北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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鬼宴

 それは所詮、有象無象の名もなき存在がふるいにかけられる戦いに過ぎない。川内は秋季演習の予選をそう捉えていた。真の強者と戦える。一度この舞台の頂点に立ち、飽きてしまった彼女にとって“鬼神”こそが参加する目的だった。

 

「はぁ……やっぱり気分が上がらないなぁ。」

 

 ぼそりと一言、誰にも聞かれない海の上で孤独に呟く。基本、夕方になる前に試合は終わる。早朝は専ら昨日の映像を流すだけ。明星(あかぼし)が輝ける空はどこにもない。

 

「阿武隈はどうしてるかな。」

 

 待機場に向かう道中、遠目に岩国の街並みや厳島の山体を眺める。二つの演習海域は江田島の集合地点と柱島からおおよそ等距離にあるため、第三、第四海域で戦闘する艦娘らは小島へと集められていた。

 

「上がってきてくれると助かるんだけど。」

 

 予選最終戦。相手は舞鶴の那珂──いわゆる異港姉妹であり、秋季演習において初の単艦優勝経験者との戦闘だった。

 

「あっ、いたいた。」

「川内……。」

 

 勝者は小島に残り、敗者は先に集合地点に戻る。合理的だが残酷な行動規定はここの(ことわり)。仲間がいるかいないか。それだけが今の関心の的であった。

 

「ちゃんと勝ってきたじゃん。さすが私の弟子。」

「夜戦バカを師匠にした覚えはないんですけど?」

 

 阿武隈の首に腕を回して口角をあげる。昨日の開始時には多かった艦娘の人数は数えられるほどに減っていた。残るのは上澄みの八人。反対側と合わせた十六人が明日の本選に進出できる。一発勝負を勝ち抜いてきただけに胆力を兼ね備えた者が多いのだろうとある程度、期待はしていた。

 

「予選落ちしないか心配してた割には無傷だね〜。さては狙撃戦術が上手くいった?」

「し〜っ!! 人の戦術ばらさないでよ。」

 

 口元に手を当て声を潜め、阿武隈は川内の肩を掴んで苦言を呈す。

 

「いいじゃん別に。釣り針(フェイク)垂らしてるんだし。」

「だから静かにしてってば……。」

 

 緩んだ穴は塞げない。諦観の息をつきながら拘束を解く。

 

「川内だってこの後は油断できないでしょ? 少しは緊張ぐらいしたらどうなの。」

「緊張するのは命のやり取りをする時だけって決めてるから。」

 

 迷いのない返しに阿武隈の言葉は詰まる。どこまでも実戦を愛し、愛されている彼女にこの舞台は生温かった。実弾の方が臨場感があっていい。同士討ちの精神的負荷は計り知れないのを加味しても、闘争心が掻き立てられるのは確かだ。

 

「じゃあ、この演習じゃ本気は出さないの?」

「そういうことじゃないよ。制限の中でも全力で戦える相手はいるもん。」

「呉の神通? あなたぐらいならいい勝負できそうだものね。」

 

 問答の中、凛とした声が背後から響く。振り返ると見慣れた姿が視界に入った。

 

「矢矧!! さっき終わったの?」

「えぇ、そうよ。」

 

 大湊の秘書艦。彼女もまた出場していた。悠々とやってくる姿はこの場を通過点としか見ていない余裕がある。強者の集まり。燻っていた火に空気が送られ、盛り始める。

 

「明日はだから退屈しなくて済むんだよね。」

 

 伸びをしながら先ほどの続きを口ずさむ。高揚感に包まれる川内とは裏腹に、阿武隈と矢矧は少々戸惑いの表情を見せた。

 

「退屈って……さっきの相手、一応強かったはずよね?」

「えっと確か、“舞姫”って名前だってついてたはずじゃ。」

「うん。回避は上手だったよ。」

「……それだけ?」

「だって回避だけじゃ勝てないでしょ?」

 

 阿武隈は絶句する。矢矧は理解できる範疇ではあったのか、信じられない目で見るようなことはなかった。

 

「守りを捨てた全力攻撃……。『突破力はあるけれど脆さも持つ』って聞くけれど、よく扱えるわね。」

「だって死なないし。私も普段は使わないよ。ここだからやってるだけ。」

「あくまで手の内は見せないってことかしら?」

「その通り。わかってるじゃん。」

 

 はにかみ笑いで川内は返答した。やはり理解できる艦娘(にんげん)は一味違う。

 

