北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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灰色の記憶 〜邂逅〜(3)

 俺は病院を出てから、最初に呉に向かわされた。柿枝との別れの挨拶はとても簡単なものだった。

 

「また、どこかで会えたら会おう。」

 

 敬礼と共に列車を見送っていくその姿を、俺はくっきりと脳裏に焼き付けた。涙は出なかった。

 

「彼とは仲が良かったようだな。失礼がなければ答えて欲しいのだが、どのような間柄なのだ?」

 

 同伴者は鶴峰とその護衛だった。車両の一角は厳格な雰囲気をまといながら、当事者である俺らの空気感はそこまで堅苦しいものではなかった。

 

「ただ、一緒に過ごした期間が長かっただけです。」

「そうか。」

 

 我ながら淡白な理由だなとは思った。だが、それ以外に俺にとって言い表せる言葉はない。家族と言うものを持たない俺にとって時間というものが血縁関係と似た役割なのであり、それが他者と俺を結び付ける効果を持つのだとあの長い病院生活で思うようになった。

 

「さて、与太話をするためにこっちへ来たわけじゃない。これからのことをまずは話さしてもらおう。」

 

 鶴峰はそう言って地図を取り出した。一般客だっているだろうに大胆な人だと思いながら、その図面を俺は眺め始める。

 

「これは現状の戦況、戦線を大まかにまとめたものだ。」

 

 佐世保が手に入ったことで、戦線は鹿児島の方へと移っていた。錦江湾の奪取を目論んでいるのだろうと予想がつく。

 

「自分はこれらのどれかに最終的に配備されるということですか?」

 

 俺は防人だ。どこかの戦線に投入されてもおかしくはない。事実、明石は投入されているのだ。だが、予想と反して鶴峰は首を横に振った。

 

「それは陸の考え方だな。儂らは海軍だ。考えなければならないのはどうやって錦江湾へ侵入するか。半島を大きく回る必要がある関係上経路が膨れる。当然、敵に襲われる確率も高くなる。」

「確かに……それは盲点でした。」

 

 その論理的な思考に俺は感心した。と言っても、もしかしたら海軍の中では当たり前の考え方なのかもしれないが、あの時点の俺には備わっていなかった思考ルートだった。鶴峰は続ける。

 

「君はこれらの戦線には投入しない。見るべきなのはもっと先だ。」

 

 俺は一瞬呆気に取られてしまった。防人を戦争にすぐにでも使わないなど聞いたことがない。焦る俺に対して、鶴峰は冷静だった。

 

「困惑する気持ちはわかるが、もう少し思慮深くなってもらいたいものだな。まず君は知見を深める必要があるのだ。その期間に時間を費やすのは言うまでもない。」

 

 そこまでは理解できる。俺にわからないのは鶴峰の言う「もっと先」という発言だった。

 

「ですが、かけすぎてもよくはありません。それまでに敗れてしまえば」

「負けんよ。」

 

 俺の言葉を遮るように鶴峰は言い切った。そこまで言わせる根拠は何かと俺は目で訴えかける。鶴峰も察しがついたようで答えた。

 

「今、有望な教え子たちを募っている。それは儂自らの手で育てるつもりだ。」

 

 ゆっくりと、確実に。自身の呼吸を確かめるようにはっきりと鶴峰は語っていく。

 

「深海勢力は日本だけではない。世界にも攻撃を仕掛けている。君にはそれを救う役目の一角を任せたいのだ。」

「壮大な計画ですね。」

 

 俺は内心驚愕していた。鶴峰はただでさえ苦しんでいる状況で他国の心配ができる程の余裕があると言ったも同然だからだ。いくらなんでも先を見据えすぎだと思った。しかし、彼は本気だった。

 

「何年先になるかはわからん。それまでに儂が死んでいるかもしれん。だが、少なくとも若い者に想いを託す事はできる。」

「その試金石が自分、ということですか。」

 

 どれだけ優秀な人間が尽力したとしても、未来には必ず何かが間違った方向で狂い始める。その時修正を入れるのは鶴峰じゃない。

 

「そこまで大層なものではないがな。まぁ、君の言うとおりだ。」

 

 俺はとんでもない計画に巻き込まれたのかもしれない。直感的にそう感じた。鶴峰がいる限り、彼が歴史を塗り替えることになるだろう。もし死ぬようなことがあったら、次にやるのは俺だ。覚悟が求められているのは一人だけではない。

 

「分かりました。」

 

 腹を括る時が来たのかもしれない。俺の決意は既にみなぎっていた。初めての実戦の時とは比べ物にならない緊張感、戦えるようになった時の高揚感よりも増す感情の昂りを感じる。今までに死んだ人に対する俺の償いには最適などと言う考えはとうに頭から消え去っていた。

