北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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佐世保の懐刀(2)

 三人、各々が好きな料理をとりわけ席に戻ってくる。四人席の一角は未だぽつんと空いたまま。本土でも有数の鎮守府に所属する艦娘が二人いるのもあって、周囲の視線が少し瑞鶴には居心地が悪かった。

 

「さてと。」

 

 食前の行為をそれぞれ済ませると、すぐに話題は展開された。

 

「舞鶴の仕事って何があったの?」

「視察……かな。『同期の顔を見にいくだけ』って言ってたけど。」

 

 問いかけに対し古鷹はやや自信なさげに答える。

 

「随分と簡単な理由ね。」

 

 指摘が図星だったのか、彼女の表情はおぼつかなかった。

 

「こんな時期に見に行くって珍しいから、何かあったのかと思ってはいるわ。でも見当がつかなくて……。」

 

 北方での一件はまだ公表されていない。矢矧の目が泳ぐ。心当たりはあるだけに瑞鶴も少々気まずい思いであった。

 

「報告会もいつもと違って前倒しだし——そっちでは何かあったの?」

「ないと言えば嘘になるけど……。」

 

 泊地の一件には触らないように適当な理由を探しながら矢矧は金平ごほうを一口つまむ。

 

「海域攻略中に一悶着あったのよ。」

「どんな?」

「レ級が出たの。」

 

 返答に古鷹の手が止まる。

 

「それ、本当?」

「えぇ。実際私自身が遭遇したしね。」

 

 信じられないといった顔。見開いた左目がバチっと一瞬輝く。

 

「大丈夫だった? こっちでも苦労する相手でしょう。」

「瑞鶴に聞けばいいと思うわ。私は沈めてないもの。」

 

 不意に視線が集まるような感覚が瑞鶴にはあった。周囲も会話に聞き耳を立てているのか、食事の音は聞こえても話し声が小さい。

 

「そうなの?」

「えっと……、別に大したことはしてないというか。」

 

 急いで食べ物を飲み込んで答える。視線は少々刺さったが、レ級を赤城と加賀が押さえ続けたこと、長門や榛名がその他の有象無象を駆逐してくれたことなど、少し踏み込んだ説明をした。

 

「大分、苦労してたのね。」

「やっぱりそれだけしないと……。」

 

 単冠湾で実際、何が起こっていたのかは瑞鶴以外は詳しくは知らない。二人とも報告からある程度収穫は得ているようだった。

 

「でも、まだそんなに建造されてから時期も経ってないのに……すごいなぁ。将来有望よね。」

「流石にそこまではまだ……早いかな。」

 

 間髪入れず否定する。今まで勝ててきたのは己の実力ではない。誰かの助けがあってこそだった。

 

「貴女の提督がどうするかはわからないけど、来年の秋ごろになれば測れるわよ。」

「確かに!! 出たら面白そう」

 

 事あるごとに話の引き合いに出される秋季大演習。その機運はまだ至るまでの期間は長くとも、瑞鶴が意識せざるを得なくなるほどには脳裏に刻みつけられていた。

 

「今年は十回目だから参加資格も無制限なんでしょう? 史上最大の規模にするって。」

「あら、それはいい知らせね。」

 

 矢矧も古鷹も待ちきれないと言った様子なのに対し、瑞鶴の心には暗い影が落ちる。このまま虚飾の練度への期待で出されでもしたら恥をかくのは必至。出場したくはなかった。

 

「重巡は参加する人少ないからありがたいなぁ。毎回他に吸われちゃうから。」

「ちなみにその参加資格っていうのはどんなものなの?」

 

 瑞鶴の問いかけに対して古鷹は意気揚々と答える。

 

「これまでは『評価ポイントが良以上』の所しか出ることができなくてね。それに加えて『二年連続で単艦演習を優勝した艦娘』は個人では出場不可だったの。」

「今年はそれらが撤廃されるのよ。新興の泊地でも出られるし大規模な鎮守府でもエースを出せる。単純な母数が増えるだけで演習の規模も変わるわ。」

「へぇ……。」

 

