北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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続きです。


残映のレコード(2)

 そこは瑞鶴の知らないところだった。見たことのないエメラルドグリーンの海と南国の島を思わせるヤシの木がそこにはあった。

 

—何、ここ。

 

 そう思っているうちに背後から誰かやってくる。

 

「まだ帰ってこないようだね。」

 

 振り返ってみて見るとそこにいたのは見ず知らずの青年だった。ただ一つわかるのは服装から推測するに提督であるということである。瑞鶴は答えようとしたが、それよりも先にその口が反応する。

 

「うん。」

 

 その瞬間、瑞鶴はこれが夢だと分かった。体はその意思とは切り離されているのだ。

 

「それにしても、朝から待っているとは余程彼が好きなんだね。ここまで好意を寄せられているのに貰ってくれないのはどうしてなのだろうか。」

 

 身体が火照るのを感じた。同時に言葉が吐き出される。

 

「べ……別にそういう関係じゃないし。」

「素直じゃないなぁ。それではいつか彼にそっぽを向かれるよ。」

 

 微笑む彼の顔は優しさに満ちていた。だが、“彼女”は軽く頬を膨らませたかと思えばそっぽを向く。

 

「……ほっといてよ。」

 

 意識とは無関係に見せられる会話は記録映画のような様相を瑞鶴に思わせる。そして同時にどこか恥ずかしさを感じさせた。青年は言葉を気にせず話を進める。

 

「そうそう、瑞鶴がお迎えするって言うから加賀が当番交換してくれたよ。それを伝えに来たかったんだ。」

 

 瑞鶴は聴き慣れた名前に興味を示す。対する“彼女”は加賀に対してあまり良い印象を持っていないようだった。

 

「あの人がぁ? 天地がひっくり返ってもないでしょ。」

 

 その言葉に青年は笑いながら返答する。

 

「ってことはどこかで天地がひっくり返るってことだね。」

「縁起でもない事を言わないでっていつも言ってるでしょ?」

「大丈夫だよ。瑞鶴は運を持ってるんだから。」

 

 青年の発言を“瑞鶴”は不愉快そうな口調で否定する。

 

「あんなの結果から出た偶然の産物よ。全部運で片づけないで。」

 

 “彼女”はどこか幸運という言葉を嫌っているように瑞鶴には感じられた。同じ自分でありながら捉え方とはそこまで違うのかと驚かされる。

 

「さてと……僕は少し倉庫に用があるからここでお別れさせてもらうね。時間をとってごめん。」

 

 気をつかっているのか、その青年は丁寧に挨拶を済ませゆったりとその場を離れていった。一人になった“彼女”は独り言をぼやく。

 

「朝には帰るって言ったのに。あの馬鹿。」

 

 瑞鶴には青年の言っていた“彼”が誰なのかはわからない。しかし、今ここにいる“瑞鶴”が大切な人を待っているのは明らかだった。

 

—誰を待っているんだろう。

 

 一度浮かび上がってきた疑問というのは早々に消えない。瑞鶴の中で芽生えた種はその根を広げていった。

 そうしているうちに、“彼女”は海の方を見るのをやめて振り返って歩き始めた。浜辺からコンクリート舗装された遊歩道のようなものへと足場が移る。

 

「朝ごはんでも食べよっと。」

 

 自由気ままに動く体は数分の間、その状態を保ち続けていた。もともと上機嫌だったのか、頻繁にはねる。

 しかしそんな時間も短かった。

 

「げっ。」

 

 “彼女”の見つめるその先には瑞鶴も見慣れた一航戦の二人の姿があった。出撃準備を整えており、その姿は活気に満ち溢れている。

 

「あら、瑞鶴さん。」

 

 単冠湾にいる彼女と同じように赤城は話しかける。対照的に、加賀は少し変わっていた。

 

「こんなところで道草食っていたのね、五航戦。少しは姉を見習ったらどうなの。今、鍛錬しているわよ。」

 

 皮肉った言い方は瑞鶴の知らない加賀の姿だった。だが、同時にここが単冠湾とは別の泊地であるということを思い出させる言葉でもあった。

 

「ふん、私のことが心配だったくせによく言うわね。わざわざ哨戒の当番変わるなんて。」

 

 “彼女”のその発言で加賀は眉をひそめる。だがすぐに反撃に移る。

 

「貴女の恋人が帰ってくる日に当直ではかわいそうですから。一航戦のお慈悲です。」

「恋人じゃありません〜。ただの用心棒です〜。」

「どうだか。」

 

 喧嘩の兆候が見えつつある状況に赤城が見かねて軽く間に割って入って静止する。

 

「そこまでです。」

 

 半強制的に打ち切られたためにどちらも不完全燃焼の様子であったがそこは二人とも大人というべきか、キッパリとやめた。

 

「全く、今は敵が活発なんですから歪みあっている場合ではないでしょう?」

 

 赤城の説教じみた言葉は双方には刺さらない。まず、赤城のことを見ていなかった。それに気づいた彼女はため息をつく。

 

「今日はここまでにしておいてあげるわ。」

「こっちのセリフよ。」

 

