北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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演習後の話です。あまり本編は進まない可能性がありますがご了承ください。


異名と噂

 演習が終わり、お昼ご飯を食べるために第二遊撃部隊の一同は食堂に向かっていた。

 

「結局、時間切れで強制的に終わっちゃったねぇ。」

 

 演習桟橋で待っていた瑞鳳と合流し、一同は歩く。そこには大湊の艦隊も一緒だった。

 

「最後の攻撃機の駆け込みには流石に対応しきれなかった。不覚だ。金剛が指示したのか?」

「いや、あれは瑞鶴の手柄デース。褒められるのは私たちではありまセーン。」

 

 長門のほめ言葉に金剛は手を振りながら答える。一方、別の一角では不穏な空気も流れていた。

 

「次会ったらボコボコにしてやりますから。」

「怖い怖い。私情を拗らせないでよね。」

 

 不知火と川内の二人は主に不知火の一方的な敵視によって若干険悪な雰囲気であった。その間を取り持つのは矢矧だ。その顔は疲労と呆れが入り混じっている。川内はやれやれと言った様子で肩をすくませて言った。

 

「全く。しつけがなってないんだから。」

 

 すかさず川内へ、不知火からの無言の回し蹴りが彼女の腰へ飛んでくる。

 

「いったぁ!!ちょっと矢矧!? 暴力、ぼ〜りょく受けたんだけど!!」

「あなたのせいでしょう……。大人げないわよ。」

 

 瑞鶴はその様子に不覚にも口角が上がる。その変化を見逃す川内ではなかった。腰に手を回される。その一瞬の動作に瑞鶴は反応できない。

 

「今、笑ってたでしょ?」

「えっ……?」

 

 川内の表情は笑っているが、その目の奥は冷え切ってるような気がして瑞鶴は思わず背筋が凍りついた。殺意が向けられていると勘違いしそうになるほどに感情が読み取れない。

 

「い……いやぁ、そんなわけないでしょ?」

 

 苦し紛れの言葉を川内は大して問い詰めもせず「ま、いいけど」とだけ言って流す。軽い冗談だったのか、パッと離れた彼女に瑞鶴はほっと息をついた。

 

「それにしても終わる時間、早くなかった? 私、まだ続くかなって思ってたんだけど。」

「それは僕も思ったかな。」

 

 瑞鳳の発言に時雨は同意を示す。他の者もそれには頷いた。

 

「時間稼げてるなぁって思ってたから、本当困っちゃったよ。」

 

 飛龍が歩きながら語ると隼鷹もそれに続く。

 

「まぁ、あの少数で大分被害は抑えてたからねぇ。」

 

 ちらっと瑞鶴の方へ視線を向ける。その目線に瑞鶴は少し息が詰まる思いがした。そうすると、隼鷹が瑞鶴へ向けて問いかける。

 

「それにしても、あれだけ強い戦闘機隊をどこでこさえたのさ? あたしは色んな相手と戦ったけどなかなか会ったことはないね。」

「えっと……、赤城さんに結構鍛えてもらいました。」

「だからかぁ。納得。」

 

 瑞鶴はその反応に若干首を傾げる。長門や矢矧も同じリアクションをとっているのだが、どうしてなのか瑞鶴にはわからなかった。

 

「瑞鶴、建造されてそんな時間経ってないからまだ赤城さんについて詳しく知らないんだ。」

 

 時雨の言葉に大湊の面々は目を丸くする。

 

「……ってことはどういう人か知らずに教わってたってこと?」

 

 飛龍が恐る恐る本人に確認する。

 

「……はい。」

「そう……なんだ。」

 

 唖然とした様子で話す彼女に、瑞鳳が瑞鶴の背後から話を補足する。

 

「赤城さんはね」

 

 その行動を時雨は阻害する。

 

「おっとっと。その話は僕が後で教えるつもりだからネタバレしないで欲しいな。」

「そうなの?」

「そう。」

 

 短い会話で二人はことを済ませる。その様子を見ていた隼鷹は「これは、面白い反応が見れそうだねぇ」と微笑みながら大湊の一群へとまた合流していった。

 しばらくして全員が食堂に着くと、剣城が提督に土下座している光景が皆の目に飛び込んできた。

 

「何をしてるんだ提督!?」

「え、何々。謝罪会見?」

 

 瑞鶴がよく見てみるとその横に置いてあるのは演習用ドローンだった。青いランプを点灯させている。

 

「ほこり被ってるっていうので薄々嫌な予感はしたが……。時間設定の部分が一時間ずれてるじゃねぇか。」

「いや〜、本当にすまなかった。」

 

 剣城の謝罪に眉間をつまみ、提督は短くため息をつく。そうして顔を上げた先にいる十二人の艦娘たちが目に入り、固まった。剣城は笑いながら顔をあげるとその反応で振り返る。目線の先にいる存在で笑みは凍った。隼鷹は空気を読んで明るく努める。

 

「まぁまぁ、一回酒でぱ〜っと流そうじゃないか。」

「そうね、一升瓶で一発パーンと殴れればスッキリしそうだわ。」

 

