戦闘多めです
南方地域における予選の終了を受けて、翌日本戦は開始された。単艦形式一本勝負。泣き言も挟ませない、実力が顕著に出る方式だ。映像ドローンは二台用意され、相互の艦娘に張り付く形で中継が送られる。万が一の流れ弾を防ぐための安全策でもあった。
「てっきりまだ予選をするのかと思ってたけど、違うんだね。」
「大型艦はな。本土側は参加数が少数だし練度が最低限保証されているから許されているだけだ。」
時雨の疑問を提督が晴らす。昨日の観艦式の見る際にも利用された第一観覧席で、単冠湾の面々は演習の行方を追っていた。第一とつくだけあって設備と動員容量は一番保有しており、朝からの試合にもかかわらず大盛況である。幸い軍関係者用のスペースは確保されており箱詰め状態になるとまではいかなかった。
「金剛さんも榛名さんも初戦は落としませんでしたね。流石です。」
「油断大敵。ま、赤城さんは分かってると思うけどさ。勝てば勝つほど相手は超・強敵になるんだから。」
第一戦。姉妹は反対の山に分かれて双方南方の戦艦を相手取り、余裕のある勝利をしていた。特に榛名は優勝すると息巻いていたのもあって試合では果敢な攻めの姿勢を貫き通し、豪胆な戦いぶりで初戦から大いに観客を盛り上がらせて注目も浴びた。歓声がより一層彼女らを後押ししているのか勢いは止まるところを知らない。明確な伏兵としてみなされつつあった。
「全く……はしゃぎすぎるなとあれだけ言ったんだがな。」
しかし案外陣営の長の反応は薄かった。活躍していることに歓喜の気持ちで見物していた瑞鶴は不思議でしょうがなかったが後の阿武隈の言葉ですぐに理由は判明した。
「榛名は次戦が呉の大和さんで、金剛さんはこのまま行けば舞鶴の霧島さん……。優勝経験ありかぁ。大丈夫かな?」
“砲皇”大和。初めて瑞鶴が呉に訪れた際に秘書艦として舞鶴の加賀と話していた艦娘。演習では目立った戦術は使わず、淡々と射程差を押し付けて勝利していたため地味といえば地味だったのだが、それでも確かな強者としての風格を見せつけて印象には深く残っていた。舞鶴の加賀と同じく圧倒的な強者側に立つ存在に対して、どう対応するのかは気になる。
「金剛は分からんが榛名は正直言ってしんどい戦いになるはずだ。よくて『中破まで追い込んで負ける』オチだと俺は思ってる。」
提督の予想は敗北。期待をしていないわけではない。ただ勝利する見込みが低すぎるだけ。頭では飲み込めても司令官として、仲間としては勝利を信じたい。固唾を飲んで見守る。それだけが観戦者に許された権利であった。
青天の下、開始のブザーが告げられる。足元では水しぶきが上がり、顔に涼しい秋の風が水滴と共に吹きかかる。綺麗に磨かれたストライプの主砲が光り、心地よくなびく髪はまごうことなき海を駆る乙女の証。高速戦艦、榛名は気合を入れて第二試合に臨んでいた。
─大和さんは長距離砲撃が得意だとお聞きしています。
呉の切り札。同じ戦艦級という区分で一際抜きんでた彼女の逸話を耳にしたことのない戦艦娘はいない。そう言い切れるほど彼女は名を馳せていた。もちろん、その実力の一端は榛名自身も知っている。呉の所属徽章に彼女の扱う一式徹甲弾が含まれているというのはよく知られた話だった。
