続く二戦目。瑞鶴の出番は初の勝利を飾った日を跨いだ昼頃だった。
「…………」
同じ海、同じ山、同じ青空。今度は先に場所を選ぶ立場にある瑞鶴は深呼吸をして、海水の上を滑っていく。その目は据わっていて、淀むことはない。
─やっぱり……雲が厚い箇所があるわね
昨日の夕暮れ、瑞鶴は初戦で違反寸前の行為をした不始末を提督や赤城と共に片付けていた。初犯だったのと川内の方が過激だったのも相まって大して咎められることはなかったが、提督が少々怒られていたのを見ると肩身が狭い気分だった。その際、赤城が気分転換ということで観測した積雲群が朝も残っていたのだ。上空の風が弱いのか中々退く様子を見せないため無論、ここに至るまでの試合でも駆け引きに使われた。
「そうなると……」
後ろからのじっくりとした構えが望ましい。やはり瑞鶴にとって盤石に行くにはこれに尽きた。華やかな攻め方ではなく、地味であっても堅実な立ち回りを求める。加賀から教わったことを忠実に行うのが今の最善──佐世保の初月の言葉が耳に残る。
─私にできる仕事を、ただこなすだけ
空母の責務は何か。その問いを常に思い浮かべて戒める。
瑞鶴が後方の位置を選択してから数分後、開始の合図が観戦用ドローンから告げられた。
「がんばってね」
偵察機仕様の零戦。瑞鳳のよく使う彩雲とは非なる機体に瑞鶴はすでに愛着を持っていた。本来の仕事は異なるが、健気に働く姿は元気が得られる。
続けて哨戒機として武装を施した五二型を空へと放った。直掩機は手元に残す。万全の準備を整えて瑞鶴は報を待った。
「…………」
静かな時間が流れる。風が頬を撫でて、海の微かな揺らめきが体を上下に動かした。気の遠くなるような遅い感覚。張り詰めた空気の中で瑞鶴は前方周辺を注視する。
─横須賀……か
第二戦の相手。それは本土出身だった。加えて四鎮守府の一角を担っているのだから実力は疑いようもない。艦名は大鳳。同じ一次改装艦でありながら、瑞鶴よりも優れた点を持つ装甲空母。
─また危ない橋を渡ることになりそうね
初日の翔鶴の粘り方に、瑞鶴は装甲空母という存在の脅威を強く認識していた。赤城から聞くことにはたとえ中破に追い込んだとしても行動可能であるという。率直に言えば常識が崩れ去るような情報だったのだが、泣き言を並べても仕方がない。
「さぁ……どこからでもかかってきなさい」
完全に出待ちの態勢。面白みに欠けても勝利を優先する。勝利への貪欲さを如実に表していた。
大鳳の行動は迅速だった。瑞鶴が哨戒機を出してから一、二分で索敵機が補足したからだ。防御を固める瑞鶴とは対照的に攻撃へ偏りが寄っているのか、一切隠密の兆候を見せずに最短距離で飛ばしているようだった。
─攻撃隊は……もう出てる?
索敵機の搭乗員に問いかける。しかし返答は曖昧。どういう状態で動いているのか、分からないとだけ寄せられる。
次に瑞鶴は哨戒機に連絡を取った。問題はそこで発生した。
「一点突破ぁ!?」
瑞鶴の甲高い声が響く。敷いていた警戒網の一つが食いあらされたのである。『全戦力がそこへ集まっていた』──仲間の連絡を引き継いだ機体はそう述べた。
─それって……
即座に辺りへ目を向ける。いつでも、なるべく早く戻ってこられるように半径約二キロを瑞鶴は範囲に指定していた。報告に従えば、敵はもう懐に入り込んでいることになる。あまりに危険だ。
「先手を取られたってことね」
迷わず攻撃隊を急いで繰り出す。どこから来るか、神経を研ぎ澄ましながら行う作業は苦労が要った。けれども弛まぬ努力は裏切らない。瑞鳳に鍛えてもらった素早い無駄のない発艦動作は敵機発見までに大半の流星と彗星を放つことに成功させた。
─ここは一度、勝負に出る!!
