北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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虎の子(2)

 空は秋晴れ、海は正常。澄んだ空気でこの上ない空母日和の昼前。観客兼審判を一人浜辺に置いて、二人の正規空母は静かにその時を待っていた。

 

─合図は空砲。

 

 パァンと破裂音が湾内に響き渡る。視界の中に加賀はいない。まずは索敵。情報を制するものは戦闘を有利に運ぶ。空母の基本条項だ。

 

「航空隊、発艦始め!!」

 

 弓を引いてから射るまでが早い。矢から艦載機になる早さも心なしか僅かに短縮されていた。複数の機体が空へと上がる。日々の鍛錬で鍛え上げられた搭乗員は一航戦にだって劣らない。強い思いをかけていた。

 

─攻め手を加えるならここから前進するところなんだけど……。

 

 いつもであれば艦載機と一気に攻勢をかけて押しつぶす。それが瑞鶴のスタイルだ。

 

「試してみるか」

 

 面舵いっぱい。先を行かんとする航空隊にも旋回の指示を出す。警戒網を張った守り重視の布陣だった。

 

─我慢比べと行こうじゃないの。

 

 直掩機を残して攻撃隊も加えた部隊を半径一キロほどの半円上に展開する。背後は肉眼で索敵だ。加賀なら艦載機を使って索敵の目も欺きかねない。厳重警戒で行動を取っていた。

 

「引っかかった。」

 

 網を広げて数分後、報告が入る。小規模な戦闘で軽微な被害。単体で見れば戦術的勝利だ。いくら一航戦の一角といえども、制空権を確保するという一点において劣る。だからこそ戦闘機隊に対して慎重に動いているようだった。それは瑞鶴にとっても折り込み済みだ。母艦からの方向を先に問う。

 

─方位は……北東、それなら。

 

 注視すべきは東から南東にかけての区域。大回りで行くと演習海域の範囲に遮られることになる。海域が広く使えるといえども、限界はあった。目を細めて索敵しながら、部隊を差し向ける。これで監視はできている。網にかかるのを待つだけだ。

 

─……ってところまではあの人も予想してるでしょうね。

 

 上空へ直掩隊を放ち、限界に近い高高度で待機させる。ルール上、七キロまで上は使える。そこまで使う艦娘がいないなんて道理は通用しない。加賀なら使う可能性があった。一つの道を確実に潰す。それが当たればラッキーだ。

 

─これで警戒すべきなのは今の動きで開けた北東東の低高度一点になった。

 

 本来なら面で陣を張るのが通例だが、相手が相手だ。針を通すような機体操作は当たり前、経験の差もある。艦載機を使った読み合いは分が悪いと予想していた。だからこそ敢えてミスを曝け出し、誘い込む。今、瑞鶴は無防備。ここを叩かれれば確実に負ける──。

 

「さぁ、来なさい。こっちは準備万端よ。」

 

 電探に探知されない海面付近に視線を向ける。使える機体は数少ない以上捌ききるには母艦の技量が要求される。根性で乗り切ってやる。そんな思いを胸に秘めて道着の裾を強く握る。

 推測は概ね的中した。紅の尾翼を携えた、一航戦印の流星改が空を切り裂いてやってきたのだ。目視は容易だった。

 

─もう何回も見た動きなんだから……!!

 

 低軌道で魚雷の進路を確保し、十分な投下速度で狙いすまされた一撃。積み重なればあっさりと大破につながる。対空機銃で応戦しようとしても、最高速に加速されていて奥行きの部分で距離を見誤りやすい。考えられた軌道は命中率を著しく低下させた。中途半端な射撃が逆に命取りとなる。

 

─まだ進路が甘い。

 

 求められるのは冷静さ。致命的な攻撃を見極めて回避する対応力である。加賀はどちらかといえば理論的に動いてくれている分、道理に従った攻撃が多かった。思考が読めない相手ではない。丁寧に魚雷を回避して、確実に雷撃機を落としていく。耐えきればという思考で頭が一杯だった。

 

─飽和攻撃を仕掛けたら、続けて波状攻撃。

 

 くる。頭上に控えた艦爆の姿がありありと浮かぶ。エンジンの駆動音は聞こえなくとも、そこにプロペラの回る音は存在した。艦爆と艦攻の連携技。ある意味では教科書通りだ。普通ならこの時点で回避不能だが、今回は違う。

 

「見えてるのよ!!」

 

 待機させていた直掩隊を太陽の方角から奇襲させる。加賀は小隊単位の操作をよくすると言っていた。処理が追いつくとは思えない。撃墜の火花が散る音が聞こえる。勝てる見込みが出来つつある。

 

─ここからは反撃の時間。

 

 対抗策を引っ提げないでまともにぶつかるような間抜けはいない。蒔いた種は必ず花開く。

 各方面に展開していた搭乗員たちが全速力で研いだ牙を携えて戻ってきていた。物量で押し切るのは正規空母の専売特許。ここに包囲が加われば鬼に金棒である。例外なく誰しもが苦戦を強いられる。

 

─風はいい方に向かってる!!