─皆さんのためにも越えてみせなければ。
単冠湾では最強の主力を担う戦艦としてやってきた。しかし今は挑戦者として相対している。内外問わず憧憬の的たる存在に仇なすものとして勝利を掴み、いずれは優勝を提督へ。一般の人々からの印象は概ねこのようであった。無論、榛名は勝つつもりでこの場に立っているのだが。
─お姉さまのお言葉に今日だけは背きます。
横須賀の武蔵以外は勝利不可能。尊敬する姉ですら諦めた相手に対して立ち向かうべく頬を叩いて己を鼓舞する。
榛名は空を切るように観測機を放って索敵を行った。いかに早く発見できるかは攻撃に移行するまでの無駄をなくす作業として度々差が出る箇所だ。こと長距離での戦闘においてはここで勝負が決まりかねない。
─近場ははずれ……となると島寄りでしょうか。
呉の港と二つの島に囲まれた内湾の中に唯一範囲がとられている第一演習海域は、母港と異なり形が少々歪だった。原因は民間船航路が存在するからであることに他ならないが、これが及ぼす戦闘への影響は大きい。
─動かずにスポットに専念している可能性も。
どこで開始するかは任意。言うまでもなく、指定された区域内での話とはなるがこれが勝敗のミソでもあった。距離を詰めたいのか、それとも取りたいのかだけでも行動は変わる。榛名はどちらでも対応可能な中心に位置することが多かった。
散らばった観測機からは未だ返事はこない。下手に動くと捕捉されやすいためあえてジッと待っていた。そんな時だった。
「……っ!?」
きらりと光る弾道が見え、それが砲撃だと気づくのに二秒かかる。致命的なミスとはいかなくとも攻撃が効果を発揮するには十分な余白であった。咄嗟の回避を試みるがいかんせん量が多くて到底捌ききれない。
一つの被弾。大口径の主砲は確実に抉ってきた。フラッグと共にドローンの光もほのかに変わる。
「小破を飛ばして中破……ですか。」
脳裏に一瞬浮かぶ、必敗という言葉。あっさりと先手を打たれてしまった。
「いや……まだ!!」
弾の飛んできた方向から位置の予測はついている。観測機を回すとすぐに姿は捕捉することができた。反撃の一撃をすぐにお見舞いする。
「主砲!!砲撃開始!!」
手応えは薄い。とはいえやれることをやらねば勝つ道は閉ざされてしまう。まだ戦う意志はある。諦めてはならない。
─弾着観測射撃に入るために搭乗員と連絡を……。
正確な射撃のためには必須の工程だ。射撃、観測、修正。榛名はこの点においては絶対的自信があった。支援砲撃の任務でも、この命中精度の修正の速さを買われて駆り出されることが多々あるほどに。
しかし、搭乗員からの返事はなかった。連絡が突然途絶えた。そんな印象だった。いくら読んでも応答は切れている。冷たいものが背筋をぞくりと流れた。
─嘘、なんで──。
榛名の頭はパニック状態だ。とはいえそれでも理由は思いついていた。直前ノイズが混じる際に爆発音のようなものが聞こえたのだ。戦艦にも対空手段は存在する。即座に観測機を消し飛ばしたのであれば候補は一つだ。
「三式弾を……あの距離に撃ったのですね。」
大和であれば可能。理不尽な話でも納得はいった。主砲の口径の差を活かした、榛名には効果的な手である。
─じゃあ、今攻撃をされたのは……!!