 

「その計画、自分は乗ります。必ず達成するために尽力します。」

「ありがとう。志高い君が参加することを歓迎しよう。」

 

 この時、俺と鶴峰は固い握手を結んだ。どちらも清々しい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 呉についてから、俺には色々な手続きが待っていた。特に名前が変わったことで新しい入隊者として扱われたことには最初は慣れなかったのだが、自分自身を半ば洗脳するような形で椃木という名を体に染み込ませた。鶴峰がそばにいたのもあって、事務作業を行う者の顔は少し強張っていた。

 

「どうだ、ここは。」

 

 鶴峰に案内されるがまま、俺は呉の鎮守府内を歩いていた。すでに海軍の一少尉として名を連ねたあとだった。

 

「見知らぬ土地なので、新鮮です。」

「そうか。」

 

 海を見ているはずなのに不思議な感覚に襲われる。見つめている海の向こう側に陸地がある経験なんて今までなかった。静かな波のこの水面は横須賀のものとは違う。

 

「君には一年間ここで警備活動に従事してもらう。」

「指揮官見習いとしてではないんですね。」

 

 俺も最初は警備員として入るとは思わなかった。鶴峰も少尉でありながら一般の人々に混じらせるなどつくづくよく分からないことをさせるなと思いつつ俺は鶴峰にそう問いかけた。

 

「今は足りている。足りなくなるのはこれからだ。現時点ではまず鎮守府というものが何かということに慣れてもらいたい。それには防人である君が適任だ。」

「そうですか。」

 

 苦笑いしながら俺は鶴峰について行った。最終的に到着したのは詰所だった。休憩中らしい人間が慌てた様子で立って敬礼を送る。

 

「突然押しかけてすまない。新人を連れてきた。」

 

 鶴峰のその言葉に立っている男は拍子抜けした様子で首を落とす。

 

「びっくりしましたよ。本当に。」

 

 息を整えて、彼は俺の方を一瞥した。じろじろと見ずに軽くなじるだけだ。しかし、それでその男には十分である様子であった。

 

「余程の切れ者でも持ってきましたか。」

 

 彼の質問は鶴峰の目を見開かせた。

 

「分かるのか。」

「生きてる年数はこっちだってありますからね。」

 

 初老一歩手前といったところか、落ち着いた雰囲気を纏う男は俺に近づく。

 

「私は泉佐野茂。呉の警備をしている者だ。詰所の管理も担当してる。」

 

 差し出された手に、俺は吸い込まれるように自分自身の手を握らせた。

 

「よろしく。」

 

 軽い挨拶を済ませると、鶴峰が話始める。

 

「椃木君には艦娘にも慣れてもらいたい。だが、その前に鎮守府がどのような役割をこなしているのかをこの一年で考えてもらいたいのだ。」

「わかりました。」

 

 俺はもう鶴峰のことを信頼していた。彼は奇妙な魅力を持っている。先を見ていながら、その視点を教えてくれることはない。知りたい、追いつきたい。俺の飽くなき欲望がなぜか刺激される。もしかしたら、その欲望を持っている人間を鶴峰は見極めているのかもしれない。思考は止まない。

 

「おい、大丈夫か。」

 

 考え込んでいたらすでに鶴峰は去った後だった。無意識の領域で話しかけられた俺は腑抜けた返事しかできない。泉佐野は呆れた様子でため息をつく。

 

「早速だが、仕事だ。巡回するだけだがな。案内してやる。」

 

 顎でドアの方向を指し示す。俺の海軍での最初の仕事が始まった。

 

「"ここでの"警備員は少し変わった仕事をしていてな。」

 

 詰所を出て、俺らは鎮守府の中心部へと進んでいった。警備員であると言うのであれば、鎮守府外を巡回するように思えたが、実情はどうやら違うらしい。

 

「どういうことですか?」

 

 俺が質問すると、泉佐野は答える。

 

「まさか本当に鶴峰がやるとは思っていなかったが、提督見習いの隠語として警備員を使っているんだ。」

「へ?」

 

 意味がわからなかった。わざわざそこまでする必要があるのかという思いがあった。しかしその理由はすぐに判明した。

 

「今は戦争中だろ。指揮している提督からしてみれば見習いなんて構っている暇なんてないんだ。だが、このままいけば後継者不足がくると鶴峰は踏んでいる。」

 

 俺は泉佐野が鶴峰とどのような間柄なのか気になった。海軍の一中将が詰所の管理者に信用した若者を託すとは思えない。

 