 憎まれ口を叩き合うが、その足の向く方角は逆である。足早に歩く“彼女”の機嫌はすぐに治まった。瑞鶴はここがどこなのか特定するためにその情景を覚えようとする。

 しかし、そこで画面は暗転した。次に明るくなった頃にはすでに空は夕焼け色に染まっていた。瑞鶴は目まぐるしい変化に若干呆気にとられる。“彼女”は遊歩道を歩き続けていた。

 

「遅い!!」

 

 “瑞鶴”は未だ出会うことはできていなかったようだった。朝とは異なり明らかに不機嫌になっていた。その手には弓が、腰には矢筒と矢が携えられている。瑞鶴には何をするのかさっぱり見当がつかなかった。だがすぐにその使い道が判明した。

 

「あったら爆撃は外せないとして……。」

 

 不穏な言葉に瑞鶴は戸惑いを隠せなかった。常識的に考えたら思いつかない行動だ。

 

—人間に爆撃!?何考えてるのよ。

 

 けれどもその感情が伝わるわけではない。“彼女”はコンクリートから砂利道へと切り替わった曲がった道を歩むのをやめない。

 

「着いたわね。」

 

 オレンジ色に染まった海と空を眺めていると思ったら、人気のない浜辺で“彼女”は弓矢を構えていた。瑞鶴は語りかけるように一言言い放つ。

 

「あの人を探してきてね。」

 

 発艦された偵察機、彩雲が高速で赤い空には異質な深緑色のシルエットと共に羽ばたいていく。快速の機体はすぐに見えなくなった。

 

「はぁ〜。」

 

 ため息をつく“彼女”は浜辺へと座り込み、肘を太ももの上にのせて頬杖をつく。波の打ち付ける音以外この空間に入り込む音はない。

 

「退屈。」

 

 そうして、しばし無機質な時間が流れる。瑞鶴の集中も切れてきた頃、突如として“彼女”は立ち上がった。

 

「嘘、そんなの嘘よ。」

 

 明白に今までの雰囲気とは異なる緊急性の伴った声の音色は、すぐに繰り返す。

 

「ないないないないない。そんなわけ絶対ない。」

 

 そう言いながら今まで歩いてきた道を急いで戻る“彼女”からは冷や汗が流れていた。瑞鶴にもその緊迫とした雰囲気が伝わってくる。

 早歩きから、ついに走り始めた“彼女”が向かっていたのは瑞鶴の見ることのできなかった泊地の主要施設だった。瑞鶴は穏やかな海に築かれた泊地なのは浜辺の海を見ていて分かっていたため、とてもいい立地なのだろうと思って期待していた。だが、そんな理想の泊地はそこになかった。

 

「っ……!!」

 

 炎に巻かれた施設、連鎖する爆発。“瑞鶴”の目の前で起こっていたのは平和な今とはかけ離れた空襲の惨状だった。

 

「皆は何をやってるのよ!!」

 

 燃える建物に臆しもせず、“彼女”は突き進む。そこで分かったのはどうやらこの攻撃は艦娘を狙っているものではないと言うことだった。少し進むと反撃をするべく、慌ただしい様子で出撃していく者の姿が見られたのだ。

 

「あっ、瑞鶴!! 何やってたのもう……。」

 

 一人の艦娘が話しかけてきたと思えば、手に持つ弓と背中の矢を見て安心した表情で胸を撫で下ろす。

 

「もう艤装を持ってたのね。だったら話が早いわ。多分、後続が来るはずだからそこに混じって出撃して。じゃあね。」

 

 焦っているのか、早口で捲し立てたと思えばすぐに海の方角へと行ってしまった。瑞鶴も“彼女”も、空襲という状況は理解できてもその戦況がどのような状態までは把握できていない。故に戸惑った。

 

「出撃しろって言われても……。」

 

 “彼女”は一度深呼吸したかと思えば、また足を動かし始める。

 

「まずは甲板とか取ってこないと。」

 

 小走りで目的地へと向かう。そうしてついた場所は地下だった。入居施設が一体型の単冠湾と同じ形状をしている。唯一異なるのは桟橋からやや離れていることだけだと瑞鶴は感じた。

 

「泊地修理に預けていたのよね。」

 

 妖精から艤装を“彼女”は受け取った。動揺している妖精を“彼女”は軽く慰めるために頭を撫でる。

 

「大丈夫よ。まだ負けたわけじゃない。」

 

 そうして“彼女”が外へ出ようとした時だった。薄いドアから聞こえてくる何かの風切り音に“彼女”は反応する。

 

「爆弾!?」

 

 “彼女”は瞬時に伏せて頭を抑える。数秒後、先ほどまで立っていたであろう場所に地上から爆弾が貫通してきたのか、施設内部で爆発する爆風が襲いかかる。熱風は感じられないが、衝撃がかなりのものなのか瑞鶴にも多少なりとも伝わってくる。

 

「……っ!!」

 

 瑞鶴は目がまわるような視界の揺れを受けたかと思えば、そこで夢は暗転した。

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