北の艦隊興隆記   作:あおみかん

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勝利への道標(3)

 赤城、川内、阿武隈、金剛、榛名。単冠湾の一群が勢揃いしている中、離れた席に人影──瑞鶴は考えに耽っていた。隣には飛龍が座る。

 

「どう、コツは掴めた?」

「う〜ん」

「まだみたいね」

 

 この演習で勝つための材料。瑞鶴の得たいもの、試してみたいと思ったものは駆逐艦部門の試合には沢山あった。けれども答えがまとまらない。飛龍はその点、呑気に観戦していた。

 

「それにしても、さっきの夕立ちゃんと雪風ちゃんの決勝は凄かったなぁ。さすがの二人って感じ」

「でも……参考にはしにくいかな」

「技術は盗めそうじゃない?」

「いや、私とあの二人じゃ比較しづらくて……。どちらかと言えばもっと根本的な部分を知りたかったから」

 

 実のところ、瑞鶴にとって一番、有効に使えそうな手がかりは案外早くから出てきていた。一つは決勝表に至る前にあった、時雨と初月の試合。そして本戦初戦の電と綾波の試合だ。何十の試合を見て、目が肥えた瑞鶴にはこの二つにヒントがあると目星をつけていた。

 

「ふ〜ん。じゃあ、具体的に何が知りたかったの? その……『根本的な部分』って」

「えっと……、『自分よりも強い相手に勝つには』かな」

「また漠然とした話題ねぇ〜。やっぱり加賀さん関係?」

「具体的に誰っていうのはないよ。基本は私よりも戦ってきた艦娘(ひと)が多いわけでしょ?」

 

 瑞鶴の問いかけに飛龍は肯く。

 

「それもそうね。だけど、長く戦場に立ったからって瑞鶴よりも強いとは限らない気がするなぁ。私だって出し抜かれたわけだし」

「いやいや、あれは私じゃなくて他のみんなが凄かっただけで──」

「『みんな』……ねぇ。ちなみにそれは艦載機の子たちも入ってるの」

 

 その時、初めて瑞鶴は飛龍の遠くを見つめる目にどこか尋常ならざる鋭い何かが隠れていることに気がついた。明確に言葉として表すことはできないが、微かに向けられている殺意に似た波動は瑞鶴の体を取り巻いて離れない。くまなく心中をまさぐられるような感触が背筋が冷える。

 

「う〜ん、どうだろ。私の兵装の一部だし私がすごいってことになるのかも」

「へぇ……、でもよく口癖で言ってなかった? 『艦載機の子達のおかげ』って」

「それはうちの加賀さんの台詞じゃない?」

「いやいや、言ってたと思う。多分、感染(うつ)ちゃったのよ」

 

 微笑みながら冷静にツッコミを入れる彼女に直前まであった違和感はない。たった一瞬で隠されたというべきなのか、驚くべきほどに飛龍の顔も、態度も不変だった。

 だからこそ、瑞鶴に一抹の好奇心が生まれた。

 

「飛龍は何か思った?」

「えっ」

 

 まさかの飛び火に目を丸くした彼女はしばし考える。思いの外、悩んでいた。本当に急に拵えようとしているようで少し申し訳なく瑞鶴は思えたが、この際仕方がない。

 しばらく熟考した上で、彼女は口を開いた。

 

「……もし瑞鶴の言った観点で見るなら頭に残ってるのは二つの試合かな。確か、時雨と初月ちゃんのやつと電ちゃんと綾波ちゃんのやつ」

 

 初めの一言は瑞鶴の内心と一致していた。より深く聞き出すため、瑞鶴は相槌を打つ。

 

「それで?」

「二人とも力量差を押し返してたでしょう。やり方は違うけど」

「うんうん」

「私が思うに、格上の相手に勝つのは『意表を突く』ことが必要と思うんだよね」

 

 このことは瑞鶴にも十分理解できた。時雨は果敢な突撃で道を切り拓いたし、綾波も魚雷の音を隠すことで命中を作り出していた。想像し得ないことをされたら誰しも戸惑うものである。その感情の乱れは隙だ。一度付け込めば、勝利することだって可能になる。飛龍の論理は一見すると正しかった。

 

