翌日の本戦初戦。大事な一戦における瑞鶴の相手は南方出身の空母であった。名は翔鶴。奇しくも母港にいる姉と同名艦であり、尚且つ所属は
「いい試合にしましょうね」
「あっ……はい!!」
緊張と重圧で意識が朦朧とする中、瑞鶴は差し出された手を慌てて握り返す。空母部門の本戦出場者は江田島へと集められていた。港の施設は基本試合に入る前の待機場所として開放されており、付近の会場内の範囲までならば自由に歩き回ることもできる。これらの措置は第三海域及び第四海域の合同によって、一試合しか実施できないことから発生する必然的な待ち時間のためだった。
─どう……部隊展開しようかな
待機時間という名の準備期間をいかに有効に消費するか。飛龍との対話でやるべきことを明確にした瑞鶴の頭は試合に対しては明瞭だった。提督らとの別れは済ませた。考えるべきことは戦闘だけ。心を落ち着かせるようにして、頭の中で何度も何度もシミュレーションを繰り返す。
─大丈夫、大丈夫
飛龍との話の後に行ったくじ引き結果ははっきり言って幸運だった。舞鶴の加賀、呉の蒼龍など本土出身の強者、所謂優勝候補とされる艦娘らが反対の山に流れたからだ。けれどもそれは逆に言えば赤城の負担が増えたということでもある。同じ艦隊に所属する者は決勝まで相対することはないという規則──これが意味することはずっと大きい。
─私が、優勝しないとなんだ
提督も単に保険というわけにもいかなくなってきたのか、送り出す際に一言だけ「本当に頑張ってくれ」と小声でかけてきた。それだけ状況は切迫しているのだ。そう思うだけでみぞおちのあたりがきゅぅっと締め付けられた。幸運の裏には必ず誰かの不運が隠れている。そんな責任感がいつもの感覚を鈍らせつつある。思わず頭を振って曇りをかき消す。
出番がやってきた。名前を呼ばれ、抜錨する。広大な青い世界は瑞鶴の曇天とは正反対だった。キラキラと眩しく輝く太陽があまねく全てを照らし出す。
「雲を使った戦術はできないわね……」
最初の位置どり。瑞鶴は後方からのスローペースを選択していた。空母同士の演習は他の艦種と違って艦載機同士で火花を散らす。そのため情報の駆け引きが肝心になってくるのだ。広々と戦場を利用した者が勝つ。瑞鶴はそう考えていた。
開始の合図が鳴る。集中を保ちながら瑞鶴は偵察機の矢を取り出して放つ。空を切る音と共に機体は現れた。零式艦戦五二型の偵察機仕様。率直な表現を使うのならば身軽にしただけの零戦ではあるが、それで索敵という役割は完遂できる。制空権にも寄与できる方が演習においては何かと便利で重要なのだ。
「頼んだわよ」
その声に反応するかのように瑞鶴の愛機は一回転し、高度を上げていった。目を細めて見送りながら新しい方角へと別の機体を発艦する。
─さて……と
一通り用事が済んだ瑞鶴は深呼吸し、立ち止まった。周囲の空に念のため哨戒機を放ちながら静かに発見の報を待つ。その間、一切主機には動力を入れず波風立てぬよう注意を払う。海に同化する。
「作戦を考えなきゃね」
空からの索敵自体は動かなければやり過ごしやすい。数の多い艦隊では不可能かもしれないが、単艦であればその影響もない。現時点で一人の利点を最大限活かすための策を瑞鶴は講じていた。
そうなれば、ここからは綿密な戦闘の算段を立てる必要がある。事前に瑞鶴が考えていた仕掛け方の一つが潰れている以上、議題は先手に関してだった。たとえ情報戦で有利に立ったとしても打撃を与えなければ意味がない。そこからいかにして攻撃を敢行するか。これをその場で捻り出さなければいけない。
─太陽の方角から襲わせる……でもいいし
艦載機に備わっている電探は確かに優秀だが、目視できなければ迎撃はし難い。いくら熟練の搭乗員といえども眩しさには敵わないはずだ。秋の太陽高度であれば十分な進入角度も見込める。悪くはなかった。
─いっそ思い切って物量で攻める?