空を見上げる。かすかに感じる気配。榛名はその場からすぐに離れた。数秒後、先ほどと同じように正確な砲撃は襲ってくる。今度は間に合った。けれども現状が打破されたわけではない。どちらかといえば悪化している。
─このままでは、負けてしまいます。
撃ち合いに興じず、近寄った方がいいのではと考えが浮かぶ。出力低下状態にある主砲では中距離の撃ち合いになっても大和の装甲を貫けるか怪しい。リスクを取って勝ちに繋げる手はこの場において悪手とは判断し難かった。中破状態とはいえ高速戦艦という明確なアドバンテージを活かすことができるし、金剛に手ほどきを定期的に受けていたからだ。
─でも。
榛名はその行動が罠にはまっている感覚に陥っていた。どこか手玉に取られているような気がしたのだ。誘導されているような違和感を野放しにはできない。そして何より──。
「
榛名の奥底にある内なる闘志は燃え上がっていた。自らの卓越した技術を信じて前に進む。
次弾装填。目標大和。榛名は二度の砲撃を受けたこと、そして観測機の最後の視界から正確な位置を感覚で当たりをつける。一か八かの大博打。人によってはそう呼ぶのかもしれない。
「まずは一回、痛い目にあってもらいます!!斉射!!」
威力が低いなど知ったことか。初弾は外せど、二射目は必中。それが彼女の砲撃の│運命《さだめ》である。榛名の絶対は崩れない。
─命中ですね。
研ぎ澄まされた感覚は精密機械にも勝る。耳にかすかに入る爆破の音がその証拠だ。欲を言えば全弾命中が望ましいが高望みは思わぬ事故を生む。堅実に小破程度であろうと予測していた。
「これで近づけます。」
実際、反撃はこなかった。位置を変えているのかもしれないという思いもあったがどちらにせよ好都合、第三戦速に切り替えて急行する。演習海域はやはり案外狭く、一分も経たないうちに遠くにシルエットが浮かんできた。これだけの近さなら接近戦に持ち込むのが妥当にも思えた瞬間、閃光が見える。榛名は軽々と切り返して回避した。横をひゅっと弾がかすめて背後で特大の水柱を作り出す。
─これは……。
容易に姿が判別できるようになった時、榛名の目には想定外の光景が飛び込んできた。
「幸運に感謝しないといけませんね。」
当たりどころが悪かったのか、油断していたのかは定かでないが大和は中破であった。状況はイーブン。ならばここで先手を打てば勝てる。大和が砲撃を一度してくれたのは特大のチャンス。榛名は半ば反射的に構えをとった。
「追撃です!!」
目測は外さない。特に容易に姿が判別可能な距離においては相手が素早くない限り命中させることが多かった。大和のような的が大きく低速な艦では尚更である。ありったけを詰め込んで砲弾を解き放つ。
─押せば……勝てる。
高鳴る鼓動。勝利の渇望が体を動かす。目の前の虚像を打ち倒すために。瞬間、砲音とともに水柱が高く上がる。涼しい風がふわりと吹いた。
けれどもドローンのブザーは沈黙を貫き通すのみであった。通例、撃破すればすぐに鳴る事になっている。つまり──。
「ふふっ、久しぶりに面白い戦いだったわ。」
聞こえる声。咄嗟に出る回避は無意味である。上がった水の壁から貫通して砲弾は飛んできた。驚くほどに正確に調整された角度はまるで榛名がここに来ると分かっていたかのようにぴったりで、攻撃を受けた本人ですら感嘆せざるを得ない。
─これが……本物なのですね。
現れたのは何事もなく中破状態である大和。笑みを浮かべている彼女の砲塔は海水に濡れていた。装甲で弾いたような跡が残っている。種がわからない。防がれた事実だけがそこにあった。悔しいが一枚上手なのは向こう側。雌雄は決した。甲高いブザーが鳴り響く。
「お見事です。」
榛名はまともに主砲を受けた衝撃で倒れこみながらも、眼前に立つ相手に敬意を込めてそう言った。
「あちゃー、予想通りって感じ?」
「まぁ……結果はな。過程は俺の想像よりもはるか上だ。」
観戦席はお通夜モード、というわけでもなかった。元より泊地の長が予言していたこともあって仕方ないという雰囲気が流れていたからだ。
「それにしても榛名さん、余程集中していたのでしょうか。心の声が少々漏れていました。」
「僕も思った。」
