北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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今回は少しだけ短めです


虎の子

「新型の戦闘機……?」

「えぇ、提督から直々に話があるわ。」

 

 日頃の訓練を終えた帰り道。爽やかな鷹風が舞い込んでくる中、瑞鶴は加賀からとある知らせを受けていた。その日は他に同伴はおらず、半ば個人指導のような形だった。

 

「秘書艦仕事のついでだし、連れて行ってあげるけれど。」

「別に自分でいくわよ。それぐらい。」

「あら、そう。案外プライドがお高いのね。」

 

 二人きりの時は憎まれ口を叩き合える。知っている光景が脳裏に浮かび、だんだんと言葉が馴染んでいく感覚が広がっていく。自然と笑顔が漏れ出てくる。それは加賀もまた同じようであった。

 

「そんなに寂しいんだったらついていってあげてもいいけど?」

「一緒に行きたいと言えば考えてあげます。」

 

 軽くからかいあいながら桟橋から地上に上がる。特に何も言わずに二人は中心部を目指した。

 泊地は少し年末年始のような忙しい様相を示していた。短い期間とはいえ一時(いっとき)、提督のみならず主戦力の一部が抜けるのである。去年の冬の一件と似た失態は犯してはならない。万が一のためにも防衛体制に支障が生じないように念入りな準備を行なっていたのだった。

 

「手伝わなくていいのかな。」

「貴女は秋季演習に出場する立場よ。物運びに時間を費やしていないで研鑽に励んで頂戴。」

「口酸っぱく言われなくても分かってるって。」

 

 資源を地下倉庫へ移している妖精らを横目に広場を抜けて、宿舎と工廠の地上設備に挟まれた道へと入る。そのまま進めば庁舎の裏口に繋がっていた。

 そんな中、向こうの角から姿を現したと思ったら少々慌てた表情で瑞鳳がやってくる。走っているため瑞鶴は転ばないか不安になったが、何事も起こらなかった。

 

「瑞鳳じゃない。どうしたの?」

「午後の哨戒当番。今週中全部私が出ることになってて、翔鶴が抜けてなかったから。」

「私が外されてたの!?」

 

 あまり良い気分ではなかった。仲間が働いている間、遊んでいるほど瑞鶴自身も怠惰な性分はしていない。何より日々の習慣として身についていた業務だ。連絡もなしになくなられると色々と困る。

 それを落ち着いて宥めたのは加賀だった。

 

「二人とも落ち着きなさい。ちょうど提督から話がくる予定だから。」

「えっ、そうなんですか?」

 

 思わぬ言葉にキョトンとした顔で瑞鳳は問いかける。

 

「演習も近くなってきたから瑞鶴の装備の新調を行うのよ。とはいえ慣れてない兵装で臨んで残念な結果を出されては困るでしょう? 慣らしの期間を用意させているの。」

「だったら先にそれを言ってよ……。」

「早とちりをしたのは誰かしら。」

 

 ほっとしたようなため息が肺から漏れる。よくよく考えてみれば当たり前の理由であるが、衝撃で正常な思考ができていなかった。内省しながら顔を上げる。

 

「時間もないし、先に行かせてもらうわね。」

「分かりました──頑張ってね、瑞鶴。」

 

 壁にある備え付けの時計を確認した加賀が足早にその場を後にする。瑞鶴も別れを告げてそれを追随した。

 階段を登ると現れる、光沢のある重厚な扉。それをノックし躊躇いもなく加賀は押し開ける。仕事モードへと既に切り替えて、きっちりとした声を出した。

 

「連れてきました。」

「ご苦労。」

 

 三人分の緑茶を用意して、提督は椅子に座っていた。その目はいつもの無感情ではない。どこか見定めるような熊鷹眼で瑞鶴を見つめたかと思えば、目尻が下がって元に戻った。

 

「早くから呼んで済まないな。朝食もついでに取ってけ。取り寄せてあるから。」

「あっ、はい。」

 

