北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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名無しの壁(3)

 敷地内を下って港へ。軍で所有している小型船を目指して三人は歩いていた。

 

「……にしてもなんで今頃になって鶴峰さんを探してるんだ。あの時に啖呵を切ったけど負けたからか?」

「金剛たちは関係ない。全くの()()だ。」

「もしかして……南方地域の件ですか? 特務指揮官として着任する……みたいな。」

 

 赤城からの質問に提督は頷く。

 

「突然、手紙が届いてな。それで詳しく知りたいことがあったんだ。」

「南方? 特務? 聞いてないぞ、そんな事。」

「俺の身上の都合の話だ。首は突っ込んでもらいたくなかった。」

「あぁ……そういうことか。分かった。」

「助かる。」

 

 そうして一同は能美町と呼ばれる地域へ向かったのち、中心市街へと移動するため港で剣城が急遽手配した車を待っていた。軍の息吹が遠のくにつれて私生活に満ち溢れた日常風景らしい光景が目に入る。

 

「案外こっちも栄えてるな。人も多い。」

「祭り騒ぎ状態ってのもあるんだろうが、元々ここら辺は軍需があるのに加えて艦娘と交流がとりやすいから人気なんだそうだ。このご時世、海外旅行も危険が伴うからな。」

 

 ある種の町おこしとして秋季演習は扱われているのか、やたらと関連施設は多かった。潮の香りの中で屋台から焼き物の匂いが漂ってくる。時々、(のぼり)に艦娘関連の物があるのが提督は気になった。

 

「あんなに堂々と貼り出していいものなのか? (こっち)じゃ見ないから新鮮だが……。」

「前は軍人がいた場所だからな。本人たちからしたらどちらにせよ体感は同じだと思うぞ。住む場所を守ってくれているのは一緒だ。」

 

 剣城の返しに赤城が乗っかる。

 

「『艦娘のアイドル化』と耳にしたことがあります。一部の地域では交流が盛んだとか。」

「……宇和部さんあたりが嫌いそうな内容だ。」

「よく分かってるじゃないか。椃木も意外にマメだな。」

 

 本土府所属の提督が動くというのもあって手配された車でひとっ飛び──とはいかなかった。交通量に対する道路容量の不足。陸も然り、渋滞は発生する。

 数分経ってもわずかにしか車列は動くことはない。行き詰まる現場に提督は少々苛立ちつつあった。

 

「歩いたほうが早いんじゃないか、これ。」

「それには同感だが、立場的にできないと思うぞ。外は民衆だらけだ。」

「別に俺はいいだろ。ただの島勤務だぞ。」

「悪いことは言わない。やめとけ。」

「私は待っていてもいいですよ。楽なので。」

「赤城、お前なぁ……。」

 

 本来の目的は金剛や榛名を労いに行くことである。従ってこのような所で時間を浪費する余裕は無い。

 

「というか剣城だって待ってる場合じゃないだろ。矢矧から言われたことをやらなきゃならないのに。」

「いやぁ……。実のところ、面倒臭くてだな。どうせ勝手に長門とかがやってくれるだろうと思ってたんだが──。」

「それは感心しませんね。艦娘側の立場として助言しておきますが、多分陸奥さん以外にもシメられますよ。矢矧さんとか。」

「マジか!? 仕方ない、外に出るか。」

 

 内心、提督は剣城以上にヒヤリとしていた。赤城は自身の指揮官の前で口にしているのだから、当然その内容はこちら側にも適用される。

 

─俺……最悪シメられるのか。

 

 尚更急ぐ必要が出てきた。試合の途中で川内たちを上手く言いくるめて抜け出してきた身としては「結局できませんでした」では面目が立たない。金剛と榛名はまだ許してくれる余地があるが、若干数名が怪しかった。

 

「行くぞ。」

 

 運転手には最大限謝り、三人は外に出た。民衆が防護柵(ガードレール)を歩いているのが目に入る。その刹那、周囲から黄色い声が上がった。主な視線の的は剣城である。

 

「はぁ……ここから何分だ。第三第四の集合場所って確かちょっと窪んでるとこの港だったよな。」

「二キロ。まぁ三十分くらいか?」

「車だと」

「本来ならざっと三分……剣城、この後に及んでまだ望みを捨ててないのか。」

「当たり前だ。こんな状況じゃな。」

 

