北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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今回はあっさり目です。


名無しの壁(2)

 金剛型四番艦、霧島。姉妹の末っ子にして勇猛果敢な闘いぶりをする生粋の戦艦。単冠湾にいなくとも金剛はそのような印象を常々持っていた。冷静に見えて意外にも相反する一面を持つ彼女は、格闘戦もこなすという意味では長女と似た戦闘形をしている。個体差なるものが存在するのは否めないが基本特性は変わらなかった。

 

─いつもと違って少し分が悪いデース……。

 

 戦艦部門、準決勝。強者しか残らない嵐の中に金剛は身を投じていた。前に立つのは舞鶴所属、“慧眼”。いわば『霧島』という名を冠する艦娘の中で、頂点に君臨する者である。

 

─まさかココマデ効果的な攻撃ができないトハ。

 

 試合開始から数分。平坦な海域をしている第二演習海域ではいくたびの戦火が二人の間で交わっていた。観測機を介さない目視での射撃戦。戦艦同士には珍しい、夜戦で見かける距離感だ。金剛は自信のある状況だったが、ここに至るまでの結果は小破。度重なるかすり傷が確実に蓄積している現状に焦りを募らせていた。

 

「ここまで高度な回避技術を持つ│艦娘《ひと》がいるとは思いませんでした。世の中は広いものですね。」

 

 眼鏡をくいっと上げて金剛を見つめる霧島は軽い焦げが艤装についているだけで、息も切らさず淡々としていた。小破と呼ぶには至らない被害状況。壁は高い。

 

貴女(きりしま)こそエクセレントなスキルをお持ち……ネ!!」

 

 アンサーとして不意打ち気味に金剛は砲撃する。負けるつもりは毛頭ない。榛名が落ちた以上、優勝の望みは金剛に託されたのだ。

 

「“慧眼”という名前を賜ったのですから当然……です!!」

 

 しかし期待とは裏腹に攻撃は容易く避けられ、逆に正確な狙いがついた反撃がやってくる。砲撃の反動をいなしながら、金剛はかろうじて身をよじって被弾を免れた。主機への負担が激しいとはいえ、手慣れた作業は頼りになる。

 

─船体操作……、嫌なタイプデース。

 

 様子を見ながら攻勢の手を緩めない──と言いつつも間合いを詰めることは躊躇っていた。霧島が近距離になればなるほど強力になる相手なために厄介なのだ。零距離(ポイントブランクレンジ)の支配者。巷の通り名はその戦術を巧みに示す。

 

It's a stalemate.(埒が明かない)

 

 不愉快。この一言に尽きた。忍耐が求められる環境は苦手とまではいかないが、願わくば脱したい。

 

─どうやって崩しマース……?

 

 戦艦の戦闘形は概ね二分化される。火力と射程で圧倒する型と少々の被弾覚悟でハイリスクハイリターンを求める型だ。これらを使い分けるのが常道であり、そのような意味では前者の方がオーソドックスだった。当然、金剛も状況を打開するためにあえて距離を取ろうかと考えた。

 しかし眼前の霧島はその道から外れていたのだった。

 

「主砲、撃て!!」

 

 体をピタリと止めて照準を定めると同時に射撃を繰り返す。それらを円滑に進め、支えているように見える緩急のある航行は駆け引きに持ち込むための材料に過ぎない。彼女の根幹は読みの鋭さと姿勢制御にあった。

 

「shit……」

 

 否が応でも被弾がかさむ。全て当たり方の工夫で切り抜けてはいるものの、反撃に出ることができなかった。本来であれば近距離戦においてリスクとなる部分がまるでない。一度でも崩すことができればよいはずなのに、抜け出せない。

 

「好きだらけです!!」

「ッ」

 

 刹那、砲塔にガキンと弾が当たり砕ける。被弾寸前、本能的に装甲を集中展開したおかげだった。少しずつではあるが追い詰められているような冷たい感覚が金剛の背中に流れる。

 

()()がここまで上手い相手は初めてデース。

 

 体にかかる制動力のコントロール。霧島が行っている動作の仕組みは理解していた。だが金剛にはその精度が、他の戦艦とは一線を画すように思えてならなかった。砲撃の反動が大きすぎないが故のキレのある静止。強力な武器だ。

 

「今のでも打撃になり得ませんか……。凄いですね。」

 

 中破程度の効果は見込めると確信していたのか、金剛が渾身の一撃を防ぐと霧島の足は少し止まった。迷わず一発撃ち返す。当たることはない。砲弾は依然飛び交い続けた。

 

─守っているだけジャ、futile(無意味)ネ。

 

 試合が始まってからの攻撃回数は霧島が圧倒している。それだけ防御に専念しなければならない金剛は精神的にも装備的にも負担が増える。当たり前だが駆逐艦と違って砲の威力は重い。受け手に回ることの意味は大きい。