「やっぱり貴女は()()()()()ね。不知火にも見習って欲しいところだけど──」

「最近の海は哨戒ばっかで実戦積みづらいし、厳しんじゃないかな。」

「重々承知しているわ。でも、だからといって直接指導のためにわざわざ借りることもできないのでしょう?」

「う〜ん。私はあの部隊が好きだから、申し訳ないけど期待には答えられないね。」

「そうよね。」

 

 矢矧は少し口惜しそうな表情をしながらも、引き下がった。そんな中、ブザーが自立型拡声器から鳴り響く。全試合終了、帰投の合図である。三人は指示に従って海に出た。

 

「あっ、そうそう。一つ伝えておきたいことがあるの。」

「何? 助言ならいらないよ。」

「違う違う。」

 

 忘れていたことを思い出したかのように一言、彼女は付け加える。

 

「神通さん、貴方のことを気にいると思うわ。」

「そんなの分かるの?」

「一番この演習に興味ないもの。あの│艦娘《ひと》。」

「へぇ、意外。」

 

 強いからこそ退屈なのか。理由がイマイチ思い浮かばなかった。呉は教務が多いと聞く。もし川内と同じく実弾戦闘に飢えているのであれば、さっさと転属願いを出して南などの前線に行ってしまえば良い話ではあった。

 

「ま、頑張って。」

「はいはい。」

 

 矢矧は応援の言葉をかける。今まで黙秘を貫いてきた阿武隈が私も欲しいと騒ぎ始めたところでその日は終わった。

 翌日、予選で勝ち上がった海域を奇数と偶数で分けて試合は開始された。

 川内は夕立との日々の戦闘で培った初見殺しの戦術を使い、阿武隈と矢矧は甲標的を巧みに利用した戦法でそれぞれ余裕を持って勝ち上がっていた。

 

─さてと……。

 

 一瞬、対戦表に目が向く。阿武隈と矢矧、二人の勝負は既に始まっていた。準決勝。待ちに待った相手と戦える。友人の勝敗よりも先に、歓喜の思いで胸がいっぱいであった。握り締める拳に自然と力が入る。

 

「お手並み拝見……されるのは私か。」

 

 片方が待機位置に着くまでは小島から動けない。双方場所を決めたら試合を開始する。これが試合前の大まかな規則である。直に順番が来る。体はうずうずしていた。

 指定された区域の最前列。決まって川内はここに陣取った。最速で接敵し、戦闘に没頭するのだ。準備が終わればドローンのボタンを押す。点滅が見える。

 

「三、二、一。」

 

 開始の合図。深呼吸をして足を踏み出す。機械のブザー音に合わせて一気に航行速度をあげる。

 

─まずは……。

 

 必ず目視での索敵。常々これを心掛けていた。夜間偵察機を使うときは話が変わるが、少なくとも単独行動ではメリットがある。

 

「左右両舷共に敵影、なし。」

 

 首を回して目を凝らす。怪しい影には注視する。これらをひたすら繰り返し続けた。集中力と根気のいる作業だが、普段からやっていればさほど負担ともならない。

 とはいえ姿を捉えることは中々できなかった。ものの数十秒の間とはいえ、違和感が襲う。第二演習海域は第一よりも広いことは重々承知していたが、それにしては静かすぎた。頭の中では思考が渦巻く。

 

─中距離狙いか、魚雷の狙撃か。

 

 川内が至近距離での戦闘に長けていることは予選で知られている。ゆえに対策をされていてもおかしくはなかった。対抗策を組むのは常套手段だ。

 

─索敵方法を切り替えないと……やられるなぁ、これ。

 

 円一周分の視界を注視しなければならないのに対し、神通は恐らくアタリをつけた上で囲んでいた。どこに来るかが予め正確に予想できていれば、警戒すべき場所は減る。補助増設枠に見張り員を乗せていればより労力は削られる。互角に見えても位置の優劣が明確にあった。

 

─仕掛けてくるならそろそろかな。

 

 手練れを相手取ると自ずから感覚が研がれていく。ピリピリした糸が張り始める。

 攻撃の起こり。川内が明確に気配を掴んだのはその瞬間だった。

 

「っと。」

 

 耳の真横をヒュンと弾がかすめる。照準は正確でありながら集積していないバラけた弾道は雑な回避では被弾するように仕組まれている。殺意の高い砲撃。撃ちこまれた方向から位置を特定する。

 

「見つけた。」

 

 方位さえ判明すれば発見するのは容易である。機関を一杯に引き上げて強引に距離を詰める。たちまち小さかった形がくっきりと瞳に映った。

 

「これ以上は逃さないよ!!」

 

 確実にここで食い下がる。川内は即座に砲撃を行うべく腕を目線の近くまで上げ、勢いそのまま近距離戦に持ち込もうと踏み込んだ。間合いは必然的に狭められる。次弾はない。背中を狙って一撃放とうとした時、彼女は振り向いた。

