隊長機。それは瑞鶴にとってどこまでも切り札的存在であった。放たれた一機の猛獣は、少数精鋭の小隊を築いて不利だった制空権に風穴をあけるべく戦場に投入される。
「瑞鶴……?」
川内は烈風を放った彼女に心配げに問いかける。
「…………」
集中を切らさず、目標だけを見つめている瑞鶴の視線は川内を見ていなかった。そうして瑞鶴は海面を蹴って走りだす。川内は呆然とそれを見届けるしかなかった。周りに取り巻いていた敵の黒い艦載機はすでに姿を消していた。
—烈風で眼を潰せ……か。
どの位置なのか、瑞鶴はその言葉が耳に囁かれた時点からすぐに理解していた。人間はその両目で視界を成しているのだから、深海棲艦に対してだって同じことが言えるはずである。つまりあの青くオーラを放つ目を破壊すればいいという結論だ。
—魚雷じゃ上手く目を攻撃できないから……。
何でもって穿つのか。武器の選定を瑞鶴は行なっていた。そのためにまずは周りの邪魔な蠅から落としたかった。だから烈風は
「やるしかない。」
瑞鶴は軽く独り言を呟くと、今まで距離を一定に保っていた状態から一段階上げて備え付けの対空砲で試しに攻撃する。顔へ飛んでくる弾丸に生理的に嫌悪感を持っているのか、ヲ級の顔は歪み、また不機嫌な顔になった。明らかに視線は瑞鶴に釘付けだった。
「次は——」
そうして生まれる死角に瑞鶴の彗星が滑り込む。急降下爆撃の音に見上げたヲ級は回避を試みるがそれを瑞鶴が目を狙うように対空砲をばら撒くことで阻止する。
爆発と共にわずかな叫びが聞こえてくる。しかしそれは致命傷となりえなかった。
「これじゃ……ダメ……か。」
戦闘そのものに対する愉悦感を抱きながら、瑞鶴の心の奥底には冷え切った殺意が粛々と居座っていた。そこから溢れ出す殺しのためのイマジネーションは瑞鶴の行動を組み立てるのによく役に立った。
「やっぱり航空射撃じゃないと……。」
瑞鶴は戦闘スタイルを変えて、一度周りの護衛機を引き剥がすことに注力する。切り札を使えるようにするための下準備を整えるために。
まず残っている天山に適当にヲ級の方へ航空魚雷を流すように指示を出す。母艦に当たらないかという無線が飛んでくるが、瑞鶴は迷わずノーと答えた。先の迎撃戦を残った彗星は補給の後に上空待機だ。
—少しでも制空権の足しを作らないとまずい……。
あまり効果的ではないのは理解していたが、それでも時間稼ぎ程度にはなると瑞鶴は心得ていた。全ては確実に敵を沈めるためだ。
「川内さん!!」
「……な……なに?」
今までただ外から見ていることしかできていなかった川内は初めて名前を呼ばれて困惑した。瑞鶴にとって川内も勝つために必要な存在だった。
「少しの間時間を稼いで!!」
「わ……わかった。」
その顔に浮かぶ恐怖に満たない感情は一瞬の躊躇いを生み出すが、それを振り切って川内は帰る方向ではなく前に足を踏み出す。
「空のことは任せていいんだよね。」
マフラーを口元に戻し、川内は瑞鶴とすれ違う合間に一言そう聞いた。その返答に空白はない。
「当然でしょ。」
「了解。」
短い会話に川内は気持ちを切り替えた。勝つ見込みがあるのであれば全力で任された仕事を遂行する。相手がたとえ自分が勝てないと一度でも思ってしまった敵だったとしても例外はない。二人は立ち位置をスイッチした。
「今回はよく会うね。」
話が通じないのはわかっているが、目の前にいる姿を見ると声が漏れてしまう。返答は無論ない。
「後輩が今いい感じみたいだし、私も少し真面目にやらせてもらうよ。」
ここにくるまで手を抜いてきたわけではない。朝からの行動に少し気分が乗らないことがあっても戦闘において甘い気持ちで臨む事は一度もなかった。だが、今の条件で決定的に違う点が一つある。
「北の海はいいんだよねぇ。なんでかわかる?」
どれだけ話しかけようとも何も応答はないのはわかっている。あるのは艦載機からの攻撃だ。しかしそれすらも今は瑞鶴の烈風によって雑音の中に消えていく。
「日没は近い。」
ここの昼は短い。単冠湾からより東に行ったことで日の入りの時間は早まっていた。それはつまり、川内の土俵である暗闇がやってくることを意味する。彼女の勘は時間の部分では絶対に狂わない。
「私の好きな時間に戦えないのは残念だけど、今はこれで十分。」
雲に夕陽は隠れているが、黒紅の瞳は明るみを手に入れる。姿勢は地を這うように低くなり、動きの俊敏性を上げるために集中力を高めて意図的に装備にかけていたロックを外す。
「時間制限はあるけど、付き合ってもらうよ!!」
自己型も装備型も、どちらの艦船能力維持機能でも二度に渡る改装を受けた川内にとって解除するのは容易だった。問題はどのように継戦能力を持たせながら強力な能力を引き出すかにある。
—全開の状態だったとしても五分はいける……。
あとはそこからどこまで伸ばせるか。小破の中で装備と機関が壊れない塩梅を探しながら戦い続けるしかない。
