少し前まで敵主力に追われる側だった金剛達は、今回は追う側となったことで余裕が生まれていた。
「中々しぶといな〜……。」
逃げるヲ級達の背中に何撃も入れているが未だ有効打となる一撃を川内は行えていなかった。全速力で追いかけていたのもあって金剛と二人の距離的な差は少し開けており、深追いするわけにもいかない。
「このまま見逃したくはないんだけど。」
まだ追撃は可能だった。金剛との連携が取れない位置にいる以上一度戻った方がいいのは理解していたが、それを許せば後々の障壁として立ちはだかる可能性もある。それがどうしても決断を鈍らせる。
「私が言ってきましょうか?」
川内の様子を見て村雨は何かを察したのか、そう提案をする。それを受けて、少し考えた上で川内は受諾した。
「お願い。」
二人から一人へ。川内は静かな海の上を駆け抜ける。敵は射程圏内だ。だが、いつまで経っても主砲を使うことで敵の装甲を破壊する案は見つからなかった。
「魚雷を使うしかないか。」
砲で装甲が抜けないのであればそれ以上の火力で圧倒するしかない。
「少し負担をかけちゃうけど——」
機関を一杯にまで引き上げる。海面の動く速度が早くなる。冷たい風が全身に当たる。しばしの間の無理だと思えば躊躇いはなかった。
—距離を縮めれば魚雷を投擲してからの時間も……
追っている背中は近づく、しかし同時に背中から味方の息は聞こえなくなっていく。孤独。それは夜を生き抜いてきた彼女には怖くはなかった。
「絶対に逃しはしない。」
魚雷を一斉射、後に砲撃も行う。ダメージが蓄積していることは分かっている。あとは致命傷を与えるだけだった。川内は心の奥底に潜む静かな殺意を向けていた。だんだんと死の魚は迫っていく。焦りを見せるヲ級の顔がちらりと垣間見える。
––そのまま……!!
後一歩かと思ったその瞬間、魚雷とヲ級の間に割って入る物体がいた。駆逐艦だ。水柱が上がる。川内はそれを突き抜けた。
「こいつ……。」
その行動に川内は一瞬、思考が鈍る。何度も見てきたけれど目を背けていたこと光景だった。味方を庇う行為。戦闘において、敵の行動心理を深く観察してきた彼女だからこそ気づいていた事実だ。これが時々彼女のスコアを阻害した。
「でも、これで邪魔はもういない。」
川内はニヤリと笑ってそう言って視線をヲ級に目を戻した瞬間、その表情は凍りついた。目の前にいたはずの手負いのヲ級の傷は癒えていた。ボロボロだったはずの艤装が直っている。音はしなかった。いつ、どこで。想いが頭の中を駆け巡る。早かった足が止まる。
—何が起きて……。
その目を見つめた瞬間、川内は得体の知れない悪寒を感じた。そこにいたのは今まで追っていた手負いの獲物ではなかった。
「改に……なってる……?」
二体のヲ級は鏡のように似た姿に変貌していた。片方は右目が、もう片方は左目が青白く、光っていた。不気味な眼は憎しみに満ちている。そして、何よりヲ級の足元の水面は凪のように静かだった。川内の勘が逃げろと伝える。すぐにでも引き返せと。
「でもここで下がっても、今度はこっちが兎になるだけ……。」
川内は心の中の小さな恐怖心を押さえつける。感情に行動が蝕まれてしまえばどこかで判断を誤ってしまう。理性で物事を考えなければどこかで負けてしまう。その思いが体の緊張をほぐしていく。
「夜じゃないけど……やるしかない。」
できればテリトリーで戦いを仕掛けたかった。しかし今はそんな泣き言を言っている暇はない。相手は言葉は通用しない。
川内の闘志に反応したかのように二体のヲ級改は艦載機を繰り出した。紅蓮のオーラを纏った機体が散見している光景に川内は驚愕した。
—瑞鶴の烈風とやりあってるんだから今は格納していないはずなんじゃ……!?
