北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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勝利への道標(2)

 雨──華々しい舞台には似つかわしくないこの天気を、時雨はありがたく感じていた。

 

「寒空の雨……か」

 

 開始前。位置を決めた後の待機時間は静寂に包まれる。水滴が海にうちつけ、波も少々高い。けれど内海である以上、外洋よりは数段劣る。暗いが穏やかな空間は、不思議と時雨に安らぎを与えた。

 

「……勝たなきゃ」

 

 拳を握りしめ、その時を待つ。大事な戦。頂へ至るための一歩がここで決まる。自然と身に力が入った。しばらくして、開始のブザーが鳴る。原速で、ゆっくりと時雨は滑り出す。

 “黒百合”。()はそう呼ばれている。防空駆逐艦という身分でありながら、対水上戦闘をこなす点はどこか響を彷彿とさせた。万能な駆逐艦。悪く言い換えれば器用貧乏であるが、時雨も思い当たる節がある。接敵する前から親近感が湧いた。

 数分後。未だ見当たらない影に疑問を抱きつつ、微速に落とす。熟練見張員からも音沙汰なし。落ち着いて見回すが誰もいない。

 

「完全に、待ちだね」

 

 スローペース。駆逐艦には珍しい気質だ。艦隊の空を守る役目を背負っているからこその慎重さなのだと時雨は判断した。

 そうなれば探し回る他ない。四方を警戒しながら突っ切る。しばらく首を動かすだけの時間が流れた。

 動きが出たのは十数分後。時雨も集中力が切れてきた頃のことだった。

 

「空気の流れが……変わった」

 

 口では表せないが、確実に何かが違う。第六感で得た情報を元に時雨は辺りを注視した。雨の中に一人の影が映る。急いで時雨は駆けつけた。

 

「やっと見つけたよ」

 

 嬉々として人影に近づく。声量を張り上げて存在を示した。

 

「ちぃっ……もう気付くか」

 

 声が漏れる。初月本人だ。

 

「悪かったね、僕の特技さ」

 

 迷いなく時雨は主砲をかざして撃ち放つ。初月は簡単に避けて言った。

 

「これだから戦闘狂(すいらいや)は嫌いなんだ」

 

 遅れてやってくる高射砲と高角砲の弾幕。時雨は経験したことのない物量に本能的に距離を取った。

 

「ん? どうした、こないのか」

 

 初月の安い挑発には乗らない。時雨はほんの一瞬で危険度を感じとっていた。一発一発は大したことないが、積み重なれば無事では済まない。無闇に軽率な行動をとれば蜂の巣にされる。

 

「僕は慎重なタイプなんだ」

「そうか、同じだな」

 

 会話が終わると弾幕が再開する。堅実な立ち回りと安定した体勢で常に接してくる初月は、時雨にとって少々厄介だった。突ける隙が見当たらないのである。良くも悪くも教科書通りの動きで立ち回ってきた時雨にとっては、骨が折れる。頭を使わざるを得ない。

 

「はぁ……面倒な相手そうで困るよ」

 

 とはいえ、奇抜な戦術で出し抜こうとしてくる夕立と比べれば数倍マシだ。突拍子もないことに対する警戒をしなくていいだけで負担は軽くなる。静かに愚痴を処理して、時雨は魚雷を時に混ぜ込みながら主砲で狙い続けた。

 

「ふん、そんな強さでは護衛は務まんぞ」

 

 対する初月は無駄に弾薬を消費しなかった。必要な時にふんだんに使うために節約していた。一切無駄がない動きはまるで機械のようである。実戦趣向とも取れる戦術は面白みに欠けた。

 

「強いも何も、この場で駆逐艦としての護衛力なんて必要なくないかい? ここ、単艦演習する場所じゃないか」

「あぁそうだ。だから駆逐艦の役目を果たしながら勝たなきゃいけない。ボクの生業は防空。だからいつもと同じように戦って勝ちにいく」

 

