北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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栄光を手に

 呉の観戦席の一角、単冠湾陣営は周囲の盛況ぶりに反して閑散としていた。

 

「川内さん、あっさりと負けましたね」

「そうだな。多分、装備が限界だったんだろ」

「よく平気な顔でいられますね」

 

 提督と赤城。昨日に何かがあったような雰囲気の二人に、三列後ろの列では密かな会話が進む。

 

「あの二人、大丈夫かな」

「分からない」

 

 時雨と瑞鶴。曇りの多い秋日に見に来た他の仲間は二名だった。戦っている立場からしてみれば怒っても良さそうではあったがこの場にいない以上知る由もない。

 

「後で何があったか聞いてみようかな」

「辞めといた方がいいと思うけど」

「瑞鶴は奥手だね。こういう時は案外強気に行った方がいいものさ」

「言いたいことは分かるわよ。でも……そんなことに関わってる暇はないってだけ」

「まぁ、これが終わったら僕の番だからね」

 

 戦艦、軽巡、駆逐艦。順当に日程が進んでいる今、時雨も出番が近づきつつあった。電や響がいないのはそのためだ。

 

「さてと……僕は退散しようかな」

「見ていかないの?」

「この後、予選くじがあるからね。集合がかかるはずだから、準備をしておこうと思って。それに結果も()()()()()()()し」

 

 時雨の含みのある言い方が引っかかる。川内が負けた今、望みは阿武隈に託された──にしては緊張感というものがまるでなかった。

 

「勝つのが誰かなんて」

「確かに今はまだ判らないよ。でも、もしこの準決勝で阿武隈さんが勝ったら優勝は決まりさ」

「なんで?」

 

 神通の戦闘を見せられて、川内が負ける姿を見せられて。到底この感想を抱くとは思えなかった。初心ながらにも理解できる。あの相手はやばいと。

 しかし回答は単純だった。

 

「あの人は絶対に阿武隈さんの魚雷を撃ち抜けない」

「さっきの試合を本当に見てたのよね?」

「もちろん」

 

 圧倒的自信があるのか、時雨の笑みは崩れなかった。その背後でもう一度、終了のブザーが鳴る。矢矧と阿武隈の試合結果は決まった。勝敗の部分には白と黒の丸がついている。

 

「勝ったみたいだ」

 

 阿武隈の名の横に掲げられた白星。つまり予測ではこのままいけば優勝することになる。

 

「本当に当たるの?」

「うん。僕は外れる賭けはしないからね」

「もし外れたら?」

「その時は間宮券を奢るよ」

 

 随分あっさりと引き受けるなと思いつつ、瑞鶴はひとまずそれで話にケリをつけた。

 

「分かった。覚えておくわ」

 

 釈然としないが深入りする余地はない。時雨はそのまま姿を消した。

 その後すぐに、瑞鶴は赤城の隣に座り決勝を見るため、席を立って通路の階段を降った。道場に一人で行っても良かったが、変なことに巻き込まれても困る。

 

「あら、いたんですか」

「ずっと後ろにいましたよ」

 

 隣に座ると赤城が振り向いて話しかけてくる。普段通りの顔ではあるがやはりどこか違う。漠然とした違和感が働いた。

 

「瑞鶴さんは決勝戦、どっちに軍配が上がると思いますか?」

 

 投影された映像を眺めながら赤城は一言問う。最初は申し訳ないと思いつつも、神通だろうと思っていた。時雨の言葉があるとなると話が変わる。

 

「阿武隈さんじゃないですか」

「それは……仲間だからとか?」

 

 わけは違うが一旦うなずく。瑞鶴自身の理由ならば妥当だ。

 

「はい」

「阿武隈が喜びそうだな」

 

 不意に提督が話に入り込んでくる。前方を見据えるその目には一抹の焦りが浮かんでいるように淀んでいた。

 

「私は神通さんがもしも“あの状態”だったら詰められて負けるだけな気がしますが」

「近づけたらの話だ。阿武隈の戦術は川内とは違う」

 

 ハイライト。決勝を実施するにあたって二人の今までの試合映像が流される。未来を見据える挑戦者──阿武隈につけられた文字列だ。明確に神通が王者の壁という形して立ちはだかっているような意識があった。“鬼神”。銀幕に刻まれるだけで、遠くから音圧を伴った応援の声が広がる。

 

「狙撃戦法。上手くいくんでしょうか」

「行くと思うぞ。だからここまで勝ってきたんだろう」

 

