北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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ラストピース(2)

 外に出た瑞鶴は軽く体を伸ばしてリラックスしていた。長いように感じられた一日も終わりが近づいているのか、空はどんよりとしていて、ぼんやりとえんじ色に染まっている。

 

—あとは提督さんだけ……か。

 

 複雑な感情だった。提督が人知れず内に隠してきたものをただ記憶を得ただけの瑞鶴が扱っていいのか、疑問だった。

 

—引き受けたんだから、シャキッとしなくちゃ!!

 

 頬をぱちぱち叩いて自身を鼓舞する。弱気になるなという暗示をかけて瑞鶴は決意を固めた。すると刺すような冷気が立ち込める中、やってくる人影が一つあった。目を細めて見てみると、山吹と常盤色の衣服を纏っている。

 

「見かけないなぁって思ったらここにいたのね。」

「一人?」

 

 会話ができる距離まで近づいて、瑞鶴が問いかけると飛龍は思い出したかのように返答する。

 

「あぁ、ええっと……確か『心配だから』って赤城さんは病室を探して何処か行っちゃったわよ。もしかしてこっちにいるの?」

 

 その問い返しに瑞鶴も答えた。

 

「加賀さんはいるけど……、提督さんはいないよ。」

「うーん。どっちを探してたかは分からないんだよね。まぁ、いっか。あの人なら自分でどうにかするだろうし。」

 

 飛龍は力無く笑いながら言う。歩き疲れているのか余裕はあまりないようだった。

 

「私はまだ用事があるから、お先に失礼するね。」

 

 瑞鶴は軽くそう言って別れた。飛龍もそれ以上は何も語らず、会釈して扉の方へ向かう。戦いの旗色は既に上がっていなかった。

 丘から降りて、瑞鶴は提督を探すためにとりあえず誰か単冠湾の艦娘を当たろうとしていた。ふと瑞鳳が話そうと言っていたことを思い出す。

 

—さっきの場所に行けば会えるかな?

 

 一度立ち去った場所へ向かうと前とは異なり、資材や瓦礫、廃棄物の仕分けが完了していた。速吸の仕事の早さに感嘆すると共に瑞鶴は瑞鳳の姿が目に入る。ずっと広場にいたのか、ベンチに座ってぼんやりとしていた。

 

「えっと……?」

 

 どのように話しかければよいのかが分からず、ひとまず瑞鳳の視線の中に入るようにして瑞鶴は声をかけた。

 

「わっ。瑞鶴かぁ……もう、驚かさないでよ。」

「ごめんごめん。」

 

 瑞鶴の目に映る彼女はどこか普段の雰囲気とは違って、しゅんとしてらしくなかった。一度、隣の席に座る。

 

「用事は終わったの?」

「いや、まだある……かな。」

「だったら、それを終わらせてきてから来てくればいいよ。私は忙しくないから。」

「そうなんだけど、ちょっと……聞きたいことがあって。」

 

 瑞鳳の言葉は正しいかと言えば正しかった。とはいえ瑞鶴にとっても、事情というものがある。

 

「どうしたの?」

 

 きょとんとした表情の彼女に、瑞鶴は言った。

 

「提督さんって……、どこにいるか分かる? 探しているんだけど。」

「それは……。」

 

 顔が曇る。ハッとして言葉を一部訂正した。

 

「今危ない状態なのは知ってるよ? えっと……その、安置されてる場所っていうか。」

「うん、言いたいことはわかってる。」

 

 瑞鳳は話す言葉を選ぶようにゆっくりと答える。

 

「今は多分……特設されてる病院に、いると思うよ。でもちょっとしたら……大湊とかの方の大きな病院に移っちゃうって。」

 

 その情報に瑞鶴は動揺せざるを得なかった。

 

「本当!? どこにあるの、その病院。」

「ん〜っと、元飛行場の方かな。民間の人の避難所にもなってるから、ちょっと探すのは苦労するかも——」

 

 突如として取り乱す瑞鶴の様子に気圧されながらも瑞鳳は淡々と答える。

 

「分かった、ありがとう!!」

 

 まだ皆まで言わないまま瑞鶴は広場を飛び出した。泊地の管轄外に一度だけ出たことがあり、場所はなんとなく把握している。

 

「……いってらっしゃい。」

 

 それを見送る瑞鳳の手の動きは小さかった。

 庁舎の方に出て、正門から外へ抜ける。コンクリートで一応にも舗装された道をつたって傾斜のある部分を上がっていく。人通りは一切なかった。

 

—間に合って……!!

