舞台の取り付けられた敷地。予選のくじ引き会場は瑞鶴の予想に反して小規模な設備であった。
「それで……面白いものっていうのは?」
「駆逐艦でしか見られない光景です」
そう言われて瑞鶴は辺りを見渡す。一般人よりは艦娘や提督といった者が多く、また少々配置に偏りがあった。不思議に思いながら待っていると放送が流れる。
『お次は第二演習海域!! 基本への忠実さが求められるこの海域では誰が勝ち残るのでしょう!!』
意気揚々とした司会の言葉と共に画面にトーナメント表が映し出される。最大三十二人。途方もない数だ。
「試合の長さ、すごく伸びません?」
「そうですよ。大体一日半用意されていた日程が、この駆逐艦部門では二日以上に伸びます」
「ひぇ……」
瑞鶴は今までの経験則から存外短く終わると甘く見積もっていた。しかし赤城によれば、射程の短さと試合前後の時間、そして何より参戦する人数の多さが原因で、思いの外時間がかかるとのことだった。そんな中、見慣れた姿が目に入る。
「あっ、時雨」
壇上に現れた彼女は箱に手を入れ、紙を引き出す。番号と一致する枠に名前と所属する泊地名が表示される。まばらな拍手と共にあっけなく儀式は終わった。拍子抜けのあまりに首がキョロキョロと動く。そうして何事もなく止まった時、瑞鶴は赤城に問いかけた。
「えっと、これが見たかったんですか?」
「違います」
平然と観覧にふける表情に愉快さはない。怪訝な面持ちのまま視線を戻す。
─何かあるんだよね……?
全く連れてこられた意図が不透明だった。もやもやとしたまま待っていると、声が聞こえてくる。
「雪風〜!! 気張りなさいよ!!」
「お姉ちゃんらは応援しとるからなぁ!!」
騒がしい一群。瑞鶴が目を凝らして見ると、彼女たちの衣服には鶴と錨の刺繍が入っていた。上ってきた雪風も同様だ。
「もしかして……?」
「そうです。応援合戦。大抵ここから乱闘に繋がります」
「えぇ」
つまり後々起こるであろう惨事を野次馬しにきたということではないか。真面目な赤城が行うとは毛ほども考えていなかった瑞鶴は、ただただ困惑すること以外できなかった。
「見ている暇があったら鍛錬した方が良くないですか? 一応、提督の職がかかってるんですし」
「いつもピリピリしていると疲れますから。たまにはこういうのも大事です」
上手く言いくるめられているような気がして、せめて一人だけでも抜け出そうと苦心するが身動きが取れない。いつの間にか囲まれて、脱出できなくなっていた。人数に会場の面積が足りていない。
─なんでこんなに狭い場所なのよ!!
心の中で文句を呟きながら腕を組む。幸い軍関係者かどうかで半分に仕分けはされていたため、余計ないざこざはないだろうが、無駄な時間を過ごしているという感覚は常にチラついていた。
─最悪。
心の中で悪態をつくも、内容へと目を向ける。肝心の雪風の枠番は時雨とは対極にあった。線の先を辿ると、交わることはない。二人が出会うのは本戦以降である何よりの証拠だ。
「ええとこ引いたやないか!!」
「さすがは自慢の幸運ね!!」
前方からの張り上げた声は続く。見た目からして陽炎型の姉妹艦なのは瑞鶴もすぐに理解できた。長女と三女。文句を言いたくなるが何故か前列と後ろで区切られているため近くに行くこともできない。まるで乱闘が起きることを予期しているかのように空間が置かれていた。
─いや……まさかね。
たかがくじ引き。火種はないはず。瑞鶴は憂慮しながらも高を括っていた。
そんな中、次に舞台へやってきたのは呉所属を示す、桜と徹甲弾があしらわれた錨の紋章を身に纏った島風であった。彼女が引いた番号は雪風に被る枠。二戦目にあたる枠だ。
「ふん、うちの雪風なら屁でもないわね」
結果に対して陽炎はやれやれと肩をすくめながら一言呟く。明らかな挑発行為と捉えられても致し方ない発言だった。
─これは……まずそう。
嫌な予感。駆逐艦の中で一人動いている存在が見て取れる。
「聞き捨てならないことを言うじゃない」
ズカズカとやってきて人目も
「しごかれたいのかしら」
「上等よ」
本人たち不在でよくも進められるなと思いつつ、横の赤城に視線を当てる。予想通り目が輝いていた。
─完っ全に黒じゃない。
野次馬根性丸出しの彼女はほっといて、顔を戻す。それにしても血の気が多すぎる。単に瑞鶴の身の回りは体感落ち着いている艦娘が多いのもあって、余計に目立った。
「ちなみに時雨とか村雨ってああいうことします?」
