北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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引き金をひくために

 三鎮守府での合同演習が終わり、瑞鶴は新しい作戦があるという知らせを受けて朝から執務室に集められていた。

 

「すまんな、こんな時に。」

 

 提督、剣城、中津原の三人の指揮官が集まっているの中で、緊迫した空気を瑞鶴は感じた。横にいるのは普段の慣れ親しんだ第二遊撃部隊のメンバーではなく、一航戦の二人の姿があった。加えて熊野と阿武隈が立っている。若干離れて、矢矧と叢雲も待機していた。

 

「三人集まって話せる機会も少ないから、こうして作戦の練り合わせを行う時間を設けさせてもらった。君たちはその作戦を実際に行う立場からアドバイスしてほしいから呼んだんだ。」

 

 剣城は落ち着いた口調で淡々と話す。

 

「今回、大規模な北方攻略を行おうと思っている。」

 

 あらかじめ用意された海図へ視線が誘導される。キス島周辺海域には奪還済みの印があった。瑞鶴はそれを見て少し鼻が高い気分だった。

 

「昨日まで合同演習を行なっていたと思うが、実はその間にこちらで独自にアルフォンシーノ方面の殲滅を行った。まぁそれ自体はそこまで問題じゃない。」

「いや、ちょっと待て。いつの間に何やってんだ。」

 

 厳粛に思える空気感の中、提督が呆れた声で剣城へ苦言を呈す。

 

「いくら戦力があるからと言って無茶しすぎだ。」

「だが、幌筵もここも攻略に加担しないとなると必然的に空白の時間が生まれてしまうだろう。その間に戦力を立て直されると厄介だと思ったんでな。」

 

 笑いながら済ませる、余裕のある剣城の顔を提督は一瞬見ると、そこまで深掘りもせずにまた話を聞く体制へと戻った。切り替えは早い。他の面々は姿勢を崩さないところに瑞鶴は圧倒されるばかりだった。

 

「それで、だ。続けて偵察を行った結果、どうやら東に強力な艦隊が潜んでいるらしき傾向が見られた。接敵は時期的に流石に控えたが、絶対に今後の攻略で支障をきたす壁になることは間違いない。」

「そこでそれらを殲滅する作戦を立てるということですね。東といってもここからはだいぶ離れているでしょうから北方海域全面に関わる規模になるでしょうか。」

 

 赤城の推測混じりの言葉に剣城は感心した様子で相槌を打つ。

 

「あぁ、その見識で大方間違ってないだろう。」

「それで私たちも同伴ってこと……か。」

 

 納得がいった様子で、中津原はソファに腰をかける。

 

「相手の編成がわからない以上、慎重になる必要があるな。」

 

 提督の発言に赤城が共感する。

 

「キス島の時も、南方海域で見られるような個体が発見されていますからね。それらを考慮するとこちらも部隊を分けて運用する必要があると思います。」

 

 その指摘を待っていたかのように剣城は少し声を張り上げて言う。

 

「そう、だがそれをするには大湊とここからでは距離が遠い。だから幌筵を拠点にしたいと思っている。今までも最前線に位置することから色々役割を押し付け……こなさせてしまったが……。できるか?」

「自覚あるのに聞くんだ……。」

 

 剣城からの問いかけに中津原は苦笑いしながらも渋々といった感じで承諾する。彼女自身、この作戦の効果を軽視しているわけではなかった。

 

「よし、それじゃあ具体的な作戦内容に入ろう。」

 

 剣城がそう語るのを合図にして、提督がペンとノートを持ってくる。それを手渡すと自身はソファに中津原と同様に座った。中心には海図が広げられた長机が存在する。即席会議室のようなものになっていた。

 

「まずは部隊構成だな。俺としては攻略の本隊が一つ。そしてそれらを補助する役割の部隊が三つほど必要だと考えている。」

 

 提督が何かに気づいた様子でソファから立ち上がって「少し席を外す」とだけ言って足早に退室する。瑞鶴は何故なのか気になったが、その後すぐに戻ってきたかと思えば艦娘の人数分のパイプ椅子を持ってきて広げてまた定位置に戻った。

 

「別にいいのに。」

 