 

 加賀は攻撃隊を放った以上、補給に入るだろう。というより継続的な攻撃のためには入らざるを得ない。瑞鶴は猛攻を耐え抜いたらそこを襲う算段だった。送り狼戦法の簡易版。易々とは実行させてくれないようにも思えたが、想定以上に加賀は攻撃に偏った。この機を逃すわけにもいかない。

 

「加賀さんは……」

 

 回避行動を続けながら肉眼で人影を探す。攻撃対象を見つけさえすれば艦載機は独立して攻撃に移行してくれる。そうすれば幾分か余裕はできた。遠隔操作する手もあるが、今はそんな余裕はない。いくら数を減らしたといえども敵は泊地最強とも謳われる存在。一筋縄ではいかなかった。

 

─見つけた!!

 

 十数秒探した後の右舷前方、少し離れた場所に彼女はいた。冷静に直掩機と連携して瑞鶴攻撃隊の猛攻を捌いている。無駄が省かれた動作は迷いがなく、恐ろしく正確だった。

 

─天山も彗星も届いてない……。

 

 遠目で見ていても分かるほどに加賀は『引きつけて落とす』を徹底していた。墜ちる覚悟を持って肉薄していく機体もあるが、それらは直掩隊によって阻まれる。機を見て帰還する攻撃隊の着艦作業も済ませて、補給も行う。最適化された行動だ。

 

「あら、ちょうどいいところに。」

 

 加賀は瑞鶴が少し近づいただけで存在を気取った。矢が即座に飛んでくる。無駄がない。

 

─早っ!?

 

 前に進んでいた舵がきられる。度重なる瑞鳳との練習で速射には慣れていたつもりだった。実際、構えてから矢を飛ばす速度には反応して問題なく弓を構えている。

 想定外、規格外であったのは艦載機が矢として射出されてからの『実体化』が早すぎるということだった。普通なら一、二秒かかるところをコンマ以下の短さで行なっている。

 

「くっ」

 

 高速でやってくる魚雷群を回避するために構えを解いて速度を上げる。体を正面に向けて再補給済みの雷撃隊を発艦し、旋回させて追撃に向かわせた。攻撃の手を緩めるわけにはいかないのだ。

 

─肉薄して混戦に持って行きたいけど……。

 

 加賀は背中に目がついているのかというほどに瑞鶴の位置を正確に把握していた。適度な間隔で流星を忍ばせてくる。しかも機体になるのが早く近づけないというおまけ付きだ。その間にも航空隊を着実に削り、戦力差を作っている。無論、瑞鶴もやってくる物はある程度は撃ち落としているが、早々に離脱されてしまうため損をしているのは確かだった。一機、また一機と波状攻撃するたびに消えてゆく。

 

─このままじゃ、ジリ貧。

 

 だんだんと攻撃隊も枯渇している現状、形成不利なのは瑞鶴だ。何か策を講じなければ直に必敗となる。

 

─やるだけやってみるしかない……!!

 

 残存機合わせて二十余り、内再補給済みは七割。矢を飛ばす。

 

─ここで!!

 

 覚悟を決めて円形軌道の中へ。デッドゾーンとも言える間合いに瞬間的に機関一杯に引き上げて全速力で突っ込んだ。

 

「無茶なことをするわね。」

 

 詰められたことに反応して、反航戦の形となるように加賀は動く。数は十分減らした。あくまでも距離を引き離して艦載機の数で叩く戦術を行おうとしていた。

 

「重々承知よ!!」

 

 機関を原速へ引き下げて足を横に向けて急ブレーキをかける。速さに引っ張られて体のバランスが崩れそうになるが、この際どうでもいい。

 

─ぶっつけ本番、一か八かで……!!

