北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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泊地急襲(2)

 戦火の音がなる海から外れて、一同は単冠湾の崩れた建物を見ながら桟橋へ向かっていた。

 

「提督、ご無事でいらしたのですね!!」

 

 護岸用のコンクリートが一部吹き飛び、橋の先の方であろう木片が浮かんでいた出撃場所から一歩離れた場所に提督は立っていた。散乱するバケツや弾薬類は全て空っぽで、戦闘の激しさが容易に想像できる。

 

「榛名……? ちょっと待て、どうなってるんだ。」

 

 予想外の存在に提督は混乱していた。

 

「助けに来たっぽい!!」

「それは分かるんだが……。」

 

 どこか腑に落ちない様子で頭を掻く。しかし大破している文月の様を見て、すぐに気をおさめた。

 

「……まぁいい。先に応急処置を済ませないとな。」

 

 文月の片方の肩を支えていた初霜が最初に上がる。後ろで損害が発生したと気づいていなかったのか、綾波は一瞬動揺して、仲間のもう一つの肩に手を貸した。

 

「設備って」

「地下に非常用で作ってあるのを使う。こっちが預かるから妖精から補給してもらってくれ。すぐに反撃に移って欲しい。」

 

 上にあがると提督が慣れた様子で邪魔になりそうな艤装をずらし、文月の体をひょいと軽く抱きかかえる。「それじゃあ、健闘を祈る」とだけ伝えると、素早い動作で提督は駆け出した。

 

「見た目に比べて力があるんだな。」

「力仕事で手を貸して欲しいと言われたことはありませんから、意外と鍛えていらっしゃるんだと思いますよ。」

 

 その様子を見ていた長門の言葉に榛名が反応する。それを聞いた長門は納得していた。

 全員が地上に登ると、工具をフル装備した妖精が応急修理と弾薬類の補給を始めた。テキパキと作業をこなし、一人二分もかからずに終わらせる。熊野だけ、補給と修理には自身の流儀があるのか時間をかけていた。

 

「これでまた戦えるっぽい!!」

 

 あらかた修復も終わり夕立がそう言った時、長門はあごに手を当てて提案を一つ行った。

 

「そういえば、赤城達を残しているのだろう? 支援に向かわないといけないはずだ。」

「流石に消耗も激しいはずですわ。今すぐに行きたいところでしてよ。」

「……ならば一度正面突破をしなければならないな。行けるか?」

 

 彼女の問いに異議を唱えるものはいない。戦える準備は全員、済んでいた。

 再出撃は迅速に行われた。金剛達の援護を行いつつ外洋で戦っているであろう赤城たちのもとを目指す。そういう手筈だった。しかしイレギュラーというものは常に起こりうる。

 

「いない……。湾内か。」

 

 包囲網を早々に破壊し、空母三人の影を探した結果はハズレだった。外から内へ。すぐに長門は軌道修正する。

 

「いたっぽい!!」

 

 湾の中腹に来たころ、夕立が目を細めたかと思えば声を上げた。発見報告に自然と艦隊の速度が上がる。

 

「敵が軒並み沈んでますね。」

 

 初霜は接敵時とは全く異なり、黒い破片が浮かぶ静かになった海を見て呆気に取られながらそう言った。すでに敵も敗走状態に近いのか、姿は見えない。

 

「ここまで攻撃しているとなると、航空機も弾薬も底をつきそうなものですが……。」

 

 心配はすぐに解消された。空を飛ぶ機体が一機、艦隊の上を駆け抜ける。加賀のものだった。速度がはやい。

 

「まだ、戦闘中のようだな。好都合だ。一泡吹かせてやろう……。」

 

 長門はそう言って観測機を飛ばす。乱戦ではないのを見計っての行動だった。榛名もそれに準じる。

 

「私たちはまだ射程圏内じゃないので先に行きますね。」

「わかった。」

 

 綾波がより高速になるのに合わせて夕立や浜風、初霜、熊野も機関をより働かせる。瑞鶴も戦闘の様子を肉眼で把握して的確に支援を行うために、それらの集団について行った。

 

 

 

 

 

 

「––––もうそろそろ限界ね。」

 

 赤城、加賀、飛龍は各々の自慢の艦載機を繰り出し、連携を取りながらレ級を湾内の奥へ追い込んでいた。絶対に逃さないという執念がそこにはあった。

 

「小癪ナ真似ヲ……!!」

 

 ボロボロになりながらも、憎しみのこもった眼差しでレ級は加賀を睨みつける。欠けた瞳の青い炎は、すでに消えかかっていた。

 

「これまで沈めてきた分、水面の底で償いなさい。」

 

 加賀は最後まで油断せずに入念にとどめをさす準備をしていた。自身がレ級の砲撃に反応できる限界の距離を保ちながら流星の搭乗員に指示を出す。同時に赤城や飛龍の攻撃機が最後の補給を終えて牙を剥く。

 

「ココデ終ワッテタマルカ!!」

 