警戒網に当たっていた零戦へ攻撃本隊との合流を命じる。一瞬、承諾するまでに時間はあったが従ってくれた。
─さ〜て
大鳳の攻撃に対処しなければ。やや右舷前方の雲から下降してくる群れが見える。第一次攻撃隊の強襲。雲を通り抜けることで視認を遅らせる手を使っていた。大した効果があるわけではないが、それでも補足するまでの時間は稼いでいる。
─ほんとは私が使うつもりだったんだけどな、その雲
岩本小隊を直掩隊に据えて、瑞鶴は戦闘の準備を整える。まさに物量をどういかに凌げるかの我慢比べ。母艦は見えないため第二次攻撃は遅くなるだろう。瑞鶴も後手に回ったとはいえ戦力の大半を大鳳へ送り込んだ。つまりここが勝つか負けるかの天王山。
「……頼んだわよ」
無意識に瑞鶴は声をかけていた。上空に展開する小隊からの返事はない。けれども確かに存在する信頼の糸はある。
分析。やってくる攻撃隊の編成を瑞鶴は見極める。ある程度それで警戒度を定めるためだ。
─機種は……流星、彗星ね
となると護衛機は五二型でほぼ決まりだ。大会規則上、上位機種を採用すると他の艦載機の階級は下がる。改造型かの区別はつかないという点は考慮に入れなければならないが、瑞鶴はいい塩梅だと感じていた。
数の優位性からして上空の制空権は絶対に負ける。しかしそれは大鳳も同じ──いかに捌き切るかが鍵となる。
「機関全速」
速度を活かした回避運動を瑞鶴は選択した。円形の軌道を描きながら出方を伺う。対空射撃で威嚇も行った。
─背後に回ろうとしてる
正面突破をするように見せかけながら奇襲を仕掛ける別動隊の気配を察知したのか、小隊が背後へと散っていく。ともなれば自動的に瑞鶴は多くの流星、彗星の相手をしなければならない。
─気合で……はなんとかならないわね
熟練した部隊だ。一心不乱に動いたところで捕まるのは目に見えている。必要なのは狡猾さと冷静さ。よく観察して危険分子を取り除く。
一、二、三、四、五。数々の航空魚雷と爆弾を回避しながら正確な対空砲火で数をじわじわと削っていく。小隊も奇襲を企てていた部隊を駆逐したのか、空で時間を稼いでくれていた。時々落ちてくる機体は火達磨でよく分からないが、瑞鶴はそれが大鳳のものだと信じる他なかった。
「ふぅ……すぅ」
体の使い方ももう慣れた。緊張もほぐれている。当たる気がしない。攻撃自体は数分で収まる。辛い時期は案外短い。
航空爆弾の水柱が、航空魚雷の軌跡の泡が現れては消えていく。
─もう……少し
弾薬切れで離脱する機体が増えてきた。油断は禁物とはいえ心が楽になってくる。
─大鳳は
周囲を見渡すが気配がない。というよりも流星や彗星も戦線を脱する方角がしっちゃかめっちゃかだった。統率のとれた初撃にしては締め方が雑すぎる。
─何か……おかしい
そこで違和感が働いた。緻密な連携には到底思いがたいのだ。罠がある可能性。即座に頭で考える。
─控えの戦力がまだいる……?
雲に残しているという見込みがまずは挙がった。瑞鶴のもとへ至るまでの消息が警戒網の搭乗員からない以上、どう動いたかの具体的な情報はない。一斉攻撃で安心させた上での奇襲を実施しようとしているのではないか。そんな漠然とした警戒感が瑞鶴の背中をヒヤリとさせる。一層、回避する足にも力がこもった。丁寧に致命的一打から逃れる。
少し後、全て一度退けた瑞鶴は小隊に打信していた。残存戦力の確認のためだ。
「そう……ほとんどは削れたのね」
防空任務は完遂。母艦である瑞鶴自身の被害状況も軽傷。満足のいく戦術的な勝利を瑞鶴はこの場においては得ていた。たった一つの事項を除いて。
「……っ」
隊長機の損失。小隊はたった一機に減らされていた。瑞鶴が見込んでいた護衛機は五二型ではなく烈風。結果は良くても勝負に負けた。そんな気分に心が曇る。
「仇は取ってくるわ。必ず」
あまり艦載機に肩入れしない空母も多いと聞くが、瑞鶴は違う。弓を強く握る。攻撃隊の報告はまだ来ないが、この様子だと芳しい戦果なのだろうと予測していた。
─そっちは、どう?