 左右の大衆から出る歓声を鬱陶しそうにしながら提督が答える。根拠を持った回答ではなく信頼という二文字だけが支柱だった。外野はただ、見守ることのみ許される。

 

「はぁ……」

 

 重いため息。赤城は安堵には似つかない暗い顔持ちだった。疑念は確信へ。思わず瑞鶴は口を滑らせた。

 

「何か、あったんですか」

 

 首は突っ込まない。そう決めたはずなのに──いつの間にか尋ねていた。赤城と提督の(まと)う空気が変わる。一人は細く、もう一人は迷いがあるのか目が泳ぐ。直感的にまずいと感じた瑞鶴は慌てて取り繕った。

 

「あっ、いや言いたくなかったらいいんです」

「別にいい」

 

 提督が答えると、赤城の視線がそちらへ向く。数秒の沈黙。やがて赤城は重い口を開いた。

 

「そこの大馬鹿はある約束をしているんです」

「おおば……」

 

 滅多に耳にしない単語に目を見開く。提督は咎める気はないのか、黙ったままだった。探り探りで質問を投げかける。

 

「約束って?」

「優勝を三回しなければ提督の籍を返す。つまりもしこのまま誰も勝てなければ私たちの提督は別の人に変わります」

「えっ」

 

 開いた口が塞がらない。文句が何一つとして頭に浮かんでこなかった。唐突に言われた事実は今まで感じていた演習への漠然とした緊張感を払拭して、新たな感情を植え付ける。

 

「それ、他のみんなに伝えなくていいんですか」

「知りません。この人の勝手です」

「っ……」

 

 不信感。奥底の心は静かな怒りに満ちた。だが瑞鶴自身がどうにかできる問題でもない。提督は何も弁明しなかった。微かに唇を噛む。痛みが一時的な薬となって冷静さを保つ。

 

「いつもいつも……どうして、こう取り返しのつかないところまで一人で抱え込むんでしょうか。」

 

 赤城が嫌味を浴びせてもなお、彼の表情は凍りついたままだ。心の底では信頼していないのか。考えたくはない疑問が瑞鶴の胸をえぐる。

 

─もっと頼ってくれてもいいのに。

 

 弱みを見せない。それは孤独の裏返しだ。支えがなければいつかは跡形もなく崩れ去ってしまう。託された思いを忘れず刻みつけた瑞鶴には、自分勝手な振る舞いをしているように写っていた。

 

「別に俺だって基本は知らせるつもりだったさ」

 

 私情を押し殺した言い訳。今更吐き出したところでもう遅い。赤城が怪訝な眼差しを向ける。瑞鶴も冷えた視線を当てる。

 

「でも物には順序ってものがある」

「格好悪いですよ」

「あのなぁ……」

 

 やけになって文句を垂れようとしたところで口をつぐむ。しばらく逡巡した後に彼はもう一度喋った。

 

「……実のところ、俺も困っているんだ。承諾したのはいいが、秘密裏に進めるにはあまりに無謀だったからな。」

「今になって弱音なんて、どんな風の吹き回しですか」

「そうした方がいいと思った」

 

 今までにはなかった態度なのか、赤城の雰囲気が少々変わる。怒りだけではない、冷静で理性的な思考。ちょうどその時、目の前で決勝戦が開始する。阿武隈が水面に手を這わせて、甲標的を忍ばせているのが見て取れる。同時に赤城が問いかけた。

 

「じゃあ、まずは現状整理からです。どういう予定だったんですか?」

「軽巡、駆逐、空母で勝つ。それだけだ」

 

 抽象的な回答にがくりと肩を落とす。珍しく切れ味に欠く提督は剣城にどこか似ていた。

 

「もっと詳しく言ってください」

「そうだな……軽巡は川内、駆逐は夕立、空母は赤城に勝たせるつもりだった」

「責任重大ですね」

 

 己も勘定に入れられていたこと自体はさほど気にしていないのか、すんなりと流す。瑞鶴にしてみればツッコミどころ満載だが、場が場のために聞き流した。

 

「そうしたら、今は随分と危機的状況なのでは?」

「あぁ。正直ちょっと肝は冷やしている。」

 

 阿武隈に期待していないとは言い切らない。しかし相手が本来想定していたプランを破壊してきただけに、警戒感が募っているのは確かであった。事実、提督の目はしばらく一点を追い続けている。

 

「まぁ……こればかりは仕方ありません。阿武隈さんが勝つのを祈るとして、問題はその後の話です」

「その後? 心配することなんてあるのか?」

 