「それまでに決め切ってよね。瑞鶴。」
聞こえはしないが背後で確実に勝つための布石を置き続けている瑞鶴に対し、そう語る。それが川内にとっての覚悟の宣告だった。
—今日は魚雷がよく手に馴染む。
川内が魚雷を手に握れるのも本来はロック解除の賜物だった。しかし今ではそれを続けすぎたことによって常に可能になっている。艤装も使い方で多様な可能性を秘めている。
「まずは手始めの挨拶から。」
荒れ模様の波間をものともせず、最高速度まで一気に引き出して川内はヲ級へ急接近する。勿論ヲ級も反応するがそれを上回る緩急の差に逃げ切ることはできなかった。迷わず手に持つ魚雷を空中へ放り投げ、そこから方向を切り返し後方へ正面を向いたまま移動する。あまりの機動の異質性に主機の調子が一瞬狂う。
そうして放たれた魚雷は海面に到達することはなく、そのまま直撃コースであった。しかしそれはヲ級に届く前に爆発する。川内は思わず周囲を見渡した。
「戦闘機か……。」
相手の練度も高い。直感的にそう感じていた。瑞鶴の烈風からの猛攻の間隙をぬって母艦を守る、その従順さには流石の川内も心の中で敬意を示す。
「なら今度は——」
川内にとって、戦術に幅を効かせる魚雷は既に底をつきかけており、あと数本というところにまで至っていた。だが、主砲はまだ余裕がある。
海面を蹴るようにして加速すると、今度は蛇のように鋭く曲がる航行で近づいた。その切り返し一つ一つは鋭角であり、行うたびに体に負担がかかるが、川内にとってはそれはデメリットとしてはなり得ない。
—連撃を畳み掛ければ少しは嫌がるでしょ。
方向転換の際に一撃、顔付近へ主砲を飛ばす。瑞鶴の行動を唖然としながらも観察していた川内は頭の中の戦闘パターンを更新していた。
「目を狙うか……。こんな発想なかったな。」
ヲ級が明らかに嫌がっている様子、そして憎悪の念を沸々と煮えたぎらせるその表情に川内は内心笑みが止まらなかった。装填の合間はなるべく単調な軌道を使い、次弾が放てるようになればすぐに軌道をうねらせる。その白波は竜の立髪を彷彿とさせるほどに複雑であった。
—実戦的な手は、やっぱりまだまだ不足してる。
夕立や響など、戦闘面で優秀な成績を誇る駆逐艦と川内は演習を数々行ってきたが、そこで得られるのは対人戦を想定した技術であり、深海棲艦を殺すための技術ではない。それに通ずるものがあったとしても、瑞鶴の行動の方が新鮮であった。
「まだまだ!!」
彗星の爆弾ではヲ級の装甲が貫通できない。川内はその記憶と追撃戦をしていた際の経験から、主砲では致命的打撃を与えることは不可能と判断していた。ならどのように主砲を使うのか。撹乱だ。
一発、二発と顔付近を正確に狙いながら常に付き纏って嫌がらせを続ける。敵の艦載機も川内を危険分子として捉えているのか果敢に挑んでくるが、予想できない航路に対処できず、その間に一機ずつ烈風に食われていった。それでもなお、敵の艦載機には際限がない。
「キリがないわね……。」
川内に本体の対処を任せていた瑞鶴は、埒のあかない現状に歯痒さを感じていた。周りの黒い機体は数が多く、瑞鶴の烈風はある程度保証された機体性能と練度があることでなんとか戦えているが、天山は既に残存している機数は片手で数えられるようなレベルだった。
「あんなに川内さんは頑張ってくれているのに……!!」
弓を握る手に力がこもる。これまでの戦闘で無力さを痛感し、燻らせてきたその負の感情を爆発させても届かないのか。そんな思いが冷たい殺意へ無用な感情という燃料を投下してしまう。冷静さと熱い闘志。相反する考え方はぶつかる。
—
依存はダメだ。そう頭の中で瑞鶴は理解っていたとしても今はそこにかけるしかない。目で探すと、天舞う姿が映る。美しいとは思わない。その合理的な軌道が空中を支配する所以なのだと今の瑞鶴には分かっていた。
「やるなら一発で決めるしかない。」
そのためには合図を送らなければならない。川内と隊長機、そして彗星に。瑞鶴は川内が射撃をして装填しているタイミングで声が聞こえる程度に近づいた。
「何?」
声を張り上げて指示を乞う川内に最低限の言葉を放つ。
「機体、突っ込ませるから、そしたら何か威力の高い攻撃をしてくれる!!」
「了解!!」
これで意図が伝わることに瑞鶴は川内の能力の高さの一端が実際に感じられた。その感心を心の奥底へ押し込めて瑞鶴は、目標を見て深呼吸する。
—後は実行するだけ。
艦載機に対して指令を下すのは瑞鶴だ。意思疎通がとりやすい分イメージを共有するのは容易であるし、何より早い。
「お願い!!」
その声に反応するかのように空を駆けていた一機の烈風は最小限の宙返りでヲ級の弱点への最短ルートを作り出す。他の者はそれに合わせて護衛するかのようにやってくる敵機に食らいつく。
—彗星隊も……!!