 

─釣りでしょ。

 

 神通の足元から水しぶきが上がる。初歩的な目眩し。意識がほんの少し割かれる間に放たれた射撃。本来であれば回避不可能だが、知っていれば何ら問題はない。左半身に重心を預け、倒れ込むようにして弾をすり抜ける。

 

「なっ……。」

 

 想定外。一抹の思考停止は隙を生む。立て直すのが早いとはいえ確実に一撃与えることができる。

 先手はこれで十分だった。火をつけてしまえばあとは勝手に燃える。川内はわざと砲撃をずらして体勢を立て直すため、片手を水へ乗せて体を捻る。離された間合いはどこからでも仕掛けることのできる距離感であった。

 

─さぁ、どうくる?

 

 故意に命中弾を外す行為。安い挑発ではあるが、誇りには傷がつくだろう。騎士道精神、武士道精神に反すかどうかは心底どうでもいい。その実力を引き出さないのはもったいないという、川内の美学で動くだけだ。

 しかし思いの外、神通は冷静だった。

 

「外しましたか?」

「分かる?」

「えぇ。」

 

 短い対話。静止の沈黙が流れる。少しの間だけ波が低く穏やかに感じられた。

 

「一つだけ忠告しておきます。」

「どうぞ。」

 

 会話の意図が読めない。装填をすませておく。つまらないことならば無視してしまえばいい。

 

「もしも次、同じことをしたら本気で──」

 

 響く轟音。ちょうど頭の横を掠めるように放たれた砲弾は海中へと没する。

 

「かかってきなよ。止まってたらただの的なんだけど。」

「…………」

 

 手荒な真似をしている自覚はある。

 

「私はいつでも動けるから。」

「そうですか。」

 

 来い。川内は映像でしか見てこなかった、狂わしいほどに美しい戦闘を知っている。観衆が何を期待しているのかを知っている。

 

「砕けないでくださいよ?」

「もちろん。姉を舐めないでもらいたいわ、港違うけど。」

 

 神通はクスッと笑った。感情が切り替わる瞬間、空気の圧が変わる。

 

「っ……!!」

 

 完全な状態で“呉の鬼神”が手合わせしてくれる。血が沸き立つ思いが川内の体を突き動かした。糸がピンと張る。

 

─やっぱり……本物は違う。

 

 二次改造を経てもなお引き上がる身体能力。強力な深海棲艦が持っているような輝く(まなこ)。“鬼神”の佇まいは、幾たびも前線で敵と渡り合った際に見てきたそれに似ている。一部の高練度艦が特定の条件下で見せる不思議な反応。海軍も詳細をつかめない現象を、川内は“海との一体化”と呼んでいた。

 まばたきのする間に相手は一歩半進む。波形を捉えて効率よく。途端に上がる戦場のスピードに適応しなければ。

 

「ふふっ」

 

 絶え間なく連続して放たれる猛攻を凌ぎながら、川内も反撃を繰り出す。夕立然り、瑞鶴然り。覚醒状態にある艦娘は五感の性能が数段上がる。四メートル以内の円では激しい応酬が、たちまち周囲に水しぶきを巻き上げた。

 

「どう。私の腕は?」

「文句なしです。」

 

 感情を押し殺しているように見えて微笑みがどこか残る顔は、喜色に満ちている。川内も同じだった。

 

─久しぶりにやるか、あれ。

 

 前へ踏み込み距離をつめる。あわや衝突──衣服も掴めそうな位置どりで足元を狙った払いが飛ぶ。直接の打撃行為を禁ず。戦闘規定に書かれた文言に反する攻撃に、神通は後ろに回避し苦情を突きつけた?

 

「何を考えているんですか!?」

 

 浮かぶ表情は険しい。興醒めとまではいかないが、気分は悪いようだった。

 

「寸止めだよ、寸止め。規則ぐらいは守るって。」

「信用できません。」

「だったら納得させたげる。」

 

 近づく。今度は完全な警戒状態に入っているのか、動きが硬い。川内からしてみれば隙だらけだった。左腕を躊躇いなく伸ばして、首元を狙う。咄嗟に神通の腕が出てきた。当たる手前で動きを止めて、狙いを定めて艤装に撃ち込む。小破の警告音が鳴る。

 

「っ」

「びっくりした?」

「えぇ。」

 

 答えるとほぼ同時に反撃がやってくる。川内は体を後ろへ倒して飛び避けながら、右足を軸に体勢を立て直す。再び海と同化した“鬼神”は打って変わって攻勢に出た。精密な砲撃は首元や顔へ放たれる。

