北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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続きです
それではどうぞ


灰色の記憶 〜邂逅〜(2)

 それから二日経ち、明石と別れてから程なくして大規模作戦は始まった。新聞の紙面を埋め尽くすものだったから、嫌でも俺は目にすることになった。人の死というものを見たくなかった俺は、一部のところからは視線を外した。俺のリハビリが始まったのはその翌日だった。気を紛らわすにはいいと思った。

 

「名前は決めたのか。」

 

 その日、初めてのリハビリということもあり、柿枝がやってきていた。暇なのかと俺は思ったが、そこについては何も言わないでおいた。

 

「はい。」

 

 俺ははっきりと答えた。爆風で傷つき、防人となった上で再生した三週間近く使っていない体は、俺から立ち上がる術を奪っていた。身体を動かそうとしても、脳とその部位にズレが生じているのか流暢にいかない。しかし痛みはなかった。

 

「まだ、動きが滑らかではないな。やはり防人の力に慣れる方が早いのか……?」

 

 ぶつぶつと独り言を並べる柿枝を横目に俺は何度も車椅子から立ち上がろうと足掻いた。椅子から立ち上がる時と同じようにと普段は意識しない何気ない体の動作に集中した。

 数分もすれば立つことに苦を感じなくなった。そこからは早い。歩く動作や階段を上り下りする動作を最終的に手を使わずに行う段階まで復活した。やはり体自体は強固なもので、慣れると何をするにも楽に感じられた。

 

「ここまでの復帰を見せるとは……。いやはや軍もすごい技術を発明したもんだ。」

 

 柿枝はひどく感心した様子で俺のリハビリを眺めてそう言った。

 

「こんなの本来人間に備わっている最低限の能力ですよ。防人はその先を行くんですから。」

 

 俺の言葉に彼は頷きながら共感を示す。

 

「それもそうだな。」

 

 しばらくすると、リハビリの様子が変わった。というのも俺は基礎的なものは完了したために一度検査をしたいことがあるというのだ。

 

「防人には元来、優れた身体能力が備わっているのは君も知っているだろう。」

 

 俺は目で答えた。柿枝は続ける。

 

「流石にまだ体の運動能力をテストするには時期が早い。だから五感のテストをしようと思う。」

 

 そう言って彼は順々に並べられた検査をするためであろう器具を出してくる。

 

「まずは聴覚からだ。」

 

 突如として耳に何か突っ込まれる。

 

「どうだ。何か聞こえるか。」

 

 何がなんだかわからない俺はすぐに答える。

 

「何も聞こえません。」

「そうか。ならこれは。」

 

 ほのかに耳鳴りに似た音が聞こえる。

 

「聞こえます。」

「ここから音量を下げる。その次は周波数を変える。どちらも聞こえなくなるまで手を上げておいてくれ。」

 

 そう言われて、俺はまず手をあげる。そうしてだんだんと音量が小さくなっていき、ぷつんと切れる。それと同時に手を下げる。

 

「とりあえず異常はないようだな。次からが本番だ。集中して聞いてくれ。」

 

 柿枝はそう言ってまた音量を上げる。それと同時に俺は手をあげる。

 

「いくぞ。」

 

 その合図と共に音色がだんだんと上がっていく。不快なキーンという音があったかと思えば、消えてなくなった。それと同時に俺はその手を下ろす。

 

「聞こえなくなったのか。」

「はい。」

 

 応答に彼は手を顎に当てる。

 

「どうやら聴覚は若人と大して変わらないようだな。ならば次だ。」

 

 そうして、味覚、嗅覚、触覚の順に色々と調べられた。だが、そのどれでも俺は普通の成績だった。

 

「防人ならば五感が研ぎ澄まされると思っていたのだが、そうではないのか……?」

 

 俺自身も若干焦りを感じていた。特別な能力があってもおかしくないのに、まさかこれまで四つの感覚が普通であるとは思っていなかった。明石を知っているからこそ、何か能力があって欲しかった。

 