 叢雲や矢矧は遠慮がちに座る。提督はそこまで気にしていない様子で「長話を立って聞くのもあれだからな」とだけ言ってすぐに話を本腰へと誘導した。

 

「それで、補助部隊なんだが一つは哨戒任務としてキス島周辺警備として運用、他の二つを主力本隊が弾薬消費しないように露払いもしくは囮的運用で行こうと思っている。北方全域に跨ぐ戦域のためにどうしても会敵する回数が多いと予想しているからな。」

 

 第一印象としては筋が通っている。そのような感想が瑞鶴には感じられた。剣城は何か意見が欲しいのか「どう思う」と言って艦娘たちを見つめていた。加賀が徐に口を開く。

 

「敵の戦力も不透明、海域の状態もわからない現状では不安があります。もう一つ、先遣隊はあった方がいいかと。当日の本隊に先立ち、先に敵主力を捕捉。その情報を元に本隊が叩けば優位に立てますし合理的です。」

 

 その返答に剣城は「ふむ……」とだけ言って少し考え込む。その間に中津原が情報を付け加える。

 

「この時期だと晴天と曇天で海の様子もだいぶ違う。少なくとも風はセットでついてくるし、波も少し高いはず。そうなると小型艦が多いと少し不安。」

「確かにそうですね。もし先遣隊をつけるなら水雷戦隊では心細いかもしれません。航巡ぐらいは入れておきたいです。」

 

 指揮官である提督たちとその部下である艦娘が意見交換を行って作戦を立案、吟味していく。その初めての体験に瑞鶴は思わず息を呑んだ。

 

「矢矧はどう思う。」

 

 剣城は自身が秘書艦として信頼している者へ助言を求める。想定外であった矢矧は一瞬口ごもりながら答える。

 

「部隊構成自体にはそこまで問題ないと思うけれど。それを実行する資源をどう負担するのかは気になるわね。全部が全部幌筵で賄うわけにはいかないだろうし。後で埋め合わせをする必要があると思うわ。」

「わかった、それは確かにそうだな。あとで別で考えることにする。他にはないな?」

 

 うなずく彼女の姿を確認して剣城は一度息を吐いて間を作る。

 

「一旦お開きか?」

 

 提督は背もたれに深く寄りかかりながら問いかける。現状できることはこれぐらいだ、と言わんばかりの顔だった。

 

「そうしたいところなんだが、個人的にはこの機に一気に潰しをかけたいと思っているんだ。南方でまた出たらしいからな。“怪物が”。」

 

 その重い口ぶりに怪訝な顔で提督が質問する。

 

「なんだ、それ。」

 

 瑞鶴が横目で見ると、赤城や加賀たちも知らない様子だった。矢矧は軽くため息をついている。

 

「南方の個体がこっちの海域の敵よりも強いのは知っているだろう。それに新型も多い。何故なのかはわからないがな。」

 

 瑞鶴の初陣の時もそうだった。瑞鳳達との会話の時に引き合いに出されたことを思い出す。

 

「だが、その個体の中でも極めて優れた者がいる。姫や鬼と称されているらしいがこの際どうでもいい。そいつらが有象無象の深海棲艦と桁違いに強いようでな。度々大損害を被っているようなんだ。」

 

 姫や鬼。その言葉を聞いた提督の目つきが一瞬とてつもなく鋭くなる。殺意が洗練されたような眼光に瑞鶴は気づき、体が無意識に震えた。

 

「それは……例えば“隻眼”とかですか。」

 

 そんな中、加賀が珍しく話に食いつく。聞き慣れない単語に視線が集まる。

 

「そんな呼び名もあるのか?」

「いえ、知らないのであれば結構です。」

 

 加賀はそう言って場に流してしまう。皆引っ掛かりを覚えてはいたが、大して気にしてはいなかった。しかし、やけに瑞鶴にはその時の加賀の静かな声が耳に残っていた。

 

「話が本筋が逸れたな。それで部隊の話はいいとして——」

 

 剣城は未だ全てが終わっていないといった様相でまた話を始める。長くなる練り合わせに瑞鶴は少し退屈さを感じながらもまた耳を傾け始めた。

 

 

 

 

 

「長すぎですわ!!」

 