 だがそれでも、ダイヤモンドは砕けなかった。経験と言う名の引き出しが金剛を後押する。

 

「底知れない多彩な手。こちらも少し──」

 

 霧島も攻めきれないと判断したのか、深呼吸をしながら一瞬、距離をとった。レンズの奥に据わる瞳は真っ直ぐとしている。何かくる。直感的に金剛は身構えた。瞬時に予備動作なるものを狙って残りの砲撃を叩きこむ。対する霧島は即座に水飛沫をあげて動いた。紙一重で命中弾だったものは水泡に帰す。

 直線的。距離を取る間も無く戦闘は近距離へ移行する。無理やり土俵へと引き摺り込まれた。

 

「斉射!!」

「Fire!!」

 

 主砲の激しい応酬。どちらも機動力がある状況で航跡はボールがバウンドするように何度もクロスしては離れるのを繰り返した。複数の水柱が吹き上がり、ドローンすらも二人の近くではなく俯瞰的な位置に陣取っている。

 一発、一発、また一発。風切り音と砲身の先から吹く炎の音は絶えず止まない。しかし段々と数は細くなった。双方が激しい戦闘に身を置いたときの条件は同じではない。

 

─撃ちすぎましたカ。

 

 一度もミスを起こさなかった金剛の努力が実を結ぶ。敵に相対する時と異なり演習では皆弾薬を使いすぎるきらいがある。直後、反撃の狼煙は上がった。

 

「Shot!!」

 

 命中弾。霧島の顔に焦燥の顔は浮かばない。そのため手応えは軽いが防戦一方であった状況は脱出した。小破と小破。イーブンになった戦況は徐々にこちらに傾いている。

 

─榛名のためにも……ここで負けていられまセン!!

 

 追撃、追撃、追撃。ボルテージを上げて、ありったけの弾薬を注ぎ込み落としにかかる。連続で襲いかかる大量の砲弾は今まで溜めてきたものの放出だ。

 

「この程度──!!」

 

 静と動。射撃に活かされた技と先を読む力は霧島の被害を最低限にとどめていた。それでも抑えきれない金剛の猛攻を前にして一瞬、額に汗が浮かぶ。精神的余裕は尽きた。

 

─押せば勝てル。

 

 冷静に。しかし熱く。狩りをするように追い詰める。霧島の攻撃が途絶えつつある今、金剛の思考は冴えていた。

 距離は詰めずにあくまで残弾数の優位を押し付ける。斉射はせずに手数で押して削り倒す戦術。堅実だが、着実に決め手を待つ。

 

「くっ……。」

 

 霧島の息は徐々に荒くなっていった。艦娘は元来、疲れないような体であるが回避の連続は艤装の負担につながる。結果として身体的サポートが欠けて、体にも力がかかる。金剛は加賀との戦闘で節約の仕方を体得していたが、戦場上がりの彼女はもう少し。

 

─そろそろ手詰まりなはずデース。

 

 じりじりと形勢が勝利へと向かう。そんな順風満帆のように思えた瞬間のことだった。

 

「このぉ!!」

 

 豹変。その言葉が似合うほどの別人のような怒号が辺りに響く。霧島の顔には殺意にも見える闘志が浮かび上がっていた。血気盛んな様子に思わず金剛の攻撃の手が緩む。合間に打ち込まれるのは正確無比な砲撃だ。

 

「ナッ……!?」

 

 反応が遅れる。たった一秒。真っ白な意識が流れていた。同時にやってくる鈍い衝撃。通算数度目の被弾にして中破。積み上げた土台は簡単に崩落する。

 

I've made the same mistake again.(また同じ過ちを……)

 

 数年前の敗北の記憶が蘇る。霧島の影がぼやけた。強大な戦艦の輪郭。最後の最後でまくられた一種のトラウマが金剛の行動を束縛した。積極的な手ではなく、消極的な守りの手。踏み込まず、立て直そうと距離を取るという一か八かにかけない安定策に走らせる。

 明確な隙。迷いはその最たる例であるが、躊躇いもまた同じである。理性と勝気。真反対の感情を維持しない限り勝利の女神は微笑まない。

 

「これで終いです!!」

 

 砲の角度調整に乱れが生じている金剛を狙った一撃はすぐにやってきた。無論、平素であれば鋭い返しができるが今は単調な回避のみだ。柔らかく膨らもうとする航跡は格好の的になる。霧島がそのわずかな変化を見逃すわけもない。

 致命的な追撃。そして轟音。奇しくも数年前の海で受けた傷と同じ位置から鈍い音が聞こえる。白熱するはずの試合は突然、砲音の残響と共に断ち切られた。

 

 

 

 

 同時刻、提督は呉市街地から離れ臨時の秘書艦として赤城を連れながら連絡船で海上を渡っていた。別会場として併設されている江田島、倉橋島のうちの前者に向かうためだ。既に通航許可が出ていたのもあって、到着までは早かった。