「じゃあ、どう意表をつくかが大事ってこと?」

「それは無理があるんじゃないかな〜。意表を突くって言っても相手次第だから」

「でも、それだと万事休すになっちゃう気がするんだけど」

 

 相手次第であっては意味がない。自分から行動を起こして確実に勝ちに行きたいのに。不確定の事項が残っているのは瑞鶴にとってはマイナス点である。優勝を狙うのであれば決勝までは盤石でいたかった。

 

「いやいや、そんなに重くはないでしょ。別に()()()()()()()()()()()反応は想定できるわけなんだし」

「ん〜」

 

 飛龍の言い分も一理ある。けれども瑞鶴が相対する格上の相手は知らない泊地の空母であって母港にいる加賀でもないし、赤城でもない。その考えが完全な共感へとは至らしめなかった。

 

「瑞鶴はさ、多分もう少し他の艦娘(ひと)達を知るべきなんじゃない?」

「他の? そうかな」

「今までは艦隊で動いてたから何とかなってたけど、この秋季演習は単艦でしょ。全部自分でこなさなきゃいけないんだから」

「た……確かに」

 

 瑞鶴は飛龍の言葉に重みがあることをここで初めて感知した。頼りになる仲間はいないのだ。旗艦の役が瑞鶴に移った。そう取ることもできる。いずれにせよ、自力が問われるのは言うまでもない。

 

「なら、飛龍はどうやって他の艦娘(ひと)達を調べてるの?」

 

 少々踏み込んだ質問だったが、瑞鶴は率直に聞いた。ニヤリと笑って飛龍は答える。

 

「『企業秘密』──にしても良かったけど。そうねぇ……一応二通りはあるかな」

「二通り」

「うん。一つは瑞鶴も知ってるとは思うんだけど、映像を見るの。公式の試合っていうのはちゃんと資料化されてるから、提督に言えば閲覧は可能よ」

 

 初耳の内容に瑞鶴は思わず「えっ」という声が漏れ出る。飛龍が訝しげな表情で問いかけた。

 

「知らなかったの?」

「全く」

「合同演習の時は使ってない?」

「だってそれどころじゃなかったし」

「嘘……よね」

「ほんとほんと」

 

 第一艦隊との演習と突然言われて、実際瑞鶴に調べる余裕がなかったのは事実だ。金剛が見ていた可能性はあったが、それでも当日の行動を思い出すと行き当たりばったりのような対応なのは否めない。飛龍は最初、信じられないといった様子だったが、どうにかして己を納得させたようだった。

 

「……こほん。気を取り直して、もう一つの話をするわね。こっちの方が機会として難しいんだけど、直接見ちゃうの。出来たら実際に相手する方が早い」

「ん? それだと本番で戦ってる中で分析するってことにならない?」

「あ〜……鋭い指摘なんだけど、ちょっと落ち着いてくれる。全部話しきってないから」

「ごめんごめん」

 

 飛龍は再び口を開く。

 

「要するに『普段の訓練の様子を見る』のが大事なのよ。映像も大切なんだけど、断片的すぎるって言えばいいのかな? 強みと弱みを確実に決定できるわけじゃないの。」

「えっと……ってことは『道場』に行くのは重要ってことよね。いつもの癖とかって普段の時に出ちゃいそうだし」

「その通り!! 舞鶴の加賀さんを見て、何か感じなかった?」

「癖はわからないけど、落ち着いてるなぁとは思ったよ。後は……少し似てたかな。雰囲気が」

「それは母港の?」

「うん。当たりはあっちの方が全然キツかった」

「まぁ……それは仕方ないと思うよ。港によって性格なんて変わるから」

 

 瑞鶴の愚痴に苦笑いしつつも飛龍は不意にスクリーンを指差す。そこには丁度試合開始前の映像が流れていた。

 

「ほら、重巡の本戦始まるよ。どうせなら見ていこ。さっきの指摘の件もあるし、駆逐艦だけじゃ分からないことは沢山あるんだから」

「本戦!? 予選ないの?」

「あっ、瑞鶴初めてだったもんね。秋季演習名物なのよ。佐世保の重巡部門占領(ハイジャック)

 