瑞鶴は雲の上で虎視眈眈とその機を待ち続けていた存在にも同時に指示を飛ばす。川内も空の様子に一度気を配り、その時を伺った。ヲ級とその艦載機は不意に変わった二人の様子に警戒感を強めたのか距離を取り始める。
「久々に、これを使うときみたいね」
川内は一度も使ってこなかった色の魚雷を手に取った。魚雷がほぼ空っぽになるまで使われた時に現れる幻の魚雷。出てくるかは運次第。弾頭は漆黒、その炸薬量は桁違い。ゆえに川内はそれを庇うために他を犠牲にすることも多かった。誘爆すれば自身を傷つける諸刃の剣のような代物だったからだ。
—頼むよ、隊長機とやら。
加速する烈風は一直線に飛んで目標と相対する。そのヲ級の右眼を貫くために、ギリギリまで的を引き絞って射撃する。対空射撃と護衛機の弾幕を意にも介せず突入していく様は爆撃機や雷撃機と同じ感覚を抱かせる。ヲ級は狙われたその目を庇おうとするが重力とエンジンの加速を合わせた速度の暴力には間に合わない。悲鳴と共に傷痕を抑える。
「今!!」
そうしてヲ級の視界が狭まり死角が増えた瞬間、川内は背後へ一瞬で回り込んで急襲する。上から彗星の降下音が迫る中、その左手に握る魚雷を獲物の進行方向へと放り投げる。次に軽く腰の部分を蹴飛ばしてバランスを崩させる。川内は蹴った反動で後ろに下がりながら、間髪入れずにやってくる瑞鶴の隠し玉の締めの一撃を見届けた。
「これで終わりかな。」
爆弾にかかったロックは外され、微かな雨が降りかかる。その刹那、爆発がヲ級を包み込んだ。魚雷と爆弾の相乗効果は、ちっぽけな主砲の何倍もの威力を引き出して、その装甲を砕いていく。しかし瑞鶴は立ち止まる川内に声を飛ばした。
「魚雷を投げて!!」
「え?」
意味がわからず一度振り返る。思わず瑞鶴の薄紅色の瞳が目に入る。右目を閉じて、その特異な目を露出させる彼女の顔はまだ安心した顔ではない。何故なら瑞鶴にはその先が
「これじゃあ、足りない!!」
その言葉を信じて川内は底に残っていたすべての魚雷を投げ込んだ。すでに機関に負荷をかけすぎて動くことは無謀に近かったためその航跡を見つめることしかできない。
海中を突き進み、爆炎の中に吸い込まれた魚雷もまた水柱を作り出す。悲鳴は聞こえなかったが、確実に死んだ。そう感じるほどの大きさだった。
「こんなに必要なの?」
「これで大丈夫。」
川内がもう一度姿を見た時、瑞鶴の目はいつの間にか戻っていた。一息ついて爆沈していくヲ級から、空に残る母艦を失った統率の取れていない部隊へと意識は向かう。しかし二人が仕事をするまでもなかった。
—後はお願い。
瑞鶴の指示にここまで生き残ってきた精鋭たちが的確に処理していった。最後の瞬間まで足掻こうとする敵機が最初に落とされ。戦意を失ったものは嬲るようにいじめられて落とされた。
日の光は微かなものとなり、視界に見える物が少なくなる。川内は顔が見えるうちにお礼を言っておいた。
「サンキュー瑞鶴。助かった。」
「べ……別に大したことはしてない……です。」
恥ずかしそうに立ち振る舞う彼女に笑いながらも川内は先に艦載機をしまうことを勧めた。瑞鶴は全てのことを終えた搭乗員たちに労いと感謝の念を伝える。特に機体に傷が残る隊長機には深く伝えた。
—ありがとう。本当に。
その言葉を受けて照れ隠しなのか帽子を深く被る様子に瑞鶴は軽く微笑んだ。着艦から格納までの作業を瑞鶴は終えると帰り道へと航路を取る。金剛に手渡されたコンパスは軽く、輝いて見えた。
「あ、ちょっと肩貸してくれる?」
無茶をしていたのもあって川内は速度を出すことができなかった。その問いかけに瑞鶴は、笑いながらその身を貸した。
戦闘は一度終わりです
次話は少しゆったりしてるかもしれません
それではまた