 はっきり言って、時雨からしてみれば頭が硬い考え方だ──が、押されている手前表立って批判することもできなかった。彼が時雨以上の手練れであることは確かなのだ。優勝した経験のある存在に対して文句はつけられない。

 

「そう、なら僕はいつもと違うように戦うことにするよ」

「逆張りか? やめておいた方がいい。素人が慣れないことをすれば身を滅ぼすぞ」

「忠告どうも」

 

 激しい砲撃も雷撃もない。淡々と進む戦闘は見ていて退屈になる程、基本的な戦術に沿っていた。

 しかし時雨は行動を変えた。雷撃を混ぜた砲撃戦から、速度を利用した機動戦へと切り替えたのだ。初月は無論、その誘いに乗らないことも乗ることもできたが、完璧に勝つという美学があるのか案外簡単に要求を飲んだ。

 航跡が交錯する中、砲撃の応酬が激しくなる。だが進展はない。

 

「陳腐な攻撃だな」

「そう言えるのもここまでだと思う……よ!!」

 

 時雨は駆け抜けながら魚雷をばらまく。初月はすぐさま距離をとって対応した。弾幕を切らさないようにして接近を妨害しながら、攻撃を捌くべく身構える。体勢は整った。魚雷は強力だが、対処を間違えなければ脆い。

 

「これが成果か?」

「うん」

 

 時雨は主砲を初月の足元に向ける。生憎、砲撃の才がないため魚雷を撃ち抜くことは出来ないが『磁気信管の誤作動』は引き起こせる。目眩し。魚雷を撒いた目的はそこにある。その間、初月は不必要な回避軌道を取っていた。

 

「主砲、射撃」

 

 光球が海に吸い込まれた直後、爆発が起こる。その振動で連鎖的に他の魚雷も作動した。時雨と初月の間に作られた無数の水柱が障害物となる。瞬時に時雨は両舷一杯にして高速で突っ込んだ。視界が開けると初月が攻撃態勢を整えたままこちらを向いている。雨で視認性が悪くとも、艦娘であれば捕捉はできる。

 

「短絡的だな」

「でも隙だらけだよ、君」

「ふん、出鱈目だ」

 

 鼻で笑ったような息を吹いたからと思えば高角砲から射撃が飛んでくる。時雨は低姿勢で避けながら、より距離を詰めた。

 

「このぉ……!!」

 

 初月は近づかせまいと弾幕をより集中的に重ねる。時雨は円運動で照準をずらしながら主砲でダメージを与えた。加えて魚雷を去りざまに放つ。初月の防御体制は瓦解した。

 

「ちぃ、やるじゃないか」

 

 魚雷は不発。小破になりながらも彼は話す。

 

「難しいことしたつもりはないけどね」

 

 時雨なりに皮肉ったつもりなのだが、初月には一切に刺さっていないようだった。煤を落としながら一言返す。

 

「戦い方に迷いがない艦娘(やつ)は好きだ」

「あぁ、そう」

 

 話が噛み合わないことに面倒くささを覚えつつも、時雨は追撃を加えるべく第三戦速に切り替えた。最高速を見破られたくはない──手の内を隠すための常套手段だ。対する反応は早い。初月は全身を利用した照準が正確だった。金剛よりも口径が低いのもあって、狙いをつける速度は桁違いだ。これが悩みの種でもある。

 何十発もの光の矢が雨粒を弾いて飛ぶ。集中砲火で運用されていた状況から遊びを持たせた射撃方法で一気にとっかかりが少なくなった。時雨も果敢に攻め込んでみるが、完全に防御に入った相手を崩すには至らない。

 

「くっ」

 

 弾幕は着実に装甲へダメージを与えてくる。弾速も体感とずれている。五感で捉えきれない。

 

「所詮は有象無象だな」

 

 初月の言葉が邪魔になる。時雨へ溜まるストレスはよりミスを誘発させた。航行の判断への迷い、照準の速度。細かいところから負けにつながる種は芽吹いていく。

 

「どうした、命中精度も下がっているぞ」

「うるさい」

 