 最期の抵抗。レ級の眼光から再び溢れるオーラに加賀は淡々と対応しようと、弓を構えた。陽動用の艦載機。本命は後ろだ。

 

「確カニ、キサマラハ強イ。」

 

 ゆらっと体を揺らして風になびくようにレ級は脱力する。どこからでも仕掛けられるような感覚。加賀は警戒を最大限にしていた。

 

「ダガ、援軍ノ……“瑞鶴”ノ方ハドウカナァ?」

 

 援軍。加賀はその言葉に反応して背後の存在に気がついた。赤城や飛龍ではない。駆逐艦の航行音。

 

「間が悪い……。」

 

 踵を立てて、水を軽く蹴り飛ばす。後ろに一瞬下がって方向を切り替えしながら、声を出す。

 

「避けて!!」

 

 その呼びかけに反応した前衛は一瞬でばらけた。問題は最後尾、瑞鶴だった。後ろの位置にいたせいで声が聞こえていないのか、直進している。

 

「っ!!」

 

 加賀自身は背後の気配と膨大な経験からある程度回避と損害のバランスに融通が効く。とはいえレ級相手に直撃を貰えば最低でも中破は免れない。今から彼女を完璧に回避させられるほどの猶予はない。自らを犠牲にするか、このまま見捨てるかの二択を加賀は即決していた。

 

「食ラエ!!」

 

 咄嗟に飛行甲板を囮にして、全力で装甲も展開する。左腕に伝わる強い衝撃が熱風と共に体に押し付けられる。鳴り響く艤装の破壊音を加賀は覚悟を持って受け止めていた。想定通りの軽い一撃に、宿敵ではないことを悟っていた。

 

「えっ、えっ」

 

 瑞鶴が何もわからないまま唖然とする。攻撃を予想していなかったのも確かだが、それ以上に加賀が自分を庇って損害を被ったことに動揺していた。

 

「助けた分、しっかり……仇討ちをしなさい。」

 

 腕に残る痛みを我慢しながら加賀は瑞鶴に指示を出す。指針さえ示せば後はやってくれると信頼しての言葉だった。

 

「……分かりました。」

 

 据わった目の瑞鶴を見て、満足したように加賀は一度離脱する。やれることは何もない。

 

「ココマデ来テ逃スト思ウカ!!」

 

 追撃。レ級は確実に加賀を狙って砲撃した。だがそれが当たることはない。身をひねるだけで交わすその技術はたとえ中破になったとしても健在だった。

 

「一旦戻ります。」

 

 赤城に一言伝え、泊地の方向へと舵を向ける。その横に浜風と初霜がつく。

 瑞鶴は無事に戻れそうな加賀を少し見届けると、レ級に体の正面を向けた。深呼吸をして心を鎮め、意識を研ぎ澄ませる。

 

「冷静に……」

「ナンダ? 意味ノナイ、オマジナイカ?」

 

 一方的な状況下で苛立ちが溜まっているのか、レ級はとても攻撃的だった。半壊した主砲できっちりと照準を定めて一撃放つ。直撃しそうなコースだったが、瑞鶴は体の重心移動でうまく切り返して回避した。

 

「クソガ。」

 

 次弾装填のタイミング。攻撃のできない一瞬の隙をついて夕立と綾波が喰らいつく。

 

「こんなでっかい獲物、初めてっぽい。」

「文月ちゃんの分、お返しします!!」

 

 魚雷の一斉射の後に主砲ですでに破壊されつつあった箇所を狙い撃つ。あわよくば誘爆されないかと期待していてのものだったが、装甲で一部弾かれる。

 

「チョコマカチョコマカト……。」

 

 余裕は依然としてないのか、眉間に寄るシワは多い。尾のようなものを薙ぎ払うようにして魚雷をばら撒いて、やってくる夕立と綾波の魚雷をかわす。そうして空からの攻撃に備えるために視線を上に向けた。

 

「ナッ」

 

 しかし目を開いてそう呟いた瞬間、レ級は爆炎に包まれる。長門と榛名の弾着観測射撃。実戦である中で初弾を当てる、その実力に瑞鶴は驚嘆した。

 

––私が出る幕、ない?

 

 覚悟を決めたのはいいものの、実際のところは瑞鶴自身はただ注意を逸らさせただけだった。どちらかといえば加賀を中破させてしまった厄介者にも感じていた。

 

「……マダ……」

 

 生に執着しているのか、既に沈みかかっていてもなお戦意は削がれていなかった。何か一つ報いたいのか周囲に睨みをきかせて標的を探す。残り時間はもうすでに残っていなかった。飛龍と赤城の艦攻が綺麗な隊列を組んで左右から数発ずつの魚雷を投下する。乱れのない水泡は美しい。

 

「イタ……!!」

 

 最期の瞬間。レ級は不気味な笑いを浮かべて砲塔の爆発と共に一発の砲撃を浜辺の方角に向けて放った。轟沈。無数の水柱に囲まれた後に、レ級の姿を見たものはいない。誰もいない場所にどうして撃ち込んだのか理解のできなかった瑞鶴はただ呆然と立ち尽くすのみだった。

