北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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続きです。


灰色の記憶 〜邂逅〜(4)

 そうして俺が呉に来てから、一年ほどが経過した。大半の設備の配置と所属する人々の名前は頭に入っていた。若干緊張して話せなかったことも克服した。そして何より、提督の仕事と心構えを鶴峰から色濃く受け継ごうとしていた。

 

「鎮守府での活動も板についてきたな。」

 

 戦況は大きな展開を見せていた。順調に九州南部を制圧した軍は、南西諸島を攻略。そのまま現状維持を保つかと思っていたが、大幅な戦力増強を行って南方、西方海域を一気に進攻して掌中に収めてしまった。ひっきりなしに出撃していく彼女たちの姿を俺は何度も見送った。傷ついて帰ってくることもあれば、笑顔で戻ってくることもあった。いずれにせよ欠落するものはいなかった。鶴峰は誰も死なせなかった。

 

「明後日からはやっと祭りの日か。いつぶりだか。」

 

 呉は珍しく戦いとは関係のない日がやってきていた。泉佐野と俺は見慣れたルートを巡回しながら忙しそうに準備に取り掛かる艦娘たちを眺める。

 

「観艦式、でしたっけ。」

 

 軍事演習のようなものだと鶴峰は言っていた。南では未だ激戦が続いているというのにそんな暇があるのかと甚だ疑問を感じたが、俺の想像しているよりは余裕があるようだった。

 

「四つの鎮守府を一堂に介する大規模の……な。まぁ士気を上げる目的もあるだろうから意味がないわけじゃない。」

 

 主催地は呉、一般入場も可能。必然的に俺らの仕事は増える。泉佐野が「今いる警備員はお前だけだ」と言われた時にはどうなることかと思ったが、守衛が別でいることや、本来の俺自身の役割を鑑みればいい機会だと感じていた。

 

「たった一年、されど一年。今と一年前でこうも違うとは。さすがはあいつだな。」

 

 鶴峰は中将から大将へ昇進していた。だからこそ、俺との接点も薄れていた。気にかけてくれていたが、しかし立場の違いというものがある。いまだ少尉止まりの俺に会う機会が訪れることは片手で数えられるほどだった。

 新調された鎮守府は艦娘の故郷ともいえるほどに馴染んだものになっていた。俺が彼女らについて知った工廠も建造ドックが広がり、改修工房もできていた。

 

「鶴峰さんは今は舞鶴に行ってるんでしたっけ。」

「嗚呼、確か視察だったはずだ。」

 

 泉佐野は俺よりも立場は数段上だ。だからこそ鶴峰との情報交換が続いていた。鶴峰についての近況は基本泉佐野からしか得られていなかった。

 

「……お前もそろそろ自立する時期なんじゃないか?」

 

 泉佐野は俺を外に出したがっていたようだった。というのも、彼から言われる仕事はすでにもう全てこなせていたし、一人前の域に達していると判断していたように俺には見えた。泉佐野は他にもあれこれ言っていたようで、時々上の場でその話が出てきたと鶴峰と会ったときにこぼしていたのを覚えている。

 

「あの人から言われない限り、自分は出ませんよ。絶対に。」

 

 しかし俺は鶴峰に認められていない。ただ、彼も俺が独立したいのではないかと鎌をかけることがあるからそういうわけでもないのだろうが、でも公式には指令は下っていない。だから俺は動かない。

 

「そうか。まぁちゃんと計画があるんだったら良いんだが……。」

 

 何か言いたそうな口ぶりを泉佐野はしていたが、俺は何もそれには触れなかった。たった一年、されど一年という泉佐野の言葉を借りるならば、俺への愛着も同じような変化を見せているだろう。そう俺も感じていた。時間は人との関係性を向上させるための最良の要素だ。

 

「さて、俺は来賓に挨拶をしに行かないといけない。だから続きは頼んだぞ。」

「来賓?」

 

 俺の問い返しに泉佐野は不敵に笑って答える。

 

「たまにはお偉いさんとしての仕事を果たさなきゃいけないんだよ。」

 

 教務長としての仕事なのだろうか。それとも別の役職があるのだろうか。そんなあてもない憶測をしながら俺は泉佐野と別れて、いつもの巡回ルートの続きを俺は歩いていた。

 一人の時間というものは長らく作れていなかった。というのも泉佐野がつきっきりで見ていてくれたことや俺自身が色々知ろうと艦娘にも話しかけていたからだ。時々それでトラブルを起こしたこともあったが、基本的にそれが成長につながったと感じている。

 

ー見慣れない人だな。

 

 俺が少し考え込みながら歩いていた時、ふと目に見知らぬ男性が入った。呉の人ではない。そう感じた。ただ、不審者かと言われればそうではなく、服装から見て他の鎮守府の人間なのだろうとは容易に推測することができた。俺は試しに話しかけてみることにした。

 

「何かお困りですか。」

 

 俺の問いかけに彼は振り向いた。驚いたことに年若い青年のような風貌をしていた。階級は少佐。見た目から予想できる年齢的に相当優秀なのだと悟った。

 

「いや、待ち合わせしてたんですけど。中々来なくて。」

 

 俺はまさかとは思った。一瞬泉佐野の顔が脳裏に浮かぶ。

 

「失礼がなければでいいんですが、どのような方で?」

「うちの部下です。」

 

 内心ほっとする。俺は続けて聞いた。

 

「外見などはわかります?」

 

 彼は一瞬迷って言った。

 

「艦娘なんですよ。『瑞鶴』って言うんですけど。」

 

 俺では分からない。直感的にそう感じた。艦娘とは残念ながらそこまで多く俺は出会ったことがない。よく話すとしたら加古ぐらいだ。

 