 

 上った先は開けていた。人の息に満ち溢れた空間が出迎える。圧倒される間も無く、瑞鶴は捜索作業を開始した。

 ちょうど空に放っていた烈風が目を担ってくれたのもあってか、テントを見つけるのは苦労しなかった。一際大きい新緑色の仮設テントで構成された一群が見つかる。他のテントの色が皆異なったこともあって、判別は容易であった。やや周囲の注目を受けながらも躊躇いなく足を踏み入れる。

 

「なんだ君は……って、艦娘か。見舞いかい?」

 

 受付らしきみすぼらしい長机と椅子に座る男が最初に現れた。一瞬たじろぎながらも瑞鶴は答える。

 

「あっ、はい。」

 

 男はそれを聞いて、「さっきも来たよ、慕われているんだね」と言いながら中へ案内する。テント内はあまり人気はなかった。軽傷で処置をされている人々からの目線に瑞鶴は気まずさを覚えていると、奥の方にある布で仕切られた場所へ導かれる。

 

「あら、瑞鶴さん……。」

 

 そこにいたのは赤城と眠っている提督だった。まだ彼女は艤装を預けてすらいないのか、飛行甲板が立てかけてある。男も様子を一瞥すると「ごゆっくり」と淡々と言い放ち、早々に退室する。取り残された空間に流れる雰囲気は瑞鶴にとってきまりが悪かった。

 

「見に来たんですか?」

 

 赤城が口を開く。そこに咎める意思はなかった。

 

「はい。その……赤城さんも?」

「えぇ、しばらくの間は……顔も見れなくなりますからね。」

 

 瑞鶴は瞬間的に提督がどこか別の場所へ移されるということを想起していた。情報は正しかったことに安堵すると共に、既に残された時間は少ないことを瑞鶴は再確認させられる。

 

「期間とかは––––」

「分かりません。ただ、治りは常人より圧倒的に早いみたいですよ。本来ならもう……亡くなっていてもおかしくない傷だったそうですから。」

 

 赤城の返答に、記憶の片隅にあった“防人”という言葉が不意に浮かんでくる。まるで“彼女”から囁かれるかのように情報が、関わる記憶がすんなりと頭の中に並べられる。そうしてふと提督の方を見ると、瑞鶴自身が気絶する前に見た腹部の傷はすでに塞がりつつあるのか、包帯が巻かれているだけだった。提督が人の身あらざることを示す明確な証拠。それがあった。

 

「…………」

 

 声は出ない。短い時間で流れ込む映像と声の数々で瑞鶴は気が参っていた。彼の苦悩が、“彼女”の思いが重荷となって押し潰しにくる。

 

「これじゃあ、怒るにも怒れませんよ。」

 

 提督の顔を指でなぞりながら赤城は暗く沈んだ声で吐露する。瑞鶴はひとまず用意されていた椅子を引っ張ってきてそこに座った。

 静かな寝息を立てている提督の表情はあまり穏やかではなかった。少し眉間にしわが寄り、苦しいのか痛いのか分からないが瑞鶴から見ても辛そうであった。

 

「人伝に聞いた話ですが……」

 

 瑞鶴へと赤城は顔を向けずに話しかける。

 

「どうやら提督はまだ市街地に取り残されている方がいないか探しにいった時に攻撃を受けたそうです。『この島の人口は少ないがどれも大事な命だ』……と。無茶するのは提督らしいといえば提督らしいですが。」

 

 他者を守るために自らを犠牲にする。提督と“彼女”の間には通ずるものがあった。

 

「本当に生きていて……良かった。」

 

 涙は流さなくとも、赤城が深い安堵と悲しみで心が埋まっているのは明らかだった。

 

「他に誰か、お見舞いには来たんですか?」

 

 瑞鶴がそう質問すると、赤城は重い首を上げる。

 

「私より前に、数人訪れてはいたようですよ。その時はまだ傷の処置していたので短い時間だったみたいですが。」

 

 そう答えて、彼女は不意に立ち上がった。飛行甲板を手に取って出口へと向かう。

 

「私は艤装を直したら一度幌筵に戻ります。あちらもあちらで大変でしょうから。もし、その間に提督が移送されるのであれば瑞鶴さんたちで見送ってあげてください。」

「わ……わかりました。」

 

 重大な仕事に息を呑みながら瑞鶴は了承した。赤城は少し微笑むと、すぐに背を向け外の世界へ出ていく。静かな空間に残された瑞鶴はより提督の顔が見えやすい場所に座り直した。二人きりという絶好の機会、であった。

 

—起きる……かな?