 朝に始まった作戦会議は昼ごはんの食べごろをやや回る頃にまで続いた。満足した剣城は一番最初に執務室を出ており、既にいなかった。退出の際、矢矧が本当に申し訳なさそうな顔で謝っていたのが唯一の救いだなと思いながら瑞鶴は体を軽く伸ばす。

 

「あいつは実戦が絡むときは徹底的にやることはやるからな。代わりにそのおかげで絶対にミスもしない。」

「だから大湊の提督でもあるってこと。」

 

 提督と中津原が熊野のことを優しくなだめる。話の中心に主に関わっていたのは主に一航戦の二人であり、あまり関係なかったこともあって熊野の機嫌は良くはなかった。むすっとしたままの顔で退出していく。

 

「まぁ、実際に戦場に出る方が好きな熊野からしたら退屈かもしれんな。」

 

 閉じていくドアを見つめると、提督は若干俯いて深呼吸をする。

 

「それじゃあ、私はそろそろ帰りの支度もしないといけないし。」

 

 頃合いを見て、キリがいいと感じた中津原は立ち上がる。それに合わせて叢雲が近づいてくる。

 

「少しの間だけど、お世話になったわね。」

 

 社交辞令にも思える言葉を叢雲は放ちながら、二人一緒にドアの向こうへと歩いていく。

 

「それじゃあ、私たちもおいとまさせていただきましょうか。」

 

 赤城と加賀も別れを告げる。阿武隈は誰にも知られないまま、気配を消していた。提督が思い出したかのように一言伝える。

 

「瑞鶴は残ってくれ。話があるから。」

「へ?」

 

 瑞鶴の腑抜けた反応に対して、一航戦の二人は怪訝な顔で訝しむ。どうして。そんな言葉がついて出てくるような顔だった。そんな疑念を向けられている提督自身は執務室から入る日の光を少しカーテンで遮りながら、ソファではなく立派な椅子の方に座った。

 

「ん?」

 

 赤城と加賀の冷たい視線を受けてなお、提督の飄々とした雰囲気が取り除かれることはなかった。何も言わず二人は立ち去る。残るのは瑞鶴、一人だけだった。

 

「えっと……。」

 

 瑞鶴は体が強張るのを感じながら提督がなぜ、自分自身を呼んだのかについて思慮を巡らせる。だが、その前に提督自身が先に説明する。

 

「別にそんな重大な話で読んだわけじゃない。たまに誰かと話したくなる日がある。それだけだ。」

「は……はぁ。」

 

 戸惑いながらも瑞鶴は相槌を打つ。提督の読めない表情に逆に瑞鶴も表情が凍りついてしまう。分からない。その感情が瑞鶴を支配する。

 

「最近どうだ。」

 

 他愛もない会話。一見そう見えるかもしれないが、何か裏がある。そんな直感が瑞鶴を突き動かしていた。

 

「……楽しいですよ。新しい仲間もできて。」

「そうか、金剛達とも仲良くやれてるんだったらいいんだが。」

 

 少しほっとした様子で提督は目尻を細くする。

 

「でも、別にそれが本題じゃないんですよね?」

 

 瑞鶴はやや踏み込んだ質問をした。その言葉を聞いた提督の顔は一瞬驚きの様相を示すが、すぐに感情を鎮めて読めないようにする。

 

「そういうわけでもなかったんだが……。」

 

 声のトーンが若干低くなる。窓の外からやってくる陽の光が細くなり、少し部屋の中が暗くなる。

 

「近頃、嫌な夢を見るんだ。」

 

 “夢”。瑞鶴はその単語に聞き覚えがあった。紛れもなく自分自身に起こったあれと同じものだ。

 

「俺がここへ至るまでの経緯が、生き様が反映された夢をな。まぁ、もっと悪く言えば“遅い走馬灯”のような夢……か。」

「でも、走馬灯って死ぬ時に見る物ですよね。えっと……その……死ぬ直前に見る。」

「分かってる。」

 

 提督は別にそんなことが言いたいわけじゃないのだと瑞鶴には感じられた。答えた声の調子からわかる。

 

「それはただの例え話だ。問題なのはそうじゃなくて、瑞鶴。お前も見たんじゃないのか。“誰かの記憶”を。」

「…………」

 