 

「応援もほっぽって何しに行くんですか。」

「慰めだよ、慰め。二人が呉に戻るまでは長いからな。まぁ、先に寄る場所があるんだが……。」

 

 呉港湾部は密集していて何かと狭い。そのような懸念から数年前より本会場は江田島へ移されていた。特に艦娘養成施設の存在によって海上交通整理の人員が容易に確保できる点が買われたのだ。

 

「どうせなら全員連れて行けば良かったのでは?」

「要らん要らん。変に緊張されても困るしな。あいつらには呉の方が色々と都合がいい。」

「はぁ……、それで私というわけですか。」

 

 ため息がついてでる。

 

「悪いな。知り合い相手に出すには赤城が楽なんだよ。立場的にもな。」

「夕立さんと川内さんだって同じでしょう。」

「あの二人は論外だ。いやまぁ川内も弁えてるし、夕立も良い子ではあるんだが──粗相をされるとなぁ……。」

「わかってますよ。ただ困らせたかっただけです。」

 

 北航路で島北東部の中規模の港に着いたのちは陸路の移動である。江田島湾側へは徒歩でも大した時間はかからないが、それでは思いやりがないということで民間会社のバスを流用して比較的短時間で済むような措置が講じられていた。

 

「一応旗は掲げてあるんだな。」

「そうみたいですね。でもやはり……こちら側は呉と比べると見劣りするというかなんというか。全体的に民間会場は南側に集まってるのもあるとは思いますが。」

 

 車両から降りて下り坂を歩いていくと、質素な横断幕と共に会場であることを示す文字が見えてくる。軍関係者のみ──この文言の醸し出す圧は強い。基本的に民衆は湾南部へ移動しているようだった。

 

「えっと……、ここか。」

 

 艦娘養成施設。呉で建造された艦娘が舞鶴以南の泊地に着任する時厄介になる場所だ。

 

「しっかりした造りなんですね。」

「だな。」

 

 正門から入り、衛兵に挨拶を済ませて煉瓦でできた建物へと足を踏み入れる。

 

「ふぅ……。」

「ここですか?」

「そうだ。赤城はここで待ってろ。」

 

 長い廊下を歩いて、とある扉の前で立ち止まる。深呼吸をして息を整え、目の前の回し手を掴み奥へとおいやった。

 

「失礼します。」

 

 一言添えて室内に入る。出迎えるのは静寂だ。

 

「ん? 椃木か。こっちにくるとは珍しいな。」

 

 最初に口火を切ったのは剣城だった。その場には提督服に身を包んだ人間がその秘書艦であろう艦娘が六人がそれぞれ座っている。目的の人物はいない。

 

「大将は。」

「生憎なんだが、南部の方に宇和部と向かうために三十分前くらいには出て行ったぞ。」

「遅かったか……。」

 

 重い空気が口から漏れ出る。この場には用はない。提督はそのまま踵を返そうと振り返ると、後ろから声がかかった。

 

「まぁそんなに急がなくてもいいじゃないか。久しぶりに顔を合わせるんだし。」

 

 提督はその言葉に立ち止まらざるを得なかった。視線を向けると長身細身の爽やかな青年がいる。隣には北上。双方まったりとした顔持ちであった。

 

「気持ちはありがたいんですがこの後まだやることが残ってるんですよ。岩瀬さん。」

「メンタルケアかな? 本当に気遣いが昔からできるよね、君は。」

 

 岩瀬達男。横須賀の麒麟児と称される提督だ。養成コース一期生。ちょうど二年上の先輩である。剣城の心酔する芳沢とも同期であった。

 

「二人とも派手に負けたわけじゃないが惜しかったもんな。大事な仕事だ。」

「そうね。なるべく早めに行ってあげるといいわ。ついでにこっちも連れて行ってくれると助かるんだけど。」

 

 矢矧が剣城を指でさしながら口を開く。その情報に芳沢が怪訝な顔をした。

 

「お前行ってなかったのか?」

「えっ……あ。」

 

 陸奥。大湊からは彼女が本選に選出されていた。観艦式では長門と共に注目を浴びており、有力候補としても名を挙げたが結果は二戦目で敗北。岩瀬の部下である武蔵に敗れたのである。

 

「勝った側が言うのも嫌なんだけど、僕も行ったほうがいいと思う。」

「わっ……わかりました。」

 

 急いで支度を済ませると剣城はやってきた。矢矧はその場に残ると言うことである。

 

「荷物だけ増えたな。」

「荷物とはなんだ荷物とは。」

 

 騒がしいお供を一人据えて、再び提督は廊下へと戻った。

 




遅れてすいません(n回目)。
次週は少し戦闘以外の部分から入ります。お楽しみに。
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