 どうにも落ち着かない。提督を目の前にするとしばしば本来の姿で立ち振る舞う事ができなかった。事情を鑑みれば当然とはいえ、やはり“彼女”の意思を汲んで関係改善はしたい。

 加賀と共に座ると、気を利かせた提督が膳を持ってくる。立場的に逆ではないかと思ったが口には出さなかった。

 

「それで……話ってなんですか。装備関係なのは分かってるんですけど。」

「ん? あぁ、先に聞くのか。」

 

 食前の行為を済ませ、料理にかけていた箸の手を止めて提督は答える。

 

「一個目は改造の話だ。十分な練度もあるしそろそろ大規模なものをやろうかと思ってな。」

「他には?」

「多分、加賀から聞いてると思うんだが新型航空機の配備。特に戦闘機の強化だな。専用(ネームド)機を調達する。」

 

 前者はともかく、後者においての聴き慣れない単語に瑞鶴は首を傾げた。専用(ネームド)。初めて烈風などを受け取った際に赤城から言われていたが、あまり目処はついていなかった。

 

「本来ならば然るべき手順を踏んで入手するんだが、訳あって回してもらえることになった。」

 

 含みのある言い草だ。加賀も事情を知っているのか、口出しはしない。訳あってという言葉に何か嫌な予感がした。

 

「諸々の詳しい説明は工廠で話す。とりあえず先にご飯を食べろ。腹を満たさんとやってられん。」

 

 黙々とした食事にまた戻る。個人的な意見としてはうんざりしそうであったのだが、新型装備に免じて我慢しながらほんのり温かい食事に手をつけた。

 

 

 

 片付けは別で用意し、本題に移るため一階の通路から工廠へと向かう。扉を開けた先の資材や兵装の一部が乱雑に散乱し、あまり寄りつく者のいないその広い空間は、常に金属や煤の匂いで充満していた。

 

「装備改修でもしてるのか……?」

 

 周囲には三人以外いない。やむを得ず提督が壁に備え付けられた呼び出しボタンらしき装置を拳の側面を使って軽く押し込むと、すぐにやや奥方の扉からひょっこり顔が二つ現れた。明石と夕張である。どちらも頬を黒く染めて手にバーナーを抱えていた。

 

「どうしました?」

「いや、この前送られてきたやつ。お前に預けたろ。」

「えっ……あぁ、瑞鶴さん用の機体でしたっけ。本人は──いますね。」

 

 襲撃事件で艤装を預けた際に顔を覚えていたのか、明石はそう言って夕張と共に引っ込んだ。十数秒後に一機の零式艦戦二一型を持ってやってくる。綺麗な塗装を施されたその機体は、神秘的な淡い光を纏っていた。烈風より型落ちなはずなのに、魅力的だ。

 

「それにしても提督も新しい専用(ネームド)機を運用する気になったんですね。」

「まぁな。それで改修作業は?」

「抜かりなく済ませてあります。後は搭乗員との相性次第ですね。」

 

 いざ装備と対面してみると何かと嬉しさが勝った。自然と手が動く。身体が引き込まれていた。

 

「おっと、ちょっと待て。まだ機種転換が終わってない。」

「機種転換?」

「あぁ。戦闘機は持ってるよな?」

 

 何がしたいのかは分からないが、瑞鶴は矢筒を腰から外してそのまま差し出した。明石は手が空いていないため夕張が代わりに受け取りを請け負う。

 

「えっと。少しだけお時間もらってもいいですか? 五二型の在庫持ってくるので。」

「時間はたっぷりあるから大丈夫だぞ。」

「分かりました。そしたら作業だけ済ませてくるので、良かったらそこら辺のブツをいじって遊んでてもいいですよ。」

 

 そう言われてもいじり方もわからない瑞鶴と提督は困惑することしかできなかった。唯一手持ち無沙汰であった加賀だけが自身の艦載機のメンテナンスで机を借りる。存外作業は簡単なのか、数分後には戻ってきた。

 

「できたか?」

「バッチリです!!」

 

