合いなら負けるつもりはありまセーン。こちらがWinnerにならせてもらうネ!!」
「上等だ!!」
二人の砲弾は再度己の敵へ向けて発せられた。
重い砲撃音が鳴り響く中、川内と村雨は人数的な不利の状況下で存分に暴れていた。
「あぁ、これが夜戦だったらよかったのに!」
そう大きな声を上げながら川内は的確に一つ一つの砲撃を矢矧に蓄積させていた。不知火の妨害をものともせずに確実に一人を仕留めに行くその技術は敵味方問わず鮮やかに感じさせた。
「厄介ですね……。」
「えぇ。」
小破にまで持って行かれた矢矧と無傷の不知火は挟撃を狙いながら立ち回っていたが、川内は常に空間を把握してその状態となるのを回避していた。ジリ貧になってしまうと良くないと判断した不知火は戦闘プランの変更を提案する。
「浜風の援護に入りましょうか?」
「そっちの方がいいと思うわ。なるべく注意は引くからすぐに片付けてきなさい。」
「了解。」
二人はすぐに切り替えて村雨を落としにかかる。不知火が離れたのを見て川内はそれを瞬時に理解し、砲撃を浴びせる。
「させないけどね。」
「当たるとお思いで?」
不知火は軽々しく回避すると、もう一つの戦場へと向かう。だがその道には魚雷のカーテンが敷かれていた。
「っ……!?」
驚愕の表情で不知火は急旋回し、間一髪のところで被弾を避ける。だが、その隙に川内は残しておいた主砲で不知火へ一撃をお見舞いしていた。二方向のからの攻撃に対応できず、攻撃を受ける。小破だが、それが不知火の気に障った。
「……」
不知火は今まで無傷だったために、完璧な状態を崩されたことへ腹が立っていた。プライドに傷がついたとまではいかないが、確実に苛立っていた。
「そうかっかしない方がいいよ?」
火に油を注ぐ発言を行なった川内へ不知火は突っ込む。ボルテージの上がった戦闘は始まった。駆逐艦である不知火は速度の優位性を利用して、超高速領域での戦闘を川内に強要する。金剛や長門のものとは比にならないほどに何度も航跡が交差する。
「いい動きじゃない。もっと楽しませてもらいたいわ!!」
不敵な笑みを川内は浮かべながら不知火に話しかける。その返事は帰ってはこない。
「あの頑固者……。」
その様子を呆気に取られて見ていた矢矧は、ため息をついてその二人の戦いへと参入する。不知火の動きにある隙をカバーし、うまく挟撃する立ち回りという先ほどとは打って変わった真逆の戦略は川内をより楽しませた。三人が高練度だからこそ為せる戦いは、誰にも邪魔されることなく、それぞれが没頭していった。
一方その頃、村雨は浜風を着実に追い詰めていた。
「くっ……。」
夾叉弾となり、分岐を避けた先に置かれたたった一本だけの魚雷はその数に反して浜風を大いに困らせていた。咄嗟に回避をし、被害を抑え続けてはいるが、いずれ当たる。そう思わせるほどに正確な位置に置かれた魚雷に浜風は苦しむ。
「そろそろ諦めてもいいんじゃな〜い?」
村雨の挑発とも取れる言葉は柔らかい口調ながら角が立つことがある。幸運なことに、浜風は感情のコントロールには長けていたため、大した揉め事に発展しなかった。
「負けるつもりは毛頭ありませんよ。必ず援軍が来るまで耐え抜くつもりです。」
「その前に私が落としてあげるけどね。」
浜風のかたい言葉と村雨のインフォーマルな言葉は一見相容れないが、どこか二人には相似点がある。そう村雨は感じていた。
「あなた、対空装備よね? 私と同じじゃない。」
突如として馴れ馴れしく話しかけてくる村雨に浜風は警戒を解かない。二人とも円を描きながら向かい合っているが攻撃は自体はどちらも行っていなかった。
「それがどうかしたのですか?」
距離を保った状態で浜風は問いかける。意外な返答が村雨からやってくる。
「どちらかといえば私と同じ二番手みたいな位置なのかなぁって。主力部隊に入るか入らないかの微妙なラインにいるような匂いがぷんぷんするのよねぇ。」
「…………」
「もしかして、図星?」
浜風は自身の実力が見誤られ、舐められているのではないかと感じた
「少なくともあなたなどと一緒にしてもらいたくはないですね。私は大港でも重宝されていますから。」
「ふ〜ん。」
興味がなさそうに村雨は相槌をうつ。村雨は浜風が望まず対空要員に徹しているのだと思っていたが、そうではなさそうだと感じていた。単冠湾では対空装備はハズレ役だが、他所では違うのだと悟った。
「あなたはどうなのですか? その口ぶりでは自分自身ががそうなのでしょう。」
嘲笑の意味はこもっていない。純粋な疑問に村雨は夕立や響、時雨などのことを頭に浮かべながら答える。
「そうねぇ……。うちには沢山戦い好きな娘がいるし、実際強いから主力からは外されちゃうのよ。」
水雷戦隊では第一線として出してもらえることはあるが、主力部隊に入ったことは殆どない。村雨は目を細めてそう語る。
「そう……ですか。」
浜風は村雨と今相対しているからこそ、その言葉が嘘のように感じられた。彼女の上の強さとはどのようなものなのかと。浜風は背筋が強張る感覚があった。
「喋りすぎたわね。終わらせましょ。」
戦闘は再開する。いつの間にか止まっていた二人の足は再び動き始めた。
「大丈夫かなぁ……。」