「あとは視覚だけか。」

 

 久々の視力検査が始まった。そこでの俺は好調だった。右目も左目もよく見えるようで、視力は常人の数倍ほどはあった。だが、同時にこれだけなのかという思いが俺の間にはあった。

 

「動体視力も測っておこう。」

 

 柿枝は結果を受けて、俺の眼球に価値を見出したようだった。俺は病室で起きてから初めて外に出た。冬も終わり、春が始まるのかと思わせるほどに陽気で満ちていた。

 

「君はある程度視力方面では期待ができる。動体視力はわかるな?」

 

 俺は何度目かわからない頷きを行った。感覚的に理解している動体視力に俺はかけていた。

 

「それじゃあテストだ。これが手っ取り早いと思ってな。」

 

 柿枝はポケットから何かを取り出そうとする。すぐに俺はそれが拳銃だと気づいた。反射的に手が彼の手首を握っていた。そのままリボルバー拳銃を引き抜く。その時に俺ははっと気がついた。

 

「すいません。その……」

「わかっている。君は特殊な兵士だからこういう教育が施されていることぐらいはな。」

 

 俺自身へ向けて撃つつもりがないのはわかっている。わかっているが、体はそれでも反応してしまうのだ。もしものための対人戦闘。それは深海棲艦と戦争している中では無用の長物に思えるかもしれない。だが、一部の人間には教えられた。主に指揮官クラスに。

 

「さて、これを取り出したということは何をするのかはわかるな?」

「いえ、あんまり……。」

 

 俺は柿枝に拳銃を返しながらそう言った。柿枝は説明する。

 

「やることはとても単純だ。ここにペイント弾を詰め込む。それを撃つ。君は正面から避ける。それだけだ。」

「結構無謀な気がするんですが。」

 

 まがいなりにも銃弾であるペイント弾を回避するなど、できるはずがない。俺はそう思っていた。

 

「まぁ試して見ないとわからないだろう。」

 

 半ば強引に俺は病院前の広場に立たされた。少し離れた位置に柿枝が立って銃を構える。俺は集中した。「いくぞ」のような口の動かし方を彼がしたかと思えば、軽い発砲音があたりに響き渡る。

 俺の目には螺旋状に回転する弾丸がくっきりと見えていた。同時に身体が瞬時に傾く。耳に風切り音が捉えられる。直感的にわかる。俺は避けていた。

 

「ここまでの反射神経と動体視力。なかなか拝めるもんじゃない。いいものを見せてもらった。」

 

 満面の笑みでそう言葉を投げかけてきた柿枝に俺も少し口角を上げて返した。後々思い返してみると、この時点で動体視力を測るものとして正しい試験ではないと気づくべきだったのだろうが、今までの結果に焦っていた俺にそんな余裕はなかった。

 しかし、銃弾に似せたペイント弾だったのもあってか発砲音がリアルだったために、病院の広場はしばし注目の的を浴びることになった。

 

「全く君らは何をしてるんだ!」

 

 あの出来事の後、若干地位が高そうな医師に怒られたのを覚えている。二人して苦笑いしながらその場を切り抜けたが、当分の間は病室から出ることは許されなかった。

 あくる日、新聞の紙面に佐世保奪還確実の文字が見えた頃、病院は忙しそうな様相を見せていた。

 

「軍のお偉い人がやってくるらしいぞ。」

 

 すっかり俺は柿枝と仲を深めていた。たびたび顔を合わせていたからなのかは定かではないが、相性は良かった。未だ俺は敬語を外すことはできてはいなかったが、大した問題にはならなかった。

 

「誰が来るんですか。」

「それはお楽しみだ。」

 

 午前八時四十五分。その日も俺はすでに回復した体を起こして検査の日々に明け暮れていた。これまでに行われた正式な五感の機能における検査では、俺は視力で圧倒的な成績を残した。というのも柿枝のやったものは簡易的なものであり、正確に行ったものではなく数値にも細かさがなかったのだという。一日に二、三個のペースで同じ機能に対する試験を行った。大変だが、自分を知れるものであるということもあってか、充実していた日々を送れたと思っている。