 明石は意気揚々と深緑の羽に紅の日の丸が描かれた矢を綺麗に磨かれた矢筒から取り出して見せびらかす。色の濃くなった矢柄は以前よりも一層丈夫に見えた。美しく仕上げられた一本に、提督は静かに感嘆の声を上げる。

 

─凄い……綺麗。

 

 瑞鶴も同様、その魅力に吸い寄せられていた。触る前からでも分かる重厚感。見違えた姿だ。使ってみたい思いが胸を高鳴らせる。

 

─でも。

 

 同時に心中に一抹の影が生まれ、渦を巻いて迷いをつくる。使うべき空母が己でいいのか。そんな考えが純粋な歓喜の色を暗く染めた。

 

「航空機の方は……見れるのかしら?」

「ありますよ。」

 

 加賀が問いかけると、明石の背後から夕張がそう答えながらやってくる。両手の上に乗せられているのは零戦。明灰色の装いから五二型へと変貌していた。変わらず何処か風格を備えた機体を、いつの間にかひょっこり顔を覗かせていた整備員の妖精が恍惚とした表情で眺めている。

 

「五二型甲、()()()()()でしたっけ。」

「あぁ。改修も抜かりないから多分現時点でうちのもう一つの最強戦闘機だ。」

「えっ。」

 

 思わず声が瑞鶴の口から漏れて出た。矢と機体へと向けられた視線が行ったり来たりを繰り返す。そこまでの能力があるとは思えなかった。いくら強い強いと囃し立てられたとしても所詮は零戦。後継機にあたる烈風や紫電に性能で勝るとはないだろうと思っていたからだ。操縦練度でどうこうできる問題でもないはずである。

 

「実のところ他にもまだできることはあるんだが、今は必要ないからな。これでも十分な戦力強化だ。」

「あの、本当に私が使用するんですか?」

 

 そう質問すると、提督が不思議な顔をして問い返す。

 

「当然だ。瑞鶴でなきゃ作った意味がない。ふさわしい使い手の元で運用しないでなんの意義がある。」

「しっかり白線二本と『E II 』も入れましたから。正真正銘、五航戦の瑞鶴隊所属機ですよ。」

 

 加えてムフッとしながら夕張が軽い口調で説明する。瑞鶴所属である証。それがかえって、専用(ネームド)機を任されることの責任の重さを自覚させた。搭乗員たちは優秀だ。だが、扱う側である瑞鶴はどうなのか。

 

「あと明石。ついでに艤装の改造も終わらせてくれ。規定値は満たしているはずだから。」

「そっちもですか。忙しいですね。えっと、じゃあ瑞鶴さんはついてきてくれますか。確か色々変更点があるので。」

「あっ、はい。」

 

 本人の意思とは関係なく事は進んでいく。今はそれがありがたいようで、適応もできていないまま場に流されているような気がした。

 

「パパッと終わらせてくれよ。」

「無茶言いますね。頑張りますけど期待しないでください。」

 

 そう答えながら奥へ進む明石について歩く。案内された部屋は簡素なベッドと椅子と机が置かれた、蛍光灯一本だけがチカチカと点灯する薄気味悪い部屋だった。

 

「艤装を預かって良いですか?」

 

 要求に応じて瑞鶴は装備していたものを取り外す。主機は靴も兼ねていたため、ベッドに腰掛けて対応した。全ての兵装を預かった明石は引き出しから作業用具を出して改造前の点検を始める。

 

「……やっぱり少し痛んでますね。去年の冬に酷使した部分は直せてそうでよかったです。」

「はぁ」

「瑞鶴さんの場合、手入れがよくされているのでこれなら簡単に済むと思います。早速取り掛かっちゃますね。」

 

 カン、カンと金属音が室内に響く。想定よりも強く打ちつけるため凹まないのかと瑞鶴は少々心配になったが、不思議なことに火花が散るようになりどちらかと言えば練り上げられていくような気迫がそこにあった。鍛える作業が終わったかと思えば、今度は新しく噴霧器のようなものを艤装につけて塗装を新しく施す。最後は弓の手入れを少しだけ行った。その間わずか五分。要求通り終わらせる明石の手腕に瑞鶴は驚嘆しないではいられなかった。

