明朝六時。くすんだ色の雲が空に立ち込める中、提督を乗せた船は護衛を兼ねた金剛たちの付き添いを伴って出航した。見送りの中でも容赦無く降ってくる雪は時間が経つにつれて強くなっていき、瑞鶴たちはすぐに室内に戻ることを余儀なくされた。
朝食を取った上での午前八時丁度。大湊、単冠湾の戦力は中津原の執務室に集められて待機していた。入り口から剣城と中津原が入室してくると、机の前に立つ。すぐに話は始まった。
「今後の作戦行動についての見通しを共有しようと思って今回は呼びつけた。中津原の口から幌筵の方には伝える手筈となっている。」
剣城はそう言って手に持つファイルを見始めた。
「昨日言った通り、本作戦の目標は大規模な敵泊地の補給部隊になる予定だ。その過程で泊地に急襲する可能性があるのは考慮に入れておいてほしい。」
一人の艦娘から手が上がる。
「泊地への急襲となると、航空戦力での空襲……でしょうか?」
質問の主、赤城の目は自若に満ちていた。
「いや、想定としては三式弾だ。手軽な対地攻撃として優秀だからな。」
「……そうなると威力を確保するためには戦艦。高速の中でという条件下なら最低重巡程度は欲しいけれど。」
加賀の指摘に剣城は想定済みといったように明確に答える。
「それは椃木に頼んである。何を選ぶかはあいつ次第だが、まぁ外さないだろう。」
「あの……そうすると榛名はどうすれば。」
一瞬の沈黙。榛名の発言が想定外だったのか剣城は少し考えたが、それでもすぐに答えた。
「一応、高速戦艦だからもしかしたら起用するかもしれないが、攻略部隊に使うかはわからないな。敵の編成によるだろうし。」
「わかりました。」
若干しゅんとしながら下がる榛名を見て、剣城は申し訳そうにしながらもまた話をはじめる。
「偵察は明日と明後日の二日間、入念な下準備を行なった上で襲撃を行う。あまり敵に気取られたくはないからこれらは少人数で行う算段だ。」
「それなら私がやるよ。」
迷わずその役を引き受けたのは飛龍だった。異を唱えるものは誰一人としていない。剣城はその様相を一瞥して書き留める。
「わかった。護衛は––––」
二人から手が上がる。響と浜風だった。
「機敏な方が色々と楽だろう。」
「同感です。」
しばし考慮して、剣城は続けて承認する。
「––––偵察はそれで行こう。その後の編成は一度、事が済んでからだな。」
そういって視線を手元から上げる。珍しく早く終わろうとしている彼の様子にその場にいた一同は少し安堵の様子を示していた。
「そうしたら飛龍と響、浜風はこのまま残ってくれ。他は好きにしていい。」
指名された三人はもともと覚悟していたのもあってか顔色を変えず、そのまま立っていた。瑞鶴は指示通り、そのまま外の廊下へと出る。
かくして作戦の事前準備は実施された。次に瑞鶴たちが呼ばれたのは三日後のお昼頃の時だった。
「さて、本題にすぐに取り掛かろう。」
会議室では進行役は変わらず剣城が務め、それを傍観している中津原という構図が繰り出された。集まった三泊地の艦娘は誰も喋らない。外で話ができない関係上、室内の密度は高かった。
「入念な下調べの結果、色々なことが判明した。まずはこの写真から見て欲しい。」
提示された数枚の紙––––そこに写っているのは異質な艦隊の様子だった。戦艦や空母の様子が写っており、それだけでも厄介な集団なのが見てわかる。
「殲滅作戦の影響なのか、警戒されていて敵の泊地に取り入る隙は残念ながらなかった。代わりに周辺に巣食う深海棲艦と今回の
そういうと円形にそれらを流しはじめる。じっくりと見てみるとそこに写るのは戦艦を伴った補給艦の部隊。そしてオーラを発する敵の一群だった。強敵の予感が確実に感じられる内容に瑞鶴は武者震いのようなものを感じた。
「この作戦では部隊を二つ用意する。もう聞いているかもしれないが、敵泊地を急襲する陽動兼掃除役と、補給部隊を狙う部隊––––今回の本隊だな。」
続けて剣城はテンポ良くその編成案についても明かしていく。
「敵泊地に対しては空母を中心とした部隊。補給部隊に対しては水雷戦隊を当てようと思っている。」
「……ということはもう構成も決まっているのね?」
矢矧からの質問に剣城はうなずく。
「ある程度はな。それも今から言っていこうと思う。」
作戦に起用されるのが誰なのか。緊張の空気が辺りに漂い始める。窓枠を揺らす風の音が響く。
「まずは本隊から。旗艦を矢矧にして、不知火、夕立、綾波、叢雲、響と言った感じだ。」
一瞬、ざわめきが起こるがすぐに収まった。それを確認して剣城は続ける。
「急襲部隊は赤城、加賀、飛龍までは現時点で考えている。残りの三隻は重巡を想定——対地攻撃をする為の要員だな。これはまだ未定だ。」
「一ついいかしら?」