 余計に参加したくはない。醜態を見せる相手が無制限に増えるのは瑞鶴にとって避けたい事項だった。

 

「見どころは沢山ありそうね。」

「そうそう。ただ、『呉がその規模に耐えられるか』は提督が心配していたから……」

「もしかしたらその会議もするのかしら。」

「当たりよ。」

 

 矢矧の推測に答えるのは瑞鶴でも古鷹でもない。一人、上司を探しに行っていた叢雲だった。

 

「結構かかったようね。」

「まさかお風呂に入ってるとはこっちも思わなかったんだから。仕方ないわ。」

 

 矢矧の声がけにそう返すとやれやれとくたびれたように最後の一席に座る。同時に手に持っていたトレイも机に置いた。

 

「それにしても『当たり』だなんて、どこで聞いたの?」

「本人たちよ。連れて行ったときに話してたわ。」

「機密性の欠片もない……。」

 

 古鷹のため息混じりの言葉に同情しながらも軽くなだめる。

 

「あの二人だもの。気にするだけ無駄よ。」

「分かってはいるけど。」

 

 そうは言ってもやはり思うところはあるのか釈然としない表情で呟く。

 

「まぁ、少なくとも一日で終わるわけじゃないのはこれで確定したわね。」

 

 矢矧の指摘に全員が共感すると今度は叢雲を話の輪に加えて、その晩を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 次の日、神戸を発った北方地域の一行は芳沢と古鷹を加えて呉への道路を進んでいた。瀬戸内の光景を眺めながら何度目か分からない揺れに身を任せる。呉の駅も目前。少しずつ歳を重ねるにつれ様変わりしていた港が見えつつあった。

 

「二人は久々だったよな。」

「うん。」

 

 芳沢の問いかけに中津原が提督の代わりも兼ねて答える。実に半年以上。北方の極寒に慣れていた身には少々暑く感じるほどに外は陽気に満ちていた。少しだけ開けられた窓の隙間から入る潮の匂いは変わらない。

 

「どうせまた来れなくなるんだ、色々顔を出しといて損はないぞ。」

「母校への顔出しは剣城で十分です。」

「釣れないやつだな。」

 

 淡白な反応に口を尖らせる。しかしホームに列車が滑り込んだのもあってそれ以上不平は言わなかった。

 

「……まぁいい、お前らにもまず先にやるべきことがあるしな。俺も宇和部達と用事が入ってるからそれが終わったらゆっくり話そうぜ。」

「喜んで!!」

 

 剣城が顔を輝かせて身を乗り出すと手で静止しながら立ち上がる。同様にして提督らも降車の支度を済ませた。服の裾を払って身だしなみをついでに整える。

 

「おい、古鷹。」

「はい?」

 

 話し込んでいた別の一群に芳沢は声をかける。古鷹がくるりと振り返った。

 

「行くぞ。」

「分かりました。」

 

 ニコリと一瞬笑うと矢矧達に別れを告げて、ついていく。

 

「案外、あっちも仲良くやってるんだな。」

「何度も会ってるんだし当然じゃないか。」

「瑞鶴と叢雲別にそうじゃない立場だと思うけど。」

 

 中津原の言葉に剣城は「確かにな」とだけ返すと、芳沢にならって呼びかけた。軍専用の列車といえども停車時間は長くは取れない。

 

「着いたぞ!!」

「はいはい。」

 

 早々と矢矧が最初にやってくる。荷は神戸の時点で既に送っていたため、今回はほぼ手ぶらだった。

 続いて赤城と瑞鶴が伸びをしながら提督の元へ、叢雲が中津原へと後ろ髪をかきあげながら集まる。そのまま外に出ると既に案内人らしき泰然自若とした青年が立っていた。芳沢たちの姿はない。

 

「お待ちしてました。」

「その服——」

 