 飛龍に言われて瑞鶴は表にある名前をじっと見た。大半が佐世保所属だった。十六人に対するその割合、おおよそ八割。後は南方と横須賀がちょっとである。あまりにも異様な光景に瑞鶴はしばしの間、目を丸くしていた。

 

「佐世保が強すぎて誰も立候補したがらないの。出てるのは……多分いつもの横須賀にいる物好きな提督とまだ経験の浅い南方の所かな」

「勝ち目はあるの?」

「ないと思う。五年以上前はまだ多かったらしいんだけど、ぴったり赤城さんと夕立ちゃんが頭角を現した時に古鷹さんがボロ勝ちしちゃって。そこからはどんどん浸食されていったみたいね」

「ボロ……勝ち?」

「強豪を全部なぎ倒して、ストレートで勝ち切ったのよ。矢矧が勝った年だから覚えてるなぁ。あの時はびっくりしたもん。突然、眼がバチバチバチ〜って光り出したから」

「えぇ……」

 

 初めて呉に来た時、聞いてはいたが規格外が過ぎる。どうしてこんなに周りに猛者ばかりが集まっているのか。瑞鶴はため息をつくことしかできなかった。そんな様子を見て、飛龍は話す。

 

「でも──それで言ったら瑞鶴だって同じ枠でしょ? 赤い眼、持ってるじゃない」

「一回こっきりだったものを……自慢はちょっとできないかな」

「え〜。できる艦娘(ひと)滅多にいないのに」

 

 まるでレアキャラのような扱いに瑞鶴は作り笑いを浮かべることしかできなかった。

 

「まぁそんなことより、さっき瑞鶴が言ってたことに戻るけど」

「ん〜っと、試合中に分析しないといけないって私が聞いた話?」

「そう。瑞鶴は建造されてから時期も浅いから秋季演習で勝つための情報が足りてないっていうのは分かってる?」

 

 事実だ。瑞鶴は北方以外の事情を何も知らない。赤城や加賀から一定の仕込みを入れられたとはいえ、身についているとは到底言い難かった。だから頷く。

 

「うん。今から調べても間に合わないことも理解してる」

「そうねぇ。私もそう思う。ってなるとどこかで挽回しないといけないはずよね?」

 

 背負い込んだ負債は極力返済してチャラにしてしまいたい。飛龍の言いたいことはこうなのだと瑞鶴は判断していた。その手段が試合内での解析なのだと。

 

「だから試合中で分析するってこと?」

「その通り。実際、今までの試合でも最初から攻めっ気のある娘は少なかったでしょ。出だしは結構慎重だったはず」

 

 直近の駆逐艦決勝戦で戦った二人。瑞鶴は雪風の行動は顕著だったように振り返ってみて感じた。分析。この一点において駆逐艦で彼女の右に出る者はいないだろう。夕立もがさつではあったが、考えなしの突撃はしていなかった。もっと振り返れば、戦艦部門や軽巡部門だってそうだ。けれど──。

 

「うーん、分析だけじゃ勝てないと思うんだけど」

「厳しいことを言うねぇ〜。でも、その感覚は合ってると思う」

 

 瑞鶴の言葉に、飛龍は人差し指をほおに当てる。説明の仕方を考えていた。

 

「あくまで……分析も勝つための、意表をつくための一ステップに過ぎないのよね。だから勝つって言う目標を達成するにはまだ足りない」

「『意表をつく』のもそうじゃない? つけたとしてもその先があるわけだし」

 

 質問に彼女は黙る。瑞鶴は何か地雷を踏んでしまったのかと肝を冷やしたが、そうではなかった。

 

「分かってきてるみたいね」

「そうなの?」

「うん。ちゃんと目的が何かと、そのための手段を捉えられてきてるじゃない」

「え〜……っと」

 

 突然出された話題に瑞鶴は頭がこんがらがる。目的と手段。言葉は簡単だが文脈的に引き合いに出される理由がわからなかった。飛龍は噛み砕いて言葉を紡いで説明する。

 

「意表がつくってことが必要っていう話はしたよね?」

「うん」

「でも瑞鶴は意表をついた後だってあるって言ったでしょ?」

「そうね」

「じゃあ、『勝つためには意表はつくことは必要。だけど意表をついたからって勝てるわけじゃない』っていうのは分かる?」

「なんとなく」

「ってことは……よ。瑞鶴の言う、格上の相手に勝つためにどうするかが浮かんでこない? 今までいろいろ話したことを合わせたらさ」

 