まさか損耗していたはずの艦載機も復活しているのか。川内にとって想定外の事象が起きすぎていた。最初の自身の選択を取り消して、構えを解いた。昼では無類の強さを誇るの武装が復活した空母に単騎で突っ込むなど自殺行為だ。
—せめて村雨と金剛に合流しないと……無理。
川内は迷いなくその身を翻して全力で逃走を図る。こんなところで命を散らすわけにはいかない。
背後からの艦載機の音は不快極まりなかった。カチカチ音がなったかと思えば空を切って爆弾や魚雷の投下音が聞こえてくるのだ。川内は空を注視しながら危険な機体をマークして、回避に徹する。機関を駄目にされたら一巻の終わりだという危機感があったおかげで、致命的なミスはなかった。
そうして少し海の上を飛ばしていると、目の前に二人の人影が見えた。村雨と金剛に相見え、すぐに状況を伝える。
「ヲ級がよく分かんないけど進化した!! だから早く瑞鶴達と合流するよ!!」
何が起きたのか把握できていない二人は最初は戸惑ったが、川内の後ろに見える艦載機の存在で全てを察する。
「何てものを連れてきてるんデース!!」
「もう、何でこんな目に……。」
どちらも悪態を少々ついた。金剛はコンパスを見て進路を取る。仲間の位置を見失わないように設定を切り替えていたのである。
「追撃していたせいで少し距離が離れてるわよね。」
村雨の予測に苦い顔をしながら川内と金剛は頷く。
「瑞鳳が無事ならいいんデスガ……。」
瑞鶴が艦載機を金剛達のために多く割いていたのは分かっている。故に、今起きているイレギュラーで何か大変な目にあっているのではと心配していた。
おおよそ同時刻、瑞鶴達は突然強化された艦載機群に苦戦していた。襲いかかる機体はどれも軌道が読みづらく、それでいて攻撃は正確なために幸運で交わすことが少しずつではあるが増えていく。あたりに漂う硝煙の匂いが鼻にこびりつく。
「何が起きてるの!?」
瑞鳳を庇うように時雨と瑞鶴は対空砲火を行なっていた。しかし、その弾薬も底がもう見えつつあった。特に時雨は前回からの消費もあって瑞鶴が無理をする形となっており、二人の限界はまだ越してはいないが、精神的余裕は少しずつ削られていった。瑞鳳も踏ん張ってはいるが、中破である手前、粗い行動は取れない。
「くっ……。」
時雨が近くで起きた爆弾の水柱に巻き込まれる。水飛沫が瑞鶴や瑞鳳に飛んでくるほど大きい水柱だった。そこに時雨の姿が一瞬隠れる。瑞鶴は爆発に巻き込まれたかと勘違いした。
「時雨!!」
瑞鶴の叫びに応えるかのように時雨はまた姿を表す。しかしその顔は芳しくなかった。
「ちょっと足の出力落ちたかも……。」
顔面蒼白とまではいかないが、瑞鶴はすでに血の気が引く思いだった。もう少し艦載機を残すべきだったのだろうかという思いが溢れ出る。全ての迎撃隊が出払っているが、その成果は微妙と評さざるを得なかった。数と性能にどこか差がある気がしていた。
—私がもっと上手く立ち回ることができていれば……。
ぶつける先のない後悔の念が瑞鶴を襲う。金剛たちの姿も見えず、ますます戦況が悪いように感じられる。
「瑞鶴、上!!」
瑞鳳の指摘にはっとして真上を見上げる。少し集中を途切らせた結果、一番渡してはいけない領域に敵機を侵入させてしまっていた。瑞鶴は前を向いて時計回りに回避軌道をとる。途中でいつでも切り返せるように右足への荷重は軽めにしていた。
しかし敵の狙いは瑞鶴ではなかった。敵からしてみれば確実に沈めることのできる確率が高いのは瑞鳳なのである。自身を狙ったものではない羽音に、瑞鶴ははっと気づく。
「しまっ——」
瑞鶴は振り返る。白い骸骨のような機体が後ろへ置いてきた瑞鳳へ、急激に軌道を切り返しながら突っ込むのをただ呆然と見ることしかできなかった。瑞鳳も瑞鶴に指摘した直後から、すぐに回避行動へと移っていたが、間に合わない。そうして瑞鳳が無念にも攻撃を受ける瞬間が遅くゆっくりと再生される。
「きゃあぁぁぁ!!!」
大きな爆発。瑞鳳の悲鳴がその直後に聞こえてくる。
「瑞鳳っ……!!」
時雨がすぐにそばに寄ろうとするが、その前にやってくる艦載機に阻まれ思うように近づけない。せめてもの対抗策は、数少ない弾薬で露払いを行うことだけだった。
—攻撃隊の子達さえ戻ってきてくれれば……。
瑞鶴の見立てではまだやりようはあった。だがその希望の兆しは未だ見えることはなかった。どこもかしこも敵の機体しかいない。このままでは全滅もあり得る。何よりも瑞鳳がもう限界に近いことが瑞鶴の心を締め付けた。傷ついた彼女を狙う敵の攻撃機は今は手負いの獲物を追い詰める獅子さながらの恐怖感を植え付けてくる。
—この先の心配なんてしてる場合じゃない!!