「夕立さん関係なら」
「はぁ……」
前言撤回。これが普通らしい。そのまま眺めていると現場はやや一触即発といえる状況にまで発展していった。
「何? そんなにうちのエースが弱いってわけ?」
「雪風と比べたらね」
「ふ〜ん。自分は棚に上げるの」
「当たり前じゃない。二人の間の話よ」
本人らは至極気まずそうに立っている。引き留めればいいものの、己自身を持ち上げようと双方奮闘しているのも相まって割って入ることもできないのだ。今回は寸前のところで仲介役に運営側が入ったことで事なきを得た。
そんな騒ぎを尻目に、瑞鶴は少し気の毒に思いつつも新しく引かれたくじ引きへと目線を上げていた。時雨の敵となる相手がいては困るのだ。
─良かった……大丈夫そう。
その後の三、四人は南方諸地域から一人やってきたぐらいで大きな進展はなかった。一定数の枠番が埋まったのを見計らって赤城が群衆の波目を抜けていく。
「行きますよ。今度は第一海域を見にいきましょう」
「ちょっと待ってください。もしかしてまた喧嘩未遂を見に行くんですか?」
「仕事です。提督に伝えなければなりませんから」
最低限の責務は果たすつもりだという赤城の言葉にほっとしたのも束の間、瑞鶴は衆人の波をかき分けなければならないことに気づく。心の中で肩を落としながら背中を追った。
骨を折る移動を経て、二人は広い空間のある会場へとやってきていた。第一海域の抽選場である。
「夕立さんと電さんは……既に終わってますね。結果も可もなく不可もなくといった感じ。予選は安泰ですね」
「そ、そうですか? 結構まずいように私は思うんですけど」
ざっと見るだけでも載っている名前の横にある母港は軒並み本土近辺のものだった。佐世保や横須賀が目立つ。
「古くから泊地を支えてきた二人ですから。この程度であれば苦難のうちには入らないと思います。」
「へぇ、やっぱり椃木君の所の
突如、赤城の背後から柔らかな声が響く。共に振り返ると瑞鶴には見慣れない、いかにも爽やかな顔だちの青年が立っていた。提督服を着用しているためどこかで指揮を執っているのは明らかだが、所属が分からない。赤城が先に口を開く。
「
「ごめんごめん。前に入ってきたものだからつい」
不意に黒々とした瞳が瑞鶴へと向く。腕章を一瞥して、顔へ。くまなく検査されているような視線に少々不機嫌な反応を出すと、すぐに逸らされた。
「今は……偵察中かな?」
「そんな感じです。瀧灘さんこそどうしてここに?」
「僕の所の秘書艦が出るからね。その後見」
「てっきり興味ないのかと思ってました」
赤城の驚いた顔に、瀧灘は首に手を当て笑って答える。
「椃木君からの入れ知恵かい? 確かに事実ではあるけど……僕も必要とあれば参加はするよ。ただ、持ち場を離れる時の文句が面倒なだけさ」
「
「やめてくれ、そういう言葉は」
照れ臭そうに振舞いつつも、きっちりと謙遜する。どこか分を弁えている落ち着いた言動は、その若さには見合わない。付けている識別章が大半の提督と異なることから、地位は高いのだろうと推測できた。
そうして、ひと段落つくと瀧灘は改まった様子で、瑞鶴のことを視認しながら赤城へと問いかけた。
「それで……
「『件の』、というのは?」
質問で返されるとは思っていなかったのか、瀧灘は困惑したような表情を見せる。
「何も聞いていないのかい」
「見当もつきませんね。瑞鶴さんは瑞鶴さんです」
「分かった。この話はやめにしよう」
瑞鶴は、突如として話題を打ち切る彼に一抹の違和感を感じた。しかし面識がない以上深入りすることはできない。あくまでも盗み聞きしている立場なのだ。
しばらくして一人の艦娘が上がってきた。瑞鶴たちと同じ黒の腕章と佐伯と描かれた金文字をつけている。
「敷波、緊張してるなぁ。目が少し泳いでる」
「あれがさっき言っていた」
「そう。僕の秘書艦。いつもはマイペースなんだけどね」
壇上に立つ彼女の面構えは引きつっていた。瀧灘を見つけると一瞬、安心した素振りを見せるが歩きはぎこちない。硬い行進に前方の駆逐艦の集団は笑いを堪えているようだった。細い目で鑑定するかのように赤城は見つめる。
「脱力すればいい動きをしそうな方ですね。所々、独特の呼吸があります」
「分かるかい? ああ見えても、泊地一の腕利きだからさ。そっちの番犬ちゃんのお眼鏡にかかるんじゃないかな」
「それは本人にしか分かりませんよ」