それを受けて加賀が軽く手を上げる。剣城は思いもよらないところからの反応に身構えた。
「ああ。」
「今回は私は待機にしてもらいたいのだけど、それはできる? 代わりは瑞鶴でいいわ。」
水雷戦隊の名簿を明かした時とは異なる空気の揺らぎが発生する。剣城や中津原、赤城でさえも予想していなかった事態だったのか呆気に取られていた。
「……何か懸念点でもあったか?」
加賀がこの申し立てをするのは何か背景があるのだろうと予想して剣城は問い返す。彼女はいつも通りの口調で答えた。
「そういうものはないけれど……。ただ単純にこの場においての適任は私より瑞鶴だと思っただけよ。」
「一応、理由は聞いてもいい?」
その返答を受けて今度は中津原が、興味ありげな顔で質問する。この場にいる加賀を知るものは、例外を問わず皆知りたそうな顔をしていた。
「まず、彼女の戦闘機隊が私より優秀だから。もう一つは予想できない事態に
簡潔で単純な理由。そんな風に瑞鶴には感じられた。
「いや、大丈夫だ。作戦に支障をきたすわけではないからな。」
納得は済んだのかすぐに切り替えて剣城は話を戻す。いつものように間延びしない俊敏な対応に空気も引き締まった。
「具体的な作戦行動についてだが、これはそれぞれ言うと長くなる。さっき水雷戦隊で呼ばれた者は中津原に、空母の三人は俺のところに来てくれ。そうでない者は自由にしてくれて構わない。」
その合図と共に入口から艦娘がどんどん抜けていく。すっきりした会議室は一人につき一席使えるほどに空いており、広々としていた。呼ばれた瑞鶴は赤城の横に立って剣城の話に耳を傾ける。右にいる飛龍は話しかけてはこなかった。
「それで、どうするんですか。」
赤城は静かになってすぐに聞いた。
「今回、道中の戦闘を極力避けた迅速な行動になる。泊地に打撃を与えてからが全く読めないな。」
「結構危険な仕事ってわけね。」
飛龍がからっとした反応に剣城はうなずく。
「だから経験がある加賀の方が俺は適任だと思ってたんだが––––」
「私の意思は変わりません。」
「……だろうな。」
まだ部屋に残っていた加賀から反応が返ってくる。落胆する様子も見せず端的に剣城は作戦を話しだす。
「開始時刻は日が落ちている夜明け前。襲撃は空が明るくなって視界が明瞭になり次第実施する。艦隊の展開としては索敵重視で情報を握った有利な戦局への操作……が鍵になってくるだろう。」
瑞鶴には想像がつきがたい説明だった。左右の赤城と飛龍はそれでイメージができたのか何も質問しない。そこに練度の差をまざまざと見せつけられる気分だった。
「あくまでも航空戦力として泊地にいるであろう
「心得ました。」
赤城はそう言ってすぐに振り返って退室しようとする。
「もう行くのか?」
剣城も焦って止めることもしなかった。静かに資料を下ろして静かに問いかけていた。
「もう話が終わりなのはわかっています。緻密な指示がない時は大抵、作戦も抽象的ですから。」
「よくわかってるな……本当に。」
「大丈夫ですよ。必ず成功させますから。」
長い付き合いからの勘。そして圧倒的自信が赤城を構成していた。
「その調子で頼むぞ。」
剣城の信頼した言葉に何も答えずそのまま部屋の扉に手をかけた赤城が外へ出る。取り残された瑞鶴と飛龍は唖然とするしかなかった。
「さて、赤城の言う通り話は終わりだ。好きにしていいぞ。」
溜まっていた息を吐ききって剣城は二人にそう言った。暗い声はそこにはなかった。
四日後の空も暗い早朝、天候の具合がある程度治まった日に二つの部隊は抜錨した。前衛を矢矧が率いて、後方は赤城が統括する。
「寒い……ですわ。」
作戦決行日の前々日、三人の艦娘が幌筵の門を叩いていた。剣城が提督へと頼んでいた
「冬なんですから当たり前です。まさか防寒のもの、持ってこなかったんですか?」
赤城の冷たい返しに、釣れないといった表情で熊野は黙り込む。
「あたしは艦載機
「そっ。だけど味方を落とすのはやめてよ?」
「当たり前ってんだ。」
摩耶の確認には飛龍が相手する。異なる艦隊なのもあってか、対照的な返しに羨ましそうにする熊野であった。
小一時間ほど飛ばしていると見慣れた島々が見えてきた。キス島を始めとする列島だ。しかし目的地はここではない。
「遠い〜……。マジ退屈。」
鈴谷が文句を垂れる。疲労は未だ溜まってはいないが、変わりばえのない風景は味気なかった。
「まだ道のりは先です。こんなところで弱音を吐いている場合じゃありません。」
「……弱音じゃないし。」
熊野と共々赤城から指摘を受けていた二人は少しわだかまりを抱きつつも、隊列は乱さず順調に進んでいた。前を先行する矢矧たちからの連絡はない。
動きがあったのはもう一時間、海の上を進んだ頃だった。速度を落としてきた矢矧達が合流する。