 

「終わったっぽい?」

「いえ、まだ敵が残っているはずです。残りも狩りましょう。」

 

 夕立と綾波はすぐに反転して泊地の方向へと向かう。残党狩りを行うためだった。瑞鶴は戦場に戻る気にもなれず、レ級の件も一段落ついたこともあって一旦、飛龍と赤城に合流していた。

 

「大丈夫だった?」

 

 気が立っていた状態とは違って、会った際の飛龍はとても落ち着いていた。

 

「はい、加賀さんが庇ってくれたので……。」

「まさかと思って一瞬ひやっとしましたよ。注意散漫はいけません。」

 

 赤城からのありがたいお言葉を軽くいなしながら、瑞鶴はレ級が笑って浜辺の方角に砲撃したことを伝えた。

 

「どうしたんでしょうね。」

 

 その意図がわからないのは二人とも同じだった。不思議に思いつつ一同が泊地への舵を切った時、今まで聞こえてこなかったあの声が脳内に語りかけられる。

 

––提督を……助けてあげて。

 

 突然の出来事に瑞鶴は思わず声が出た。

 

「ん? どうしたの。」

 

 飛龍の質問に答えるまもなく、頭の中の声は続けて話す。

 

––あの人は、まだひどく傷ついてる。

 

 なんのことだかさっぱりわからない瑞鶴は混乱した。文月の手当てに向かっていた時の元気そうな姿を見ていただけに声の言っていることが理解できなかった。

 

「いや、別に–––––」

 

 なんでもないと言おうとした時のことだった。

 

「提督と連絡が取れないと言うのは本当ですか?」

 

 支援砲撃を済ませてやってきた榛名が、やや気が動転しているような様子でやってくる。

 

「えっ?」

 

 飛龍が困惑した顔で思わず聞き返した。

 

「連絡が取れないって……。補給してきた時は無事だったんじゃないの? 私、空から見えたけど。」

「榛名もそう思って安心していたんですが、今さっきの通信で『提督が街の様子を見にいくと言ってから連絡がない』……と。」

 

 不可解な事実に場の空気が不穏になる中、瑞鶴は声の言葉とレ級の行動によってある仮説が立っていた。

 

「まさか……。」

 

 すぐに方向を切り返してうろ覚えながら爆発の起こっていた場所へ向かう。そこに提督がいるような気がした。

 

「ちょっと、どこ行くの。」

 

 飛龍の呼びかけには応じず、瑞鶴は急いで海を突っ切った。水深が浅くなっていくにつれて焦燥感は深くなる。奥の草原の辺りに薄い煙の立っているのが見える。それは瑞鶴が初めて泊地に来た時に使われた道の辺りだった。

 艤装の浮力を切って浜から地面へ上がる。一人走って行くと、焼け焦げた着弾点の跡が見えてくる。

 

「嘘……よね……。」

 

 炸裂した爆薬の威力は凄まじかった。地面が抉れ、荒い地表が露わになっている。そして、それに紛れる焦げた白い服。血痕が見えないことに違和感を覚えながらも、瑞鶴は提督がここで被弾していた事をまざまざと見せつけられて絶望の淵に叩きのめされていた。

 

—違う……まだ、死んでない。

 

 そんな中でも声は、瑞鶴の予想をお構いなしに否定してくる。だが今はそれだけが頼りだった。

 

—探して、もっと奥を。

 

 言われるがままに瑞鶴は歩いた。少し歩くと草の地面に血の跡が残っていた。赤い道となって続くものの終着点を恐れつつも一歩、また一歩と進む。

 そうやってたどり着いた一本の木の元に、彼は寄りかかっていた。

 

「っ、提督さん!!」

 

 腹部の傷が特に酷かった。とめどなく溢れる鮮血を提督が無理やり手と少し破れた服で何とか食い止めている。そんな状況であった。

 

「あまり騒ぎ立てないでくれ……気が散る。」

 

 余裕がないのか瑞鶴の顔も見ることなく俯いたまま提督はそう言った。ぶっきらぼうな物言いはどこか助けを拒んでいるようであった。口からの吐血に地面が赤く染まる。

 

––だめ、助けて。

 

 本人の意思を否定して、声は瑞鶴に指示を出す。どうすればいいのかわからなかったがそれもまた、伝えてくれた。

 

––手を握って。

 

 ゆっくりと近づいて、静かに瑞鶴は提督の横に屈んだ。意識が混濁しているのか何も喋ってこない彼の冷たくなりつつある手をしっかりと握る。生温かい血の感触が伝わってくる。

 

––ありがとう。

 

 その瞬間、瑞鶴は深い眠気に襲われた。踏ん張ろうと目を開こうとするが抵抗が一切できなかった。意識が消える直前、握る手から逃れていくような自身の力に不思議と親しみを感じ、そこで視界は暗転した。

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