空母部門で優勝するとしたら──秋季演習の観覧にやってくる一般の人々は口を揃えてこう告げる。
「
新星のように突然と現れて会場を席巻した二つの泊地。単冠と舞鶴の“一航戦”をそれぞれ担う片割れは、共に肉眼で姿が見えずともすでに敵を補足していた。
「……そうですか」
波の穏やかな晴れの日。静かに赤城は一言、搭乗員に対して応答する。状況把握に努めていた彼女も今は攻撃態勢へと移りつつあり、周辺を飛ぶ哨戒機の動きも忙しなくなっていることからして戦いの時刻が近づいているのを感じていた。攻撃隊を発艦し、上空に待機させてタメを作る。早期決着。狙いは意外にも同じだった。
「烈風か流星。編成が分かれば苦労しないのですが」
ぼやきがひっそりと響く。一航戦という括りにされていても二人の戦闘は趣向が全く異なる。赤城が個の強さで突破するとすれば、加賀は緻密な連携。つまり集団としての強さに重きがあった。対極にある概念で有利なのはどちらか。この議題は海軍の戦闘要綱を作る際でも話し合われ、結論が出せなかったとされている。
しかしその長年の対決もここで終わる。双方の頂点がぶつかれば必ず勝者と敗者が生まれるからだ。
「敵部隊、捕捉。了解」
警戒網からの報告に赤城は指示を出して攻撃隊の護衛機をやや減らし、自身の上空に回した。加賀は流星主体の数で押し切ろうとしていた。
「飽和攻撃狙い……ですか」
部隊編成をあえて戦闘機へ偏重させた赤城はこの点有利だった。多くの戦闘機がいる立場としては的確に対処すれば早々堅牢な防御体制が壊れることはない。もしもその想定量を見極めた上で過剰に戦力を投じているのであれば、逆にいなしながら反撃に出れば手薄になった母艦を叩けて効率がいい。
「
数分して、加賀の第一攻撃隊がやってくる。警戒機の虫食いにあったとはいえ、その数は赤城の用意した烈風の二倍以上はあった。すぐに機関一杯に切り替えて、母艦叩きに臨むべき状況。赤城は即座に敵の本陣へ急行する。
けれども行動を阻害するようにして加賀の艦攻隊が一足先に出張っていた。赤城からやや面舵に行った先に加賀はいるはずだが、その道は真横からの急襲を許してしまう。
「……加速が早いですね」
一航戦の流星。その強みは“優れた練度を持つ搭乗員”だけでなく“独自の改装が施されている”点である。搭乗員と整備員が固定で、希望に合わせて装備をいじる整備工程は港のみならず『赤城』、『加賀』という名を冠する艦娘の間で変わる。使用者にしか分からない長所と短所。その秘匿性が持つ価値はただ量産機を使うことよりも数倍はあった。
厄介な相手を前にして二方面作戦を実行するほど赤城も無謀ではない。足を止めて対応に移る──ことはなかった。
「このまま落とされる訳にはいきませんし……少し狡猾にいかせてもらいます」
そう言い放つ彼女は一気に加速する。強行突破の構えを見逃すわけもなく、流星隊が下降して攻撃態勢に移る。頭上には彗星隊が待機する。いるはずの直掩隊は激しい敵護衛機との応酬で手一杯だった。これでは危険因子を取り除くことすらもできない。孤立無援の崖っぷち。だが彼女の表情は柔らかい。
魚雷の航跡で軌道を見切り、耳で空からの爆弾の位置を把握する。膨大な情報量から一筋の回避軌道を生み出して実行する。ただそれだけのことを彼女は突入前に完了していた。
「っ」
面舵、取舵、急減速を交える間に機銃で邪魔な魚雷を撃ち抜いて道をこじ開け、最短距離で分厚い攻撃陣から抜け出す。当たらない。文字通りの美しい回避は合理的の一言に尽きた。足を止めずに海面を飛ばして反撃の準備を整える。賭けにも見えた行動はそもそも賭けですらない。
「攻撃隊の方はどうですか」
加賀との遭遇も近くなった頃、搭乗員からの報告を受けて戦況を再確認する。防戦と攻勢の両立。赤城個人の持つ圧倒的な情報処理能力が可能にする行為の幅は広かった。
「分かりました」
返答を受けて彼女は着艦の素振りを見せる。背後に残していたはずの烈風らが戻ってきたかと思えば、再補給を済ませて迎撃へ戻っていく。滑らかな動作は洗練されていた。対する加賀の攻撃隊は片道を済ませただけの状況。帰り道がある。生まれた隙は見逃さない。烈風が猛然と流星の背中を追って数を削らんと機銃の引き金をひく。けれども流星も容易くは捉えさせない。
赤城は背後で掃討戦に興じながら前を向いた。ここに来た目的は残党狩りよりも母艦叩き。優先すべきことは違う。
「思いの外、耐えられましたね」
落ち着いた視線は眼前の加賀に向けられる。彼女の周囲に取り憑く艦載機の数は少なかった。火だるまが上がって一つ、落ちていく。海に浮かぶ一人の影は明確に振り向いた。
「…………」
冷たい目。感情の希薄な顔つきはその名の通りの鋼鉄。邂逅する者を威圧し、圧倒する風格は赤城に負けず劣らず際立つ。
一瞬の間。赤城は指示を受けて戻ってきた機体を使って第二次攻撃隊を放つ弓を構えた。加賀の手元はまだ薄い。叩くなら今。
「第二次攻撃隊、発艦始め!!」