全戦力を投入した力業が頭に浮かぶ。しかし母艦が手薄になればそこを反撃で叩かれる可能性があった。諸刃の剣だ。
─それとも波状攻撃……
案がまとまらない。もたもたとしている間にも時間は進む。相手がどう動いているのかも分からないまま過ごす現状が瑞鶴は嫌で嫌でたまらなかった。
「えっ、もう!?」
そんな中、敵艦発見の報告がやってくる。やや北西から前進してくる翔鶴の姿を捕捉したのだ。索敵網に引っかかったということは戦闘可能距離にいるということでもある。
─まだこっちは見つかってない……わよね?
目を凝らして辺りを見渡す。首が四十度ほど左に傾いたとき、遠くに何やら豆粒のような存在が見えた。それを追う三機の影。瑞鶴の哨戒機だ。小さな爆発が視線の先で起こると同時に無線通信が舞い込んでくる。
「条件は同じ……と」
行動をとらなければ。遅れをとってはならない。即座に瑞鶴は攻撃隊を発艦し、雷撃機と爆撃機を空中集合させた後に側面から襲えるよう計算して航路を取らせた。母艦本人はそのまま戦闘へ移れるように身構える。
「我慢比べといこうじゃないの……」
態勢は整った。瑞鶴は主機に動力を入れて前へ進む。緒戦の始まりを告げる火蓋は切って落とされた。
接敵までの時間はかからなかった。単に二人が空から見て反航戦のままでいたからだが、これが容易に翔鶴の位置が視認できる頃には双方第一次の攻撃隊が交錯し終えて、既に第二次攻撃をどちらが放つかの半ば早撃ち勝負へと変貌していた。制空権は互角。やや戦闘機偏重の翔鶴に対し瑞鶴は精鋭の五二型部隊で応戦する。
「第二次攻撃隊、発艦始め!!」
声が揃う。けれども機体が出てくるまでの差は明らかだった。翔鶴型の二回に渡る改造は一目瞭然の違いを生み出す。
─全体的に……“はやい”
速力、発艦速度。この二点において瑞鶴はハンデを背負っていた。前者は本来、瑞鶴にとってアドバンテージとなっているはずなのだが今回ばかりはそうはいかない。同じ姉妹で戦うことの弊害──改止まりだという川内の指摘が頭に響く。翔鶴も分かっているのか積極的な攻めに興じていた。
「一次改造なのに……随分と強気なのね!!」
「それが取り柄、だから!!」
鋭敏な切り返し。やってくる攻撃を全て躱す。加賀からみっちり鍛えられた感覚は生きている。スッと体が動く。やれる。
「そこ!!」
敵機が途切れる合間合間にちまちまと瑞鶴は攻撃機を送り込んだ。空を支配するための戦いが今、上空で起こっているのなら、海面際で発艦すればいい。ひたすら流星を展開し、機を見ては着艦させて補給した。その間、爆撃機が囮となって敵の直掩機を引き付ける。均等な配分で艦載機を使える器用さを利用した攻撃方法だ。決定的な強みではなく総合力で勝つ。非力な瑞鶴の編み出した戦法だった。
「っ……」
攻めあぐねた時間が仇となったのか、形勢は徐々に瑞鶴の方へと傾きつつあった。執拗な雷撃が効果を発揮したとも取れる。確実な命中はなくとも疲労は溜まっている。
─行ける!!
押し切れる。そう判断して瑞鶴は一気に攻勢を仕掛けた。爆撃機を使用して上と横からの二面攻撃をぶつける。彗星も削れてはいたが仕事をまっとうにこなした。流星で決定打を作り出す。
「来たわね」
速力最大。翔鶴の体が加速して離れていく。装備の高性能さを活かした緩急で呆気なく瑞鶴の攻撃は捌かれた。
─嘘っ
反撃が来る。すぐさま周囲に気を配った。けれどもいない。
「少しやり口を変えないと……ね」
口に人差し指を当てる彼女の発言の意図が瑞鶴には分からなかった。その瞬間、空戦の音に塗れて別の駆動音が右舷から聞こえてくる。天山。翔鶴の攻撃機だった。まとまった数で絨毯のように展開する機体には魚雷が備え付けられている。
─どこでこんな数を用意したの!?