 矢矧の口にした物騒な言葉に、第二遊撃部隊のメンバーは苦笑いをしながらその場を傍観する。

 

「落ち着いてくれ、矢矧。別にうっかりしていたわけじゃないぞ。久々に使うから設定が変わってたことに気づかなかったんだ。」

「だが、その点検を怠ったのは誰だ。未然に防げたことだろう?」

 

 長門の指摘に剣城の口が詰まる。

 

「そうなんだけどな。スクリーンに繋いだりで色々手間取ってたっていうか」

「当日の事は関係ないだろ……。」

 

 提督がツッコむ。その一連の問答は食堂内の視線を一挙に集めていた。半ば公開処刑に近い状況に剣城は苦言を呈す。

 

「少しぐらい俺を庇ってくれてもいいだろ椃木ぃ……。これじゃあ四面楚歌じゃないか。」

「しっかり確かめなかった自分を恨むんだな。」

 

 冷酷に告げる彼の言葉に肩を落とす剣城の背中は小さくなる。だが、すぐに開き直った。

 

「まぁでも、これで次は間違えないからな。それにやり直しは効くはず……。」

 

 喋る声が途切れる。剣城が読んでいた手に持つ説明書らしき紙を凝視していた。

 

「『結果は瞬時に無線網で本営に直送!!』だと!?」

「あちゃぁ、こりゃやっちまったねぇ。」

 

 隼鷹もこれは擁護できないと言った様子で肩をすくませる。提督も察した様子で何も言わなかった。

 

「ほう、勝つつもりでいたのに自分のヘマで負けた挙句やり直しも効かなくなったわけか。」

「これは“しつけ”をしっかりしなくちゃねぇ……。」

 

 矢矧と長門の静かな怒りが伝わった剣城は見苦しくも違和感のある笑いで対応する。額には汗がにじんでいた。川内が矢矧の含みのある言葉に若干バツの悪い表情をした。不知火の顔も険しい。

 

「別に俺の評価ポイントが落ちるだけだからな? 落ち着いて落ち着いて。」

「さて、俺は昼食休憩をするからごゆっくり。」

 

 もう知らないと言わんばかりに提督は配膳のほうへと向かう。

 

「これって私らも行っていいやつ?」

「別にこっちのミスじゃないしいいと思うよ。」

 

 川内は時雨の返事で足早に昼食にもらいに行く。

 

「さて、僕らも向かおうか。事後処理はあの二人に任せよう。」

「同感デース。時間を無駄にしては行けまセン。」

 

 時雨が歩き始めるのに合わせて金剛や瑞鳳も食事の準備を始める。瑞鶴もそれに続いた。

 

「あれ? 四人はいいの、残らなくて。」

 

 村雨の言葉で第二遊撃部隊の面々は振り返る。飛龍や隼鷹、不知火と浜風は配膳の列に並ぼうとしていた。

 

「へーきへーき。時雨のいう通り長門と矢矧に任せておけば勝手にやってくれるから。」

「……矢矧さんなら信用できます。」

 

 飛龍と不知火の返答で村雨は納得する。

 

「さ〜て、ここら辺の海鮮って美味しいから楽しみだなぁ。」

 

 剣城は横を通る一群を横目で羨ましそうに眺める。飛龍が思い出したかのように声をかけた。

 

「あっ、頑張ってね。」

「ひどくないか!?」

 

 淡白な言葉に剣城は文句を言うが、すぐにそんな余裕は無くなった。

 

「さて、言い残すことはないな。」

 

 長門が指を鳴らす。剣城は冷や汗をだらだらとたらしながら黙り込む。矢矧が追い討ちをかける。

 

「ちゃんとお話、済ませましょうね?」

 

 こうして大湊の司令官という肩書を背負う地位が高いはずの青年は、部下に襟を掴まれて引きずられるような形で外へと連れ出されていった。「せめて美味しい焼きニシンを食わせてくれ」という最後の言葉とともに。

 

「何かあったの?」

 

 遅れて庁舎側から中津原がやってくる。提督はもらった昼食を持ちながら答えた。

 

「剣城が機器でヘマして連行された。それだけだ。」

「あぁ、そういうこと。実戦じゃないとポンコツなのはあの人らしいね。私じゃなくてよかった。」

 

 あまり興味がない様子の彼女はそのまま配膳の列に並ぶ。その反応に提督は苦笑しながら席へと向かった。

 しばらくして、各々別の席に着いた。姉妹艦との者もいれば、同艦種で座るものなど多様だ。

 

「美味しそう……。」

 

 飛龍が脂のよくのった焼き魚が置かれる定食に目を輝かせる。瑞鶴は飛龍、時雨との食事だった。隼鷹と瑞鳳もくるかと瑞鶴は思っていたが、案外二人は仲が良いのか瑞鶴達とは別に一緒に食べていた。

 

「ここ周辺は海鮮は多いからね。野菜は流石に輸送してもらわないといけないけど。一年中冷えてるからあんまり育つものが少なくてさ。」

「食糧に関しては作ってくれる人さまさまだよね〜。」

 