 写真に撮られる音。話している間でもお構い無しに人々はその身を写真に抑えようと携帯を手に取り、我よ我よと路上にはみ出しかけながら好奇心の目を満遍なく向けていた。さらに隣には有望株の単冠湾の赤城ということでシャッター音に拍車がかかる。いちいち撮影するなという方が億劫になる程の人だかりができつつあった。

 

「やりづらいな。」

「さっき言ったアイドルみたいですね。」

「やめろ。」

 

 赤城の冗談を軽くとがめて、そのまま群衆に構わず突き進む。公の場で車道を堂々と突っ切るわけにはいかないため歩道に上がると、民間の雑踏との距離が一段と近くなった。コツコツ鳴る自らの足は音を立てている己が違和感を覚えるほどに周囲の中で浮いている。

 

「…………」

 

 そこからの道のりは長かった。色々と質問攻めにされかけたり、一筆欲しいという者が現れたり、隣には常に降りたはずの車の影がついて回る。秋の空気は爽やかでも、心は苛立ちで満杯。季節が台無しである。

 

「これですれ違いだったら笑え……ないか。」

「剣城さんは用事はないのですから気にする必要はないのでは?」

「それもそうだな。」

 

 漁港を一時的に間借りして作られた臨時港を含む民間会場。通称江田島第三会場に着いてからは提督らは二手に分かれた。剣城には予め伝言を頼んだ上で艦娘らの集合場所に向かってもらい、提督と赤城は関係者専用の区画へと足を進める。

 

「頼むからいて欲しいんだが……。」

「ちょうど今戦艦部門の決勝戦だそうですし、いらっしゃると思いますよ。海域的にここが一番近いですからね。」

 

 赤城の推測は当たっていた。とある小学校の一角。機械的な爆発や砲撃の音声が流れてくる。無論、観戦中である証拠なのだが、どこか提督の耳には嫌な響きであった。

 

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない。」

 

 妙な引っ掛かりはない。躊躇いなく後側の引き違い戸をコンコンと叩いた上で開けた。

 教室内には二人のみしかいなかった。目的の人物である鶴峰とその側近──正確には後継者と言うのが近いのかもしれないが──呉鎮守府の所属を示す桜と錨が胸ポケットに縫い付けられている若者が座っていた。その目は冷たく鋭い。歴とした軍人上がりの眼光だ。

 

「突然すいません。」

「いや、良い。どうした?」

「手紙の件です。」

「ふむ、ならば一度試合を見て行け。その後に話そう。」

 

 鶴峰は椅子を持ってきてポンポンと叩きながら言った。ひょっこり赤城が顔を見せるともう一つ付け加える。そうして提督がひとまず隣に座ると視線は元の場所に戻った。決勝戦。呉の大和と舞鶴の霧島の一戦が画面には映っている。中盤といった印象で、双方すでに小破であった。

 

「秘書艦を連れているとは珍しいな。」

「立場を示すのに一番早いので。」

「宇和部の大和がお前のところの戦艦を褒めていたぞ。『今まであった中で一番勘が鋭いとな。』」

「そうですか。」

 

 予定であれば用事を終えたら即座に反転して港に行くつもりであったのだが、計算が狂ったことで提督は少々困っていた。はっきり言って他所の艦娘を気にしている余裕はない。一応にも職がかかっているのもあるが、何より慰労を終えていないことへの罪悪感が焦燥を駆り立てていた。

 

「そういえばお主、(くだん)の事は忘れておらんな?」

「はい。」

 

 まずい。直感的に提督は目線が左へ向く。

 彼女は呑気に決勝戦に目を向けている。赤城には、広く言うのであれば単冠湾の者には加賀も例外なく提督がその職をかけて秋季演習に臨んでいることは隠していた。そのことで彼女らに精神的重圧をかけたくなかったのだ。しかしある意味では情報伝達の不足とも取れる。幸い未だ勘付かれていないが、今であって欲しくはなかった。

 眼前の映像は滞りなく進んでいる。霧島が接近戦を仕掛け、大和が丁寧に捌いていく。金剛と形は似ていても明らかに形勢の流れ方は相異なる。

 

