北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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前話からの続きです。


残映のレコード

 その日の午後、幌筵と大湊の水雷戦隊による夜戦の公式戦が行われていた。暗闇の中に照らしだされるフィールドと人影が、単冠湾の浜辺から遠目で見ていても分かる。

 

「……今回はちゃんと確認したからな。」

 

 ほっぺにつねられた跡が残る剣城は、不貞腐れながら言った。地上に用意されたスクリーンに映し出される映像はクリアに見えている。

 

「「当たり前だ。」」

 

 提督と長門の二人の言葉がぴったりと合わさる。時間設定の部分を提督と中津原の目のもと、アラームがしっかりと時間通りに鳴ることを確認していたのだ。

 

「本当に私の時じゃなくてよかった。」

 

 嫌味にも聞こえるような、あっさりとした声で中津原はあくびをしながら言い放つ。夜も更けつつあり、すでに明日のために寝ている艦娘もいた。そのために観戦する者はまばらだった。

 

「……というか流石に冬の夜の浜辺に吹き曝しなのはどうなんだ!? 寒すぎるぞ。」

 

 二重、三重に着込んだ身でありながら体を震わせる剣城は苦言を呈す。吐息がほのかに白く染まる。

 

「自分の艦隊が戦ってるんだろ? 上官として見るべきじゃないのか。」

 

 提督の言葉に長門が同意の頷きを示す。剣城の勢いは一瞬にして抑えられる。

 

「いや……まぁ、それはそうなんだがなぁ。」

 

 剣城自身、その発言の意味は十二分に理解していた。出撃の時に桟橋からしか見送りができない、そのなんとも言えない歯痒さを彼は味わっていたからだ。

 

「普段は見れないんだ。こういう時ぐらいは見てあげろよ。」

「それは分かっている。だが、石油ストーブかなんかないのか?」

 

 剣城は暖まれるものが欲しかった。体温の範疇にも限界があるからだ。しかし、無情にも提督は冷たかった。

 

「ないな。というかあっても資源の無駄だ。室内は電気ストーブ、外は着込む、これで十分だろう?」

 

 かくいう提督は目と鼻しか見えないほどに着込み、完璧に近い防寒をしていた。資源が関わると節約の二文字が出る彼にとって冬ほど恐ろしいものはない。燃料を使う石油ストーブという暖房のコストをケチって電気を使っているのだから剣城の要求を一蹴するのは言うまでもなかった。

 

「流石に私はここまで節制はできないなぁ。」

 

 あまり着込んでいないが、使っている防寒装備は明らかに現在の気温と不釣り合いな中津原は言う。

 

「いや、ここだから俺も使ってないだけだぞ。幌筵ぐらい北に行くといくら着込んでもきついものがあるからな。」

「この時期だと風と雪か。大湊と違って吹雪って感じなんだろうな。」

 

 椃木と剣城は冬の幌筵島へ何度か行ったことがあるからこその言葉だった。島に近づくに連れて不安になる波の高さは忘れられない。

 

「そうそう。本当困っちゃう。」

 

 肩をすくめる彼女はモニターへと視線を元に戻す。まだ誰もフラッグは上がっていない。中破はおろか、小破すらいなかった。剣城が感心した様子で問いかける。

 

「なんかレベル高くないか?」

「一年もあればここまで育てられるってこと。」

 

 そう言って、やや自慢げに語る中津原に提督が「まぁ、結構演習したしな」と水をさすような発言をすると少しふてくされた表情になる。

 

「あれで照明弾は四発目か。両者ともあまり使ってなさそうだな。」

 

 唯一真面目に最初から演習を見ていた長門の指摘に提督が反応する。

 

「やっぱり数えてたんだな。」

「それぐらいはお安い御用だ。」

 

 軽く口角を上げる彼女はその眼をモニターではなく実際の戦場へと向けていた。視力の良さと夜目の効きは艦娘特有の能力だ。故に問題なく観戦できていた。

 すると、白い吐息をついて提督が徐に粗末なパイプ椅子から立ち上がる。同時に顔まわりの防寒装備を少し解いた。

 

「さて、俺は少し席を外すかな。」

 

 その言葉にすぐに剣城が反応する。

 

「なら俺も椃木ついていこう。」

「提督。」

 

 一度立ち止まった剣城は長門からの一言の圧をうまくいなす。

 

「たまには同僚としてじゃなく友人として話したい時もあるんだ。」

「俺が望んだわけじゃないけどな。」

 