 いただきますの挨拶を済ませ、口にご飯を滑らせる合間に飛龍は喋る。時雨は深く頷いて飛龍の意見に賛同した。

 

「あ、それでさっきの話の続きなんだけどさ。」

 

 続いて、飛龍は瑞鶴へ目線を合わせる。

 

「先に一応もう一回確認するけど本当に赤城さんがどういう人かは知らないんだよね?」

「……はい。」

 

 その返答に飛龍は感心した様子で背もたれに軽く寄りかかる。

 

「いや〜、あの人から聞いてたとはいえ本当にある意味ネジが飛んだ新人だわ。」

「あの人って剣城さんのこと? なんで知ってるのさ。」

 

 時雨が問う。飛龍は意外そうな顔で答える。

 

「『椃木曰く相手の空母は新人だが、油断禁物らしい。全力で行っていいそうだ』って言ってたから多分教えてもらったんじゃない? 実際、戦闘機が強くてこっちは肝を冷やされたんだから。」

 

 飛龍の言葉に、瑞鶴は失笑する。提督のまだ来て間もない新人に試練を与えるような気質は赤城に似ているなと感じた。

 

「ふーん。まぁ、とりあえず赤城さんの事についてもっと知らないと始まらないからそっちから片付けようか。」

 

 時雨は話を上手く流すと語り始める。瑞鶴は聞く準備を昼食を食べながら整えた。

 

「先に結論から話すけどあの人は“銀翼の女王”っていう公認の通り名を持ってるんだ。」

「演習中に言ってた矢矧さんのやつと同じ?」

 

 瑞鶴の質問に飛龍が答える。

 

「違う違う。それは他の泊地からのあだ名であって本営の方から認められた名前じゃないの。本当の通り名は“武人”よ。」

「なんか、パッとしませんね。」

「分からなくもないけど……、それを本人の前で言ったら多分相当怒られるから気をつけなさいよ?」

 

 飛龍は瑞鶴の反応に若干引きながら忠告する。

 

「どっちも秋季演習の個人艦種別の優勝者だからね。瑞鶴とは比べ物にならないくらい強いよ。」

「それは流石にわかるわよ。ただどれぐらいの規模かは分からないけど。」

 

 瑞鶴は話の引き合いに出される秋季演習のことを知らなかった。時雨がそれを察して先に説明する。

 

「そういえば詳しく言ってなかったね。年一回に北東南西の提督が集まって演習をする大規模なイベントだよ。艦種によるとはいえ、どれも五十人くらいはあるかな。みんな実力ある艦娘を出すから平均練度も相当高いと思う。」

「本土の方よりは南方の方が比率としては多いんだよね〜。」

 

 飛龍の相槌に時雨は頷く。

 

「それに結構同じ艦娘、といっても区別はつけられるんだけど……。艦名が同一なことも多いかな。イメージ的には赤城さんと赤城さんが戦うみたいな。」

 

 瑞鶴は頭の中でイメージしてみる。赤城が二人いて、それらが互いに倒し合う。想像の範囲内でも頭がこんがらがるような感じがした。どちらを応援していたのかがわからなくなる印象を受けた。

 

「なんか気持ち悪いかも……。」

「最初は慣れないと思うよ。」

 

 瑞鶴の言葉に時雨は同意する。

 

「で、まぁその猛者が集まる演習で赤城さんは二年連続で優勝したってことさ。」

「それでその……“銀翼の女王”っていう名前ももらったってこと?」

 

 時雨も飛龍も頷いて答える。そして飛龍はついでと言わんばかりに追加説明をする。

 

「うちの矢矧はあくまで一度だけだから“武人”っていう通り名もそこまで定着しなかったんだよね〜。ここの赤城さんは空母勢で二人目の二連覇をしたから有名になったの。」

「ちなみに、その一人目は誰なんですか?」

 

 瑞鶴の質問に飛龍は少し考えて答える。

 

「ん〜、わかんない。まだうちの提督が候補生だった時だし。一応名前はちょっと怖くて“鬼姫”ってついてる。」

 

 鬼姫。瑞鶴はその文字に若干ゾッとした。もしも名前通りの人だったらどうしようという杞憂が頭に浮かんでくる。

 

「大体、戦い方というか立ち振る舞いにそういう凄みみたいなものがあってつくことが多いかな。」

「そうそう。だから戦術も結構激しいんじゃないかな〜。」

 

 三人の話が続く中、不意に川内がやってくる。

 

「全く食べてないじゃん。お残しはもったいないからやめなよ?」

 

 その指摘で瑞鶴たちは自身らの食べる手が止まっていたことに気がついた。

 

「ちょっと話しすぎたかもね。」

「だね。」

 

 飛龍と時雨が笑う。その笑いに瑞鶴も微笑み返しながら、ちらりと自分の膳を見下ろした。味噌汁は冷え、米も硬くなっていた。周囲を見渡すと、皆が既に食事を終え、各々の時間へと移り始めている。

 瑞鶴はそっと味噌汁に口をつける。

 

––私は、どこまで行けるのかな。

 

 胸の奥で小さく、何かが軋む。瑞鶴は無言で、冷めた定食をゆっくりと平らげ始めた。

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