迷わず迎撃態勢に移る。加速である程度は振り切れるが前方の方が危うい。すぐさま直掩機を要請し対応させた。
「切り方をわかってるのね。だけど──」
翔鶴は微かに微笑んでいた。瑞鶴の頭上からのプロペラの音。彗星には違いないが塗装が違う。味方なわけもない。
「まずっ」
前方への運動を打ち消して瑞鶴は大胆に右足から転舵を行った。力技だが意表をつくにはこれが効く。方向転換した直後、目の前で爆弾が水中へ落ちていった。ギリギリの回避劇だが、間髪入れず魚雷が泡を吐いてやってくる。到底避けきれそうにもない。
─せめて軽傷で……!!
飛行甲板への被弾は一発アウト。足回りならやりようはある。瑞鶴は頭上を警戒し、魚雷はあえて無視した。体のすぐそこで爆発が起こり、衝撃が襲う。小破通告。ギリギリ主機全面の装甲に当たったことで一命を取り留めたのだった。
「やっぱり運はいいのね。どの姉妹もそうなのかしら」
瑞鶴は被った損害分を打開するべく、もう一度攻撃隊を補給した後に展開した。速力が落ちた中での発艦は矢の相対速度を稼ぎづらいため、中々に技量がいる。しかしここは練習の賜物と言うべきなのか、遺憾なく実力を発揮し素早い立て直しを行うことができた。一気に数で押し戻して互角へと戦況を押し上げる。
「……その腕前、どこで身に付けたの? 南方でもあまり見ないけど」
そのあまりの身のこなしに感銘したのか、翔鶴は攻撃の手を緩めないながらも瑞鶴に問いかけてきた。内心そんなことに答える余裕は残っていなかったが、なんとか応答する。
「母港に、いる、先輩に」
「“
「ちがう」
その淡々とした否定に不思議な表情を翔鶴は浮かべた。
「他にこれだけの技術を教えることができる
皮肉とも褒め言葉とも取れる発言に瑞鶴は微かな引っ掛かりを覚える。他に──。瑞鶴からしてみれば加賀しか思い浮かばないし、他の泊地所属であっても飛龍だったら同じ意見を持つはずだ。まるで赤城以外に強い空母艦娘がいないというかのような発言。南方の艦娘だからと済ませることもできたが、疑念は解消しない。
雑念。瑞鶴のミスは些細なことから起こる。
「っ!?」
ほんのわずかな瞬間に散漫になった回避動作を狙って、翔鶴の天山が魚雷を投下していた。虚を突かれた攻撃に反応が遅れていたのだ。
─やっちゃった……
瑞鶴の艤装の耐久度を考えるとこれ以上無茶はできない。後悔の念が襲ってくる。頭の中で様々な教えられたことがから回っては沈んでいく。敗北の二文字が浮かぶ。
けれども艦載機は諦めていなかった。ただ一機反応した者がいた。空の決戦を終わらせた桜吹雪舞う機体が急降下してやってくる。
─隊長機!!
烈風ではなくなったが、純然たる輝きを持って海面へと突っ込んでくるその零戦は瑞鶴の希望の光であった。太陽よりも暖かい、過去を
刹那、目の前で水柱が立つ。魚雷の破片が海中へと没し、瑞鶴は未だ立ち続けていた。
「航空魚雷の撃ち抜き……!?」
翔鶴の動揺が容易に視認できる──と同時に瑞鶴は攻勢に出た。強く踏み込んで弓を引く。十分な速度を持って放たれた流星は文字通り空を切って彼女の死線へと潜り込む。
─作ってくれた僅かな隙を逃すわけにはいかない!!
足りない。すぐさま空中散開していた爆撃隊に降下を命ずる。戦闘機はその援護。ありったけの攻撃機を集めて畳み掛ける布陣を瑞鶴は作っていた。
「っ、ここで被弾するわけには……」
翔鶴も負けじと対抗して防御態勢をとる。直掩隊を上空に回し、母艦自ら対空射撃で低空接近してくる流星を落とそうと動いた。加えて速力を最大にしながら蛇行してミスを誘発しようと距離感を狂わせる。
しかし瑞鶴の流星隊も彗星隊も食らいついた。一度仕損じた獲物は二度は逃さない。一航戦から教わった信条を全うするために危険を顧みずに雷撃及び爆撃を敢行する。ギリギリまで進路をしぼり、直撃すらも辞さない覚悟で。
─いっけぇ!!