 提督の下手な合いの手に剣城が「そこはちゃんと合わせろよ」と文句を言う。だが、提督もそれ以上は何も言わず懐中電灯を取り出すと歩き始めた。長門が観念した様子で手をひらひらさせる。

 

「後で間宮奢ってやるよ。」

 

 そう言葉を残して提督について歩いてった剣城に中津原が「子供扱いしてるのかな」と反応する。長門は「大丈夫、あとでしめておく」と不穏な言動をして、夜戦鑑賞にまた耽り始めた。

 しばらく提督と剣城は無言で歩いていた。懐中電灯だけの灯りが凸凹のある未舗装の道を照らす。

 

「どこに向かってるんだ。」

 

 不意に剣城は提督に対して話しかける。

 

「夜戦を見るときの特等席さ。」

 

 提督の返答に剣城は疑問を投げかける。

 

「だったらなんでそこにしなかった?」

「遠いからな。それに大人数で行くと特別じゃなくなる。」

 

 返事に違和感を剣城は覚えながらも黙々と提督の後ろをついていく。会話が途切れないように剣城はまた質問した。

 

「そういえば新人のあの娘、どうなんだ。随分と肩入れしているように見えるが。」

「瑞鶴のことか?」

 

 振り向いて問う提督に剣城は頷いて答える。

 

「肩入れしているわけじゃないさ。成長するスピードが他の娘と比べて早いから実戦投入しただけだ。」

 

 釈然としない口ぶりに剣城はもう一つの質問をぶつける。それは剣城が今まで躊躇っていた疑問でもあった。

 

「お前が言ってた“彼女”との約束が忘れられないからじゃないのか。てっきり俺は思い出させようと奮闘してるんだと思ってたぞ。」

 

 その言葉に提督の歩くスピードはゆっくりとなる。止まる寸前でまた元のスピードへと戻った。

 

「そういえば剣城には話してたんだったな。」

「ああ。」

 

 表情は見えない。それが少々不気味に思えながらも相槌を打つ。

 

「正直言って少し諦めかけてるよ。今になって考えてみたら無理な話なんだ。それに––––」

 

 提督の言葉は途切れる。悲しげに聞こえる声ははっきりとした音でもって冷たい夜の空気へ紡がれる。

 

「『ここで過ごしている瑞鶴の人格はどうなる』って考えたら決心がつく。」

「あれだけ執着していたのにか?」

 

 剣城のある意味では冷たい質問が突き刺さる。提督は歩く足を止めた。剣城は一瞬怒ったのかと焦った。しかし提督は至って冷静だった。

 

「じゃあ、もし仮に俺の事とあそこを思い出したとして、だ。建造されてから過ごした“瑞鶴”の記憶はどうなる。単冠湾にいる皆との関係はどうする。過去という呪縛は振り解くべきなんだよ。俺自身が克服しないといけない問題なんだ。」

 

 剣城はその提督の、現実を知ったが故の言葉にしばし黙り込む。そうして一言聞く。

 

「……椃木はどうしたいんだ。客観的な要素での判断に俺は聞こえる。そこに自分の意思はあるのか?」

 

 提督は悩んだのか、浜辺に打ち寄せる波の音しかない静寂の時が流れる。だが、それもすぐに破られる。

 

「そりゃ、取り戻せるなら取り戻したいさ。」

 

 それが彼の欲だった。剣城は「だったら……」と言おうとするが提督が先に言葉を発する。

 

「でも俺は一度守れなかった。いや、振り返れば他にも三度失ったか……。どちらにせよ、俺は大切なものを自分の力で守りきれなかった。そこに負い目があるんだ。」

 

 淡々とした口調の中に潜む彼の底の知れない感情と記憶は、剣城が提督候補生として出会った時から時々垣間見えていた。だが、友人として長く過ごした剣城でも未だ推し量ることはできていない。それほどにまで影は深いのだろうと剣城は思っていた。

 

「…………」

 

 剣城は何もかける言葉が見当たらなかった。正確にはそれを持ち合わせるだけの経験をしていなかった。気まずい空気感が流れていると思ったのか、提督は声音を切り替える。

 

「暗い話になったな。さっさと歩いて目的地に向かうぞ。」

「いや、元はといえば俺が悪いんだ。すまん。」

 

 剣城の謝罪を提督は「いいんだよ、別に」と軽く流すと、手に握られた懐中電灯でまた足元を照らしながらまた、暗い道を歩き始めた。




連続投稿なのでメインの後書きは次話に回します。
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