 主砲の反撃にもキレがない。感情の萎縮──とまではいかないが、集中力に欠けている。滴る雨が弱まって止みそうになる。時雨ははっきりと追い詰められていた。小破と中破の狭間。盤石に見えた形勢は脆弱。

 

「北方で“隻眼”を対峙したと聞いて期待していたが、ハズレだったな」

「……」

 

 ひどい言われように時雨も口をつぐむ。初月の眼は鋭かった。品定めをしているような、試しているような僅かに好奇心に満ちた瞳は、冷徹というには少々彩がありすぎる。

 

「おい、何か言ったらどうだ」

「黙るのはだめかな、僕は少しイライラしてるんだ」

 

 殺気を纏い始めた時雨に彼は薪をくべる。油を注いで火をつける。

 

()()()守れるのか、瑞鶴を」

「…………」

 

 弾けた。時雨が主砲を頭に狙ってぶっ放す。怒りに囚われてはいないが、確実にただでは生かしておかないという狩人の眼光に初月は微かな笑みを浮かべた。

 

「いい顔だ」

「そろそろ口を閉じてくれないかい、反吐が出る」

 

 時雨は躊躇いなく引き金をひく。その後の回避軌道で蛇行する体の使い方は夕立、けれども砲撃主体ではなく、総合力で勝負を仕掛ける戦術自体は響に似ていた。

 

「無茶するな」

「あぁ、いつもならこうはしないけどね!!」

 

 砲撃と魚雷の波状攻撃。繊細な照準を物ともせず細い攻めをつないでいく。数分経っただけにもかかわらず、戦況は五分五分に戻った。

 

「君は言い過ぎた。虎の尾を踏んだんだ」

「そうか。でも正しい発言だったはずだろう。現に能力を引き出せている」

「元々だよ!!」

 

 切り込んで深く。初月の照準が追いつくとも時雨は低姿勢で対処し、執拗に足回りを狙った。部分損害。中々狙ってできる代物ではないが、実施する価値はある。

 

「嫌な攻撃をする」

「そっちは口撃だったじゃないか」

 

 初月はどこまでも取り乱さなかった。相手の鬼気迫る砲雷撃戦を的確にいなしていく。絶対に踏み入れさせてはいけない領域を理解している。そんな動きだ。対する時雨には疲労の影が憑きまといつつあった。怒りを衝動に動く幅が開けたのはいいが、省エネではない。

 

「ふぅ……ふぅ……」

「──まぁ、この程度か」

 

 不意に水滴にまみれた高角砲を撫でる。諦めにも見える物言いだった。

 

「まだだ……終わってな──」

射撃上限(CIWSシステム)解放」

 

 時雨の言葉を遮って、文字通り桁違いの初月の弾幕が放たれる。時雨も咄嗟に回避するが、光の束は絶えず追ってきた。

 

「何っ、これ!?」

「秘密だ」

 

 奥の手。初めから解放すれば後々響くようになる。かといって出し惜しめばその前にやられる可能性もある。出しどころに困りがちな存在を的確に初月は利用していた。時雨が付け入る隙を一切与えない。その一点に重点を置いていた。

 

「くぅ……」

 

 初月はただ体の向きを動かしているだけ。電探と連携した高角砲が狙ってくる。時雨の体力的にも限界は近い。蛇行のペースは遅れていく。

 

「これで終わりだな」

 

 見透かした口ぶりは慢心も油断もない。雨は止んだ──そう思えた矢先、時雨の顔に決心した表情が浮かぶ。

 

「そうだね……本来なら僕はここで()()()()

 

 彼女は急激に舵を切って突っ込んだ。機関を一杯にまで引き上げているのか、ぐ〜んと音が響く。

 

「何の真似だ!?」

 

 弾幕の直線が振れれば振れるほど、時雨の位相と角度がずれるのを狙って時雨は航行していた。連続して最後の蛇行を繰り返し、被弾を物ともせずに肉薄していく。初月も負けじと食らいつくが、システムに妨害されて思うように操作が効かなかった。