 容姿を見て出てきた提督の言葉を剣城が遮って上から被せる。見知った顔なのか、少し表情は和やかだった。

 

「どうも。このまま大将の所だったな?」

「はい。」

 

 金色の錨のバッジを襟につけ、『槙』という名札を胸ポケットにつけた体躯の良い若者は慣れた足取りで皆を導いた。

 寒々とした冬の曇天の中、数分歩いた所に建築物は鎮座している。本土の第一線で中核となる提督の誰しもが通る道。漆喰壁の特徴的な建物の入り口に着いたとき振り返って槙は口を開いた。

 

「この先は……。」

「ついてこれないのよね。分かっているわ。」

 

 矢矧の返答に頷いて応える。

 

「毎度すまんな。」

「いえいえ。数少ない再会の場なのはこちらも知ってますから。」

 

 自らの信頼する部下に見送られる形となりながら、三人は数年前、生活していた学舎に足を踏み込んだ。

 一階と二階しかないが、部屋は多く廊下は長い。入り口の正面階段を登り、突き当たり右をまっすぐ行った所に目的地はあった。

 

「あのまま放置して良かったのか?」

「矢矧がいるから平気だ。こっちでも顔は広いからな。」

 

 道中、瑞鶴らを残していた提督は少々心配が勝っていた。静かな空間に足音がこだまする。

 

「だったらいいんだが……。」

 

 話し込む間も無く、歩く足は止まった。重厚な木製の扉の上には『教官室』と記された看板がついている。仕事を終えた槙は「失礼します」とだけ挨拶してその場を立ち去った。

 

「さて。」

 

 ノック音を三回鳴らして軽く扉を開ける。どこか古めかしい雰囲気の漂う室内は全員が一度は見たことのある光景だった。立派な功績を示す勲章と、そでがボロボロになるまで使われたであろう本が棚に置かれている。

 

「やっときおったか。」

 

 中へ入ると彫りの深く、シワの多い年相応の顔をした初老の男が革の椅子から立ち上がって出迎える。小綺麗な椅子が周到に用意されていた。

 

「長旅、ご苦労だったな。とりあえず座ってくれ。」

「やけに準備がいいですね。」

「来客を呼ぶのに何もしないうつけ者はおらん。」

 

 提督の開口一番に老年の大将、鶴峰隆秀(つるみねたかひで)は一言返す。深海勢力と戦い続けてきた海軍屈指の古株であった。

 

「それで……今回は叱責するために呼んだんですか?」

 

 剣城が続けて問いかける。

 

「便宜上はな。儂が一応責任を持つことにはなっておる。」

「でも、まぁ握り潰せますよね。」

 

 その言葉に回答はしない。

 

「とにもかくにも、今回やらかしてくれたのは変わらん。決めてもらいたいのは今後の埋め合わせ、じゃ。」

 

 開かれた書類は『始末書』と題されている。しかし厚みはなかった。

 

「でも南方には行けませんよ? 遠いし。」

「そんなものは百も承知。別に面倒ごとを押し付ける真似はせんよ。ただ、少し盛り上げてもらいたいものがある。」

 

 不敵な笑みを浮かべる。悪いことを考えているような顔。度々面倒になるのはこの表情が浮かんだときであった。

 

「私、もう話の先が読めたんだけど……。」

 

 口にしていた緑茶を置いて、ここに至るまで借りてきた猫のように静かだった中津原が不意に声を上げる。

 

「おっ? 言うてみぃ。」

「『秋の演習に出ろ』でしょう? 特に椃木先輩、二連覇した娘がいますもんね。」

 

 鶴峰の性格を考えて、推測できる限りでの完璧な答案を作成していた。

 

「やはり一番儂を理解してるのはこの中では中津原か。」

「そりゃ、ねぇ……。」

 

 呆れたような顔の剣城が何かを言いたげに口をすぼめる。

 