 

 直掩機は全力で護衛をしてくれていた。邪魔は入らない。何度も見てきた動きを頭の中で思い描き、形に落とす。今できる限り最速の発艦。風なんて関係ない。不格好な構えでも射られればいい。加賀の頭に掠るほどの角度ですれ違う直前に矢を放った。

 

「考えたようね。でも──」

 

 予想外ではあったのか、加賀自身の対応は早くなかった。そう言い終わらないうちに艦載機は矢から機体へと変わる。

 

「──そこだと私の制空権内(テリトリー)よ。」

 

 狙いすましたかのように烈風が飛んでくる。勝ち誇った顔はしない。だが口ぶりからは確かに自信が満ちていた。瑞鶴は対照的に意気消沈──ともいかなかった。ギリギリ倒れ込むかの体勢で静かに一言を告げる。

 

「慢心……したわね。」

 

 賭けは当たった。矢から顕現する五二型甲数機。反撃の前に一度着艦し、温存していた隊長機小隊付属の戦闘機隊だ。機動力は天山と彗星と異なって段違い。狙いを外した加賀の直掩隊が、ものの数秒の一瞬の間に鮮やかに撃墜される。

 

「っ」

 

 わずかに見せた動揺。見逃さない。見逃すわけがない。

 

─いっけぇぇ!!

 

 今まで外側で待機させていた天山、そして彗星を高高度から襲わせる。完璧な形だった。勝てる。そんな思いが脳裏に浮かぶ。

 

「ふふっ。」

 

 そんな中、唐突に瑞鶴の耳へと笑い声が舞い込んできた。声の主人は今まさに追い詰められているはずの加賀のもの。あらぬ予感が背筋を冷やす。

 

─なんで笑って……!?

 

 まさか何か仕掛けられているのかと辺りを見回すが異変はない。強いて言うなら遠くで別の戦闘機隊が凌ぎを削り合っていることが見えるくらいだ。ブラフ。やられた。焦って加賀の周囲に目を配る。

 

「しっかり成長したみたいね。」

 

 そう言い放ったかと思えば急激な加速で加賀は航行を開始した。併せてかき集められた臨時の直掩隊が形成され、瑞鶴の精鋭部隊がそれを食い止める。明らかに瑞鶴への攻撃は念頭においていない。ただ、発艦の予備動作をしただけだ。

 

─ここから避け切るつもりなの?

 

 正気の沙汰とは思えなかった。まだ攻撃隊が到達する前に反撃するなら理解できる。思わず手が止まる。

 しかし彼女の狙いはブレてはいなかった。

 

「棒立ちはただの的よ。」

 

 いつの間にか正面に加賀は位置取っていた。弓を構えたかと思えば一閃。完璧な矢が飛んでくる。距離およそ十数メートル。刹那の時間に瑞鶴の感覚は叩き起こされた。

 

─いや、これは焦らなくていい……。

 

 余った戦闘機隊を当てるべきだ。実体化するまでの間隔を勘で予想して、加賀の戦闘機が行った時のように迎撃させる。これで完璧──そう思った。

 

「引っ掛かったわね。」

 

 勝利宣言かのように加賀は宣告する。意識を集中させすぎたのかと一瞬、辺りを目で追うが異変はない。背後からの音もない。またブラフ。そう決めつけたときにはもう遅い。

 

「あれ?」

 

 矢から機体へと変化しない。直進してそのまま空を切っていた。

 

─何よこれ!?

 

 見たことがない。避けるため、軽い身のこなしで姿勢をねじる。これで直撃コースは免れる。ほっとした時のことだった。

 

()()()()()

 

 号令と共に本来ならば一本の矢で扱いきれない攻撃機が出没する。進行方向に対して横に向いていた瑞鶴は反応できなかった。

 

─嘘……でしょ。

 

 数度にわたる読み違い。やられるには十分な理由だった。一切ブレる事のない羽で流星が群をなして襲いかかってくる。守る機体は足りない。幾度目か分からない水柱の林が立ち上がる。撃沈のフラッグが掲げられるのは時間の問題であった。

 

 

 

 

「瑞鶴、撃沈判定。加賀は中破。よって加賀の勝利だな。」

 

 演習を終えて二人が湾から桟橋に戻ると、高性能な双眼鏡を抱えて待っていた提督から改めて結果を伝えられた。傍から見ると見応えがあった勝負だったのか、満足げな表情を浮かべている。

 

「むぅ……。」

 

 敵わなかった。瑞鶴の完敗、とまではいかなかったのがせめてもの救い。弓を握る手が少しだけ震えた。

 しかし、勝者である加賀の反応は意外なものだった。

 

「……私としては引き分けにしたいところね。」

「ん? でも判定的には──」

「確かに戦略的勝利を得たけれど、少し汚い手を使ってしまったから。」

 

 どこか申し訳なさそうに加賀は言った。提督は首を傾げる。

 

「そんな場面あったか?」

「えぇ、あの子ならわかるはずです。」

 

 二人の視線が集まる。もちろん返答した。

 

「矢が変わるのが遅かったやつ?」

「その通り。まさか先に出るとは思わなかったわ。」

 