 

「これが答えのつもりか!!」

「守るべきものが守れればいいんだ!!」

 

 決死の特攻。時雨はその強硬策の意味を理解した上で行っているつもりだった。肝の据わった目は標的に喰らい付いて離さない。

 

「正気じゃない」

「そうさ。こんな戦い方は身を滅ぼすだけだ。けどね」

 

 至近距離で砲撃が炸裂する。初月も時雨も中破。次の一撃で決まる──そんな時だった。時雨の不可解な笑みが映る。射撃への行動に迷いは一切なかった。己の成り立ちを否定して、勝利を掴む。焦りの浮かぶ初月とは対照的に、落ち着きのある声で言い放つ。

 

「守るだけじゃ恐怖には勝てないんだ」

「っ!?」

 

 魚雷発射管から魚雷を直射する。二人の距離は腕を伸ばせば届くくらいであった。爆発すれば双方衝撃は免れない。一本のみならず、四本連打で時雨は叩き込む。空気が歪み、たった一つの大きな水柱が音と共に高く上がった。

 

 

 

 

 

 

「…………」

「電さん、でしたよね?」

「そうなのです」

 

 初期秘書艦。電は度々その境遇から単冠湾の古株の一員として前線に駆り出されてきた。幌筵島の奪還もその一つだ。

 

「えっと……覚えていてくれました?」

「幌筵泊地の綾波さん、なのです。忘れるはずがないのです」

 

 対する相手は新参者。外野から見たらそう評価されてもおかしくはない。けれども電は一切の油断を許さなかった。慢心は思わぬ敗北を招く。深々と一挙一動を注視する。

 しかし眼前の綾波に動く気配はない。それどころか殺気がなかった。流石に電も不思議に感じていると、彼女は口をひらく。

 

「……始めても?」

「わざわざ伝える必要はないのです」

 

 礼儀正しい態度に思わず返答を送る。少々不可解な問答だったが、開始の合図には十分だった。

 

「分かりました。それじゃあ──」

 

 躊躇いなく主砲を掲げる。二つの連装砲は砲撃特化の証だ。

 

「お手柔らかにお願いします」

 

 合同演習以来の対戦。電はすぐさま近すぎず、遠すぎない程度の距離感に位置を変える。前回の反省を生かしてのらりくらりと躱せる猶予を残しておくためだった。

 

「奥手ですね」

「二度も同じ航跡(てつ)は踏まないのです」

「ふふっ、電さんらしいです」

 

 軽い雑談のような雰囲気を醸し出していても、攻撃の猛烈度合いは普通の駆逐艦の倍はある。絶えずやってくる連続砲撃に電は対応を迫られた。複数の弾道が襲いかかる。

 

「当たらない……のです!!」

 

 振り子軌道を行い、無理のない範囲で回避行動。電はそうして着実に猛攻を凌いでいた。一番簡単に照準をずらす基本技術は、負担も労力も少ない。故に一度、相手が手を誤れば反撃の機会をものにすることができる。

 

「なのです!!」

 

 クイッと足で転舵しながら、連装砲で射撃する。砲が背中側に括り付けられている関係上、照準は勘で行うしかない。けれども電は経験でそれらをねじ伏せた。艦生実に七年。建造年数は横須賀や佐世保の一軍に劣るといえども、その技術はお墨付きだ。

 

「被弾!? やっぱり電さんは当てますね」

「負けるつもりはないのです」

「元から承知、してますよ!!」

 

 接近しながら綾波は左右両手の連装砲を交互に撃つ。双方とも魚雷は未だ一切使っていなかった。

 

「近づくことは許さない、のです」

「なら、強引に行かせてもらいます!!」

 

 カーンという音ともに綾波の速度が上がる。ちょうど電が旋回で一瞬、目を離した隙の出来事だった。

 

「もうこんなに来て……!?」

「逃しません!!」

 

 綾波の魚雷が電の両舷を挟み込んで展開される。逃げ道は断たれた。釘付けにされた所に主砲が刺さる。

 