 情報の分析、隙を作る方法、勝つための手段。色々な言葉が瑞鶴の脳裏に刻まれて、繋がりを作ろうと散らばる。

 

「ん〜!! あとちょっとなのに!!」

 

 もう少しが出てこない。心で瑞鶴は地団駄を踏んだ。頭の中だとぐちゃぐちゃになってしまう。やるなら海の上の方がよっぽどマシだ。眼前で戦っている者の場所が少々羨ましくも思えてきた。

 

「まぁまぁ、そんなに急いでも仕方ないじゃん?」

「勝つって決めたら勝ちたいんだもん」

「気持ちは分かるけど……、装備だってまだ変えてないんでしょ?」

「変えたよ」

「えっ、そうだったの?」

 

 飛龍は驚いた様子で問い返す。

 

「艦戦のグレードを下げたの」

「珍しいわね。普通上げるのに」

「まぁね。搭乗員の子たちと相性がいいのに変えたの」

「ふ〜ん」

 

 飛龍も詳しくは聞いてこなかった。すぐに映像で古鷹の正確無比な砲撃が対戦相手である横須賀の重巡に炸裂したからだ。辺りから歓声が上がる。

 

「まだ古鷹さん、本調子じゃないな」

「目が光るんだっけ」

「そう。同じ佐世保出身相手だと特にね。闘志が燃えるって言えばいいのかな」

「それが……最後の一押し?」

 

 瑞鶴がそう問いかけると、飛龍はびっくりしたように振り向いた。

 

「気付いてたの?」

「今までの話的にそうかなって。駆逐艦の試合でもあったでしょ」

 

 その指摘に飛龍は再び画面へ視線を戻す。

 

「まぁ……やっぱり最後は多分、感情なんだとは思うよ。矢矧もそう言ってたし」

「そっか、あの人もできたもんね。同じことが」

「うん。優勝した時が初めてだったかな。そこからよ。矢矧の強さとしても()()()()()()のは──」

 

 遠い目。飛龍は未だ到達しえない領域なのか、寂しげだった。彼女もまた瑞鶴と似ている部分がある。そんな漠然とした感触が瑞鶴にはあった。大湊の編成事情は分からない。けれど矢矧と飛龍の間にある壁が二人を分けているのは、提督と瑞鶴の間で別の壁が立っているのと似ている。

 飛龍はぼそりと続けた。

 

「──だからいいなってなっちゃう。瑞鶴の持ってる才能が」

「私なんて大したことないよ」

「ううん。そんなわけない。確かに持ってるのよ。私と違って」

 

 本音。飛龍を羨ましいと思っていたのと同時に、飛龍が瑞鶴を羨ましいと思っていたと予想だにしなかった瑞鶴は返答に詰まってしまった。突如として逆転した立場に何も言葉が思い浮かばない。察知した飛龍がすぐに弁解する。

 

「別に気にしなくていいよ。私の勝手な感情だしね」

「……いいの?」

「うん。だって──会うのは海の上、でしょ?」

 

 彼女もまた敵なのだ。そこで瑞鶴は気がついた。優勝という目標の中での大きな障害。それは舞鶴の加賀だけではない。真に勝たなければいけない相手は、目の前にいる艦娘なのだと。

 

「くじ引きっていつだっけ」

「もうすぐ」

「じゃあ──」

 

 瑞鶴が口を開く前に飛龍は人差し指を当ててくる。

 

「それはまだ言っちゃダメ。終わってから」

「分かった」

 

 二人はそうして席を立った。遠くで立ち上がるもう一人に目を向けながら。




4時オーバーしてすいません。少々小難しい話題だったので本当に書き上げるのに苦労ちゃったんです。今後もこのようなことが起こらないようには気をつけたいんですが……生活習慣が変わるとダメですね。反省します。決してイベントやっていたわけではありません。
ちなみに今回は会話を多めにしました。偶にはガンガン喋るのもいいですね。ポンポン進みます。あと、来週からはいよいよ瑞鶴の出番がやってきます。何かと横道に逸れて話が進んできましたがそれもこれで終わりです。ぜひお楽しみに。
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