「おぉ。」

 

 隣で驚嘆の声が上がる。大和の主砲斉射に見せかけた時間差の砲撃。これが綺麗に決まったのであった。雌雄を決する瞬間がやってくると共に鶴峰は提督に問いかけた。

 

「送った手紙についてだったな。何か不満でもあったか?」

「南方指揮官として着任する泊地についてです。()()()()()()……この意図はなんですか。」

「簡単なことだ。彼の地でいずれ大きな戦闘が起きる。それを助けてやってほしい。儂の代わりにな。」

「はぁ……」

 

 不吉なことを言うものだ。まるでその時、自らが対処できない立場にいるような言い草に数年前に起きた惨劇を踏襲する可能性があるのか問いただしたい部分はあった。しかし時計を確認すると別れてから十数分も経っていたため断念せざるを得ない。何より二人きりの場以外で過去を蒸し返す真似は避けたかった。立ち上がって赤城に声をかけ、退室しようと前の扉に手をかける。

 

「椃木。」

 

 そんな中、背後から声がかかった。またこの型かとうんざりしながら秘書艦を先に行かせて振り返る。

 

「なんですか。宇和部さん。」

 

 呉鎮守府提督。数多の戦勲を賜った優秀な指揮官であると同時に厳格な性分で知られている。提督が話しかけられる時は大抵、何か一言トゲのある言葉があった。

 

「三勝の件、舞鶴や俺に勝てる手段は用意してあるんだろうな。申請している面子を見たが、この後一個も落とせないじゃないか。負けたら免職だろう。」

「勝てもしないのに大口を叩く無計な人間ではありませんよ。」

「それは分かっているが、どうも戦い方に必死さがなくてな。てっきり指示を出していたのかと思ったが。戦艦は捨てたのか?」

「自由にやらせる。それが自分の艦隊のモットーなので。」

 

 それ以上の応答はない。珍しくきつい当たりでないことに違和感が働いたが、全て心のうちに押し込めて外に出る。待っていたのは静かににっこりと笑う赤城の姿だ。確実に聞かれた。反射的に扉を閉める。背筋に冷たい汗が流れていた。

 

「私たちの知らない間に大変な賭け事をしていらしたのですね。」

「いつにも増して丁寧な口調はやめてくれ。はっきり言ってくれた方がまだマシだ。」

「そうですか──なら。」

 

 次に来る言葉は予想できていた。

 

「どうして言ってくれなかったんですか。」

 

 明確に責め立てるような圧力が感じられる。当然だった。信頼関係を築く中で隠し事は作らない方がいい。もちろん知られたくない過去など例外があるにせよ、今回の場合は提督に非がある。言い訳らしい弁解も見つからず、素直に答える他なかった。

 

「そのことで悩んで欲しくなかったからだ。」

「私たちが知ったら負けると?」

「……まぁそうだな。」

 

 肯定すると赤城は一層眉間にシワを寄せる。

 

「提督を捨てるか捨てないかで私たちが悩むと思ったんですか。上官を捨てる薄情な部下だって。」

「おい、待て。話が飛躍しすぎだ。」

「じゃあ、なんだって言うんですか。」

 

 亀裂は直さなければ次第に広がってしまう。恐れることが起こる前に提督は塞ごうと策を講じた。

 

「俺は勝とうとして空回りすることを心配してたんだよ。何も知らない方が落ち着いていられるだろう。」

「もし敗北したらどうするつもりで──」

 

 お前なら優勝できるだろう。喉から出掛かって止まる。その言葉を吐いたところで彼女の熱は収まらない。燃える炎に薪をくべるだけだ。

 少なくとも提督は赤城をはじめとする自らの艦娘を固く信じていた。なのにどうしてこうなった。自問自答の文言が頭の中でぐるぐると回り続ける。

 

「……とにかく一度金剛たちのほうに行かせてくれないか。この話は門外不出で頼む。」

 

 泥沼になる予感がした提督はそうして強引に話を終えた。赤城も納得はいかない顔をしていたが義理堅いのは確かだ。皮肉にも信頼しての行動だった。

 その後、外に出ると放送が流れてきた。内容は軽巡級の集合時刻についての業務連絡である。急いで港に着くと何やら青ざめている剣城の姿があった。陸奥が隣にいる。

 