 すぐにでもありますと瑞鶴は言えなかった。確かに夢として見たあの光景は誰かの記憶というのであれば合点が行く。だからといって確定したわけではない。でも、この人は何かを知っている。その確信は瑞鶴の中に確固たるものとして存在した。提督は加えて言う。

 

「個人名は出さないでおくが、心配してる人がいるんだ。時々朝起きてくる表情に曇りがあるってな。」

 

 瑞鳳だろうなと瑞鶴は思いつつ、仕方なしに答える。

 

「知らない場所だったのでどうして見ているのか理解できませんが。夢を見ることはあります。南の島の、どこかの惨状を。」

 

 その返答に提督は何とも言えない表情をしていた。喜んでいるのか、動揺しているのか、それとも怒っているのか。目を細めたその顔は、瑞鶴には不気味でしょうがなかった。

 

「その島は……。いや、別に全部が全部そうじゃないか。」

 

 しばらくの沈黙の後に提督はふとそのようなことを口にして、また口をつぐんでしまった。瑞鶴はその言葉が妙に引っかかる感覚を受けたが、これ以上言葉を発することもせずに、両者静寂の空間にその身を委ねていた。

 

—この人は何かを知っている。

 

 瑞鶴はそう思った。しかしそれを教えてもらえるほどの信用を勝ち取ったわけでもなければまだ実力的に教えられる立場にもいないだろう。大人しくしておく方がいい、と瑞鶴は感じた。

 

「もし何か気づいたことが合ったら伝えてくれ。もしかしたら力になれるかもしれな––––」

 

 提督が何かに気付いた様子で立ち上がる。音もしない不思議な歩き方で瑞鶴に近づいてくる。瑞鶴はギョッとして体が硬直したが、提督はその真横を素通りした。ほっとしたのも束の間、提督は執務室のドアを開ける。

 

「お前ら、いつから聞き耳を立ててた。」

 

 そこにいたのは時雨と剣城だった。二人とも気まずい顔でしゃがんだ状態で固まっている。提督は不機嫌に見える態度で出迎えた。

 

「いや〜、だって赤城さんに瑞鶴が呼ばれてたって言ってたから……。気になっちゃって。」

 

 時雨の返答に提督は特に咎める様子もなく「そうか」とだけいって場に流す。問題なのはもう一人の人間だった。

 

「剣城、帰るんじゃなかったのか。」

 

 会議を終わらせ執務室を一番に出た彼は「俺はもうそろそろ帰るからな」と言っていた。だが、その言葉に反して今この場に残っていることに提督は少し怒っていた。

 

「飛龍が瑞鶴を呼んでいたって」

「嘘こけ」

 

 即答で剣城の言い訳を提督は叩き切った。口を真一文字にして剣城の顔は微妙なものになる。目配せで瑞鶴にフォローを期待しているようなものまで寄越してきた。しかし瑞鶴は生憎いい解決案を持っていなかったために、黙殺するしかなかった。

 そんな状況で、剣城は後が無くなったのか白状した。

 

「椃木の顔が少し普段と違った気がしてな。何かあると思って戻ってきただけだ。」

「だったらそう言え。」

 

 提督はその答えに軽く笑って緊迫した場の空気を和らげる。時雨がその間隙をぬって瑞鶴の元へやってくる。

 

「いつもの、忘れてないよね?」

「あっ……。」

 

 キス島近辺のパトロール。最近の瑞鶴達の日課だった。偶然今日の朝は赤城達と一緒にいたために剣城に呼ばれて会議に出席することになったが、本来は自分だけ断るべきだったのだ。

 

「金剛さん、ちょっとおこだよ。」

「本当!?」

 

 その言葉に焦燥感を瑞鶴は募らせる。そうして、提督に退室の旨を伝えて時雨と共に足早に宿舎へと向かった。

 そうして、不意に剣城が提督を呼ぶ。

 

「椃木」

「どうした。」

 

 瑞鶴達が階段を降りるのを見送った提督は振り向かずに答える。剣城は言った。

 

「お前、死ぬなよ。」

「辛気臭いことを言うなよ。気持ち悪い。別にただの例え話だ。」

 

 提督はそう返答するが、その顔はどこか険しかった。




来週からはまた戦闘っ気が強くなります。ガンガン書いていくのでお楽しみに。
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