相互にドローンはついている。よって観戦者には言葉は筒抜けであった。ただ、それだけに懸ける想いが強く伝わるためどちらかを貶めるような人間もいなかった。
「私の時は音声無くして欲しいなぁ。恥ずかしいところを晒したくないし。」
「阿武隈はボロ出しやすいもんね。」
「もう!!」
ポコポコと報復がやってくる。
「……戦艦の砲撃を直撃しても軽傷なんて、すごいのです。」
「同感だ。てっきり私は榛名が勝ってしまうのかと思ったんだが。」
緊張感に欠ける川内、阿武隈とは対照的に電と響は大和の技術に感服していた。映像では至近弾と直撃弾が混じっていて詳しいことは分からずじまいであったとはいえ、金属音が少し鳴る程度で受け流す技量は計り知れない。
「あれってやっぱり、機能解除なんですか?」
「私も分かりません。空母には空母の、戦艦には戦艦の戦い方があるものですからね。専門外です。」
瑞鶴の問いかけに対し赤城は肩をすくめた。存外興味を持っていない様子である。この場に加賀がいればという思いが脳裏をよぎったが、無いものねだりをしても無駄。素直に諦めることにした。
しかし思わぬ所から返答はやってきた。
「装甲の展開方法を工夫したんだろう。基本的に艦娘機能を維持する
「装甲操作か〜。戦艦なら確かにやりそう。」
提督の指摘は瑞鶴には新鮮な視点であった。赤城の言葉の真意が分かると同時に、それを見抜いた彼の観察眼と知見の深さは伊達じゃないことを思い知らされる。
「ってことは……艤装に装甲を纏わせたってことかな? 意外と単純な手だと僕は思うけど──。」
「いや、それは違うぞ。」
そう話す彼の目は細かった。
「『艦船からどれだけ逸脱しているか』によって難易度は変わる。航行の軌道変化と装甲の操作で言ったら後者の方が圧倒的に上だ。船で考えれば異常事態だからな。」
「良くも悪くも
赤城の言葉に頷く。
「忘れがちだが根本になる依代は妖精が引っ張ってきた艦艇だ。艤装を身につけて海に立つ以上それは避けられない。」
「中々に厄介だよねぇ。なければいいのに。」
川内の愚痴はある意味では的を射ていた。制限さえなければ戦術の可能性は大いに広がるからだ。使える技の幅が増えることはそれだけ重要な意味を持つ。榛名も回避にしか利用できていないのが、何よりの証拠だった。
「そればかりは成り立ち的に不可避だとしか言いようがないな。ここでは口に慎むが。」
明言は控えていた。何せ一般民衆がいつどこで耳をそばだてているか知れたものではない。機密を容易に口にするのはあまりに軽挙妄動というものだ。しかし瑞鶴にとってはそれまでの会話だけでも、価値あるものに感じていた。ひょんな質問が思わぬ収穫を呼ぶこともある。
時間が経つと結果は出揃った。演習海域が計四つもあるおかげもあってか本戦は存外滞りなく進んでおり、このままいけば行程通り決勝戦を単発で行う余裕もあるとのことだった。
「これで……残りは金剛さんだけ?」
「あぁ、二戦目も落としてないからな。」
川内の問いかけに提督が答える。眼前に表示される対戦表には金剛の白星があった。榛名と大和の反対の山であった彼女もまた、勝利への道を突き進んで順風満帆とも言える戦績で準決勝を迎えていた。
「次は舞鶴の霧島……って言われても誰って感じなんだけど。知ってる阿武隈?」
「ううん。広場で見た優勝経験者っていう情報しか知らない。私たちがいないときに勝った│艦娘《ひと》みたいだし。」
未知の相手。その場にいる全員が知る由もない存在であった。新興勢力とも呼べる舞鶴であるというのもより一層、強敵の匂いが香りたつ。
「そっかぁ。」
心ここにあらず。川内の顔つきはどこか他のところへ向かっていた。戦闘を追い求めるような不敵な笑みが薄らと浮かぶ。瑞鶴の隣に座る赤城も高揚感誘われる戦闘を見て感化されたのか、目がギラギラしている風に感じられた。己の腕を試す最高の実験場がここにある、と言わんばかりに。
秋季演習の歯車はカチリと動く。勝利か敗北か。北の島の再来の時が一歩一歩、近づきつつあった。
次週は金剛です。戦闘部分、個人的には最初からガッツリ書こうかも迷ったんですが主菜は後々に取っておこうと思います。
ちなみに夕立と暁は宿舎でお留守番中です(何をするか分からないため)。