 戦ったからこそ、普段から艤装を扱っているからこそ異常性が強く感じられていた。未知の世界を魅せられ、敵ながら憧れた技術を手に入れたい。そんな思いが胸を打つ。ただ一人、興味のない司令官が取り残され頭を悩ませた。

 

「あ〜、よく分からん。最後に飛ばしてた艦載機のことか?」

 

 無言の合図。加賀が口を開く。

 

「矢を飛ばしてから艦載機に変化するまでの時間は基本的に改造を受けるにつれて早く調整が可能になっていくわ。これ自体は艦船能力維持機能に引っかからないのだけれど──。」

 

 飛行甲板に入った一筋の線に指をなぞらせる。瑞鳳も示唆していた油圧式カタパルト。発艦機能を補助するものだ。

 

「わざと遅くする場合、特に初期装備での発艦動作よりも長くする場合は制限がかかるの。」

 

 瑞鶴にとっては初耳だった。艦載機の発艦動作自体に規定の時間設定がなされているなど気にしたこともない。身のこなしで速射を成立させているのかと思っていた推測が外れる。

 

「でもそれが汚い手にはならないだろ。ちょっとやそっとの機能制限(リミッター)解除で文句が出るとは思えん。他のやつだって使ってそうだしな。」

 

 提督の指摘も一理あった。瑞鶴も航行の軌道を鋭敏にするために行うこともある。第二遊撃部隊の面々も利用している。ただ一つ使っただけで違反行為とは到底思えなかった。

 

「問題なのは『解除した制限の数』よ。私はまだもう一つ使っているもの。」

「えっと……発艦数の調整? 」

「今日は本当によく冴えているわね。改造で生まれ変わったみたい。」

 

 珍しく今日の加賀は好意的だった。若干、冷えた目で見ている部分はあったが素直に褒め言葉を受け取る。

 

「つまり同時に複数解除するのが汚いってことか。」

「そう。秋季演習の戦闘規定には明記されていないのだけれど、艦娘(ひと)によっては嫌がられる傾向にあるわ。」

 

 瑞鶴の言葉を受けた提督からの問いを肯定する。

 さらに加賀は今後、強者と激突するであろう瑞鶴に対して助言を行なった。本来は兵装を試すための場だったはずなのだが、興に乗って喋りが増えているようであった。

 

「ちなみにもし私と同じような機能解除を使ってくる娘がいたとしても解除可能なのはせいぜい二個程度だと思って頂戴。それ以上は多分、反動が制御できなくなって自滅するのが関の山だから考えないことね。」

 

 実際ありがたい情報だった。競合相手は他の泊地や鎮守府で一航戦と同じように一線を担っている場合が多い。今回のような場面があってもおかしくない。意識するべきことが明確になるのは勝つためには重要だ。

 

「まぁでも、お前なら躊躇いなく外しそうだけどな。」

「そんなはしたない真似はしません。今回だって仕方なく外したんですから。」

 

 冗談混じりの発言に対してきっぱりと言い切る。不可能であることを否定しないところに実力の底知れない恐ろしさなるものが隠されているように瑞鶴は思えた。引き出しを少し開いたからこそ見える世界だ。同時にそれだけ追い詰められたことに満足感も得ていた。

 

「……とにかく、未知の戦術の駆け引きは大抵何かを犠牲にしていることの方が多いわ。焦らず対処しなさい。」

 

 そう話す彼女の顔はどこか朧げながら見覚えがあった。勝利することを信じている、期待のこもった優しい眼差し。紛れもない記憶に残っている表情だ。

 

「はい。」

 

 応えなければ。泊地の一員として、加賀の手ほどきを受けた空母として。何より『鬼娘』と称された“彼女”の生まれ変わりとして。

 

「一旦終わりか。仕事溜めてるし、戻らないと。」

 

 一仕事終わったと言った様子で日が少し傾く中、提督は伸びをした。暗に手伝えと言っているのだが誰も言うことは聞かない。

 

「そんなもの一人でやってください。私は瑞鶴ともう少し艦載機の性能を調べるので。今のうちに済ませないと出発準備で出来なくなりますから。」

 

 きつい返しを送り振り返って加賀は桟橋から海へ戻る。苦笑いしながら瑞鶴も渋い顔で言い返せない提督に軽く別れの挨拶を告げて、背中を追った。




中々たどり着くのに時間がかかりましたが、いよいよ来週からは秋季演習です。ここからは戦闘場面もより増えると思います。もしかしたら少し変わった形式を採用するかもしれないので是非お楽しみに。
加えて一点。来週の途中で少し第0章でも加筆分を投稿すると思います。そちらの方は本編と直接関係あるわけではありませんが重大イベントの後の話で一部情報の補足にもなりますので目を通しておくといい事があるかもしれません。
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