「よく狙って……撃ちます!!」

「っ──!!」

 

 電は咄嗟に姿勢を屈めて、被害を最小限くい止めながら事態を好転させるために前に切り込んだ。装備の関係上、すれ違いざまの反撃しか選択肢はない。分かりやすい攻撃を誘発させられるのは不利な形の典型例。『近年、南方の方から出てきた艦娘指南書に記された通りの状況』ではあるが、電は魚雷を使うことで上手く対抗した。

 

「装填完了。発射……なのです!!」

 

 小破という差ができながらも果敢に報復を試みる。離脱中の雷撃。狙う価値が大いにある攻撃を反航戦の一瞬にも満たない中で行う。体に染み込んだ感覚は狂いなく働いた。

 

「っ、避けきれな……」

 

 肩透かし。砲撃に備えていた綾波は機関に動力を求めるが、思うように速度が出ない。急な加減速に未だ艤装は慣れていないのだ。新調した装備は、酷使するには年月が浅すぎる。電は観察から綾波の若い部分を見抜いていた。

 被弾。爆発が起きる。綾波は中破に落とされ、状況は一転した。

 

「まだまだ命中させちゃいます!!」

 

 飛沫へ砲口を向けて見当をつけながら電は容赦なく畳み掛ける。押し切れる時に押さなければ、勝利はつかめない。

 

「こんな所で……負けはしません」

 

 綾波は標的地点から素早く脱出し、体勢を整えながら反攻に出る。六つの砲火が入り混じった。

 

「ひゃあ!?」

 

 命中弾。何度も何度も弾が交差するが、その向きは明らかに電へ偏っている。着実にダメージが蓄積する。乱打必中というわけでもない。綾波は不利な形勢下でも、冷静に狙いをつけていた。ついていたはずの差が、みるみると埋まっていく。

 

「魚雷装填、てぇ〜!!」

 

 その刹那。綾波の号令と共に、絢爛に頭を輝かせ泳ぐ鉄の魚が電へ突入する。追撃の手は緩まなかった。

 

「電にも策はあるのです」

 

 対する電は近くの海面へ砲撃を行い、誤爆させて道を切り拓く。艦娘は通例、接触か微弱な磁気で魚雷を起爆する。磁気信管を切るか切らないかは艦娘側の自由だが、命中率への担保のために稼働させておくことの方が多かった。それを逆手にとったのである。

 

「っ」

「直接狙わなきゃ、当たることはないのです!!」

「その通り……みたいですね」

 

 二年経っても課題は残る。綾波の踏み込みきれない甘さが、浮いて出ていた。電は装備が改二艦に劣る旧式といえども、戦い方に自信がある。魚雷は直接狙うし照準も砲に任せるのではなく体を使う。細かな意識の違いが決定的な差を生む。それを証明するかのように、手動(マニュアル)操作で電が圧倒していった。経験からくる機略が勝ちへの道を指し示す。

 

「うぅ……」

 

 反対に、綾波は大破寸前。被弾した回数的に限界は近い。暗雲の中を進む彼女の顔は未だ答えが出ていないといった険しい表情だった。

 

「叢雲と約束したのに」

 

 このままじゃ果たせない。勝たなければ先へは進めない。その強い思いが焦りをかき立てる。

 

「これで終わりなのです!!」

 

 魚雷と砲弾の合わせ技。一つでも受けたら先はない。大破以降の装備機能制限はそれ以上とでは明確な差ができる。一度足を踏み入れてしまえば、勝利への道は途絶えてしまう。動かなければ。そう思っていても、足は止まっていた。

 

「新しく、したのに──」

 

 腹の奥底から湧いてくる感情。怒りでも悔しさでも悲しみでもない。けれども確かに存在する何かが彼女を変えた。砲撃と雷撃を手遅れ寸前の所で回避しきる。中破にしては動きが素早い。

 

「はわわ!? 全部避けたのです?」

 