 不可解な面持ちで振り返る。勝利を疑っていない顔だった。

 

「負ける可能性が一切ないなんてことはありません」

「九割九分九厘勝てるだろ」

 

 断言しきる曇りなき眼差しに、赤城は眉をわずかにひそめる。

 

「その一厘の慢心が命取りになるんですよ」

 

 重くのしかかる言葉だった。自戒として告げているような険しい顔に提督も黙る。眼前の映像では最初の魚雷が神通へと命中し、早くも中破で大きな一歩を築いていた。阿武隈の顔には一切の笑みが浮かんでいない。油断が皆無の冷酷な表情だ。

 

「分かった。なら失敗する可能性がある場所はどこだ。夕立か?」

()です」

 

 早い回答。提督も瑞鶴も思わず視線を向けた。

 

「冗談はやめてくれ。最初に空母で二勝した艦娘だろ?」

「『二勝した』という点では舞鶴の加賀さんも同じでしょう」

「でも、それは赤城がいなかったからじゃないのか」

 

 指摘に少々考える素振りを見せて、赤城は答える。

 

「はっきり言って、私は実力に順序も優勝数も関係ないと思ってます。それでは阿武隈さんが神通さんを圧倒している事実に説明はつけられません。」

「相性の問題なんだろ。」

「まさに関係のない証拠ですよね?」

 

 鋭い切り返しに提督も黙る。彼女は真っ直ぐと戦況だけを客観的に見据えていた。銀幕には阿武隈が少数の魚雷と軽い主砲の砲撃で容易く神通を追い詰める姿が流れる。単冠湾の面々がよく知る川内ならばここまで一方的にはならない。同じように戦っているはずなのに──。瑞鶴には神通の斬新さに欠ける手の数々がどこかもどかしかった。

 

「つまり……赤城が何らかの理由でねじ伏せられる可能性があると言いたいんだな?」

「はい」

「じゃあ、なんで夕立は疑わない。」

「疑えないというのが正しいですね。私には夕立さんの行動を把握しきることができませんから。それに──」

 

 反撃。被弾覚悟で肉薄し、強制的に近距離戦闘へと持ち込もうとする神通を阿武隈は常に反航戦の形にして軽くいなす。すれ違いざまの砲撃は変則的な加速で振り切る。徹底的に相手の土俵に乗らない戦術は素人目線ではつまらなくても、艦娘からすれば合理的で美しく見えた。

 赤城はそれらを見終えた上で話す。

 

「参加数が多い分、伏兵は少なからず出てくるはずです。規模が小さいからと言って、所属する艦娘も練度が低い……なんてことはあり得ません。どの港も自慢の部下を差し出しますからね」

「約束をつけた以上、危ない橋を常に渡ってるってことか」

「そういうことです」

 

 決して楽観的な思考をしていたわけではないが、提督の認識が少々甘かったのは確かだった。良くも悪くも上の存在しか見ていないことに加え、地位に固執しないからこその鷹揚な心持ちが皮肉にも仇となっている。

 しかしまだ、遅くはない。職を失わないためにも、すぐさま提督は軌道修正に取り掛かった。

 

「そうなると……赤城が負けた時の()()も考えないとだな。でも──」

「必然的に決まりますね」

 

 沈黙。目と目が合う。

 

「えっ」

「生憎、瑞鶴さんしかいませんね」

「えぇ!?」

 

 思わず体が立ち上がる。無意味なのは分かっていた。薄々感づいてもいた。だがいざ正面切って言われると、身に力がこもる。

 

「加賀からも相当仕込みを入れてもらったんだろ? 務まらない役ではないと思うぞ」

「そう、ですけど……」

 

 内心、いいところまで行ければいいやと思っていた。諦めたとか勝つ気がないというわけでは毛頭ない。身の丈にあった成績を残そう。そう決めていただけだ。緊張もしながらどこかワクワクもしたのは事実であるし、楽しもうと努力はしている。ただ、勝てと命令されるのは話が違うのだ。

 

「瑞鶴さんだって立派な単冠の正規空母です」

「案外、勝てるかもしれないぞ」

 

 甘言。瑞鶴からしてみればあてにならないのもいいとこだ。己の実力は一番分かっている。少なくとも()()()()絶対にあの加賀には敵わない。

 

「大型艦枠なのでくじ運が良ければ決勝までいけるかもしれませんよ。私は別山でアプローチできるのですから、一石二鳥なのは瞭然です。」

「幸運なんて瑞鶴の得意分野じゃないか。」

 

