北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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前回からの続きです。


ロックオン

「敵に捕捉された以上、追ってくるのは絶対だもんね……。」

 

 瑞鳳は傷ついた飛行甲板を気にしながら自身のことではなく、この先の戦況を案じていた。どの方位の水平線にも影は見当たらなかったが、確実に近づきつつある敵の存在は不気味なものだった。

 

「これはまた苦戦する相手かな〜……。」

 

 乾いた笑いを交えながら川内は臨戦態勢を整える。戦況として苦しくはないが仲間が傷ついている以上、緊張感があった。

 

「ひとまず、瑞鶴の艦載機を索敵機に回すしかないデース。できマスカ?」

「……善処します。」

 

 暗い気持ちを悟らせないように瑞鶴は平静な様子を演じながら烈風を発艦させた。

 

「ごめんね。被弾しちゃって。」

 

 張り詰めた空気感が艦隊内に伝播する中、瑞鳳は頭を下げて謝罪を行う。それを咎めるものは誰もいなければ、慰めるものもいない。あの状況では仕方なかった。少なくとも瑞鶴はそう自分を納得させていた。

 しばらく静かな時間が流れる。自分一人だけが航空戦力であるという事実から目を背けそうになりながら意識を烈風の妖精に向ける。敵艦隊は見つかっていないようで、返事はない。

 

「どう?」

 

 時雨からの質問に瑞鶴は答えた。

 

「見つかってない。どこからきたのかがわからない以上、探すのも労力と時間が必要かも。」

 

 敵に位置情報の大まかな部分を握られているのに対し、こちらはまだ掴めていない。情報戦で負けていることに金剛は焦りを抱いているようだった。

 

「空を警戒する必要もあるのでしょうガ、編成もわからない相手デース。ここは索敵の意識を集中させマース。」

 

 村雨と川内は対水上艦の索敵、金剛と時雨は艦載機を見落とさないようにという形で役割を分担させた。また、瑞鶴と瑞鳳を守るような形で部隊は輪形陣で展開し、これ以上の戦力の喪失をしないように努める。

 

「一度帰投するの?」

 

 当てもなく航行していることに疑問を抱いた村雨の質問に金剛はコンパスの赤い針を見せながら答える。幌筵の方向を示すように設定された針の方角へとすでに航路を取っていた。

 

「すでにその方向で動いてはいマース。それまでに接敵しなければいいのデスガ……。」

「島が見えるまでの辛抱ってわけね。」

 

 川内の結論によってどれほどの時間この空気が続くのかはわかった。あとは実行し続けるのみとなった頃のことだった。

 

「艦影……あり。」

 

 村雨の静かな報告にすぐに金剛は反応する。

 

「瑞鶴。艦載機の様子は問題ありませんカ?」

「はい。」

 

 それを受けて金剛は少し黙り込む。判断をしかねている様子だった。すかさず、時雨から言葉が飛んでくる。

 

「もしここで戦わなくても、後々障害になる相手なんだったら潰しておいて損はないよ。こっちだって覚悟はできてる。それに─

 

 強く、意思を持ってその言葉は打ち出される。

 

「──仲間を傷つけるやつを僕は許せない。」

 

 それは瑞鶴に深く鋭利に突き刺さった。思えば実際に仲間の誰かが実戦で中破になるまで傷ついたことなど一度もない。初陣だったとはいえ川内に庇われた時の被害はせいぜい小破程度だ。今ここで守られているだけの自分が不甲斐なかった。

 

「それなら話は早いんじゃない?」

 

 川内の問いに金剛は意を決したように答える。

 

「分かりました。ここで確実に殲滅しまショウ。でも──」

 

少し言葉を途切れさせる。

 

「無理は厳禁デース。瑞鳳が危なくなったら逃げマスシ、他に中破の者が出れば即刻退却に切り替えマース。」

「合点承知よ。」

 

 村雨の答えで艦隊は舵を切る。

 

「方向は反転!!敵を迎え撃ちマース!!」 

「了解!!」

 