凛とした声で彼女は号令をかける。空中散開して突入する編隊は二手に分かれて加賀を目指す。低空で虎視眈々と狙う流星、そして頭上から機会を伺う彗星。それらを補助する烈風。万全の布陣に無論、加賀も動く。
「直掩隊は援護を、私は荷物を回収するわ」
高速の状態を維持して海域を大きく回り、流星と彗星を吊り上げる。追随しようと
「……後ろで戦わせたのはこのためですか」
加賀の意図に気付いたのか、赤城が搭乗員と連絡をとる。まもなくして帰投する一群が合流した。補給ついでに会話を交わす。
「流星が格闘戦を……」
戦果報告を受ける表情は険しい。
「まんまと作戦にハマってしまったようですね」
天を睨みつけ、深呼吸をしてから赤城は弓を構えた。流星と彗星を狙い撃ちにされた結果、烈風だけが残る。一見、問題なく思えても先を見据えると非常に好ましいとは言い難い。攻撃機が減れば減るほど決定打は欠けていく。それを補完しようと立ち回れば必ず接近戦となり、危険な領域に踏み込まねばならない。嫌がって離れれば稼がれた物量で再度、圧迫させられてしまう。集団の連携を得意とする加賀なら尚更、後者は避けたい。避けたいはずなのだが、赤城に残された選択肢と時間は少なかった。
「持久戦にはさせません」
生憎、戦闘機は温存している。押し込める可能性があるとすればここだろう。ほんのわずかにつけ込める隙があれば赤城の腕でどうにでもなる。
全機体の発艦。赤城は迅速にこの操作を行なった。同時に足を踏み出して加賀へ勢いよく当たりに行く。回収作業が済んで再補給されてしまえば劣勢に立たされるのは赤城だ。
「
彼女はその時、初めて聴き慣れない単語を言い放った。目を細くして、微かに顔つきが歪む。頭痛がするのかこめかみに手を当てたと思えば、吐く息を強くして持ち直す。瞳の震えは消えなくとも闘志は未だ燃えている。
「来たわね」
加賀も警戒度を上げて直掩機を増やす。未だ補給作業が終了していないのか、流星や彗星が発艦されることはなかった。けれども双方にしか分からない変化がそこで起こっている。最後の決戦の合図と共に制空権の争いは勃発する。
「……っ」
赤城自身の変容は大したことはなかった。少々苦しげな顔を浮かべ続けているのが気になるとはいえ、動きに支障をきたすほどではない。いつもとなんら変わらない。しかし艦載機の綿密な連携はいつにも増して強化されていた。加賀のような組織的統一感とは似ても似つかない、乱戦にもつれこむと個人個人の搭乗員間での連携が鋭くなる結びつきは搭乗員の技量のみではなし得ない。
「『銀翼の女王』とは言い得たものね」
そう語りながら加賀はやっと出撃準備を済ませた第二次攻撃隊を繰り出した。数の有利を味方につけて、流星が再び迫りくる。
だがその一群を赤城も負けじと容易くいなしていった。入り乱れれば入り乱れるほど烈風の即興の連携が輝いて制空権を掌握する。対する加賀の艦載機は数と組織的な抵抗で不足を補っていく。状況は拮抗。戦闘は伸びる。
「ぐ……」
そんな中、赤城へやってくる激しい頭痛。加賀は躊躇なく攻撃をけしかける。歯を食いしばって足を踏み出し、危機一髪の回避を実行するほかない。時が経つにつれて動きは少しずつ遅くなっている。捉えられるのも運の問題だった。
ここで赤城の流星と彗星が伸びていく。明確に操作されてるかのような迷いなき軌道を脅威とみなし、全直掩機が遮りにかかる。
「頼みます……!!」
赤城の声に反応したのか、即座に近くにいた烈風が二つの攻撃機を決死の突撃で延命する。防御網を超えて加賀の側面と頭上へ。対空射撃では到底落とすことは難しい。どちらかが直撃すれば間に合う──。
無機質な信号音。誰もが赤城の攻撃の行方へと注目する中、非情な終了の合図は鳴り響く。赤城の撃沈判定。彼女の限界の印だった。たまたま大きくうねった波に足を取られる。たったそれだけのことでも過度の情報処理を行なっていた赤城にとっては致命傷になってしまう。
「はぁ……はぁ……」
波間に膝から崩れ落ちそうになりながらも赤城の目は立ち続ける加賀を見据えていた。全力を出しても勝てない。決してそんな相手ではない。ただ、運の差で届かなかった。
「やっぱり敵いませんね。“加賀さん”には」
息を整えて立ち上がり、観戦用機体の音声と映像の録音と録画を止める。後は帰投のみ。仕事は済んだ。
深く呼吸する。悔しさも滲むが、それ以上に赤城には心配事が残っていた。誰にも聞こえない内海の中心で、最後に彼女は託す。
「瑞鶴さん、提督は任せましたよ」
最近戦闘続きでしたし短くコンパクトにを意識してみました。代わりに例の如く来週は重たくなります。まぁいつものことです。お楽しみに。
ちなみに赤城の複面視点ですが、使うようになったきっかけは提督からの提案だったりします。秘書艦としての優秀さを見込んで試してみたわけですね。結果として唯一無二の要素になったので何気にお気に入りみたいです。とはいえすごく疲れるのと隙が多くなるので多用禁物ですが。