瑞鶴は被弾の危険を顧みずに瑞鳳を助け出そうと、海を蹴飛ばして駆け抜ける。体を瞬時に抱いて危険な位置から離脱する。
「絶対に守り抜くんだから……!!」
脳裏に浮かんだのはあの夢だった。あの悲惨な現場を、別の形で踏襲したくはない。守りたい。
「無理……しちゃ……ダメだよ?」
重い一撃を受けた瑞鳳は瑞鶴に抱えられながら辛うじて意識を保っていた。くすぶっている煙の匂いが瑞鶴の心に突き刺さる。他人の心配をしている彼女は、自分自身の心配が一番欠けているのである。とめどない怒りと悔恨が体の奥底で渦巻いていた。
「時雨!! 金剛さんたちはどこか分かる?」
瑞鶴のほぼ怒鳴り声のような質問に時雨は答える。
「分からない!!」
いつまでこの苦痛が続くのか、見通しは立たない。だが、切り抜けるしかない現状に瑞鶴は決意と戦意をみなぎらせた。
それは迎撃機の弾薬がそろそろ尽きてくる。そんな頃合いだった。どこかで補給をしなければこれ以上の被害を受けることになる。時雨に預けたいところだが、彼女も被弾している。運良く無傷で生きてきた瑞鶴が支えなければいけない。その板挟みの状況で瑞鶴は思考が停滞していた。
—どうやって補給すれば……。
頭で考えてるうちに敵機は攻撃を敢行してくる。それらを瑞鳳に当てないようにやや大きく蛇行しながら回避する。唯一助かる点と言えば、敵は統率された隊ではなかったことだった。単機で行動が独立しているために動きが読みやすかったのだ。攻撃の手段も枯渇してくる時期だった。
そんな一寸の光明が見え始めた時、空で突然弾薬が炸裂した。敵味方問わず被害が発生する。とはいえ空に多いのは骸骨たちだ。誤射はほぼなかった。
「これって……三式弾……!!」
敵戦艦が空中で炸裂する弾薬を使ったことはないという赤城の言葉が脳裏に浮かぶ。金剛の存在が確かに感じられる。やっと助けがやってきたという安堵の念が警戒を解く一瞬の隙を生む。
「危ない!!」
瑞鶴はその時何が起きたのかをはっきりと見た。知らぬ間にどこかの敵の機体が放った魚雷は瑞鶴の足元にやってきていた。だが、それは本当の目標に達する前に炸裂する。放たれた爆風は瑞鶴の胸元に時雨を飛ばした。感触は重くはないが、瑞鶴の背筋は凍りついた。
「っ——!!」
声にならない悲鳴が耳を撫でる。時雨の艤装が甲高い金属音を上げて、瑞鶴の艤装にあたる。艤装が衝突することで爆発は起こらないようになってはいるが、しかしそれは同時に——時雨の傷ついた姿を間近に見ることになるということでもあった。瑞鶴の胸は負の感情で張り裂けそうになる。瑞鶴を残して二人は中破と大破の領域へそれぞれ足を踏み込んでいた。
「どうして……。」
瑞鶴は言葉が見当たらない。右腕で瑞鳳を支えながら、攻撃をもろに受けて気絶している時雨を左半身で抱きしめる。生気の感じられる温かい体は所々に傷が入っていた。ほっぺの煤を軽く払って、ふと空を見上げると凶器を携えた敵の爆撃機が瑞鶴のことを見つめている。
—後、少しだったのに。
二人を抱えた状態で俊敏に動くことは不可能だ。だからこのままいけば爆弾を直撃で受けることとなる。今の状況で爆炎に巻き込まれれば、三人まとめて装備の誘爆によって水面の底だ。瑞鶴は思わず目を瞑った。
けれども、思い描いた最悪のシナリオはいつまで経ってもこなかった。近くで連鎖的に爆発が起こるのだけが身に入る。同時に聞こえてくるのは力強いプロペラの回る音。
—駆動音?