 北の荒れつつある海に力強い返事が放たれる。瑞鶴は心を奮い立たせた。

 方針が決まった直後、瑞鶴は索敵機の代わりに烈風の小隊を村雨の報告した影のいる方角へ回していた。空を先に取れば事態は優位に進む。だが、同時にそれは相手にも言えるということで半分程度はまだ戦力を残していた。

 

「瑞鶴、大丈夫? なんか少し顔色悪いよ。」

 

 静かに戦闘の息が降りかかる中、瑞鳳は横で心配していた。瑞鶴はそんなに顔に出ていたのかと思いつつ軽く答える。

 

「平気だよ。瑞鳳の仇は取るんだから。」

 

 強がりだと分かっていても、心配させたくないという思いが瑞鶴に偽りの言葉を吐かさせる。

 

「それならいいんだけど……。」

 

 釈然としない様子で瑞鳳は反応すると、また周りをキョロキョロと見回していた。普段は索敵機を使っている彼女だが、その目で周囲を見渡すということをしてきたわけではない。艦隊の目として機能していると言っても、それはまた別の意味合いを持つのだと瑞鶴は自身がその役割を初めてこなすことでひしひしと感じることができた。

 烈風が解き放たれて数分、瑞鶴の元へ待望の連絡がやってきた。

 

「見つかったデース?」

 

 瑞鶴の反応を見て金剛は気づいたのか、眼差しを向ける。瑞鶴は答えようとするが、一瞬言葉をつぐむ。その内容はピリピリしている心を恐怖の沼に連れてきかねないものだった。しかし瑞鶴は本心を隠して、金剛へ報告する。

 

「はい……位置はここから南西の方角。編成も分かりました。戦艦フラグシップ一、駆逐三、空母は……二です。」

「それぐらいならどうってことはありまセーン。全然戦えマース。」

 

 金剛はすぐに戦闘に入ってからの部隊各員の動きを構築する。闘志のこもった目は、瑞鶴にはありがたいと同時に一抹の不安もあった。

 

「時雨は瑞鶴と瑞鳳について対空戦闘の手助けをしてくだサーイ。こちらは肉薄して打撃を与える役をしマース。」

「私は駆逐艦を抑えろってことね。」

 

 川内はそう金剛の指示を変換する。大体の内容はすでにイメージできている彼女の目は戦闘する時のものと同一化していた。

 見張員の妖精が何かに感づいたのか、村雨の意識が肩に向かう。そのすぐ後に報告が飛ぶ。

 

「敵が転舵したわ。こっちに気づいたのかもしれない。」

「見つかりましタカ。瑞鶴は艦載機と連絡は取れるデース?」

 

 そう言われて瑞鶴は意識をまた乗組員へと向ける。しかし何も帰ってこない。何かあったのが容易にわかる。

 

「取れません。」

「……少し速度を上げマース。」

 

 隊列が長くならないよう、なるべく緊密な陣形を保つ。波を力強くかき分け、円滑に加速して行った。すると、今まで肉眼では見ることのできなかった敵影が微かに浮かび上がってくる。

 

「敵、射撃!!」

 

 村雨がそう言うが、金剛は進路を変えない。

 

「どうせ当たらないデース。反航戦の長距離射撃なんてただの弾薬の無駄使いなだけネ。」

「同感。」

 

 川内がそう言って数秒後、真後ろで大きな水柱が上がる。

 

「このまま直進しマース。瑞鶴、高速の中で攻撃隊の発艦は可能デスカ?」

「なんとか……。」

 

 完璧な風上ではないため、瑞鶴は集中する。自身の速度と風向き、その速さを肌身に感じながら矢がブレないように構える。

 

「第一次攻撃隊、発艦!!」

 

 一射目、二射目と続けていきながら予備機以外の航空機を空へ放つ。晴れていた空とは変わり、雲のやや多い環境は空と海の境界線を作り出す。

 

「ここからは時間との勝負デース!! 川内と村雨はfollow me!!」

 

 そう金剛が言い放つと、部隊は二手に分かれる。金剛達はそのまま直進、瑞鶴達は一度横に折れる。早い段階で丁字有利の陣形を作り、被弾を減らすためだ。遠ざかる三人の背中を見つめながら自身の役割を再度、頭の中で確認する。

 

「ここからが正念場だね……!!」

 

 時雨も、瑞鳳も、誰も負ける可能性など考えていない。あるのは勝利、それだけだ。理想論ではない仲間への信頼から来る確信を一人持てていなかったのは瑞鶴だった。

 

─もし、金剛さんたちが、負けたら?