再度問いただす。索敵機が取り憑いていたはずなのだが、落とされてしまったか。焦燥感が平常心を揺さぶった。
「えっ」
けれども結果は思いもよらない方向に進んでいた。流星隊が中破まで追い込んだというのである。これでは雌雄が決したも同然だ。
─どこ、すぐに行く
とどめはしっかりと刺さなければ。手負いといえど装甲空母。反撃を受けるかもしれなくとも、後々面倒なことになる前に潰したほうがいい。
北北東。返答はきた。
「全速……はできないから第四戦速、目標に急行!!」
気合を入れるために声を出す。仕留め切る。ただそれだけを脳裏に置いて、つま先をかたむける。激しい水しぶきが後方に巻き起こる。
数十秒もしないうちに現場に瑞鶴は到着した。
「何…………これ?」
航空魚雷を投じてなお敵機に食らいついて効力を残す流星、急降下爆撃を敢行しても満足せず、大鳳の周囲を煽るように飛んで注意を引く彗星。そしてこれらの攻撃機に食らいついた直掩機を、あわよくば帰還機をもまとめて食い荒らさんとする零戦。着いた先では信じがたい光景が広がっていた。
─ど、どういうこと!?
瑞鶴の艦載機であるはずなのにどこか圧倒している余裕さは、加賀を彷彿とさせる。瑞鶴がこの秋季演習のために特訓する中で、その身を持って体感した制空権が掌握される経験。嬲るように確実に削ってくる彼女の艦載機はちょうどあの軌道だったか。
「なんで、こんなに」
苦しくも戦う大鳳の声が微かに聞こえる。辺りを見渡す暇もなく、表情は焦りと怒りが混ざり、息が切れている。不意に一月前の瑞鶴と重なった。直掩機もないまま孤独に抵抗する姿は健気だが、どこか悲痛だ。
そんな中、たまたま近くにいるのであろう艦載機が彼女の言葉を思念として拾ってくる。
「提督の情報と全く違うじゃない……、こんな反則みたいな
事前の分析をしていたのだろう。大鳳の言葉は瑞鶴の耳をひいた。同時に『艦攻』を反則級と称すことへの疑念が生ずる。
─……流星が?
瑞鶴には優秀な戦闘機隊がいるから大事にしなさい──師はそういった。私の大事な隊長機──心の中にいる“彼女”だって自慢にしていた。大鳳の攻撃を捌き切る自信があったのは、捌き切れると踏んで警戒網の戦闘機を攻撃隊に合流させたのはあの小隊が手元にいたからだ。建造されてから一年も経ってない瑞鶴にとって、褒められるべき対象は五二型を駆ってかつての愛機を尽く落としている戦闘機隊のはずであった。
─五二型……じゃないの?
目が合う。大鳳の視線が偶然、瑞鶴とかち合った。闘志は絶えていない。
「大将がのこのこ出てくるなんて舐められたものね!!」
報復に彼女は燃えていた。手に持つ
けれどもすでに放った先には五二型の影があった。大鳳の発艦軌道を読み、先回りしていたのだ。顕現する大鳳の流星は尽く追い回されて落とされる。瑞鶴に届く余地など到底ない。
「嘘……」
瞳に浮かぶ暗い色。瑞鶴は再補給した己の流星を引き絞る。遮るものはとうに燃え尽きた。
「こんなの」
空母としての仕事は不可能。ただ撃沈判定を下されるのを待つだけの彼女は一言つぶやく。
「理不尽にも程があるじゃない……」
準々決勝を終えて、瑞鶴は江田島への帰路についていた。横には先ほどまで戦った大鳳が控える。
─うぅ……どうしよう
瑞鶴は今、悩みを抱えていた。かける言葉が見当たらないのだ。負かしたという事実が会話する気力を削ぐ。心なしか、大鳳の表情もムスッとして見えた。
「それにしても」
けれど状況はすぐに打開した。彼女の方から先に話しかけてきたのである。
「貴方、強いのね。今までで初めてよ。何もできずに負けたのなんて」
「えぇっと」
声がくぐもる。中々、北方地域以外の艦娘と話す機会がなかっただけに新鮮な感覚だった。特に同じ空母との接触は、瑞鶴の奥底にいるはずの“彼女”を除けばこれが記念すべき一回目。色々、緊張が邪魔をした。
しかし瑞鶴としても話したいことはある。閉ざしているわけにはいかない。意を決して口を開く。
「一つ聞きたいことがあるんですけど」
「何?」
「どうして、流星隊を反則って思ったんですか」
瑞鶴はあの言葉の真意を知りたがっていた。本人と対戦相手の感覚のズレ、それがなんなのかを突き止めたかったのだ。