「そうですか……。あまりそちらの方面には詳しくないので力を貸せそうにはありませんね。お時間とってすいません。」

 

 彼は提督なのか。そう思いながら俺は早々に別れを告げることにした。

 

「いえいえ。」

 

 名前もわからない青年はそう言ってやわらかい笑顔で返してくれた。俺はまた巡回へと戻った。

 そうして、全体ルートの八割ほどの順路にあたる倉庫近くの通路に差し掛かる曲がり角がやってきた時だった。不意に目の前に女性が現れる。瞬間的に俺は反応して回避するが、彼女は驚きからかバランスを崩してこけてしまった。

 

「えっと……。大丈夫?」

 

 艦娘なのだろうか。それにしても急いでいる様子だなと思いながら手を差し伸べた。

 

「ありがとう、助かるわ。」

 

 そう言って立ち上がると、スカートの裾の汚れを軽く払う。

 

「ごめんなさいね。突然出てきちゃって。」

 

 端正な顔立ちだなと感じた。ツインテールに紅白の衣装。大型艦のような気がしたが詮索はしない。俺は提督じゃない。

 

「別に大丈夫です。それでは。」

 

 俺はすぐに挨拶を済ませ立ち去ろうとした。艦娘に絡む理由などない。だが、彼女はあったようだった。

 

「あの……広場ってどこか分かる?」

 

 俺が振り返ると彼女は少し笑いながら続ける。

 

「道、迷っちゃって。」

 

 

 

 

 俺の心の中は荒れ模様だった。心なしか雲も暗く見える。

 

ーまさか他の鎮守府の艦娘の道案内なんて……。

 

 運がない。そう口に出しかけたが、隣には“彼女”がいる。迂闊なことは喋れない。

 

「あなたはここの人なの?」

 

 そんな俺の気遣いも知らない彼女は構わず俺に質問をした。

 

「はい。」

「でも提督じゃなさそうよね。」

「警備員ですからね。」

 

 本当の意味を“彼女”は知る由もない。そんな風に思いながら俺は最短距離で彼のいる場所へと向かった。そう、待ち人がいた彼だ。広場ではないちょっとした広い空間に海を眺めながら彼はたたずんでいた。

 

「君は、さっきの。」

 

 驚いた様子の彼に俺はことの顛末を説明した。『瑞鶴』は照れ臭そうな顔で彼と話して、俺に感謝を述べる。そうして二人はどこかへ歩いて行った。

 しばらくして、俺は詰所に戻った。すると泉佐野が帰ってくる。珍しく神妙な面持ちに俺は思わず問う。

 

「何かありました?」

「いや。大丈夫だ。お前には関係ない。」

「それならいいんですが……。」

 

 そう俺は言ってお茶を二人分汲んでその片方を泉佐野へと手渡す。

 

「悪いな。」

 

 そう返す彼の顔は深刻そうに見えなかった。だが俺には少し引っかかる。

 

「そういえば……。」

 

 俺は青年と瑞鶴の話をすることにした。俺にとって暗い雰囲気はもうこりごりだった。

 

「お前、それは多分南方の提督だぞ。」

 

 愕然とした顔で話す彼の言葉に俺は思わず声を出した。泉佐野が頭を押さえ、意を決したように話す。

 

「お前に関係ないと言っていたが、もしかしたら関係することになるかもしれないから話しておくか……。」

 

 俺のソファに腰掛ける姿勢がピンとなる。重い空気の中、泉佐野は語り出す。

 

「今人員補充で南方にこっちから人を送る話が出てる。それも少尉以上のクラスでな。理由は軍人出身の提督不足が起きているからだ。」

「民間出身の提督がいるんですか?」

 

 提督の採用に民間人とは、俺はびっくりした。呉にいた人間は皆海軍に所属していたから提督は軍人だけなのだと思っていた。その固定観念がひっくり返る。同時にあの青年はどっちなのだろうという思いも働いた。雰囲気的には軍人に見えた。

 

「まぁな。南方が激戦なのは聞いていると思うが、それで人員が足らなくなったらしい。民間人と軍人の決定的な違いは艦娘を使った深海どもとの戦争に対する姿勢の違いだ。どうやら民間出身の奴らは決戦を臆する傾向にあるらしくてな。それで上も困っているんだそうだ。あそこの深海棲艦は今まで出会った奴らの数段は上の強さらしい。」

 

 強敵に勝つために損害を出してでも突っ込む覚悟がない。そう表現できるのだろうが民間人ができないのは当たり前だ。俺はそう思った。俺が士官学校で見たときにもそう感じた。編入してくる生徒にごく稀にいたのだ。戦わないで勝とうする者が。

 誰も死なせないというのは戦いを避けることで得られるわけではない。時には傷ついてでも大事な局面を取らなきゃいけないこともある。それを感情を排除して行い、敵に大損害を与え、反撃する能力を最小限に抑えることで結果的に損害が減るのだ。大局を見るという考え方を俺は鶴峰から教えられた。俺なら忠実に行える。その自信があった。

 

「お前、行けるか?」

「もちろん。」

 

 ほとんど間を挟まなかった。半ば無意識に答えていたのだが、それほど俺にも自信があったということだろう。俺はそう考えた。

 

「そうか。」

 

 泉佐野はそう一言言うと、また少し沈黙の時間を作り出した。しばし考えていたのか、数分して口を開いた。

 

「あいつが帰ってきたら聞いてみる。それまではこの話は保留だ。いいな?」

「わかりました。」

 

 鶴峰がどう答えるかはわからない。だが俺は期待していた。「いい」という彼の言葉を。

 そうして迎えた観艦式兼演習会の日の朝六時。その推測は見事に的中した。




次週からはまた現在の方に戻ります。
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