 

 耳の奥で誰かはささやく。

 

─艦載機の子たちが全員墜ちたら?

 

 隊長機も惜しみなく使っている。護衛程度に戦闘機を残しているとはいえ、今の瑞鶴の全力攻撃を理想的な状態で発揮しているのは事実だ。しかしそれ故に相手に受け流された時のリスクというものも生じてくる。

 

─負けても逃げることはできる?

 

 恐怖心は普段の能力を下げるかもしれない。しかし同時にそれは慎重さを誘発する。瑞鶴は敵の艦載機のことを忘れて頭を回す。自分の置かれている立場について考える。

 

─今、私は制空権を握れるただ一人の艦娘。

 

 責任は重い。艦隊の命運はまさに瑞鶴の采配にかかっている。

 

「瑞鶴、敵も艦載機をもう放っているだろうから集中を切らさないでよ?」

 

 時雨の問いかけで瑞鶴は我に返る。自分だけの世界ではない。時雨や瑞鳳が横にはいるのだ。

 

「私も対空戦闘ぐらいならできるんだから。」

 

 瑞鳳は飛行甲板に被弾したものの、その他の兵装にはダメージは蓄積されていなかった。

 

「瑞鶴を僕らは死守しないとね。金剛さん達と連絡取れるわけじゃないし本当に些細なミスで命取りなんだから。」

「わかってるわよ。」

 

 瑞鶴はその言葉を噛みしめながらいった。負ける可能性を考えても仕方がないのだ。今集中するべきなのは目の前の戦いに勝つこと。それだけだった。

 金剛たちが接敵したのか砲撃音が鳴り始める。瑞鶴たちは離れていても戦う姿は見ることができる。三体六。二倍の人数差でありながら迷わず戦う決断を下せるその勇気が瑞鶴が戦うための決意の起爆剤として機能する。

 

「右前方、敵艦載機。」

 

 時雨の報告で視線は移る。空に浮かぶ艦載機の一群が見える。

 

「対空戦闘用意!!」

 

 瑞鶴たち三人は弾幕を張る準備を済ませる。なるべく戦闘機隊を金剛たちのために残しておきたかった瑞鶴は己の力でこの状況を打開することを選択していた。

 

「……あの艦載機、やっぱり見たことない。」

 

 遠目で機体を捉えた瑞鳳が真剣な顔で言う。純白の禍々しい機体に刻まれる赤い光は不気味なものだった。

 

「南方で見るような新型艦載機なんだったら相当警戒しないといけないな。」

 

 普段の時雨なら見せそうな不敵な笑みはそこにはない。

 

「でも、必ず全部落としてやるさ。」

 

 頼りになる一言が時雨から飛び出したことに、瑞鶴はどこか心の安寧を取り戻せたような気がした。

 

 

 

 

 二手に分かれた一角、金剛たち三名は直線で最速で切り込んでいた。目の前に見える敵艦隊との距離はすでに大方詰まっていたが、砲撃はしない。

 

「本当に直前でターンするつもりなの?」

「ファーストコンタクトはそうするしかありまセーン。その先は白兵戦でも仕掛けるしかないネ。」

 

 川内は金剛が何をしようとしているのかは理解していた。敵が反抗戦で砲撃してきている以上、唯一の長射程の戦艦は次弾装填中であると考えられる。だから火力を回復される前に戦艦を潰す。危険分子をカットしておきたいからだ。

 