 

 緊張しながら顔を覗き込む。不意に提督の目が開いた。

 

「っ……!?」

 

 思いがけない出来事に瑞鶴も提督もどちらも体が軽く跳ね上がる。とはいえ、まだ体が痛むのか小さい声で提督はお腹の側面を手で抑えてうめく。

 

「大丈夫っ!?」

 

 思わず心配から瑞鶴は体を支えた。想定よりも軽い体に彼がまだ怪我人であることが再確認される。提督は軽く手を出して瑞鶴を静止させると、周りを見回す。

 

「……どこだ。ここ。」

 

 被弾してからの記憶が薄いのか若干の間、提督は周りの見慣れない光景に困惑していた。

 

「えっと、仮設病院……かな?」

 

 他に誰もいないため、瑞鶴が答えると何処か納得した様子で提督は「そうか……」とだけ呟いた。

 

「迷惑をかけたな……。」

 

 ようやく頭の中で状況が整理できたようで、提督は少しの沈黙の後に瑞鶴にそう語りかけてきた。

 

「私は……別に。」

 

 どのようにして話を繋げれば良いのか分からなかった瑞鶴はそう曖昧に答えることしかできなかった。記憶の中にいる“彼女”を演じようにも勇気が出なかった。

 しかし、好機というものはしばしば意図せぬ時に訪れる。それは提督が起きてからしばらく経った頃だった。

 

「なぁ」

 

 不意に提督の声かけに瑞鶴は顔を向ける。布団に視線を落としながら提督はポツリと告げる。

 

「今も夢は見るのか。」

 

 一抹の希望にかけたようなそんなしぼり出された声に、瑞鶴は提督が何を言おうとしているのか理解していた。

 

「まぁ……。」

 

 記憶について知る前は実際、時々悪夢として映像を見ていた。繰り返される光景が脳裏に焼き付くこともあったが、それでも普段の生活で常に考えられるほどには影響を及ぼしてはいなかった。気味が悪いだけだった。

 不明瞭な返答に提督は静かに問い詰める。

 

「もう、見ていないんだな。」

 

 どこかガッカリしたような、失意の念があるような聞き方に瑞鶴は答える口が動かなかった。すぐそこに解決策があるにも関わらず、飛び付けない現状がもどかしかった。以前のような関係にはならないということをわかっているだけに、躊躇ってしまう自身の精神の弱さにやるせなさを感じていた。

 

「そういうわけじゃ……なくて。」

 

 微かについて出た否定の言葉に提督は再度問いかける。

 

「なら、見るのか?」

 

 覚悟を決める。瑞鶴は強くはっきりと、提督へ言った。

 

「今はもう、()()ません。でも、はっきりと全部覚えています。」

 

 想定外の回答だったのか、それとも何かを感じ取ったのか、提督はふっと顔を上げる。

 

「どういう……事だ。」

 

 その目に映る懐疑の色、それは同時に期待のこもった視線でもあった。瑞鶴は頭の中の映像を見ながら、自らの言葉で紡ぐ。演じることはできなかった。嘘をついて騙すような真似を望むと思えなかった。

 

「教えてもらったんです。全て。」

「…………」

 

 どのように受け取ったのかは瑞鶴にはわからない。しかし提督がそれで何かを確実に察したのだけはその反応から理解していた。

 

「なら、どっちなんだ。今の“君”は。」

 

 質問が変わる。加賀と似たような事を問う提督に、瑞鶴は二人の接した時間の長さを感じずにはいられなかった。

 

「もちろん、単冠湾の私です。」

「“あいつ”はもう……いないのか……。」

 

 数年間待ち続けた結果に提督は落胆したようだった。だが、瑞鶴にはまだやるべき事があった。“彼女”が抱いた彼への想いをしっかり伝えることだ。はっきりと話せなかった想いを知らせてあげようと思っていた。お節介だと思われたとしても、悔恨が残ってはほしくなかった。

 

「でも……、ちゃんと預かってきましたよ。」

「何をだ?」

「伝言です。」

 

 実際はそんなものではない。もしかしたら心の奥底で見ているかもしれないという恐怖心はありつつも、瑞鶴は続けていた。

 

「『一人でやってきた貴方を支えたかった。昔のことを引きずっていたのを少しでも変えたかった。』って。心配……してましたよ。自分が沈んだばっかりにもっと悪化させちゃったって悔やんでもいました。」

 

 とにもかくにも言い切った事で、瑞鶴は安堵して溜め込んでいた息を吐いた。重荷が少し解かれた気分だった。

 

「別にそんなわけ……ないんだけどな。」

 

 対照的に、言葉を聞いた提督は静かに拳を握りしめていた。

 

「俺があの場にいればいい話だった。安請け合いしなければ良かった話なんだ。旧知のやつを助けようとしなければ——。」

 