 

「できました。迷彩を入れたので、もしかしたら違和感があるかもしれません。付けて確かめてみます?」

 

 艤装が差し出される。見慣れない模様のはずなのにどこか親近感の湧く迷彩は、紅白の道着に馴染むかというと怪しかった。

 

「いや、多分変です。」

「やっぱり合いませんよね。道着も変えちゃいましょうか。」

 

 手際よく用意されていたのであろう暗い色の衣服をベッドの横に置く。「覗き趣味はありませんから」と言って明石は一度退室し、一人だけ残された瑞鶴は素直に着替えを手に取った。

 藤納戸と光悦茶を基調とした服装は艤装とはよく似合いそうな色彩だった。すぐに上下ともに着て、装備もついでに着用する。

 

「終わりました?」

 

 ドアが開く。ちょうど着終わったタイミングにやってきたため、本当はどこかで見ていたのではないかと疑ったがとりあえず返事をかえした。

 

「うん。ピッタリよ。」

「本当ですか? いや〜、集中した甲斐があったなぁ。提督と加賀さんも待ってるので準備を済ませたら見せてあげて下さい。喜ぶと思いますよ。」

 

 率直なところ、二人がただの一次改装にはしゃぐとは考えられなかったのだが言葉に従って廊下へと出た。右へ振り向くと立って見ている。明石は歩く瑞鶴の姿を見送るだけだ。

 

「やっぱり新鮮だな。迷彩系色は。」

「えぇ、あまりいないもの。」

 

 近づいて早々に、感想の言葉がかけられた。双方表情は穏やかで笑みが漏れている。想像と反して思いがけない反応に、瑞鶴も釣られて口角が上がった。ちょっと恥ずかしいがくるりと回ってみる。

 

「どう?」

「似合ってるぞ。」

「えぇ。とっても。」

 

 悪くない気分だった。体は軽いし別の自分な気がして清々しい。一皮むけたような、何かを捨てられたような思いは縛り付けていた鎖を切り払う。

 

「忘れ物ですよ。」

 

 明石に呼びつけられて顔を向けると矢筒がそこにはあった。入っているのは零戦五二型甲、天山、彗星だ。加賀使っている機体にはまだ遠いが十分な航空戦力だった。

 

「ありがとう。」

 

 今度は躊躇いもなく受け取れる。はっきりとした意志が握る力を強くする。

 

「さて、用事も済んだことだし()()に入るか。」

「本題?」

 

 首を傾げる。これ以上何があるのか分からない。提督が口を開く前に加賀が伝えた。

 

「腕試しよ。新しくなった兵装の。」

「えぇ!? そんなすぐには……」

「貴女なら一回で十分よ。もう先人(あのこ)のノウハウは持ってるでしょう。」

 

 静かに放たれた言葉は瑞鶴にとって強力な薬だった。自らの教え子を信用しての発言。単にそれだけならば彼女はこうは言わない。暗に伝えるその意図をしっかりと受け止める。

 

「……勝負。」

「何?」

「……『勝負』としてやってくれない?」

 

 本気でぶつかってみたい。不意に湧いてきた心の高揚感に従って瑞鶴は挑戦状を叩きつける。正直、あまり意味はないかもしれなかったが加賀はそれで十分であったようだった。

 

「いいでしょう。受けてたつわ。」

「おいおい、そんな本気(ガチ)でやらんでも──」

「黙ってて」

 

 二人からのお咎めに素直に引き下がる。その場にいた三人が知っている光景だった。

 

「ルールは秋季演習の単艦方式。それでいい?」

「もちろん、勝って見せるわ。」

「いい度胸ね。海の上で会うのが楽しみだわ。」

 

 軽い応酬をしながら瑞鶴と加賀は歩き出す。その背中を眩しそうに見つめるのは一人だけだ。

 秋の一大イベントまで、あと二週間の日のことだった。

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