「泉佐野さんは鶴峰さんとどのような間柄なのですか。」

 

 驚いた顔で泉佐野は俺を見つめる。

 

「どうしてそんな事を聞くんだ。」

「なんとなく。」

 

 俺にもどうしてこの疑問が湧いてくるのかわからなかった。勘が働いたとした言いようがない。

 

「そうだな……。ただの悪友だ。」

 

 ごまかし笑いなのが見て分かる。

 

「茂さん。う〜っす。」

 

 しばしの間歩いていると、背後から話しかけられた。振り返ってみると少女が立っていた。艦娘だ。眠そうな顔を手で擦っている。

 

「加古か、昼寝でもしていたのか?」

 

 俺から見て、少し親しげな様子だった。加古は見慣れない人物を発見し、興味ありげな顔で泉佐野に問いかける。

 

「どちら様?」

「新人さ。」

 

 泉佐野はそう答えた。加古は「あ〜、新しい警備員さんね」と察しがついたのか俺に近寄った。

 

「加古ってんだ、よっろしくぅー。」

 

 握手を求められ、俺は反射的に手を差し出す。

 

「……よろしく。」

 

 それが俺の初めて艦娘と会話した瞬間だった。横須賀奪還戦の時に見たあの姿とは違う、フランクな姿だった。

 

「無愛想な新人さんだねぇ。そんじゃ。」

 

 ゆったりとその場を後にする加古の姿を俺は二秒ほど見つめ、また泉佐野との会話へと戻った。

 

「どうだ、初めての会話の感想は。」

 

 泉佐野から問われた内容に、俺は疑問を持った。なぜ俺が初めて会話すると知っている。

 

「よくわかりませんが、悪くはないです。いかんせん戦いばっかしてましたし。」

「そうだろうな。君が横須賀にいた時の目つきは飢えた捕食者みたいだったぞ。とんでもない人間がいたもんだと思った。」

 

 その言動に俺は動揺が隠せなくなった。どうしてそこまで知っている。記憶の隅に置かれた神木の映像はもう虫食いのような状態だった。思い出せない。もどかしさが苛立たせる。

 

「どうして、そこまで……。」

 

 半ば絶句したような言葉しか発せない。泉佐野は意地悪げに笑って話す。

 

「言っただろう、鶴峰とは悪友だった、と。」

「はっきり教えてください。自分には分かりません。」

 

 俺は苦言を呈した。ひたすらに情報を隠す彼に困っていた。

 

「そうだな。ま、俺もちょっと偉いんだよ。流石に鶴峰ほどじゃないがな。前線を退いて、隠居するわけにもいかんから教務長をやってる。」

「だから『詰所の管理者』って言ったんですね。」

「飲み込みが早いな。優秀なやつは大歓迎だ。」

 

 淡々と会話していると泉佐野が立ち止まる。俺も立ち止まって前を見ると、どうやら艦娘が整列していた。何が始まるのだろうと疑問に思って一歩前に進もうとすると、制止される。

 

「少し待て、多分出撃だ。お前は知らんかもしれないが今日は錦江湾奪還作戦の決行日なんだ。」

「そうなんですか。」

 

 明石も戦闘準備をしているのだろうか。故郷を取り返すために奮闘しているのだろうか。そんな想いにふけりながら俺は彼女らを見つめていた。どれも笑うものはいない。そこには先ほど話していた加古がいた。目が眠そうではない。じっくりと観察していると不意に泉佐野が言った。

 

「あれが今の呉の提督だ。覚えておけ。」

 

 泉佐野が俺にしか見えないように指差したその先には、純白の服と錨の描かれた帽子に身を包んだ初老の男性が立っていた。

 

「鶴峰さんじゃないですか、あれ。」

「そうだ。」

 

 その姿は俺がさっきまで話していた者ではなかった。凛々しい顔つきと立ち振る舞いは力強い。

 

「さて、こっちはありがた〜いお話を聞いている暇はないんだ。行くぞ。」

「あっ、はい。」

 

 若干後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。どうやら泉佐野の目的地は鎮守府庁舎ではないようだった。流石に広場を通るわけにはいかないのか、人目のつかない裏通路を使って俺らは鎮守府を縦断した。

 

「着いたぞ。」

 

 そうして体感二、三分歩いた先に工廠と呼ばれる施設があった。

 

「まずはお前に艦娘について知ってもらう。妖精にもな。だから装備や艦娘が作られるこの場所が最適なんだよ。」

 

 その理由説明に俺は納得しながら彼の案内のもと、中へ入った。

 




想定より長くなりそうで震えています。進行を変えようかとも思いましたがそうもいかないのでまだまだ続きそうです。お付き合いください。
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