「とはいえ勿論、それでは何も罰にはならんからな。条件は儂から出させてもらうぞ。」

「別にそれぐらい、いいですよ。」

「いや、剣城と中津原はただ出てくれるだけでいいんじゃ。問題は——」

 

 目を細めた先にいる一人の沈黙する人間。提督に視線は向けられていた。

 

「流石に分かってはおるな?」

 

 落ち着いた声の内側にこもっている貫禄は、誰もが萎縮してしまうような覇気をまとっていた。

 

「まぁ……招待は基本突っぱねてましたからね。」

「それもそうだが、まぁいい。」

 

 飄々とした物言いに鶴峰も強くは出なかった。

 

「立場上の体裁もある。剣城と中津原は下がって良いぞ。ここからは一対一で話したいんじゃ。」

 

 普段の態度とは相異なる様子に二人は呆気に取られながらも素直に退室した。扉がパタリと閉まるのを確認して、口を開く。

 

「残した理由は分かるな?」

「……大体は。」

 

 鋭い眼光と険しい表情。提督が唯一知る、鶴峰の真の大将としての顔つきだった。

 

「今回の事態。どれだけのものかは分かっておるとは思う。」

「はい。」

「儂としても民間に死者を出さなかったのは評価に値する。が、本土近海での制海権が危うくなった。違うか?」

「誤りはないかと。」

 

 重い息を吐いて鶴峰は顔の前で手を組んだ。

 

「はっきり言おう。この件でお前に懲戒免職の案が出た。いくらここの卒業者とはいえ、看過できないものもあるとな。」

「言い分はわかりますよ。」

 

 提督は至極冷静に受け止めていた。北方の一泊地の提督など立場的には弱い。鶴峰が軍でどの立場にいるかを理解しているからこそ、全てを見通すことができていた。

 

「それで、『実力で黙らせろ』……と。」

「話が早いな。」

「何種目優勝ですか。一個が二個なら別に——」

「三……以上じゃな。」

 

 その言葉に一瞬、提督の目も影が出る。

 

「中々厳しいことを言ってくれますね。」

「新人の時に暴れておいて何を言う。」

 

 数年前の記憶。まだ舞鶴が復興途中で各方面に攻勢を仕掛けていた頃に行われた秋季演習の映像が提督の脳裏には浮かんでいた。赤城が勝ち続けて王者となった立ち姿。“彼女”が到達した高みに並んだことを今でも誇っている。

 しかしそれでは鶴峰の求める条件を満たすことはできなかった。少なくとも単艦演習を勝ち抜ける存在は二人しか現時点では事実としては存在しない。呉や佐世保、名だたる鎮守府も参加するイベントなのだ。ある意味では絶望的だった。

 

「少し前なら……潔く辞めてたかもしれませんが。今回は勝たせてもらいますよ。」

「当てがあるのか。」

 

 提督にも一抹の希望はあった。

 

「出場人数の制限は?」

「いつもは六人……だったか。今回は記念なのもあって二倍の十二人までになっとる。」

 

 勝つための道。十回目という数字で良かったと提督は感じていた。開けた活路を見出せば、あとは進むだけだ。

 

「なら、行けますよ。」

「そうか。」

 

 鶴峰は好奇心が刺激されたかのような嬉々とした目で見つめる。失ったものを取り戻すようにして、提督の勝負心には火が灯りつつあった。

 

「……用事は終わった。まだ話したいこともあるが、今はこっちも仕事があるでの。」

「分かりました。」

 

 椅子から立ち上がってドアへ手をかけ、扉を開けて誰もいない廊下に提督は出ていく。一寸の迷いはなかった。

 

「面白いものを見せてくれると期待しとるぞ。“消えた英雄”」

 

 誰にも知られないまま数多の戦いに身を投じ、結果を出してきた本物の強者。一人残された部屋の中に、彼の強さを信じる者の掠れた声が静かに響き渡った。




今回、提督方がメイン寄りなのもあってあまり出せませんでしたが、次の話はまた瑞鶴達の方へと戻ると思います。
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