「それなら、やるしかないか。」

 

 二人の短い会話が済んだすぐ後、機は訪れる。敵艦隊は反抗戦から丁字有利の形を取るために曲がった。旗艦はヲ級だ。前から五隻目の位置に標的はいた。

 

「川内と村雨は影に隠れてくだサーイ。このまま突っ込みマスヨ!!」

 

 速度と進路そのまま、敵の駆逐艦の砲撃を金剛は受け止める。一部は跳弾させながら、そしてまた装甲で弾きながら突破する。一気に距離を詰めたら砲塔の角度を動かしながら、やや丁字有利となるような形へ進路を取る。

 

「まずは一隻!!Burning Looove!!」

 

 三隻分の一斉射。爆発が発生する。決まったかと思ったがまだ敵ル級は立っていた。

 

「連撃を叩き込まないと沈まないわね……。」

 

 村雨は悔しそうにそう言い放つ。駆逐艦である彼女が戦艦相手の装甲を撃ち抜くことは無きにしも非ずではあるが、北方でよく出てくるフラグシップ級には通用しない。

 

「まだ制空権は互角のようデスネ。流石は一航戦の鍛えた艦載機デース。」

 

 まばらに敵の艦載機が降りてくるが、それは全て手負いのものだった。村雨が軽く機銃でなぶるだけで勝手に墜落していく。

 

「時間は有限、このまま押し切らないと。」

 

 金剛達はすぐさま方向を切り返し、次弾装填するまでに有利な立ち位置を獲得するために動き回る。

 

「ル級の砲塔が動いてる。」

「OK、背後に回りマース。」

 

 村雨の報告に合わせて、ル級の視界の死角に入り込むようにして敵を追うように金剛達はピッタリ張り付く。駆逐艦の攻撃も無視はできないが、戦艦に比べれば安い。

 その立ち回りを厄介に思ったのか敵の艦隊は二手に分かれた。空母と戦艦で分かれたが金剛達にとっての脅威が変わったわけではない。

 

「空母は一旦無視デース。今は一番危険なenemyを狙いマスヨ!!」

 

 その言葉の直後に砲弾が主砲へ装填される。

 

「One more shot!!」

 

 全弾、狙いは手負いの獲物。確実に狙って放たれた一撃は綺麗にル級に吸い込まれた。爆沈していくのを横目に川内は駆逐艦に対してお土産とばかりに魚雷を投擲する。

 

「これはお釣りね。」

 

 二回目の爆炎がすぐに上がった。

 

「残りは三隻。余裕が出てきたんじゃない。」

「油断は禁物デース。」

 

 村雨の言葉を金剛は軽く咎める。実際まだ人数差的な部分ではイーブンであるのに加え、敵は艦載機という子分を従える空母なのだ。

 

「中破に追い込んで行動を封じるまでは安心はできない……か。」

 

 川内がそういうと、三人はそれぞれが意志を持って独立して動き始める。

 

「ここからは個人戦ってことで。」

「村雨の、ちょっといいとこ見せたげるんだから。」

 

 金剛は結局こうなるのかとため息を吐きながら許可を下す。

 

「好きにしてくだサーイ。でも……中破したら許しまセーン。」

 

 言われるまでもなくわかっている。そんな顔を二人はしながら金剛の前を駆けて行った。ヲ級二隻と駆逐艦はすでに逃走を始めていたのか、少し離れた位置にいた。

 

「ここからでもまだ射程圏内デース。」

 

 すぐに一発目測で狙撃する。例え当たらなかったとしても、夾叉弾となるのであれば十分良い仕事を果たしたと言えた。

 

「そういえバ……。」

 

 金剛は空を見上げる。制空権争いがどうなったのかはここからはわからない。しかし烈風が落ちてきた記憶はなかった。思えば艦爆も艦攻も攻撃しに降りてきていなかった。

 

─どういうことなのでショウ……。

 

 少し不可解に思いながらも、金剛は先行している川内たちにどうにか追いつくために航行速度を上げた。

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