 自責の思い。それが提督を長年苦しめていた。“彼女”の言う昔のことを引きずっているという言葉はそこから生まれたのだろうと瑞鶴にも容易につく。彼の複雑な人間関係が産んだ悲劇、そう取ることもできた。

 

「復讐心に駆られなければ、もっと広く物事を見れていれば、早く帰ってやれてれば——」

 

 次々に出てくる後悔してきた事実は、“彼女”の視点を見ていた瑞鶴からすると、いたたまれない気持ちであった。寄り添ってあげなければいとも容易く砕けてしまう。そんな予感がしていた。

 だから瑞鶴は踏み出した。

 

「私じゃ、ダメですか?」

「えっ。」

 

 突拍子もない発言に今まで暗い感情を見せ続けていた提督は戸惑っているようだった。語弊を生むような言い方であったが、瑞鶴は気にせず言葉を口にする。

 

「私は確かに、トラック泊地の“瑞鶴”さんとは違います。でも、提督さんと“彼女”がどんな航跡を辿ってきたのかは全部……知っているんです。それを私は()()()()から。」

「…………」

 

 提督は黙って瑞鶴の話を聞いていた。

 

「全く同じようにはできないかもしれない。完璧になりきれないかもしれない。けど、私が提督さんを支えてあげたいのは事実です。」

 

 何が正解なのかは分からない。しかし、瑞鶴なりに頑張るつもりだった。今はまだ恋慕ができずとも、親愛や愛情という感情をまだ抱けずとも、提督が前に進んで欲しいという“彼女”の想いを無駄にさせたくはなかった。

 

「お前も……したたかだな。」

 

 提督はそう言って不意に瑞鶴の頭を撫でた。身体がこわばる思いをしながら瑞鶴は素直にそれに甘んじる。

 

「でも、“あいつ”は……トラック泊地にいた“瑞鶴”は俺にとっては特別なんだ。何せ初めて弱みを見せた相手だからな。」

「やっぱり……。」

 

 断られる。瑞鶴はそんな感覚があった。提督自身の“彼女”への想いを簡単に無くすことはできないのだ、と。失われたものは二度と取り戻せない。

 だが、頭から手を離して提督が次に言い放った言葉は瑞鶴の予想に反したものだった。

 

「まぁでも、全部任せたんだったら諦めた方がいいんだろうな。」

 

 そこにある声の調子は暗くなかった。むしろ希望に満ちていた。

 

「約束は結局守らなかったとしても、“あいつ”が本当に果たそうとしてたのは話を聞いていればわかる。沈んだ艦が記憶を持って蘇るなんて奇跡が簡単に起こる方がおかしいんだ。その当たり前の摂理を崩さなかっただけだ。」

 

 どこか自分を納得させるような、突き放すような口調だった。

 

「でも——」

 

 瑞鶴が口を開こうとすると、提督は口元に人差し指を寄せて黙らせる。

 

「もういい。事は済んだ。辛いことには……辛いがな。」

 

 目尻に浮かぶ雫は意図しないものなのか、すぐに布で拭う。そうして提督はしっかりと瑞鶴の目を見て話しかける。

 

「せめて一つ願いを聞いてもらってもいいか?」

「うん。」

 

 そう返すと、提督は言う。

 

「一言……『ただいま』って言ってくれないか? そうしてくれれば、もう決心がつく。」

「それは、どっちで言えば……。」

「決まってるだろ、単冠湾(ここ)は俺の泊地だ。」

 

 瑞鶴はそれでどう振る舞うのかを決めた。提督が望んでいるのがどちらなのかを分かっていた。

 

「…………」

 

 息を深く吸う。

 

––受け継いだものを持って道を進むのは、今度は私。

 

 今まで点滅を繰り返しながら最期の時を待っていた蛍光灯が眩しく光る。本当ならばこの言葉を話すのは“彼女”だったのかもしれない。優しい微笑みでもって瑞鶴は決意を持って告げた。

 

「ただいま、提督さん。」

 

 狭い空間に一言、響き渡った。




本当は来週のつもりだったんですが、色々あって投稿することにしました。事後処理など一切終わってないのでこの後の部分をどのような扱いにするか絶賛困ってはいます。とはいえ、ひとまぶこれで第一章は終わりとなります。
次の話は恐らく、本当に短くして次の章への架け橋的な話になると思います。これに関しては一話としてカウントするよりは出来次第上げるはずです。
次章はまた異なったテイストで展開する予定なのでぜひ楽しみにしていただけると幸いです。ここまで読んでいただきありがとうございました。(第0章はまぁどこかで作ります……)
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