 

「うわ……際どいとこ狙うね。」

「お互い様です。それにもう──」

 

 二、三本の魚雷を引き抜いて投げる。魚雷発射管を利用しない戦い方。見覚えが大いにある。

 

「今ので慣れました。」

「ほほう。ついに魚雷も解禁と。」

 

 川内もその刹那、一本海中へ流す。白波をたてて魚雷が交差する前に双方爆発した。

 

─被ったか。

 

 目眩しの水しぶきが二人の間に壁として現れる。迷っている暇はない。右に飛び込んだ。

 

「はずれ」

 

 頭の後ろを弾が掠める。神通の方が反応速度は早い。交錯する航跡は一層蛇行し、戦闘のボルテージは上がった。

 

「案外、泥臭い戦い方するんだね。」

「分かっているはずです。演習は──」

「所詮真似事?」

 

 二人の声は重なる。矢矧の言葉の意味を今なら川内は十二分にも理解できた。“鬼神”もまた全力を出せる場所を求めているのだ。華々しい戦い方ではない、敵を沈めるための戦術で。

 魚雷を余すことなく利用しながらジリジリと獲物を追い詰める。並の深海棲艦ならば一連の流れでとうに沈められているだろう。大きく動いて撹乱してもなお、攻撃は止まない。川内も軽い反撃こそ出来ても、有効打は出せなかった。

 

─もう来たか……!!

 

 こうした縦横無尽の航行は犠牲がつきものだ。いつのまにかに足元が熱を帯びていた。機関が細かな悲鳴をあげる。

 

─あとどれくらい?

 

 咄嗟に艤装の妖精に問いかけると、十分と答えが返ってくる。守りっぱなしでは確実に壊れてしまう。額に冷や汗が浮かぶ。

 

「全力を出さないんですか?」

 

 眼前の神通はどこか期待を向けた目でみつめてくる。波を正確に捉えて負担をかけずとも俊敏に動ける彼女に限界の二文字は存在していなかった。同じ場所にいるようで、見えない壁がある。

 

─なれたらとっくになってるんだけどね。

 

 限界はいずれ訪れる。やるなら今しかない。

 川内は直線軌道で前へ駆ける。神通は反応して真横に動いて反抗戦の形を作り出した。

 

「隙だらけですよ。」

「そうかな?」

 

 すれ違いざまに飛んでくる至近距離の砲撃は集中装甲で受け止める。己と外界を隔てる境界線の操作。提督の言葉を脳裏に浮かべながら確実に凌ぐ。一発限りの大勝負は成功した。

 

─意外と土壇場って大事かもな。

 

 続けて川内は右足を引いて急激な百八十度の旋回を行った。足が途端に重くなる。歯を食いしばって全身の力を使って一歩を踏み出す。魚雷を取り出して渾身の力で投げる。背中は捉えた。たった一瞬の形勢変化。それを逃さずものにする。

 

「撃て!!」

 

 足回りへの着弾。神通の足元が狂う。まだ足りない。もう一撃。

 

─お願い、間に合って。

 

 艤装をいじった以上、しわ寄せは来る。これで終わらせたかった。魚雷に目が吸い寄せられる。その先に振り返った“鬼神”の目線は分からない。耳にパシャりと飛沫の上がる音が入ってくる。

 

「私の方が運に恵まれたようですね。」

 

 声。川内が視線を上げると、構えを取っている神通の姿があった。無茶な方向転換で体勢が崩れかかっている。このまま待てば勝手に雷撃が命中する。

 

「その砲撃じゃ間に合わないでしょ。」

「えぇ。『目標に撃てば』の話です。」

 

 失念していた。魚雷への直接射撃。攻めの起点だけではない、防御としての利用法を己は知っている。

 

─詰め手をとちりすぎたってわけか。

 

 足は止まる。動かそうと思えば動かすことはもちろんできるだろう。だがこれ以上無理をして、大事な装備を壊すようなことはしたくなかった。何より、外洋で同じようなことをすれば母港に帰れない。生きて戻る。提督の至上命令であり、川内の信念であることは守りたい。

 背後からやってくる酸素魚雷の音色。瞳の先で上がる水柱と共に試合の終わるブザーが鳴り響いた。




最近投稿時間が遅くなりがちですいません。本当にどうしようかと悩んではいるんですが……とりあえず三時に上がっていなかったらちょっと遅れるんだな程度に軽く思っておいて下さい。四時を過ぎたらいよいよ文句を言ってもらって大丈夫です。
さて来週は阿武隈……ではなく呉の方に戻ります。是非お楽しみに。
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