 狐につままれたような顔で電は立ち尽くす。刹那、やってくる砲撃に気づいてすぐさまその場を離れた。

 

「何が起きたのです……ってそれは──!!」

「どうかしましたか?」

 

 電の元へ突っ込んでくる綾波の瞳には燐光が宿っていた。普段は黒い目が微かに明るく輝く。単冠湾の者には馴染み深い。あの現象だ。

 

「……やっぱり()()()()なのです」

 

 予想通り。電はこの舞台に現れた新星を随分と前に見た。その時は改造前で兆しだけだったが、今回は違う。明確に一皮むけた彼女は一言返す。

 

「何の事かさっぱり分かりません。そんな事より……」

 

 綾波は傷がついた連装砲を掲げる。先ほどとは違って、淀みのない眼差しで電を見つめていた。

 

「本番を始めましょうか」

 

 答えは無い。一方的に告げられる言葉は、形となって実現する。電からの攻撃に対し、前傾姿勢から俊敏で鋭い蛇行で電へと向かう綾波は、絶えず砲撃を繰り返した。

 この複雑な動きが、目測で照準をつけることのできない電では対応できなかった。砲塔がどこを狙っているのかは感覚でなんとなく分かるため、大雑把な返しは可能だが、そんは朧げな狙いで勝てるような相手ではない。

 とはいいつつも、未発達な技術で駆る綾波に隙がないかと言われれば、そうではなかった。電は機を見ながら上手く合間を縫うように反撃を繰り出す。決まってそれらは行動を起こそうとする際に生まれる無意識の足と手の意識の切り替えの時──つまり蛇行の切り返しに対して行われた。

 

「今までの分のお返しです!!」

 

 綾波も体で理解していたのか、両手に砲を持つからこそできる荒技で対抗する。ジグザグに航行しながら片手のトリガーを握る。隙を攻撃で塗り替えたのだ。切り返しを狙いたい電はことごとくその意図を潰された。

 弾幕量では明らかに分が悪い。電は発想を変えて、魚雷で隙を作る方針へ移った。

 

「魚雷、発射なのです!!」

 

 繊細な航行へは磁気感知式の魚雷が効く。そうして崩れた所に強襲するのだ。

 しかし綾波の成長スピードは電の想像を凌駕していた。

 

「効きません」

 

 ものの数秒で魚雷を撃ち抜く。川内さながらの所業に電は目を見開いた。

 

「これで決めます!!」

 

 魚雷に放った相手に対する最短距離。それは回り道ではなく鉄の魚を破壊した上での直進である。電はこの点丁字を常に作ることを心がけていたため、影響はない──はずだった。

 追ってくる綾波の砲撃と雷撃の合わせ技。電の進行方向先の海に砲弾を撃ち込み、波を荒らさせた上で魚雷を流し込む。夾叉弾、そして雑音を立たせるのが狙いである。一気に電の周囲は騒がしくなる。

 

「はわわ……」

 

 足元に気をつけながら電は回避に専念する。けれども魚雷の潜む音には気づいていなかった。眼前の水柱が視界を遮り、空間的な閉塞感を創り出す。自然と航行ルートが狭まり、単調になる。

 

「見逃しません!!」

 

 声と砲撃音が魚雷を隠す。予め決められた場所へ電は誘導された。気づいた時にはもう遅い。

 

「んっ、魚雷……なのです!?」

 

 一際大きな爆発の音が海に響く。試合の結果は一目瞭然だった。




二つの戦闘続きで時間がしっちゃかめっちゃかになっているかもしれませんが、今回は見逃してください。
さて、次週は瑞鶴たちに戻ります。重巡種目が終わればいよいよ瑞鶴にも出番がやってきますね。再来週には試合に移れると思いますのでぜひお楽しみに。
ちなみに本文に「CIWS」が出てきていますが、これはあくまでシステムが似ているだけの劣化品です(弾薬とかを再現してしまったらバランス崩壊してしまいますからね)。今後も、もしかしたら名前だけ借りた物がでてくるかも……?
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