 この日も、例に漏れず検査が入っていた。反応速度の検査だった。

 

「今回は視覚、聴覚、触覚で認知してからの反応を見る。」

 

 実験装置はそれぞれ異なった。一体どこでこんなものが作られるのかは気になったが、そこまで深掘りが必要とも思えなかったため何も言葉を発することはなかった。

 視覚からの反応速度のテストでは、俺はやはりというべきなのかとてつもない結果を示した。弾丸を認識してから回避するというのは単に視覚のみが優れているから出来る芸当なのではない、というのは分かっていたから俺は大して驚くことはなかった。

 

「これは……常人とは桁違いだぞ。」

 

 しかし、検査員の顔が印象的だった。そこに防人と人間の世界の認識の違いというものが垣間見れた気がした。

 集中した時の俺は決まって世界が遅く感じられた。研ぎ澄まされた感覚は時間認識を歪ませるほどの効能があるのだろう。その中で押されたボタンというものは側から見たら理解のできない速度の反応になるのだと俺は推測していた。

 そして、一度休憩時間に入り水を飲んでいた時に俺はあることにふと気がついた。検査を行う部屋は外から一部が見渡せるようになっている。看護婦などは準備等の行動があるために中にいるが装置から出る結果を見るために外にも人が常駐しているからだ。

 

「あれは……誰だ?」

 

 俺の見慣れない人物が窓の外の世界には立っていた。軍の服を着ているが、陸の人間ではない。感覚的にあっちの人間なのだと理解した。だが、それ以上俺は詮索することはしなかった。

 その後、俺は残り二つの試験を淡々と受けて病室へと戻った。結果は大して変わらなかった。

 

「明日は運動能力へと移るようだぞ。」

 

 検査とは別に、経過観察と称してやってきた柿枝はそう言った。夕日の橙色の光が窓から差し込む。俺の中の一日が終わる瞬間だ。

 

「そうですか。」

 

 外の世界とは俺は今は縁がない。病院という限られた世界で生きていることにどこか疎遠感を俺は感じていた。

 

「そういえば、軍のお偉いさんがもうそろそろ帰るらしい。広場の方を見に行けば見えるかもしれないな。」

 

 この病室は広場は見えないが代わりに海の方角は見える位置に陣取っていた。それを柿枝は理解しているはずなのになぜか窓の方へと近づいて景色を堪能する。

 

「あと伝え忘れていたが、この検査が終われば君も晴れて自由だそうだ。ここを出たらどうするんだ。」

 

 柿枝は唐突にそう言った。不意打ちに俺は戸惑った。何も考えていなかった。正確には、目を逸らしていた。あてがないという現実が俺に重くのしかかる。

 

「どうやら、まだ話すには早かったかもしれないな。」

 

 あの不敵な笑みは見えなかった。

 そんな時、病室のドアは開けられた。二人してその音の方向へ目を向ける。立っていたのは俺窓の外に見た人物だった。柿枝が一瞬で体の姿勢を正す。

 

「君が、椃木鷹牙くんかね?」

 

 一瞬、俺は反応が遅れた。神木ではない、俺は椃木だ。そう思った時には先に声が出ていた。

 

「はい。」

 

 柿枝は俺の苗字を初めて聞いたのか目を軽く開いた。しかし声は出さなかった。

 

「このような時間に失礼する。儂は海軍の鶴峰隆秀というものだ。立て続けの質問になるが少しだけ話をする時間をもらってもよろしいかね?」

「……はい。」

 

 階級章を見た俺は声が引きつらざるを得なかった。年齢的にも薄々察しがついたが、まざまざと見せつけられてしまうと身体は硬直してしまう。その鋭い眼光が俺の体を突き刺す。

 

「先日、佐世保が奪取されたのは耳にしているとは思うが」

 

 俺がまるで知っているかのように話し始める。事実、俺は知っていたのだが、どこか見透かされているような気がした。

 