番犬。夕立のことだ。瑞鶴は移動の道中に赤城から詳しく聞かされていた。名前の由来は彼女がいる先には進めない、いわば“勝利を止める番犬”として立ちはだかる姿である。畏怖も込めて名付けられた別称に同じ泊地にいる瑞鶴でさえも驚かずにはいられなかった。
敷波が箱へ手を伸ばす。枠は決まった。結果に対して瀧灘は安堵の息を漏らす。
「よし……とりあえず予選落ちはなくなった。椃木君の所とは交わらない場所だ」
「別に私たち以外の組もありますよ?」
「それぐらいなら敷波はどうにかして勝つだろうさ。あの子は良くも悪くも初めてだから」
直接には言わないが、期待している。そんな口ぶりだ。瑞鶴はふと提督が赤城の保険の話をする時の口調を脳裏に浮かべていた。司令官たるもの、部下の活躍を願うのは極々自然な感情ではある。だが、瀧灘とは重みが違う。そんな気がした。
─勝ったら……提督さんはどう思うのかな。
記憶に姿はない。勝利を祝ってくれた相手は別だった。今この場で同じように栄光を手にしたのなら、彼は心の底から祝ってくれるのか。答えに自信を持てない。
─だから距離があるのよ。
嫌な部分をついてくる声。演じるために集めて、活かせないまま半分腐らせてしまっている“彼女”の提督との思い出が心を深く突き刺す。所詮は贋作。なりきることなんてできるはずがない。保険は保険のままだ。
─羨ましいな。
信頼という名のバイパスが、瀧灘と壇上に立つ敷波には通っていた。漠然と生まれる嫉妬。あの関係は提督と瑞鶴には成り立っていない。清算が終わっただけで、積み上げたものは皆無だ。
─思い出は作らなきゃ……これ以上は進めない。
なぜ報告会に提督が瑞鶴を連れて行ったのか、少し分かったような気がした。もしかしたら何も考えていなかったのかもしれないが、それでも意図を考えなかったのは瑞鶴だ。矢矧や赤城と過ごしてしまった。
─私が勝って作るんだ、提督さんと。
保険としてではなく一人の艦娘として、単冠湾の瑞鶴として勝ちたいという強い原動力がはっきりと芽生えた瞬間だった。『トラック泊地の頃の瑞鶴』をなぞっても意味はない。提督は言っていた。
─単冠湾は私たちの母港……なんだから。
そうと決まれば話は早い。中途半端な成績ではダメだ。必要なのは優勝、ただ一つ。
「赤城さん、私少し抜けてもいいですか」
「えぇ……って、はい? この後すぐに予選が始まりますよ」
「ちょっとやりたいことがあって」
瑞鶴の微小な変化を感じ取ったのか、曖昧な言葉にも関わらず赤城は迷いなく許可を出した。
「分かりました。いつもの観戦席で待っているので、終わったら戻ってきて下さいね。│監督不行届《かんとくふゆきとどき》で怒られるのは困りますので」
「はい!!」
瀧灘に軽く会釈だけして、人混みを押し分け外へ抜け出す。目的地は決まっていた。
─道場って確か。
静かな佇まいの施設は、やや隔離された場所にある。単冠湾の設備も同様だが、艦娘や泊地運営を行う提督らにとって重要な施設以外は他所に移されがちだった。故に移動も煩雑になる。
瑞鶴はうろ覚えながらせかせか歩いて通りへ出る。広々とした道は売店や屋台、そして夥しい人で賑わっていた。ここから弓道場へは横断しなければいけない。ため息をついて足を踏み出し数歩進んだ頃、左手から声が聞こえる。
「あれ、瑞鶴? 一人でいるなんて珍しいね」
振り向くと、狼をかたどった徽章を身につけた矢矧と飛龍がやってきた。後ろには長門と剣城がいる。
「少し用事があるの」
「あらそう? 随分と軽装なのね」
「あっ」
矢矧の指摘で瑞鶴は弓と矢筒を自室に置いてきていたことを思い出した。取りに行くとなると時間がかかる。飛龍がその様子を見て一つ提案した。
「もしかして射場に行く感じ? ついて行こっか?」
「場所はわかるから平気」
「いや、貸し出しできるからさ。この際教えておいた方がいいかと思って」
「ほんと? それならきて欲しい」
返答に快く頷いて、飛龍がついてくる。矢矧たちとはそのまま別れた。
「飛龍は何をしてたの?」
「抽選会を見てただけ。不知火とかいたでしょう?」
「あぁ」
合同演習の際の帰り道、川内を蹴ったと言っていた記憶が蘇る。駆逐艦に血の気が多い者がいるのは思えばこの時からだったなと思いつつ、瑞鶴たちは通りを抜けて裏道へと入った。
今回は短めです。ここからはガツガツ進めて行きます。
追記 どうやら疲れ切って一部文章が飛んだみたいです。来週はお詫びも込めて少し多めにします