心の中でそう強く願う。瑞鶴も最後の反撃を試みる翔鶴の艦載機によって中破にまで追い込まれていた。ここで獲るしかない。
瑞鶴の流星は期待に応えた。魚雷が翔鶴を捉えて、一際大きな爆発を引き起こす。
─よっし!!
中破まで引き込めれば条件は等しくなる。制空権を瑞鶴が完全に掌握した以上、戦術的勝利は得られるはず。後は飛行甲板を破壊し完全なる勝利を得るだけ──そう思った矢先、瑞鶴へと矢が飛んできた。
「改装された翔鶴型はまだ動けるのよ!!」
本来の空母は飛行甲板が傷つかなければ原則発艦が可能であり、傷つけばそれができなくなる。けれども艤装はそうはいかない。たとえ飛行甲板が傷ついていなくとも足回りがやられれば、その傷を補うようにして他の戦闘能力が削られる。生命維持機構と加賀は呼んでいた。
─嘘でしょ!?
だから瑞鶴は魚雷の直撃で翔鶴は発艦不可能になったと判断したのだ。だが今、翔鶴は動いている。発艦を済ませている。二回の改造はここまで能力を引き上げるのか。そんな思いが瑞鶴を襲った。
制空権は優勢とはいえ、戦力が追加されたことで攻撃力は瑞鶴の残存する兵力を上回っていた。
「くっ」
咄嗟に空に展開している戦闘機をかき集めて、防空要員として当たらせる。致命的一打を貰えば必敗だ。発艦ができないというロスは恐ろしいほどの効力を発揮する。反撃よりも防御を瑞鶴は優先していた。
─このまま耐えるしかない
時間が経って翔鶴の攻撃能力が失われれば、戦術的に有利である瑞鶴の勝利となる。とはいえ戦闘機にも継戦能力がある以上、過信は禁物。その補強のため、流星と彗星も身軽になった者は防御にあたらせ数を稼いだ。
─ここで枯らせる!!
一気に戦力を削る。まだ翔鶴の戦闘機である烈風はいるにはいるが数が少ない。剥き出しのまま突っ込んでくる天山と彗星を瑞鶴は全て撃ち落とせば勝機はあった。一機、また一機と落とす。対空砲火で進路を塞ぐ。
「逃さない」
しかし翔鶴は補給を行なってまた発艦することで絶え間なく送り込んできた。この防御網を突破してくる機体が増える。瑞鶴はその度に間一髪の回避を連発した。けれども幸運だって万能ではない。
─多すぎる
落とされるのは時間の問題。このままでは物量が勝ってしまうだろう。瑞鶴は残りの航空魚雷と爆弾の使い道を迫られていた。
─どうすれば……
焦りが募る。
─負けたく……ないのに
心の奥底で何かが軋む。北の海で経験したあの感覚が、一瞬ふわりと戻ってくる。合理的な思考。戦況を客観的に分析して最善手を捻り出す能力がその時開花した。
─絶対に勝たなきゃ
たとえ母港違いの姉であっても容赦をするべきではない。瑞鶴は守りをそこで捨てた。前に踏み出し、艦載機自体を引き付けながら翔鶴へ迫る。同時に攻撃可能な機体を集中的に投下し、戦闘機すらも組み込みながら本物の攻撃機が分からないように撹乱する。
「なっ──」
突然の動作に翔鶴の反応が遅れた。その間隙を縫って瑞鶴は対空射撃と戦闘機による機銃射撃を足元へと散らばらせる。水しぶきが上がり、彼女の顔がより明確な動揺に包まれる。
「止まったわね!!」
近接戦闘は禁止。だから瑞鶴は手を握った。グイッと引っ張るわけでも、逆に近づいて押し出すわけでもない。ただ握るのだ。それで翔鶴の思考を決定的に止めるのは十分だった。
空をかける駆動音。たった三機の彗星が迫る。瑞鶴は手を離して距離を取る。そこへ二機流星が流れ込む。魚雷と爆弾。五つの兵器の爆発が織りなす水しぶきが翔鶴を包み込む。
間髪入れずに試合の終わりを告げるブザーは鳴り響いた。
先週は色々とご迷惑をかけました。一通り区切りがついて今週は余裕があったので伸び伸びとかけて満足しています。
来週も瑞鶴の戦いが続きます。まだまだ強敵揃いなので頑張ってもらいたいですね。