「遅いぞ!!」

「すまん。色々と用事が重なった。」

 

 形ばかりの挨拶を交わしておきながら、未だ背後の赤城の怒気が気になるとはいえ淡々と会話を紡ぐ。 

 

「どうしたんだ、そんなに焦って。」

「椃木……集合会場についての紙は見てたんだろうな?」

「は?」

 

 身に覚えの無い情報というのは大抵悪い方向へと舵を切る前兆だ。

 

「第一、第二演習海域で戦闘をした艦娘はここじゃなくて()で落ち合うことになってるらしいぞ。椃木の所の榛名と金剛が負けた時──」

「冗談だよな。」

「本当だ。」

 

 目眩が起こりそうだった。鶴峰との話があったという理由は伝えていない。つまり嘘をついてこちらまでやってきたことになってしまう。結果的に信用を失う行為をしている。普段ならば笑い話で済む範疇だが、事情が事情ななだけに冷や汗は絶えず流れていた。

 呼吸。提督は自若を保つために目を閉じる。

 

「あれ、提督?」

 

 そんな中、視界の外から聞き慣れた声が耳に入る。阿武隈だ。振り返ると赤城に話しかける川内の姿もあった。

 

「金剛さん達、こっちに来たんですけど……。会えてませんよね?」

「あぁ。今知ったばかりだからな。」

「やっぱり。」

 

 双方艤装をつけている。提督は出立のために集まってきたのだと結論づけた。

 

「『今知った』で済ませちゃダメでしょ〜。金剛とかちょっと寂しそうにしてたよ? 先に伝えといたからいいけどさ。」

 

 飄々とやってきたかと思えば、川内は流れるように軽く手刀を飛ばしてくる。反射的に提督は左に避けた。

 

「あっ、逃げた。」

「装備をつけた状態で変なことをするな。」

「普通は反応できないんだけどなぁ。」

 

 ちらりと赤城の方へと視線が移る。沈黙を決め込む彼女の瞳は静かだった。気まずさと不気味さが入り混じりながらも、作り笑顔で話しかける。

 

「ちょうどいい。そろそろ散開するんだろう? 見送りぐらいはさせてくれ。」

「はいはい。対戦表も見てない人に言われたくないけどね。」

 

 川内の言い草が引っかかる。

 

「初戦からしんどいのか?」

「いや、本戦からの準決勝かな。“鬼神”──知ってるでしょ?」

「当然だ。」

 

 提督にとって最大の鬼門はこれから始まる軽巡部門であった。宇和部のもう一人の刺客、神通。一般投票の票数は全体の八割を占める、唯一の二連覇を達成した最強の軽巡として名を馳せる彼女こそが最大の障害なのである。

 

「阿武隈はどうなんだ?」

「えっとぉ……私は上で、矢矧さんとラバウルの能代さんが当たります。反対の山ですから。」

「そうか。」

 

 軽巡は戦艦や空母と異なり試合の展開は早い。戦闘の基本射程が中距離から近距離である以上、熾烈な争いになるのは確かだ。

 

「今年は母数が大きいからな。気を抜くなよ。」

「分かってるって。」

「夜戦はないぞ?」

「分かってるってば!!」

 

 二度の忠告に癇癪を起こし、川内はそのまま港へと向かう。剣城と陸奥の姿は忽然と消えていた。阿武隈もペコリとお辞儀をして離れていく。残るのは微かな明るい空気と背後から刺してくる冷たい視線だ。

 

「いい加減、機嫌をなおさないか?」

「無理ですね。」

 

 赤城はそう言って歩く。

 

「おい、どこ行くつもりだ。」

「戻るんですよ。呉に。少し一人にさせてください。」

「……わかった。」

 

 提督は追いかける気は湧かなかった。それが最善な気がした。頭はすでに江田島に来た本当の目的を忘れ、別のことへと変わっていた。




次週の主役は川内です。
なお投稿時間の件ですが今はまだ保留にしています。少し後ろにずらそうかなぁとも思っていますが決め切れてはいません。もし変更すれば書くと思います。
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