「ここから別行動よ。再会はお昼頃、キス島周辺で。」
「わかりました。ご健闘を。」
矢矧は軽く礼を言って離れていく。右側へ進んでいく艦隊を瑞鶴は見送りながら、島の間を抜けて反対側の未知の海域へ向かった。
見覚えのない島々を通り越す少し前、鈴谷と熊野は水上機の準備を始めた。先手を打つ為の偵察。泊地にいるであろう敵にバレないように邪魔な取り巻きを把握しておく為の事前準備だ。
「ここから先は周囲警戒を怠らないように。」
赤城の忠告に全員が従う。摩耶が電探で常に意識を向けながら、他が目で異常がないことを確認する。
「敵艦隊見っけた!!」
「こっちもですわ。」
日の出も間も無くとなった頃、鈴谷と熊野の二人は声を上げた。
「距離と編成は分かりますか?」
赤城の問いに先に熊野が答える。
「ここから二キロの左舷側、重巡中心の軽い艦隊でしてよ。」
「鈴谷のは二つ先の島の反対側から来ようとしてる艦隊だよ。構成は……あっ、途絶えた。」
その言葉を受けてすぐに赤城は取り舵をきった。
「空母を相手にしたくはありません。ここは距離を離してやり過ごしますよ。」
「了解〜。」
飛龍が相槌を打ちながらそれに従う。これにより全員が海域のより北側に寄っていった。波は心なしか高くなり始め、荒々しい海が垣間見える。
空も明るくなり、視界が明瞭になりつつある中、艦隊は一度軽い朝食を取っていた。
「ここから一気に東に進んで南下する感じなの?」
「そうですね。ただこれ以上は北上できないので少しずつ島の方に寄ることになると思います。」
こう話している間にもやや強い冷たい風が吹きつけ、波と共に襲いかかっていた。塩気が何もしなくてもついてくる。
「矢矧達に注目が行く前に決めないと……。」
ため息をついて飛龍は弓を握りしめる。陽動をしてから周辺の駆逐までを任されている以上は仕事を果たさなければならない。
「瑞鶴さん。」
「は……はい!!」
緊張と寒さで身体がこわばっていた瑞鶴は不意に赤城に呼ばれて、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。顔の温度が思わず上がる。
赤城はそうして淡々と要件だけを伝える。
「制空権の方は完全にお任せすることになるかもしれないので、準備を済ませておいてください。」
「わかりました!!」
しっかりと瑞鶴は返事を返す。大役と言えるほどではないにせよ、瑞鶴にとって専念すべきことがあるのはありがたかった。矢筒に入る烈風の羽を指でなぞると、自然と気分が落ち着いた。
少しの戦闘糧食を流し込み、一同は速度を上げた。島の外形と感覚的に備わっているその方位磁針から航路を赤城は見極める。両翼に広げるようにして鈴谷と熊野が索敵機を送り、周囲に艦載機がいないか摩耶の電探と瑞鶴、飛龍の目視で確認する。
嵐の前の静けさとも言えるのか、しばらくの間は全くと言っていいほどに異常がなかった。たとえ鈴谷と熊野が近づいてきそうな艦隊を発見したとしても、赤城は毎回的確に避けていった。
「あれだよね。目標は。」
休憩から二十分ほど、目的地は見えてきた。雪に覆われた島が近づくにつれ波の高低差が増え、同時に雪もちらつき始める。
「ある程度近づいたら戦闘準備です。流石にこれ以上は秘匿の状態でいるのは不可能でしょうから途中の敵から全部、沈めますよ。」
「了解!!」
五人の反応が返ってくる。白昼の中で艦隊は増速した。
数分後、戦闘は赤城の流星による先制攻撃から始まった。想定外の襲撃に敵は対応できず、次々に沈められていく。
「空母が大破、戦艦は撃沈。上々ですね。」
戦果報告を受けながら赤城は敵の泊地へと確実に距離を縮める道を選択していた。接敵する事は既に予想していたからこそ、航空戦力で先に露払いを済ませておく。戻ってきた部隊に補給をしたら今度は別の艦隊に手を出して数を減らす。陽動を行いながら敵の主力に近い戦力も削る。効率的な作戦だった。
「そろそろ到着するんだよな?」
眼前に見える山を大回りに迂回しながらやってくる艦隊を軒並み戦闘不能にして早三十分。遂に敵の泊地の影を捉えようとしていた。
「はい。再度言いますが瑞鶴さんは烈風隊の準備を。鈴谷さんと熊野さんは観測機を先に送っておいてください。」
「やっと私どもの出番というわけですわね!!」
自信満々に熊野が構える二十・三センチ砲には、敵の港湾設備を破壊できるように破裂位置をを調整した三式弾が詰め込まれている。摩耶も機銃の確認を済ませていた。
「防空戦闘なら任せとけ!!」
万全は期した。赤城と飛龍の攻撃隊が帰ってくる前に制空権を掌握するべく、旗艦は指示を出す。力強い声が発せられた。
「ここからが正念場です。任務を敢行しますよ!」