「その作戦で多大な貢献した人物がいてだな。その者がこう言ったのだ。『私なんかよりももっと優秀な人間がいる』とな。君も心当たりがあるだろう。」

 

 明石だ。考えるまでもない。あいつならやれるという信頼があったが、同時に面倒なことをふっかけてくれたと半分心の中で恨んでいた。だが、俺の予想だにしない質問が鶴峰からは飛んできた。

 

「さて、単刀直入に聞こう。こちら側につかないかね。」

「それは……、どういう意図でおっしゃられているのですか。」

 

 俺は身構えた。初対面の人間に対して易々とついていくような人間ではない。鶴峰もそれ自体はどこから仕入れたのか知らないが、理解していたようだった。

 

「最初は疑うのも無理はない。それは君がこちらについて信用を勝ち得た時に話そう。まずは味方になってくれなければ話は進まない。」

「まるで陸軍が敵かのように話すのですね。」

 

 はっきり言って若干憤りを感じていた。確かに、俺は戦死者として処理されてしまった。だからと言って俺の記憶領域に残されているこの経験が消えるわけではない。たとえ見捨てられたとしても、誇りを持っていた。プライドを持っていた。それを踏みにじられたような気分だった。

 

「話を広げてくれるな。儂が聞いているのはイエスかノーだ。」

「ノーと言ったら?」

「後悔するだろうな。」

 

 そう言われてもなお、俺はうなずくことはできなかった。頑固とは違う何かが俺を突き動かしていた。鶴峰は俺を一瞥して言った。

 

「よほど儂を疑っているようだな。しからばその証拠というものを聞かせてやろう。」

 

 その手は一枚の写真を取り出した。俺はそれが最初なんだか見えなかった。だが、その内容を見て俺の体は凍りついた。

 

「昨日、君の上司である勝坂くんが殺された。陸の連中はこれを自殺だと言っているが、まぁ嘘だろう。」

「……犯人の目星はついているのですか。」

 

 とめどない殺意がはらわたの奥底で渦巻き始める。鶴峰と柿枝の顔が変わった。護衛のものが畏怖に似たような眼差しを俺に向ける。

 

「いや……、残念だがこの情報自体は公表されたものだ。だから殺されたというのも憶測に過ぎない。」

「でも、あの人は」

 

 俺の絞り出すような声を彼は遮る。

 

「分かっておる。だが、この事件が起きた以上君の命にも危険が生じる可能性がある。」

「どうしてでしょうか。ご存知ないかもしれないが、自分はすでに戦没者として扱われている身です。生きているなど気づきようがないでしょう。」

 

 既に俺は反抗精神のようなものが芽生えていたのかもしれない。相手の立場をわきまえず、喚いている。そんな人間性だったと思っている。

 

「一理あるな。だが、君はまた戦うつもりなのだろう?」

「…………」

 

 大局を見通すという行為があの時点ではできていなかった。自分勝手なわがままに執着していたとも言えるかもしれない。

 

「その才能も経験も無駄にしたくはない。使い所を間違えてくれるな。」

 

 厳しい言葉だった。しかしそれが信用に足るものに感じられた。

 

「……分かりました。そちら側につきます。具体的に何をもってそういうのかは知りませんが。」

 

 俺のその返答に鶴峰はにっこりと笑ってこう返した。

 

「海軍に入り、知見を深めた後に君には指揮官としての仕事を依頼するつもりだ。運がいいことに、君は海軍でのテストを受けているようだからな。」

 

 その時俺はどの試験のことを言っているのかは理解できなかった。後々、士官学校時代に海軍の人材不足でヘッドハンティングらしきものが起きた時に受けたものだと思い出した。俺はあの時海軍の士官になることを拒否していた。

 鶴峰のことは半信半疑だった。これ以上知り合いを死なせるわけにはいかない。その思いで引き受けたようなものだ。だからこそ、あの邂逅が俺の全てを変えた。




どんどん進めていきます。後二、三話は続く予定です。
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