三人がそれぞれの戦いへ没入していく中、時雨と瑞鶴は二人で共に行動していた。冷たい風が吹き付け、戦いの音が鳴り響く空間にポツンと孤立するその姿を追随するものはいない。
「平気だと思うよ。みんな強いし。」
時雨はそう言って正確な時間を知ろうとしたが、肝心の金剛がいないことに気づき軽く咳払いをしてごまかす。
「艦載機の子たちもが頑張ってくれればいいんだけど。」
瑞鳳が提案した作戦。それを瑞鶴は忠実に実行していた。それは単純だが今の戦況には適している内容だった。
「まぁ相手が攻撃機をこっちに全部回してくるっていう予想は当たってたから、数的有利で大分動きやすくなってると思うよ。……っと。」
不意に時雨は海に演習弾を撃ち込む。浮かび上がる水柱は弾丸のものではない。
「油断も隙もないね、大湊の矢矧さん。流石は“何でも屋”の異名がつくだけはあるよ。視野が広い。」
「何、その名前。」
瑞鶴は聴き慣れない単語に首を傾げる。
「秋にいつも大きな演習のイベントが呉で行われるんだけど、矢矧さんはそこの艦種別個人戦で優勝してるぐらいには強い人なんだよ。だから有名なわけで、あだ名みたいなものが定着するんだよね。」
「ほぇ〜……。」
恐ろしい実力に瑞鶴は若干身じろいだが、それを相手取っている川内は一体何者なんだとも同時に感じていた。
「公式のものだとまた変わるんだけどさ。印象的にそのあだ名の方が強いんだよね。」
「ちなみにそれってここにもいるの?」
「もちろん。」
瑞鶴はその時雨の言葉に興味を惹かれる。
「誰?」
「ん〜っと……。演習が終わってからでもいい?」
「わかった。」
演習の後の楽しみができた瑞鶴は現在の戦況に目を向ける。手始めに瑞鳳の索敵機からの情報をまずは調べた。
「相手の空母は大分攻撃に晒されたおかげで中破と旗艦小破ね……。いや、え?」
瑞鶴は自身の耳を疑った。攻撃機の全てを回した全力攻撃を数機と二人にいなされていることに、驚愕の表情を隠せない。
「相手もこっちと同じ高練度艦ってことさ。避けることだけを考えれば時間稼ぎはできるんだ。」
「想定通り……にはならないわけね。」
ため息をついて瑞鶴は瑞鳳から授かったプランを変更を検討する。彼女の「敵は空母とそれ以外を切り離す」という予想に基づき、攻撃隊の護衛機を瑞鶴の隊長機とその小隊へ。他の戦闘機をくるであるだろう友永隊とその付属爆撃機のために用意するという単純であり、半分賭けのような作戦は、今現在効力を発揮している。問題は攻撃本隊の帰還が遅れてしまうと金剛達が負ける可能性が増えてしまうことだった。
「とはいえ、こっちは確実に一機ずつ葬ってくれているから成功とも捉えられるんじゃないかな。ポジティブに行こうよ。」
「そうなのかな……。」
瑞鶴は中破にとどめて行動を封じ、本隊を反転の後に金剛達の援護を行う方がいいのではないかと感じていた。航空的な脅威が拭えるだけで十分価値がある。それ以上の結果を望むよりも目の前の仲間を救うことを考えてしまう。だが、実際時雨の言うとおり瑞鶴達の戦闘機の奮戦も無視はできない。
「う〜ん……。」
悩ましい戦局は突如として終了の兆しを見せた。残り時間が三十分であることを指し示す信号、剣城が持ってきていた観戦用機器からの信号で艤装からアラーム音がなったからだ。
「もうそんな時間が。ちょっとまずいかもな……。」
時雨があごに手を当て考える。
「そんな経ってない気がするんだけどね。」
予定時間に対して想定よりも短く感じる現状に、瑞鶴の体内時計とは違うことに困惑はあったが、機械は本営お墨付きのものだと言われている。従う他はなかった。
「まぁ、それもそうなんだけど勝敗的にまだ有利じゃないんだよね。決着もついてないし瑞鶴も沈めきれてない。そうなると瑞鳳の撃沈判定が響いてくる。」
「それなら……。」
瑞鶴は決断を下す。攻撃隊は約三部隊に分けて空母の捜索と攻撃を行わせることとなっている。発見し次第、その部隊の元へかけつけ援護する。恐らく時間的に今はそれが終わりちょうど帰還しているタイミングだと瑞鶴は予想していた。戦果報告が来たのがその証拠だ。
「これ以上の追撃はやめ、金剛さん達の直接援護に切り替えるよ。」
「了解。」
瑞鳳の案では追撃も辞さないと言うものだったが、時間と戦況の関係上諦める。短時間で結果をひっくり返すなら今この期しかない。
しばらくしてすぐに、艦載機はやってきた。時雨が厳重警戒する中、補給を行う。瑞鶴は焦燥感に駆られながらその時が来るのを待っていた。
「オッケー終わった!!」
瑞鶴は声を上げると、すぐに発艦するため弓を構え矢をつがえる。
「攻撃隊、発艦!!」
同時に時雨が演習弾を二発ずつ海面へ撃ちつける。上がるのは二本の水柱だ。
「気にしないでやっちゃって!!」
瑞鶴はその言葉に従って連続して発艦作業を行なった。大量の深緑色の機体が飛んでいく。時間は有限だ、存分に効力を発揮してくれることを瑞鶴は祈って見送る。時雨はその様子を見ながら、一言放つ。
「やっと一人前っぽい顔になったようだね。」
「えっ?」
「自分で考えて最適な行動をする。それがここでの掟なのさ。」
時雨の言葉の意味が瑞鶴にはあまりよくわからなかったが、その実力を認めてくれたと言うことはわかったため笑顔でかえす。
「どうも!!」
冬のかわいた青空に明るい返事が鳴り響いた。