「それは……そうね。確かに言ったわ。ただまず、こっちをはっきりさせとかなきゃいけないと思うんだけど」
「こっち?」
「流星
「えっ」
間抜けな声が漏れ出る。瑞鶴の様子を見て、大鳳が怪訝な表情で加えて問う。
「知らなかった……の?」
「いや、てっきり──流星なのかと。その、見分けづらいし」
「気持ちは分かるわ。変わっているのは性能面が大半だから。けど──」
ため息をつきながら続ける。
「装備申請をしてるから、自分が何を使っているのかはいつでも見れるはずよ」
「たっ、確かに」
言われてみればまるっきり正論である。提督が流星、流星とよく口にするから流星と思い込んでいただけなのだ。瑞鶴が実際に確認を取ったことは一度もない。
「まぁ、関係のない話は置いておくとして。質問に対する答えだけど」
「はい」
「率直に言えば、相手していて一番厄介だったの。護衛の零戦も中々いい線行ってたけど、そんなの比にならないくらい」
「というのは……落とせないとか?」
「ううん。落とせる落とせない以前に、気づけなかった」
感知不能。瑞鶴は少々その表現に違和感を持っていた。周囲を常に見渡せば発見できないなんてことはあり得ない。間に合わないはあっても、気づけないはないはずだった。
だが、次の言葉で疑念は納得へと変わる。
「接近するときにプロペラを止めるんだもの。乱戦になったら判別なんてできないわ」
発見を免れるための方法。瑞鶴はちょうど練習中に加賀の艦載機が仕掛けてきた時のことを脳裏に浮かべていた。太陽、雲、低空飛行。これらの一般的な手の中で一際異様だったこの推進器の停止は、瑞鶴も散々苦戦した。攻撃後の離脱を考えれば速度を稼がなければならないし、何より被撃墜率が飛躍的に跳ね上がる中で、この選択を取る搭乗員はいない。にも関わらず豪胆に敢行するため、対応が遅れるのだ。
─いつの間にそんな技術も盗んでたのね……
大鳳の言葉を受けて、瑞鶴は己の艦載機に感嘆していた。よもや曲芸の域に達しつつある搭乗員を誇らずにはいられない。同時に、ますます自分が加賀の戦闘に似通いつつある現状に頬が緩む。
─これなら……もしかしたら
優勝できてもおかしくない。明るい気分が足取りを軽くする。
そんな中、大鳳が顎に手を当てながら話し出す。
「でも……よく考えると、少し年季がありすぎる気もするわね。失礼を承知で言うけど、貴方が母艦かと言われたら疑わしいもの」
「──そう思う理由は?」
瑞鶴はやや言い草に傷つきはしたが、気になってもいた。一瞬、ふとある仮説が頭に浮かんだからだ。指摘されたからこその視点とも言える、案だった。
「『躊躇がない』からかしら。長く戦ってきた空母の搭乗員ほど動きに躊躇いがないのよ。最初に接敵した時にそう感じたのは貴方の流星改だけ。技術の差というより気概の差ね」
「たとえば落ちる事を恐れてないとか?」
「具体的に言い換えればそんな感じ。初めから一目散に突っ込んできたもの。制空権が取れていても、いなくとも狙いに行く覚悟があった」
そこまで聞いて、瑞鶴の抱いた一抹の疑いが現実味を帯びてきた。
─いや、まさか……ね
瑞鶴の天山も勇猛果敢だが、どちらかといえば慎重派である。零戦の先遣隊が先に当たってから攻撃に移る。これを徹底していたはずだ。しかし大鳳から聞く限りは、そのような気配は感じられない。
島の影が見えてくる。道沿いを見ると帰投する瑞鶴らの姿を見納めようとする人々の姿があった。大鳳はそれらを眺めて微笑む。そうして振り返って告げた。
「もうすぐ港にも着くし、先に行くわ。準決勝からも頑張ってね」
「あっ、はい!!」
励ましを受けたはずなのに気分が上がらない。先に行く背中を目で追いながらため息をつく。とにかく、提督を一度問い詰めなければ。
─ほんっとうに何も言わない人なんだから
心の中で恨み言を一つや二つ呟く。いくらシャイといえど加減というものがあるだろう。
「加賀さんの流星を載せてるなんて聞いてないわよ……」
瑞鶴の虚しい独り言が空に吸い込まれた。
なんだか大鳳が不憫でなりませんが、これも不幸だったということで片付けておきましょう……。次出てきた時は多分、活躍してると思います(いつになるかは分かりませんが)。
来週の話では瑞鶴はお休みです。代わりに赤城さんが出番になります。ぜひお楽しみに。