 期待の視線は移り変わる。

 

「で……でも」

 

 口を開こうとした瞬間、周囲の観衆から歓声が上がった。神通がやっと阿武隈のことを捉えたのである。度重なる連撃が襲い、阿武隈のリソースを削っていく。中破寸前。三人は映像に釘付けだった。

 

「流石にまずいか」

「いえ、落ち着いてますね」

 

 阿武隈に焦りの感情は見えない。致命的な一撃を見極めて、過ちを起こさないように。丁寧に一歩ずつ、寄せの一手を躱しながら詰めるための革新的な何かを探る目に宿る、揺るぎない闘志は川内とは比類にならない。殺意に近い気迫を瑞鶴はひしひしと感じていた。

 

『貴方の戦術は素晴らしいです。けど……勝利は譲りません!!』

 

 神通の言葉に合わせて、砲撃が何発も擦り続ける。猛攻を前にしても引かない阿武隈は答えた。

 

『私の知ってる夜戦バカはこんなものじゃないの。だから……!!』

 

 不可解な動き。今まで見せなかった飛び込む航行に神通は一瞬驚く。しかし確実な隙。乗った。

 

「っ」

 

 瑞鶴ははっきりと見た。彼女の浮かべるわずかな微笑みを。

 

─足の魚雷発射管が斜め上を向いてる?

 

「これは……」

『肉を切らせて、骨を断つ!!』

 

 撃たれた砲撃を左腕で完全に防ぐ。脱落する装備を物ともせずに、発射管から放たれた魚雷の胴体部分を右手を伸ばして掴み取る。本来ならば当たり得ない雷撃を当てるには。既視感のある行動に提督が声を出す。

 

「川内の言葉か──そうなると」

「見様見真似でやっているわけではなさそうですね」

 

 魚雷の直接投擲。意表を突く好手に見えても誤爆の可能性は付き纏う。慣れていなければ、コツを知らなければ成功する確率は低い。

 だが阿武隈は一度たりとも宿敵の技術を忘れたことはなかった。彼女とは装備の位置が違う。だから工夫した。信管部分を押し当てられるように手首を返して人差し指と中指で押し飛ばす。防御不可能。すれ違う一瞬の時間で巻き起こる爆発、鳴り響く試合終了の合図に人々は沸き立つ。最後の最後で見せた一撃は心を掴んで離さない。

 

「ふぅ。ひとまずは安心だな」

「次は夕立さんですか」

「あぁ、そうだ。でももしかしたら時雨とか暁たちが勝ってくれる可能性もある」

 

 水しぶきが晴れて力強く立っている阿武隈の姿が映る。提督と赤城がこの後の展望へ討論を交わす中、瑞鶴は一人物思いにふけっていた。

 

─すごい。

 

 決勝戦という大舞台で新しい技をこなす精神。それは尊敬に値する。しかし何よりも響いたのは、彼女が川内を負かした相手を討ち取ったということだった。

 

─もし、赤城さんが負けたら……私も同じことを?

 

 できない。いや、できるかもしれない。自問自答を繰り返した先にある一瞬芽生えた感情はまだこの演習が始まる前、あの道場で飛龍に抱いた何かと似ていた。圧倒的に輝いてみたい、自由に羽ばたいてみたい。最高の場所で、最強の相手と。奇しくも瑞鶴の理想としている艦娘と同じ名の強敵がいる。

 

─舞鶴の……加賀。

 

 提督の職は大事だ。約束を果たすためにも、悲しむ者を出さないためにも。けれど。

 

「さてと。一度お昼休憩だそうですし瑞鶴さんも来ますか?」

「えぇっと……どこに?」

「くじ引き会場です。面白いものが見れますよ」

 

 一時中断。話しかけてくる赤城の笑顔は薄気味悪かった。果たしてなぜ予選の順を決めるイベントに行く意味があるのかがイマイチ理解し難かったが、ひとまず立ち上がる。

 

「提督は……さすがに労いがありますからね。くれぐれも今度は間違えないでくださいよ?」

「ちゃんと確認したから問題ない。それに今回は江田島に用はないからな。気長に待つつもりだ」

 

 返答に満足したように頷くと、赤城は階段を降る。瑞鶴も悶々とした思いを抱きながら、それに続いた。




今回はあっさり目に書いてみました。中々瑞鶴の出番が遅いですが次を越せばいよいよです。お楽しみに。
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