瑞鶴はその聞き覚えのある音に反応した。目を開くと、そこにいたのは自分が確かに放った攻撃隊の一群だった。
「烈風!!」
その声には絶望の色ではなく希望の色が宿っていた。深緑の機体は身軽になった状態で苛烈な敵の抵抗を受けながらも、確実に獲物を一匹ずつむさぼっていった。
「良かった……間に合ったんだ。」
口から思わずそう溢れる。また遠くから金剛たちらしき影も見えて瑞鶴は安心して脚の力が抜けかけてバランスを崩しそうになると、時雨と瑞鳳をしっかりと抱えながら体勢を立て直した。
だが、再会の瞬間は残酷にも最悪の形だった。合流して最初に伝えられたのはできる限り加速して逃げろというものであり、それでも瑞鶴は補給だけはさせてくれと要求を通して一時的に速度を落とした。
「こっちの方が大変なことになっていたようデース……。」
開口一番金剛はそういうと、すぐに瑞鶴から瑞鳳を受け取った。時雨は姉妹である村雨が大事に抱える。瑞鶴は身軽になった。
「瑞鶴、まだ戦える?」
川内は簡潔に今の状況を瑞鶴に伝える。聞かされる内容に瑞鶴は深い海の底へ沈められる気分だった。
「せめて……泊地の方へ向かう時間を稼いで欲しいデース。」
金剛のいいたいことは、瑞鶴にすぐ連想することができる。
「殿を務めろ——ってことですよね。」
「そっ。大丈夫、私もつくから。」
川内は疲れを見せない笑顔でそう言う。強がりじゃない。余裕のある言葉だった。
「やれます。」
瑞鶴は覚悟は決まっていた。今、艦隊を守れるのは自分しかいないんだという思いが強くあった。何より力になりたかった。
「頼みマース。この針の先が帰る場所デース。」
手渡されたコンパスは少し重い。よく手入れされた光沢のある金属の縁が輝いている。
二人はそうして、今まで来た道を引き返した。眼前に見える赤い点はどれも敵機だ。空の雲は多く、海は荒れ模様だった。
「補給って済ませたんだっけ?」
「今終わりました。まだ後二回は出せます。」
「それなら夜まで持つね。」
とんでもないことを言い出すなと瑞鶴は思いながら、キリキリと弓を引き絞って矢を放つ。川内の軽口は今は少し瑞鶴の気を紛らわせていた。重い荷を軽くしてくれていた。
「瑞鶴は絶対に被弾しないようにして、私が切り込んで時間を稼ぐから。自分の身を最優先ね。」
「いや、私も前に出ます。」
今度は自分の番だ。瑞鶴は川内からの指示をつっぱねた。その応答に川内は目を開きながらも、一度考えて質問する。
「それは……仇を取るため?」
「はい。」
瑞鶴は迷わず答えた。それだけではないが、理由の一つではある。
「なら、手伝わないと——か。」
軽く体をほぐして、川内は集中を高めていく。その一連の作業は型で決まっているようで一瞬のことのように感じられた。
「目標はヲ級改フラグシップ。攻撃していいのは一回こっきり。それで仕留められなきゃ、適当にあしらって帰るよ。いい?」
沈黙を通して川内に肯定する。この人と一緒ならできる気がするという思いが瑞鶴の身体を動かした。
そうして瑞鶴の艦載機が切り開いた道を踏み出した先にいたのは、追いついてきたのであろう不気味な雰囲気を纏うヲ級二体だった。今まで川内たちに逃げられてきたために殺気立っている。淡青色に染まる瞳は美しくも見えるが、瑞鶴にとっては憎悪に満ちた穢れた瞳にしか捉えられなかった。
「さっきは空をとられたから反撃しなかったけど、今は違う。」
川内はそう言って魚雷を二本引っこ抜きながら肉薄する。高速で敵の攻撃機や爆撃機の攻撃を掻い潜って懐へと飛び込む姿を見て、瑞鶴は艦載機の一群に指示を送る。攻撃の支援だ。同時に少し前に出て、一部の敵機の気も引いた。
「まずはこれでもくらってなさい!!」
一瞬直線に航路をとったかと思えば、二本の魚雷を進行方向へ放ち、川内はそのまま三日月を描くようにして側面からありったけの魚雷と、ヲ級の足元に砲撃をお見舞いした。ギリギリの距離感を保ちながら放たれる魚雷は一点を目指すかのように角度がつけられている。
そうして最初にバランスを崩された片方のヲ級が川内の餌食となった。連鎖する爆発の前に水面から消え去る。悲鳴をあげる暇もなかった。
「もう一匹!!」
支援だけが仕事ではない。瑞鶴の牙が狙うその先には、もう一体の右眼が青白いヲ級が残っていた。直掩機の抵抗に遭いながらも、天山と彗星は攻撃を敢行する。最高速で突っ込んだ。
—お願い!!
瑞鶴は命中することを願う。これで終わらせたいと言う思いでいっぱいだった。
それが功を奏したとでも言うべきか、ヲ級は予定通り爆炎に包まれた。
「やった……!!」
周りの敵機からの回避行動を続けながらも、歓喜の震えが弓を握る手に伝わる。しかし、川内の顔は良くなかった。
「爆発の規模の割に、ヲ級の声が聞こえない……。まさか——」
すぐに瑞鶴の横は戻ってきたかと思えば、川内は腕を掴んで金剛から教えられた方角へ向かい始めた。意図が分からず、瑞鶴は戸惑う。
「えっ、えっ……?」
「まだあいつは死んでない!!」
振り解こうとする前に、その言葉の意味は瞬く間に現実のものとなった。
「嘘……」
沈んでいるはずのヲ級は無傷だった。回避をした素振りもない。加えてその右眼から溢れ出るオーラは今までのものとは格段に色も濃さも量も違かった。強く憎しみのこもった声が海の上に響き渡る。
「艦載機がまた進化した……。」
今まで戦ってきた赤いオーラを纏った艦載機は、黒へと変質していた。不気味な配色と見た目になっただけに嫌悪感も倍増する。変則的な軌道に瑞鶴の航空隊も苦戦していた。
「これ以上戦ったら、こっちが沈められる。」
川内は堅実な判断を下していた。ここまで見たことのない艦載機相手に戦ってきたのにここからまた一段階上があるなど、既にそれらは川内の想定を何度も上回っていた。だから退却する。これが二隻だったらこの時点で詰んでいたかもしれないが、単騎であったために川内は迷うことなく決断できた。
「艦載機の格納はどうすれば」
「囮になってもらうしかないよ。あの艦載機を瑞鶴も見たでしょ?」
川内が言おうとしていることはすでに瑞鶴にはイメージできていた。しかし感情はそれを受け付けようとはしなかった。戻ってくると分かっていても、これ以上見ているだけというのは避けたかった。まだ目の前で戦っているのに自分だけ戻ることが許せない。
「…………」
瑞鶴は服の裾を引っ張られながらも、未だ決断はできていなかった。川内の理屈も頭ではわかっている。母艦がやられるのは避けたい。失われるのはもってのほかだ。
—でもこのまま逃げ帰っても、この敵は残り続けるんだよね。
それならば、今戦うべきなのではないか。
—どうすれば……!!
そうしている間にも瑞鶴たちを守るために天山、彗星までもが迎撃に駆り出され、その性能差からなのか撃墜されていく。その景色は瑞鶴にとって見たくないものであり、防ぎたいことだった。何より時雨と瑞鳳を傷つけた相手を許せなかった。
そんな時、ある一言が耳にささやかれる。
「『烈風で、目を狙って。』」
それは赤城のような、また優しい声音の加賀のような、そんな声だった。だがその助言を受けたとき、瑞鶴は心にやってきた限りなく冷え切った殺意の塊のような感情の変異を感じ取っていた。その変異に従って、瑞鶴は川内の手を振り切る。
「ちょっと、何やって——」
今まで進行方向しか見てこなかった川内の顔は、初めてヲ級が変容した時の表情のように凍りついた。目の前にいたのは、紛れもない瑞鶴であった。だが、彼女の脳は
「夕立の時と……同じ。」
片目が薄紅の瞳に染まるその姿は、ヲ級と対をなすような印象を抱かせる。不気味ではないが違和感が働く。
「今なら……できる。」
瑞鶴は呟く。研ぎ澄まされた感覚とその心に秘めた殺意を持って、渾身の一機を発艦した。